2019年4月16日 (火)

あっぱれ

 携帯電話がじじじ、と鳴いた。
 横目で画面を見ると、長女の梓からのmailだ。
「サダコサンが、亡くなった。4月2日に」

 梓のご近所だった96歳のサダコサン。
 同じ間取りの昭和の文化住宅(以下、平屋と記す)が2軒2軒の並びで4軒建っており、そのうちのひとつにサダコサン、もうひとつに長女が住んでいた。
 玄関先で倒れていたサダコサンを梓がみつけて救急車を呼び、病院に送ったのは昨秋のことだ。それからしばらく入院生活がつづいた。
 ことしはじめに退院するも、平家に戻ることなく栃木県の施設に転居。梓とふたり、年度末の仕事がひと段落したら、訪ねようね、と話し合っていた矢先だった。

 夫を60歳台で見送ってから、同じ平家(ひらや)でひとり暮らしをつづけたサダコサンの日常は、娘の暮らしの手本だった。潔く、慎み深く生きよう。その上できっぱり自分の暮らしを確立する、誰がどう云おうとも。
 忘れもしない。いまから5年前。梓ひとり暮らしスタートの日、娘の引越しを手伝っていたわたしは、焼き海苔とみかんを抱えてきてくれたサダコサンと出会った。
「アッシは早寝だから、夜はあんまり役に立たないけれども、朝は早いからね」
 これがサダコサンの自己紹介。
 アッシは、あたし、の意味で、「シ」の部分は「チ」との混合の発音だった。
「サダコサン」と、わたしたちは呼びかける。
「サダコサンだなんて。下の名前で呼ばれるのなんて、何十年ぶりかねえ」
 そう云って、サダコサンはちょっと照れ臭そうに笑った。

 わたしにとってもサダコサンは恩人だったのだ。娘のご近所さんというだけでなく、ひとはいくつになっても堂堂と、好きなように生きられる。それを証明して見せてくれた存在だった。
 
 ことし4月のはじめ、小鳥や虫がわたしのもとにやってきていた。
 メジロの夫婦。ハエ。てんとう虫の子ども。バナナ虫(ツマグロオオヨコバイ)。何かを伝えようとしているみたいだな、と考えるともなく考えた。
 いつになく、こちらを気にして、すり寄ってくる。
 あとから、それらがサダコサンの合図だったように思えて、こころが波立っている。サダコサンに会いに行きたいとつよく念じていたから、その気持ちが届いて、旅立ち前に寄っていかれたのだ。そう思うことにした。
 
 サダコサンを甥御さん一家が送られたそうだ。
「手紙と、ついこのあいだ送ったばかりの桜満開のカードと、棺に入れてくれたんだって。泣」
 と梓からmail

 ひとの死を、わたしは以前ほど、悲しまなくなっている。
 悲しみ過ぎてはいけない、という声が、徒(いたずら)に悲しみに浸ろうとする自分をつよく戒める。「死」を貴べと、同じ声が云う。
 とはいえ、この世でのひととの別れがさびしくないと云えばうそになり、涙を流したりもするのだが、旅立ちを祝いたい気持ちが確かに発動するようになっている。
「あちらでまたお会いしましょう」

 しかし若い梓は、まだ、そうは考えないかもしれない。
 いまはうんと悲しみ、うんとさびしがったらいいとも思う。
 伝えてやりたいことがあるとしたら、これだ。
「あっぱれ、あなたはサダコさんの、いちばん若い、とびきりいい友だちだった」

Photo
虫たちだけでなく、
庭のハナニラもことしはたーくさん咲きました。
サダコサンの旅立ちを見送るように。

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2019年4月 9日 (火)

はっちゃき

 机に向かって仕事ではないことをする。
 手紙書き。読書。小物整理。珈琲。おせんべい。まったく急がない調べもの。どうでもいい調べもの。手しごと(紙関係、布関係、繕いもの)。揚句、庭にやってきた小鳥の声に耳をすませながら、うとうとしたり……。
 いけない、いけない。
 机に向かったら、はっちゃきになって仕事しないといけないが、どうしても寄り道してしまう。
 はっちゃき。
 このことばは何だろうか。
 わたしは使うが、考えてみれば誰かが「はっちゃき」と云うのを聞くことはなかった、ような気がする。もしや……と思って、机のまうしろにある書架から、背表紙に「北海道の方言集」の文字がうっすら読める古い冊子をひっぱり出す。
 またしても寄り道。
 ああ、あったあった「はっちゃき」。
 やはり、北海道弁だった。

【はっちゃき】熱中する。一心になる。

 北海道小樽市で生まれたが、4歳の終わりにはもう、東京に移り住んだというのに、わたしのなかには、生まれ故郷の残像がある。「はっちゃき」のように自分で、もしや……と気づくこともあるし、ひとから指摘されることもある。どちらにしても、思いがけなくて、そしてそして、こそばゆいほどうれしい。

 本日も、そうとうの寄り道の末、やっとのことで仕事に対してはっちゃきになったので、恐る恐る時計を見ると午前1時半だ。ついさっき時計を見たときには、午後10時だったのに。ここから、時計の針が0時をまわるあたりまでの時の進みといったら、どうだろう。速い、なんてものではない。
 あんなこと、こんなことをしていないで、さっさと仕事に気持ちを向けるべきだったかもしれない。
 日常に対してはっちゃきになる。年年その度合いがつよまるようだ。あちらへ寄ってはっちゃき。こちらに寄ってはっちゃき。仕事をしてはっちゃき。台所に立って、はっちゃき。
 そうしてわたしは、そんな日常のあれやこれやに優先順位をつけられない。どれも愛しくて、大事。

 眠るのも、日常の大事なので、そろそろ寝ます。

2019w
そしてきょうは朝いちばんで、
台所ではっちゃき、になりました。
大阪府八尾市に住む友人が、「若ごぼう」を
たくさん送ってくれました。
長い長い蕗みたいな茎に、短いごぼうみたいな
根がついています。
葉っぱも立派です。
「若ごぼう」の好きなところは、
葉も茎も根も、すっかり食べられるところ。
きんぴらは、茎と根でつくりました。
蕗とごぼうをいっしょに味わえる感じでしょうか。
えも云われぬ美味しさです。
「若ごぼう」大好き!
明日はかき揚げと、葉の煮びたしをつくります。

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2019年4月 2日 (火)

霊性

 ICICTAIと聞くたび、頭のなかにたよりなくこんな思いが立ち上がる。よろっと。

 ……じゃ、そういうことで。

 これはICICTAIの皆さんに対する思いなのだ。
「今後わたしたちの生活に、ますます影響を与えるコンピュータの原理を学び、あなた方に振りまわされたり、支配されたりすることなく、うまくつきあえるように努力しますよ」

 こんなふうに呟いてわたしは、「しかしね、」とつづける。
 そういうことであるとしても、しかし、である。
 あなた方を認める一方で、ひととして深まってゆかなければならない、という思いが「しかしね、」には、こめられている。
 ごく簡単に説明するならば、「学校で使う電子黒板はなかなかいい具合だけれども、ぼくは(わたしは)せんせいの板書のうつくしさに憧れます」というようなことである。
 ICTを使う道と、ICTに頼らない道が並行してあるということが必要になる。

 このあたりから、しきりにわたしは「霊性」について考えはじめる。
 宗教を超えた「霊性」はひとのなかに存在し、日常のなかに置かれるもののように思えてくる。神の問題か、と訊(き)かれれば、そうではない、とは云えないけれども、少しちがう。ひとのなかに存在する「霊性」を神と呼んでもかまわないかもしれない……、と答えるとしようかしら。
 ICICTAIの世界も「霊性」の世界も、等しく、ひとの目には見えないものだが、見えないそこへ向けてじっと目を凝らすときの有りようは異なる。

 たとえば、誰も見ていないから、インチキをする、というようなのは、霊性を意識して深まろうとするこころを踏みにじる。ちょっと複雑にこんがらかっているようだが、この宿題は大切も大切なのだ。こんがらかりつづけることにしたいと思う。

Ningyou01
Ninngyou02
寝室の書架の隅っこに、これが置いてあります。
長女、二女、三女が遊んだおもちゃです。
これを眺めては、しみじみします。
こんな感じ方が、わたしには霊性を考えようとするときの
(こんがらかってゆこうとするときの)入口だったりするのです。

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2019年3月26日 (火)

インフォメーション・テクノロジー

 かつては、外来語、カタカナをできるだけ使わずに原稿を書いていた。ひとつの試みとして、そうしていたのだ。
 書いてゆくなかで、さて、このことば、どう表記するか、と立ち止まるとき、「カタカナでなく……」と決めておくと迷いがないというのが、いい。
 もちろん、好きな日本語のことばが使われなくなってゆくことへの抵抗もあった。
 ま、なんとなく……だ。

 けれど、近年、そうも云っていられなくなってきている。
 わたしの書くもののなかにも外来語が増え、カタカナがラインダンスをはじめる場面さえ登場するようになった。
 だがそれでも。
「インフォメーション・テクノロジー」なんて題をつけて、何か書こうとするのは初めてだ。いま、これについて書いておかなくては、という気持ちになっている。
 先週火曜日の午前中のことだ。
 早起きしてブログの原稿を書いて、更新しようとしたら、「メンテナンスのため、更新は午後1時になります」という案内があった。前もってこの情報をつかんで前日に更新する方法もあったのに「ゴメンナサイ」と思った。読者に対する「ゴメンナサイ」である一方、早起きして締切を守ろうとした自分に対しても、挨拶したい気分だった。
「ゴメンネ」

 ところが。
 午後1時になってもブログは更新されない。ああ、こうなると、わたしに何か起きたのではないかと心配してくださる読者もあろうかと、気が揉める。病に倒れた、とか。何かにぶつかって怪我をした、とか。この日は結局更新ならず。あらあら、と思いながら休む。
 ブログが更新されたのは、2日後だった。
 ゆき暮れた気持ちになりかかったが、ブログを毎週火曜日に発信するようになってまる12年、こんな不具合は初めて、ということがそも、不思議だと思える。
 書き下ろしを頼まれて、「はいはい」と返事したものの、少しも書こうとしないわたしに業を煮やした編集者が、「ブログを書いて、原稿をためましょう」と提案してくれたのがはじまりだった。「ブログって何?」といぶかりながら書いては、1週間に一度更新してもらっていた。その後出版社から独立するかたちになってからもつづけて、12年。わたしにすれば、驚くべき歳月だ。
 この12年のあいだに、紙の出版は、ネットの出版に押されてきたし、その世界はどんどん、どんどん、ひろがってゆくようだ。こうして、いつのまにかインフォメーション・テクノロジー(情報技術/IT)の一端にぶらさがるわたしになっていたのである。

 このたびの不具合は、そんなわたしにちらりと未来を見せたのだ。
 きっと、これからも不具合や事故の類(たぐい)はそこここで起きるだろう。
 わたしはなぜか、子どものころ、洗濯機の側面についたゴム製のローラーに洗濯ものをはさんで絞る手伝いをしたときのことも思いだしていた。
 自動で洗濯ができる機械も不思議だったが、それでも、その仕組みは、なんとなくふみこちゃんの小さな胸におさまっていたのだ。
 一方、電話やテレビはぜんぜんわからなかった。
 遠くのおばあちゃんと話ができるのはうれしかったし、「マグマ大使」「巨人の星」「ドリフだよ全員集合」を喰い入るように観ていたが、どのようにしてそれがかなうのか、尋ねられたとしても何も答えられなかった。
 誰もわたしには訊かなかったが。
 そこから、つぎつぎに展開した「自動」の世界は、わたしを不安にさせるのだった。自動ばかりの世界になったら、いつか、自分は置いてけぼりにされる!
 それから何年もたって、おばちゃんになったふみこは、「置いてけぼり」もわるくない!と豪語するようになった。          
                                   つづく

Spoon
わたしが壊した木の匙と、
よく似た匙が届きました。
ありがたいことです。
IT不具合のなか、このやりとりができたことに
救われてもいました。

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