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2014年12月 2日 (火)

新種の現実

「もしもし、あのね。水曜日の入浴は衝撃的だったのよ。あっという間の出来事だったから、ほんとはあとから衝撃的だったわーと、気がついたんだけどね。でも、とても気持ちがよくてね、楽だったの。ありがたいわよね」
 夕方電話をかけてきて、母は云った。
 この数年のあいだに母は、話し方がゆっくりになった。ことばを探し探し、ゆっくり穏やかに話すのを見ながらも、またかつてのように、きびしい口調でわたしをたしなめたりするのではないかと、どきどきしていた。が、そういうことはなかった。それを「さびしい」と書きたいところだが、わたしは諸手を上げて万歳!している。薄情な娘。
 薄情娘は思っている。
 −−−もう、今生で母に叱られることはない。万歳! これは卒業か?

 母は
11月半ばから、週に4日、近くのデイサービスセンターに通いはじめた。10月に母がふらっとして倒れ、検査入院したのがきっかけだった。すでに弟のお嫁のしげちゃん立ち会いのもと、母は介護保険の認定を受けていたのだけれども、わたしたちはなかなかその先の一歩を踏み出せないでいた。
 母の入院中、しげちゃんとわたしは、デイサービスセンターの見学、ケアマネージャーさんの決定、ケアプランの作成、あたらしい生活に対応するべく母の衣類を整理したりした。

「デイサービスセンター、勘で決めたよ。まず見学しようね」(ふ)

「うふふ、勘が大事です」(し)

「(病院に)お見舞いに行くと、おかあちゃまが『脱走する!』と云われるんです。どうしましょう」(し)

「そりゃあ大変。ふたりそろって行って、脱走は阻止しよう!」(ふ)

 病院にも見舞い、あちらこちら走りまわりながら、しげちゃんとわたしがともにあたらしいことをおもしろがれる余裕を持っていられたことが何よりうれしい。これまでは、ふたり別別に母のもとをに出かけており、「ふたりそろって」という機会はほとんどなかった。帖面を1冊用意して、その日の出来事、気がついたことを記すのと、携帯電話のメールを使って連絡をとり合っていた。母の生活を見守る頻度を少しでも上げたかったのだから、仕方がない。

 母の入院中、わたしたちはほとんど一緒に動きまわり、一緒に考えこみ、一緒に困って、一緒に決断した。先のことはわからないけれど、きっとこの先も一緒に動きまわり、一緒に考えこみ、一緒に困って、一緒に決断するだろうと思う。ひとりきりでなかったことに、心底感謝した。ひとりだったら、デイサービスセンターまでの道すがら泣いちゃっていたかもしれない。少なくとも、病院で母に「脱走する!」と云われたとき、あんなふうに大笑いなんかできなかった。
 何もかもが初めてのことであり、母の置かれた立場や、奥底に隠れた思いを想像すると、何とも云えない気持ちになり、ややもすれば暗い穴に落ちこんでゆきそうだった。

 退院した母は、その日のうちにデイサービスセンターに見学に行き、ケアマネージャーと面談し、デイサービスセンターのセンター長の
Hさんと面談し、その傍らでしげちゃんとわたしはどんどん契約書にサインした。
 3日後の朝、デイサービスセンターのマイクロバスが迎えにきた。
 初日には、「なぜわたしがそんなところへ行かなくてはならないか」と云って抵抗したり、もっと単刀直入に「行きたくありません!」と叫んだりしても不思議ではない。そんなことをひとからも聞かされたし、ものの本でも読んでいた。それでわたしは腕まくりして−−−母を無理矢理バスに押しこもうとしたわけではない。が、なぜ腕まくりをしたのかは……、わからない−−−母を見ていた。母は、なんだか知らないが、白粉をはたき、ちょっとすましてバスに乗りこんだ。わたしはと云えば、新種の現実のただなかに立っていた。

 きょうで、母のデイサービスセンター通いがはじまって
17日。
 週一回の入浴サービスもはじまり、掲出の電話口での「衝撃的」との……、「楽だったの」との感想になった。わたしはまたしても、新種の現実のなかに放りだされる思いだ。
 いったい、どう思えばいいのだ?
「正直に云ってみなさいよ」とみずからを突っつく。
 新種の現実のなかで、わたしは、ほっとしています。
 そしてその現実に、励まされてもいる。


Photo  

11月のおわりに新刊が出ました。
かつてのブログ「うふふ日記」に書いたものも、
一部収録しました。
児童書について書くことができたこと、
よき編集者と仕事ができたこと、
この本のなかにも新種の現実がひろがっています。
お手にとっていただけますれば幸いです。

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「日記」カテゴリの記事

コメント

いいな、いいなぁ!
と、ふみこさまの文字を追いながら呟く私。
うちの母は、まさに「行きたくなぁい」派。
病院も、ディサービスも。
そして一人っ子は、いつも独走^^
気が付くと、とがめるような口調になっている自分に愕然、
反省・・・の繰り返しです。
でも、母は新聞好きで、バタバタしている私の背中越しに
朝刊の内容(もちろん、ふみこさまのエッセイも)をザッと読み上げて
くれます。
それが、今の母の小さな新種。
「新種」・・・いい言葉ですね。 楽しみになりました。
「新刊」も楽しみにしていましたので、今日は数段楽しい日に
なりそうです♪

投稿: どりす | 2014年12月 2日 (火) 12時32分

ふんちゃん皆様こんにちは。

叱られなくなってほっ!の気持ち
なんとなくわかります。
かくいう私も色んな大人に散々
叱られてきたので笑

でも、なんだか最近の大人
(大人なりたてから大人ベテランまで)
なんだか叱られたりてない気がします。

叱られたりてないと
次世代の子供が傷つくってこと
わかってほしいな、と一兆前に思ってしまう
この頃です。


私は叱られてきてよかったと思います。
叱られるから気付き成長する

叱られてない、とくに今の若者を
見ていると、切なくなってしまいます。
叱られてないから、叱られて
わからないから、気付いてってね。


なんだか生意気ですが
最近思ったことを
つらつら書いてみました。

投稿: たまこ | 2014年12月 2日 (火) 18時45分

ふみこ様

「一人じゃないって~すてきなことね~
確かこのような歌がありました。
しげちゃんがいてくださって本当に良かったです。
百人力。

投稿: ゆるりんりん | 2014年12月 2日 (火) 20時52分

どりす さん

ほんとは、毎日毎日、
「新種の現実」はわたしたちを待っているのかも
しれません。
どりすさんにも、どりすさんのお母さまにも、
わたしにも。


投稿: ふみ虫 | 2014年12月 2日 (火) 23時52分

たまこ さん

叱られる。

叱る。

叱られるほうはじゅうぶん経験してきましたが、
叱り下手です。
夫以外は、なかなか叱れません。
子どもは叱ってきたつもりですけれども、
ありゃ、感情的になってただけで。
あたっていただけで。

叱りはしないけど、
自分のことばで、云わなければならないことは、
云いたい。

投稿: ふみ虫 | 2014年12月 3日 (水) 00時20分

ゆるりんりん さん

百人力。
そう云っていただくと、恥ずかしくなります。
なんだか、ゆるゆる、ふわふわとしていて、ね。

でも、ほんとうによいひとが相棒でいてくれて、
ありがたいです。
いつもこころのなかで手を合わせています。

投稿: ふみ虫 | 2014年12月 3日 (水) 00時23分

ふみこさん、お久しぶりです。

気持ちを落ち着けようと思いここに来ました。
いつも元気のない時ばかりコメントしてしまいごめんなさい。

実家で同居していた祖母を思い出しました。生活全てにおいてとても厳しい祖父母でした。母も私達もいつも怒られないように顔色を伺って暮らしていました。そんな祖母が倒れて入院し、久しぶりに会いにお見舞に行ったら人が変わったかのように穏やかな仏様のような笑顔をするようになっていて、私はあまりのショックに病室の隅で声をあげで泣いてしまいました。もう20年前のことですが。。。
今考えれば怒られることがなくなった安堵より悲しみの方が先に来てしまったのかな。
私の想像ですが、お母さまをディサービスに見送る気持ちは子供を保育園に送るどきどきした気持ちに似ているのかな?と思いました。1日心配していたのに楽しかったと言って帰って来てくれると気持ちがふわぁーと明るくハッピーになりますよね。単純です私。
いろいろな新種の現実に楽しもうと前向きに進んでいくふみこさん素敵です。私も見習わなくっちゃ。

そわそわしていた気持ちが少し飛んでいきました。
ふみこさんありがとう。

投稿: ゆっきー | 2014年12月 3日 (水) 16時46分

ふみこさま こんにちは

師走とともに寒波もやってきました。
今日、やっと、炬燵の用意をしました。

お母さま、新しい一歩ですね。
ウチも今年は、年明けからハハのことで、いろいろでした。
そうして、本当はこういう面も持ってはるんやぁと、新しいハハをいくつも見つけました。
たくさんの人に助けてもらって、何とかやっていけているなぁと、毎日、感謝です。そうして、暗い穴に落ちそうな時、こちらをあちこち散歩させてもらってます。

ふみこさんの新刊もお取り寄せお願いしてきたし、さ、頑張って夕食作ってきます。早く届かないかな~。

投稿: あすちるべ | 2014年12月 3日 (水) 17時08分

ゆっきー さん

ご明察。
これを書きながら、
保育園に送りだす(わたしは娘3人とも、
0歳のとても小さい時期に園生活をはじめましたし)気持ちを
思いだしていました。

デイサービスのセンター長に、
「母は、リハビリを兼ねてボランティアに出かけてゆく、
そんなつもりでいるのです。そんな具合に受け入れていただけると
ありがたいのです」
とおはなししました。
そのあたりが、とてもうまくいっているようで、
感謝しています。

投稿: ふみ虫 | 2014年12月 3日 (水) 23時30分

あすちるべ さん

暗い穴も、そこでひょっこりあすちるべさんと
わたしと、ごっつんこ。
出会えたら、愉快ですね。
そんなつもりでゆくとしましょう。

本のこと、お礼のことばもありません。

投稿: ふみ虫 | 2014年12月 3日 (水) 23時32分

ふみこさま、みなさま、おはようございます。

毎日のなかに、新種はどんどん発見されていくのですね。
我が家にも新種の掃除道具が登場しました。教えて頂いた例の…
すると、小さい新種の掃除虫が誕生しました。
私が乾かした髪の毛をせっせと集めてくれます。

投稿: ちぇりー | 2014年12月 4日 (木) 05時06分

ちぇりー さん

そのかわいらしい掃除虫さんに、
くれぐれもよろしく申し上げてください。

うちにも帚を持って遊びにきていただけると
うれしいのですけれど。

投稿: ふみ虫 | 2014年12月 4日 (木) 08時30分

ふみこさま。

おはようございます。
息子が介護の仕事をするようになり、それこそ、新種の現実に向き合っているみたいです。でも、お年寄りをみていると、勉強になるようです。自分の生き方も見直すきっかけになるみたい。

私は、大きいばあちゃんの介護、というほどでもないけれど、ちょっぴりお世話しました。病院は嫌いというばあちゃんは、最後まで家にいました。

あのころは、大変だったと思っていたけど、今はよき思い出となっております。
まだまだ元気な父・母に囲まれ、私はしあわせ者だなぁ・・・・。

では、またぁ。

投稿: こぐま | 2014年12月 4日 (木) 09時35分

こぐま さん

介護の仕事。
自身の生き方も問われる、大変な……、
そして意義の深いお仕事と思います。

わたしも、「介護」というほどではないにしても、
母の独居を見守るなかで、介護の仕事に就く皆さんに
助けていただいています。
助けていただき、そっとおしえていただき、
わからせていただいています。

その意味で、わたしもしあわせ者です。


投稿: ふみ虫 | 2014年12月 4日 (木) 16時38分

ふみこさん みなさん
 おはようございます。
 娘のことを、どこからも文句の出ないような叱り方をしたこと、今まで1回もなかったような気がします。
 たいがいは、私の焦りやイライラをちいさい彼女にぶつけていました。しょっちゅう、「あんなに怒ることなかったのに、おかあさんイライラしてたんだ、ごめんね」と謝っています。そして、「いいよ」と許してもらっています。
 ほんのたまーーーに、叱らないで済む伝え方や言葉が「降りてくる」ことがあります。「降ろしてくれる」まもり神さまは、民話とか、おとぎ話に住んでいるんじゃないかとにらんでいます。

投稿: cohata | 2014年12月 5日 (金) 09時03分

cohata さん

cohataさんの素敵なのは、
お嬢さんに、
「あんなに怒ることなかったのに、
おかあさんイライラしてたんだ、ごめんね」
と謝るところですね。
ほんと、見習いたいです。

お嬢さんの、
「いいよ」にも、ぐっときます。

(わたし、子どもたちが大きくなってきたら、
叱られてばかりだ……)。

投稿: ふみ虫 | 2014年12月 5日 (金) 10時36分

ふんちゃん。

今回のものを読み、いろいろ考えたりおもったりしていて、改めて、気がついたことがあります。
魂だとか、輪廻だとかは信じてはいますが、でも、今、自分として、この1日、この瞬間は、一度きりなんだなということ。
なんだ当たり前のことじゃないか、と笑い飛ばされそうなことですが、ふとおもい当たり、はっとしています。
最初で最後のときを、自分はいきているのだな、と。

投稿: 佐々木広治 | 2014年12月 5日 (金) 11時38分

ふんちゃん

 ふんちゃんとしげちゃん、そしてお母さま…素敵だなぁ。
 もしかすると、ふんちゃんとしげちゃんの日頃の空気のようなものがお母さまに伝わっていて、白粉をつけておでかけしたい気持ちになったのかなぁと思いました。
 どうしても、“自分たちでできないことを誰かに押し付けてる”とか、“面倒だから追いやる”とか…、そういったことで送り出すイメージが付きまとう気がしたんです。
 でも、きっとふんちゃんとしげちゃんは違ったんでしょうね…。
 お母さまと一緒にドキドキしながら、お過ごしだったのではないだろうか…と想像していました。
 お風呂が気持ちよかったこと。本当に嬉しいです。
 子育ても同じですよね…。自分たちだけでなくって、いろんな人のおかげで成り立っているんだなぁと思うことって大事だなぁと思います。
 お互い支えあって…。
 
 あ~、ステキな新しい一歩。
 なんだか、えらそうにすみません…。
 なんていうか…、え~っと…、ふんちゃんにはきっと、伝わりますよね…。えらそうに言いたかったのではなくって…え~っとって感じが…。
 甘えちゃいます…(^^;)

 本!すぐに注文しちゃいました!!愉しみです(^-^)
 札幌にも雪が降ってきました。ウチのたくあんも、おいしく漬かりました~(^u^)

投稿: もも(^-^) | 2014年12月 5日 (金) 13時52分

こんにちは。

素直になるというのは、なかなか難しい事ですが、一番大切なことではないかと、この頃思います。

お母さまが、素直になにげなく訴えられたお気持ちが、
素直に受け取られたふみこさんやしげさんたちの度量が、
シンプルなのに実は難しい事だと感じます。

何歳になってもごたごたとした感情に本人も周りもふりまわされるんだなあとわかってきて、
いかに素直になるか、そのことで人を傷つけないようにするか、
相手の事も考えのなかに入れての素直さを、
年齢と共に身に付けたいと考えています。

多分、その時その時にやりたいことを、やるべきことを、その時にやっていくことなんです。

投稿: おまき | 2014年12月 5日 (金) 20時16分

佐々木広治 さん

ほんと、ほんと。
わたしも、はっとしました!

いまの自分としての、
この1日、この瞬間は、一度きりですね。
そのことばが、雪のようにひらりひらりと
落ちてきました。

おやすみなさい。

投稿: ふみ虫 | 2014年12月 5日 (金) 23時45分

もも(^-^)さん

母のあたらしい生活に、
おもしろみをみつけられること。
自分の手が届かないところで起きていることを
信じられる。
そのことに感謝しています。

たしかにつねに(うっすら)緊張はしているのですが。ね。

その緊張も、いまのわたしの支えなんです。

緊張しながら感謝し、緊張しながら祈っている。


投稿: ふみ虫 | 2014年12月 5日 (金) 23時49分

おまき さん

そのとき、そのときに、
やりたいこと、やるべきことをやってゆく……。

ああ、それ大事だあ。
そして、やりたいことと、やるべきことが
そっと重なる瞬間。
……しあわせ。

投稿: ふみ虫 | 2014年12月 5日 (金) 23時58分

ふみ虫さま

一人で暮らすことになった
おかあさまの様子

なにをしていても
気になっておられたでしょう。

身綺麗にされて
出かけていかれるって
安心のしるしかも
しれませんね。

おかあさまの冒険に
ふみこさんとしげちゃんの
決断に心が温かになりました。

投稿: 寧楽 | 2014年12月 6日 (土) 12時34分

ふみ虫 さま

先週の温かいお返事、深く、ふかく、ココロにきざみました。
もう、だいじょうぶ!

11月の暖かい連休に、息子の運転する車で主人と一緒にお義父さんを、施設で暮らす義母のもとに連れて行きました。
要介護4同士の会話は、ある時は通じたかと思えば、とんちんかんな行違いも多々あり…
帰りに義母が、背後に居る義父に気付かずに「さっきのおじさんはもう帰った?」ですって。
この日一番大笑いしました。
こんな一日もとても愛おしく思えるようになりました。

今月のエッセで、ふみ虫さんに出会いました! ラッキー!!

投稿: バッテリー | 2014年12月 6日 (土) 15時50分

ふみこさん おはようございます

今朝は 静かに雪が降っています。
もう12月7日なので この雪は融けずに
雪の上に 雪が積もって 寝雪になるのかな・・と
思った 朝です。

「新種の現実のなかに放りだされる思い」
ふみこさん この言葉は ぴったりです。
ケアマネージャーさん 医療ソーシャルワーカーさん
長期療養型の病院 特養 老健 介護付き住宅
いろんな言葉を 一つずつ覚え
その時々の 両親の思いを考えると やっぱり泣けて
そうしているうちに 今年も師走です。

ふみこさんもしげちゃんと頑張っている
そう思うと 
ムクムク力がわいてきました!!

ふみこさん 暖かくして お過ごしください
ずいぶん 風邪が流行っているようです。


投稿: えぞももんが | 2014年12月 7日 (日) 07時08分

寧楽 さん

母は、自分が「ひとたらし」できたのです。
「ひとたらし」って、
ひとに親切にしたがる一面と、
ひとから親切を受けるとそれはそれは感動する一面を
合わせ持つもののような気がします。

そのことが、このたびよく働いてくれたなあと
つくづくと思います。

母は、デイサービスセンターの迎えがくる10分前と、
帰ってきて一息ついたときに、
「いってきまーす」と「ただいまー」の
電話をくれるようになりました。


投稿: ふみ虫 | 2014年12月 8日 (月) 00時07分

バッテリー さん

通じるも愛、とんちんかんもまた愛。
見方を変えれば、愉快なやりとりだと
思えます。ね。

「エッセ」の仕事では、
とてもいい出会いがありました。
若いひとの感性のやわらかさ、
やさしさを、たのもしく思ったことでした。

投稿: ふみ虫 | 2014年12月 8日 (月) 00時12分

えぞももんが さん

新種の現実を、おもしろく受けとめましょう。

当人たちは、
たじろぎもせず(ときに文句を云うのは、
それを云える相手があるからです!)、
新種の現実を受けとめているようでもあります。
わたしたちが心配するにはあたらない、
たくましさを持っています。

泣けると思ったり、
ほんとに泣きそうになったりするのは
(もしかしたら)失礼で、
拍手したり、ブラーボ!と叫ぶ場面なのかも……
しれません。

堂堂と見守ろうではありませんか! わたしたち。

投稿: ふみ虫 | 2014年12月 8日 (月) 00時18分

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