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2015年6月 2日 (火)

アメリカンドッグ

 日曜日の朝だった。
 サンポサンポという声がする。
 サンポが散歩だとわかるまでに、10秒くらいかかった。
「ね、午前中、散歩行こうよ」

 前の日の夕方、ひとり暮らしをしている長女がやってきて、泊まった。このひとは、ときどき「いまから行っていい?」と電話してくる。話したいことがたまるのだろうか、来るなり話しはじめる。

「散歩、行こうか」
 と応えながら、しようと思っていたあれやこれやを押しのける。予定を押しのけるのには、勇気が要るけれど、そうしてしまえばたいしたことはない。予定した作業は一向に捗(はかど)らないのに、しがみついているだけで何となく安心する。そんなことが少なくはないから。
「小金井公園まで歩きますか」
「そうしようそうしよう」
 身仕度ののち、朝ごはんも食べずに、ならんで運動靴を履く。
「ちょっと聞いてもらってもいいかな」
 おやおや、わたしときたら。聞き役にまわるつもりが、先に口火を切っている。聞いてもらいたいことがたまっていたのは、わたしのほうだったか。斯く斯くしかじかとやる。
「危ないとこだったね。お母ピー、よく気がついたね。気がついて動きだしたんなら、最後までやらないと」
 このひとはこんな場面では、わたしのことをお母さん、ではなくお母ピーと呼ぶ。そしてそうだ、わたしはこれを云われたかったのよ。わたしのすることは、ときどき腰砕けになる。粘りづよさのようなものが、ないというか。
「そうね、そうだね。人任せにしないで、いや、人任せを混ぜながら、ずっとそこに居つづける。きっとそうする」
 小金井公園につづく遊歩道の上。
 眠たそうな男の子が犬を散歩させている。細いタイヤの自転車がひとを乗せて行き過ぎる。頭のてっぺんから足の先まで、すべてを衣類で包んだサングラスの女(ひと)、日焼けを怖れているのか、逃亡中か。
 午前10時の小金井公園には、思いがけないほどひとがいる。お腹がすいた。立ちならんだ出店で、長女は鶏の照り焼きと野菜を巻いたクレープ520円を、わたしはアメリカンドッグ220円を買う。箸に刺したソーセージにパンケーキの衣(ころも)をつけて揚げてあるアメリカンドッグに、わたしはつい惹かれる。年に二度は食べる。食べるたび、ああ、そうだった衣は甘いし脂っこいしとちょっとがっかりするのだが、そのがっかりにも惹かれているらしい。辛子をたっぷりつけて噛みつく。
 小さなスプーンおばさんを和風にしたようなひとから、焼き団子3350円を買う。海苔が巻いてある。
 公園内をぐるぐる歩き、みどりを浴びる。ひとのまばらな、梅の木の下のベンチに坐って、焼き団子を食べる。お茶は水筒に詰めてきたジャスミン茶。鳩を追いかけて、女の子が駆けている。怖くないのね、あなたはあんな頃、鳩を怖がったけれどね。どこが怖いの?と訊くと、「脚が赤いとこが怖いーって、泣くの」
「いまも、いっぱいいると、怖いよ」
 小金井公園からの帰り道は、長女のはなしを聞く。

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この季節、ドクダミの花がうつくしいです。

この花を見ると、滋養ということばを思いだします。
いろいろの経験は、すべて人生の滋養になる、と
おしえてくれているような。

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「日記」カテゴリの記事

コメント

ふんちゃん

 いいな~(^^♪
 ふんちゃんのお話には、よく「おさんぽ」が出てきますよね。
 大事な時間だなぁ、真似したいなぁと思いながら、
 なかなかできずに、いや、しようとしないからなのかな…、
 過ぎてしまうことが多くあります。
 昨日は、3番目次男と、ご近所に蕗を届けに行く「おさんぽ」をしました。うちの近所は、木や草がいっぱいなので、ちょっとそこまでお届けもの…でも、気持ちの良い「おさんぽ」ができるんだなぁと改めて感じていました。
 

 ふんちゃんが、まずは受け入れるという決心をされたこと、
 私も心に刻みます。
 自分が良かれと思っていることだったり、誰かを守るということだったり…、そんな時、そこで立ちはだかる人やモノがあったとしても、まずは受け入れる心もちでいたいと、私も心に刻んでおこうと思います。

 週末の小学生チームの運動会は、愉しかったです(^^)
 2番目長女と3番目次男は、とにかくかけっこにかけていました。 
 次男なんて、朝「ご飯が食べられない」と半泣き…。
 「そんなんじゃあ、1等賞取れない!」と、娘と私は鼻息ふんふんで、なんとか食べられるように、「バナナは?」「じゃあ、今日だけ、チョコレート?」なんて言っているうちに時間が…。
 本番、最後の最後まで走り切って、ゴール寸前に追い抜かし、見事一等賞でした。
 すごいなぁ。たくましくなったなぁ…でした。
 4人の中で、一番華奢で、弱気な次男が、しっかりと地に足をつけて頑張っている姿に、景色がぼやけて見え、励まされました。

 ここのところ、ゆっくりと自分の時間らしきものがもてなかった気がして、今日は、これからしばし、布団の国へ行くぞ!!と決意しているところです(^^;)
 今週もまた、どこかで「おさんぽ」の時間を作ろうと思います(^^)

投稿: もも(^-^) | 2015年6月 2日 (火) 13時21分

ふんちゃん皆様こんにちは。
最後の文、なんだか救われます。

たとえどんなに迷惑をかけてしまっても
自分がひどく傷ついても
それは人生の財産になるんですよね。


私、嫌だなど思うことの中にも楽しみを見つける工夫ができるようになったんです。
これをしたら、あの人が喜んでくれる
これをしたらこんないい事が見れる

少々動機が不純ですが笑
どんな嫌なことでも尊敬や楽しみを見つけて
へこたれず前を向いていきます

投稿: たまこ | 2015年6月 2日 (火) 15時24分

もも(^-^)さん

問題の原因のようなものをみつけたときでさえ、
それを排そうとしないことが大切なのではないかと
わたしは学びつつあります。
排そうとせず、静かに見守ることも、
時間をかけてちがう状況をつくる努力をすることも、
「受け入れる」の一面。


投稿: ふみ虫 | 2015年6月 2日 (火) 21時55分

ふみこさま みなさま こんばんは。

お散歩しながら話をするのは、歩く速さで話すということで歩く速さで考えが進んでいくということなのかな。。。時々休憩したり寄り道したりしながら!
一緒にお散歩できる人の存在はとてもステキなことだと思えます。お嬢さんにとってもお母さんにとっても。
ちょっとうらやましいわ!

九州は梅雨に入ったようです。これから梅雨入り前線も北上してくるのでしょう☂
紫陽花の季節は雨の日のお散歩も悪くないかも♪

投稿: かえるのしっぽ | 2015年6月 2日 (火) 22時06分

たまこ さん

くじけないということば、
いただき!
すごく勇気づけられました。

「くじけない」という立ち位置は
しんどそうだけれど、そう宣言すると、
実現できそうな気がします。
お腹の下(臍下丹田)に力が入るというか。

投稿: ふみ虫 | 2015年6月 2日 (火) 22時36分

かえるのしっぽ さん

歩くのが好きなのです。
子ども幼いころからよく歩かせましたし、
友だちともならんでたびたび歩きます。
(お茶する、一杯やるのもわるくありませんが、
ならんで歩くのがいちばんたのしいです)。

健脚でいたい。
というのが、これからの目標かもしれません。

投稿: ふみ虫 | 2015年6月 3日 (水) 09時03分

ふみこさま。

先週は、孫の風邪をもらってしまし、ほんとうにしんどかったです。
毎日、死んだように寝ていました。母が応援に来てくれて、ありがたかったです。わたし、おさんぽは、なかなかできませんが、娘の運転でドライブしながら、助手席であれやこれや話します。ゲラゲラ笑って話すので、ストレスがなくなります。娘の呼び名は、「おっかちゃん」、わたしは、「ばばちゃん」。
孫には、言いにくそうですが、いつか、「おっかちゃん」って言ってくれたら楽しいな、と思っています。

投稿: こぐま | 2015年6月 3日 (水) 10時10分

ふみこさま、みなさま

武蔵野の緑、玉川上水、お二人の笑い声届きました

先週末私は生田の丘散歩たのしみました
おかさんぽは急に景色がひらける感じが好きです
今までみえなかったものがある地点に来ると見える感覚、
心がほどける感じ、柔らかな視点の移動
大切にしたいです

「ホタルの国開国案内6月12日より」
こんな素敵なセンスのポスターも発見

今から楽しみです。

投稿: 真砂 | 2015年6月 3日 (水) 12時46分

ふみこさん、お久しぶりです、こんにちは。
こちらは梅雨に入ったようです。

どんな経験も「人生の滋養になる」っていい言葉ですね。忘れやすいのでノートにメモします。
私も時々散歩しながら夫と話をします。
家ではあまり話すこともないなーと思っていても、歩きながらだといろいろ話したいことが湧いてきます。面と向かってないのがいいのかも(笑)

昨年に引き続き今年もわが家につばめがやって来てくれましたよー。一週間前から昨年作った巣にいるのでもう卵を産んだのかなーと気になっています。玄関の出入りは静かにしようと家族で見守ってるところです。

庭の苗箱もどくだみもつばめも梅雨の風物詩ですね。そう考えると梅雨もわるくないかな。

投稿: ゆっきー | 2015年6月 3日 (水) 12時49分

ふみこさま みなさま

こんにちは。

「いろいろの経験は、すべて人生の滋養になる。」

わぁーっ、ありがとうございます。
今の私には、心強いお言葉。

長男が部活で前歯を折る怪我をしました。
折れ方が悪く、差し歯にはできず。
結局、歯根から抜歯。”歯無し君”になりました。
現在は仮歯を付けていますが、いずれはそれ相応の処置を。

引退まであとわずかなのに、ここまで来て前歯を失う事になるとは。
と、受け入れるまでに、少々時間がかかりました。
(本人が、ではなく、私が、です。)

けれどそのおかげで、本当に信頼できる歯医者さんとの出会いもあり。
救われる思いでした。

思わぬ病気や怪我に見舞われることは、これから先もあるでしょうね。
それが私自身にだったら、今までだって受け入れてこられたのだから、
これからだって難なく受け入れられると思っています。

けれどそれが、大切に育ててきた我が子にだと、自分に対してのように、
簡単には受け入れられない場合もあるかもしれない。

いや、しかし。
「いろいろの経験は、すべて人生の滋養になる。」
この言葉を知っていることは、大きな大きな励みになるだろうな。
ふみこさん、ありがとうございます。

”滋養”という響きには、あたたかさがありますねー。
ほわほわと、包まれる感じ?
好きだ。

投稿: みぃ。 | 2015年6月 3日 (水) 14時40分

こぐま さん

ばばちゃん、おっかちゃん。
いいな、この呼び方。
おっかちゃんのこぐまさん、
子どもから風邪をもらうと、
ひどくなります。
引き受ける気持ちがそうさせるのか。
ぶり返さぬよう、お気をつけてくださいね。


投稿: ふみ虫 | 2015年6月 3日 (水) 15時29分

真砂 さん

その昔、
小田急の広告の仕事をしていたとき、
生田緑地や向ケ丘遊園を
歩きまわりました。

そのときのなつかしさと、
庄野潤三の世界への慕わしさと。
(そして、真砂さんの散策と)。
いつかゆっくり歩いてみたいです。

投稿: ふみ虫 | 2015年6月 3日 (水) 17時52分

ゆっきー さん

つばめさん一家がね。
ゆっきーさん、おしあわせですね。
見守る季節のはじまりですね。

わたしは、梅雨の季節が大好き。
雨音が大好き。

投稿: ふみ虫 | 2015年6月 3日 (水) 17時55分

みぃ。さん

王子さまの「歯」は
大変なことですけれど、
きっと、その道を(歯無しの経験です)照らす
存在になられることと思います。

滋養はやさしく愛おしいものではありますが、
背景に必要なのが、
どうしたって「覚悟」なんだろうなと
思います。ね。ね。

(歯がきれいに入ったら、
どうか知らせてね)。


投稿: ふみ虫 | 2015年6月 3日 (水) 17時59分

ふみこ様、皆様
このブログも、滋養になっていますよ。
いつも、心にしみます。

今日は、映画「あん」観てきました。予想以上に感動しました。

わたしたちは、この世をみるために聞くために生まれてきた。だとすれば、何かになれなくても、わたしたちは、わたしたちには、生きる意味があるのよ。

雨の音を聞く、風の音を聞く、月をみる、、、何を言ってるのかなと感じてみたくなりました。

投稿: ゆきたん | 2015年6月 3日 (水) 20時36分

ふんちゃん、みなさま、こんにちは。


もう、六月ですね。
本当に、もうというかんじです。
月日は確実に経ちます。


玉川上水、六月というと、どうしてもおもいだす方がいます。
桜桃忌。
『桜桃』の作者ですね。ぼくは『桜桃』も嫌いですが。
弱いのは仕方ないとして、なんであちこちにすがりつくのかなぁと不満におもっています。ただただしがらみを増やし、辛さが増すだけだろうに。
しかも、しがみつきながら、そのしがみつき方も半端としかおもえず。
逆にがっちりしがみつかれて、亡くなってしまいましたが、多分がっちりしがみつかれなければまた生き延びたんだろうなとおもえて。
でも、そういう性格というか性分というかあり方は、彼だけの責任でもないのかなともおもいもします。ある意味恵まれた、ほっとかれない身分が、逆に災いしたのかもしれません。
ほっとかれた方が良かったのかもしれません。
ほっとかれるのは寂しいことですが、その幸いもあるのかもしれませんね。
なにが禍となり福となるのか、わからないものですね。
代表作の『人間失格』も大嫌いですが、『如是我聞』は大好きです。
はっきりいってヒステリーですが、ポーズがなくて、気取りのない素顔なかんじで好きです。
気取りとか、ポーズとか、辛くなるだけです。
誰に対してやっているのか、です。
なんのためにやっているのか、です。
それを視てゆけば、馬鹿馬鹿しくなりますよね。
ぼくと違って頭のいい、育ちもいい方なのに、そこにおもいいたれなかったのは悲しいことです。
ただ、そこから、教えてもらえることもあって。
学びを得ることで、彼の生きた価値も生まれるのかな。ささやかなものですが、そうおもいもします。
狂信的な愛読者よりも、意味があるのかなと。

投稿: 佐々木広治 | 2015年6月 4日 (木) 00時53分

ふみこさま、こんにちは。
久々に風邪を悪くして、ふとんの国です。
ふみこさまの親がしてやれることなんて、ほんの少しを久しぶりに読み、おいおい泣きました。
今年就職した息子と、音楽の道を選んだ高3の娘にすこうし置いていかれるような寂しさを感じていたのかもしれません。
ゆっくり休んだら、また、自分なりの毎日を過ごしていけると思います。
人間として、信頼出来る人になった2人に感謝しつつ。
散歩に行きたいな。
ありがとうございます。

投稿: まみちゃん | 2015年6月 4日 (木) 11時18分

ふみこさま こんばんは

今日は梅雨寒の一日でした。片付けたカーディガンを出してきました。

さんぽにはなかなか出られません。散歩したいところがご近所にはたくさんあるのについつい自転車でビューンと走ってしまいます。

前に友人たちと大阪の長居公園の植物園を散歩しました。ちょうどバラの季節で、でも、花よりもおしゃべりだったりして…。あの日はとても歩きました。滋養になりました。そうして、誰かに話すことで自分の気持ちを確認できたりしますね。それはここに書き込ませてもらう効能と同じような気もします。
アメリカンドック、私もまったく同じです。がっかりまでも…。普通のフランクフルトにすればよかった~。とあとで思うのですが、ついつい注文するとき「アメリカンドック」っていってしまいます。
ドクダミ、子どもの頃はちょっと怖い花でしたが、今は少し親しみを持てるようになりました。ご近所の方が、プランターで育てていらっしゃって、あ、そういうのも有りなんだ!と思っていたところでした。

投稿: あすちるべ | 2015年6月 6日 (土) 00時01分

ふみこさん おはようございます

公園へ向かう道で 娘さんに話を聞いてもらい
公園からの帰り道で 娘さんの話を聞く。
こういう場面が 何年たっても ふと思い出す
優しい記憶になっていきますね。

最近の私の優しい記憶は
昨年の秋の終わり 父の特養の帰り道
道路に面した畑に立っていた「無農薬のフェンネルあります」の看板。
フェンネルを知らなかった私に 食べ方を教えてくれて
おまけまでくれた 若者。その畑の前を通るたび思い出します。

“人任せを混ぜながら”・・・進んで行きましょう!

投稿: えぞももんが | 2015年6月 7日 (日) 06時37分

ゆきたん さん

わたしという存在になり、
根を張り、葉をひろげ、
それなりに咲く。

そういうつもりで慎んで生きたいと
わたしは、考えています。
「運命」ということばがありますが、
それは与えられた「役目」なんだと思うんです。
役目も慎んで受け、ゆっくりゆっくり努めてゆく。
ひととのこと(とくに軋轢)、自分自身のやりきれなさ、
あらゆるうまくゆかなさは……重しかな。
それがないと、わたしたちは軽過ぎる存在になって、
どこかへ飛んでいってしまうから。
人間に生まれた宿命は、
たんぽぽの綿毛のようには生きられないところ。

重しは、ひとところにとどまらせ、
根をのばせと、命じます。
(その根がつよくなったなら、
根ごと移動することもできますね)。

投稿: ふみ虫 | 2015年6月 7日 (日) 09時19分

佐々木広治 さん

広治さんには、
太宰への不思議なこだわりがあるんですね。
こだわらずにはいられない、
こだわることで何かを表現しておきたいという意志。

おそろしいほどちがう面を見せながら、
その根っこは、またはべつの一面は、
同じところから生まれているのかもしれません。

見え方、見せ方ということもあります。
とらえ方も大きいと思います。

ひとは、ほんのちょっとしたちがいで、
うんと異なる存在になる。
(異なる方向に向かいはじめる)。


投稿: ふみ虫 | 2015年6月 7日 (日) 09時24分

まみちゃん さん

風邪という恩寵のあらわれ方ですね。
もう、身体のしんどさは去りましたか。

人生の小さな曲がり角、
停留所で、止まる。
それって大事だなあと思います。
いえ、まみちゃんさんのおたよりを読んで、
思ったのです。
わたしはときどき、気づかなかったことにして、
止まらず飛ばしたりしちゃうなあ、とも
(これからは気をつけます、はい)。

投稿: ふみ虫 | 2015年6月 7日 (日) 09時32分

ふみ虫さま

ときどき、ふみこさんは
忘れていた言葉を
思い出させてくれます。

滋養…
身体だけでなく心にも
栄養と休養が必要

前を向いて、立ち止まり
考えながら進んでいくためにも。

投稿: 寧楽 | 2015年6月 7日 (日) 10時09分

あすちるべ さん

ああ、どなたかひとり、
アメリカンドッグに共感してくださったなら、
どんなにうれしいかと密かに思ってました。

ありがとう!ございます。
(また、勇気を持って注文し、
ちょっとがっかりしよう)。

ご近所のドクダミさんたちは、
きっとお茶になるのだと思いますね。ね。


投稿: ふみ虫 | 2015年6月 7日 (日) 11時51分

えぞももんが さん

フェンネルの若者にとっても、
やさしい女のひとが立ち寄ってくれ、
フェンネルについて尋ねてもくれた大切な記憶だと思えます。

ああ、ストーリーだわ。
と、勝手に感動しています。

——人任せを混ぜながら……。
このフレーズは、わたしの渾身だったのです。
書いてくださって、ありがとうございました。

投稿: ふみ虫 | 2015年6月 7日 (日) 12時00分

寧楽 さん

「身体だけでなく心にも
栄養と休養が必要」

わたしには、寧楽さんの
このことばが、本日のツボでした。
大切なことを、さりげなくおしえてくださって
(いつも)、感謝しています。

投稿: ふみ虫 | 2015年6月 7日 (日) 12時02分

ふみこさま

3週間前の日曜日、家族はそれぞれ用事や予定があり出かけてしまい、
思いがけずひとりに。
思い立って、お弁当と読みかけの本を持って(途中でビールも買って)
1時間半ほどかけて、野川公園までお散歩してきました。
木陰で食べたお弁当とビールはおいしかったし、
外での読書も最近やりたかったことだったので、うれしいひとときでした。

歩きながらゆっくり自分と話もできたし、
夕方駅まで娘を迎えに行って、ちょっと遠回りしながらお散歩して
いろいろとおしゃべりしたのもうれしいひとときでした。

投稿: 焼き海苔の の | 2015年6月 7日 (日) 21時47分

焼き海苔の の さん

15分間だけでも、
ならんで歩きたかったです。
その日、野川公園で。

歩くというのは、
とくにみどりの道の上、
話したいひととならんで、ぽつりぽつりと。
これこそは、至福の時間。


投稿: ふみ虫 | 2015年6月 7日 (日) 23時12分

ふみこ様
こんばんは。
忘れないうちに、、、アメリカンドック、私も好きです。
お祭りや花火大会のとき、ひかれてしまいます。アメリカンドックは、特別なおやつって感じです。

深いメッセージ、どうもありがとうございます。
何度も読み返しています。

 

投稿: ゆきたん | 2015年6月 7日 (日) 23時30分

すご~~~くアメリカンドックが食べたくなりました。
お散歩のあとのアメリカンドック。
たっぷりケチャップとマスタードつけちゃう

いろいろ話しながら、そして話したことを反芻しながら、ホッと一息。
ボリュームたっぷりアメリカンドックを食べれば、心はかなり元気になるはず。

娘とお散歩、からのアメリカンドック。
たべた~~い!

残念ながらここは田舎で屋台やフードコートがある公園はないので
徒歩20分のスーパーに行ってフランクフルトのソーセージを買って自宅ホットケーキミックスで作っちゃおうかな。

往復40分の間に今中2の次女となら、高3の長女となら、どんな会話ができるかな?


音大時代に声楽科だった私は演奏会で同期の仲間と
星野富弘の詩による六つの女声合唱組曲「空に向かって」という曲を歌いました
その5曲目はどくだみという詩です

星野さんは「どくだみ」を「白い十字架ににている」と表現されています。
歌を習いながらなんてステキな表現なんだろうなあと当時思ったことを思い出しました


投稿: おきょうさん | 2015年6月 8日 (月) 00時27分

ゆきたん さん

初めてアメリカンドッグを見たのは
いつだったかな。
小学校高学年……。

中学生になってからだろうか。

へえ、はあ、ふう。
そのときの興奮が忘れられなくて。

投稿: ふみ虫 | 2015年6月 8日 (月) 07時38分

おきょうさん さん

ほんとうだ!
相手によって、
その年齢(学年)によって、
ときどきの悩みによって、
はなしの内容はずいぶん変わりますね。

白い十字架。
その目で庭を眺めると、じつに神聖です。
白い十字架が、たーくさん、
お日さまに向かって、のびをしてる!

投稿: ふみ虫 | 2015年6月 8日 (月) 07時41分

ふみこ様
いつも 楽しく読ませていただいています。

我が家にも 先日 仕事の関係で一人暮らしをしている娘が帰ってきて あれやこれやと 話して帰っていきました。

親の私としては ついこの間まで娘は私の手の中で 守ってやらなければいけない存在だったのが あれよあれよという間に 手元から巣立ち 社会の荒波を 彼女なりに頑張って泳いでいる様子は 嬉しくもあり 時として 少し切ないような気持ちになることもあります。

成長していく子どもとの 距離感って なかなか難しいなぁ~と思う時がありますが ふみこさんと娘さんとのご様子を 読んでいると 文章から ふわっと とても心地よい空気を感じます。

あっ!私もアメリカンドック 時々食べますよ。
お行儀悪いですが 最後の割り箸にくっついてるカリカリのところ 食べるの大好きです。

投稿: まり | 2015年6月 8日 (月) 11時42分

まり さん

おたよりありがとうございます。

子どもと、はなしができるのは
ほんとに不思議で、おもしろいです。
どの年代においても、おしえられることがあり、
このひとらはわたしの「鏡」だなあと感じます。

アメリカンドッグのさいごのカリカリ。
ああ、あれが食べたくて、
アメリカンドッグに惹かれていたのだと
気づかせていただきました。

投稿: ふみ虫 | 2015年6月 9日 (火) 10時08分

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