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2014年7月 8日 (火)

「済んだことだ」

 母の書架からふと、ほんとうにふと、『樅ノ木は残った』を引き抜いた。
 分厚い本だった(総頁528頁/四六判上製)。これをわたしは読むのだろうか、と訝(いぶか)しく思いながらも、ともかく借りて帰ってきた。
 山本周五郎の著作は読んだものも読まないでいるものもあるけれど、『樅ノ木は残った』は遠い昔に読んだような気がする。
 これが同名のNHK大河ドラマになったとき、わたしは小学校5年か6年であった。主人公原田甲斐宗輔を平幹二朗が演じていたことも、傍らに吉永小百合や田中絹代、栗原小巻、佐藤友美が在ったこともおぼえている。その印象が鮮やかに残っていたため、高校生になったあたりで読んだのではなかったか。
 何にしても、この分厚い本を抱えてきてしまったことに驚いている。読まなければならないものも含め、未読の本が書架からわたしを睨(にら)みおろしているというのに。
 ―やっかいなものを連れてきてしまった。
 そう思った。

 机の上にのせると、何とも気になる。

 夜、机の上を片づけたあと、そーっと開いてみる。ちょっと見るだけだ。いまのわたしと伊達騒動とのあいだにかかわりがあるとは思えなかったし、たやすい読書でないことは火を見るよりも明らかだった。
 それなのに、読んだ。
 夜の机の上で第一部の1章を読んで、布団まで連れて行く。すでに日にちをまたごうとする時刻になっていたこともあって、数頁めくって眠りに落ちた。
 その翌日、朝のしごとを片づけ、さあ、仕事をと思ったところで、また分厚いその本に触れてしまった。机の上で読みはじめ、2時間ばかりののち、三女の部屋の寝台の上にころがって読んだ。
 すると、矢鱈(やたら)と目につくことばがある。
 冷静沈着な原田甲斐は、たびたび「済んだことだ」とひとに向かって云う。あるいはまた、「その話しはできない」「その話しはよしてくれ」「云うな、なにも云うな」「あとは訊くな、訊いても答えられない」と相手を遮(さえぎ)る。
 わたしたちの、いや、わたしのする会話のなかに、ほとんど登場しない物言いだ。
 誰も皆、ひとに理解されないものを持ちつづけ、つくりつづけているのだ、ということが思われてならない。
 それは昔もいまも変わらないが、わたしなどが理解を求めて、あるいは共感を求め、徒(いたずら)に饒舌(じょうぜつ)になるのに対して、原田甲斐のような人物は口を閉ざす。
 人間はつねに独りだと、原田甲斐は考えている。

 饒舌になりがちであっても、わたしも、じつはそう考えている。

 もちろん、ひととのつながりのなかで生きているのではあるけれど、理解されることのないものをひととの ―子にも夫にも、親しく信頼できる友人たちにも― あいだに抱える、独りの存在である、ということを前提として生きなければならない。その覚悟はしているつもりだったが、このたびの読書を通して胸におさめなおすことができたようだ。
 ただし、独りであることを前提に、とわたしが考える独りというのは案外、気楽なものである。本を読めばわかることだし、まったく余計な案内なのだが、『樅ノ木は残った』の原田甲斐が考える「独り」は、まったく気楽でない。
 万治3年(1660年)7月、伊達藩主、陸奥守綱宗は幕府老中酒井雅楽頭(うたのかみ)より逼塞(ひっそく)を命ぜられ、2歳の幼子に封(ほう)をゆずらなければならなくなった。ここに端を発したお家騒動の裏に、徳川幕府の大藩取潰し政策のひそむのを見抜いた原田甲斐。彼は「独り」静かに伊達藩安泰の道を求め、計画を進める。

 結局わたしはその日の仕事を脇に寄せ、1日がかりで『樅ノ木は残った』を読了した。本を閉じたとき、こんなことを考えるまでになっていた。

 ひとに理解されぬものを抱えるほかに、わたしは自分とのあいだにも、ある宿命を抱えている。それは、過去のこと、わけがわからぬまま在る事ごと、未解決の問題などであるけれども、ひとまずみずからに向かって「済んだことだ」と云って聞かせてやろう。

「それは、済んだことだ」


Photo

ひきだしに、あたらしいアクリルたわしが
入っていました。
二女が編んで入れておいてくれたのです。
うちのアクリルたわしは、置き場所の都合で

長方形であってもらいたく、赤であってもらいたいのです。

ととのあいだにはたしかに理解のならぬことはあって、
とのあいだにも「それ」はあるのですけれど、
からこそ、そっとお互いを思うこともできるのだと
らためておしえられました。

 

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「日記」カテゴリの記事

コメント

な こ さん

お返事おそくなって、
申しわけありません。

それです、わたしが思ったことも。

「ひとまず」「天に」「預けてしまおう」

また、「天が」ひっかかりをわたしの前に
おろしてきたら……。
そのときはそのときです。

(気づかなかったことにしたって、
かまわないんじゃないかなー)。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月18日 (金) 07時25分

ふんちゃん
おはようございます。

ひととのあいだにある理解ならぬこと。
自分とのあいだに抱える、ある宿命。

それらに、「済んだことだ」と「言ってきかせる」のは、最後は、じぶん。(しかいないん)だな。と
そう思いました。
そう思いきることで、
渦中から出て、放れた(はなれた)ところに立って見ることで、
それまでとは違う見方に出合えるかな。

「済んだことだ。」
自分に、口に出して言ってきかせてみる。
わたしは呑み込みが悪いので、何度もじぶんに言ってきかせてみる。勇気を振り絞って、腹をくくれ、と。

さて…。わたしの抱える「ひっかかり」の数々を、ひとまず天に預けてしまおう。そして、暫くそのままそっとしておこう。
(できることなら、許されることなら、忘れてしまおう。)


投稿: な こ | 2014年7月15日 (火) 06時29分

みーこ さん

ともかく「済んだこと」と位置づけて、
あたらしい一歩を踏みだしてみたいなあと
思って。

練習かな、と。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月14日 (月) 18時54分

ふみこさま 皆様
済んだこと……そう、済んだことなんです。
どんなに後悔しても、執着しても、済んだことなんです。
なのに、時に心を締め付けるこの思いはなんでしょう……
自分を理解してほしいから?自分の正当性を主張したいから?それとも懺悔の気持ちがうずまくから?
挙句の果てに怒りを覚え、誰かにぶつけたくなり、幼き自分を知り心底がっかりし、「だけど」とまた自分を擁護する……堂々巡りです。
人はいつまでも同じではなく、時とともに環境とともに変わっていくもの。
いえ、理解していたなんておこがましいのかもしれないですね。
理解しあえないものがあって当たり前、そして、執着心は、自分自身を苦しめるものなのだとつくづく思います。
すべてはいつか滅びる。時は、どんなときにも立ち止まらずに過ぎ去ります。
それならば、やはり「済んだこと」と「明らめ」(いいことばですね)て前を向きたい。
今日の私は明日の私と違うのだから
けれど、自分の思いと戦うのはしんどいものです……
 

投稿: みーこ | 2014年7月14日 (月) 10時02分

焼き海苔の の さん

仕事の準備。
気の張る用事の前。

そんなときに、徒に心配し、
必要以上に緊張したりおののいたりしている自分に、
云いたくなります。
「少しは自分を信頼しなさいな」と。

自分を信頼するというのもそうですし、
佳き定めに乾杯!というようなことでもあります。ね。

(人事を尽くして天命を待つ、ということばも
ありましたね。若いころ、好きだったことば。
最近、思わなくなりました。思わなくなったのは……、
一種の過信のあらわれかもしれない)。

佳い今週を、の、さん!

投稿: ふみ虫 | 2014年7月14日 (月) 05時55分

ふみこさま

私の場合、主に仕事の準備のことなのですが…
「ここまではやるだけやったのだから、心配などせずに
明日の私に任せよう」と思うようにしています。
「あー、ここが不安」とか「うまくいかなかったらどうしよう」
とはなるべく思わないように、自分に暗示をかけるかんじでしょうか。

私が初めて買った大河ドラマの原作本は、
お年玉で買った「山河燃ゆ」でした。
久しぶりに読んでみたくなりました。

投稿: 焼き海苔の の | 2014年7月13日 (日) 21時24分

寧楽 さん

おおっと、思わず唸りました。
すごいなあ、寧楽さん。

そこまできっぱりしたことばには
届けないでいましたが、
案外ひとは「忘れる」ことの価値に
気づかないでいるなあとは感じていました。
「おぼえる」「思いだす」「忘れない」ばかりが好きで。
「忘れる」の肩を持ちたかったのです。

そこへ、こんなすごいことばを……。
どうもありがとう!ございました。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月12日 (土) 15時08分

おまき さん

「わたしのせいなんだろうか」
「わたしのせいじゃない」
という(ような)ことから離れる、という意味の
「済んだことだ」なんだと思うんです。

「済んだことだ」と云ってみることで、
あたらしい展開がはじまる(こともある)と
信じたくもあります。


投稿: ふみ虫 | 2014年7月12日 (土) 15時04分

ふみ虫さま

忘れることは許すこと
許すことは忘れること

昨年から思い続けていることです。

投稿: 寧楽 | 2014年7月12日 (土) 13時29分

ふみこさま、みなさま。

「済んだことだ」って、いつかは言えるようになるだろうか……
この言葉は、年を重ねたから言えるというものでも無いようですし。
ひとって、もやもやっとしたものを、みんな抱えているけれど、それをまずどこかに上げておく、それをしながら生きていくものなんでしょう。

ひとまずどこかに上げておく、なかなか、これが出来る方、少ないかもしれない。
肉体は元気で、ながく生きて、気持ちも枯れないからなんだろうか。何年も積もった苦々しい思いを見せられるような出来事があって、
私はその年月にはほとんど関係ないのですが、「私のせいなんだろうか」と思ってしまっていたこの頃でした。
私もそんな思いを抱えて生きていくのだろうかとも考えてしまいました。私はその人ではないから、そうじゃないと思いたいんですが。

投稿: おまき | 2014年7月12日 (土) 10時53分

えぞももんが さん

おはようございます。

ほんとうは済んでいないのかもしれない……、
済んだのだと云ったりしては申しわけが立たない……、
と思う気持ちも、一旦「済んだことにする」。
そういうこともあっていいと考えたんです。

「いまはそのことについて云えない(云いたくない)」
ってことだってあるのだし。

少し荷を軽くして、
生き抜かなくちゃ、と思ったりしています。

こちらも昨夕から、夏の空になりました。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月12日 (土) 08時42分

もも(^-^) さん

ゲームのこと、
よくわかります。
うちにも同じことがありました。
(ずいぶん……ずいぶん昔のことです)。

夫が、「対戦もの」はだめ、というのを条件に
ゲーム機を買うことを許そう、と云ったのでした。
いまのゲームとはきっと
世界観そのものがちがうのだと思うのですが。

ゲームもしたいだろうけれど、
将棋や囲碁もよろしくお願いします。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月12日 (土) 08時03分

ふみこさん おはようございます。

自分がしてきてしまったいろんなことと同じように
自分以外の人から受けた
いろんな事や いろんな言葉を
「済んだことだ」と気持ちの中で終わらせる強さを
持っていると 日々の生活は もっと もっと
清々しいですね。きっと。
ふみこさん 私も 「済んだことだ」、 自分に言い聞かせます。
 


昨日から 空の色や雲の形が変わりました。
春から初夏の空が
夏から秋に向けてのそらです。

投稿: えぞももんが | 2014年7月12日 (土) 05時46分

ふんちゃん

 「済んだことだ」
 「明らむ」のあきらめ…。

 なるほど…、とまた今週も感じ入りました。
 あきらめることは、時に大事だなぁと思っていました。
 私は、マイナスなあきらめじゃあないもん!と思って「諦めて」いたので、「明らめ」ということばを教えていただいて、うれしくなりました。

 一人一人こだわりのようなものがあって、
 時々、それを貫き通したくって誰かとぶつかりそうな時があります。
 こんな時、あきらめようって思ってたんです。
 私にとっては大事なことに思えるけれど、相手にとっては大したことではない、もしくはもっと違うやり方がいい、物がいいっって、そりゃあ、一人一人違うもの当たり前だよなぁって、少し冷静になると思えます。
 家族との方がそういうことあるかもしれません…。

 今はね…、長男がゲームが欲しいと言い出していることに対して、私と夫が反対しています。
 創造性がなく、人とのやりとりも感じられないゲームは、好きじゃないんだよね…という大人に対し、息子は納得できない様子…。
 親の考えを押し付けているのではないかと思ってみたり、怪物と戦うゲームなんていらないよ!と強く思ってみたり…。
 ちょっと立ち止まって考えているところです。

 息子と私と夫と…、どこかで気持ちのいい明らめができるといいなぁ。

投稿: もも(^-^) | 2014年7月12日 (土) 05時35分

rantana さん

飛躍するこれからの人生。

そうです、そうです。
誰も彼も、できれば前を向いて
生きられたらうれしい。
そして、それこそ、わたしがことしの七夕に
希ったことでした。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月 9日 (水) 21時19分

ゆるりんりん さん

そうでしたか。

「済んじまったことなんだから」

この思い方は、覚悟にもつながる場合があるように
感じました。
過去に学び、前を向いて生きる。

わたしね、「忘れる」ことの大切さを
年年思わされています。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月 9日 (水) 21時17分

ふんちゃん

わたしもゆるりんりんさんと、ちょっと似てるタイムリー。
わたしの場合は、
今までどんなにパッとしなかったか、の第一段階はわかったから、
これから飛躍するわたしの人生、の第二段階を考えてください、
と言われたんです。

済んじまったことは、もう良い。
これからどうするか、
いや、これからの人生、どうしたいか、
考えず行き当たりばったりにやってきたのを、じっくりこっくり考えまする。

樅の木は残った、そういう話しだったのですね。
平幹二朗さん、しか思い浮かばなかった。
自分が思ってるより案外ぼんやり生きてきた、そのことは、もう
済んじまったことだ。
これから、を考えます。

投稿: rantana | 2014年7月 9日 (水) 17時25分

ふみこ様

何てタイムリーな言葉。
わたし言われたんです。
「あなたは過去から十分に学びつくしました。
これ以上過ぎたことにこだわるのは
過去を変えようとすることになり、
執着に苦しむことになります。
今のあなたには
忘れてしまえる力が必要だと思います。」

『済んじまったことなんだから』
これ、しばらくわたしのパワーの源になりそうです。

投稿: ゆるりんりん | 2014年7月 9日 (水) 12時14分

ぽんぽん さん

「済んじまったことなんだから」
いいですねえ。
わたしも、そう考えたい。
そう云いきれるぽんぽんさんの生き方が、
すごい!と思うんです。

「済んじまったことなんだから」
これは、あやかりたい(です)。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月 9日 (水) 09時37分

どりす さん

(見当はずれな返信になる予感。
あらかじめお許しをいただいておこうと思います)

「想像癖が強い」どりすさんへ。
妄想、空想、想像を整理するのが物書きの仕事のなかみです。
どりすさんもわたしも、そのことを宿命として
抱えています。
整理しようとしないと、ただ、妙ちきりんなおばちゃんです。
妙ちきりんなおばちゃんも悪くないですが、
「そこ」にとどまっていては、用事ができきれない。

やっぱり、整理整頓は必要です。
妄想、空想、想像をそこなうことなく整理すると、
それが生きぬく力につながる。と、思うんです。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月 9日 (水) 09時31分

たまこ さん

自分にはつねに、
理解されないものを持っていると意識しても、
そのことは(ほんとは)、なかなか胸におさめにくい
事ごとだと思えます。

理解よりも「あきらめ」かもしれません。
ただし、その「あきらめ」は、
断念するという意味の「あきらめ」ではなく、
「明らむ」=「(さやかに見て)思いきる」という意味の
「あきらめ」なのではないでしょうか。


投稿: ふみ虫 | 2014年7月 9日 (水) 09時11分

のり さん

ほんとですね。
「 変えられるのは今から先のことと自分だけ」

ということは……、
過去に対する自分の思いも変えられるということです。ね。

そう思うと、勇気が出ます。
(どうもありがとうございました)。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月 9日 (水) 09時02分

ふみこ様 皆様
こんにちは

人との間に理解されないものを抱えて生きている。
あぁ、そうだなぁ。と、つくづく。
今まで、いろんな失敗も間違いもきっとしてきた私ですが、
あまり深く「ああしとけばよかった」とか思ったことがなくて。
「済んじまったことなんだから」と思っていました。
それが、よいのか悪いのかはわからないし答えはないのかも知れないけれど。

その時その時、懸命に考えて生きていくしかないのかなぁ。と」
改めて思いました。

今、やっていることが、「済んだこと」になった時に納得できる
自分でいたいです。

投稿: ぽんぽんぽんぽん | 2014年7月 9日 (水) 08時41分

一人っ子だけど、生まれた時から
生家には家族だけでなく、いろんな人が出入りしていたせいか
未だ独りの時間が居心地悪く、
よく「ひとりじかん」と言われる楽しみ方が出来ずにいます。
ただ、想像癖が強いせいか、先のことをあれこれめぐらせるのが
大好きで、「済んだこと」を考える時間が惜しく思うのです。
ヒリヒリと染みてなかなか「済んだこと」を拭えない時も
ありますが。
「独り」を納得できて、はじまる関わりを大切にできたらなぁ、
としみじみ思います。

 今、台風の情報に心奪われながら、
 ラジオをつけっ放しでしごとしています。 どうか、どうか・・・

投稿: どりす | 2014年7月 8日 (火) 12時48分

ふんちゃん皆様こんにちは。
人には理解されないこともある。
それを、理解していること大事なことですよね。

そして済んだことだ、と切り替えれば
前を向けるのに。
呪縛から抜けられるのに。

最近物忘れが多い母にはもっと忘れて
前を向いてほしいです。

投稿: たまこ | 2014年7月 8日 (火) 12時31分

ふみこさま。のりです。

昨日の続きは今日、今日の続きは明日、明日の続きは〜。
と、自分に言い聞かせ、たまには長女にも。
➕ 変えられるのは今から先の事と自分だけ。

ついつい、終わってしまった事や後悔に取り付きたくなる
私と長女。

生きづらい生き方をあえて選択するのは、誰でもない自分達。

「終わった事だ」・・・そのとおりだと大きくうなずく私です。

投稿: のり | 2014年7月 8日 (火) 11時35分

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