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2014年7月22日 (火)

オールド・スポート

 ことし3月に亡くなった父から、さいごに手渡された本が、これだ。『グレート・ギャッツビー』(スコット・フィツジェラルド)。

 父とわたしは、めんどうな父娘だった。

 あまりにも似ていたからだろうか、あまりにもちがっていたからだろうか ― そこはいまもほんとうにわからないのだが ― あり得ないような場面で火花が散り、ときどき疎遠になった。疎遠のあいだ、わたしは父のことばかり考えていたし、父のほうでも、おそらくわたしの存在をなかったことにはしていなかったはずである。
 本だけが、父とのあいだをとりもってくれた。
 めんどうなお互いのあいだに本が置かれるときだけ父と娘は、読書の同士となるのだった。ただし、「これ、読むか」と云って本を差しだすとき、父の瞳にかすかに優越感が宿るのを、わたしは見逃していない。が、それがわたしには心地よかった……。
(なんとめんどうな娘であることか、わたしは)。
 40年あまりものあいだ、互いに「これ、読むか」、「これ、読んだ?」と云い交わしてきたが、わたしが父に紹介できたのは作家では「武田百合子」と「上橋菜穂子」、「メイ・サートン」だけである。つまり、ほとんど父からの一方通行だった。

『グレート・ギャッツビー』のときも、父の目は光った。

「もちろん、これは読んでいような」というふうに光った。
 父に手渡された文庫本のカヴァには、映画化され2013年公開した(映画化はじつに5度め!/日本では「華麗なるギャッツビー」として公開)本作品で主人公ギャッツビーを演ずるレオナルド・ディカプリオが謎めいた表情で、こちらをじっとみつめている。
 父がわたしに寄越した『グレート・ギャッツビー』は野崎孝翻訳による文庫本(新潮文庫)だった。奥付を見ると発行は昭和496月。父がもとめたそれは平成25年3月の79刷のものである。この世に90年生きた父にとっての、おそらくは数冊めにしてさいごの『グレート・ギャッツビー』だったと思われる。
 いつものように「これ、読むか」と云って差しだしたとき、「サイコーだ」と父は云った。原作にも映画にも近づいたことのなかったわたしは、「サイコー」の意味を受けとめかね、「そう、なのか」と文庫本のカヴァのディカプリオとみつめ合った。
 父が急死したとき、通夜の棺とならび寝袋のなかで過ごした一夜、ひそっと胸の上でこの本を開いた。このときにはまだ、父の手から直接受けとったのが『グレート・ギャッツビー』であったことが腑に落ちないわたしだった。
 父はこの本のどこを「サイコー」と感じたのだろうか。

 それから間もない日のことだ。
 英文翻訳の師である翻訳家の高橋茅香子せんせいが、講義のなかで『グレート・ギャッツビー(The Great Gatsby)』にたびたび登場する「オールド・スポート」なることばについて話された。
「オールド・スポート(old sport)」。あれだ、と思った。
 父に手渡された『グレート・ギャッツビー』のなかで、ギャッツビーが口癖のようにくり返す「ああ、親友」、「もちろんですとも、親友」、「あのね、親友」というあれのことだ、と思った。「オールド・スポート」は1925年当時の英国人の云いまわしで、アメリカ人は使わない。ただしアメリカ英語に置き換えるなら「my friend」が近いのではないか、とのこと。

 さらに茅香子せんせいによると、作家村上春樹翻訳の『グレート・ギャッツビー』には、同じ呼びかけが「オールド・スポート」と、そのまま置かれている。
 そのときすでに『グレート・ギャッツビー』を読み終えていたわたしは、大急ぎで村上春樹翻訳の版(中央公論新社/村上春樹 翻訳ライブラリー)をもとめて、読んだ。訳者あとがきのなかに、2頁にわたる「オールド・スポート」についての記述がある。
                 *

 ご理解いただきたいのだが、僕はこの old sport 問題について、もう二十年以上にわたって「ああでもない、こうでもない」と考えに考えてきたのだ。そして二十年後に首を振りながら、これはもう「オールド・スポート」と訳す以外に道はないという結論に達したのである。決して努力を怠り、安易に原語に逃げたわけではない。「オールド・スポート」は「オールド・スポート」でしかなく、「オールド・スポート」以外のものではあり得ないのだ。僕はそう思った。大げさに言えば、そう腹をくくったのだ。
                 *
 短期間に異なる邦訳で2冊『グレート・ギャッツビー』を読んだことは、わたしに大きな収穫をもたらした。読書そのものもたのしかったが、それだけではない。力をもらったように感じた。サイコーだった。ところどころ ― これはわたしの読書の癖でもあるのだが ― 声に出して読んだ。
 父に云わなければならない。

 ありがとう……オールド・スポート。

 

Photo

2冊の『グレート・ギャッツビー』。
父は村上春樹翻訳『グレート・ギャッツビー』を
読んでいなかったと思います。
いや、書棚にもぐりこみ、
わたしよりも早く読んでしまったかもしれません。

 

 

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コメント

な こ さん

血縁のやっかいな一面に
気づかせてくれ、わからせてもくれた
父の存在でした。

わたしね、
いちばん慎重になっているかな、血縁には。
少なくとも、血縁だから「きっとうまくゆく」とは、
考えていません。
愛しさを、切れぬようにそっとそっと紡ぎながら。


投稿: ふみ虫 | 2014年7月29日 (火) 09時30分

のり さん

わたしの書架の奥、
ガラス扉の内側で「茨木のり子」が
微笑んでいます。
ことし4月ー6月に開かれた「茨木のり子展」
(世田谷文学館」のリーフレットです。
とてもやさしい笑顔。
裏表紙は考える目。

それをじっとみつめる、
こちら、そんな朝です。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月29日 (火) 09時26分

ふんちゃん

あまりにも似ているからか
あまりにもちがっているからか
有り得ないような場面で火花が散る
でも、疎遠になっているとき、いつも父のことを考えていて…

ふんちゃんとお父様との、こうしたお話しを読むうち、そう、そうなんです、と頷きながら、胸のなかに共鳴するものを感じていました。
わたしの場合は、母と、でした。そう、めんどうな母娘。親子の間の、機微、とでもいったら良いのか…うまく言えませんが、通じあうのはなかなか、難しかった。(と、わたしは、思っていました。)
それなのに、ぶつかっても疎遠になっても、ふとしたきっかけでまたその存在を近くに感じたり、確かに受け継いでいるものに気付かされり…。不思議ですね。


ご紹介くださった『グレート・ギャッツビー』。
「オールド スポート」ということばが持つ独特のニュアンスに触れてみたいと、とても興味をひかれました。ぜひ読んでみたい、と思いました。そして、自分なりの「サイコー!」をみつけられたらなと、新たな読書を楽しみにしています。(週末に探して来ます!)
ふんちゃん、今週もありがとうございました。

投稿: な こ | 2014年7月29日 (火) 07時54分

ふみこさま。今晩は。のりです。

みなさまのコメントを読んでいて、
ふと、茨木のり子さんの詩集が読みたくなり開くと
『自分の感受性くらい』『倚りかからず』に、
心がはまってしまいました。

今夜はそんな夜です。

投稿: のり | 2014年7月28日 (月) 21時48分

みーこ さん

自分の書架をのぞくと(蔵書の数は多くありませんが)、
ひとからすすめてもらったものもならんでいて、
その縁(えにし)の不思議を思わされます。
縁あってここにあるという不思議さです。

みーこさんも、いつか、
おすすめの本をおしえてくださいね。
お待ちしています。


投稿: ふみ虫 | 2014年7月28日 (月) 19時12分

「この本はいいよ。」
時に、そんな風に本を勧められることがある。そんな時、どうして私にこの本を勧めてくれたのだろう、共有したい面白さは何だろう(勧められたという行為を共有したいからでは?ととらえてしまう)と考え、プレッシャーを感じながら本をめくってしまうようなところがある。
そして読み終えた時、自分にとって興味深い内容でもそうでないときでも、こんな風に私のことを感じてくれていたのか……と自己評価したりして、なんだか読書のなんたるかを逸脱していますね。
でも、その中で琴線にふれるような感動と出会ったとき、本を勧めてくれたその人との間に、強い絆が結ばれたような気になります。オールド・スポーととまでは言わなくても、仲間が増えたような気持ちになり、繋がっていることへの喜びを感じます。
私も父から本を勧められたり、本の素晴らしい内容を意気揚々と話してくれるようなことがありました。感動を共有するときでも、でもここは……と、自論を父に展開するときも、なんだか嬉しそうだったなあ……
ふみこさま本はいいですね。読書って素敵です。

投稿: みーこ | 2014年7月28日 (月) 14時49分

えぞももんが さん

投函するも「失敗」というの、
どうしてだろう……。
「広場」に不具合が生じたのだろうか、と
心配です。
ありがとう、何度も(という気持ちです)。

「sport」はスポーツと、
語源を同じくしています。

ロバート・レッドフォード。
「スティング」が観たくなりました、久しぶりに。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月27日 (日) 18時53分

みゅー さん

届かなかった3通と、
このたびいただいたのと、
おたよりたくさん、どうもありがとうございました。

父から渡された本で、途中になっているのに、
フィンランド国民的叙事詩『カレワラ』(上下巻)
があります。
いっぺんにはとても味わえないので、
少しずつ読んでゆこうと決心しています。
この本について語り合えなかったのはまずかった……。
と、思うんです。
いっそ、子どものころ読み聞かせてもらったように、
読んでもらえばよかった。

本があるおかげで、
父とのつながりはある意味において、
深まってゆきます。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月27日 (日) 18時45分

ふみこさん こんにちは

私も みゅーさんと同じく 投稿したつもりが・・・失敗
再度挑戦です。
尋常じゃない暑さのようで 心配しています
焦げていませんか?

オールド・スポートはold sport と綴って
「親友」という意味なのですね
お話を聞きながら もっと 英語を身近に
できていたら・・・と つくづく思いました。

少し前に  「赤毛のアン」の翻訳でbosom friend を
村岡花子さんは “腹心の友” と訳し 
掛川恭子さんは “宿命の友”と訳していたのを比べたことがあり
そのことを 思い出しました。

華麗なるギャツビー、私はやっぱりロバート・レッドフォードを
思い浮かべます。その流れで 「追憶」につながってキュンとなります。

 

投稿: えぞももんが | 2014年7月26日 (土) 15時55分

こんにちは、ふみこさん、みなさん、お元気でいらっしゃいますか?

ジリジリと焼けるような暑さですね。
何度か投稿したつもりでいたのですがうまく投稿されてなかった・・・あらあら!おっちょこちょいな私です!3度も失敗(笑)

ふみこさんとお父様の本を通しての素敵な関係がとても羨ましい限りです。

私も自分の息子や娘と、たくさんある絵本や本を通して、何か繋がりあえたらいいなと思います
本ていいものですよね…
それに海外の本の場合は
訳をする方によってもさまざまな顔をみせてくれますよね。
そして挿絵によっても
いろいろな世界が広がります。


ふみこさんの世界、私はとても好きです…
いつもありがとうございます


投稿: みゅー | 2014年7月26日 (土) 13時52分

もも(^-^) さん

「オールド・スポート」は、
ギャッツビーの人物像をあらわすことばではありますが、
本作品ちゅう大事かというと……。
村上春樹がことばとして、翻訳するにあたりこだわった対象と
いうことになるかと思われます。
『グレート・ギャツビー』も、
わたしがここにときどき置いてゆく本も、
受けとり方はそれぞれです。

ときに『グレート・ギャツビー』は、
「どこらあたりがサイコーなの?」
「ね、どこ?」
という読み手が少なくはないのじゃないかな。

読書とはそういうものだし、
また、読む時期(年齢)によっても読後感は
大きくことなりますもの。

わたしは、
「どこらあたりがサイコーなの?」
「ね、どこ?」
という渦が巻き起こることを期待し、
なんだかわくわくしているんです。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月26日 (土) 09時06分

ふんちゃん…

 すみません…。
 「かもめのジョナサン」完全版ではなく、完成版でした。
 ちょっとした違いのようで、
 けっこう違うことだよなぁと思って…。

投稿: もも(^-^) | 2014年7月26日 (土) 08時26分

ふんちゃん

 「グレートギャツビー」は、村上春樹訳のものが家にあります。
 夫が、村上春樹好きなので、家にやってきたようです。
 眺めながら、手にしたことのない本の一つでした。
 ふんちゃんのお話を読ませていただいて、どちらの訳のものも、読んでみたいなぁと思いました。
 「オールド・スポート」
 きっと本の中では、大事な大事なことばなんですね…。
 その大事さを感じたい…。
 
 最近、「かもめのジョナサン」の完全版なるものが出ました。
 これもすぐに家に来てもらいましたが、まだ読めていません。
 じっくりと本の世界に入って感じ入りたいのに、最近、自分の時間だな…と思える時間が、細切れで実現できずにいます…。
 
 どこかで編み出さないと…と思っています。
 今回も、ステキな本を教えてくださってありがとうございます(^^)

投稿: もも(^-^) | 2014年7月26日 (土) 05時47分

おきょうさん さん

この夏は、忙しくなりそうです。
機嫌よく過ごしたいです。

初盆。
8月にそっと……と考えています。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月25日 (金) 09時25分

さのまる さん

「なんぎ〜」

ちょっと愉快で、救われることばを
おそわった感じです。
ずれること覚悟で、使ってみよう。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月25日 (金) 09時23分

ゆるりんりん さん

変えるとしたら、まず自分を変えることを
考えなければ……。
と、気がついてみずからに云い聞かせてから、
ちょっとひととの関係が、
ゆるく編まれるようになりました。

受けいれる。
これは、わたしのつぎの段階。
先は長いです。

ありがとうございます。


投稿: ふみ虫 | 2014年7月25日 (金) 09時20分

どりす さん

おはようございます。

血縁のある相手に対しては、
「血」を超えたいと思い……、
そうでない相手には対しては、
(地球という星の上の)同時代の「血」を
思いたい……。

そんなことを考えながら生きています。

佳いきょうを、マイ・フレンド!

投稿: ふみ虫 | 2014年7月25日 (金) 09時16分

ふみさま~。みなさま。おひさしぶりでございます。

なんだかこの梅雨明けの時期は毎年毎年
体調不良が回復したと同時に
猛烈に忙しくなってしまう日々で。

ふみさまや皆さまの語らいを、
久ぶりに読ませていただけました。

華麗なるギャツビー

なんだかお父様の最後を飾るにふさわしいふみ様への贈り物ですね。

私も夏の課題図書にしようかな~

この夏はやりたいことと、やらなくてはいけないことがたっぷりあるのですわ。

走り過ぎは熱中症になってしまいますので

ホッのお茶タイムをふんだんにとりいれながら、
かけぬけます。

ふみさまはどんな夏になるのかな?

初盆は7月に終えられたのかな?


それともこれから8月なのかな?

父のときの初盆

娘2人もいっしょにちょうちんでお迎えに行って・・・

お仏壇の横には綺麗な回る提灯をかざって。

霊的な現象はなにもなかったですが、
なんとなく不思議な気持ちの夏だったのを

そしてとても素敵な夏だったのを

よく覚えております。


投稿: おきょうさん | 2014年7月24日 (木) 22時55分

ふみこさま こんばんは

村上氏の「オールド・スポート」についての記述を読んで、
私の地元の方言の「なんぎ~」(難儀?)を思い出しました。
体の具合が悪い時などに、「なんぎ~」と言うのです。
「しんどい」に似ているでしょうか。
でも、「なんぎ~」に含まれる(貼りついている)微妙な感じは、
私の語彙の少なさもあって
「なんぎ~」としか言い表せないのです。
遠い昔、高校生の頃に、「なんぎ~」を翻訳すると…?と
なんぎくなるたびに考え続け、あきらめました。
「なんぎ~」は「なんぎ~」でしかなく、
「なんぎ~」以外のものではあり得ないのだ。 なーんて。

当たり前のように使っている言葉について
ちょっと考えている今週です。
(先週は、蚯蚓のこと考えてました。)

そして、お父様とふみこさんが、何をサイコーと思われたのか、
気になっています。
『グレート・ギャッツビー』 読んでみたくなりました。
そして、カズオ・イシグロも…。


 

投稿: さのまる | 2014年7月24日 (木) 22時16分

ふみこ様

父とわたしのつながり、
いいえ・・・
つながらないままでいいんだなと
すとんとわたしの中に入ったところです。
「変えられることを変える勇気と、
 変えられないことを受け入れる心の寛さと、
 変えられるものと変えられないものを
 見分ける叡智を与えてください」
(神学者ニーバーさんの祈りの言葉)
これを読んだ時に
変えようとする勇気ばかりのわたしだったなと反省。
わたしは変えられないことを受けいれる心の寛さを
もらったのだと気がついた瞬間、
父の子どもとして生まれた理由がわかったような、
この世に生まれてきた課題、
修行の意味が見えてきたような・・・
不思議な感覚がしています。

そういうことだったのかと
汗をかきかきお散歩へ。
本屋さんへよって
「グレート・ギャツビー」みつけました。
読んでみます。

投稿: ゆるりんりん | 2014年7月24日 (木) 17時54分

「オールド・スポート」・・・頼もしく、素晴らしい言葉を
教えていただきました。
出番の多い日々だとサイコーです。
学生の頃、「ありがとう」と言うお尻に、
「マイフレンド!」と付けてよく会話していました。
くすぐったく、嬉しい響きでした。
改めて思いますが、「言葉」は偉大ですね。
大好きです。 見るのも、聴くのも。
ふみこさまと、おとうさまの関係は不思議ですね。
血だけではなく、人としての繋がりが粋で魅かれます。
たくさんの男兄弟の中に育ち、「女の子誕生」に夢を馳せていた
私の父が、初めてくれた本は「若草物語」でした。
でも、次は「トムソーヤの冒険」「十五少年漂流記」^^;
冒険好きの種をもらったかんじです。

投稿: どりす | 2014年7月24日 (木) 13時01分

あすちるべ さん

まあ、「for you」をね、お父さまが……。
こんど、ひとりで静かに聴いてみます。

たのしみというか、
目標ができました。
夏の宿題。


投稿: ふみ虫 | 2014年7月23日 (水) 22時09分

rantana さん

rantanaさんの前に、タイミングよく
やってきたとき、読んでみてください。
きっと、そんなときがめぐってくると思うんです。

「いま」でなかったら、わたし、
サイコーとは思えなかったかもしれないのです。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月23日 (水) 22時07分

ぽんぽん さん

本の世界をそぞろ歩くたのしみ、値打ちを
知ることは、とても……人生を助けます。ね。

でも、いつ知るのでもかまわない。
たとえ半世紀生きたあとでも、
還暦を過ぎてからでも。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月23日 (水) 22時04分

佐々木広治 さん

『わたしを離さないで』
ちょっと、近づけないでいました。

読みます。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月23日 (水) 22時00分

たまこ さん

オールド・スポートね。
スポットではなくて。

「意識的に休む日日」ね。
それは大事。
……意識的にね、なるほど。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月23日 (水) 21時57分

野生寄りさん

母は、いつも父寄りです。
子どものころからそうだったので、
どうということもないのですが、
父と離れる時期は、母とも離れることになるのでした。

はっきりしているでしょう?

投稿: ふみ虫 | 2014年7月23日 (水) 21時54分

佐々木広治 さん

父は、「上橋菜穂子」について、
口では何も云いませんでした。
毎年1冊ずつつけていた黒い手帖に、
書いてあるのじゃないかと思います。
が、わたしにはそれを見ることができない……。
そのまま、そっとしておきたいのです。
そのなかみは知りたくないし、
また、知ってはいけないような気がして。

投稿: ふみ虫 | 2014年7月23日 (水) 21時52分

ふみこさま こんにちは

本を紹介しあえる親子関係ってうらやましいです。
父に買ってもらった本で一番覚えているのは、10歳の誕生日に、なぜか、シートン動物記の『おおかみ王ロボ』でした。動物は祖父がセキセイインコ飼っているだけの動物にはあまり縁のない家だったのに、何故、誕生日にこの本だったか…。でも、今すぐには出せませんが、実家の荷物を片付けた時、この本とあと何冊かはこちらに持ってきて、クローゼットの奥深くの段ボールの中に眠っています。

子どもの頃は、身近に書店がなかったので、時々買ってきてくれる本は楽しみでした。後で取り出して読み直します。

父とはオールド・スポートと呼べる関係ではなかったけれど、父が好きだった曲をテレビやラジオで聴くといまだに胸に刺さります。
(高橋真梨子さんの『for you.... 』です。病気の関係もあったのでしょうが、この曲を聴くとなぜか涙をぽろぽろとこぼしていました。何があったんだ?父さん。お葬式の朝、家族だけになった少しの時間、高橋真梨子全集を棺の前で流して聴いていました。母も「なんでやったんかなぁ」とこの曲を聴いて最後まで言っていました。

投稿: あすちるべ | 2014年7月23日 (水) 17時43分

ふんちゃん

お父様のおっしゃるとおり、グレート・ギャツビー、サイコーだったのですね?
わたしは、読んだことがないままです。
ロバート・レッドフォードが大好きだった高校生の頃映画を観て、憤慨した思い出があるだけで、遠ざかっておりました。

力がもらえたのですね。
サイコーの、ひとかけらが、オールド・スポートということばにあるのかぁ。
わたしも読んで、なるほど、と思ってみたくなりました。

遅まきながら、『いのちの初夜』を読みました。
周回遅れを楽しみながら、たどらせてもらっています。

投稿: rantana | 2014年7月23日 (水) 08時45分

ふみこ様 皆様
おはようございます。

本でのお父様とふみこ様の繋がり。とても素敵だなぁ…って以前から思っていました。
私は昨日、チビに夏休みの読書のために2冊ほど本を選んで与えてみました。

基本的には、本人が好きなものを読めばいいと思っていますが、
たまには、「こんなのもどう?」的な感じで。
絵本は好きな子ですが、読み物はまだまだ始まったばかり…
なかんじなので、絵だけでなく活字で楽しむ本の世界の楽しさを味わえるようになるといいなぁ…と思います。

空想やごっこ遊びが大好きな彼女だから、はまったら読書はいい遊びになると思うのですけど…。
どうなりますかね…?
楽しみです。

投稿: ぽんぽん | 2014年7月23日 (水) 08時27分

追伸。


ふんちゃんやみなさまに、「これ読んだ?」とぜひお勧めしたい本があります。

カズオ・イシグロのわたしを話さないで。
読んだ方もいるとはおもいますが。
おもしろいはおもしろいのですが、これからすごく重要になってくるテーマだなと。

投稿: 佐々木広治 | 2014年7月23日 (水) 04時58分

ふんちゃん皆様こんにちは。
今回はオールドスポット。
毎回考えなせられるお話ですね。

私のオールドスポット達は元気かな〜
働くようになってますます考えます。
ふんちゃんのブログに遊びに来るように
なって1年以上。もっともっと長い長いお付き合いを
していきたいので、
オールドスポットになれたらいいな。


また久しぶりに再開できたときに
心をすっきり会えるように
意識的に休む日々を過ごしています。

投稿: たまこ | 2014年7月22日 (火) 20時03分

こんにちは

娘と夫は顔も性格もよく似ていて、とてもめんどうな関係です
間で私が二人をとりもつような言動をするものですから、もっともっとめんどうに絡まってしまいます 
知らん顔してほうっておけばいいのかもしれませんが、不安になってついつい間をうろうろ、オロオロ、ハラハラしてしまうのです
ふみこさんのお母様はどんなお気持ちでいらしたのでしょうか

一昨日退院し自宅療養中の娘と夫をとりもってくれているのは本ならぬシリーズ「ドクター ハウス」のDVDのようです
 
お父様とふみこさんの素敵なやりとりを思いながらギャッツビーを読んでみようと思いました

投稿: 野生寄り | 2014年7月22日 (火) 11時42分

ふんちゃん。


グレート ギャッピー読みました。
数年前ですが。
なんとなく、嵐が丘をおもわせます。
謎めいて、最後まで謎解きがされないところだとか。


お父様は、上橋菜穂子をどうおっしゃったのか興味があります。

投稿: 佐々木広治 | 2014年7月22日 (火) 10時33分

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