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2015年4月の投稿

2015年4月28日 (火)

ぴったり現象

 台所と食堂の境目あたりを睨(にら)んでいる。
 じーっと、見る。
 つぎにまた、じーっと。

 頭のなかは大騒動。

 食卓をガガガとひっぱり、椅子をバッコンバッコン動かし、棚を……。

 こうして構想が練られてゆく。

 手隙(てすき)というわけではない。
 たとえば衣更(ころもがえ)をするとか、たとえば翌日締切の新聞の原稿を書くとか、差し迫ったこともいくつかある。ガガガ、バッコンバッコンなんかとけたたましく構想を練っている暇など、ほんとうは持ち合わせていないというわけだ。
 けれども、ことはもうはじまってしまった。
 はじまったら、いかにそれがわが脳の働きであろうと、いかにそれがわが胸のときめきであろうと、止めることはできない。
 それが、模様替えというものの魔力であります。

 久しぶりだなあ。

 頭のなかでガガガ、バッコンバッコンとやる一方で、わたしはどうやらしみじみしている。部屋の模様替えに気持ちを持ってゆかれる感慨にも襲われて、忙(せわ)しないこと。
 2年前いま住んでいるこの家に引っ越してきて、食卓の場所を、と考えたとき、ちょっとした「ぴったり現象」が起こった。「ぴったり現象」は、家備えつけの食器棚兼カウンターと食卓とのあいだで起こった。カウンターの下部の戸棚(食堂と台所の両側に開く)と食卓の幅とが、誂(あつら)えたようにぴったりだったのだ。カウンターと食卓のつながり具合を、あのとき、この家との絆と受けとることとしたのだったなあ。

 ただし(こういうことは、たいていあとからわかるものだけれども)、「ぴったり現象」は他の選択肢をわたしに思いつかせなかったばかりでなく、長く留(とど)まって、変化・変容をもたらそうとしなかった。

 とすると、このたび台所と食堂の境目あたりを睨みはじめたわたしは、よほど……、よほど変化・変容に飢(かつ)えたわたしであったかもしれない。よほど、模様替えに飢えたわたしであったかもしれない。
 カウンターを、カウンターとして使ったらおもしろいし、ひとりでごはんを食べるひとと(仕度するわたしが)向き合える。
 頭のなかでそうしたとおり、わたしは食卓をガガガと引っぱってカウンターからはなし、椅子をバッコンバッコン動かした。

 1
週間が過ぎた。
 このたびの模様替えは家人たちにも快く受け入れられた。大きな声では云えないけれど、受け入れられるかどうかは、たいした問題ではない。勝手なわたしは、どうしたって思いついた模様替えを決行するからだ。
 1週間と2日目、自転車に乗って隣町へ。目指すは椅子の専門店。カウンターチェアを2脚探しだそうというのである。
 あー、あった。これこれ。
 またしても「ぴったり現象」が発動した。そろいではあるが、背もたれのついたのと、つかないのと2脚選ぶ。ほんとは2脚を連れて帰りたかったけれども、自転車に2脚載せて帰るのには曲芸というより、魔法の力が必要である。大きな荷物を一瞬のうちに目的地へ運んでしまう魔法は、簡単には思いだせそうになかったから、「それでは」と云って発送をたのむ。送料も出したら、財布から紙幣が1枚残らず消え、100円玉8枚と10円玉3枚だけになった。

 わたしは自転車をこいでこいで家へと向かう。途中、花屋の店先で白花のセントポーリアと目が合った。ひとつきりのセントポーリア。ポットに
769円と値札がついていた。よし、連れて帰ろう。財布に残った830円を支払う(消費税を加算)。
 これで、ほんとうの空っぽ。「ぴったり現象」。
 あたらしい風が吹いてきた。

Photo

玄関の文机(ふづくえ)の上に、セントポーリアを
置きました。
ミクモ(うつくしい蜘蛛という意味。雲じゃありません)と
名をつけました。じつは、セントポーリアは、
「はじめまして」の存在です。
どうでしょう。
うまく一緒にやってゆけるでしょうか。

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2015年4月21日 (火)

たくあんの炒め煮

 ひとにすすめられて読んだ本だった。
 アメリカ人の経営コンサルタントが書いた本だ。印象的だったのは、しきりと「引き寄せる」(draw)という単語が出てきたこと。
 望むもの(物質的な意味にも、精神的な意味にも使われている)、とくにこの本ではmoney(お金)を引き寄せる体質をつくるというのが、おおまかな本の内容だった。
 ふーんとか、なるほどーとか、つぶやきつぶやき読んだのだ。

 money

 わたしは、どうしてだか、これにあまり縁がない。
(好きじゃないからだろうか、持つとすぐ使ってしまう)。
(怖いからだろうか、持つとすぐ手放してしまう)。
 そんなふうだから、「あなたにはmoneyを引き寄せる力がある」、「こうすればmoneyを引き寄せられる」とアメリカ人の作者から発破をかけられているうちに、気がつくと天の邪鬼になっていた。

 この本は、読者がまだ「
moneyを引き寄せていない」ことを前提としている。
 引き寄せないほうがいいものばかり引き寄せて、moneyを引き寄せていない、と? ふーん。

 ひとの思い、意識が、それにふさわしい現実をつくってゆく。そのことを「引き寄せる」と呼ぶのだということをこの本から学んだ。なるほどー、である。
 つまり、わたしが大きなmoneyを望まないことが、引き寄せない現実をつくっているということ? そも、あれこれ望むより前に、目の前に置かれたもの(moneyも)を受けとめ受けとめやってきたわたしには、「引き寄せたい」という願望が湧きにくい。

 さて、と本にカヴァをつける。
 わたしは、読書のとき、カヴァと帯をはずして読みはじめ、読了したときカヴァを着せる。これがもっとも勘弁な、本を汚さずに扱う方法だという気がするからだ。
 本にカヴァを着せながら、いま引き寄せたい事ごとを一所けん命考える。①おいしい蕎麦を蕎麦屋で食べたい(いっしょに日本酒を)。②本を抱えて、23日小さな旅がしたい。
 ① も②も、そのためのmoneyは何とか、まあ何とか捻出できる。問題は時間で、これをつくるにはちょっとした努力が要る。

 その日の夕方のことだ。
 それにさ、みんながみんな「引き寄せる」、つまり磁石のような存在になったりしたら、どんなことになるだろう。いったい、どんなことに……。
 ただ与えられたものにだけ興味を持つをこと(読書によると、これも、「引き寄せ」の一種であるらしいが)も、わたしの大事な選択かもしれない。そう思いながら台所に入り、冷蔵庫を開ける。すると、野菜室の隅っこから、小さな包みが出てきた。
 わーっ、夫の実家・熊谷の自家製たくあん!
 大事に大事に食べてきて、さいごの15cmをしまいこんだものらしい。薄切りにしてしばらく水に浸けて塩抜きし、砂糖としょうゆで炒め煮する。でき上がった「たくあんの炒め煮」を器に盛りつけたとき、思った。
 ああ、とんでもなくスバラシイ現実を引き寄せちまった、わたしは!

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2015年4月14日 (火)

スターフェリー

 映画祭に招待されたと云って、夫が香港に出かけた(正確には招待されたのはドキュメンタリー映画「三里塚に生きる」と、監督の夫。招待してくれたのは「第39回香港国際映画祭」だ)。

「どのくらい行くの?」

1週間かな」
 ええっ、1週間?
 同じ時期、こちらは仕事の締切をいくつも抱えていたし、市内の小学校と中学校の入学式に参列する役目もあったから、ちょっと緊迫しているというのに。緊迫の手当ということでもないが、こういうときは、はなしを聞いてもらったり、一緒に笑ったりしてもらわないと。わたしの性質のなかに依存性があるとしたら、たぶん、夫へのこれだ。唯一のものではあるが、厄介な依存性。
 だいたい映画祭というのは、何なのだ。
「映画祭」と云うとき、夫はいつもしかつめらしい顔をするが、それはつくり顔ではないのか。映画祭、おもしろうそうだもの。だって、お祭りでしょう? 映画をいっぱい観られるのでしょう? 聞けば、上映後の監督ティーチイン(QA )や、シンポジウムのパネリスト役というような仕事もあるそうで、それは一種の緊迫だとしても。
「とっとと行って、とっとと帰ってきてよねっ」
 と云って送りだす。

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日後、香港の夫からメールが届く。
「スターフェリーに乗りました。フェリーそのものは昔のままですが、まわりはすっかり変わっていました(アナタの気に入りのアイスクリーム屋は、場所を移して健在)。ふたりでずっとスターフェリーに乗っているような気持ちで生きてこられたこと、感謝です」

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年くらい前に夫とふたりでスターフェリーに乗ったときのことを思いだした。ともに暮らすようになって、初めての旅だった。あのころは……、「とっとと行って、とっとと帰ってきてよねっ」なんかという乱暴なことは云わないわたしだった。そこが初心だとすると、そのころには想像もつかない恐ろしいパートナーになってしまったな。
 初心。
 わたしはこれまでずっと、「初心にかえる」なんてことは云わないように、思わないように気をつけてきた。「初心」になんかかえりたくない。やっとのことでここまで歩いてきたのに、少しは進歩もしたつもりでいるのに、かえったりするもんかという気持ちだ。もしもかえろうとする力が働いたって、歯を食いしばっても抵抗する。そう考えていた。
 ところが、スターフェリーの写真とともに送られてきたメールを見たとき、ふと初心を思っていた。そう云えば思いだした。香港で大げんかしたのだったなあ。頭を冷やすため、わたしはひとりでスターフェリーの往復をし、夫は「香港文化中心」という劇場のロビーで過ごした(奇しくもその劇場が、このたびの映画祭のメイン会場だったそうだ)。
 ああ、こういうのが「初心にかえる」ということなのかもしれない。過去をふり返って「あのときこうすればよかった」というような思いを抱くのはごめんだと考えていたのだが、すっと行って、すぐともどってくればよかったのだ。まちがっても途中で重たいものを拾ったりしないように。拾うなら、そうだ、「感謝の念」とか「笑いのタネ」を選んで拾うとしよう。

 あのときふたりで乗りこんだスターフェリーが、どこへ到着するかなんて、考えなくていい。スターフェリーに運ばれながら、ただ純粋に、できるだけ純粋にひとの進みを重ねられたなら、ほかに望むことはない。


Photo
スターフェリー(天星小輪)。

ヴィクトリアハーバーの渡し船として、毎日約5万人を運んでいます。
香港島(ホンコントウ)と九龍(クーロン/カウルーン)を結ぶ
スターフェリー、
1888年開業。
写真はメインルートである
尖沙咀(チムサーチョイ) 
中環(セントラル)間です。

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航行時間は片道612分。
毎日、630 2330515分間隔で運行しています。
運賃は、2,5香港ドル約37円(片道)。
週末は、ちょっと高くなるとか。

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2015年4月 7日 (火)

青菜を抱く

 青菜持ちになる。
 もうもう、大青菜持ちだ。
 とつぜんそうなったから、青菜成金か。
 千葉県成田市の畑、埼玉県熊谷市の畑、東京都あきる野市の畑からやってきてくれた青菜たち。山形青菜(せいさい)、ビタミン菜、ほうれんそう、のらぼう菜、マーシュなどなど。
 一瞬、アオムシのときめきが胸をかすめる。
 アオムシが、青菜に向かって突進し、わしわしと青菜をむさぼり食べる気持ちがちらっと、こちらにのり移っている。
 青菜を小分けにして持ち上げ、洗おうとして、手を止め、そっと抱きしめる。
 すると、アオムシのほかにも、お日さまや、土や、これをつくった成田市のコイズミさん、熊谷市のちちはは、あきる野市のお百姓(近所の八百屋で買った)の気配が伝わってくる。風も。冷たい風にさらされてぐんと旨味を増したところへ、春風がやってきて……、ああ、ああ、青菜たちは微笑んで摘まれた。

 青菜を抱きながら、わたしは思う。

 ——清濁併(せいだくあわ)せ吞んで生きるという点で、お互いに同じ道の上だねえ。
 同じ道の上ではあるが、わたしと青菜たちとは、忍耐がちがう。青菜はあらゆる気候の条件にも耐え、虫や鳥たちの啄(ついば)みにも耐え、摘まれたら、摘まれた先で黙って働く。
 ひとたるわたしも、ときとして摘まれるが、いつもじたばたする。たまにはじっとそのことを受けとめ、黙って働こうではないか。そうすりゃ、自分の目や耳が立ってくるかもしれない。
 しかしながら、目と耳が立ったなら困るかもしれないなあ。
 いまの自分がアオムシほども利口でないことがわかって、泣けてくるかもしれないなあ。

 ま、仕方ない。

 仕方ないから、青菜を洗って茹でておこう。こういう仕事は、ひととしてはちょいと高尚であるのだし。

Photo

あんまりうつくしかったので、
青菜を籠に入れて、
飾りました。
どうです?
アオムシになりたくなりませんか?

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