2024年2月20日 (火)

衝撃的!

2月13
 朝から空気がゆるんでいた。 
 新聞もテレビも、最高気温が15度(関東地方)になるという予報を発表している。
 コートは着なくていいな、よし、ライダースジャケット(革ジャンとも云うか?/黒)着て行こうっと。

 JR御茶ノ水駅、聖橋口(ひじりばしぐち)で二女の梢と待ち合わせる。
 お茶の水駅には構内工事がつづいていたが、昨年末聖橋口駅舎が完成したはず、どんなことになっているのか、見てみたかった。
 東京の駅に工事の波が押し寄せて、久しい。
 渋谷駅。新宿駅。……。工事によって様変わりしてゆくなか、駅が怖くなることもあった。

(ここ渋谷駅なんだろうけれども、ぜんぜん渋谷駅じゃない)。
(東口と西口を通路でつなげるのはいい考えだと思うけど、新宿駅さん、実現するまでどのくらいかかるの? 足の痛いひと、年の寄ったひとにはきつ過ぎやしない?)
(えー、お茶の水駅、あなたもか!)

 あれ、ちょっと待って。
 駅の工事のはなしをするのだったかしら? わたしは。
 ……ちがうちがう。
 お茶の水駅聖橋口で、梢と待ち合わせるところまで戻らなければ。

 聖橋口のあたらしい駅舎のことなど、あっさり頭から吹き飛んだ。
 待ち合わせた梢の佇まいを見て、低くわたしは唸る。
 梢がライダース(黒)を着ていたのを見て、「あ“―」と。
 こういうとき、わたしは騒ぐ質(たち)で、「いやだー、ライダースかぶったねー。ぎゃはは!」なんてやるのだが、相手はそんな質でない。ちらっとこちらの胸あたりに目をやったけれども、あとは何にも云わない。梢は黒いロングワンピースを合わせ、わたしはレースの黒タイトスカートを合わせている。つまりそれぞれが、甘みとエレガンスを意識していたことになる。
 ふたりして神田明神にお参りするからだ。ああ、トレンチコートを着て出かければよかった。ベルトをキュッと締めて。


2月14
「ふみ虫舎エッセイ講座」公開講座の日。
 参加の皆さんに、ある本のなかで出合ったコトバのはなしをしようと、早足で歩いている。
 このようにわたしは、いつだって他者の力を拝借して講座を持っている。
 先月の講座のときには、参加者のなかからかわるがわる5人ほど、前に出てもらい、掛け合いをしたのだったなあ。

①「ここの皆さんの前だったら話せます」
 そう云って、云いにくいことを話して聞かせてくれたひと。

②あたらしいパソコンと仲よくするというテーマを、投げかけるひと。

③「読み手をくすっとさせるには、どうしたらいいのかな」と、問いを共有しようとしてくれたひと。

④ひととのあいだの距離感についての考えを語るひと。

⑤「恥を恐れず生きてみたい」と2024年の決心を発表するひと。

 などなど……。
 ものすごくおもしろかったなあ。
 まったくひと頼みの1時間半だった。

 そしてきょうはきょうとて『隆明だもの』(RYUMEI DAMONO/ハルノ宵子/晶文社)頼みで、はなしをする。同書のなかにみつけた「深度」というコトバに衝撃を受け、みなさんにそれをそのまま投げてみたかったのだもの。

 戦後思想界の巨人と呼ばれる父・吉本隆明(故人)。小説家の妹・吉本ばなな。そして俳人であった母・吉本和子(故人)——。
 この本は漫画家・エッセイストである長女・ハルノ宵子(はるのよいこ)がつづる家族の思い出である。
 おもしろく読み、吉本隆明の実像を垣間見る思いがしたのだった。吉本隆明が生前実現させた対談、書簡に寄せて著者が、〈フィールド=深度〉の違いを指摘している。
「深度」というコトバに胸ぐらをつかまれ、いきなり突き飛ばされた。
 ひとと話していて異和が生まれる原因は、少なからず深度のちがいだったのではないだろうか。浅瀬でパチャパチャやっていた自分を恥じたり、海底(深度を求めて)に潜ろうとして溺れかけた記憶がよみがえったり。


2月15
 年初め、夫のもとに届いた「香川小原早生みかん」。
 色の濃い、小ぶりのみかん。実も美味しかったが、皮の香りがたまらなかった。実を食べては皮を干し、食べては干した。干したがりのわたしには、これまた愉快過ぎる作業だった。カラカラになった皮を、プロセッサーにかけて粉にした。
 求めておいた一味唐辛子と合わせて、本日「みかん唐辛子」とする。

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皮を干します。

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粉にするところに、
ちょっぴり苦心しました。

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\うんたったラジオ35/
島根県は石見(いわみ)地域に行ってきました。
ふみこにしか“ガルルಠ_ಠ”にならないあずさ。
ちょっと寂しい、だけどここから新しいことが始まる気がする!なふみこ。
いちご食べな、など。

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2024年2月13日 (火)

友だちのことを、あれこれ云ってみる

2月6日
 静岡県在住の友だちのミユキサンから、いいもんが届く。
 ほんとにいいもん。

「いいもんって、なあんだ!」

 と幾度も自分に謎かけをする。

「答えは、大根の切り干し!」

 ミユキサンは、夫君とともに育てた大根を、刻みに刻んで切り干しをつくるようなひとである。ほんとうのところ彼女と直接会ったのは、2回きり。
 しかし自ら描いた絵入りの手紙をどのくらいもらったことだろう。会ったのは2回であっても、だからわたしはミユキサンのことを知っている。
 切り干しをつくるひとというだけではない、ミユキサンは——。

 みかんを育てるひと。幼稚園のせんせいをしていたひと。若いころは美術の仕事もしていたひと。やさしいお母さん、その上おばあさまでもあるひと。海と山に抱(いだ)かれる暮らしをするひと。さかなや野菜を友だちに持つひと。古い家に住むひと。親類縁者を受け容れる役目をするひと。……。

 友だちのことで知っているあれやこれやをこうして云ってみるは、たのしい……。たのしいのは、ミユキサンが思いやりのある穏やかなひとだからだろうか。いや、思いやり量はちょっぴりだがおもしろいあのひとのことだって、明るくてよく笑うあのひとのことだってだって、頭がよくて研究熱心な変わり者のあのひとのことだって、云ってみれば、きっとたのしい。
 あれこれ云ってみたあと、さいごに「ありがとう」を云わないとな。

 ミユキサン、いつもどうもありがとう。
 そしてそして貴重な切り干し、ごちそうさまでございました。


2月8日
 ゲラを見ている。
 ゲラとは校正刷りのこと。書き手は原稿を納めたあと、印刷するまでのあいだに組み上がった活字版である校正刷りをチェックするのだ。
 この、校正の段階でわたしは、自分で書いた原稿がわがもとから離れていることを実感させられる。他者に向かうときのような心持ちになる。

 いまのいま見ているゲラは、ひとが書いた(わたしへの)インタビュー原稿。
 エッセイを書きつづけてきたことに対するインタビューであった。
 インタビューを受けたときの答え方がいけなかったことを棚に上げて云うのだが、ときどき驚くほど気持ちに馴染まぬものを見せられることがある。
 かすかにしょんぼりしながら、直したり加筆したりする。
 自分の持つ「わかりにくさ」を突きつけられているようで恥ずかしい。

 しかし本日見たこれは、見事な出来栄えだった。
 うまいなあ、この筆者(男性40歳代)は。

 インタビューを受けた日も、愉快だった。
「山本さん、書くことがなくなってしまうと思ったことはないですか。ネタがみつからなくて、焦ったりすることは?」
「熊谷に越してきてから、書くことにどんな変化がありましたか?」

 それに対してわたしはこう答えたのだったなあ。
「書くネタはなくなることはないですね。もしもなくなったら、エッセイを書くのをやめましょうかね」
「熊谷に住もうと、東京に住もうと、変わらないと思います。どこで何をしていようと、わたしはわたしですから」


2月11
 寶登山(ほどさん/497m)に登る。
 前の日に決めて、遠足気分に浸る。おむすびをつくり、きんぴらごぼう、茹で卵、こんにゃくの煮もの、ちくわを詰めて、出かける。夫とふたり登山靴を履いて、出かける。

 寶登山の参道(この山の登山道は、寶登山神社奥宮への参道である)には雪が残り、祝日(建国記念の日)であったからだろう、ひともたくさん。 
 こころが子どものときと同じような調子で、湧いている。うれしいなあ、うれしいなあと、湧いている。
 頂上近く、蝋梅(ろうばい)園のなかで弁当をつかう。
 蝋梅を見上げるひとたちの邪魔にならぬよう、ここは大人らしくそっと静かに。

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大根の切り干し。
うつくしいでしょう?
もどし汁まですっかり食べきるつもりです。

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寶登山の蝋梅です。

あたりにいい香りが漂っていました。

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2024年2月 6日 (火)

鬼の云い分

1月31
 1月が終わる。
 お正月だったことも、餅を食べたことも、年初めのあれやこれやも、すべてが霞(かすみ)のようだ。
 こころのうちに(能登大地震の)避難所暮らしを思い描きながら、寒さをとらえ、火を扱い、水を使い、風呂に入った。

 夜は庭に出て空を見上げた。
 月が出ていれば、月に問う。
「同じ月を見上げる彼の地の人びとに、『ああ、月』とつぶやくほどのゆとりの生じる機会はあるでしょうか?」
 オリオン座や北斗七星にも、頼む。
「夜空で、どうか希望を瞬(またた)かせてくださいまし」


23
 豆まきをする。
 東京に仕事で出かけた夫の帰るのを待って、「さあ、豆まき豆まき」と促した。
 落花生をまくようになって、何年たつだろうか。年中行事に力を入れていたわたしの両親が、この様子を見たら、どう云うだろう。
「落花生をまくのは、片づけが楽だからではないのか」
 と云って、父はわたしの顔を覗きこみそうである。
「(ばれていましたか)。……い、いえ、千葉県に住む友だちから、ずっと落花生で豆まきをしていると聞いて、してみているのです。お父ちゃまも、落花生がお好きでしょう?」

 つい鬼の肩を持ちたくなるようなわたしだ。
「鬼は外」
 をささやくように、云う。
 夫が声を張り上げて「鬼は外!」と叫んだりすると、脇腹を肘でついて、「どちらかというと鬼の仲間みたいなわたしたちだからさ、『福は内』を3回、『鬼は外』を1回にしようよ」と、耳打ちする。
 福がすばらしくて、鬼は悪い、という区分けが、どうしても受け容れがたい。たとえ鬼が悪さをしたとしても、それをする鬼の云い分を聞きたいのだ。
 もっと云うとすれば、望むなら鬼も、ここに棲んだらいいじゃないか、という構えだ。なに、それとて自らのなかには常に鬼という存在が象徴する黒点が居坐っていて、ときどき暴れたり、ひどいことをしそうになったりするからに過ぎない。いいひとぶっているわけじゃない。

 家じゅうの電気を消して豆まきをし、それが終わると、わたしにはすることがある。
 落花生の殻に夫と娘たち、そのパートナー、義妹、甥の名前を書くのである。娘たちとひとつ屋根の下に暮らしていたときは、懐紙に、それぞれ年の数だけ豆を包んだもので、おまじない。懐紙の豆を頭のてっぺんからつま先までぽんぽんと叩きながら、「ものがよく覚えられますように」「目がよく見えますように」「肩が凝りませんように」……と唱えたものだ。
 近年、落花生に名前を書いて小箱に納め、1年間手元に置くようになった。そうだ、と思いついて、落花生をひとつとり出して、「能登の皆さん」と書いて箱のなかに加える。


24
 前の日にまいた落花生を拾い集めてゆく。
 拾ったものをじっと見て、すっかり食べた。
「清濁(せいだく)併(あわ)せ吞む、って感じ?」
 と云いわけみたいなことをつぶやいている。

 そうしてお雛さまにお出ましいただく。
「お久しゅうございます」
 お雛さま方は、ことし、どことなくさっぱりと潔い風情で出てきてくださった。1年に一度、同じこの季節のひと月あまりの共暮らしだが、これまでどれほどの事ごとを分かち合ってきたことか。23月は、もの思うことの重なる季節でもあるからだ。
 ふと、ことしは、夏に数日間お出ましねがって、熊谷の暑さをみていただこうか、と思ったりした。

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千葉県成田市で農業を営む
友人から野菜が届きました。
青菜いろいろ、さつまいも、里芋、ラディッシュ、
大根、にんじん、白菜……。
お百姓としても、ひととしても
尊敬してやまない友人の育てた野菜は、
しきりに何かを語るのです。

大根はこんなかたちをしていました。
思わず……こんなことを。

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\うんたったラジオ34/
はじめての試み。キッチンからお届けします(すこしお聞きづらい部分あり)。
友人のお父さんが作ったサフランを使ったパエリアを作っています。
ふみこは里芋と大根・イカの煮込みだったグラタンをスープに生き返らせる。
パエリアは、ホタテの貝柱、塩を入れるの忘れた! 
生き返らせシチューは美味しい。「メロンは事件を呼ぶよね」など。 


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2024年1月30日 (火)

Dear ゴジラ

1月24
 映画「ゴジラ−1.0」を観る。

 1954年の第1作から数えて30作目のゴジラ作品である。
 これまでの29作品のうち27作品観ているわたしは、ゴジラ好きといってもいいのではないだろうかな、と自らを評価している。
 映画館で観ることのかなわなかった作品が少なくはなく、それはレンタルビデオ店で借りたりして追いかけたのだ。

 近くに、わたしよりも先に「ゴジラ」を追いかけはじめた先輩があり、その影響が大きい。先輩は、山本梢(二女)である。
 先輩小学生時代に「クリスマスが近づいてきたけど、サンタクロースに何をリクエストしましょうか?」と訊いたところ、「ゴジラのフィギュアがほしいけど、いいかな」という答えがかえってきた。
 このころから、梢先輩にひっついて、ゴジラを追いかけるようになった。

 で、「ゴジラ−1.0」。
 ゴジラ マイナス ワン と読む。映画館の暗闇に梢先輩、代島後輩(夫)とともに混ざりこみ、わたしは……、じわじわとゴジラと一体化してゆく。映像を観るとき、本を読むとき、どの登場人物にもっとも感情移入するかというのは、ひとつの見方だと思っている。
「ゴジラ」の場合の自分を考えるとすると、それはゴジラである。
 ゴジラが海から上がり、上陸するとき、思わずぶるぶるっと身を震わせる。
 放射熱線を吐く場面では、気がつくと口に手をやっている。
 ゴジラという存在の宿命的前提である哀しみに、惹きつけられているのだと思う。

 暴れたいわけではない。
 が、暴れずにはいられないのだ。

「ゴジラ−1.0」ゴジラスリーズのなかで、もっとも好きな映画となった。
 もうひとつ書いておきたいのは造形について、だ。常常「平成のゴジラがもっともうつくしい」と評する梢先輩をして、「『ゴジラ−1.0』のゴジラは、よきかな。ちょっとアメリカの影響を受けてはいるけれども」と云わしめてる(自分が褒められたような気分になる)。

 この映画を観ていて、第二次世界大戦、敗戦が日本人のその後の歴史に大きくかかわっていることを、突きつけられた。この実感が、ゴジラの放射熱線なみの激しさで、わたしのなかにひろがったのだ。
 たとえば革命や、学生運動がどうして起こったのかを考えるとき、なんとかしてひとの持つエネルギーの行き先として論じたくなるわたしであったが、それだけではないことがわかった。
 戦争中に生まれた、「たいせい」(どの漢字で書くべきか。体制だろうか)への反感と憤り、正義感をこの映画のなかで、あらためてたしかめるかたちだった。

「ゴジラ−1.0」にはモノクロ版もあるそうで、それもなんとかして観ようと思う。


1月29
 昨夕、夫が餅米を水につけ、餅つきの準備をしていた。
 本日午後、餅つき機「もちろん」を出してきて餅つき。
 見ていると、その様子は何かの実験のようだ。
 昨年暮れの餅つきのとき、量だけはどっさりついたのだが、なんとなくあわてていたのが気がかりだったらしい。

 昨年あわててついた餅も、まだ冷凍庫にたくさん納まっているんだけどな、でも、いい。またたくさん餅を食べよう。
 そうだ、この餅はバンクーバーで暮らす娘のところへも送ってやろう。

 雑煮風の食べ方、磯辺餅が好みだが……、子ども時代、器にとった砂糖じょうゆをちょんちょんとつけながら食べるのも好きなのだ。

2024
餅。
夫はどうしても
もう一度つきたかったのだな。
その気持ち、わかります。

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