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2014年6月の投稿

2014年6月24日 (火)

最近考えていること

 びゅん、と近くで音がした。
 ひとがものを力一杯投げるときの音に似ているな、と思ったら、やっぱりそうだった。
 びゅん、の主はすぐみつかった。今し方わたしとすれちがい、後方を行く、30代とおぼしき女性が振りかぶって何かを投げるのが見えた。身なりのいい、きれいな女(ひと)だった。
 ―ん、何を(どこに向かって)投げたのだろう。
 すると今度はわたしの前を歩く、同じ制服に身を包んだ若い3、4人の輪が乱れた。「きゃっ」という、小さな叫び声。輪のなかのひとりが身をかがめ、何かを拾い上げた。
10円玉だわ。誰が投げたのだろう」
 そう云ってきょろきょろしている。
 びゅんの女(ひと)は、投げる姿勢からなおって、制服の輪を睨みつけている。
 どうやらこういうことらしい。
 すれちがいざま、そのひとと、制服の女性たちの肩だか腕だかがぶつかった。制服の女性たちがそれに気づかず、つまり挨拶もなく歩み去ったのを、びゅんの女(ひと)は許せなかった。持っていたバッグから財布を出して……、10円硬貨を投げた……。

 びゅんという音が耳を離れなかった。

 それが、ひとがひとに向けてものを投げた音だったことに、かすかに傷つきながら、わたしは「異常」ということばをごくりと飲みこむ。いやいや、ひとは条件さえあつまれば、あるいは何かのはずみで、びゅんとやってしまいかねないということを前提に考えなければ、と思ったのである。

 ひととひとのあいだの線引きがきっちりとしていて、侵犯を許さないいまの有り様(よう)が身にこたえる。

 ―もう少しゆるく、いい加減に、この世が編まれていたらいいのに!
 最近わたしは、そんなことばかり考えている。
 ―
ゆるめるには、どうしたらいいのか。
 いまよりちょっと寛大になることかな。自分に対しても他者に対しても。そうすれば、ずっとわたしたちは生きやすくなるような気がする。

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近所の友だちが、木いちごの株を分けてくれました。
「もらってくれる?」
と云われたとき、ぽーっとなりました。
うれしくて。
大事に育てていて、昨年は3粒実ったのだそうです。
30メートルほどの引っ越しですが、
木いちごとしたら、そうとうの距離ということになりましょうか。
陽当たりのいい場所に植えたくて、
敷石をはずして(夫)、深く土を耕して植えました。
植えてからまた、敷石を敷きました。
実がなったら、お知らせします。

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2014年6月17日 (火)

親は大事にしなくていい

 週に二度ほど、実家の母のもとへ出かけるようにしている。
 わたしが母の顔を見、母がわたしの顔を見るのがいちばんの目的で、ちょっと話をし、その日できることを手伝って帰ってくる。
 先週は、土の上に芽を出した朝顔に支柱を立てた。
 今週は青じそとミニトマトの苗を植え、花壇に百日草を植えこんだ。
 こんなことをするのも、咲く花や結実を眺める母の顔が見たいからだ。
 なつかしい台所で、二品三品料理もする。
 きょうは、かぶとかぶの葉、鶏肉の煮ものと芙蓉蟹(フーヨーハイ/蟹玉)をこしらえた。そうそう、ゼリーもつくった。
「まあ、おいしそう」
 と母は驚いたような顔をするけれど、わたしは思う。
 ― どれもみんな、お母ちゃまに食べさせてもらっていたのを、おぼえてつくっているものですよ。
 芙蓉蟹は父の好物でもあったことを思いだし、小さな器に入れて甘酢あんをかけ、写真の前に供える。
 ― 老酒(ラオチュウ)は忘れました。あしからず。

 父が逝き、母がひとり暮らしになってから3か月が過ぎた。

 母は気を張りながらも、自らのゆっくりとしたペースで過ごしている。……ように、わたしには見える。
 3か月のなかで、わたしのなかにある決心が生まれている。
 母を大切にしようとは考えない、という決心である。
 これを思いきって(誤解を恐れず)ひとに告げ、冷酷と評されてもかまわないというのまで含めての決心だ。

 親は大事にしなくていい。

 できないことは、してはいけない(この表現は矛盾を抱えているが、ほかにことばがみつからない)。
 
 このふたつを、ときどき自らに確認している。

 脳が硬くなっているのか、こころもそうなのか、確認を怠(おこた)るとすぐとわたしは、母を徒(いたずら)に大事にしようとしたり、できないことを無理してしようとしたりする。そのたび、いやいやちがうと頭を振って、「親は大事にしなくていい」「できないことは、してはいけない」のだったと思い返している。

 自転車で、ところどころ立ち漕ぎをしないと上がれぬ坂道も越えている自分を、わたしは「よく時間がつくれたなあ」と、「たのしそうだね」というふうに見たいのだ。ただ母を愛していればよく、できることだけをおもしろがってしていたい。


 電話嫌いのわたしは、母にあまり電話もかけない。

 よくしたもので、弟のお嫁のしげちゃんはほとんど毎朝電話をかけてくれているので、それで安心しきっている。
 わたしが電話をするのは、自分が母のもとに行ける日の朝だけで、「ふみこです」と歌うように名乗り、「○○時ごろ行くね」と告げる。
 母は云う。
「あらそう? あなたは忙しいのだからいいのよ。……でも、ちょっと顔は見たいわね」

 こうして、わたしが母の顔を見、母がわたしの顔を見る。

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母のところに煮ものをつくって置いてくるとき、
花のかたちに切って煮た野菜をちょこんとのっけるのが、
いまのわたしのブームです。
写真はにんじん、じゃがいもたちです。


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型はほかにもいろいろあります。
下の小さいの(いちょうともみじ)は、
ねりきりをつくるのを趣味としていた
母が持っていた和菓子用の型です。


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花型で抜いたにんじんの(花のかたちの)穴に、
鶏つくねのタネを詰めて煮てみました。

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2014年6月10日 (火)

頬ずり

 衣更(ころもがえ)を無事終えた。
 秋冬の服たちを膝の上でていねいにたたみ、頬ずりをして、衣装箱にしまってゆく。
 頬ずりしていたら、父が酔うと、ときどき頬ずりしたのを思いだした。
 そろそろ宴もおひらきというとき、自分の妹たち、そして母の手をとり、軽く頬ずりする。
「きょうはありがとう。たのしかったたのしかった」
 それを見ている子どものわたしは、父がいい具合に酔ったことを知るのだった。
「兄さんの頬ずりがはじまったわ」
 と父の妹たちは笑い、母も笑った。
 友人の夫人たちのなかにも、父の頬ずりを約束のように受けてくださるひとがあった。父は「もにょもにょ」と口のなかで云い、そっと頬を寄せていた。それは、「頬ずりさせていただいてもかまわないでしょうか」という、打診とも挨拶ともともとれる「もにょもにょ」だったと思われる。
 なかには「雄一郎さん、頬ずりを忘れておいでじゃないですか?」と云って、自分の頬を父に差しだすような女傑もあって、おおいにたのしかった。呑気な、いい時代だった。
 子どものわたしは、いつか自分にも父の頬ずりを受ける日がめぐってくるだろうか、と考えるともなく考えながら遠巻きに、眺めた(それがどうなったかというはなしは、またいつか)。

 だからと云うわけでもないけれど、ときどき、無性に頬ずりというものをしたくなる。

 衣更のときにしばしの別れをする衣類に頬を近づけるのなんかは、まさに頬ずり実現の場面だった。
 このたび休ませた衣類のなかに、胸にかき抱き感謝を告げずにいられない黒色のアンサンブルがあった。秋から冬、初春にかけて、武蔵野市の小中学校の卒業式、入学式、周年行事のたびに身につけていたものだ。
「ヒサコサン、わたしね、この半年のあいだ、行事に出かけるたびに同じ服装で出かけたんです。どこでも同じ顔ぶれがあるものだから、ああ、またわたしは同じこれを身につけて……と、ちょっと気後れしたりして」
 気がつくとわたしは、打ち明けている。
 迷いがあるとき、ふと、こちらの思いを投げかけてみたくなる、ヒサコサンとは、そういう先輩なのである。
「あら、いいじゃない。素敵。日本人は服装の数や種類にこだわるけれど、ドイツのひとも、フランスのひとも、みんなたいてい好きな一着を大事に大事に着ているのよ」
 と、ヒサコサンは云った。
 海外を旅する仕事を持ち、子育て時代のうちの短からぬ時期をドイツで過ごしてもいるヒサコサンの暮らしの感覚を表現するとしたら、簡素な豊かさということになろうか。服装の特徴は……、色使いのうつくしさと自然素材。印象は、キュート。
 ヒサコサンのことばで、わたしのなかから「気後れ」は一掃された。
 そうだ、わたしは気に入りの一着で通すことができたのだ。

 
アンサンブルと云っても、その組み合わせは自分でつくったものだ。ことに上着は、元ワンピース(Sybilla)でスカート部分がキュロットになっていたのを、ウエストで切ってつくり直してもらった(二女)。それに光沢のあるスカートをもとめて、合わせた。いつか、見ていただくとしても、いまは衣裳箱のなかで活躍に疲れた身を休めている。

Photo
ことしはじめにひとり暮らしをはじめた長女は、
衣更をすませただろうか……。

と考えていたら当の本人がやってきて、
「衣更終了しました」
と報告しています。
そして、目の前に小さな小箱が置かれました。
「おそくなったけど、母の日のプレゼント、はい」
おそるおそる開けてみます。
なかから、記念切手がぞろぞろ出てきました。
「宝塚歌劇公園100周年」の82円切手、
サクラやスイレン、スイートピー、マーガレット、
ユリなど52円切手、
「日本の鉄道シリーズ」の80円切手、
「ふみの日」の50円切手などぞろぞろ。

こういうのをこんなふうにもらうのが、

わたしは大好き。
(一瞬、小箱からブローチなんかが出てきたら
どうしよう……。と思ったことを白状しておきます)。 

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2014年6月 3日 (火)

古参

 自転車でみどりの道を走っている。
 なんとうつくしい季節だろう。
 みどりに呼ばれ、応えたくなるようだ。
 この季節を幾度となく通り抜けてきたけれど、その年ごとにみどりとの呼応は変わる。若い日には、みどりの声に気づかぬまま過ごしたこともあった。少なくとも、いまのように「ありがとう、ありがとう」と、そっとつぶやきながら道行くことはなかった。
 ことしみどりに出合えたことが奇跡のようにも思えるのは、半世紀以上この世に生きてきた証であろう。

 整体院からの帰り道だった。

 半月あまりのあいだ腰の左側に居坐っていた痛みは薄らいで、あと何日かすれば、すっかり消えてしまうだろう。しかし、わたしはもう若くはなく、からだは古びてきたのだ。そのことを忘れないようにし、これからは自分を労(いたわ)ることもおぼえよう……。
 ペダルを軽く踏みながらそんな決心をしていたときだ。
 目の縁にはためくものが映り、自転車を止める。
「武蔵野市シルバー人材センター/リサイクルセンター」という文字が旗とともに揺れて、手招きしている。手招きされたように思って自転車を止めたのにはわけがある。このたびの腰の痛みの原因のひとつとして、かなりの時間共に過ごす机の前の椅子との相性問題を疑うようになっていたのだ。
 夫が若いころ使っていた事務用椅子で、座面の高さも背もたれの角度も変えられ、キャスターも付いている。その椅子には、いつまでも「仮」という気持ちをぬぐい去れぬまま5年ほども坐ってきたのだったが、最近とみにもう少し何でもない椅子に坐りたいという希いを持つようになっていた。密かに、だ。夫からのおさがりではあるし、古いモノを使いつづける喜びもあったわけだから。
 さて、はためく「リサイクルセンター」の旗に手招きされてわたしは自転車を止め、建物内に入る。ここには、市内の家庭で不用になった家具、自転車、食器、小物類が引き取られ、修理修繕され磨きあげられてならんでいる。
 わたし自身は、大きなたんすをひきとってもらった経験と、子どもたちの自転車をもとめた経験とを持っている。大きなたんすは気に入りのものだったが、運ばれるやすぐと買い手がついたそうで、うれしかった。あのとき、たんすの下見にやってきた紳士ふたり(シルバー人材センターの仕事をしている会員)が、うーんと唸っていたのだったなあ。
 たんすの扉の内側に、たくさんたくさんシールが貼ってあったからだ。子どもが小さいころ、シールをそこここに貼りつけようとするのを、「待てー!」と叫んで制止し、「ここには貼っていいよ」と許した唯一の領域が、そこだった。子どももわたしもそれを「シールの国」と呼んだが、その名にふさわしく、もうもうシールだらけだった。バナナやみかんについている小さいシールまで貼りつけられていた上に、全長30センチほどもあるドラ○○んのシールもでん、と陣取っていた。
「これをはがすのは大変だなあ」
 と紳士ふたりは腕組みしたが、
「でも、まあ、がんばりますか」
 と云って引き受けてくだすった。
 ――あのたんす、どこかで元気にやっているのだなあ
 と思えることが、いまもわたしのこころを明るくする。
 子どもの自転車をリサイクルセンターでみつけ、もとめたときにも、自転車担当の会員の整備の腕前に目を見張った。
「これは、当たりの自転車ですよ」
 ということば通り自転車は長持ちし、末娘のあとに、友人のところにも行った。
 あるいはそんな記憶をひっぱり出していたおかげだったろうか。入口付近でいきなり出合う。事務用椅子である。腰かけてみる。座面に貼った布は日に焼けて少少くたびれてはいるものの、お尻も背骨も「これはわたしの椅子です」と告げた。
 2千円也を支払って、抱え持つ。
「自転車にのせて帰ります」
 と云うと、センターの女性が自転車タイヤの古チューブを手渡してくれた。それを使って椅子を自転車のうしろのかごの上にしばりつけ、家まで20分ほどの道のりを押して帰った。腰痛の治療を受けた帰り道にとる姿勢としてふさわしいものかどうか、という考えが一瞬脳裏をよぎったが、椅子を手に入れたよろこびが勝った。

 椅子はわたしの机とも、あっさり馴染んだ。

「わたしも古参。あなたも古参。労りあって、ゆきましょうね」

Photo
これが、「古参」の相棒です。

Photo_2
じつは、同じとき、この折りたたみ椅子(1800円)も
みつけて、一緒に自転車にのせて、帰ってきました。
こちらは庭の椅子として使います。
大事にします。

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