2020年7月 7日 (火)

似た者同士

 夫の母が旅立った。
 家族は誰も、さいごの最期のときに間に合わなかったけれど、
「ちっともかまわない」
 と、ははは云うと思う。
「それより何より、仲よくね」
「それより何より、たのしくね」
「それより何より……」

 2017年5月、脳梗塞で倒れて入院したのがはじまりだった。
 左半身に麻痺が残るも、それから約1年は、リハビリテーション(以下 : リハビリ)に励んで家での生活をつづけることができた。
 この期間を支えたのはヘルパーさん、デイサービスの皆さん、息子(わたしの夫)の3本の柱である。
 20187月、心筋梗塞を起こし、救急車で運ばれて手術を受ける最中(さなか)、脳梗塞を再発して入院。その後は自宅に戻るためのリハビリのための施設に入所した。それから1年間はときどき自宅に戻って、父と息子と3人でゆっくり過ごすこともできた。
 施設中心の生活になってゆくなか、20201月からはインフルエンザ予防のために特別なことがない限り面会ができなくなり、2月からは新型コロナ感染症対策も加わって、まったく会えなくなってしまった。
 6月に呼吸が弱くなって入院ということになったとき、久しぶりに会うことができたのは皮肉であったけれども、うれしくて、手や顔や背中を撫でまわす。
「お母ちゃん、お母ちゃん」

 入院してちょうど10日後、眠ったまま逝ってしまった。
 やすらぎの表情を浮かべたお母ちゃんをみつめながら、とうとう、この日がきた、と思った。
「これからは、わたし、しっかりします」

 お母ちゃんはわたしにとって、誠のお母ちゃんだった。
「おふくろは、ガショウキだからな」
 と夫が云うのを、たびたび聞いた。
 ははは、生まれも育ちも埼玉県熊谷市だから、そのあたりの方言であったろうガショウキ。がむしゃら、という意味合いで、夫は云うのだった。
 こうと決めたら、途中乱暴なほどの勢い、方法で突き進むということになる。
(わたしも、そうだ、ガショウキだ)
 とそのたび思っていたし、その気持ちを知ってか知らぬか、夫も近年、わたしをガショウキと呼ぶようになっている。
(お母ちゃんもガショウキ。わたしもガショウキ)
 という見方は、わたしのなかに棲みつき、日常という布の端を握りしめながら、暮らしてきた。布の向こうを握っているのはははであり、わたしたちはガショウキに布をぶんぶん振りまわす。

(似た者同士だったよね)

 実力も、気風(きっぷ)のよさも、ははには遠く及ばないけれど、布を握りながら、常に顔を見合わせながらやってきた。

 いまし方、夫が書いた何かの挨拶状の原稿を見たら、こんな一文があった。
「熊谷市内の三ケ尻から大幡へ嫁ぎ、会社勤めに打ちこむ夫に代わり、農業を担いつづけた母。少女時代に思い描いたような人生だったかどうか、それは本人にしかわかりませんが、近所の皆さま、多くの友人・知人の厚情に恵まれ、幸せな日日を送ったものと思います」

(……ほんとうにそう。幸せでたのしい日日を生ききったね、お母ちゃん)

 わたしだけのたのしい思い出は、熊谷の温泉施設にふたりで出かけ、内湯、露天風呂をまわったのち、寝ころび湯にころがって果てしなくつづけるおしゃべり。あのおしゃべりは、わたしには支えになっていたのである。
 ふり返ると、お母ちゃんは自分がめぐりあったあのこと、このことについて話すことはあったが、一度もひとの悪口を云わなかった。

Mitsuko_moe
夫のかつての結婚で生まれた
2ばん目の娘・萌(もえ)はイラストレーターです。
萌と山本梓、萌とふみこ、という仕事も少なくありません。
これは、萌が描いた2016年のお母ちゃんです。
(大江萌えがく)

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2020年6月30日 (火)

 昼下がり、通りから声が聞こえる。
「こおりー、こおりー」
 その声は歌うように、響く。
 わたしは台所で小さなボウルを取りだし、急ぎ足で廊下を抜けて玄関の扉をあける。
「氷屋さん、くださいな」
 くださいな、と云ってしまってから、「くださいな」は古臭かったな、と思う。
「氷屋さん、おねがいします」

 氷屋は驚くほど若い男だった。
 ミニバンの運転席から、会釈しながら降りてきた。
「どうも」
「暑いですね。きょうはご繁盛でしょう」
「いや、なかなか厳しいです。いまはどこの家にも氷はありますから……。えっと、削りでいいですか? おひとつ分で?」
「削りはひとつ分。あと、かち割り氷を3kgください」
「ありがとうございます」
 男はミニバンのうしろに積んだかき氷機で氷を削り、わたしが手渡したボウルにそれを溜めてゆく。
「おまけしときました」

***
 深夜小豆を煮た。
 氷を浮かべた器に白玉を入れ、明日(あす)になったらその上からこの小豆をとろりとかけて……と考えていたのに、わたしときたら、ついこんなことをつぶやいていた。
「ほんとはかき氷が食べたいな。宇治金時が食べたいな」
 そのせいだろう、蒲団の国で氷屋の夢をみた。
 いまは滅多なことでは氷を売りには来ないし、ましてや、ひとつ(1人)分の氷を削ってもらうなんてことは、ない。
 それでも夢のなかのわたしは、若い氷屋相手に慣れたようにものを云い、氷を受けとった。
 60歳を迎えるまで大酒飲みだった。
 何より好きなのがウィスキーで、ストレートで飲んだ。
 水割りがおいしいのは、本物の氷を持っている店だけで、家で水割りをつくると、たちまち氷が溶けて、ウィスキーの香りが曖昧になってゆく。それで薄めずに飲んだのだ。
 70歳になったら少しは飲むことに決めているが、ただいま断酒ちゅう。
 飲めなくてもさびしくはないが、ときどき、何かの拍子にウィスキーの色をふり返る。70歳になったら、ウィスキーを飲もう、本物の氷で水割りも、と思う。
 何のお話をしていたのだったか、そうだ、氷。氷の夢を見たのはウィスキーへの郷愁かもしれなかったが、宇治金時へのあこがれでもある。
 目覚めた日の午後、小豆はその日家にやってきたひととすっかり食べてしまった。氷を浮かべた器に白玉を入れ、煮た小豆をとろりとしたのを「あずき白玉」というのだろうか。
 ともかくそれは、ひんやりとして美味しかった。
 が、それでもわたしは密かに思っている。
「ほんとはかき氷が食べたいな。宇治金時が食べたいな」

 ことしは、夏ならではのおかずや菓子をつくり、涼やかな食べ方を工夫しよう。

Photo_20200630051801
「抹茶氷 あずき」というカップアイスを
みつけて買ってきました。
氷宇治金時にバニラアイスクリームがのっています。
こんなにして、ひとりおやつ。
えへへー。

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2020年6月23日 (火)

生きもの同士

 小鳥のえさ台が錆びて、えさの皿をのせるところがうなだれるように折れてしまった。
 修理らしきことをしてみた結果、えさの皿はのるようになったが、ここに小鳥がとまるとなると、どうにも不安定で、うまくない。小鳥たちがびっくりしたり、食べにくかったりするのは困るから、えさ台は別につくってもらうことにした。
 うなだれた鉄製(アイアン)のえさ台を眺めていたら、ひらめいた。
 ひらめきは、過去の記憶が運んだもので、朝顔の記憶だった。

 あのころ、朝顔を育てるのに適した庭のある家に住んでいた。
 南側のフェンス一面に朝顔を這わせてようと、5月のはじめになると、朝顔の種を埋めるのだ。わたしの娘たちだけでなく、2階3階の家の子どもたちが、朝になるとベランダから顔を突きだして、咲いた朝顔を数えた。
 朝顔とのもっとも濃密な夏が10年つづいた。

 それから朝顔は少し遠くなった。
 あるとき友だちが種を送ってくれて、育てたのをさいごに、無沙汰の歳月が流れたのだった。
 ことし、うなだれた小鳥のえさ台を見て、朝顔、とひらめいた。
 えさ台の鉄製の脚に、朝顔のつるを巻きつかせたい……。
 1本だけ、白花の朝顔と決めたのはいいが、時すでに6月である。種から育てるのはあきらめて、苗を園芸店に買いに出かけた。
 マスクをして、てくてく、てくてく歩いていると、一歩一歩朝顔の世界に近づくようだ。小さな生きもの、小さな自然を求める気持ちで歩きはじめたが、だんだんに、生きものといえば自分のからだも……、自然といえば自分のからだも……、と気づくのだ。
 そしてこのからだは、ことし、コロナウィルスと出合った。
 このたびわたしのからだはウィルスの感染からまぬがれている(たぶん)が、まだしばらく生きて、いつかはどうしたって死を迎える。

 園芸店で朝顔の苗を1本だけ買う。
 同じ生きものでも朝顔は、自分の都合や計画・予定なんてことは考えていない。わたしに連れ帰られて庭に植えられ、どんなことになっても文句も云わず、ため息もつかず、おびえたりもしないで生きられるだけ生きるのだ。
 そんなことを確かめ確かめ、小さな生きもの同士、自然を生きるお互いとして、ともにてくてくと帰ってきた。

Photo_20200623082601
この朝顔さんと、夏をともに
生きてゆきます。

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2020年6月16日 (火)

凝り屋

 近年、郵便の量がふえた。
 受けとる量もふえたが、出すのもふえたな、と思ってこのひと月、出す分を記録してみたら、1日平均4通出している勘定だった。
 たった4通か。
 と思うひともあるだろうけれど、休みなく毎日4通出すというのは、わたしにしてみたら、なかなかの数である。
 ぼんやりしていると、切手が欠乏するから、気をつけてたびたび買いに出かける。主に記念切手。幸いなことに近所には本局があるし、ほかに馴染みの郵便局が3つある。
 先月は家人が、「ドラえもんの記念切手が出ていたよ」と云って、買ってきてくれた。
 コミック連載50周年を迎えた「ドラえもん」の初期作品(19701971年)のカットがデザインされた切手。ドラえもんが幾分太っちょなのがおもしろく、うれしく使っている。
 しかし、使いつづけていると、あれ、この切手、このあいだ同じ◯◯さんへの封書に貼ったな、とはっとする。同じドラえもんの切手で送ったところで困るわけではないけれど、できれば、ちがったデザインの切手を貼りたい。わたしの手元には記念切手のストックはなく、同じ記念切手をくり返し貼ることになるのだが、いただく手紙のなかに、めずらしい切手が貼ってあるのをみつけると、あこがれのあまりほおっとため息が漏れる(*)。
 それで最近、少しずつ記念切手を貯めはじめている。

 郵便のことでは、ほかにも書いておきたいことがある。
 ときどき郵便物とともに「料金不足のお知らせ」というハガキが届けられる。
「このたび、お届けしました郵便物等は【料金が△△円不足】しておりますが、郵便物等を迅速・簡便にお受け取りいただけるよう、ひとまずお届けすることといたしました。この郵便物等の受け取りにつきましては、裏面1、2のいずれかの方法をご選択ください」
 とあり、裏面を返すと、
1.郵便物等をこのままお受け取りになる場合
2.郵便物等をお受け取りになりたくない場合
 と印刷されている。
 1を選択したら、表面記載の不足分の切手を「切手ちょう付欄」に貼って投函し、2を選択したら、「この郵便物等は、料金が不足しているので、受け取れません」の欄に捺印かサインをして郵便物に貼りつけて投函する。
 わたしは決まって1を選択し、不足分の切手を貼って、ポストに入れる。
 この「料金不足のお知らせ」のハガキを受けとるたび、わたしもこれをやって戦法に迷惑をかけているかもしれないなあ、と思うからでもある。
 封書にときどき紅茶のティーバッグやらちっちゃなお菓子やらをオマケとして同封するのはいいとしても、半世紀使いつづけている、封書をはさんで計測する「郵便量り」とわたしの視力が怪しくなっている。切手を貼りちがえていることもあるだろうなあ、と自信がなくなってゆくのだ。
 せめて計測を正しく、と、あたらしいスケールを求めよう考えるのだが、あまりにも長くともにやってきたものだから、買い替えの決心がつかない……。

 年年郵便にこころを寄せるようになり、密かに自らを「郵便凝り屋」と呼んでいる。
 ついこのあいだのことだ。
 投函しようという封書をいくつか抱え、「凝り屋凝り屋」とつぶやきながら歩いて、中華料理店の前を通りかかる。
 店先に「冷やし中華はじめました」という貼り紙。
 ああ、わたしは「冷やし中華凝り屋」でもある。そう心づいたら、郵便と冷やし中華のあいだを揺れはじめ、投函を忘れてポストの前を行き過ぎてしまった。

*いただいた郵便物に貼ってある使用済み切手は、余白を1cmとって切り、貯めておきます。年に3回ほど、JOCS(公益社団法人 日本キリスト教海外医療協力会)に送るのです。使用済み切手は個人切手収集家によって換金され、たとえば5,000枚がタンザニアの看護学校の1か月分の教科書代になります。ただし5月1日現在、新型コロナウィルス感染症拡大防止のため、切手の整理にあたるボランティアの活動を休止しています。

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これが半世紀来の相棒です。

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