2017年12月12日 (火)

ゆっくり屋

 最寄りの三鷹駅までの道には、幾通りかの行き方があって、そのどれを選んで歩こうと所要時間123分にかわりはないが、気分に応じて道を変えている。気に入りのパン店、憧れの庭、ちっちゃな公園、けもの道(鹿も猪も通らないがひとひとり通るのがやっとというほど細い道)、というふうに、ちょっとそこを覗きたい、通り抜けたい場所があるのだ。
 それが最近、覗きたい、通り抜けたいでなくなっている。
 より速く、より無駄なく三鷹駅にたどり着きたいと、わたしは考えているのだった。

 ある日。

 用事があって、身繕いをして家をでた。
 約束の時間にまでには余裕もあったのに、なんとはなしの急ぎ足だ。
 家を出て、最初のけもの道に入り、そこを通り抜けたところで女の後ろ姿がひょいと目の前にあらわれた。丈の短いベージュのコートに、黒スカート黒タイツに黒いブーティー。ビーズのバッグを提げ、肩に赤紫のストールをかけている。
 シンプルで、うつくしいこのbackさんも、急ぎ足である。同じくらいの速度の急ぎ足で、即(つ)かず離れず歩いているが、目の前の後ろ姿はところどころで小技を効かせて見せる。思いがけない場面で不意に曲がって、道をカットしてゆく。
(こんなところで曲がるのね)。
 小技のたび、backさんとわたしのあいだは、3メートルくらい離れる。遅れをとるまいと速度を上げて、間を詰める。が、三鷹駅も近づいた裏道で、最終的な小技がかかった。このときわたしは、こんなところで曲がったって、たいしたカットにはならないだろうと踏んだのだ。
 しかし驚くなかれ、この小技が思いのほかの結果を上げたのだ。
 駅の入口にあたる階段を上るbackさんを、わたしは30メートルほども遅れて見ることになった。

 back
さんとの競争はおもしろくもあったのだが、一方で急ぎ足に対する空しさをも感じさせられた。即かず離れず。道をカット。間を詰める。こんなことにいったい、何の意味があるだろう。
 急いでいるのならともかく、時間に余裕を持っていたその日の自分が、つい早足になるのなんか……、貧乏たらしく思える。

 その日からわたしは、ゆっくり屋を決めこんでいる。

 つい急ごうとする自分を「何をそんなに急ぐのか」と云って止めるのである。
 じぶんのなかにゆっくり屋の看板を掲げてみると、早口にも気づかされ、急ぎ癖がほうぼうに及んでいることがわかった。ゆっくり話す努力をしてみると、相手に伝えたいことが何であるかがはっきりするのだった。そして、どうやら早口ついでにするりと口からこぼれていたらしい事ごとを云わずに済むようになった。
(このはなしは、またつぎの機会に)
 という具合だ。
 ゆっくりやっても、急いでも、所要時間はそれほど変わらないというのもわたしには愉快な発見であった。

 ふと机上を見ると、用事がいくつか溜まっている。

 礼状2通、資料整理、ゲーテ格言集の読書ほか、手仕事としてボレロのボタン付けも待っている。
 これを急いで片づけなけりゃと思いかけたのだが、いやいや、きょうはもう寝て、明日落ちついて片づけることとしよう。

 わたくし、ゆっくり屋でございます。


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両親の生活の支援に熊谷に通っている夫が、
ははにおそわりながら白菜を漬けました。
これは漬ける前の天日干しが終わったところだそうです。
ほんとうは、3日間干せばいいのですが、
用事があって5日も干してしまったとか。
いいじゃないですか、ゆっくりやれば。
白菜漬け、乞うご期待。

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2017年12月 5日 (火)

柔柔(やわやわ)

「またこんな、ブス色の痣(あざ)つくっちゃいましたー」
 わたしにとってブス色は附子色(ぶすいろ/または付子色)で、打撲によって皮下に内出血したときにできる痣の色である。青いのや青紫色のや、少少どす黒いのもみんな附子色。
 しかし、このことば、どうも通りがわるい。
「何? ブス色って?」
 とやられる。
「ああ、ブスな色ね」
 なんて云うひとが現れたりすると、聞いたほうも口にしたほうも、わかるようでわからないといった気分に陥るのだった。
「そりゃ、北海道弁だからよ。本州のひとには附子色なんて云わない」
 こうおしえてくれたのは道産子の友人だったが、そう云われてわたしは心底驚いた。
「道産子でございます」と自己紹介の場面で得意になって発表してはいるが、北海道小樽市で産声を上げたのち、4歳になるかならぬかという年に東京にうつってきた、云ってみれば〈生まれただけ〉の道産子なのだ、わたしは。
 そんな自分に、北海道弁が身についているなどとは思いもしなかった。
「お父さまもお母さまも北海道だから、自然に身についたのよ。云っとくけど、ふんちゃんが使ってる、手袋をはく、も北海道弁」
 そ、そうか。
「手袋をはく」と云うたびに、まわりに「手袋ははかない。はめる、よ」と指摘されてきた。ああ、あれも北海道のことばであったか。

 附子色。
 呼び名のことはともかくとして、だ。この色の痣をつくることにかけて、わたしの右に出るひとはないだろう、と思われる。子どものころから、その才能に気がついていた。絵に描いたようなお転婆で、毎日どこかしらに痣をつくっていた。幼少期のいちばん見事な附子色は、幼稚園でつくった痣だった。仲良しのクニオがブランコに乗って大きく揺れているところに飛びだしていき、吹っ飛ばされた。吹っ飛ばされたわたしより、わたしを足で蹴飛ばす羽目になったクニオが大泣きした。
 翌日、目の上がうつくしい附子色に染まり、みんなが見にやってきた。友だちが漕いでいるブランコの前に飛びだす考えなしの愚か者は、それによってつくった痣を自慢する愚か者でもあったのだ。
 大人になってからも、しょっちゅう痣をつくった。
 長ずるに及んで、打撲の自覚がないのに、痣を発見することがふえている。
「あれ、どこかで打ったんだろうか」と痣を見て顧(かえり)みるが、いつ、どこで、が思い当たらない。
 じつはきょうも、左手に痣をみつけた。
 拭き掃除をしようと、雑巾を搾ったときに気がついた。附子色になっているだけでなく、痛みもある。ちらっと、痛みを理由に拭き掃除をさぼろうかと思ったが、まあ、雑巾を搾ったのだし、ひと拭きすることとする。
 恒例の朝のトイレ掃除だ。
「きょうのアタシはおしあわせ。明日(あした)のはおしあわせ」
「きょうのアナタはおしあわせ。明日のアナタはおしあわせ」
 と歌うように唱えながら(これも恒例)、ごしごし吹いているとき、またしてもやったんである。トイレの壁に思いきり手をぶつけた。
「いたたたたた」
 痣をつくって附子色になっているほうをぶつけたので、跳び上がる痛さである。
 
……そうか。
 狭いトイレのなかで、はりきり過ぎているため、こういうことになるのだ。
 あれやこれやにぶつからぬよう、そっと手を動かしたり。タンクのうしろに手を伸ばすときにも、ゆっくり探りながら拭いたり。そういう神経を持たないから、附子色が生じるのだ。
 12月は忙しく、用事もふえるだろうから……、そうだ、常よりもちょいとおだやかに、柔柔とゆきましょう。

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2017年11月28日 (火)

 とげ抜き

 キーボードを打つ手を止めて、時計を見ると、すでに日付がかわっていた。
「……ということは」
 とつぶやきながら、伸びをする。
 ……ということは、誕生日おめでとう、だね。

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回めの誕生日がめぐってきていた。
 仕事にきりをつけたものの、このまま寝てしまうのがもったいないような気がしてきて、きょろきょろす。ひとのも自分のも誕生日というものが大好きで、そうしてつい、高揚する。
 そうだ! クリスマスの飾りつけをしよう。

 机の下に押し込んだ茶箱を引っぱり出して、ふたをとる。

 若き日、実家から持ってきたふたつの茶箱は、これまでどのくらい活躍したかしれない。道具類の保存箱として使用するほか、サイドテーブルや、カフェテーブルとしても使ってきた。現在、ふたつのうちのひとつは長女の家で活躍している。
 茶箱。
 そも葉茶を輸送し、貯蔵するための箱である。何でも明治時代、海外に輸出する際に使われたのがはじまりだったという。本体は木製だが、内側に薄い金属の板が貼ってあるのも、湿気を防ぐための仕様である。
 机の下の茶箱のなかには、正月用品、クリスマスの飾り、ひな人形が納まっている。そのうちのクリスマスの箱をとり出して、家のなかに、かさっかさっと置いたり下げたり。

 子ども時分の気に入りの、天使のオーナメント。

 友だちがつくってくれた手づくりの毛糸のリース。
 二女が工作教室でつくったロウソク(サンタクロースとツリーと)。
 クリスマスソングのCD2枚。
 それから玄関フロアの置きものと、戸口のリース。

 例年、
12月1日にする作業を、ほんの少し早くしていることが、うれしい。余裕があるみたいじゃないの……と、思って。おかげでキリストの生誕とわたしの誕生日が混ざって、2017年間のなかの59年間が青青と幼く思えてくるのだった。

 深夜の飾りつけを静かに終えて、茶箱を机の下に押しこもうとしたとき、だ。箱のふたに引っ掛けて、指を痛くした。

 左手の薬指にとげが刺さったようだ。
 この感覚はじつになつかしく、というのも子どものわたしはしょっちゅうとげを刺していたからだ。59歳になってなお、「刺したなあ」とこころを踊らせているところなんかは、ひとには決して見せたくないが、ほんとうはとげを見せびらかしたくもある。
 ところがこのとげらしきもの、老眼鏡をかけて見ても、はっきりしない。
 テレビで宣伝しているなんちゃらルーペというのは、こういうときに威力を発揮するんだな。「老眼鏡ではありません、拡大鏡です」という説明を聞いても、わかるようでわからないでいたのが、ああなるほどね、と納得する。ほしい、かもしれない。
 薬指の上に置き型のデスクルーペをのせたりして、とげのありやなしやを確かめる。
「ある、ある」
 指のなかに赤いとげが、見えた。とげというのは、なかなかうつくしいものだ。こんなときどうするのだったか……。
 とげ抜きに……、待針(まちばり)。母は待針の先端を消毒の意味でガス台の火にかざして焼き、皮膚をつつくようにしてとげの頭を導きだしていた。そこをとげ抜きでつまんでひっぱるのだ。
 とげ抜き。
 あれれ、とげ抜き、うちにあるだろうか。毛抜きは持っているけれど、あれはとげ抜きと同じものだろうか。と思いつつ、毛抜きと待針でとげを抜く。
 誰かにほしいものを尋ねられたが、なんちゃらルーペととげ抜きをもらおうか、とぼんやり考え考え、指をつついたり、もう片方の手の指ではさんだりしている。
 抜けました、とげ。
 こんなにちっちゃなものが、指を痛めつけたのだわ。
 ところで、「とげを刺す」という表現がまた、おもしろい。
 わたしとしてはみずからすすんで引き受けたわけではないとげを、「刺した」と云っている。ほんとうは「刺さった」と云いたいところなのに。

 人生のなかで出合うとげも同じなのだわ。

 すすんで引き受けたわけではないが、まるでみずから刺さりに動いたような宿命について、はからずも誕生日に思わされている。

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玄関フロアのクリスマスの飾りは、
こんな具合です。
ガラスの花瓶に赤い花を生けようと
考えています。
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戸口の飾り。

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2017年11月21日 (火)

つまんない……

 熊谷のはは(義母)がことし5月、病を得た。みずからおかしいと気づいて病院へ出向いたのがはじまりだった。
「お母ちゃん、おかしいと思ったって、どういうところが?」
「障害物のないところで、立てつづけに転んだの。それと何となく左方向に傾いてゆくようだった」
 とははは応えた。
 医師の診断は「脳梗塞」であった。そしてたちどころに入院となる。
 入院ちゅうも一所けん命歩行と左手のリハビリテーションに励み、それはほんとうによく励んで、3か月後退院したあと、もとの暮らしにもどることを目標にした生活は順調に見えていた。
 しかし、そんなさなか不整脈がみつかって心臓カテーテルをし、その後ふたたび脳梗塞が起きて、ははの左半身に不自由が襲いかかった。ちちとははのふたり暮らしを助けるため、夫が熊谷で生活をはじめたのは8月のことだ。パソコンと映画の編集のための機器類を運びこみ、仕事をしながらの支援だが、それでも食事の仕度、洗濯といった家事、病院への送り迎え、ちちとふたりでの農作業など、よく支えている。
「やっと両親と向き合っている感じだ」
 とつぶやくのを聞きながら、いまのわたしは家と武蔵野市を空けられないが、夫を気持ちよく送りだすこと、ちちははに何かしらの面白みを届けることに徹する決心をする。自分が直接ちちははの支援に出かけられないことに対する後ろめたさのようなものはなかったし、それはいまもない。夫と相談して決めたこの方法が、夫とわたしの支援だと思えたからだ。

 ところが、だ。
 夫が1週間のうち2日ほど帰宅し、それも東京での打合せや地方での仕事のための帰宅、という生活のなかで、わたし自身のバランスがだんだん崩れてきた。
 どのあたりのバランスがどんなふうに崩れてきたのかわからずにいたころが、いちばん面倒だった。腹の底に澱(よど)んでいるものをおもてに出さぬようにしていたために、夫とのコミュニケーションがとれなくなってしまった。
 いや、吐き出そうとはして、実際さまざまことばを投げつけたりしていたのだが、それはほんとに吐き出さなければならないものとは別のものだった。夫が他人のように見えてきて、わたしは焦った。自分の本心がみつけられず、焦った。

「……つまんないなあ」

 ある日、何気なくつぶやいたこのことばに、どんなに救われたことか。
 そうなのよ。わたし、つまんないの。
 ちちははの一大事に「つまんない」と愚痴るなど、どうかしている。鬼嫁と呼ばれても仕方ないのではあるまいか。ま、鬼嫁問題はちょいと横に置くとして、わたしはとつぜん気が楽になった。
 そうして久しぶりに顔を合わせた夫に向かって、口に出して云ったのだ。
「つまんない」
 すると、夫も云うのだった。
「つまんないなあ」
 これで、よし。
「つまんない」とやっとのことで口にしたわたしたちは、「ちょっとつまんないけど、いましばらくがんばろう」と誓い合っているも同然のわたしたちであった。一足飛びに結論を出そうとしたりせずに、初めての道を手探りですすんでゆこうとするとき、足元を小さく照らす灯(ともしび)が、「つまんない」というひとことであるとは。
 ことばとは、ひとのこころとは、愉快なものだなあ。

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家の人口がひとり減っただけで、
おみおつけが余るようになりました。
そこで、味噌玉をこしらえました。
ちちははにも届けるつもりで、
たくさんつくりました。

味噌
1213g(1人分)
けずり節(よくもんで粉にする)
だし粉(煮干しでや昆布など)
乾燥ねぎ
カットわかめ
高野豆腐

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まるめてから、
麩や、乾燥させた大根葉をのせたり……
保存は、冷蔵庫でも冷凍庫でも。
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お弁当にもってゆくときは、
こんなふうに。

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