2022年10月 4日 (火)

くさのこえ

「鎌のチカラというのは、たいしたものですね。道具は、やっぱりすごい」
 ふり返ると、麦わら帽子の男がわたしの後方でしゃがみ、鎌を動かしている。
「……そうですね。道具はでも、手入れをし、保管に気をつけないと、たちまちすごくなくなります」
 そう応じながら、麦わら帽子の男がどこからやってきて、どうして庭の草とりをしてくれているのか、わからない。
「あの、喉は乾きませんか」
 声をかけると、麦わら帽子が動いた。
「はじめたばかりですから。平気平気」
 麦わら帽子の下の笑顔には見覚えがある。

「ニシジマヒデトシ」

 俳優の西島秀俊が、草とり。
「でもね、山本さん、このひとの草とりの腕は確かですよ。そいつは私が間違いなく保証します。よかったら一度草とりをさせていただけませんか?」
 これまた知らない男の声がこう云ったのをなんとなく思いだした。この男の紹介で、西島秀俊はここへやってきたらしい。
 とった草をそれぞれ手元に置いている箕(み/手籠)に入れ、何度もネコグルマ(一輪車)に運んだ。そうしてネコグルマがいっぱいになると、リヤカーに積んだのだ。
 その間(かん)西島秀俊もわたしも、ほとんどことばを発することなく作業をつづけた。一度、草いっぱいの箕を抱えてネコグルマのもとで顔を合わせたとき、西島秀俊がつぶやくように云うのを聞いた。
「雑草というのは、受けいれ難い存在だなあ」
「ええと、それはとってもとっても雑草がなくならないというはなし? それとも雑草なんてものはないのじゃないかということ、ですか?」
「あ、雑草なんてものはないのじゃないか、というほうです。みんな名前を持っている植物なのに、とふと思ったのです。かわいい花や実だかタネだかをつけてるヤツもいて、ちょっと複雑な気持ちになりました」
「わかります。勢力がつよい植物をわたしの都合で抜いている、と考えています。うちの裏手に夫が堆肥場をつくったので、そこへ運んでいい土になってもらいます」
「それはいい」
 と麦わら帽子の下の顔が、笑う。
「あとで堆肥場を見せていただいてもいいですか」

***
 そこで目が覚めた。
 夢を見ているのだという意識がわたしにはあった。
 これが現実だったら、西島秀俊のもてなし方を考えて焦ったり、帰りはタクシーを呼んだほうがいいだろうかと、余計なことで気を揉んだりドタバタしそうなものだが、夢だとわかっていたからこそ、とことん草とりをした。
 少し前に西島秀俊が主演してアカデミー賞・国際長編映画賞(旧外国語映画賞)を受賞した映画「ドライブ・マイ・カー」の原作を読んだからかもしれない。
 村上春樹のこの作品に、惹かれて、文庫をとり出し、何度も読んだ。
 夢のなかで、知らない男が草とりに西島秀俊を推薦するくだりは、「ドライブ・マイ・カー」のなかの台詞に酷似している。その場面を、わたしは好きだったのである。
「でもね、家福さん、この子の運転の腕は確かですよ。そいつは私が間違いなく保証します。よかったら会うだけでも一度会ってやってくれませんか?」
 というのが、原文である。
 ただひたすら運転がうまい20代半ばの女、ぶっきらぼうで無口でかわいげがないというところに「彼(家福)」が興味を惹かれる感覚が、たまらない。
 ひとが何かの腕を持っているということ、世間的にはあまり評価されない、もっと云えば評判のよくないということに、惹かれるのがわたしだ。
 その魅力をみつけ出せることにおいて、わたしはわたしを好きである。

 ところで、この数日、わたしはほんとうのほんとうに草とりをしている。
 夏のあいだ担当していたブルーべリー摘みがおおよそ終わったからでもあり、庭仕事を紹介する映像の製作がはじまったからでもある。何にしてもわたしの前にあらためて「庭」が置かれたかたちだった。

 置かれたら、おもしろがらないと。

 そう思ったら、俄然やる気が湧いて、時間をみつけては庭にしゃがむようになった。
 庭には虫もとかげもいるし、鳥もやってくる。ひとの気配もある。西島秀俊のことはともかく、5月に旅立った弟が草のあいだからあらわれるような気のすることもあった。150年以上もここに存在する家に、どのくらいのひとが暮らしたかわからないけれど、そんなひとたちも、ときどきやってきて草とりを手伝ってくれているようだ。

※「ドライブ・マイ・カー」(村上春樹)『女のいない男たち』(文春文庫)所収

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庭と、裏庭と3本の柿の木があります。
ことしは、柿は実りを休んでいます。
それでも見上げた木に、
身を寄せあう柿が見えました。

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2022年9月27日 (火)

100字随想 9月

釘を打つ。棚を吊る。はたきをかける。蕎麦を茹でる。家で働くとき、父は手拭いを頭に巻いた。そうして夜はきものだ。手拭い使いをわたしは受け継いで、家でも外でも頼りにしている。きものは……、真似できない。(99字)


熊谷駅に着き、そこから自転車か迎えの車で家に向かう。玄関の引き戸を開けると、ほっとする。「ただいま」。長年暮らした東京を大好きだが、いまは仕事仲間のような存在。親しくともに何かをこなし、わたしは帰る。(100字)


相棒(夫)が好きだといいなあ、と思いながら玄米を炊く。「いいね」と云うので、以来玄米を食べている。変化しながら生きているのだ。変化をおもしろがる精神を、持ちつづけたい。長生きするかもしれないのだし。(99字)


お彼岸。「お線香を上げさせてください」とやってくる不意の来客に、あわてる。脳梗塞で倒れた夫の従兄弟から、1年間のリハビリ生活ののち、ほぼ元どおり!という話を聞くわたしはタンクトップにショートパンツ姿。(100字)


ブルーベリー木立ち30本のうち、いまなおさかんに実をつけるのは晩生の2本だけで、あとはだんまりを決めこんでいる。眠っているみたい。植物のうつろいは、いきなりだ。「ありがとう」も、伝えられなかった。(100字)


Photo_20220927095301
藍色の模様が好きで、選んでいます。
うちの古顔をご紹介します。

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2022年9月20日 (火)

ちっちゃな冒険

 めずらしい5人のお客さんを熊谷の拙宅に迎えようという計画だった。
 話が決まってからは、お客さん方の昼ごはんの献立を立て、買いものは前日に行けばいいなと考えて、あとはできるだけいつも通りにしていることとする。たのしみにし過ぎたり、興奮したりするのはよそう、と自らを戒めていたのである。

 鶏もも肉。シーフードミックス。いんげん。白菜。きのこ類。小松菜。厚揚げ。にんじん。ワイン。チーズ。
 ……という買いものメモ。

 簡単パエリア。野菜いっぱいのスープ。ポテトサラダ。小松菜と厚揚げの煮浸し。
 ……という献立。

「このスープ、『畑の宿がえ』というスープなの。昔、母が夏につくったなつかしいスープでね、畑の夏野菜を、鍋に入れちゃう、というコンセプト。きょうのこれは、ホタテの干し貝柱でだしをとりました」
 そんなことを聞いてもらおうと、思っていた。

 ところが。
 2022年台風14号が、この計画を吹っ飛ばした。
 前日の正午、延期を決める。台風が、熊谷に大雨を降らせるか、大風を吹かせるか、それはわからないが、台風を軽く考えてはいけないね、と皆で話し合って決めたのだ。

 その日がはじまってみると、たいして雨が降らないばかりか、ときどき陽が射したりして、胸がちくちくした。こういうときはおそらく、仕事も雑用も家のしごともはかどらないから、わたしは自転車をひっぱり出す。
 生暖かい風に立ち向かうようにして、自転車を進める。歩くひと、自転車のひとを見かけないのは、台風を恐れてのことだろうか。
 自分はちっちゃな冒険をしていることになるのかもしれないな、なんて思う。 
 駅の近くでうどんを食べたり、あちらこちらまわって文具、基礎化粧品、下着などを買ったり、埼玉県北随一の百貨店「八木橋」の地下食品売り場で、漬物を選んだり……。
 うちに来ることになっていた5人は、どんなきょうを過ごしているかな。残念がってくれてもいるだろうけれど、思いがけず時間を手にすることになったのだ。それぞれ仕事を持って忙しくしているが、たぶん手にした時間を仕事に切り替えたひとはないのではないか。
 みんなも、ちっちゃな冒険ちゅうかな。

 読書。
 部屋の模様替え。
 手紙書き。
 映画鑑賞。
 釣り道具の整理。

 百貨店のカフェラウンジでそんな想像をしながらアイス珈琲を飲んでいたら、となりのテーブルの坊やが、「ぼくはね」と話しかけてきた。
「おいしいもん、待ってるの?」
「そうなんだよ」
 そこへ坊やのお母さんが運んできたのは、コーンスタントにおさまったチョコレートのソフトクリームだ。
「あ、いいんだ(……わたしもそれにすればよかった)」
「ひゃっほ」

 わたしのちっちゃな冒険は、これでおしまい。
 口のまわりを茶色に染めた坊やちゃんが手を振っている(ラストシーン)。

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「八木橋(やぎはし)」前の、
有名な温度計です。
夏になると、この温度計がニュースになります。
暑い暑い熊谷を象徴する、名物です。

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2022年9月13日 (火)

日記(2022年9月)

9月□日
 父娘がやってくる。
 父(40歳代)も友人、娘(小学3年生)も友人である。
 ふたりはうちに着くなり昼ごはん(夫が買ってきた海苔巻きと、わたしのつくったスープ)の卓につかされ、「さあ」と促されてブルーべりー摘みをする。
「時間は、きっかり1時間。さあ、はじめ」

 忙(せわ)しないのにはわけがある。
 午後3時から熊谷駅ビルの映画館で、「さかなのこ」を観ることにしている。
 前の日、「ふたりと何をして遊ぶ?」という相談になったとき夫が、「『さかなのこ』をみんなで観ない?」と云ったのだ。
 グッドアイディア。

 映画「さかなのこ」がはじまった。
 ちらっと覗き見ると、小学3年生のちーちゃんは真剣そのもの。映画に引きこまれているのだった。ちーちゃんの「引きこまれ」とわたしの「引きこまれ」は、きっとどこかがちがうだろう。
 だけどだけど、自分が好きなことを大事にしようということだけは、共通に胸に宿ったのではないかな。……たぶんね。

 キャスティングが最高!だった。
 スクリーンのなかで「のん」(さかなクン役)が、「普通って何?」という台詞を云ったときの横顔を、わたしは忘れないだろう。


9月□日
 〆切迫る(わたしは〆切の日に原稿を書く。だから、ほんとうに〆切迫るであった)夕方、とつぜん椅子から立ち上がり、野良着に着替える。夫は、東京に打ち合わせ、留守である。
「アンタ、いつもやることが唐突だよ」
 と一応ツッコミを入れてから、庭へ。
 庭は、雑草が丈高く茂り、石を詰めた蛇籠(ジャカゴ)も、小道も見えなくなっている。ブルーベリー摘みにかまけて、庭の草取りまではできなかったのだ。
 熊谷に引っ越して初めてできた近所の友人のミサオサンに、数日前に会ったときのこと。
「ふみこさんの家の庭、一目見て、天国!と思ったの。また、行きたい」
 あわてて、わたしは手をぶんぶん振って答える。
「いまは、天国ではないです。ぜんぜん天国じゃありません。ちょっと待ってください、もう少ししてからいらしてくださいね、ね、ね」

 そんなこともあって、わたしは唐突に草取りをはじめる。
 午後6時になろうとしていて、あたりはどんどん暗くなってゆく。小鎌とスコップ、植木ばさみを使って、抜いたり切ったり掘ったりする。1時間後、抜いた草がねこ車(一輪車)とリヤカーに堆(うずたか)く積まれた。
 積まれた草は見えるが、暗くて、庭がどうなったか、はわからない。

 それにしてもミサオサンは、どうしてここを天国と思ったのだろう。ミサオサンにしか見えない何かがいたのだろうか。


9月□日
「十五夜だよ。お月見しない?」
 と夫が云うので、庭に出る。

 お月さんははにかんで、くっきりとは見えない。
 だけど、お互いに云いたいことはわかる。
「ありがとう、ありがとうお月さん」
「ゆっくりおやすみ、あなたさん方」

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ねこ車とリアカー卿です。

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https://anchor.fm/untatta-radio/episodes/09-e1ni4pc

うんたったラジオ09
軽井沢旅行から帰ってきました。小さな奇跡に気づいて喜ぶ、
観光案内所には行っておこう、沢村一樹のおしゃれなパン屋?
など。

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