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2014年7月15日 (火)

み蔵と土弥

 道の上で蚯蚓(みみず)と遇った。
 蚯蚓の20センチほど先に、草むらと湿った土が見えた。
「早く、土へね」
 と頼む口調で云い、わたしは先を急いだ。
 それだけのことだったが、蚯蚓のことがいつまでも頭をはなれなかった。ふだん蚯蚓のことなど、忘れて暮らしているから、そのくらいのことはあっていいと思う。たとえばこの世から蚯蚓がいなくなってしまったとしたら、それはもう大変!なことなのだが、「それはそれとして」というような生き方を、わたしはしている。お百姓は、蚯蚓が土を耕しながら土壌微生物を育てていることも、土を食べ(食べるのとは少しちがうような気もする)、それをまたからだの外に排出することもよく知っていて、蚯蚓を大事にしている。
 蚯蚓と自分とのあいだにどんな……、どんなちがいがあるのだろう。
 そんな思いが湧く。

「蚯蚓と自分とのあいだにどんなちがいがあるのだろう」

 と云ったってね、それは極端な思いである。あちらさん(学名Oligochaeta)は環形動物門(門)という分類らしいし、わたしはヒト(学名Homo sapiens)で、脊索動物門(門)。
 ただし、蚯蚓もわたしも同じ「動物界」の仲間である。

                 *


 蚯蚓のみ蔵、ヒトの土弥(つちや)、畑で出合う。


み蔵 「やあやあ、土弥どの。このあいだは、灼熱の道、あれは何というものだったか、アスファ、ファ、ファース……の道の上からわたしの仲間を……」

土弥 「アスファルトだろうか……?」
み蔵 「それだ、それだ。うっかりとそこへ出てゆくと、動きののろいわたしらは灼かれてひからびてしまう。そうならんように、この前もアナタは、わたしらの仲間をつまみ上げて、土の上に逃れさせてくれた。礼をしたいのです」
土弥 「礼には及びません。日頃の感謝の気持ちから」
み蔵 「いやいや、たまのこと、たまのこと。ここらでちょっと気持ちをあらわしたい。ほれ、中元というのがあろうよ。それだと思ってお受けとりを」
土弥 「何をくださるのですか?」
み蔵 「アナタの望み、何なりと」
土弥 「アタシの望み……」

 しばらく土弥は考える。せっかくの申し出に対して何も云わないのも、かえって失礼だという気がして、一所けん命考える。しかし、考えれば考えるほど、望みは浮かんでこないのだった。

み蔵 「金だって、家だって、ほれ何なりと、何なりと」

土弥 「いや、金も家も要りませ。要るだけのものは、もうあるようです。うーんうーん」
み蔵 「あんまり待たせてくださるな。ひからびてしまうからの」
土弥 「そんなら、この夏蚯蚓さんたちが、誰もひからびたりせずに、健やかに土にあってくださるようにお願いします」
み蔵 「あいわかった……。欲張らなければ、ヒトも蚯蚓もしあわせになれる。それだけは、まちがいないなあ」
 み蔵はそう云い残すと、土のなかに消えてしまった。


                 *


 ヒトも、蚯蚓ほどにこの世に、この土に、役立つ生き方ができれば幸いである。

Photo
正月に夫が買ってきてくれた白いだるま(成田山新勝寺)に、
弟(?)ができました。
友人がことしの半分が過ぎたある日、贈ってくれたのです。
思えば、いろいろのことがあり、わたしたちに求められた「決意」が
兄だけの手に負えなくなったからでしょうか。
不思議な贈り物でした。
不思議な白いだるまの兄弟です。

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「日記」カテゴリの記事

コメント

ふみこ様

二ヶ月くらい前のことでした。
座布団二枚分の小さな花壇ですが
そこのミミズさんたちがいなくなったんです。
自分の心の中が雑草だらけになったころ
その花壇も雑草だらけでぼうぼう。
その結果植えていたものたちの根が、
レインリリー(たますだれともいう)以外
全て傷んでました。
日があたらなかったので
土からはカビのような臭いもしました。
ごめんね、ごめんねと言いながら
土を入れかえ、
ふちに植えていたから無事だったレインリリーを
株分けして植えかえました。
この小さな花壇はまるで自分の心のよう。
心にごめんね、ごめんねと・・・。
先日土のチェック、
丸々としたミミズさんたちがいてくれました、ホッ。
いてくれてあたり前、
いや、いてくれてることさえ忘れてる存在・・・
そういう存在に自分は支えられているし、
時々誰かのミミズさんのような存在になれたらなあ・・・
なんて梅雨の合間に思いました。

投稿: ゆるりんりん | 2014年7月15日 (火) 10時27分

ふんちゃん皆様こんにちは。
みみずさんを視点に役たちについて
考えるなんて
ふんちゃんらしい可愛い視点ですね。


私は最近ますます母の役にたちたいな〜と思います。
うまく気持ちと行動が一致せず
うまくいかないこともあるけれど

母が元気になってくれたらなぁ。
最近体調を崩しがちな母。
毎日治った?と子供のように聞く私は
まだまだ子供ですね笑

投稿: たまこ | 2014年7月15日 (火) 12時31分

ふみこさま、みなさま、こんにちは。
蚯蚓といえば、「かんたろう」のことを思い出します。
雨上がりの高知県の山道で出会いましたが、
それはそれは衝撃的な姿、大きさで、とても「蚯蚓」とは
認識できませんでした。
メタリックブルーで30センチほどもあるのです!
でも、「かんたろう」などと親しい気に呼ばれているのは 
地元の方たちとの繋がりの由縁でしょう。
自然のために何等かの役に立つことを問えなくても、
せめて、邪魔していないか、害していないかと耳をすませて
暮らしたいです。
 「整理整頓」の大切さと共に、時折立ち止まり。
  (ふみこさま、先週のことば、嬉しかったです)
みなさま、この時季、暑さと湿度に押されないようご自愛くださいね。

投稿: どりす | 2014年7月15日 (火) 12時47分

ふんちゃん。

みみず、助けられるときは助けています。
これから虫の季節で、大変と人はいいますが虫も大変です。
よく、なんでこんなとこにみみずが?とおもっていましたが、そうではないとおもうようになりました。
こんなところに、はみみずたちにとってもなんですよね。
人間がわがもの顔に使っているだけで、別に人間専門ではないわけです。
勘違いしたらいけない。

投稿: 佐々木広治 | 2014年7月15日 (火) 14時05分

ふんちゃん、みなさま、こんにちは。

毎週金曜日、蚯蚓のworm仲間の蚕ちゃんが、
小3の次女と一緒に学校から帰ってきます。

初対面の日はギョッ!でしたが、今ではカリカリと静かな音で
桑の葉をついばむ姿がお上品に見え、時を忘れ見入ってしまいます。
英名が気になり調べると、
蚯蚓:Earth worm 蚕:Silk worm。
知って尚、役に立ってくれてる事を再認識しました。

小さな身体、小さな動き、全てに意味があることを
親子で体験学習させていただいて、感謝しています。

白いダルマの弟クン、お兄ちゃんの側で安心したような、
得意そうな、なんとも言えない愛おしいお顔に嬉し涙です。


投稿: O.あんのん | 2014年7月15日 (火) 17時50分

ふみこさま、みなさま、こんばんは。

我が家の畑は今虫たちの楽園となっています。
ミミズはもちろんのこと、ダンゴムシ、ムカデ、バッタ、カマキリ、チョウ、ハチ、トンボ、テントウムシ、テントウムシダマシ、カメムシ、カミキリムシ、などなどなど。
葉っぱの上で交尾、飛びながら交尾、花にもぐって交尾…、なんて光景をあちこちで見かけたり。

一般的に「害虫」とよばれるものを、私が殺すことができないので、いつも心の中で「あなた方のあいだでうまいことやって下さい」とお願いしています。
たくさんの種類の虫たち(動物たち)同士で、うまいこと、数のバランスをとっていただきたいな、と。
なので、ミミズももちろん、土作りには大切なのですが、最近私が注目しているのは、クモです。
「あの虫とあの虫をできれば食べて欲しいんだけどなあ」と祈りながら、クモの巣を壊さないよう、細心の注意を払って農作業をしています。

彼らにうまいことやっていただきながら、おいしい野菜や果物を少しずつ頂戴しているのですが、私ひとりの欲がどんどん大きくなると、きっとそのバランスは崩れてしまうのだと思います。

あ、虫だけでなく、今はキノコもたくさん、そしてカエルもたくさんいます。みんな平和に、うまいことやっていただきたい(そして私も一緒に、うまいことやっていきたい)です。

投稿: ささこ | 2014年7月15日 (火) 23時55分

はじめてコメントします。
ふみこさんの文章を読んだことで、蚯蚓にまつわる子ども達との昨日のやりとりを有難い気持ちで思いなおすことができました。

2歳1歳年子の怪獣達との犬の散歩を終え、「さあ、帰宅したら入浴・夕食・寝かし付けだ!」と足早に門扉に向かう私。道草くって、私についてこないチビ達。「母さん、先にお家に帰っちゃうよ」と決まり文句を言うも、チビ達は動かず。「ミミズさーん、危ないから気をつけてね!」とアスファルト脇のミミズに注意する娘。道路脇の蚯蚓に油売ってる模様。
犬の散歩時に、いつも私が「白線よりこっち側を歩くよ。白線よりあっち側は車さんの道だから、車にひかれちゃうよ」と口うるさく言っている、その口調でしつこく、、、もとい、根気よく蚯蚓に注意しつづける娘。

「ミミズさんは道路の端っこにいるから、ここなら車にひかれることはないから大丈夫」と私。娘はこれまでに干からびたミミズに何度か遭遇している。私は、娘を納得させるまで話す労力と、蚯蚓さんをそばの梅林の移動する手間(というほどのことでもない)を考え、後者を選択。土の上でもぞもぞする蚯蚓さんにさよならし、チビ2人も納得して帰宅。

門扉までの10m、2歳の娘が「かあさん、ミミズさんを土の上にわたしてくれて(彼女の現在の語彙力)ありがとう」と。

娘は母がなくした優しい心を育んでいるようだ。
慌しく過ぎていく毎日だけど、こうゆう瞬間瞬間を大切に覚えていたいな、と思わせてもらいました。ふみこさん、いつもありがとうございます。

投稿: くみ | 2014年7月16日 (水) 00時33分

ふんちゃん、こんにちは。

みみず、にそんな漢字があったのですか。
寡聞にして知らず、とてもじゃないけど、読めませんでした。
蚯蚓って、丘に跡を引きながら動くからなんですかね。
土の中でたいせつなお仕事してくれているのに、うちでもコンポストの縁あたりでしかお目にかかりません。
なるべくアスファルトのないところで過ごしたいのは、みみずも人も、同じかしら。

投稿: rantana | 2014年7月16日 (水) 08時51分

見えないものが本当はとても大事。
教育現場ではからずも担任という職務を遂行(?)していた頃
子供たちとの触れ合いの中から学ばせてもらったことです。
見えないものは、いつしか、誰かの支えとなり力になっていきます。
蚯蚓は(ほんとこんな漢字があったなんて……でも、なんかうれしい)派手ではなく目立たず黙々と、日々己が生活を営んでいる。
「蚯蚓がおる土は、ええ土なんで。」
蚯蚓を発見し、気持ちが悪いと言った幼き日の私の言葉に、祖母が言った言葉です。
「蚯蚓にしっこをかけたら、ちんちんはれるんやで。大事にせなあかんのや。」
ちんちんが腫れるというフレーズが妙に心に引っ掛かり、「悪いやつやんか」と思ったのですが、鳴きもわめきもせず、明るいところに出されると必死にもがいて土に戻ろうとする姿に、健気な感情を覚えたのでした。
回り回って、何かの誰かの支えになる。地味で目立たず、こんなわずかなことが、でも黙々と日々黙々と……
そうなれたらうれしいなあ……
そんなことに感謝できたらうれしいなあ……
ふみこさま、改めて気づいています。

投稿: みーこ | 2014年7月16日 (水) 10時26分

ゆるりんりん さん

蚯蚓が帰ってきてくれて……、
どんなにほっとされたことでしょう。

ヒトは地球に対しても、
土に対してもろくなことをしていない。
一方、太古のむかしから蚯蚓は、
土のため(そんなことすら、おそらく思わず)
働きつづけてきました。
ときどき、「キモチワルーイ」なんていう声を
聞くともなく聞きながら。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月16日 (水) 10時56分

たまこ さん

ときどき思うのですがね。
ひとは、安心して「体調をくずせる」境地というのも
持っているんだと思うんです。

その状態にあって、何かを味わう機会。
ゆっくり眠る機会。
誰かが自分のかわりをしてくれるうれしさ。

とすると、急いで治っていただかず、
ゆっくり戻っていただくのもまた……。ね。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月16日 (水) 10時58分

どりす さん

ここまできたら……、
地球のためとか、土のため、なんて
もう、口にもできないような気がします。
どりすさんの云われるように、
邪魔しないようにと気をつけ、
害さぬようにと念じるのが精一杯。

そこなんです。
わたしが
いったい蚯蚓とヒトと存在の意味に
どんなちがいあるのだろうと思わされるのは。
ヒトって、どこでこんなに傍若無人に
生きていいと思ってしまったのでしょう。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月16日 (水) 11時21分

佐々木広治 さん

この季節、雨につられて
思いもよらぬところまで遠出してしまい、
帰り道(天候が変わって)、灼けてしまう。
そんな気の毒な蚯蚓がたくさん!

わたしもね、広治さん、
蚯蚓界では
「ウルトラ警備隊」として活動しています。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月16日 (水) 11時24分

O.あんのん さん

蚯蚓:Earth worm 蚕:Silk worm。

と、おしえてくださり、
ありがとうございます。

そうか。
なんて、慈しみ深き名前。
名前と、その名を持つ者とが寄り添うような。

Silk wormさんたちに、よろしくお伝えください。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月16日 (水) 11時58分

ささこさん

「あなた方のあいだでうまいことやってください」

いいですねえ、いいですねえ。
わたしも、そう唱え唱え、やってゆこうと
思います。

うちにはちっちゃな蜘蛛が棲んでいます。
この蜘蛛を大事にしています。
このあいだは、わたしの机の上で遊んでいたので、
しばらく机をはなれて、そっとしておきました。

(うちにゴ○○○が棲みつかないのと、
この蜘蛛さんたちと関係があるのかな)。

ささこさんのおしえてくださった、
「わたしひとりの欲がどんどん大きくなると、
バランスが崩れる……」
という感覚、わたしもとり戻さなくては。

どうもありがとうございました。


投稿: ふみ虫 | 2014年7月16日 (水) 12時14分

くみ さん

いらっしゃいませー。

「くみさん、
ミミズさんを土の上にわたしてくれてありがとう」

じつにかしこいお嬢さんですね。
蚯蚓界では彼女は、
「み姫」と呼ばれているはずです。

み姫はやさしいだけでなく、
真面目で、先が見通せる存在だと思えます。
どうかご養育のほど、よろしくお願い申し上げまする。

……うれしいな。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月16日 (水) 12時20分

rantana さん

rantanaさんのおたよりに、ふと、
蚯蚓になったつもりで生きる、という考えが
浮かびました。
ヒトの世において、蚯蚓になったつもりで生きるのは
そうとうに大変そうです。

それでも……、そんな視点、想像は必要だと
思えます。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月16日 (水) 12時24分

みーこ さん

「蚯蚓におしっこ……」
どなたか書いてくださるといいなあと
思っていたら、みーこせんせい。
ありがとうございます。

土の神様におしっこなんて、とんでもないという
おしえなんでしょうね。
昔のひとは、教え諭すそのやり方も愉快、愉快。

日日黙黙と。
そのことばも、ここへ置いていただいてえ、
とてもありがたかったです。
書いて、机の上に置きました。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月16日 (水) 12時29分

ふみこ様 皆様
こんにちは。

「蚯蚓も人もあまり欲張らなければ、幸せになれる。それは
間違いないなぁ」

うん、うん。とうなづいて読みました。ここ、数年、我が家はずっと火の車だけども、元気ならなんとかなる。
いろいろな、天災や争い事で被害を受けた人のことを考えたら…
欲なんて、張っていられないなぁと。

でも、蚯蚓さんにそんな風に云われたら、はたして土弥のように答えるまでには
すごく時間をかけてしまいそうな自分もいることも、正直なととろ。

人間って、厄介だなぁ…。

投稿: ぽんぽん | 2014年7月16日 (水) 15時14分

ふみこさま。みなさま。こんにちは。のりです。

今朝、長女とバトルし頭をひやしにローズマリーの植え込みを
大ハサミで散髪して、竹ぼうきで掃いていると、久々に出会いました。
『みみず様』
大慌てで土の上にお戻りいただいて、ふと目を離したすきには、
ご自分の世界へとお帰りになられた様子。一瞬の出来事で!

あらら、なんとタイムリーな再会かしら〜。

私も慌てましたけど、一番驚かれたのはやっぱり『みみず様』
だったでしょうね。今頃は、土の中でお昼寝かしら。

『みみず様』に出会えたのも長女との朝からのバトルのおかげ?
と思えば、何だか変な力が抜けました。ありがとう『みみず様』
『みみず様』また、お会いしましょうね。

日頃、全く気にも留めない『みみず様』にちゃんと気づくこと
が出来ました。ふみこさま、ありがとうございます♪

投稿: のり | 2014年7月17日 (木) 13時27分

ぽんぽん さん

火の車。
それは、芳しくないことのように云われ、
当事者も苦しんだりするのですけれど、
じつは……その家のお守りです。
楔(くさび)のように打ちこまれたその状態に、
守られていたなあ、そのおかげで元気でいたし、
おもしろくもあったなあと思うんです。

(そんなことを思うせいか、いつまでも
火の車です。あはは)。


投稿: ふみ虫 | 2014年7月17日 (木) 13時34分

のり さん

頭を冷やすのに、
ローズマリーの散髪を選択するなど、
ヒトとしたら、そうとうに高尚だと思えます。

蚯蚓さまも、「ご立派!」とばかりに
お出ましになったのでは……?

投稿: ふみ虫 | 2014年7月17日 (木) 13時42分

ふみこさま こんにちは

今日もとても暑いです。
蚯蚓さんは、誰のためということなく昔からひたすらに土を耕してくれているのですね。もし、人間が地球上からいなくなったとしても、そんなこと関係なく、蚯蚓さんはひたすらに働くのでしょうね。蚯蚓さんがいなくなって困るのは人間の方だ…。

地球のためにもヒトはもう少し謙虚にならないといけませんね。

ウチのプランターにも蚯蚓さん来ないかな?(だいぶ、土が固くなっています…あぁ、欲張りです)

投稿: あすちるべ | 2014年7月17日 (木) 14時01分

あすちるべ さん

花も誇ることなく咲き、
蚯蚓は誰のため、などと云うことなく働き、
ヒトは……。

わたしたちは、
いまより、たとえ5mmであっても、
ひとりひとりが5mmずつ、
「欲」から離れたなら、それだけでも、
いまの地球をぐんとほっとさせることでしょう。ね。

きょう、母の家に行きました。
ことしは、母の庭にも、
朝顔のつるが巻きました。
花を、欲なき花を、母がたのしんでくれると
うれしいです。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月17日 (木) 21時00分

ふみこ様、皆様、こんにちは。
アスファルトの上のミミズとか、かわいそうですよね。なかなか助けられませんが、木の枝を箸替わりにしてつまんで、土のあるところに移してあげたことがあります。
その一方で、憎きネズミ!
金網カゴで捕まえてから水に浸けて殺していました・・・。
いくら昭和の主婦とは言え、私みたいに水責めしたりする女性はいたのかしら?

投稿: 昭和の人 | 2014年7月18日 (金) 18時43分

昭和の人 さん

こんばんは。

昭和のわたしは、
19歳の早春の日、
ひと日に6匹だったか7匹だったか、
ネズミと闘いながら、
ひとりで数人分の2回のごはんをつくったことがあります。
ネズミたちは、金網のネズミ獲りごと防火用水に沈めました。
讃美歌「主われを愛す」を歌いながら。

なつかしい思い出ではありますが、
あのときの感覚をよくよくおぼえているわたしは、
徒なる殺生のできぬわたしに、なったのだと思います。

昭和の……
 ふみ虫 より

投稿: ふみ虫 | 2014年7月18日 (金) 20時49分

ふんちゃん
こんにちは。
お返事のこと、こちらこそ、恐縮しております。
このところ、わたしのお便りが更新ギリギリになってしまっていたにもかかわらず、見つけてくださり、読んでくださり、ありがとうございました。お返事いつもほんとうに嬉しく拝見しております。

今日は、外は雷がゴロゴロドドドーン!激しい雨がザーッと降っています。
こどもたちの夏休みも始まり、なんとも賑やかな(騒がしい?)日となっています。

そんな中、ふんちゃんのお話を読み、土のなかを耕しながら静かに過ごしている蚯蚓たちに思いを寄せることが出来ました。ありがとうございました。
大切な、大切な土。大切な、大切な蚯蚓たち。いつもありがとうね…、と。

蚯蚓という漢字を、初めて知りました。虫偏なんだ…と驚きました。こどもの頃、『手のひらを太陽に』という歌を歌っていて、「ミミズだって、オケラだって、アメンボだって―」というところで、「ミミズって、虫の仲間だろうか、カエルの仲間だろうか、いや、ヘビの仲間かな?」などと考えていたことを、ふと思い出しました。それから、カタツムリを漢字で書くと虫偏(蝸)であることに驚いたときの記憶も一緒に蘇ってきました。
何の仲間なのか、ちゃんと調べないまま忘れてそれきりになっていましたが(蚯蚓の分類、教えて下さりありがとうございます)、いまになって『手のひらを太陽に』の終わりの歌詞が響いてきました。
「みんなみんな、生きているんだ、ともだちなんだ」

大切な、大切な蚯蚓さんたち、こんなわたし(ヒト)ですが、どうか仲間にいれてくださいね。
「蚯蚓ほどに、この世に、この土に、役に立つ生き方を…」ということばをこころに刻みながら、そう願いました。

ふんちゃん、白いだるまさんの兄弟(座って?いるのは、自転車で運ばれたあの、白い椅子ですね!)に、わたしの決意も、「よろしくお願い致します」と 伝言願えますでしょうか…?どうか、どうか…。

投稿: なこ | 2014年7月19日 (土) 17時37分

なこ さん

「こんなわたし(ヒト)ですが、
どうか仲間にいれてくださいね」
というのに、感動しています。

こんなわたしたちだけど……、
真面目にやっていけば、
引き離されてしまった蚯蚓さんたちとのあいだが
縮まるかもしれません。ね。

佳き夏にしましょう。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月19日 (土) 20時09分

ふんちゃん

 ミミズさん…。
 私は、虫という虫が苦手で、アリさんしか手に乗せられません…。
 昨日も、畑のブロッコリーについていた青虫を発見し、背筋が凍る思いになり、夫にそ~っと取ってもらいました…。
 子どもたちは、私のそんなおかしな素行を見て、大笑いをして、ほかの虫さんたちを私のところへ連れて来たりします。

 こんなんじゃあいけないなぁと思いながらずーっと時間が過ぎていました。ミミズさんやクモさんに日頃からお世話になっていることは知っているのに、こんな態度をとるなんて…と、頭では分かっているのですが、どうにもできず鳥肌が立ってしまっているのです(^^;)
 ふんちゃんが、ミミズさんのお話を書いてくださったおかげで、少しずつ、練習を始めました。目の前の虫さんが、ことばを話すとしたら、どんなことを言うかなぁって想像する練習…。そうすると、もう少し近しく感じられる気がしています(単純な私…)。
 何も同じことばを使わなくたって理解し合えたらいいのに…と、少し申し訳なくも思うのですが、そこは許してもらうことにしました(^^;)

 そして…、前回書いていた息子のゲームの話…。
 結局、家もふんちゃんとこの真似をして「対戦ものはだめ」というので折り合いをつけました。ホッとひと段落…。このゲームのおかげで、息子といろんな話ができました。6年生って、本当にいろいろ考えたり感じたりするものですよね…。対話をすることで、私自身もいろいろ考えさせられました。
 ふんちゃん…、ちょうどいい落としどころを見つけるきっかけをくださって、ありがとうございます(*^^*)

投稿: もも(^-^) | 2014年7月20日 (日) 06時05分

ふみ虫さま

自治会のお掃除ディの時
必ず、堂々とした蚯蚓に会います

ビックリするけど
耕してくれてるんやね!と思います。

新しい空気を入れて
風とおし良くいきたい。

だるまさんの兄弟
ふみこさんへのメッセージを
持ってきてるようですね!

投稿: 寧楽 | 2014年7月20日 (日) 11時25分

ふみこさん
大野です

香川県立盲学校 野球部 中四国大会で優勝しました!
全国大会出場です!
8月に神奈川県です

けいごも出ます〜(^^)

投稿: 大野 春 | 2014年7月20日 (日) 23時46分

もも(^-^) さん

わたしの場合は
長いこと、自分は虫が苦手だと
思いこんでいたんです。

そうでもないんだ、と気がついたときから、
虫と仲よくなってきて、
いまでは、みずから「ふみ虫」と
名乗るまでになりました。

へびなんかもそうで、
これはかなり好きなんだわと、わかりました。

好きでなくても、
相手の都合をほんの少し考えたりしながら、
見るというのは必要なのかもしれません。
でないと、こちらの都合ばかり考える
行き過ぎた虐殺者になってしまいますもの。

理解し合うというより、
ちょっとは折り合いをつけながら……
というくらいで。ね、ももさん。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月21日 (月) 12時38分

寧楽 さん

だるまのきょうだいのこと、
寧楽さんにそう云っていただき、
「メッセージって何だろう」と
ときめいています。
うちの白だるまのことを知っている
若い友人が、ある日手渡してくれました。
そんなふうに、自然にやってきてくれたのです。


投稿: ふみ虫 | 2014年7月21日 (月) 12時42分

大野 春 さん

おめでとう!ございまーす。
ばんざい、ばんざい、ばんざい!
それ、すごいことですよね。

この夏は、応援しなければ。

すばらしい夏になりそうですね。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月21日 (月) 12時44分

ふみこさん みなさん

こんばんは。

これから蚯蚓を見かけたら、
土の上にお連れしようと思いました。

わたしも”誰のためにと云うことでなく働けるヒト”に、なりたいです。
ついつい自分の働きを、認めて欲しくなってしまいがちなので。

大野 春さんへ

息子さんの学校の野球部の、全国大会出場、おめでとうございます!!
同じ球児の母として、とっても嬉しく思いましたー!!

我が息子の学校は、本日2回戦で惜しくも敗退。
明日からは秋の大会に向けて、新チームでスタートです。

全国大会、息子さんも出られるのですね。パチパチパチ!
応援していますねー!

投稿: みぃ。 | 2014年7月21日 (月) 21時14分

みぃ。さん

大野 春さんへのお祝いのことば、
応援のことば、「野球母」のみぃ。さんからいただけたら、と
思っていました。
それが、かないました。
感謝します。
どうもありがとう!ございました。

ただただ生えている、わたしになりたいなあと、
希っています。
たとえ雑草と呼ばれてもね、平気で。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月21日 (月) 23時03分

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