2018年2月20日 (火)

珈琲日記

 こうして机に向かういま、右前方に珈琲が湯気をたてている。
 仕事をはじめる前に自分で淹れたもので、こういうときの珈琲は、仕事への導入の合図みたいな役割を果たしてくれる。ちなみにブラック珈琲だ。若いころは珈琲を飲むときには必ずミルクを入れたものだが。
 珈琲とミルクというと、その昔、向かい合って珈琲を飲んだ恋人の癖を思いだす。
「珈琲はさ、アイスもホットも、ミルクを入れたらかき混ぜたりしちゃいけないんだ」
 とそのひとは云い、わたしは「そんなものか」と思った。
「かき混ぜたりしちゃいけないんだ」というのを、わたしはいまも守りつづけている。珈琲にミルクを注ぎ入れても、スプーンでかちゃかちゃ混ぜない。それが優雅に思えたし、ともかくずっとそうしてきた。こんなふうに思い出は、かけらとなってひとの日常をそっとかためてゆくんだわ……。
 じつはずいぶん長いこと自分は珈琲よりは紅茶党だと思っていたのだが、珈琲豆を売る店に通ったり、珈琲通と親しくなったり……、わたしの生活には珈琲の香りが、いつもかすかに漂っていた。
 そうだ、最近も珈琲をめぐり、こんなことがあった。
「珈琲を飲むと、ぶつぶつが出てきて、気持ちがわるくなるんですよ」
 これは仕事仲間のK氏からの打ち明け話だ。
 それは大変。そう思ってついこのあいだも、K氏の前に置かれた珈琲をそっとかわりに飲んだのだ。自分の分も頂戴したので、お腹が珈琲でたっぷんたっぷんになったのだが、そんなことはかまわない。K氏が飲めば、蕁麻疹(じんましん)のようなものが出てきて、どうにも具合がよろしくなくなるというのだから。
 そうして出先で供されるお茶や珈琲を、軽く考えないという共通性が、K氏とわたしの仲間意識をつくってもいる。

 ここでとつぜん思いだした。

 8年ほど前、ある雑誌から珈琲について書いてほしいと頼まれたとき、考える間もなく映画「ドライビングMissデイジー」※の一場面を思って、それを綴ったことを。
 思いだしたのはこんな場面だ。
               *
「アデラの淹れる珈琲は、うまかった」(ホーク/以下ホ)
「ビスケットやチキン料理はまねできるけど……、珈琲はまねできない」(デイジー/以下デ)
「まったくです」(ホ)
「アデラは、幸運だった」(デ)
「わたしも、そう思います」(ホ)
               *
 映画の舞台はアメリカ南部(19481973年頃)。
 ユダヤ系の老婦人デイジーと黒人の運転手ホークのあいだに芽生えた友情のものがたりである。
 好きな映画10本に入る作品だ。なかみを明かすわけにはいかないけれど、アデラのはなしは、ちょっとだけさせてもらおう。そうでないと、珈琲のはなしが伝えられないから。
 アデラは、デイジーの家で長年メイドとして勤めた黒人の女性で、人柄のよい、すぐれた働き手だった。そんなアデラが急死したあと、デイジーとホークのあいだで交わされたのが掲出の会話だ。
 映画を観ながらわたしは思った。
 珈琲を淹れるとなったら、珈琲に打ちこむ。それが幸運を呼ぶのだわ、と。

※「ドライビング
Missデイジー」1989年アメリカ
 ブルース・ベレスフォード監督 
 Missデイジー=ジェシカ・タンディ 
 ホーク=モーガン・フリーマン

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先週見ていただいた茶箱の卓です。
こんなにしてちょっと珈琲ブレイク。

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気に入りのカップ&ソーサーです。

紅茶店カレルチャペック製ですから、
本来紅茶をたのしむ茶器なのかもしれませんが、
もっぱら珈琲をたのしんでいます。
ソーサーのうさぎさんが、かわいいでしょう?

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2018年2月13日 (火)

ぜいたく

 夕方、家のなかにひとりになった。
 外での仕事から早足で戻り、さあ、晩ごはんの仕度にとりかかろうとしたとき、帰宅が3時間ほど遅れるという三女の書き置きをみつけた。
 書き置きを持ったまま、腰を下ろす。
 晩ごはんはつくるにはつくるけれど、急がなくてよいというわけだ。
 手を濡らす前に、手紙の返事を1本書こうか、書類の整理に30分取り組もうかと思ったが、やめた。それというのも、しなければならない気配の漂う事柄に立ち向かうにはちょっとばかり気力が不足していたからで、もうちょっとちがう何かを、と思いめぐらす。何気なく引き出した冷蔵庫の野菜室のなかに、それはみつかった。

 もやし!

 もやしのひげ根とり!

 若いころはもやしのひげ根のことなど、少しも考えなかった。

 もやしにひげ根があるのを知らないことにしていた、と云ってもいい。
「ひげ根をとると、見た目も口当たりも保存もよくなります」と本に書いてあっても、ひとから聞いても、もやしのひげ根? そりゃ何のこと?というふうにとぼけてやり過ごした。
 もやしのひげ根を思うようになったのは、50歳代の半ばのことだ。ある日とうとうもやしのひげ根に目を向けて、ぱきっとやると、これがなかなかおもしろい。おもしろいし、もやしがご馳走になる。おいしいのだ。ひげ根をはずすだけで。
 以来、もやしを求めるたび、ひげ根をとれるかとれないかを考えるようになった。とれたらうれしいが、とれないかもしれない。ひと袋分のもやしのひげ根とりには、けっこう時間がかかるからだ。
「たとえとれなくても自己嫌悪などには陥るまい」
 そう自分に云い聞かせてから、もやしを買うようになった。
 こんなことに気持ちが傾くようになったのかと思うと、くすぐったい。
 この日も時間を計ったら、ひと袋のもやしのひげ根とりに35分かかった。
 ぜいたくな35分間。
 ひげ根をとったもやしでつくったサラダは、何とも云えずおいしかった。こういうことをぜいたくだと思い、幸せと呼ぶことができるのは、わるくない。

 ところで、はずされたひげ根たち。

 そこに向かって傾いてゆきそうになる気持ちを、わたしはくいっとひっぱっている。婆さまになるとは、これまでは無益としていた領域に傾くということなのか。

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ことしのはじめ、茶箱をじっとみつめました。
なかには、正月の飾り、ひな人形、
年中行事の道具類がしまってあります。
それはいいけれども、これを別の何かにも、
使えないだろうか。
と思いめぐらしていたのです。
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柿渋を塗って、
カフェテーブル風にしました。
子どものころから使ってきたお茶箱を
塗っているときにも、
ああ、なんてぜいたくな時間……と、
思いましたとさ。

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2018年2月 6日 (火)

目と鼻とバケツと

 めまぐるしい1週間だった。
 もしかしたら……、もしかしたらことしから数年のあいだ、わたしの人生は少しばかりめまぐるしくなるのかもしれない、という予感にも似たものに怯(おび)えながら、ひとつひとつの予定に向き合った。
 会議へ。会合へ。視察へ。研修会へ。取材へ。
 1泊2日の出張を含んではいたが、たいてい家には帰ってきていたのである。が、めずらしくひとりであちらこちら動きまわった1週間は、帰宅しても何だか落ちつかず、まるで旅先にいるかのようであった。
 初めての土地でもたついたり、降り立ったことのない駅で標示を睨んだり。わたしを怯えさせたのは、そうか、約束の場所に向かう経路に対してだったのか。こうしてやっと落ちついて自分の机に向かういま、「移動にちょっと自信がついたな」とふり返る。
「移動」はわたしの弱点だ。その場に行き着きさえすれば何とかなると信じているのだけれど、行き着かなければ、はなしははじまらない。

 つづけざまの移動は、まるで特別訓練のようであった。

 しかしながら、迷いそうになるたび、時宜を得た案内の手が差し伸べられ、無事に移動し、目的地で約束を果たすことができた。
 困ったらすぐひとに訊こうと決心していたのだが、駅の標示は親切だ。おそらくは外国人旅行者への配慮が加わり、標示全般が見直されたのではないだろうか。関西では難なく移動したのに、家から近い味の素スタジアム(京王線飛田給駅)に向かう交通がもっとも複雑で、悩ましかった。
 そうだ、大阪ではこんなことがありました!
 大阪駅に向かうため京橋駅のホームで、大阪環状線に乗りこもうとするとき、ブロンズの老婦人に「ダズ ディス電車 ゴー トゥ オオサカ?」と尋ねられたのだ。
(ディス電車って、なんじゃ、そりゃ)。
「ディス電車 ウィル ビー ゴー トゥ オオサカ」

 めまぐるしい1週間が過ぎたとき、玄関先でわたしを待っていたのは、黒豆2個、ひしゃげたような軽石1個、それにちっちゃなおもちゃのバケツだった。

 ああ、あなたたちは……。
 雪だるまの目と鼻と、帽子のバケツだね。1月22日に東京に降った雪で、わたしがつくった雪だるまは溶けてなくなり、目と鼻とバケツだけになった。大事なもんが残ったなあ。また雪が降って積もるようなことがあったなら、雪だるまをつくって、これをつけてやろう。

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黒豆の目玉さんは、
雪の水分を含んで、ふくらんでいます。
おいしそうになってます。

もう一度くらい、

雪だるまがつくりたい(小声)。

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2018年1月30日 (火)

雪だるま

 ほんとうに雪は降った。
 前の日、天気予報が確信をもって「明日は雪」と告げたが、「ふーん、そうなのか」というさりげなさで、わたしはいた。
 構えて待つと、裏切られることが多いようなので、そうなったらいいな、という予知に対しては素知らぬ顔でいることにしている。
 そうだ、わたしは雪を待っていた。
 雪が齎(もたら)されると、大騒ぎになることを知っている。ことにここ東京では、ただの騒ぎではすまない。この街が雪には滅法弱いからだ。交通は乱れ、ひとは転ぶ。雪に不馴れだから慎重になるかというと、そうばかりでなく、無謀なことをするひとが出現するのも、この街の一面なのだ。もう少し踏みこんでみると、雪かきのできないひとが家のなかで息を潜めて困惑しているという事情も浮かび上がってくる。
 ところで。
 雪を待っていたわたしは、しんと静まりたいわたしであった。日常の音を消し、雪で包み、困惑も含め、ひとのこころを沈静に向かわせる雪という気象をあてにしてのことである。

 雪が降りはじめるという予報の、当日午後2時に、三鷹駅にほど近い待合せの店に向かって歩いた。凍った粉のような雪が、前触れのように落ちてきていた。先輩格の友人である
Nさんとの約束だった。雪が降ろうと、槍が降ろうと、ともかく行って、確かめたいことがあった。
Nさん、きょうは無理をしていただいて、申しわけありません」
 と云うと、「わたしは用事の帰り道ですもの。あなたこそ、出てきてくださってありがとう」とNさんは静かに笑った。
 そういえば……目の前のNさんは何が起こっても、いつも穏やかに落ちついていて、堂堂としている。雪が降ろうと、槍が降ろうと、どんなときも。

「……というのが、ことの次第。電波にのせてお伝えしにくいことだったから、直接聞いていただけてよかったわ」

「わたしにとっても学びがいっぱいでした。ひとの置かれた状況を察するには、経験と知識も必要だということがよくわかりました。思いやりがあれば、たいていのことを察することができるなんて考えていたのですが、甘かったと思います。雪のちらつくなかを……」 
「こうして歩いてきてよかった」と云いかけながら顔を上げて窓の外を見ると、ちらつくなんて雪ではなく、銀世界がひろがっていた。窓際の卓に坐っていたのに、気がつかなかった。Nさんのことばを一語なりとも聞き逃すまいと、情報を取り込み、ひとコマひとコマ噛みしめていたものだからおのずと視線が低くなり、時として目をつむって聞いてもいたからだ。
 腕時計を覗くと、2時間半が過ぎていた。
 このあいだに雪は本格的に落ちてきて、あたりを白色に包んだのだった。三鷹駅付近には、勤務先、外出先から早めの帰宅をしてきたらしい黒色のひとの列ができている。バスを待つ長い長い列だった。
「お互い無事に家までたどり着きましょう」
「はい。ではまた、近いうちに」
 長靴を履いて出たのは正解だった。
 ダッフルコートのフードをかぶり、地面を踏みしめて進む。鍋もののための買いものに寄ったスーパーマーケットでは、スタッフが3人がかりで、モップを使い、床を拭いている。ひとがコートや傘から雪を払い落とさず入店するものだから、店の床はたちまち濡れてしまう。この時点ではおもてで転ぶひとよりも、建物内の床で滑って転ぶひとのほうが多いかもしれない。
 小松菜、えのき茸、豆腐、茹でうどん豚挽肉、豚しゃぶしゃぶ用、うどん(気に入りの幅広の麺/群馬県のおっきりこみ)などを求めて帰る。この分だと、明日は買いものに出られないかもしれないが、余計なものは買わない。家にある食材を使い切る好機である。ただし、と気がついて牛乳2本を買い足す。ヨーグルト用と、ミルクティー用に。

 翌日の朝、スコップを持ち出して、雪かきにあたる。

 夜半まで降った雪は2030cmほども積もっていた。
 まずは庭の木木から雪を下ろす。雪にのっかられ垂(しだ)る枝を助け起こし、途中で雪を浴びて「ひゃっ」「冷た!」と叫んで跳ねている。ひとには見せられないあわてぶり、はしゃぎぶり。
 つぎは家の出入りの道筋の確保だ。夫が熊谷の家に行っていて留守なので、ひとりでがんばる。おもては寒かったが、スコップをふるううち、だんだん汗ばんできた。気温が低いままなら、この雪は凍って、しばらくひとの足を妨げるだろう。
 雪かきをしながら、玄関脇の日の当たらない隅っこに、雪を溜めてだるまをつくる。雪だるま。雪が降ったのにこれをつくらなくなったら、わたしじゃないぞ。わたしは雪だるま専用のかぶりもの=ミニバケツを持っており、いつもは、書架の隅に置いたこれと目が合うたび、なんだかなあ、と思うのだ。しかし、ほらね、やっぱり役に立つ!とこのときばかりは得意満面。
 かぶった雪だるまも、得意満面。

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これは、わたしがつくった雪だるま、
5日目の夜の姿です。
気温が低いので、溶けずにいてくれています。
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6日目朝の姿です。
目ですか?
黒豆なんです。

撮影
Daishima Haruhiko

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