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2015年6月の投稿

2015年6月30日 (火)

傷つく前に

 先週のわたしには、たしかに雑談運があった。
 Aさんとばったり会って立ちばなし。おすそ分けのサクランボを届けてくれたM子さんと家でおしゃべり。仕事の打合せのあとにK氏と無駄ばなし。
 それぞれにたのしいひとときだったが、待てよ……とわたしは思っている。
 てんでちがった立場の相手と、別別に雑談をしていたのに、共通の何かがこころのなかに投げこまれたような。何かしら。

 ……ことばだ。

 Aさんは、あるひとのことばに傷ついた仲間を気にかけ、M子さんは自分の放ったことばを反省し、K氏はさまざまな年齢の仕事仲間とことばが噛み合わないことを悩んでいた。
 ことば、ことば、ことば。
 みんなを苦しませることば。
 悩みの種になることば。
 気がつけば「ことば」は近年、「ことば」というだけで持ち上げられ、たいそうスバラシイ存在となっている。わたしは「ことば」なんかはスバラシクない、というはなしをしようとする者ではない。が、厄介な面を持っていることを忘れてはいけないと云いたい。
 ことばと向き合う仕事をつづける日日は、そのまま、その不確かさを思い知る年月だった。そして、不確かさを受けとめてもなお、「ことば」を好きでなくなることなどはなかったことこそは、ことばのスバラシサを物語っている。
 そのスバラシサを保つためわたしは……。
 ものすごく用心している。
 ことばで傷ついたりしないように。
 あっさりひとを傷つけたり、ぐっとひとの気持ちをつかんだり、ことばにはともかく力がある。魔力と云ってもいい。ぐっとつかまれるのはいいが、傷つけるもんか傷つくもんかと思っているのである。用心しているだけで、傷つけないのか、傷つかないのか、ですって? たぶん……ね。少なくとも傷は浅いと思われます。

 新聞や雑誌に書く原稿は、印刷されるまでのあいだに少なくとも一度は見直しの作業(初校)をするし、書籍ともなれば二度か三度(初校・再校・三校)その機会を持つ。

 驚くようなことば選びをしていることに気づいて恥じ入り、赤面してことばを選び直すこともある。着替えのような直しもあるにはあるけれど、自分の人間性の問われる境界にまで踏みこむ場合もある。
 わたしたちがことばを交わしたり、会話したり、雑談したりという場面においては、見直しなんかは無しである。口からするりと出たことばが、意に染まなくとも、相手を傷つけてしまいそうだと気がついても後の祭り。もう、口には戻せない。いまのことばは、まちがいです。云い直します。なんてことを、たまにわたしは云ったりするが、それでも、一度出て行ったことばは、本当の意味では取り返しがつかない。
 というわけだから皆さん、そこのところを前提として考えようではありませんか。
 わたしはどうしてあんなことを云ってしまったのだろう、とか、あのひとからのあれはひどい云われ様(よう)だ、ということがあったとしても、咄嗟(とっさ)のことば選びで、ああ云うよりほかなかったのだなあと考えよう。受けとめる「ことば」、みずから放つ「ことば」に傷つく前に。

「ことば」をスバラシイものとするもしないも、それを使う者の心根であり、技量であるのは云うまでもないことなのだけれども。

Photo

最近、高校生の三女の希望で、
サラダ弁当(昼食)をつくっています。
なかに焼き肉を隠したり、
ポテトサラダ、炒めものを潜ませたり。
弁当は時として、「ことば」以上の
ことばだわ。……と母ちゃんは思いましたとさ。

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2015年6月23日 (火)

手紙

「ひとりで家に閉じこもったりしないで、友だちをつくってください。若いひとでもお年寄りでも」

  6
20日に映画「愛を積むひと」が封切られた。
 公開にさきがけて、この作品に寄せて新聞に2本のエッセイを書いた。広告の意味合いがあったけれど、「ほんとの感想しか書かないぞ」と誓って、試写を観る。
 じつにいい映画だった。
 登場する人物ひとりひとりにリアリティがある。配役が的確ということになるのだろう。静かな、そして濃厚な125分を過ごした。

 第二の人生を大自然のなかで送ろうと、東京下町の工場(こうば)をたたみ、北海道(美瑛町)に移って来た夫婦、篤史と良子。見るからに愛情あふれるふたりだが、来し方には苦労の日日があり、悲しみがひそんでいる。そんな事ごとを浄化して、これまでとは異なる受けとめ方をしようとするかのような静かな暮らしがはじまる。育まれ見守られてきた庭のハマナス。ベーコンとバター入りのおみおつけ。結婚以来妻の誕生日に夫が贈りつづけた一粒の真珠の連なり(ネックレス)。そしてそして、長年の憧れだった石塀作り。

 いろんなかたち、いろんな大きさの石がひとつひとつ積まれてゆくように、夫婦のあたらしい時間はかたちを成してゆく。けれど、それは長くつづかなかった。数年前から患っていた心臓病によって、良子がこの世から旅立ってしまったのだ。
 そう、冒頭の妻からの手紙を夫は、この世に残された悲観のなかで受けとったのだ(生前綴られた手紙が幾通も、大事なモノのなかにひそんで、みつけ出されるそのときを待っている)。

 この映画の、大切なテーマのひとつである手紙。

 手紙がこの世とあの世に隔てられた夫婦のあいだをつなぐのである。そうして、それは光を放って、周囲をも照らす。
 映画公開初日の舞台挨拶で、篤史を演じた佐藤浩市が涙を流した。
 良子役の樋口可南子が代読した妻からの手紙が、そうさせたのだ。
 舞台上で読み上げながら樋口可南子も涙するほど清清しい手紙は、こう結ばれていた。
「浩市さん、わたしは浩市さんをひとりにしないように、浩市さんよりも1日でも長く生きることを、約束します」

 映画のなかの妻のように、死を覚悟したとき、夫に手紙を残してゆくようなことを、わたしはできるだろうか。もし書けたとしても、「お風呂にちゃんと入ってください」とか、「わたしの荷物はすっかり片づけて、こじんまり・こざっぱり暮らしてください」とか、「ぬか漬けとヨーグルトはつづけたらどうかな」とか……。つまらないことを書いてしまいそうだ。

 この世にあって、あとどのくらい便りができるかしら。友だちや、娘たちや、師や、仕事仲間への手紙。夫への置き手紙も、そのうちかもしれない。
 そう考えながら、友だちに書いたはがきに、思わずわたしはこう書いていた。
「ユウコチャン、(手紙は)長くても短くてもいいことにしよう。書きかけもいいことにしない?」

「愛を積むひと」
 監督朝原雄三 脚本: 朝原雄三 福田卓郎 
 原作『石を積むひと』エドワード・ムーニー・Jr 
 出演:佐藤浩市 樋口可南子 北川景子 野村周平 
    杉咲花 吉田羊 柄本明ほか

Photo
わたしの仕事場は、居間の一部に棚を隔てて
在ります。
向こうには台所も見えています。
このほど、机右側に、コルク版をはめこむことに
成功しました。映画「愛を積むひと」のチラシ、
貼ってみました。

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2015年6月16日 (火)

オオカミ

6月◯日
 教育委員会制度が変わって、2か月半が過ぎた。
 制度としては教育委員の権限が失われてゆく方向にあるのだと思うが、わが武蔵野市は教育委員会の体制は変わっていない。でもほんとにそうなのかしら……。
 そんななか、きょうメールが届いた。
 教育委員としても大先輩のTせんせいからのものだった。
「私は教育委員長という、行政とも議会とも違う、ひとの気持ちに立った『立場』をなくすことに心底、反対でした」
 とある。
 少し前に送った、教育委員会の考えが尊重されるように……という決心を綴ったわたしのメールに対する返信(一部)。
 Tせんせいのメールを読んで、自分がほんとうは、空中に張った一本の綱の上に立っていることを認めないわけにはいかなくなった。当市の教育委員会の体制が変わっていないと云っても、たとえば市長と教育長が替わったならどうなるだろう。という意味においてでさえ、相当に不安定だからだ。
 晴れた日に綱の上を歩きはじめたのはいいが、雨風(あめかぜ)のなか揺れ動く綱の上にわたしは取り残される日もめぐってくるかもしれない。気がつくとわたしは呟いていた。
「ひとの気持ち」
 Tせんせいから受けとったそのことばを、口のなかでくり返しているのである。
 どんな役目を担っても、どんな仕事に就いても、わたしの権限などいつもはかないものだった。しかし、わたしは権限より大事なものを、ぎゅっと握りしめてきたつもりだし、死ぬまでそうしていたいと希っている。
 さて、権限よりも大事にしてきたもの。それが、ひとの気持ちだ。
 Tせんせいのメールは、こう結ばれている。
「どうか、出来ることを十分に楽しまれますように、祈っています。山本さんが楽しむことが、誰かの安らぎにつながるでしょうから」
 そうだ。もしも、ひとの気持ちが無視され、ないがしろにされたら、わたしはいつまでも綱の上に取り残されてなんかいないで、飛び降りて、オオカミになって走って行って、できることをしよう。

6月◯日

 チョウコチャンの家に遊びに行く。
 チョウコチャンはわたしの手をとって、家じゅうを案内してくれた。台所の戸棚のなか、地下の倉庫、本棚、家族の作品(紙でつくった監視カメラやドールハウスや、版画。ほかにもたくさん)を見せてくれた。なんと愉快な、愛にあふれた家だろう。
 まるで聖堂のよう。部屋の隅(大振りの器がしまってある地下でもいいかな)でまるくなってみたい。まるくなって眠ってしまうかと思いきや……わたしはそっと祈るのだ。ひともわたしも、愛する力を持てるように。目の前の芳(かんば)しくない事ごとさえもまず愛してみるか、と思えるように。

6月◯日
 手の先に色気のようなものが出ている。
 その手を、ぬか床にさしこむ。
 あはは。カナコチャンに「ぬか床を分けてください」と頼まれてから、ずっとこんな調子だ。
 このたびぬか漬け生活を開始しようとしているカナコチャンには、炒りぬかで床をつくっておいてもらうことにした。そこへうちのをひと握り混ぜるという計画。
 つまりわたしは「ひと握り」に色気を出している。カナコチャンの家のぬか床にいい具合に混ざろうと、色気づいているのである。

6月◯日

 夕方、ゼラニウムの苗を買いに行く。
 通りに面したアイビーの生け垣の根元の、レンガのプランターに、ずらりとゼラニウムを植えこむことを思いついた。みどりの蔦(つた)とゼラニウムの紅い花。こんなことを思いついて実行に移すのは、家事でも趣味でもないわ。旅そのもの。
 帰ってシチュウをつくるあいだ、夫が土の準備をしてくれる。植えこみは、明日。

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植えこまれるのを待っているゼラニウム。
はるかな場所に運んでくれる、
紅い同行の友よ。

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2015年6月 9日 (火)

「それは何なの?」

 気がつけば、しばしば「テンネン」ということばを受けとるようになっていた。
 初めてのときには、かすかにあたふたしたけれど、それが愉快方面のものなのか、不愉快方面のものなのか、たしかめることもしなかった。それはたぶん、不意をつかれて、受けとった「テンネン」なる音に漢字を当てはめ損なったからでもある。
 天然? 天燃? 天粘? 天念? 天年?

 あれは
40歳代の終わりだった。
 友人の息子のRクンに「テンネン」と決めつけられた。彼は高校生で、わたしのほうを見て、「山本さんて、テンネンですね」と云ったのだ。検証の機会到来、とわたしは思った。
Rクン、いまテンネンって云ったね。それは何なの? 当てはめる漢字は『天然』よね。それは何なの? ……天然果汁100%っていう感じ?」
(ここで、わたしは高校男子にあはは、とやられる。あはは、あはは)。
「笑ってないでおしえて。わたし、ときどき云われてきたの。天然と」。
「天然ボケとか、天然キャラとか。一部、そのひとの勘違いとか非常識の要素も含まれているかな。『天然』を天然果汁100%と思っちゃうところとかです。だけどそれにしたって、場を和ませるような類いのものなんです。愛すべき天然キャラ」
 なるほどそうか。
 初めて天然、とやられたとき、わたしをあたふたさせたものはこれだったのね。ボケ。わたし、ボケてるんだわ。
 そう思ったら、何だかほっとしてしまった。人生の道の上で張りつめることも、凍りつくことも、頑なになることもあった。行きがかりで、悲壮感を抱くことすらあって、わたしはそれを抱いたまま何かを探してさすらってもきたけれど、天然ボケであったおかげで、いつしか楽観に転じることができたのかもしれない。

 道の端に紫陽花が咲いていた。

「アナタ方も、天然?」
 と聞いてみる。
「ええ、ワタシたち、ホンモノの天然です」

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福井県在住の友人から、蓋つきの器が届きました。
越前焼きの陶芸祭りでみつけてくれたもの。
なんて、うつくしい……


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蓋をとると、なかはこんなです。
ふと、友人も同じものを持っているのかしら、と

考えています。

Photo_4 

ピーマンを炒め煮にして、器にそっと入れました。
友人のところにある同じ器のなかに、
これが届くといいのになあ。
いつか魔法使いに会ったら、
器におかずを届け合える魔法をかけてもらおう。

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2015年6月 2日 (火)

アメリカンドッグ

 日曜日の朝だった。
 サンポサンポという声がする。
 サンポが散歩だとわかるまでに、10秒くらいかかった。
「ね、午前中、散歩行こうよ」

 前の日の夕方、ひとり暮らしをしている長女がやってきて、泊まった。このひとは、ときどき「いまから行っていい?」と電話してくる。話したいことがたまるのだろうか、来るなり話しはじめる。

「散歩、行こうか」
 と応えながら、しようと思っていたあれやこれやを押しのける。予定を押しのけるのには、勇気が要るけれど、そうしてしまえばたいしたことはない。予定した作業は一向に捗(はかど)らないのに、しがみついているだけで何となく安心する。そんなことが少なくはないから。
「小金井公園まで歩きますか」
「そうしようそうしよう」
 身仕度ののち、朝ごはんも食べずに、ならんで運動靴を履く。
「ちょっと聞いてもらってもいいかな」
 おやおや、わたしときたら。聞き役にまわるつもりが、先に口火を切っている。聞いてもらいたいことがたまっていたのは、わたしのほうだったか。斯く斯くしかじかとやる。
「危ないとこだったね。お母ピー、よく気がついたね。気がついて動きだしたんなら、最後までやらないと」
 このひとはこんな場面では、わたしのことをお母さん、ではなくお母ピーと呼ぶ。そしてそうだ、わたしはこれを云われたかったのよ。わたしのすることは、ときどき腰砕けになる。粘りづよさのようなものが、ないというか。
「そうね、そうだね。人任せにしないで、いや、人任せを混ぜながら、ずっとそこに居つづける。きっとそうする」
 小金井公園につづく遊歩道の上。
 眠たそうな男の子が犬を散歩させている。細いタイヤの自転車がひとを乗せて行き過ぎる。頭のてっぺんから足の先まで、すべてを衣類で包んだサングラスの女(ひと)、日焼けを怖れているのか、逃亡中か。
 午前10時の小金井公園には、思いがけないほどひとがいる。お腹がすいた。立ちならんだ出店で、長女は鶏の照り焼きと野菜を巻いたクレープ520円を、わたしはアメリカンドッグ220円を買う。箸に刺したソーセージにパンケーキの衣(ころも)をつけて揚げてあるアメリカンドッグに、わたしはつい惹かれる。年に二度は食べる。食べるたび、ああ、そうだった衣は甘いし脂っこいしとちょっとがっかりするのだが、そのがっかりにも惹かれているらしい。辛子をたっぷりつけて噛みつく。
 小さなスプーンおばさんを和風にしたようなひとから、焼き団子3350円を買う。海苔が巻いてある。
 公園内をぐるぐる歩き、みどりを浴びる。ひとのまばらな、梅の木の下のベンチに坐って、焼き団子を食べる。お茶は水筒に詰めてきたジャスミン茶。鳩を追いかけて、女の子が駆けている。怖くないのね、あなたはあんな頃、鳩を怖がったけれどね。どこが怖いの?と訊くと、「脚が赤いとこが怖いーって、泣くの」
「いまも、いっぱいいると、怖いよ」
 小金井公園からの帰り道は、長女のはなしを聞く。

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この季節、ドクダミの花がうつくしいです。

この花を見ると、滋養ということばを思いだします。
いろいろの経験は、すべて人生の滋養になる、と
おしえてくれているような。

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