2021年9月14日 (火)

くまがや日記(15)

9月◇日 
 きびしい教官のもと韓国語の勉強をはじめて、10日。
 脂汗と冷や汗をかきながら、必死で文字の組立てと発音をおぼえている。
「ケンチャナヨ?(だいじょうぶですか?)」と云えれば、「괜찮아요」を読んだり書いたりできなくてもいいのじゃないかと思いかけるのだけれども、ハングル(文字)がまったくわからないのは、ABCを知らずに英語を学ぶのと同じだと、そのたび自分に云って聞かせている。
 教官の指差す文字を発音しようとするが、おぼえのわるいことと云ったら。 昔から、過去の出来事や情景、ひとの発したことばなんかは細細おぼえているくせに、暗記モノがからきしだめだ。
 しかし、おもしろいことに気がついた。
 前の日練習してはかばかしい成果があげられない読み・書きを、1日おいて読んで(書いて)みると、すらっと読めたりする。
「ひと晩寝ると、脳に植えつけられるみたいよ。だから、試験前の徹夜勉強はよくないと、云われています」
 と、教官。

9月◇日
 きびしい教官こと三女の栞の、新型コロナウィルス感染症対策としての待機期間が明けた。
 いちばん最初にしたことは、ふたり散歩である。
 熊谷駅まで徒(かち)で行き来する。近道を選べば片道40分だと夫は云うが、「散歩にふさわしい道」「行きと帰りと異なる道」を選び選び進む。ならんでいると、横を歩く相手が、あるまとまった経験を経た存在であることが伝わってくる。
「思いきって韓国へ行ってよかったね。勇敢でした」
「あはは、それはオンマ(わたしです)もでしょ。思いきって移住を決め、実行してよかったね。勇敢でした」

9月◇日
 熊谷市の北部にあたる籠原(かごはら)まで夫運転の車に乗せてもらい、家まで栞と歩いて帰ることとする。
 午後3時スタート。
 夫に行きの車のなかから、ここを曲がると、歩きやすい道に出て、そこをまっすぐ歩けばあなたのわかる場所に出るからさ、と目印をおしえられていたのだが、はなしに夢中になっていて、目印を見落とした。
 歩きやすいどころか、トラックがびゅんびゅん通る国道17号バイパスの脇を行く羽目に陥り、やっとののどかな道に入ることができたときには、迷子になっていた。迷子もまたたのし、とゆきたいところだけれども、このあたりは東京とはちがう。黄昏れ、夜の幕が引かれはじめれば、足元もおぼつかなくなるだろう。
 明るいうちに、とこころを決めて南東に向かって歩く。
 家に帰り着いたとき、午後5時半をまわっていた(計画では1時間ほどの散歩のつもりが)。

9月◇日
 東京で小学校の校長をしている友人から、メール。
「完全巣ごもりの夏が終わり、2学期はじまりから感染者への対応に明け暮れています」
 という書きだし。
 友人自慢になるけれど、世のなかの「校長」がみんな彼女・コザクラせんせい(仮名)のようであったなら、学校に通う児童、教職員はしあわせだろうなあと常常思わされている。驚くような出来事を、あわてず騒がず解決してゆく姿に接するたび、ぽかんとする。おもしろがっているようにさえ見えるから、ぽかんなのである。尊敬のポカンである。
 いかにコザクラせんせいが優秀でも、新型コロナ感染症にはどんなに苦しめられていることだろう。相手が目には見えない上、その受けとめ方、恐ろしがり方がひとによって異なるからだ。

 この困難な時代を生きる子どもたち、我慢ばかりの毎日を生き抜いてくれて……、ありがとう。いつか、この時代に育ったひとたちには力があると、讃えたい。
 子どもを守り導く大人たち、学校の教職員の皆さん、日夜ほんとうにありがとうございます。

 コザクラせんせいからのメールの結びはこうだ。
「私は変わりなく元気です。もう一息頑張ります。近況のご報告まで」

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熊谷の家の門から
歩いて77歩(下駄履きで、からんころんと)先に、
ちっちゃいけれど頼りになるポストがあります。
その足元に彼岸花の赤ちゃんみっけ。

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2021年9月 7日 (火)

くまがや日記(14)

8月☆日
 韓国の語学留学からもどった三女栞が、家のなかで新型コロナウイルス感染症対策としての隔離(厚生労働省によると「待機」)生活を送っている。
 韓国を旅立つときにPCR検査を受け、日本到着後も成田空港で同検査を受けて、いずれも「陰性」の結果だったから、迎える夫とわたしよりも保証されているようにも思われるが、決まりは決まりだ。
 常にスマートフォンによって位置情報が確認されている上、ときどきAIから連絡があり、自らがひとりで居る状況を写してみせる約束だ。
 なんとはなしにわたしも緊張し、家に居る。

 栞をせんせいに、韓国語(ハングル)を勉強。
 基本的な母音子音の成り立ちがわかった。これまで記号のように見えていたハングルが、親しくもうつくしくも感じられる。
 その昔、出版社に勤めていた時代に、うしろの席のベテラン編集者のWさんがハングルを学んでいた。勉強の気配、隣国に対する敬意は日ごと背後から伝わり、わたしに影響を与えていたような気がする。ひとはいくつになってもあたらしいことを学ぶことができるのだ、と。
 先輩Wさんはその後定年を待たずに退職し、韓国に行ったのだ。60歳代半ばの転身である。
 わたしにもことばを覚えて話したいひとがいる、ことばを覚えて読みたい本がある。……勉強、勉強。

 韓国ドラマ「ミセン」(未生/미생)を観る。
 鼻の前に「ミセン」をぶら下げて仕事をし、ここまでと決めた分を仕上げてから、栞とともにテレビの前に坐る。このドラマは日本版もつくられているが、大好きなイ・ソンミンを観るのが、わたしのたのしみなのだ。
 韓国の大手総合商社を舞台に繰り広げられる、恋愛なし、記憶喪失なしのドラマだった。全20話。韓国人の友人にすすめられたのだったが、ありがたいことに脳がちょっぴり元気になる。

8月☆日
 やわらかいタッチのパンダの絵はがきが届く。
「突然のハガキ失礼いたします。『札幌パンダ』の妹です」
 という書きだしで、「札幌パンダ」さんが7月のおしまいの日、病気で旅立たれたことが記されていた。札幌パンダさんは、わたしが主催するエッセイ講座のお仲間で、20208月に入会、思えば1年間の縁(えにし)である。
 入院先から作品を送ってくださることもあったが、病状については触れず、さいごまで変わらぬやりとりをつづけてきた。なかでも、ペンネームをつける際には、札幌東京間を何度もはがきが往復し、「札幌パンダ」という筆名が生まれたのだった。
 短いものをたくさん綴ることにしたらどうかな、と作品に添えてもどしたのは7月の半ばのことだった。
 この世での目文字はかなわなかったけれど、いつかきっと会えるだろう。 
 7月にホームページにて公開した作品を、ここに——。

***** 

うまい!  札幌パンダ(サッポロ・パンダ)

 若い時代が過ぎ去ったと感じたのは、病気になったからだろうかとふと思ったが、それはちがう、と感じた。
 病気にならなくても過ぎ去ったのだ。
 絵を描いたり。草花、野菜を育てたり。そのほか、いろいろの興味が湧いてくる。
 昨年、種からほうれん草を植えて育てた。
「うまい!」
 この濃い味は何なんだ。
 トマトもすずなりにできた。
 たのしみは、たくさん。
 人生はまだまだ、知らないことばかりだ。

2021年6

*****

8月☆日
 東京に出かけ、家にもどるとき、ふと畑のあぜ道を歩こうと思いつき、足を踏み入れる。靴は汚れるのだが、あぜ道はやさしい。あぜ道は足先からわたしに「よく来たよく来た」と伝えてくれているようで、わたしはかまわず、エナメルの靴でゆく。
 ブルーベリー畑にさしかかる草むらの上に、白いものが見えた。
「あ、真珠」
 2週間前に落とした、わたしのピアスだった。
 誰かが置いたように落ちていた。もしかしたら……と思う。もしかしたらアリたちが、お祭りか何かに使い、それが終わったので返してくれたのではないか。
 身をかがめてピアスを拾い、わたしはそこらの草むらに向かって云う。
「ありがとう、ありがとう」

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摘みとったプルーベリーと
記念撮影。

帰ってきたピアスです。

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2021年8月31日 (火)

くまがや日記(13)

8月△日
 家の前の畑を抜けた先に、ブルーベリー畑はある。
 鳥や小動物から実を守るため、毎年6月になるとネットをかける。このなかに、30本のブルーベリーの木が行列している。
 夫が、東京にいながら自分たちにできる農作業をつくるため、苗木を植えたのが10年前。最近聞いたのだが、ちちとともに作業する時間を持ちたいとも思っていたという。
 ……ふーん、そうだったのか。
 ブルーベリーの木の種類は2種類。30本のなかには、太った大きな実をつけつづける木もあれば、ちょっと頼りない木もあるけれど、ことしは豊作で、おいしい実を長期間つけてくれている。
 熊谷の家の工事の監督コイドさんが紹介してくれた惣菜店に今夏、10パック、20パックと摘めた分を卸している。おいしいと褒められるのが励みになって、夫は2日おきに摘んでいる。わたしも、ときどき手伝う。
 きょう、空のバケツをぶらぶら下げて畑に行き、ネットをくぐるとき、ネットに引っかかって耳のピアスがポーンとはずれて飛んだ。
 はっとして探すが、みつからない。
「なんてこと? ことしつくったばかりのアコヤ真珠の……」
 と思いかけたが、首を振る。
「いやいや、こういうものをなくすときは、命拾い命拾い」


8月△日
 8月が終わりに近づいている。
 この8月をどう受けとめていたかといえば……。

 人騒がせな8月。

 そう思いついて呼んだところで、8月に責任があるわけではなく、多くはヒトが他者を……、いや地球全体を騒がせ迷惑をかけているのだが。
 だからこそ、そっと静かに見送りたくて、何か8月に捧げたくなる。
 何かとは何だろうか。
 と思うや、パソコンの根方に立てかけている「紫成寮歌」の歌詞カードと目が合う。これは、わたしの若き友人が高校時代自ら暮らした京都府立盲学校の寄宿舎のために作詞作曲した寮歌である(現在は大学生)。
 ……これだ。
 これを8月に捧げよう。
(友人の母上を介して許しを得、ここに歌詞を置きます)。
 声に出して読むと、自分のなかみが入れ替わるような気がする。

 紫成寮歌   作詞作曲 大野圭吾


古都の景色背にして
日日通うとおり
厳しい気候に負けぬ
健やかな暮らし

夢に向かう力 築く学友と
ともに住まう中で
新たに見える

助け合いの心 素晴らしき心
絆育む 紫成寮


志を忘れず 日日努力重ね
よぎる不安にも負けぬ
暖かな自信

紫野の自然
ときに浴びながら
思い描く未来 実を結ぶまで

成せば成ると信じ
道を切り開く
開くは我らが 紫成寮


8月△日
 三女が韓国留学からもどる日。
 コロナ禍の約束として、成田国際空港に到着しても、公共交通をつかうことができないため、夫とクルマで迎えに行く。
 三女がいろいろな不都合を跳ね除けて出発したのが202011月末だから、9か月がたっている。長いようで短く、短いようで長い9か月だ。その間、母船は移住を果たし、娘は他国で暮らしてことばを習得したのである。ともに挑戦の9か月ということになる。
 9か月のあいだ、娘を通して隣国から学んだことは、いろいろあるが、もっとも衝撃的だったのはスピードだ。決めたらとにかく動く。するべきことにすぐ着手する。韓国のひとたちは、動きながら決めたり、調整したりして進んでゆくのが得意だ。
 スピード感をすこおし身につけて戻った三女に触発されて、わたしの机上に重なっている、ぐずぐず案件に着手。こんなに溜めこんでいたのかと、ショックを受ける。

 久しぶりの家のごはん。
 しらす干しがいちばんウケる。

Photo_20210831090201
漬けたはいいけれど、土用干しを
しないままの梅干しを干しました。

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2021年8月24日 (火)

くまがや日記(12)

 8月□日
 母屋の工事がおおむね終わったことを悟ったと同時に、波のように寄せてくるものがあった。ひたひたと。
 寄せてきたもののなかには、引越しの最終章も含まれていた。工事が終わるまで運びこむことができず、長屋門の部屋で待っていた段ボール箱のもとへゆく。
「待たせたね」

 わたしのバッグたち。
 夫の仕事の資料。
 三女の荷物。
 二女から預かった本。

 これらは波のうちでもはっきりとしたモノたちで、運んできて開けてやればよかった。
 しかし、もっとも大きさを感じさせた波は、「日常」であった。
 これに気がついたとき、5月8日にこの家に入ったときからずっと、「非日常」を生きていたことを知った。大波となってもどってきた「日常」はといえば、家計簿、日めくり、読書……。
 書きだしてみれば些細なことでもあるのだが、わたしの支柱ともいえる事柄である。

 たとえば家計簿。
 毎日、数字を記入することだけは何とかつづけていた。移住に伴う「特別費」はつけておかなければ、惜しかったとあとから悔やむ決算となるだろうと必死で項目と数字を書いたのだ。
 だが、5月から本日まで、ヨコもタテもたし算をしないままできた。ヨコというのはその日の支出合計、タテは項目別の支出合計だ。計算機を出してきて、どのくらいパチパチやらなければならないことか。

 たとえば日めくり。
 これほど気に入りで、しかも毎年大好きな友人から贈られる日めくりなのに、めくらずに過ごして、ときどきはっとして10枚くらいまとめてめくる。たまった日にちをめくるときには、日毎のやさしいことばを読みながら、自分で時を止めていたような気がして、なんとも云えない焦りが胸のなかにひろがる。

「非日常」を生きていたことに気がついたわたしは、熊谷での暮らしがはじまったころ書いた日記を思いだしていた。

                      *

 わたしのなかに芽生えて、育ったものがある。このたびの移住のテーマと云ってもよいかと思う。

「何事も大げさにとらえ過ぎない」

(中略) まわりに移住を打ち明けたはじめたのは、引っ越しまでひと月を切ったころのだったが、伝えた友人知人からは、「引っ越しを軽く考えないほうがいいですよ」ということばを少なからず受けとった。親身なアドバイスである。
 これをありがたく受けとめながら、ゆったりかまえ、失敗もまた、よしとしようと、考えることとした。するべきことのいくつかが抜け落ちたって、追いかければたいてい間に合うのではないか。失敗にしても……、これはあとから笑い話にしてたのしめるはず。

                     *

 たしかに引越しは軽くなかった。
 しかしそれを重荷にしないため、「何事も大げさにとらえ過ぎない」と決めたことは、やはりわるくなかったように思う。
 ほんとうのところ、ずっと移住にかかる作業と、仕事と、ぎりぎりのルーティーンしかしていなかったようだ。
 大げさに考えなかったからこそ、3か月半が過ぎたいまになってそのことに気がつき、「非日常」と対面して、あらま、なんて思っているのである。ぼんやりと。

8月□日
 読書。
 仕事上の「読む」はくり返してきたが、布団の上で寝転がって本を開くとか、待ち時間をみつけて鞄から読みさしの本をとり出すとか、そんなことはしなかった。転がればたちまち眠ってしまったし、待ち時間にも仕事をしないと約束の期日まで間に合わなかった。
 でも本日、読みました。

 岩手県盛岡市に住む友人が、8月のはじめに送ってくれた本は『デフ・ヴォイス——法廷の手話通訳士』(丸山正樹/文春文庫)。
 春ごろ、「おすすめです」とメールをもらったけれど、予定意を書きこむ小型カレンダーの隅に書名だけ記して忘れていた。
 物書きであるこの友人は、「おすすめです」を超えて「ふみこさんよ、読んだほうがいいよ」というとき、現物(本)を送ってくれる。「はいはい、読みます」と云っておいて、結局読んでいないことが伝わるのだろうと思う。
 友人が隣にいるような心持ちで読み進め、「ふみこさんよ、読んだほうがいいよ」はここだな、と思わせるところにさしかかるたび、「ほんとうだ、ありがとう」とわたしは声に出して云わずにはいられない。
 耳が聞こえない両親と兄を持つ耳が聞こえる主人公。
 読みはじめて20ページほどのところで、つぎのくだりに出合い、長いこと揺さぶられつづけていたことを、こんなに鮮やかに……と感激する。
                      *
 話しながら荒井は、この青年に好感を抱き始めていた。田淵が最初から、「聴覚障害者・健常者」という言葉を使わず、「ろう者・聴者」という表現をしているからだ。
                      *
 健常者ということばが、わたしにはわからない。
 それらしく生きているが、ほんとうにそうなのか。無理なくできることがいまのところいくつもあるが、そうでないひとを援けようというときならいざ知らず、自分を健常者と位置付けることを「どうかしている」と思わされるようになっている。
 それにだんだん年をとり、ゆっくり脱皮して、ほんとうのほんとうに健常者でなくなってゆくではないか。

 さて物語は過去に起きた殺人事件を軸に展開してゆく。その意味でサスペンスドラマであり、ぐんぐん引きこまれる。だが何より、知っていたつもりでいたことをほんとうは知らないままだったことを突きつけられるのだ。
 障害をもつひとの声だけでなく、世に問いたいことを持ちながら、いまのところそれがかなわないひとの声についてもおおいに考えさせられる。

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これはわたしの計算機です。
竹製なんですよ。
これからパチパチやって、
家計簿の5月、6月、7月の
決算をします。

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