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2014年5月20日 (火)

そのひとの隣に

 谺雄二(こだま・ゆうじ)さん*1 が亡くなった。
 その2日前には神美知宏(こう・みちひろ)さん*2 が亡くなった。
 ハンセン病の元患者*3 の人権回復運動を先導してきたおふたりは、その道を行く人びとを、いや、人権をもとめるあらゆる存在を導く星だった。

 5
11日に谺さんが亡くなったことを知った瞬間、わたしは、それに対してどういう感想を持ったらいいものか、と考えた。考えても考えても、感想など湧かなかった。「お疲れさまでした。どうか安らかに眠ってください」と思いかけたけれど、それは全然ふさわしくない。谺さんがみずから発案したハンセン病市民学会「いのちの証を見極める」*4 ほか、まだまだ見届けたい事ごとを抱えていたからでもある。
 頼りない気持ちをもてあまして、夫に向かって、「谺さんが亡くなった。どうしよう」と小さく叫んだ。「……どうしよう」という思いは、いま考えても、まったく正直なものであった。
 夫は、若い映像製作者が撮った、国立ハンセン病療養所栗生楽泉園の元患者たちを追う映画のはなしをはじめた。
「谺さんが映画のなかで、発病した少年時代の孤独を語る場面が忘れられない。生まれ故郷の東京下町の荒川の土手で、凧揚げに興じる子どもたちを眺めながら、語るんだ。その後、谺さん自身が、凧揚げをする。とうとう凧が空高く揚がるんだ。それがラストシーンだったなあ」
 映画は「熊笹の遺言」*5 。夫がこの映画を観て、憶えていてくれたおかげで、わたしは荒川の河川敷で凧を揚げる谺さんを、眺める位置に佇(たたず)むことができた。そうだ、こうやって、胸に納めかねる悲しみも、ついにはまとまらぬ感想もそのままに、ひとは佇むことはできる。「そのひと」の隣りに居ようとすることはできる。
 夫のはなしを胸のなかで揺するうち、わたし自身もするべきことをみつけた。書架に近づき、『いのちの初夜』*6 をとり出し、開く。机に向かって、それを開き、声に出して読む。ゆっくりと、噛みしめながら。

「あなたと初めてお会いした今日、こんなことを言って大変失礼ですけれど」
と優しみを含めた声で前置きすると、
「尾田さん、僕には、あなたの気持が良く解る気がします。昼間お話しましたが、僕がここへ来たのは五年前です。五年以前のその時の僕の気持を、いや、それ以上の苦悩を、あなたは今味わっていられるのです。ほんとにあなたの気持、良く、解ります。でも、尾田さんきっと生きられますよ。きっと生きる道はありますよ。どこまで行っても人生にはきっと抜け道があると思うのです。もっともっと自己に対して、自らの生命に対して謙虚になりましょう」
 意外なことを言い出したので尾田はびっくりして佐柄木の顔を見上げた。半分潰(つぶ)れかかって、それがまたかたまったような佐柄木の顔は、話に力を入れるとひっつったように痙攣(けいれん)して、仄(ほの)暗い電光を受けていっそう凸凹がひどく見えた。佐柄木はしばらく何ごとか深く考え耽(ふけ)っていたが、
「とにかく、癩病(らいびょう)に成りきることが何より大切だと思います」と言った。不適な面魂(つらだましい)が、その短い言葉に覗かれた。


 みずからも癩者であった作家北条民雄*
7 が描いた短編集『いのちの初夜』の表題作だ。病気の宣告を受けて半年ののち、病院に入ることになった尾田と、同じ病院の先輩佐柄木の出会いが描かれている。尾田の入所最初の一日ということになる。
 わたしにとって、わたしの書架にとって、もっとも大切な本であり、『いのちの初夜』はもしかしたら、これを伝える役割を担う者としてわたしの職業がはじまり、ついに終わるのかもしれないと思うほどの存在である。事実、わたしの職業の第一歩は、出版社に勤めた編集者時代の、『忍びてゆかな』*8 の資料集めだった。若くしてハンセン病を得た歌人津田治子の生涯を描いた長編小説の連載がはじまったのだ。作家大原富枝氏の求めに応じて、国会図書館で歌集を写しとり(手書き)、東京・東村山の多磨全生園(たまぜんしょうえん)の図書室に通い、書籍、資料を探し、借り受けることに20歳のわたしはほとんど没頭した。そのことがどれほどの重さ、気高さ、浄らかさでわたしを支配したか、当時は知り得なかったが、いまはわかるつもりだ。その没頭のなかでめぐり逢ったのが『いのちの初夜』であった。
 そう無沙汰をしたわけではない本のなかに、佐柄木が静かに語る場面が、またしてもわたしを驚ろかす。内臓をぐっと手で握られるような気持ちだ。
 同じ病に冒された男を見て、「もう人間じゃあないんですよ」と、佐柄木は云う。「人間ではありませんよ。生命です。生命そのもの、いのちそのものなんです」と、云うのである。

 谺さん、神さん、わたしはこの文学(決して癩文学とは呼びますまい)を伝えつづけますよ。そのことだけは約束します。

(長過ぎる引用も、この際、許していただきたい)。

 1 谺雄二(こだま・ゆうじ)
 ハンセン病原告団会長。
 国のハンセン病隔離政策による人権侵害を問う国家賠償訴訟で、原告団の中心として活動。差別や偏見の解消を訴えつづけた生涯を、2014年5月11日に閉じる。享年82歳。511日は、奇しくも熊本地裁が国によるハンセン病患者の強制隔離政策を違憲とする判決を下した日だった(2001年)。
2 神美知宏(こう・みちひろ)
 全国ハンセン病療養所入所者協議会会長。
  201459日、急逝。享年80歳。
3 ハンセン病の元患者
 ハンセン病の感染力が極めて弱いことが判明し、さらには特効薬によって完治する病気となった。しかし、特効薬の登場が間に合わず、治癒はしても後遺症、合併症に苦しむ元患者は少なくない。隔離政策は1996年(平成8年)までつづいた。
4 ハンセン病市民学会
 谺さんが7歳で入所した多磨全生園から、1951年転園した楽泉園のある群馬県草津町でハンセン病市民学会が、ことし7年ぶりに開催された。
5 「熊笹の遺言」
 監督:今田哲史(当時日本映画学校の学生)
 2002年/日本/60分/カラー
 配給:CINEMA
 製作・著作:日本映画学校
6 『いのちの初夜』
 北条民雄(角川文庫)
7  北条民雄
 1914年(大正3年)生まれ。
 20歳/癩の発病。翌年東京・東村山の多磨全生園に入所。川端康成に原稿閲読を乞い、以来師事す。院内「山桜」出版部で働く。
 22歳/「最初の一夜」を書く。
 23歳/「最初の一夜」を「いのちの初夜」に改題。「文学界」にて発表、「文学界賞」を受ける。
 1937年(昭和12年)125日永眠(24歳)
 1938年(昭和13年)『北条民雄全集』上下2巻刊行(創元社)。
8 『忍びてゆかな ――小説津田治子』
 大原富枝(講談社)
Photo

熊谷(夫の実家)の畑で、さやえんどうがなっています。
たくさんたくさんなっています。
平べったいさやを採ろうとすると、
ははが、「もっと中の豆が太った方がおいしい」と云います。
ははにとってのさやえんどうは「さやぶどう」
(実際、熊谷の家では「さやぶどう」と呼びます)なのです。
わたしも、いまでは豆の太ったのを愛するようになりました。

畑に育ついのちです。

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「日記」カテゴリの記事

コメント

こんにちは

フィトンチッドシャワーの中の散歩から急転、息をすることを忘れたかのような、咽の奥になにやら塊がつっかえたような、そんな思いが続いています

『いのちの初夜』 読みます

投稿: 野生寄り | 2014年5月20日 (火) 13時46分

ふんちゃん、ありがとう。
 
ありがとうと感謝する立場なのかどうか。
谺雄二さんが亡くなったと知ったとき、そのお名前や活動も報道で知ったわけですが、あっとおもいました。
尊い、世根になられたか方が亡くなったとおもいました。
『いのちの初夜』
ぼくにとっても最も大切な作品です。
これほど衝撃を受けた作品はありません。
ハンセン病を扱っているから、ではないんですね。
少なくともそれが全てではないし、かなり文学的処理が施されていると読みます。
ノンフィクションではないわけですし、北條民雄は真摯で誠実で熱心な文学青年でした。
『いのちの初夜』というタイトルがなんとも。
他の作品のタイトルとは明らかに毛色が異なりますが、どうかなとおもうときもありましたが、上手いですね。
川端康成。
北條民雄、長生きして欲しかった。
でも、早世して良かったのかもしれないともおもいます。
北條民雄にとっては。
また『いのちの初夜』ひとつ残せただけで、偉業ですし。
世界屈指の鮮烈な作品だと信じて疑いませんが、今北條民雄の作品は刊行されているものは、アンソロジーに組まれているものだけなんですよね。
非常に残念なことです。
『いのちの初夜』以外も、とてもいいです。
基本的に日記や書簡集は好きではありませんが、北條民雄のものは好きです。
飾りがなく、直截的に胸に迫ってくるかんじです。
 
もう二十何年か前になりますが、富士霊園の北條民雄のお墓に手を合わせたことは、自分にとって大切な思い出です。
若い人にも、歳を重ねた人にも、ぜひ読んでいただきたいです。

投稿: 佐々木広治 | 2014年5月20日 (火) 14時12分

野生寄り さん

ぜひ、『いのちの初夜』
お読みください。
表題作以外の短篇も、
じつにじつにいい……です。

静かなおたよりを、
うれしく読ませていただきました。
感謝します。

投稿: ふみ虫 | 2014年5月20日 (火) 15時18分

佐々木広治 さん

北条民雄を評価し、
彼と会い、この本のあとがきを書いたことが、
川端康成のもっとも大きな業績、と考えています。
ほかに業績がないという意味ではなく、
広治さんのことばを借りますが、
「ありがとうと感謝する立場なのかどうか」、
大感謝の意味であります。

『いのちの初夜』を
癩文学と呼ぶのは、わたしも反対です。
そういう括り方をされたら、
またしても、
「どういう立場で云えるのかわからないけれども」、
ちょっと待ってください、と云いたい。

今回書けませんでしたが、
谺雄二さんにも、すぐれた詩集があります。

わたしからもお礼を云わせてね。
広治さん、ありがとうございます。


投稿: ふみ虫 | 2014年5月20日 (火) 15時28分


ふんちゃん皆様こんにちは。
私はふんちゃんのエッセイを通して、
ハンセン病のことを知りしました。
後世にきっと、きっと
受け継ぐ一歩ふんちゃんがしているんですね。


さて、私はというと
急遽部署が変わりました。

新しい上司の方には
あなたが欲しかったから嬉しいと言ってもらえて幸せです。
決して期待されるほど優秀では、ありませんが簡単にはへこたれません!と
言ったら、余計喜んでもらえました。

お世話になった部署の方にも
声をかけてもらえてがんばってよかった、と思いました。

投稿: | 2014年5月20日 (火) 19時53分


↑たまこです…>_<…

投稿: たまこ | 2014年5月20日 (火) 19時54分

たまこ さん

おはようございます。

「簡単にはへこたれません」
ということばに、おおいに……、
おおいに励まされています。

わたしも、その気持ちでゆこう。
へこたれず、元気にゆこう。

たまこさん、ありがとうね。

投稿: ふみ虫 | 2014年5月21日 (水) 05時50分

ふんちゃん

伝えていただいて、ありがとうございました。
20歳のふんちゃんの没頭の日々が、のちに生きる。
そのことの意味をほんの少しでも確かに受け取れて。
5月11日という日に亡くなられた。
その日、も教えていただいて。
(*1の注の本文3行目、「5月」が抜けてます。老婆心まで)
励まされる、ということばが心に浮かびました。
いのちの初夜、読んでみます。

投稿: rantana | 2014年5月21日 (水) 09時55分

rantana さん

ありがとうございます、まちがいを
おしえてくださって。
いま、初めて、ひとりで「文字をなおす」世界に入りこんで、
「5月」と2文字加えてきました。

それは、ちょっとした冒険でした。
初めてのことをする、
ひとりで挑む、というのは、新鮮です。

谺雄二さんにこのはなしを聞いていただいたら、
「人生は冒険の連続で、挑みつづけるものですね」
と云われるのじゃないかしら、と想像しました。

投稿: ふみ虫 | 2014年5月21日 (水) 12時24分

おふたりが続けて亡くなられたことが、
さらに、さらに、残念で鈍重の戸惑いが拭えません。
ふと、多摩全生園のYさんがふみこさまに出されたお茶のことを思い出しました。
それから、お茶を口にする時、度々、Yさんのお茶のことを思います。

「成りきることが何より大切」「いのちそのもの」
そのことを 隣り合わせたいのちに繋げていけたらなぁと、
偶然、茶柱のたったお茶を飲みながら思いました。
喉からあたたかいものが広がっています。

投稿: どりす | 2014年5月21日 (水) 12時45分

どりす さん

多磨全生園図書館のYさんのお茶のはなし、
おぼえていてくださって、ありがとうございます。

元患者のYさんが淹れてくださったお茶も、
わたしの行く道を照らす「灯」です。
いろいろの偏見、思いちがい、
無理解(わかろうとしないこと)、
思いやりのなさなどが、
自分のなかにも、行く道の上にも在る。
せめてそのひとつひとつに注意を払いながら、
あらためてゆけたら……と考えています。

無関心が、もっとも罪深いのだということを、
このごろ、とみに感じていて……。
わからなければいけないことが、たくさん。
打ちひしがれていないで、明るい気持ちで
わかろうとしたいのです。


投稿: ふみ虫 | 2014年5月21日 (水) 13時17分

ふんちゃん

こんばんは。
どりすさんへのお返事を、わたしも読ませて頂いて…。
「無関心が最も罪深いのだ」ということばが、ずしりと響きました。

わたしは、ふんちゃんの「わたしの節約ノート」のなかで、ふんちゃんが多摩全生園の図書館に通われていたときのお話を読みました。多摩全生園には、安らぎと静けさ、見事な桜並木や菜の花畑があり、それらを育てた療養者の方たちがそこを近い将来、花いっぱいにして国に返す、とおっしゃっていたと…。

その方たちが、実はどんな扱いを受けどんな人生を送った方たちなのか、どれだけのことをわたしはわかっているのだろう。
(以前のブログでも教えていただいて、)きっかけは度々あったのに…「そのときわたしは、そのひと(元患者の方たち)の隣にいようとしただろうか?」といま、自分に投げかけています。
わかろうとしないまま、通り過ぎてしまっていた自分に。

教えて下さった「いのちの初夜」、わたしも読んでみます。

わからなければいけないことをわかろうとすること、を、いまから…。 遅くないですよね、ふんちゃん。
お伝え下さって、本当に、ありがとう、ございます。

投稿: な こ | 2014年5月21日 (水) 23時18分

な こ さん

おはようございます。

わからなければいけないこと、
知らなければいけないことに
気がつき気がつき、
わかろうとしながら、
知ろうとしながら行くのが人生。
……と思うようになっています。

わたしには、それがたーくさんあるのですが、
宿題の多さ、大きさに、
まだまだ学ぶことはあるなんて、
開き直ってもいて。
じっくりゆっくりゆこうと思います。
その昔、残され勉強(補習)は得意だったのだし。

投稿: ふみ虫 | 2014年5月22日 (木) 06時31分

ふみこさま、みなさま、おはようございます。

おおげさに言えば、世界の広がりと繋がりをしみじみと感じています。
先日、塔和子さんの詩集を読んだところでした。ぐわっと心をもっていかれました。
年末にNHK特集で見た、瀬戸内海のとある島にある、
ハンセン病療養所の話も思い出しました。
その島に墓はなく、入居者のお骨は普通の骨壷よりも一回り小さなものに収められ、
一ヶ所の納骨堂に収められている。
その意味、そのことを伝えようとしているその島で育った大学生…

「いのちの初夜」読みたいと思います。
しっかりと正座して、静かに拝見したい気分です。

投稿: ちぇりー | 2014年5月22日 (木) 09時37分

ちぇりー さん

隔離をそのままにしたことの罪深さは
もちろんですが、こちら側の世の醜さも
詫びたい気がするのです。

その存在(元患者)に照らされ、浄められ、
おしえられることもたくさんあるのに。
照らされることも、
浄められることも、
おしえられることも拒んで、
勝手に醜いわたしになってゆくなんて。
……まだ間に合うはずです。ね。

投稿: ふみ虫 | 2014年5月22日 (木) 21時50分

ふみ虫さま

傲慢にならずに
生きようと思います。

ありがとうございます。

投稿: 寧楽 | 2014年5月23日 (金) 10時13分

ふんちゃん

 ようやくパソコンの前に座れました…。
 携帯で、ふんちゃんとみなさまのお話を読ませていただいて、ずっしりと、そして、ずっと、いろんな感情が沸き起こってきていました。、

 以前、こうじさんが教えてくださった時から、「いのちの初夜」が、常に目の届く範囲にあり、少し読んでは、また置いて…となっていました。
 時間的にも難しいとういこともありますが、どうしても、さらさら読み進めることができずにいました。
 ひとつ、ひとつが、とても重く、そして大切に読むべきものな気がしていたのもあるのかもしれません…。

 ふんちゃん…、教えてくださってありがとうございます。
 知らないことをたくさん教えてくださって…、そして、一つ一つのことへのお気持ちを教えてくださって…。
 そのおかげで、感じる、考えることが、多くなりました。

 こうじさん、「いのちの初夜」を教えてくださってありがとうございます。
 本当に大事な出合いでした…。

 以前、テレビで、神谷美恵子さんのことが紹介されていた番組を見たことを思い出しました。ハンセン病となった方を目の前にして、「どうして私でなく、あなたが…」と、神谷美恵子さんがおっしゃったことを知りました。
 まだ高校生くらいだった私には、本当に大きな衝撃でした。
 それ以来、たびたび、その言葉を思い出します。
 どんなことでも、他人事ではない、自分かもしれない…、そう思って、出会った方たちと一緒にいられたらなぁと、たびたび、思います。

 また、少しずつ「いのちの初夜」に向き合いたいと思います。
 

 ふんちゃん、今の私に、「頑張り時」と名前を付けてくださってありがとうございます。そうだ!これが「頑張り時」というやつなんだ!と気づきました。「頑張り時」です。少し肩の力を抜いて、この「頑張り時」を愉しめるようになりたいなぁと、ようやく思い出せるようになってきました…。
 ありがとうございますm(__)m 
 

投稿: もも(^-^) | 2014年5月24日 (土) 06時00分

寧楽 さん

寧楽さんには傲慢など
1mgも持っておられないと思います。
が、それでも、
「それを知って、
(もっと云えば)わかろうとして
胸に納めて生きること」は、
人生の大事な宿題だということは、
忘れないでいたいです。ね。ね。

こちらからも、
ありがとうございます。


投稿: ふみ虫 | 2014年5月24日 (土) 07時56分

もも(^-^)さん

いや、ひとはいつだって、
「がんばりどき」なのだと思うんです。
でも、なぜか、あのとき
するっと書いてしまいました。
そんなふうに受けとめていただけて、
ほっとしています。

ももちゃん、『いのちの初夜』は、
いつもとはことなる読書スタイルで、どうか。
ぽつぽつと、休み休み。

ありがとうね。

ふんちゃんより

投稿: ふみ虫 | 2014年5月24日 (土) 08時03分

ふみこさま

『いのちの初夜』を紹介してくださって、ありがとうございます。
青空文庫で読むことができたので、まず読みました。
心臓をぎゅっとつかまれました。

「もっともっと自己に対して、自らの生命に対して謙虚になりましょう」

ふみこさん、ちょっと、内緒のお話をしてもいいですか?
私には、生まれた時から、片頬から顎、首、胸元に痣があります。単純性血管腫というもので、いわゆる赤痣です。痛くも痒くもないのですが、生まれた時から病院に連れて行ってもらったらしいのですが、その頃はまだ治療方法もあまりなく、選んだのはファンデーションで隠すという方法でした。今は医療も発達して、いろいろなレーザーで消すことができるらしいのですが、痣が深すぎて、私には効かないのです。生まれてずっと付き合っている顔なのですが(ファンデーションは幼稚園の頃から使っています。校則違反を取らなかった学校には感謝です)、きちんと向き合ってなかったなぁと。
多分、これからもファンデーションを使いますが、でも、もっと自分の素顔とも向き合って、やっぱりきちんと腹を括って自分を受け入れないとと『いのちの初夜』を読んで心に強く思いました。すべての生きる命への物語ですね。

ふみこさん ありがとうございます。

投稿: あすちるべ | 2014年5月25日 (日) 17時40分

ふみこさま。みなさま。

たいせつなお話をしていただいて、ありがとうございました。

ふみこさんの日記を読んで、「無知って罪だ」と思いました。
でも、違いました。
ふみこさんが、コメントで書かれていたように、
「無知ではなく、無関心だったのだ」と気づきました。

大きな宿題を出していただいたような気がします。

これから
まず知ること、そして考えていくこと、
それを伝えていくことが大切なのだと思いました。

むずかしい論理を振りかざすのではなく、
自分の大切なひとの隣にいるように
自分の大切なひとをおもうように
「そのひと」の隣りにいること…
「そのひと」の思いに心をよせること?
「そのひと」を忘れないで、心のなかにおいておくこと?
寄り添うこと?        
ただただ隣にいることが大切、という気もしてきます。

つづきは、『いのちの初夜』を読みながら、考えます。

ありがとうございました。


投稿: さのまる | 2014年5月25日 (日) 18時54分

あすちるべ さん

おはなしくださって、
どうもありがとうございました。

あすちるべさんは、痣を、
隠しながらも愛して
こられたんだなあ、
一緒にやってきたんだなあというのが、
読ませていただいての、わたしの印象です。

ちょっと逸れたはなしを
聞いていただいてもかまわないでしょうか。
嵐の「相葉雅紀」をいいなあと思うようになった
理由(?)のひとつに、相葉さんの左肩の痣があります。
相葉さんは、
(自分の考えて隠すというのでなく)
メイクさんがあたりまえのようにファンデーションを塗って、
痣を消し去るのを、いやだと話しています。
ごく若いころから。

あすちるべさんのおはなしにも、
同じことを感じたんです。
ファンデーションで隠すことは自分で決めて、
その程度もご自分で決めておられる。
隠す隠さないというはなしではなくて。

もう一度書きますが、
隠す隠さないというはなしではありません。

さて。
癩に特効薬ができたとき、
その恩恵に浴するに遅過ぎた「元患者」たちの
苛酷な宿命のなかに、潰瘍(かいよう)の進行も
含まれてます。
潰瘍に冒された皮膚をに施す術を、
発明できたら……という思いをずっと持ちつづけて
きました。

このはなしのつづき、
いつかまた、聞いていただきたいです。

追伸
朝顔、元気です。

投稿: ふみ虫 | 2014年5月25日 (日) 19時28分

さのまる さん

世のなかに起きていることを、
すべて知ろうとして、
わかろうとして、
考え抜くというのは、おそらく「不可能」
なのだと思います。

が、「そのこと」が、
「そのひと」が目の前にあらわれて、
何かを「感じさせ」たなら、
感じたなりの生き方をしないといけないということもまた、
思うのです。

「運動」とか「活動」にすぐ結びついてゆかなくても、
そのときでき得る託し方を考えて生きてゆく。
(そして少なからず、「生き方」は変わってゆくでしょう)。
それで、いいんだといまは、考えています。


投稿: ふみ虫 | 2014年5月25日 (日) 22時17分

ふんちゃん

こんばんは。度々のお便りをお許し下さい。
「いのちの初夜」を読み終えました。これから、何度も読み返すことになるだろうと確信しながら…。
わたしにはいまの気持ちを的確に言いあらわす能力がなく…もどかしいです。ただ、心に受け取った衝撃を忘れずにいようと思います。
死ぬことよりも生きることが辛いと思われる状況下で、いのちを全うした方たち。
その方たちのことはもちろん、いのち、ということ、生きるということを、ずっと考えています。
ふんちゃんが書いてくださったように、わたしにとって、大きな大きな宿題です。


それから…私事ですがご報告させてください。先日母が退院しました。病状はひとまず安定しており、ほっとしております。
実家に送った帰りに母が切ってくれた薄いンクの薔薇(母の入院中、父が欠かさず水やりをしてくれました。)が、目の前の硝子の花器に生けてあります。
そっと鞄にしまった「いのちの初夜」にも、この薔薇にも、わたしはいまどうしようもなく勇気づけられ、力をもらっているのですと申し上げたら、相応しくない表現でしょうか…。

宿題に気付き、たとえ難しくとも、知ろう、わかろうとしていくことは、生きる力にもなると思いました。
残され勉強も(!)、自分のペースでがんばります。ふんちゃんからのエールに聞こえました。ありがとうございました。

投稿: な こ | 2014年5月25日 (日) 23時52分

ふんちゃん、ご無沙汰しております。
5月、相次いで、ハンセン病の元患者の皆さんの
立場を改善すべくご尽力された方々の訃報、そして
今月の「暮しの手帖」には、群馬のハンセン病療養者の
方の利用する郵便局で親子3代局長を務められた、
黒岩さんご一家が紹介されていました。
「癩文学」…誰がそんな風に呼ぶようになったんでしょう。
無知な文化人の思い上がりもいいところです。
どのツラ引っさげて言ったのか、教えて欲しい位…。
ふんちゃん、もっとこの事には怒ってもいいと思います。


彼らは、書道や俳句、短歌、詩、散文をよくしたためる
文化度の極めて高い方なんだ、と知りました。
この国のやんごとなき政治家の皆さんも、勘違いも甚だしい
有名作家なんかに肝入れせず、塔さん達のような方の声を
しっかり聞き入れたら…と思います。

黒岩さんご一家、まるで福の神のようなご一家です。
「支える人」のことも、もっとマスコミは伝えてほしいですね。

投稿: くまはち | 2014年5月26日 (月) 07時25分

な こ さん

お母さまお父さま丹精の
ピンクの薔薇と『いのちの初夜』に
どうしようもなく勇気づけられるという視点。
わたしが今回書いておきたくて、
書けなかった(そこまで届いていなかった)ところです。

どうもありがとうございます。

ほんとうにね、
わたしにとっても
「どうしようもなく」勇気づけられる
『いのちの初夜』であり、
若き日に触れたうつくしい魂の記憶なのです。

さいごになりましたが、
お母さま退院おめでとうございます。
お父さまもなこさんも留守をまもられて、
ほんとうによかった……。

投稿: ふみ虫 | 2014年5月26日 (月) 09時00分

くまはち さん

「もっと怒っていいと思います」
と書いていただき、胸がすっとする思いがします。
そして滾(たぎ)るものもなくはないのですが、
わたしは、怒る前に、
まず坦坦と「そのこと」を伝えたい。
伝えつづけたいのです。

無知も無理解も哀しいけれど、
何もかもが無知と無理解からはじまっていることを思うと、
問題は「そこ」ではない。
やはり、何に対する場合にも
ものの見方とらえ方の問題なのだと思うんです。

「暮しの手帖」のこと、
黒岩さんご一家のこと、知らせてくださって、
ありがとうございます。
ありがとう。


投稿: ふみ虫 | 2014年5月26日 (月) 09時08分

ふんちゃん。
 
無知とか無理解ではない、というの、大賛成です。
知れば、理解できればそれで解決か。
問題は生まれないのか、というと、そんなことはないわけですね。
もちろん、知ること、理解することは大切だけれども。
それよりも、知ろうとすること、理解しようとすることのほうが、大切。
そしてそれがなぜより大切になるのかといえば、相手との違いを認め、おもいやることだから。
そうです。
違いを認め、おもいやることが大切なんですよね。
知らなくても、理解できなくてもいいわけです。
なまじ知っているだけ、理解しているだけの人だと、「もう治癒するから過去の遺物だ」と片付けそうですしね。
人間失格です。
本当に大切なこと。
養い育ててゆかなくてはならないことは、そこにはないわけです。
人としてのあり方。
それが問われています。
十人十色。
みんな大なり小なり、何かしら違っているわけですから。

投稿: 佐々木広治 | 2014年5月26日 (月) 09時49分

佐々木広治 さん

ありがとう、おたより。

「わかる」より
わかろうとすること。
「知る」より
知ろうとすること。
……が、大事なんだと思うのです。
そうして、ここが重大なんだけれども、
それを「つづける」。

こうしてやっとのことで、
ひとは人生を生きられる。
大袈裟かもしれないけれど、いま、わたしは
そう思っています。

みーんなちがっているひととひととのあいだに、
何かが生まれる……これが、わたしの考えるしあわせ
なんです。

投稿: ふみ虫 | 2014年5月26日 (月) 10時15分

今朝ほどの自分が、恥ずかしいです。

何事も、そうなのかもなぁ…。


黒岩さんご一家は、まさに「寄り添う」ご家族です。
今は外から療養施設の人々に寄り添ってらっしゃいます。
「献身」から「親しい隣人」に…。
そういうのがやっぱり、素敵ですね。


ふんちゃん、明確なご意見、ありがとうございます!

頭でっかちでいるより、もっと素直に感じる心…
持っていきたいなぁ…。

投稿: くまはち | 2014年5月26日 (月) 12時07分

くまはち さん

くまはちさんが「怒って」くださったから、
安心して、そしてうれしく意見を展開できたのです。
あらためて、お礼を云わなくては。
ありがとう……、ありがとうございます。

さあ「暮しの手帖」をさがしに行かなくちゃ。
黒岩さんに(ページのなかで)会いに行かなくちゃ。

投稿: ふみ虫 | 2014年5月26日 (月) 13時26分

ふみこさま、みなさま。

いろいろな方が生きていている、ということを感じながら、自分も生きていく、ということなのだと考えています。

何年か前から、自分が病気になったあたり、20代初めの頃から、
差別を受ける方について少しずつ知りたいと思えるようになりましたが、

それは自分が病気を持ってからのことで、

そこにもまだ差別の心があったのだと思います。
「あなたには病がある」と認められないと知ることができなかったのです。

今は知りたいから知る。知っていくことに少しは素直になってきました。
無知で怖いことが減ってきました。知りたくない人の気持ちもわかります。きっと怖いのだと思います。

私は知っていきたいと思っています。

投稿: おまき | 2014年5月26日 (月) 20時17分

すっかり遅くなってしまいました。
というのも、
今回のふみさまの記事につきまして、
よく知らなかったのです。わからなくて恥ずかしかった・・。
もちろんそんなに若くもなく
知っていなければならないことですのに・・・
ふみさまやみさなんにそのことを言う勇気もしばらくなくて・・
どうしようかな・・・と。

だんなさんに
「ハンセン病ってどんな病気なの?」

記事を読み終わってから傍らにいたので訪ねてみました。

そうしたら、たくさんの知識や、経過など、次々と彼から聞くことができました。

『私って本当に、ダメだなあ…』

彼を改めて尊敬するとともに、ここにコメントは今回は難しいのかな・・と思っていました。

でも、みなさん、お優しく
「知らないのは罪じゃない、知ろうとすることが大事」
と語りかけてくださっていて・・・。

なので
私もここから出発点にさせていただこうと思います。

1人出発し始めた人が産まれました。
ふみさまのこの広場からです。

畑の命、人の命、自分の命、
どれもすべてが愛おしい。
学ばねば。

感謝。

投稿: | 2014年5月26日 (月) 23時54分

↑すみませんまた名無しのごんべさん記事になってしまいました・・。

投稿: おきょうさん | 2014年5月26日 (月) 23時55分

おまき さん

おたより、どうもありがとうございました。
おまきさん、おまきさん、と
つぶやきながら読みました。

おまきさん、
「知ってゆこう」とする対象に
わたしたちは、おそらく自分を託し、
自分自身の生き方をつくることしかできないのかもしれない……。
それしか……と書きましたが、
そのことにこそ価値があると、思えます。

「知ってゆこう」とする生き方はそして、
みずからを知ってゆく道です。ね。


投稿: ふみ虫 | 2014年5月27日 (火) 07時17分

おきょうさん さん

「生まれました」
と云うおきょうさん、
いいなあ、すごいなあ。
(表現力にも脱帽です)。

このたび書いたことについては
わたし、「縁(えにし)」があり、
ほんの少し触れることができたけれど、
この世のことは、
知らないことばかりです。

この広場が、
「知ってゆこうとする」
「わかろうとする」
一面を帯びようとしていることに、
深く感謝しています。

いろいろ、おしえてください。

投稿: ふみ虫 | 2014年5月27日 (火) 07時22分

ふみこ先生

一週間を過ぎての、遅れ遅れのおたよりになってしまいました。

ふみこ先生の文章を読んで、すぐに頭に浮かんだのは、
瀬戸内海に浮かぶ、大島という小さな島でした。
きっと、ちぇりーさんがテレビでご覧になった施設は、
その大島にある国立療養所大島青松園だと思います。

病院や養護施設などでの活動を行っている
「やさしい美術プロジェクト」というグループが、
その青松園に関わり続けていて、
3年ごとに開催されている瀬戸内国際芸術祭では、
「つながりの家」という作品(プロジェクト)の一環として
入居者と交流できるカフェや、作品を展示するギャラリー、
そして、その土地で起こった事実を資料展示室をしています。

ずっと行ってみたいと思いながらも、
旅程がうまく組めずに、まだ訪れることができていません。
でも、ふみこ先生の文章を読んで、
必ず行かなくてはと、強く思いました。

私もハンセン病についての理解が浅く、
学生時代に多く目にした「癩病を癒すキリスト」という図と
時折ニュースで聞く「ハンセン病」という言葉、
そして、大島の「青松園」という存在、
というように、それぞれが、
自分の中に点として浮かんでいただけでした。

『いのちの初夜』をきっと読んでみようと思います。
そして、自分の中の点を、少しずつ線にしていこうと思います。
そうして、この国で起こった重い歴史を自分なりに受け止めてみたいと思います。

でも、きっと大切なのはそれから、なのだとも思います。
受け止めた後、次の時代にどうつなげるか。
自分ができることには限りがあるけれど、
でも、つなげることを見据えて、学びを深めたいと思いました。

それが、私なりの「隣に」佇むことかもしれないと……。

投稿: KZのツマ | 2014年5月29日 (木) 11時32分

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投稿: ブランド偽物 | 2019年10月31日 (木) 10時52分

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