2018年1月16日 (火)

未来について思うこと

 ひと月ほど前、大事にしていた魔法瓶をわたしは壊した。
 内部の湯を吸い上げる管を床に落として、落としただけでなく踏んづけて、ぐにゃりと曲げたのだ。
 ぐにゃりでも、上部のレバーを押すと、湯を吸い上げ注ぎ口から湯を出してくれるので、ほっとしたのだが、湯が冷めやすくなった。ヒトと同じで、たとえば足を怪我すると、歩行が困難になるばかりでなく、消化がわるくなるようなことが、魔法瓶にだって起こるのだ。
 事故を起こしたわたしは、こころからすまない、と思い、しばらくこの魔法瓶を労(いたわ)りながら使ったのだった。
 しかしそのうち、家人のなかにも、魔法瓶の湯が冷めやすくなっているのに気づく者が出てきて、わたしは窮地に陥った。
「困ったわね」
 なんかと呟きながら、あたらしい魔法瓶について、しぶしぶ調べはじめる。すると、電気ケトルなるものが目に入って、この分野の道具が進歩していることを知る。
 温度調節のできるもの。湧かしたあと2時間保温が効くもの。たちまち沸騰させるもの(紅茶1杯分なら40秒ほどで湧かせるんだと!)。量をたっぷり湧かせるもの(1,2ℓ)。
 魔法瓶への申しわけなさから、しぶしぶ調べを進めていたくせに、だんだん調子にのってきて、ブラウンとブラックのあいだのような色の電気ケトルに魅せられそうになったり、容量1,2ℓなら湯たんぽ1個分いけると心動かされたり、胸のあたりに甘やかな期待がふくらんでゆくのだった。
 買う決心まであと一歩というところで、わたしは踏みとどまった。
 灯油ストーブの上で南部鉄瓶がしゅんしゅんと音を立ててわたしに語りかけるともなく語ったのだもの。母がわたしに持たせてくれた思い出いっぱいの鉄瓶。父の死後、ひとり暮らしになった母を訪ねるたび、これで湯を沸かし、お茶を立ててくれた姿が浮かぶ。痩せてしまい、鉄瓶を持つのにも難儀していたが、母が立てるお茶のおいしさは格別であった。
 魔法瓶を壊した上、電気ケトルを買って、鉄瓶の活躍を妨げようというのか、わたしは。鉄瓶の実力はたいしたもので、沸騰も速く、鉄分をわたしたちに齎(もたら)してくれ、湯をまろやかにしてくれ……風情をも醸すのだ。
 この冬は、魔法瓶を使わず、鉄瓶で過ごしきろう。

 わたしはこうしてなんとはなしに未来を思うのだ。

 つぎの冬の、湯の保存の有り様(よう)を想像している。魔法瓶の必要がどのくらいのものであるかを、ふたたび電気ケトルに傾きそうになるかもしれないわがこころを、思いめぐらしてみている。
 これまでも、こんなことをくり返しながら、わたしは変化の道を歩いてきた。
 古いものを大切にしながらも、思えば変化しうつろってきたのである。
 もしもまた、何かをあたらしくしようと決める日がきたなら、それが魔法瓶であろうと、自分の仕事であろうと、家族のかたちであろうと、関わる行政のビジョンであろうと、すっくと立って変える気概を持とう。

 鉄瓶の湯で、これまた母から譲られたエインズレイ(
AYNSLEY)のカップ&ソーサーで、アールグレイの紅茶をいま、飲もうとしている。

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しゅんしゅんと、鉄瓶。

ことしになって、山本梓が写真を

撮ってくれています。
夫が週日、熊谷に詰めていることが
あるからですが、このひとの写真も、
なかなかいいなと思っています。
そして、わたしは、ものすごく写真が下手です。

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2018年1月 9日 (火)

新生

 2017年の終わりに、わたしは一冊の帖面を開いた。
 ちょっと確かめたいことができたのでそうしたのだが、2ページ目(1ページ目はシロ)にある自分で書いた文字を読んで、なつかしさがこみ上げるのだった。

               ***


 栞(三女)の口から「ひとり暮らし」ということばが初めて発せられたとき、頭をがーんとなぐられたような思いがしました。

 梓(長女)の独立のときのことを思いだしました。
「いま、いちばんしたくないことを一所けん命やってる」
 と呟き呟き食器を古新聞で包んでいるわたしを、栞はおぼえているんじゃないかな。
 しばらくのあいだ、栞のなかから「ひとり暮らし」の夢が消えることばかり希っていたのでした。が、だんだん、その夢の実現を助けなければ、という気持ちが湧いてきて、自分でもおどろきました。そういう自分に向かって、「裏切り者!」と叫びたくなった……。
 さびしい気持ちではいるのですが、いまは、よく決心した、えらい!と栞に向かって云いたいです。
                                      2017年1月6日

               *
**

 そうか、こんなことをわたしは書いたのだ。

 1年前のちょうどいま頃、三女がひとり暮らしをはじめる直前のこと。帖面を1冊用意して三女が住む家の間取り、揃えるもの、扉や戸棚の寸法、引っ越しに際してするべき事ごとを書きつけた。
 その三女が、このたび自宅に戻ることになった。
「戻ります」と云われたのは冬のはじめの頃のことで、仰天した。
 このひとと、ひとつ屋根の下で暮らすことはもうないのだ……と思って出立させたので、仰天というよりも、拍子抜けしたと云ったほうがいいかもしれない。
「そりゃまたどうして」
 と問うたわたしに向かって、いくつかの答えが返ってきたが、なかでもいちばんこちらの胸に響いたのは「さびしい」ということばであった。さびしさを知る日日を経験し、戻ろう、と決めたこころの動きはどんなものだったのだろうか。それはわからないけれども、いい経験をしたと云えるのじゃないか、という気がした。
 引っ越しは1月3日。
 前の日に女組(長女、二女、わたし)が乗りこんで最終的な荷造りと掃除を手伝って、そのまま泊まることにした。長女二女は、妹ひとり暮らしの家に行ったことがなかったからでもある。
「この部屋、うちの縮小版って感じ」
「陽当たりがいい。この町、山が見えるんだね」
 引っ越し準備が呆気なく済んだので、隣り町のスーパー銭湯にくり出し、そこでやけに辛いカレーうどんを食べた。
 翌朝、敷き布団1枚と寝袋ひとつを使っての四本線の端っこで目覚める。
「なんだかたのしくなって、このまま目覚めなくてもかまわないなんて、ちょっと思っちゃった」
 とひそっと長女に打ち明けると、こんなふうにやりこめられた。
「目覚めて、しっかり働いてください」

 引っ越しは、ふたつの面で成り立っている。

 荷物を出すのがひとつで、もうひとつはその荷物を受け入れるという二面だ。
「ついさっきつくった荷をもうほどくのか、って感じね」
 と云っているわたしは、ほんとうのところ受け入れの一面をあまり考えていないわたしであった。
 家のなかにひとがふえるふえると浮かれていたからなのか。……たぶんそうだ。
 しかし、そんなことは気取られないようにし、わたしはいま、家のなかで引っ越しを受けとめる役割を受け持っている。
 三女が戻って、この家は再びふくらむけれども、それを以前の生活に戻ると思わないようにしよう。再生ではなく、新生。
 これを機会にこの家のことを見直したり、これからの暮らし方を考えたり、子らに伝えられることを伝えたり。

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昨年自分で求めた豪徳寺(東京都世田谷区)の
白招猫のとなりに、
黒招猫がやってきてくれました。
友人が、千葉県長生郡長南町の
笠森観音にお参りし、送ってくれたのです。
なんてありがたいこと。
あたたかいものが溢れだしている感じです。
皆さんにも、その感じをお福分けいたします。

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2018年1月 2日 (火)

パーカーの紐を結んで

 寒い季節、家ではパーカーを着ている。
 パーカーが好きなのだ。
 大きな声では云えないけれども、最初に夫のことをいいな、と思ったのもそれだった。何年前のはなしをしているのか……、と訊かれても正確に答えられない。が、30年くらい前だと思う。
 お、この男のパーカー姿は、いい。

 パーカー姿がいいというくらいのことだったから、その後、アナタはそんなひとだったのかー、という事態には何度も何度も陥ったのだが、まあ、比較的仲よくやってこられたところをみると、パーカーの威力は侮(あなど)れないのかもしれないな。とも、思う。


 ところでパーカーを着ていると、困ることがある。

 パーカー(着用)前提ではなしをすすめるから、そのつもりで聞いていただきたい(お願いします)。

 顔を洗う → あ!

 おみおつけをよそう → あ!
 スープを飲む → あ!
 見逃せないテレビ番組をダビングする → あ!
 買いものに出ようと玄関で靴を履き、靴紐(くつひも)を結ぶ → あ!
 はがきに宛名を書く → あ!

 あ!は、うれしい!ではない。

 あ“—! という、悲嘆に近い叫びだ。

 顔を洗おうとして(☆が)、濡れる。

 おみおつけをよそおうとして(☆が)、椀の上で邪魔をする。
 スープを飲もうとして(☆が)、濡れる。
 見逃せないテレビ番組をダビングしようと身をかがめた途端に(☆が)、妨げる。
 買いものに出ようと玄関で靴を履き、しゃがんで靴紐を結ぼうとするとき(☆が)、靴ひもとこんがらかりダンスをはじめる。
 はがきに宛名を書くとき(☆が)、はがきの上でくねる。

 ☆
とは、何か。

 そうです。

 パーカーの紐であります。

 ごく日常的な、何気ない所作を、パーカーの首もとの紐が邪魔するんである。いったい、この紐は何のためについているのか。

 思うに、パーカーを頭にかぶったときに、紐を結ぶとはずれにくくなるのだ。
 それにまちがいはないけれども……。
 3人の娘のうちの誰かが、その昔、こんなことを云ったのを思いだす。
「学校で、フード付きのトレーナーがだめということになった」
 パーカーの紐によって、運動ちゅうの児童生徒の首が絞まるという事故が全国で複数回起きたというのが、その理由である。

 ときどきわたしは車座になって、ションボリを分かち合う仲間がある(イメージでございます)。公園の遊具、ボンナイフ、登りたくなる枝ぶりの樹、棒倒しの棒。あのとき、車座に前開き紐付きパーカーが加わった。

 その場にいるわたし自身が身につけていたので、あらたなる参加とはならず、首もとで「よ、よろしく」という頼りない声のするのを聞いたのだった。そこには、まさか自分がこの座に加わるとは思っていなかった、というニュアンスが含まれていたっけ。

 パーカーの紐を、わたしは首のうしろで結ぶことにしている。

 首のうしろ、フードの下で。紐は、もしかしたらいじけているかもしれないけれど、これでいいのだ。
 パーカーの紐の立場になって聞いていただきたい(お願いします)。

 洗顔のたびに濡れる。

 よそうにつけ、食べるにつけ、おみおつけやスープに浸りがちになる。
 着用者が身をかがめる場面で、揉める(着用者は「うーん、もうっ!」とか呟く)。
 玄関先で靴紐といちいちこんがらかる。
 机の上で、不意にペンのインクに襲いかかられる。

 という事態を、パーカーの紐から遠ざけることができるのだから、首のうしろにいておくんなね。

 2017年の終わりにもわたしはパーカーを着て働き、2018年がはじまったいまも、パーカーの袖をまくり上げてこれを書いている。

W_9

ことしのブログのアルバムは、
この1枚から。
わたしのちっちゃな友だちが描いて送ってくれた
ねこの絵です。
ちっちゃなひとは、わたしと同じ名前で
(ほんとは「こ」はついてなく、ふみちゃん)、
遠くに住んでいます。
同じ名前の遠くの友だち……

ねこさんは十二支には入らなかったけれども、

いつもいつも、わたしのそばにいます。
そのことをわかって、ねこの絵を描いてくれたんだなーと
思いました。

ふみちゃんは
110日で5歳になります。

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2017年12月26日 (火)

2017年の記録

 何と云っても大きかったのは、この夏アルコールを辞めたことだ。
 ある夜、ひらめくように思ったんだ。

 酔っぱらっている場合じゃない!


 これまでと、どんな場合がどう違ってきて、そう思ったか。たしかに仕事量はふえていて、締切も約束の会合も目の前に積もって、いつも小山になっている。でも、それより何より……、あまりに飲み過ぎて、「打留め」になっただけかもしれないなあ。


 アルコールを摂るようになったのは
30歳のころだから、ほぼ30年だ。飲めてしまう体質だった。いちばん好きなのは、ウィスキー。
 夜、ウイスキーを飲みながらだらだら仕事したり、読書しながらくぴくぴやったり、料理をしながら飲んだり。そんな状態が好きだった。ウィスキーは、張りつめていた神経をじんわりとほぐしてくれる。ほぐし過ぎることもあるが、それはこちらの責任であり、ウィスキーはわるくない。

 2017
年、酒飲みでなくなったわたしの変化について、記録しておこう。
 まず、これまで欲しなかった甘味が、慕わしい存在になった。
 世のなかの甘味は、あたらしい友だちみたいだ。これを書いているいまのいま、机上には珈琲があり、近所のノゾミさんがクリスマスに焼いてくれた紅茶ケーキ(紅茶とプルーンのバターケーキ)がある。
 珈琲とケーキとわたし。
 半年前にこの組み合わせを、たとえば娘たちが見たらびっくり仰天して「どうした、お母(かあ)ぴー!」「ママヌ!」と叫んだことだろう。
 でも、いまは、書き上げたら頬張ろうという、めあての甘味として、紅茶ケーキは佇んでいる。
 そう云えば、一昨日の夕方、ノゾミさんとサン(ベルジアン・シェパード)と散歩したとき、「お酒をやめたのよ」というはなしを仕損なった。久しぶりの散歩だったので、お互いに報告事項がたまっていたからなのだが、つぎには聞いてもらわなければ。

 もうひとつの変化。

 アルコールを飲まなくなってからというもの、夜、一向に眠くならないから、宵っ張りになったことだ。仕事や手紙書きをしていて、気がつくと午前2時を過ぎている。
 深夜の魅惑にとりこまれて、わたしは何だか眠るのが惜しくなって、ひとり時間外の時間のなかをざぶんざぶんと泳いでいる。

 ところで、辞めたというのは、嘘なのだ。

 ほんとうは月に2回、飲むことを許している。
 2回となると、その日がたのしみでね。
 今月はこの日とこの日、と予定表に印をつける。その日以外は飲まない。
 友だちとの会い方も変わった。
「飲みましょう」ということにならないとなると、昼間そこらをならんで歩いてお茶をする、という会い方になる。これがまた、いいのである。夜遅くまでぐずぐず飲んで、わけのわからんことを話し合ったりしないですむ。
「じゃ、またね」と云って別れるとき、正気でいる自分の手のなかには、その日の残り時間が握られている。

 ええと。

 明日は12月二度目、ことし最後の飲む日なんである。
 友だちのお兄さんが営む酔処に出かけてゆく。
 美味しい青森の郷土料理と、地酒。愉快な会話。それを思って、いまからもう、ちょっぴり酔っているわたし。

Hakusai01w_2

夫が漬けた白菜漬け。
抽象の絵画のようです。
よくがんばりました。

2017
年もお世話になりました。
2018年も、仲よく、おだやかにこの広場で
集いましょう。

ことし、母が逝きましたので、

年始の挨拶はご遠慮申し上げます。

お互いに佳い年越しを、ね。

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