2024年5月28日 (火)

「湯」とか、「喋り」とか

5月24
 めまぐるしい10日間がつづいた。
 泳ぎつづけるような日日だった。
 辛かったかというと、少しもそんなことはなく、こころは平静で、事態をおもしろがっていた。それでも息継ぎがうまくゆかず、アップアップする場面、一度立ちたいと水の底を探すもそれらしいものはみつからず、ひやりとする場面はあったのだ。
 昨夜やっと陸にたどり着く。

 久しぶりに疲れた。
 いつもなら2時間も眠れば、もとにもどるが、そう簡単ではなさそうだった。
「くだらないことを喋ろう」

 そうすることで回復をはかろうとは、10日前泳ぎはじめる前に思いついていたから、二女の梢に「喋ろう」と提案。
 梢のほうも忙しい日日がつづいて、ふたつ返事。
「くだらないことを喋ろう」

 東京でひとつ仕事をしてから、午後、待ち合わせてふたりで町はずれの小さな温泉に向かう。
 バスに乗ってたどり着いたのは、ちょっと不思議な温泉場。
 ひと呼吸してから、異世界に足を踏み入れる。

 静かにくだらないことを喋りまくる。
「ね、くだらないってどういう意味だろう」(ふ)
「……とるに足らない?」(こ)
「きょう、生まれて初めてウィダーインゼリーを買って飲んだ」
「いまはinゼリーね。いまのは森永製菓の製品で、提携していたウィダー社の冠名をはずしたらしい」
inゼリー? 商品名として、ちょっと間が抜けてない?」


525
 梢の家で目を覚ます。
 ふたりできょうは後楽園へ。
 東京ドームに併設されたスパ施設へ。
 湯に浸かったり、岩盤浴で寝そべったり、喋ったりしているあいだに、気がつくとからだの表面に、だるさが浮いてきている。

「このだるさとは、ちょっとの間つきあうことになるかもしれないね」(ふ)
「だるいとか、疲れたとか云えたり、くだらないこと喋る相手がいるのは、ありがたい。それでメンタルが守られてるんじゃないかな、と思う。」(こ)
「おお、そうだねー。ありがとうね」
「こちらこそ」
「ところで、こんどまたここにきて、後楽園遊園地のジェットコースターに乗りたい」
「ははは。お母さん、よみがえってる!」


5月27
 せっせと仕事。
 からだの表面に浮いてきただるさが、まだまとわりついているが、気力はもどった。
 ひとつ原稿を書きあげて、自転車に乗って天ぷらそばを食べにゆく。

 25日に初日を迎えた夫代島治彦の映画「ゲバルトの杜ー彼は早稲田で死んだ」。思いがけないほどたくさんのひとが観てくれているとか。
 若いひとたちも、「この歴史を、まったく知らなかった」「これをいま、受けとめられたことに意味があると感じている」などと感想を寄せてくれているそうだ。

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わたしが泳いだり(比喩です)
呑気に過ごしているあいだに
麦畑は色づいていました。
これぞ麦秋です。

ある日、こんな札が立っていました。
刈りとりは6月3日からするようにと
農協の「見まわり番」が立てたのですって。
うちの麦刈りは
6月3日の週を予定しています。

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夫の映画「ゲバルトの杜ー彼は早稲田で死んだ」

初日舞台挨拶(5/25・渋谷ユーロスペース)。

ドキュメンタリー映画のなかに組みこまれた
短編劇を作・演出した劇作家の鴻上尚史さんと
出演者の望月歩さん、琴和さんたちが並んでいます。

映画に関心のある方は公式HPをご覧ください。
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2024年5月21日 (火)

月夜の水浴び

5月19
 めずらしく、家に、わたしひとりきり。
 こんなとき、わたしは怠けがちになる。寝坊したり、ぼんやりしたり。
 けれど迫る仕事があって、きょうはこれまためずらしくひとり、朝から仕事をする。

 昼に近づくころ、お腹がすいてきた。
 ただすいているだけでなく……にんじん・グラッセが食べたくてたまらない。
 台所に立ってゆき、人参2本をまな板の上にならべ、皮もむかずに大きめに切る。こころはにんじんグラッセでいっぱいだ。小型のフライパンににんじんをならべ、水を注ぎ入れて茹でる。煮立ったところに固形ブイヨンと、ベイリーフを投入。
 ゆっくり、ことこととゆく。さいごにバタを加える。
 冷凍してあった牛肉を焼こう。

 ときどき、こんなことがある。
 きゃべつのせん切りが食べたいあまりに、とんかつ屋の客となったり。
 ……こんなのも、似ているだろうか。きれいな色の靴下をみつけたのを理由に、同じ色のバッグを求めたり。

 きょうのわたしは、にんじん・グラッセ。
 どうしてもにんじん・グラッセ。


5月20
 水をやらなけりゃ。
 水をやらなけりゃ。

 水を……。

 わかっていても、かなわないことがある。
 ちょっと待って。
 ごめんね、もう少し待って。
 もう少し、もう少し。

 そうしてわたしは、夜、庭に出て、水まきをする。
 日差しのある時間帯の水やりは、葉を焼くからこれもありだ、と思いながら、夜まで庭の友だちのもとに立てなかったことが、情けなくてならない。

 気にするな、気にするな。
 月夜の水浴び。
 月夜の水浴び。

 庭の友だちは云ってくれる。

 そしてきょう、水をやろうと午後9時に庭に出たら……、雨が落ちてきた。

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友人が送ってくれたうつくしいお茶。
うつくしいだけじゃない。
滋養いっぱいのお茶。

・ジャスミン
・ハイビスカス
・バラ
・陳皮
・レモン
・氷さとう
・パンダーハイ(木の実)

ね、効きそうでしょう?
ゆっくりいただいたら、
……眠くなってきました。
Good night !

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2024年5月14日 (火)

神事

5月9日
 とうとうはじまった。
 これが農繁期だと、気配でわかる。
 水に浸された種籾。積まれた稲用の培養土の袋。同じ大きさに切られた古新聞紙(これは苗箱の底に敷く)。
 そこから立ち上がる気配でもあるが、何より土がさわがしい。稲用にもとめた土も、田畑の土(いまは麦の海がひろがっている)も、庭の土も、あたりの土がみんな。さわがしいなどと云えば、土には文句もあろうから、ささやきとかさえずりと書きたいところではあるけれど、それでは足りない。もっとつよく迫ってくる。

 きょうは昼から土入れ。
 苗箱に土をすくって入れる作業。
 朝のうちに、この1週間水のなかで出番を待っていた種籾が筵(むしろ)の上にひろげられ、日を浴びている。
 長屋門の屋根の下が、作業場となる。
 まわりには苗箱が積んである。ことし、田んぼの面積が昨年までの倍となるから、箱も倍の220箱。とうとう稲作ができなくなったご近所さんから田んぼを借りたのである。
 そんなことを決めるとき、夫はわたしに相談しない。
 そのたびに「また、相談もなしに……」と目を三角にしてわたしは云ってみるのだが、ほんとうのところは相談されたって、困る。

 たぶん、決まったことなのだ。

 たぶん、決まったことなのだ。

 夕方萌がやってきて、土入れ本格的にはじまる。
 夫の2番目の娘である萌は、いつも田植えの準備のところを担ってくれる。萌がくると、土がひととき黙リ、伝令が波のように空気を揺らす。
「ア、モエガキタ、キタキタ」
「ハジマルハジマル、ハジマル」


5月10
 朝、納屋から、手動種籾まき+土かけ機を出して、門の下にならべて置く。
 古い古い機器。何をどうしているかがよくわかるから、鉄の塊ではあるが、仲間感があって、つい話しかけたくなって、「あなたたち、よろしく頼みますね」なんてことを云いながら、肩のあたりをぽんぽんとやる。

 昨日土入れが済んだ苗箱へ、種籾をまいて、そこへ薄く土をかける。中腰の作業だが、萌は「スクワット、スクワット」なんて笑う。また、土がざわっとする。
「スクワット、スクワット」

 わたしは午前中原稿1本書き、オンラインの打ち合わせ。

 黙ってそれぞれの務めを果たすのだ。

 黙ってそれぞれの務めを果たすのだ。

 午後は庭仕事。種籾まきが神事(しんじ)だとすると、わたしの作業は祭りの踊りみたいなものかもしれないなと思って、はずむ。

 夜、神事を司ったふたりに、ねぎま汁とまぐろの刺身を供す。
 久しぶりにねぎま汁をつくった。
 ねぎとまぐろ(さかな屋さんが、これでつくったらおいしいよと、選んで切ってくれた中落ち)をそれぞれ焼いて、汁にする。これがどうしたものか、美味しくできて、本日いちばんの役目を果たせたわたしは、安堵する。

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手動種籾まき+土かけ機

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2024年5月 7日 (火)

草とり生活

5月1日
 役者をしている若き友人と、話をする。

 自ら本を書き、演出をし、演者となった芝居を4月に観せてもらったばかりだった。
 おもしろく観た。
 それだけではない……、そうだ、清水(しみず)に手を浸したときのような心持ちとなった。彼が長く胸に秘め、向き合ってきた事柄を、この芝居に「込めた」ことが伝わった。
 それを実現させたいと希(ねが)っていると知ってはいたが、これほど浄(きよ)らに描くとは。思いもよらないことであった。芝居の神秘の前に、呆然とする。

 つぎの芝居の準備をはじめるのかと聞くと、こんな答えが返ってきた。
「いまはひとつやりきった、と思っているから、つぎはまだはじめない」
 またしても、驚かされる。


5月3日
「ゴールデンウィークはいかがお過ごしですか」
 というのは、常套句なのだな。
 どこに行ってもこう問われ、そのたびわたしは「人騒がせなウィークですね、なんだか」と答える。
 土曜日曜祝祭日とは無縁の暮らしをつづけてきた。
 決まった休みがないという意味合いもあるけれども、よく考えると、いつも休み気分で暮らしているような気もする。
 仕事上の問い合わせや打ち合わせがほとんどなくなることで、土曜日曜祝祭日を知ることになる。ああ、世のなかはお休みなんだな、と知ってちょっと気がゆるむ。いつも休み気分で暮らしているくせに、またゆるむ。

 本日も、朝から晩まで仕事をする。休み気分で。


5月5日
 3日の夜、長野での仕事帰りに梓が寄ってくれ、2日ばかりふたりで夕方の庭仕事をしている。日が伸びたから、午後7時まで作業ができる。
 梓は草とりの師である。
 東京・深大寺そばの平屋に住んでいた時代(8年住んだそうだ)、自宅のまわりのみならず、周辺の空き地の草も抜いていたという。
「『あそこで草を抜いている女(ひと)は誰だろう』という奇異な視線にさらされながら作業するのがめんどうだったんだ。誰かが草とりしないと、ボーボーになるからしていたんだけど」
 しかしその時代に、草とりの実力をつけた。だから、師。
「奇異な目を向けられず、のびのび草とりができるって、いいわー」

 子日(しのたまわ)く。
「これヤブガラシの赤ちゃん。いまのうちに抜くこと」

 わたしはといえば、晩ごはんに使おうと山椒(一昨年、朝倉山椒を植えたのです!)の葉を摘みに行き、ちょっと草を抜いたりするうち、本来の目的を忘れる。
「あらま」

 庭に出るたび、ちょこちょこ草を抜く。
 仕事に飽きても、ちょこちょこ。
 新聞をとりに行っては、ちょこちょこ。
 夜空の下でも、ちょこちょこ。

 草とり生活は、つづく。

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3月から4月、ポットに種を蒔いた野菜たちが育ちました。
庭で育て、自分たちが食べます。
名札を立てました。
万願寺(とうがらし)。とうがらし。にら。ナス。キュウリ。
ミニトマト。ブロッコリ。ネギ。アスパラガス。スナップエンドウ。
ハツカダイコン(白)。ズッキーニ。オクラ。コールラビ。
ミックスレタス……。

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