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2015年5月の投稿

2015年5月26日 (火)

手首、くるぶし

 そんなの自分じゃない……と、思った。
 というか、そんな自分であってほしくなかった。

 直接見たのでもない事柄、直(じか)に会って話したのでもないひとのことを、風の便りやうわさ話で決めつけているのでは? 

 そういう有り様(よう)を、いちばん嫌ってきたのはオマエではなかったのか。
 と、問う声がする。

「受け入れよ。すべてはそこから、はじまる」

 ひらりと目の前に落ちてきたことば。
 わたしときたら……、それを感じたとき「ハイハイ」と云った。ハイハイだなんてね、気楽なもんだが、それは、そんなことくらい知っている!と思ったからだ。
 そしてその夜、わたしは台所で洗いものをしながら、以前にも同じことばが、ひらりと目の前に落ちるのを見たことを思いだした。
「受け入れよ。すべてはそこからはじまる」
 あのときわたしは、ああ、と得心しこれを胸に納めたのだ。あのとき……、わたしは、目の前にあたらしい道が拓けるのを、見た。

 オマエは、その、あたらしい道を歩いたのか。

 と、問う声がする。

 歩いたような気がする、とわたしは頼りなく答える。歩きはじめたことは歩きはじめたけれど、日常のどさくさに紛れたのと、風の便りとうわさ話に気をとられるうち、道に迷ったのかもしれないわ。


 そこへ行って、この目で見てこよう。

 出かけて行って、そのひととはなしをしよう。

                *

 このあたりをちょっと歩けますか? と尋ねると、歩けますとも、とそのひとは云い、わたしたちは連れ立って、みどりの道を行く。出かける前、考えた揚げ句、七分袖の白シャツに、グレーのパンツを選んで身につける。手首とくるぶしが見えるようにした。
 それは、受け入れる、という誓いのしるし。

Photo
庭の梅に、気がつけば実がいっぱい。

わたしが頑(かたく)なになっているあいだに、
実って、こんなに太っていたのだなあ。
ひとだって実る。「受け入れる」は、ひとの実り。
きっとそうだわ、と思うのです。

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2015年5月19日 (火)

橋をゆっくりと、渡る。

 朝9時、電話が鳴る。
「はい、山本です」
「先日おはなしした会議ですが……、候補日をお知らせします。ご都合が合えばいいのですが」と、電話の向こうのひとが云う。
「◯日午後3時、市役所の△室ですね。大丈夫、うかがえます」
 ああ、これで、今週の持ち時間はすっかり埋まった。予定はいっぱいになってしまったが、◯日の会議は信頼するひとたちと話しあう貴重な機会だ。

 このところ、机の前に坐る時間が減っている。

 かつてわたしは執筆の世界に住んで、1日の多くの時間を机の前で過ごしていた。家のしごとや母親業もあったけれども、橋を行ったりきたりしていた。
 50歳代がはじまったころから、そこへあたらしい仕事が加わった。そのひとつが武蔵野市の教育委員の役目であり、わたしは市内の公立小中学校に出かけたり、会議に出席したり、教科書採択にあたったりするようになった。想像していたのより出番が多く、それより何より自分がこれほどの熱中を見せるとは思っていなかったのである。
 かつても橋を行ったり来たりしていたが、それは1本橋だった。ところが近年、わたしのまわりにはいくつもの橋が架かり、きょうはこの橋、明日はその橋、という具合に、ことなる渡りをするようになっている。

 橋と云えば、
50歳の年にはじめた英文翻訳の勉強も、橋を渡った先の出来事だと云える。ことし6年めになる。月2回の授業のときに、日本語にすると原稿用紙5枚ほどの分量になる課題を提出する。はじめたころは、おおいにとまどった。課題が怪獣のように思えたなあ。あまりにむずかしく、悲しくなるほど英語の構文がとれなかったものだから、怪獣はどんどん大きくなり、ときどきガオーッと吠えたのだ。「エッセイストのあなたは、訳文を書くのはお手のものでしょう? きっといつか翻訳ものも手がけるのね」などと云われることがあるけれど、とんでもない。日本語にたどり着く前に、英語のところでこんがらかっているのだから。
 それにしても6年前、あの橋を渡って、ほんとによかった。小説、童話、詩、エッセイ、紀行文、新聞記事、楽譜の序文(多くは部分)など、さまざまな宿題に出合った。自分で記してきた通し番号をつけたら、154回分。
 よくつづいたと思うが、てんでダメな訳文の添削をつづけてくださった髙橋茅香子せんせいの熱心と、そしてそしてがまん強さたるや!
 ひと月に二度、ある1日を「英文翻訳・宿題の日」と決めて机の前に坐る。没頭する。ことしのはじめはニューヨーク(アメリカ)にあるメトロポリタン美術館の展示室をうろうろしていたが、最近のふた月あまりはエリコ(イスラエル)の、まがりくねった道を歩いている。この没頭は、いまのわたしにとって、至福の時間。
 橋を渡って翻訳の課題にとり組んでいるうち、また別の橋を渡って、知らない世界を旅する感覚。歩きまわっているだけでは足りなくなって、あれを調べたり、これを見たりする。「へえ、イスラエルのma’ alubaって、こんなダイナミックな料理なのか。子羊と野菜の炊きこみご飯だというけれど!」

 橋はゆっくりと渡ろう。

 慎重に渡りだしたつもりでも、わたしはおっちょこちょいだから、躓(つまず)いたりしないように。万が一、下の渓流に落っこちたら……。
 まあ、そこでもまた、あたらしい道がみつかろうけれども。

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この橋も、わたしは渡ります。
埼玉県熊谷市の夫の実家の農作業です。
先日、土入れをした苗床(100箱)に
稲の種籾(たねもみ)を蒔きました。

6月中旬、田植えです。

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2015年5月12日 (火)

黙黙

5月日(水)大型連休最終日。
 米農家を営む夫の実家(埼玉県熊谷市)へ。
 熊谷駅で、長野市の友人宅に出かけていた長女と合流する。3人で、田植えの準備の土入れ。稲の種籾を蒔くための土を浅いパレット状の苗箱に入れる仕事だ。
 夫が苗箱の底に古新聞(あらかじめ底部分の大きさに切っておく)を敷き、わたしが土を入れ、長女が専用の板で土をならす。きれいに土を入れた育苗箱を積み上げてゆく。
 全部で100箱。3人で1時間半打ちこむ。黙黙と。
 その間3人で交わしたことばは、「ここは風の通り道」「いい風」「気持ちいいね」これだけ。
 作業を終えて、のびをし、風にくるまる。

5
10日(日)
 午後5時、末娘と顔を見合わせて、「よし」「やろう」と頷きあう。
 高校の体育祭の応援団の衣裳係になった末娘を手伝って、プリーツスカートを縫う。副団長(女子)が穿くスカート。光沢のある布で4本の細いテープをつくって前後2枚のスカートに2本ずつ縫いつける。そして、布をたたんでひだをつくる。ひだの数は20本。ウエストに向かってを少しずつひだの幅を絞るところがむずかしそう。
 裁断、アイロン、ミシン。末娘と分業で7時間、休みなく作業をつづける。黙黙と。ひだにばってんのしつけをかけて、完成。
 日付が変わろうという居間で、そっと握手する。
「ありがとう」「たのしかったね」

5
11日(月)
 5時半に起きる。ひんやりとした朝。寝ているあいだに気になってきたプリーツスカートのインサイドベルトの脇の部分を縫い直す。
 すがすがしい気持ち。前の日、黙黙と裁縫したことが作用しているのかしら。たしかにわたしは、自分自身と会話していた。作業に打ちこむあいだ、みずからを内観し、いくつかの小さな綻(ほころ)びをさがし出していた。
 それはかすかな痛みであり、小さな不安だ。日頃、気づかぬことにしていた、そんな綻びのひとつひとつを認めることで、わたしはわたしを労(いたわ)っていたようでもある。
 作業仲間である末娘も、黙って手を動かしながら、自分自身と会話していたのだろう。そういうお互いのあいだに、常よりも静かでやわらかいものが通(かよ)った。相手を思いやる気持ちの元となるものか。
 朝刊を開いたら、そこに詩人の長田弘の死の知らせがあった。
「やがて、とある日、/黙って森を出てゆくもののように、/わたしたちは逝くだろう。」
「人生は森のなかの一日」の一節。

Photo
実家の畑で出合ったねぎ坊主。

黙黙の王様です。
ここからタネをとります(自家採種)。


Photo_2
畑から間引いてきたにんじんたち。

葉っぱごと天ぷらにします。
これはわたしの大好物です。

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2015年5月 5日 (火)

この春のこと

 たけのこ
 ことし最初のたけのこだった。
 京都府木津川市からの旅のたけのこ。彼の地在住のノリコちゃんが、茹でて瓶詰めにし、煮沸消毒もして送ってくれた。すぐに瓶のふたをとってみたかったけれども我慢し、ガラス扉のある本棚のなかに飾るように置いて、眺める。すると、「ともかく……」という声が聞こえてきた。
「いろいろあるけれども、ともかくたけのこを」とつぶやいて、ノリコちゃんは「たけのこしごと」をしたはずだ。ノリコちゃんには、心身ともに忙しい春であったのだもの。
 瓶詰めをときどき見て、わたしも「ともかく……」とつぶやいてみる。

 親子丼

 家で映画を観ていたら、ものすごくおいしそうな親子丼が出てきた。ごくりと喉が鳴る。小さな店のカウンターに、恋心とふたつの親子丼が置かれている。
 親子丼つくりましょ。
 親子丼をこしらえるのは、何年ぶりだろうか。親子丼は夫の十八番(おはこ)だから、遠慮してこしらえないできた。
 前の日に届いたばかりのカウンターチェアに三女を坐らせ、「ご注文は?」とやる。
「親子丼。かしこまりました」
「何も云ってないけどね。でも、親子丼、いいね。それをください」
 卵のとろっとした親子丼ができた。豆腐とねぎのおみおつけ。きゅうりと大根のぬか漬け。紅生姜。
 つぎに二女が帰宅する。
「ご注文は?」

 ふたたび、たけのこ

 熊谷の夫のいとこの家からたけのこが届く。
 数えたら、小さいの大きいのとり混ぜて8本。
 二女と目をつり上げて「たけのこしごと」にとりかかる。できるだけ急いで!という気持ちが、目をそんなふうにさせる。待った無しのしごとだ。大鍋で2時間かけて茹でる。
 茹で上がったたけのこを何度も水で洗い、近所の友人たちにおすそ分けをし、水を張ったボウルにつけて冷蔵庫に収め終わったところに、夫が帰ってきた。千葉の友人宅から、大たけのこを2本もらったと云って、得意そうにしている。
 二女とわたしは、ふたたび目をつり上げ……。

 げつようびはひりょう

 家のなかのアイビー、ベランダのゼラニウムたちに、月曜日の朝、液肥をやることにしている。
「げつようびはー、ひりょうのひなんですー」
 と歌いながら、家のなかを駆けまわる。
 肥料をやるのに、かかる時間は20分。この20分が守られると、自分が植物思いであったような気がしてきて、安心する。ヒト同士のことばかりに汲々としていると、植物のことも、動物のことも、鳥のこともすぐにあとまわしになる。文句を云わない存在を見過ごしにするなんて、ろくなもんじゃあない。
 ところで「げつようびはひりょう」というのは、子どもたちが幼い日に大好きだった絵本『かようびはシャンプー』を真似た呼び方。ウーリー・オルレブの絵本。彼、ウーリー・オルレブはポーランド生まれ(第二次世界大戦中、ゲットーや隠れが住まいをし、ベルゲン・べルゼン収容所で終戦を迎える)で、現在はイスラエルのエルサレム在住の作家だ。ヘブライ語の翻訳家母袋夏生(もたい・なつう)さんを友人に持ったおかげで、わが書架にはウーリー・オルレブをはじめ、ヘブライ文学の訳書がたくさんならんでいる。これらの本の連なりについて、いつかゆっくり記すこととしたいが、手はじめに『かようびはシャンプー』。
 3歳のイタマル少年は、週に一度、火曜日に髪を洗うことになっている。お母さんが洗ってくれるが、イタマルはシャンプーが怖いのだ。
 シャンプー(洗髪)が大事件だなんて、いかにも子どもらしくて可愛いし、シャンプーのあいだ泣かずにいられることが、まるで人生の目標であるかのように描かれているのが、愉快でもある。愉快で、深遠。こういう子どもの気持ち、大切にしたいなあ。

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木琴
庭の古い古いデッキ。
本格的な張替え修理の時期が迫っている。
と、ある日、このデッキを踏み抜いてしまった。
あらまー。
翌日、見たら、こんなふうなことになっていた。
夫が簡易修理をしてくれた模様。
木琴みたいだ。

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