夏の記憶③(2014年)
8月△日
夏、汁ものばかりつくっている。
暑さのなかこそあたたかいものを摂ろうというわたしの考えと、台所で待機している夏野菜の合作スープだ。
母がその昔、夏になるとこしらえた「畑の宿がえ」も、スープだった。夏の畑の野菜たちがうちの鍋に引っ越してきたみたいなその呼び名も、スープそのものも大好きだった。でっかいスープ皿にたっぷりよそってもらう。大きなスプーンにご飯をちょっぴりすくいとり、それをそーっとスープに浸しながら食べるのが気に入りだった。さらりとしたリゾット。子どものころはリゾットなんて知らなかったから、「こっそりおじや」と呼んでいたのだったなあ。
ところで、わたしが昨夜つくったのは洋風のスープだった。
玉ねぎ、長ねぎ、にんじん、大根、トマト、とうもろこし、ピーマン、茄子(皮を剥いて)、じゃがいも、しいたけ、いんげんが入った。昆布10cmとベイリーフを2枚入れた。塩味。野菜たちの力、とくにとうもろこし芯のだしの力に頼んでのスープだった。
やすむ前、残ったスープを耐熱のボウルに移して、冷蔵庫におさめた。
「また、明日」
8月△日
「おはよう」
「なんだか胃が重い」という二女の前に、あたためたスープを具なしで置く。
「ああ、こういうのが欲しかった。うれしや」
と、感謝されたけれども、じつは前の晩のスープをボウルから汁だけすくって、あたためただけの滋養だ。
二女を力づけたあと、スープは具(野菜)ばかりになった。わたしはそれを鍋に移し、だし汁を注ぐ。今度のだしは昆布とあごでとったもの。炒めた茄子と長ねぎ、油揚げを加えて味噌汁に変身す。
昼は、この味噌汁とおむすび。
味噌汁が残ったので、夜はほどよく水を注ぎ、豚肉、キムチ、豆腐を加えてチゲとして食べる心づもりだ。
8月△日
磯田和一さんが亡くなった。
画家として、絵本作家として親しんできたわたしだが、ほかにもきっとたくさんのお仕事があったことと思う。磯田和一さんがこの世にあることがうれしく、安心していた。
「皆様には磯田和一共々、いつもたいへんにお世話になっております。昨夏から闘病を続け、何度も苛酷な手術やICUでの辛い処置を耐え抜いて、最近では少しずつリハビリも頑張って、復帰を目指していた磯田和一でしたが、とても残念なことに8月4日(月)朝8:38に心臓が尽きて、息を引きとりました。(中略)私も、身内も、周囲の皆も、磯田さんの笑顔や冗談に明るい気持ちをもらえる日がまた、遠からず訪れると信じていました。『また 明日 来るね』 『うん!』と手を振って病室を去ったのが最後の夜となってしまいました。(後略)」
磯田和一さんのパートナーで、わたしの大事な友人でもあるひらいたかこさんから、訃報はファクスで届いた。ひらいたかこさんはパソコンを使わないと決めているから、やりとりはいつも郵便だ。このたびはファクスだったが、いつもの気持ちのいい書き文字であり、右上にわたし宛のメッセージがあり、磯田さんがわたしの本を見てくださっていたこと、共感してくださっていたことなどが記されていた。
「磯田さん、磯田さん」
大事なひとが逝ってしまった寂しさが胸を締めつけ、泣きそうになったけれども、そんな場合ではなかった。二女と三女を呼び、ふたりの前でひらいたかこさんのおたよりを読み上げる。長女にはメールで知らせた。
このうちの子どもたちは3人とも、磯田和一さんとひらいたかこさんの絵本に育ててもらってきた。そのお礼の気持ちをお伝えしなければ、と思った。
告別式に長女と二女とわたしの3人で参列し、お礼を申し上げる。
「磯田さん、どうもありがとうございました」
帰り道、先月(7月)、皆で磯田さんの絵本『サンタ・ハウスのサンタたち』の絵本を開いて、たのしんだ夜を思いだした。
「ここは サンタ・クロースが すんでいる サンタ・ハウスです。サンタ・クロースは ひとりだと おもっていた きみたち。 じつは サンタ・クロースって、こんなに いるんだよ」
という書きだしの物語。
その夜、わたしたちは自分がサンタ・クロースのひとりになって、おもちゃづくりに大忙し!のつもりになった。サンタ・クロースたち(おばあさんサンタもいます)はのんびりたのしくやっていて、もうすぐクリスマスというときになって、あわてておもちゃづくりにとりかかる……。
誰がどうして夏の夜に本棚から引きだしてきたものか、しかしたしかに7月のクリスマスは、あったのだ。
『サンタ・ハウスのサンタたち』
(磯田和一 作・絵/佼成出版社)
こちらは『東京23区でてくちぶ』
(文・絵 磯田和一/東京創元社)。
磯田和一さんが歩きに歩いてみつけ出した東京
イラスト・ルポです。
ひらいたかこさんとの共著、
「ヨーロッパ・イラスト紀行」のシリーズは、
わたしの宝もの。
旅の佇まいが素朴で実直。
旅の、日常生活の、手本になります。
絵も文章も魅せる、読ませる!のです(東京創元社)。
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コメント
ふみこ様
そうなんですね、磯田和一さんが・・・
わたしはイラストやエッセーが好きなので
本屋さんへいくと必ずそのコーナーへ行きます。
磯田さんの本はいつもそこで待ってくれていて
優しくていいなあと思っていました。
絵本のコーナーへ行くと
12月になると必ずサンタさんシリーズが
目立つように置かれています。
さびいしいです。
先日ふみこさんがすすめてくださった
村上春樹さん翻訳のグレート・ギャツビー読みました。
ふみこさんがドキッとしたり、
わくわくしたこと伝染しました。
野崎孝さん翻訳のを読んだ時は
研究することがたくさんある文献という感想でした。
ところが今回読んだのは
心にぐいぐいと入ってきた物語です。
翻訳の力ってすごい。
自分に合った翻訳に出会うと
同じお話しなのにこんなに影響力が変わるんですね。
「自分の愛を全て捧げても変えることのできないことがある。」
「まじめに生きてきたのに人生に裏切られる経験も来る。」
その時、あなたはどうありたいですか?
そういう問いかけが含まれているんですね。
だから何回も映画になるんだと思いました。
二冊を続けて読んだことで、心が深く耕されました。
人の話しを聞いた時、
何かの出来事にあった時に、
それをどう翻訳して受け入れるかで
人生の質が変わっていくってこと、教わりました。
ふみこさん、ありがとうございます。
投稿: ゆるりんりん | 2014年8月12日 (火) 10時44分
ゆるりんりん さん
ああ、なんだか、
ゆるりんりんさんとふたりで、
夏の旅をしたような気持ちです。
『グレート・ギャッツビー』ありがとう。
読書の世界への旅という意味でも、
わたしたち、冒険をしたし、
大きな経験をものにしました。ね。
えへへ(自己満足)。
ふ
投稿: ふみ虫 | 2014年8月12日 (火) 12時06分
ふんちゃん
だれでも必ずいつかは逝ってしまうのだと、理屈ではわかっていても
そのしらせを聞くと、胸がしめつけられてしまいます。
磯田さんのことは、存じ上げず。
存じ上げなくても、心を打つ訃報でした。
ふんちゃん、お力をおとされないよう。
そして、ここでおしらせいただき、ありがとうございます。
なので、わたし旅の絵本シリーズを読みます。
出会いのきっかけは切ないですが、旅の佇まいを訪ねに行きたくてたまらなくなって。
投稿: rantana | 2014年8月12日 (火) 17時47分
ふんちゃん皆様こんにちは。
ああ、なんだか心温まる絵本ですね。
とても優しい気持ちになれる本です。
載せてくださり、ありがとうございます。
さて、私は社会人として初のお盆休み。
お盆前最後の日はとても綺麗な日で
夕日が綺麗で、たまってた仕事も片付き…。
こうやってこの日をちゃんと迎えられて幸せだな、と。
私、働いてからの4ヶ月。
自分が自分でよかったと思いました
投稿: たまこ | 2014年8月12日 (火) 18時38分
rantana さん
この世ではお別れですが、
「そのひと」の仕事は残り、
余韻も残り……友情は残ります。
再会したとき、
磯田さんに、
「たくさんの皆さんにご本を
紹介しましたよ、よろこんでもらえました」
と報告しようと思います。
それから、棺のなかの磯田さんが
ハンサムだったことも伝えたい。
「おしゃべりがたのしい」
「機嫌がいい」
「愉快」
ということばかり感じていて、
眠っている磯田さんがじつはハンサムだったことに
はっとしたのでした。
ふ
投稿: ふみ虫 | 2014年8月13日 (水) 10時56分
たまこ さん
お疲れさまでした。
よく、ここまでがんばりました。
ぎゅっと抱きしめてあげたいくらいです。
たのしく、穏やかに
休養し、遊んでくださいね。
ふ
投稿: ふみ虫 | 2014年8月13日 (水) 10時57分
こんばんは。
夕立が過ぎて 少し涼しい風が吹いてきました。
磯田和一さんの 『サンタ・ハウスのサンタたち』今 届いて 読み終わったところです。
優しい 楽しい絵本。
子どもたちには 間に合いませんでしたが(笑) いつか 孫が生まれたら 一緒に 読みたいな。
投稿: まきはや | 2014年8月14日 (木) 19時20分
まきはや さん
おはようございます。
わたしが申すのもおかしなものですが、
早速『サンタ・ハウスのサンタたち』
注文して、読んでいただいて、
ありがとうございます。
8月のクリスマス。
メリー・クリスマス。
ふ
投稿: ふみ虫 | 2014年8月15日 (金) 05時39分
ふんちゃん
ふんちゃんの真似をして、私も「畑の宿がえ」スープを作りました。
作っている時は、ワクワクし、家族と食べている時は、スープが体に染みるようでほっこりしました。
おかげで、みんな元気になった感じです。
たくさん作ったので、次の日のお昼にも出しました。子どもたちと一緒にパンを作って、一緒に食べました。
こうして、ふんちゃんのおかげで、家族と暮らしを愉しむということが私の幸せとなりました~(*^。^*)
磯田和一さん…、絵本はあちこちで見ているはずなのに、初めて知りました。これから読んでみようと思います。愉しみです。
投稿: もも(^-^) | 2014年8月16日 (土) 05時59分
ふみこ さん
おはようございます。
磯田和一さんのこと
もしかすると 絵をどこかで
目にしていたかもしれないのですが
存じ上げませんでした。
今 磯田さんの絵を 見てきました(検索で)
特に 建物の絵の線 こういう線が とても好きだなぁ・・・そう思って帰ってきました。
わたしも 「サンタ・ハウスのサンタたち」を図書館に
予約しました。
8月のメリークリスマス
今朝はもう 窓を開けていると 肌寒い風が入ってきます
ふみこさんの 真似をして 夏野菜のスープ作ります。
お体 大切に 無理せず お過ごしくださいね。
投稿: えぞももんが | 2014年8月16日 (土) 06時18分
もも(^-^)さん
おはようございます。
わたしは、ももさんと
ももさんのお子さんたちが焼かれたという、
そのパンに気持ちが持ってゆかれました。
なんて、なんて、たのしい光景!
ビシソワーズ(ちょっと書いてみたかった)、
「じゃがいもの冷製スープ」をつくりました。
こんなになめらかでなくても、
おいしいのじゃないかな、と思いました。
(自分ではなめらかにつくったつもりだったのですが、
家人に「こうして、ちょっとじゃがいものかけらが
あるとことがいい」と云われました)。
ふ
投稿: ふみ虫 | 2014年8月16日 (土) 09時02分
えぞももんが さん
台風11号は、北海道にも寄って、
ひと暴れしたでしょう?
日本列島のかたちに沿って、
ある意味律儀だと、思いました。
これ以上の台風が今期、もうやってきませんように。
両方の実家に、
ビシソワーズをつくって届けようと思います。
わたしって、○○のひとつ憶えなんですよね。
東京にも、秋の気配が忍び寄ってきています。
夜は、虫の声でいっぱいです。
ひぐらしを待っています。
ふ
投稿: ふみ虫 | 2014年8月16日 (土) 09時06分
ふみこ様
お久しぶりです。久しぶりに、ここにきました
やっぱり、ここは、いいなと思いました。
毎日、てんてこまいでした。
ゆるりと、生きるのも大事なことだと思いました。
今日は夜風が涼しいです。
投稿: ゆきたん | 2014年8月18日 (月) 19時08分
ゆきたん さん
てんてこまい。
そんななか、お会いできてうれしいです。
こちらも、てんてこまい。
(そうでもないけど、云ってみました)。
夏の締めくくりですね。
ふ
投稿: ふみ虫 | 2014年8月18日 (月) 22時10分
ふみさま
こんにちは、初めまして。 アメリカ西海岸からこのページにたどり着きました。
7月5日に日本で父をなくしました。父を傷つけてしまった若い頃のこと、お父ちゃまと呼んでいた子供の頃のこと。。。
何かどこかに救いの声が聞きたくて、「お父ちゃま」と検索したら同じくお父ちゃまをなくされたふみさんのブログページに。そしてそこからこちらに。
私はふみさまのように伸び伸び父と付き合えなかったのでした。言いたいことも素直に言えませんでした。
そんな夏が終わりかけ。。。秋の気配が感じられます。切ない思いが残っています。
こちらでほーっと癒されました。
リンリン
投稿: リンリン | 2014年9月 4日 (木) 11時15分