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2015年6月30日 (火)

傷つく前に

 先週のわたしには、たしかに雑談運があった。
 Aさんとばったり会って立ちばなし。おすそ分けのサクランボを届けてくれたM子さんと家でおしゃべり。仕事の打合せのあとにK氏と無駄ばなし。
 それぞれにたのしいひとときだったが、待てよ……とわたしは思っている。
 てんでちがった立場の相手と、別別に雑談をしていたのに、共通の何かがこころのなかに投げこまれたような。何かしら。

 ……ことばだ。

 Aさんは、あるひとのことばに傷ついた仲間を気にかけ、M子さんは自分の放ったことばを反省し、K氏はさまざまな年齢の仕事仲間とことばが噛み合わないことを悩んでいた。
 ことば、ことば、ことば。
 みんなを苦しませることば。
 悩みの種になることば。
 気がつけば「ことば」は近年、「ことば」というだけで持ち上げられ、たいそうスバラシイ存在となっている。わたしは「ことば」なんかはスバラシクない、というはなしをしようとする者ではない。が、厄介な面を持っていることを忘れてはいけないと云いたい。
 ことばと向き合う仕事をつづける日日は、そのまま、その不確かさを思い知る年月だった。そして、不確かさを受けとめてもなお、「ことば」を好きでなくなることなどはなかったことこそは、ことばのスバラシサを物語っている。
 そのスバラシサを保つためわたしは……。
 ものすごく用心している。
 ことばで傷ついたりしないように。
 あっさりひとを傷つけたり、ぐっとひとの気持ちをつかんだり、ことばにはともかく力がある。魔力と云ってもいい。ぐっとつかまれるのはいいが、傷つけるもんか傷つくもんかと思っているのである。用心しているだけで、傷つけないのか、傷つかないのか、ですって? たぶん……ね。少なくとも傷は浅いと思われます。

 新聞や雑誌に書く原稿は、印刷されるまでのあいだに少なくとも一度は見直しの作業(初校)をするし、書籍ともなれば二度か三度(初校・再校・三校)その機会を持つ。

 驚くようなことば選びをしていることに気づいて恥じ入り、赤面してことばを選び直すこともある。着替えのような直しもあるにはあるけれど、自分の人間性の問われる境界にまで踏みこむ場合もある。
 わたしたちがことばを交わしたり、会話したり、雑談したりという場面においては、見直しなんかは無しである。口からするりと出たことばが、意に染まなくとも、相手を傷つけてしまいそうだと気がついても後の祭り。もう、口には戻せない。いまのことばは、まちがいです。云い直します。なんてことを、たまにわたしは云ったりするが、それでも、一度出て行ったことばは、本当の意味では取り返しがつかない。
 というわけだから皆さん、そこのところを前提として考えようではありませんか。
 わたしはどうしてあんなことを云ってしまったのだろう、とか、あのひとからのあれはひどい云われ様(よう)だ、ということがあったとしても、咄嗟(とっさ)のことば選びで、ああ云うよりほかなかったのだなあと考えよう。受けとめる「ことば」、みずから放つ「ことば」に傷つく前に。

「ことば」をスバラシイものとするもしないも、それを使う者の心根であり、技量であるのは云うまでもないことなのだけれども。

Photo

最近、高校生の三女の希望で、
サラダ弁当(昼食)をつくっています。
なかに焼き肉を隠したり、
ポテトサラダ、炒めものを潜ませたり。
弁当は時として、「ことば」以上の
ことばだわ。……と母ちゃんは思いましたとさ。

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「日記」カテゴリの記事

コメント

ふみこさま、みなさま

おはようございます
先日もストレートな言葉へのコメントへのおたより
ありがとうございました

あの後不思議に思ったことがあります。
外国人の友人と話す時には、伝わらない部分があって当然
というスタンスがあるので、感情的にならないし
わからない部分は体全体でつかもうとしている自分

なのに同じ言葉だと相手の言葉だけをつかんでしまう
しかも自分のフレームで
おまけに感情的になって。。。


言葉はむずかしい。。ですが
やっぱり大好きです。
いつも読んでくださりありがとうございます。

投稿: 真砂 | 2015年6月30日 (火) 11時34分

ふんちゃん、みなさま、こんにちは。


外国人や在日の方への心ない(悪意という心はある?)暴言を耳目にするこのごろ、本当にそうだなとおもい読みました。
今までも確かにありましたが、公でおおっぴらにいうことはほとんどなかったような気がします。
そして、それに異をたてると、反日だといったり。……
本音と立て前、というと悪いことのようなかんじですが、線引きだとかけじめは大切だとおもうのです。それがなくなってきたのかな、とおもいました。


でも問題を解決することは、実はすごく簡単なことなのかもしれません。
理屈としては。
いかに、良い人であることができるか。
発し手としても、受け手としても。
簡単な理屈ですが、もう滅茶苦茶難しいことですよね。
それが宮澤賢治のいった「デクノボー」なのかなとおもいました。
慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラッテヰル
アラユルコトヲ
ジブンヲカンジョウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ

ホメラレモセズ
クニモサレズ

投稿: 佐々木広治 | 2015年6月30日 (火) 11時41分

ふんちゃん皆様こんにちは。

言葉ってほんと
人を傷つけたり癒したり忙しいですよね笑

言葉を発するとき
誰もがわかるようにまっすぐ
伝えるようにしなければ、と思うんです。
そんな言い方したら、あなた
孤立するじゃない、というもったいない場面を幾度も見てきたせいでしょうか。

そして時には私の度量が小さく
受け止め切れない言葉も一旦受け取り
すぐに反発しないように努めています。

ま、たしかに。
相手を受け入れる私の合言葉です

投稿: たまこ | 2015年6月30日 (火) 12時38分

ふみこ様

自分の言ったことで誰かが傷ついたとわかった時は
謝るようにしています、ごめんなさいと。
人はいつもいつも気分が良くなることを言ってくれるとは思っていません。
だから嫌な言葉や態度には
「今の言葉、態度は受けとりません」と心の中で誓います。
傷つくことを言う人はひどいですが
ひどいことを言われても自分を傷つけないおけいこに切り替えます。

でも、言葉はほっこりとしたことに使いたいです^^

投稿: ゆるりんりん | 2015年6月30日 (火) 13時51分

ふんちゃん、みなさま、こんにちは

「ことば」をスバラシイものとするもしないも、それを使う者の心根ーーー
まったくその通りだと思います。
心根。
うちでは、サッカー観戦のときが一番の頻出単語ですが、この言葉を共有したいですね。
佐々木広治さんの言われる賢治さんの「デクノボー」と同じでしょうか。


それと、言葉が口から出るときは、結構潜在意識がなせる技のこともあって、
それはそれで、真実をつくだけに、恐ろしいものがありますよね。
口から飛び出た途端に、自分も相手もたじろいでしまうような。
ああ、こちらの方こそ、心根の問題かもしれません。

投稿: rantana | 2015年6月30日 (火) 16時46分

真砂 さん

ほんとうですね。

自分のフレームで勝手に、
傷ついたり、あるときは暴君になったり。
ことばに対して慎重さを欠くのは、
ことばを自在に操る錯覚も原因だったのですね。

こちらこそ 真砂さん。
読んでくださって、ありがとうございます。
いつもおたより、ありがとうございます。

投稿: ふみ虫 | 2015年6月30日 (火) 20時54分

佐々木広治 さん

「良いひと」というのも、
むずかしい……。
簡単なようで、むずかしいです。

ホメラレモセズ
クニモサレズ

これには、どきっとします。
「クニモサレズ」は鍵かしら。

投稿: ふみ虫 | 2015年6月30日 (火) 21時00分

たまこ さん

たまこさんのように努力する存在、
ことばに対しても謙虚であろうとするひとには、
だんだん信頼がひろがりますね。

わたしは、そんな場面を見てきました。
見習わなければ、たまこさんを。


投稿: ふみ虫 | 2015年6月30日 (火) 21時04分

ゆるりんりん さん

あやまる。
ほんとうにそうですね。
気がついたら……。

けれどひとは、
気づかぬうちにひとを傷つけたり、
よかれと思って云ったことが反対の働きをしたり。
こういう面を持っていますね。

だからこそ、「ほっこり」をめあてとして
努めたいというわけです。ね。

投稿: ふみ虫 | 2015年6月30日 (火) 21時07分

rantana さん

訓練系統のことも忘れてはいけないと
思うんですが、どうでしょう。
ことばに対する訓練です。

子ども時代から、
長く「国語」、「文学」を学ぶわたしたちは、
本来学ぶべきものを学んでいないようでもあります。

心根も、
自然にそこに在るものではなくて、
訓練系統の……。


投稿: ふみ虫 | 2015年6月30日 (火) 21時15分

ふみこさま みなさま こんばんは

遅い梅雨入りに紫陽花の色が鮮やかさを増しました。
大雨のニュースも流れてきます。被害が無いといいのですが!

「ことば」って、いろいろな姿をしているのだなぁ。。。と思いました。
喜怒哀楽、癒したり支えたり、傷つけたり。

「ことば」を使う時、自分が何を心がけようと思っているかと考えてみました。
たどり着いたのは「誠実でありたい」ということでした。
でも、それがどれだけ難しいかという事にも、改めて、思い至ります。

それから、若い時ほど「ことば」で傷つくことが少なくなってきたようにも思います。もちろん、傷つけることも傷つくこともある日常だけど、齢を重ねるということはそういう事なのかもしれないなぁ。。。
と。

そして、若い頃も今も、「ことば」はとてもだいじなものです。

投稿: かえるのしっぽ | 2015年6月30日 (火) 21時55分

ふみこさん、みなさん、こんばんは

この度のふみこさんの日記…
他人事ではなく…
先日、お母さん仲間と私が発した「コトバ」で
揉めてしまいました。しかもSNSで。
いつも彼女に言っている冗談を
いつものように彼女に言ったのですが
その時の彼女には全く通じず、
不愉快だと言われました。
今まで冗談で通じていたことなのに
なぜ?と思ったのですが、彼女にしてみれば
以前からずっと不愉快に思っていたとのこと。

空気を変えようと、発した「コトバ」が
人を傷つけていたことに初めて気がつきました。

ふみこさんの仰る通り、口から発する「コトバ」は
見直しが効かない。
増して、SNSの影響力は大きい上に、周りの
人をも巻き込んでしまう…
「コトバ」の影響力と、SNSの影響力の両方を
思い知らされました。

先日、母と二人で「愛を積むひと」を観賞して
きました。本当に素晴らしい映画でした。
やはり、人は人で変わるのだなぁと
気づかされました。

この映画の素晴らしさを教えていただき
ありがとうございました。

投稿: ぞみさん | 2015年6月30日 (火) 23時48分

かえるのしっぽ さん

「誠実でありたい」という決心が、
効きましたね。
自分から出てゆこうとする悪言をひきとめ、
芳しいことばを思いつかせるのだなと
思います。

きょうわたしも、誠実に。
(どうしても、一日一日だという気がしていて)。


投稿: ふみ虫 | 2015年7月 1日 (水) 06時17分

ぞみさん さん

おはようございます。

哀しいことを思い返して
ここへ置いてくださったこと、
感謝しています。
どうもありがとうございます。

2009年ごろだったか、
「とり残されることも選ぼう」
とわたし、ひとつの決心をしました。
そのひとつとして、通信系統のツールから
思い切りとり残されています。
SNSのことはわからない。
遠目にしている感想を聞いていただいても
かまわないでしょうか。

ことば(の選び)に対してそうとうに
高度なものが求められるなという印象。

速度も求められますね。

ぞみさんにとって、
それ(SNSの世界)はほんとにことばなのか……。
このたびの出来事は、
ある分岐点を示しているのではないかな。
これまでも、かなり疲弊しておられたのではないかな。

ここにいただいているぞみさんのおたよりは、
いつもやさしく、そして詩的です。

(SNSについて、何も知らないくせに
余計なことを書いてしまいました。許してください)。


投稿: ふみ虫 | 2015年7月 1日 (水) 06時32分

ふみこ様 皆様
とても考える内容でした。
今回、私が職場に行けなくなったのは、机の上に貼り紙がしてあったからです
A3の用紙をテープでとめて、反物のように長くして。
そこに、馬鹿とか死ねという、ことばは書いてありません。
でも、それまでの色々の出来事の積み重ねから、もうここにはいられないと思いました。

私も、ふみこさんと同じです
去年、よく考えず、ラインに入りましたが、グループラインとやらに
精神的に疲れたので、今後は、やらないと決めました。
アナログでいい。
思っていることを、パンパン言うことが、いいとも思えない
SNSもやってないので、よくわからない。

ことばは、声のトーンや顔の表情、身ぶり手振り、そのときの周囲の状況(音、場所、気温や天気など)などで、同じことばでも、変化すると思います
だから、受けとるほうも、色々な要素で、ことばを受けとめる
勿論、お互いの体調も含めた波長もあると思います

昔、手紙を書くときは、何度も読み返して、結局出せないこともありました
自分の思いを伝えるって、すごく大変なことで、伝わるってことは本当にありがたいことなんだと思います。
短文でも、捨てられない手紙があります。
心に響くから。

ことばは、威力があるから
そのとき、どんなことばを発するかで、ひょっとしたら相手の人生を左右することもある


投稿: ゆきたん | 2015年7月 1日 (水) 09時39分

ぞみさん
私も昔、メールでですが、お互いの意図が伝わらなくて、仲がこじれたことがあります。

結局、その人とは、それで縁が切れる運命なんだと受けとめました。
だって、続く人とは、続くから。

ただ、メールやSNSなどに関する考えかた(すぐ返事がないと嫌な人とか、絵文字がないと、こわいと言われるとか)が違う人とは、やりとりしません
業務連絡とかなら、別ですが。
昔から、私のことをよく知っている人とか、親友とかなら、メールで伝えることもあるけれど、会えるなら、直接お話します。

さしでがましく、ごめんなさい。
ぞみさんのような思い、結構みんな経験しているんじゃないかなと思いました。

投稿: ゆきたん | 2015年7月 1日 (水) 11時34分

ふみこさま。

こんにちは。今日から七月ですね。

「ことば」 こわいけど、すきです。
うれしいひと言を言ってもらったことは、ずっと覚えています。
子どもたちが、心地よいと思ってくれる本を作りたい・・・。そう思っています。なかなかむずかしいことですが。そのためにも、わたしを磨いていきたいと思います。
では、またぁ。

投稿: こぐま | 2015年7月 1日 (水) 12時14分

ふんちゃん、みなさま、再度お邪魔します。


ことばについて、みなさまがそれぞれのことばで語ってらして、おもしろいなとおもいました。
難しい、大変だ、傷ついたとことばにまつわることも、すべてことばで表される。
ことばでしか表せなかったり。


難しいとか、怖いとわかっているうちは大丈夫な気がします。もちろんそれでもトラブルはおこるでしょうけれど。
本当に怖いのは、怖さ恐ろしさ、難しさがわからなくなったときのような気がします。
今、本当に怖い状況になってきているような気がしていて。
それは、あまりにもことばの扱いが軽くなってしまっていることにあるような気がしています。
誰も彼もが公に発言できるようになって、その難しさ怖さが忘れられてきているのかもしれません。
ことばの難しさには、いろんなものと=してしまうところがありますね。
文は人なり、といいますが、その方の生き様や質をみせてしまいます。
読める人は、そこまでゆくと達人ですが、わかってしまいますね。


で、自分はどうなんだ?と自問してゆきたいです。


投稿: 佐々木広治 | 2015年7月 1日 (水) 12時45分

ふみこさん、この度も温かいお言葉ありがとう
ございます

今の時代は、誰もが簡単に、SNSやメールで
ことばを発することができる便利な時代。
でも、そのことばは伝わっても、発した人の
本当の気持ちは、時として置いてきぼりに
なってしまう…そんな気がします。

自分も含め、ことばの使い方もわからぬまま
SNSやメール上で人間関係のほとんどを
築いてしまっているような。
固定電話が当たり前だった時代、夜の電話には
「夜分遅くすみませんが…」と、一言伝える
マナーがあったのに、今の子供たちは
日付が変わるまで、友達と繋がりっぱなし。
自分を取り戻す時間も、家族との時間も
儘ならないような気さえします。

もっと大切なことを忘れてしまわないために
この分岐点を新たなスタートにしてみようと
ふみこさんの温かい「ことば」で
気づくことができました。
ここでのやりとりだけなのに、
ふみこさんにはたくさん見抜かれている気がして

心地よいのです。
ありがとうございます。
ふみこさんからの「ことば」は
私のちからになります。

投稿: ぞみさん | 2015年7月 1日 (水) 19時23分

私も去年、十何年つきあってきた友人に、突然思ってもみなかった事を沢山言われ、それもメールでね。相手は、ずっと私に対してイヤだと思っていた事が溢れ出たのでしょう…
でもこちらとしては、もう何を言う気にもなれないくらいびっくりして、そんなふうに思われているのに、もうお付き合いは無理だと思い、結局は…それ以来、あうのをやめたのです。

それからしばらく、人に会うのが嫌で、極力引きこもっていました。

携帯をスマホにするのも億劫で、いまだガラケーです。
携帯 いらないかなと思ったり…でも連絡手段は必要だから…

私は自分で言葉が足りないのか、多いのか、わかりません。
言葉って本当にむずかしいです。

投稿: まり | 2015年7月 1日 (水) 20時17分

こぐま さん

自分を磨く。

それがないと、ことばも
磨かれませんね。
この世にある限り、
磨いたり、学んだり。
(そうして、磨けば磨くほど、学べば学ぶほど
謙るとゆきたいです。ね)。

投稿: ふみ虫 | 2015年7月 1日 (水) 22時31分

ゆきたん さん

そうだったのですか。

ゆきたんさんは、静かにそのことを
伝えてくださることができて。
すごいです。
強さというより、たおやかさかな。

ことばについては、
直接会って伝える機会をふやしたいものです。

投稿: ふみ虫 | 2015年7月 1日 (水) 22時33分

佐々木広治 さん

ことばのむずかしさ、怖さを
忘れないでいることの大切さ。

あー、そうだったー!
と、叫んでおります。
(いまさら! とか云わないでくださいね)。

投稿: ふみ虫 | 2015年7月 1日 (水) 22時37分

ぞみさん さん

気持ちのいいおたよりを、
ありがとうございます。
心して読んでおりまする。

一日一日が、
じつは分岐点であり、
スタートなんじゃないかしら。
と、ふと(ほんとにふと)思っています。

おやすみー!なさい。

投稿: ふみ虫 | 2015年7月 1日 (水) 22時39分

まり さん

わかりますー。
わたしにも同じようなことが、
幾度か起こりました。

自然消滅みたいなこともあって、
わたしはそんなに「わるかったか」とか、
わたしが「何をしたんだ」とか
悩んだこともありますが、
いまは、それらの経験をこう受けとめています。

その事ごとの正体は、
ほんとうのところよくわからないけれど、
自分の経験として、生かすことにしよう。
友だちという実態はたぶん失ってしまったけれども、
その経験を友だちと呼び換えることにしよう。

ずれたことを書いてしまったかもしれませんね。
ごめんなさい。
でも、約束。
それはわたしたちにとって、
必要な経験だったと感謝することにしましょう。

投稿: ふみ虫 | 2015年7月 1日 (水) 22時44分

ふみこさん、ありがとうございます。
そうですね、多分、自分にとって必要な経験だった事には間違いないですよね

どんな出来事にも
不必要な事はないんだな…とも、しみじみ思います。

おかげさまで、少し慎重になったしね…(笑)

投稿: まり | 2015年7月 2日 (木) 01時03分

まり さん

おはようございます。

あのね、まりさん、
ひととの「関わり」が切れてしまうことを
(自然消滅も含め)悲しみ過ぎてはだめなんだと
自分を戒めているんです。
切れたかに見えるんですが、
この世での定めは果たしているはずだし、
その「関わり」は終わっているわけじゃないのではないかと。

いいえ、また関係が修復されたり、
復活するというわけじゃなくて。
切れたかに見える関わり方こそ宿命、と。

それに不思議じゃありません?
その一方で、お会いしたこともないのに(いまのところ)、
お互いを思い合っているまりさんとわたしの関わりは
静かにはじまっているのです!

投稿: ふみ虫 | 2015年7月 2日 (木) 07時18分

ふみこさま、みなさま

おはようございます。昨日美瑛の丘行ってきました

久しぶりにふわっと優しい気持ちに包まれました
ふみこさまの「人はやさしくて。。」同感です。

いつも言葉が足らなくて、僕は意見が違うからとそっけなくて
でも・・男ってそんな生き物っていとおしくなる優しさが
私の心にも生まれました

いろいろなシーン話したいですが。。。
不器用な親父二人の暖炉の前でお酒を飲む場面とか
すごく好きです

美瑛の丘は亡き義父のもっとも好きな所だったので
よけいに心があたたかくなりました
山のようにある美瑛の丘の写真宝ものなんです

こうなると言葉はいらなくなりますが
やはり伝えたくて。。今日もいい一日になりそうです

投稿: 真砂 | 2015年7月 2日 (木) 08時45分

ふみこ様
いつも、温かいメッセージありがとうございます。

今日は早起きして、少しですが散歩しました。
休職してから、ゆっくり寝てることが多かったです
朝が嫌だった。

このブログや、昔からの友人知人がいるおかげで、ここまでこれました。
人って、ことば一つで、そのことばがきっかけで、立ち直れることもあるし、
ことば一つで、病気にもなる。

このブログは、本当に、いい場所だと思います。
皆さん、ことばを考えている。
思いやりがあります。

感謝しています

投稿: ゆきたん | 2015年7月 2日 (木) 10時51分

「ことばって、毒にも薬にもなるのよ」
と、中学時代の国語の先生が、天邪鬼な私を諭してくださいました。
 言葉なんてなくても、友達なら真意をわかってくれる、と
昔のお父さんたちのような感覚でいました。
 だから、当時は随分横柄に暴言を重ねていたと思います。
 好きな友達に、照れくさくて素直な言葉を伝えられなかったのです。
 それでも、ずっと添って来てくれた友人達は、私の暴言の中に
何かを感じてくれたのか、と、喉の奥があつくなる思いです。
 救われたことばもたくさんありました。
「何のためにことばがあるか、わかる?」
 その国語教師の問いに、まだ、きっぱりした答えは返せませんが、
伝えたいことばが毒にならないよう、口先だけにならないよう、
大切にしたく思います。

投稿: どりす | 2015年7月 2日 (木) 12時42分

ゆきたんさん

ことばをかけてくださって、ありがとうございます
うれしくて、うれしくて
慎重にお返事したいと思っていたら
すっかり遅くなってしまいました
申し訳ありません

その人とは、それで縁が切れる運命だったと
受け止める…私も同じ意見です

ふみこさんや、ゆきたんさんにいただいた
ことばで、自分を見つめ直すいいきっかけに
なりました。
メールやSNSに振り回されていたのかも
しれませんね…

これからは
心して
ことばと向き合っていこうとおもいます。


投稿: ぞみさん | 2015年7月 2日 (木) 18時00分

真砂 さん

「愛を積むひと」の
感想を書いてくださり、ありがとうございます。

暖炉前の男ふたりの時間。
わたしもあれが好きでした。
友情を考えさせられる映画でもありますよね。

美瑛の風景が、
やさしく思い出を呼び寄せたというわけですね。
……よかった。


投稿: ふみ虫 | 2015年7月 2日 (木) 21時35分

ゆきたん さん

早起きと散歩。
そりゃ、高度だー!
と、思わず叫んでしまいました。

浄らにして、高度な動き。
あたらしい朝をスタート地点に、
あたらしい世界へゆっくり歩みだしてください。

ここから、そっと(小声で)声援を送ります。
朝に大声は、ふさわしくないですものね。

投稿: ふみ虫 | 2015年7月 2日 (木) 21時38分

どりす さん

これが暴言。
これがやさしいことば。

そんなふうに分類できないのが、
ことばの一面でもありますね。
わたしね、これまで、暴言風のことばにも、
励まされてきたと思うんです。
やはり、ひとのこころを映すのがことばなんでしょうね。

どりすさん、いつも愉快な、元気のでるおたよりを
ありがとう!ございます。

投稿: ふみ虫 | 2015年7月 2日 (木) 21時42分

ふみこ様
でも、夕べは、また色々思い出してしまって、早起きできませんでした
気分が塞いでしまって。
ぼちぼちで、いいかなあ
洗濯、掃除、料理、、そんなことからで。
私の頭で考えてても、仕方ないことなのに、考えてしまうとダメです
洗濯干して、繕い物でもします

ふみこさん、職場に無視というのも存在していました。
わざと無視していると感じて、気にせずいたけど、積もると心にきましたね
無視というのも、ことばの暴力に入るのかな

ぞみさん
ありがとうございます。
こちらこそ、嬉しいお返事ありがとうございます
読んで下さったということで、十分なことなのに、よく考えてお返事下さったことに感謝しています。


投稿: ゆきたん | 2015年7月 3日 (金) 10時02分

ふんちゃん、みなさま。再々です。
すいません。


どりす さんへのふんちゃんのお返事を読み、そうそうそれも云いたかった!とおもい、再々登場しました。
「これが暴言。
これがやさしいことば。
そんなふうに分類できないのが、ことばの一面でもありますね。」
ずっと前、テレビの番組で井上ひさしさんがおっしゃったことが印象深く、おりおりおもいだしているのですが、またふとおもいだされました。
井上ひさしさんの前に、内館牧子さんが意見を述べられていました。「自分に娘がいて汚い言葉を使ったりしたら、ひっぱたいてやる」というような。その後ということもあり、よけいなるほどとおもわされたような気がします。
井上ひさしさんは、「言葉の美しさとは、どのような状況で、どこから発せられたかによる」とおっしゃった。
例えば(この例えはそのままかどうか記憶は定かではありませんが)、崖から落ちそうになっている人がいて、助けようとしながら「じじい掴まれ。ぐずぐずするな」と怒鳴ったとする。その言葉は、美しい。
見てみぬふりをして、ごきげんようなどと綺麗な挨拶をしたとして、その言葉は美しいといえるのか?
云われてみればなんてことのないことなのですが、本当にそうなんですよね。


ゆきたんさんの遭われた無視。
なにもいわない。故意にことばを無くする。
その行為は悪意だと無視になりますが、あたたかいおもいやりからのものだと、見守ることになりますよね。

扱い手の心もち次第のようですね。

投稿: 佐々木広治 | 2015年7月 3日 (金) 11時51分

ゆきたん さん

「忘れる」ちからをつけることも大事。
思いだすのは、思いだしたいことだけにして……。

そうして、ぼちぼち歩けばいいですよ。ね。
わたしもぼちぼち。
ゆきたんさんもぼちぼち。

(こんど、何かに名前をつけることになったら、
「ぼち」とつけよう。ぽちじゃなくて)。

投稿: ふみ虫 | 2015年7月 3日 (金) 21時15分

佐々木広治 さん

ありがとう、ありがとう、
広治さん。

ことば足らずの投げかけを
受けとめて、そこまではなして(説明)くださって。

どんなことも、
受けとめ方がものを云います。ね。
「じじい、つかまれ。ぐずぐずするな」は、
わたしのこころを明るくしてくれたなー。

投稿: ふみ虫 | 2015年7月 3日 (金) 21時20分

ふんちゃん

 ふんちゃんやみなさんのやりとりを読ませていただいて、ことばのことを考えていました。

 私も、ある意味、ことばを使った仕事をしているなぁと思います。
 人と話す仕事という意味で…。
 その時にはね、とってもことばを選ぶ時があります。

 でもね…、日々の暮らしの中で、自分が何を感じているか、何を考えているか、何を見ているか…、その他いろんなことが「ことば」として出るのであって、やっぱりことばは表に表れている一部なんだなぁと思います。
 なんぼことばを探したとしても、私の中にしっかりとしたことばがなかったら、それを表に出すことはできないですもんね…。
 ふと、出てしまって、誤解を招くことばもあります。
 それでも、これも私の中にあったことばなのだなぁと、自分が気付かなかった自分の考え方や感じ方を反省したりもします。
 ことばを考える時、やはり自分が日々、どういう心もちで暮らしていくかということが大事なんだなぁと思っています。
 だから、ここへお邪魔して、ただ過ぎていく日々の暮らしを、いろんな角度から見てみたり、ふんちゃんやみなさんに見てもらったりしているんだなぁと思いました。
 にじみ出ちゃうんですよね…ことばって。話しことばも、こうして書くことばも…。
 大事にしたいなぁと思います。

 改めて…、ふんちゃんみなさま。
 東京で入院していた父が、急変し、他界しました。
 最初は、一人で東京へ行って見送ろうと思っていたのですが、夫や子どもたちと相談しなおし、結局、家族6人で見送りにいきました。
 そして、納骨まで家で骨を預かることにもなりました。
 いろんな思いを味わわせてくれた父ですが、30年ぶりに一緒に暮らすことになりました。
 不思議な思いで、骨を眺め、写真を眺めております。
 「おはよ〜。仕方ないからコーヒー入れたよ」と、ぶつぶついいながら、死んでもなお、優しくしきれない娘となっています(^。^;)
 父の仕事関係の方がいらして、父にどんなにお世話になったかと話をしてくれました。
 私の代わりに泣いてくださって…。
 ぶつぶつ文句を言いながら少し一緒に暮らそうと思います。
 穏やかで、優しくて、気が小さくて、家族に対する責任感がもてなかった父でした。
 
 こうやってことばにするたびに、少しずつ私の気持ちが収まっていく気がします。
 ことばって、すごいなぁ…ですね…。
 
 

投稿: もも(^_^) | 2015年7月 4日 (土) 06時24分

ふみこさま みなさま おはようございます

静かな週末の朝です。

今週2度目のコメントです。

今週は「ことば」をめぐるみなさんのコメントをひとつひとつ、何度も読ませていただきました。

「ことば」は「ことば」という姿ばかりではないということも、改めて、思った今週でした。
ふみこさんのお弁当のように、おじょうさんと並んで歩くということのように、「ことば」で伝える以上に雄弁なこともたくさんあるのですが、毎日の暮らしの中では何気なく過ごしてしまっています。思い返してみると、あれもこれもそうだった。。。と。

今日は家族の誕生日。
「ことば」にすると照れちゃうので、とびっきりのおめでとう♡と感謝♡の気持ちをどうやって伝えようかと思案中!
さぁ~うまく伝えられるかしら???

投稿: かえるのしっぽ | 2015年7月 4日 (土) 08時41分

もも(^_^)さん

昨夜、おたよりをじっくり読ませていただきました。
ここへお知らせくださって、
どうもありがとうございました。

皆さんでお父さまを迎えに上京されて(結果的にだとしても)、
ほんとうにおしあわせでしたね。
お父さまがまずおしあわせだけれど、
ももさんご一家もね。

「家族に対する責任感がもてなかった父」
と書いておられたけど、
「家族に対する責任感がもちたくて、
そうできなかった」お父さまだったのだと思うな。
これから、あの世からやりなおしをしてくださいますとも。
わたしは、そう信じています。

それから、ことば。
にじみだしちゃう……。
ほんとうにそうですね。
実のあることばをふとしたときにも使える(選べる)、
そういうわたしになりたいです。
つくづくね。

精進します。


投稿: ふみ虫 | 2015年7月 4日 (土) 10時51分

ふみ虫さま

心根と技量
ことばを使う時の心得
肝に銘じます。

ありがとうございます。

投稿: 寧楽 | 2015年7月 4日 (土) 13時50分

ふみさまみなさまこんにちは。

雨ばかりですが、今日はちょっとだけ雨が上がった時間に一気に小さなお庭の枯葉拾いをしてしまいました。そのままにしておくとどんどん蚊が増えちゃうので・・・。
マンション1階の猫の額ほどの庭ですが、半年にわたる大規模修繕が先日終わり、足場が片づけられたあとの庭は枯葉だらけ・・。ざっと拾っただけでごみ袋2袋。
ナメクジ君や、ミミズ君、ゲジゲジや、ダンゴムシ、出る出る・・・。
でも、なんだか、こんな庭にこんなあまたの命が宿って、一緒に暮らしているんだな・・・なんて心でことばにしながら黙々とに枯葉拾いをしておりました。
きれいになったところでまた降り出した大雨です。
わたしの父、亡くなったじっちゃんがきっと雨を待たせてくれたのかな?と。
こんなことが父が亡くなってからは多いので、そんな時は空に向かって一礼。
もも(^_^)さんのお話を読ませていただいて、父の事、思い出しました。私の父もすぐ仕事はやめてきちゃうし、お金も騙されてとられちゃうし、私が話しかけても寡黙に、何も答えないことが多かったし、怒りっぽくて、決して自分とは馴染めていたわけではない気がしますが、葬儀には予想しないくらいの数の弔問の方がいらして、「本当に楽しく愉快な方だったんですよ・・」って何人もの方から言っていただけて、
私の知らない父の一面、知って、大きくビックリ、ちょっとジェラシーでしたね。
天国はどんなところかわかりませんが、ここのサイトでのみなさんとの偶然の出会いのように、もも(^_^)さんのお父様、ふみ様のお父様、私の父、私達のしらない顔で一杯やりながら大笑いしているかもしれません。

国語の成績、まあまあ良かったのですが唯一、感想文、作文はいっつも最低評価でした。自分の気持ちを文章にするのが本当に苦手なんだなあ・・・、ことばの使い方、いつももどかしい・・。戦いです。ましてや考える時間がとれないその場でのおしゃべりになれば、本当に、なかなか思い伝わってない気がします。が、周りの温かな方々のおかげさまで、どうにか気持ち、汲み取っていただけてる気がします。
こちらの場で、ふみさまはじめみなさまに温かい言葉のシャワーをいただけております。勉強勉強!ガンバルゾ。

先日NHKのみんなのうたをなにげなく聴いていたら、「クロ」という歌が流れてきました。歌い手は遊佐末森さんと言って昔から大好きな、やさしい声の持ち主。曲も歌詞も彼女のものですが、聴いているうちにふみさまのいちごちゃんの事が、そして、昨年1月に亡くなった我が家のうさぎのアンジュールが思い出されて泣けちゃいました。
憂鬱な梅雨時に少し心が洗われる音楽でしたのでおすそわけさせてください。YouTubeなどで、聴いてみてくださいね。歌詞もすごくあたたかいです。

ことばを音にのせる『歌』というものもグッと心に沁みてきますね。

投稿: おきょうさん | 2015年7月 4日 (土) 17時51分

ふみこさんのあたたかいメッセージ、じんときました。なかなか言葉がみつからず、風邪で寝込んでしまったのもあり、遅くなりました… ふみこさんとの出逢いに、ありがとう。

投稿: まり | 2015年7月 4日 (土) 18時14分

ふみこさま みなさま

おはようございます。

昨日は長男達の壮行会でした。
来週の(土)が開会式で、翌日が初戦となります。

監督さんから背番号授与があり、ベンチ入りした選手(20名)が、
ひとりひとり、決意のことばを述べました。
厳しく苦しい練習に立ち向かって頑張ってきた部員達のことばは、
どのことばにも重みがあり、そのことばを語る子供たちの表情は、
緊張は感じられたものの、晴れやかで明るい表情でした。

印象的だったのが、選手達のことばを聞く1、2年生の表情もまた、
自信にあふれたものだったことです。
自分を追い込んで、厳しい練習に励む先輩達の姿を見て、
良い刺激を受け、技術以上のものを得ることができたのかな?と、
そんな風に感じました。

わたしは長男が決意を話すとき、今までのさまざまな事が思い出され、
まだ決戦の前だというのに込み上げてくるものがあり、
鼻の奥がツーンとしてしまいました。

「ことば」は難しいものではありますが、
その「ことば」の背景には様々な出来事があり、
その出来事の中身が濃ければ濃いほど、「ことば」は深くなり、
受け取った者の心を動かすのかなぁと思います。

ほどよい緊張感とほどよい親近感を持ちながら、
「ことば」とお付き合いしていけたら良いです。

決戦まであと1週間。
いろんな想いを味わいながら、
球児の母ちゃんとしての最後の日々を楽しみます!

投稿: みぃ。 | 2015年7月 5日 (日) 06時32分

ふみこさま みなさま

連続投稿、お許し下さい。

小鳥たち、昨日、羽ばたいてゆきましたよ。
全部で7羽。
どの子も笑顔で迎えていただけました!
私と言えば、ムスメ達を嫁がせた気分でしたよ。
(現実には味わえない気持ちです。ふふふ。)

先週の私のコメントに対する、ふみこさんからのお返事。
嬉しかったです。
どうもありがとうございました。ぺこり。

投稿: みぃ。 | 2015年7月 5日 (日) 06時59分

ふみこ様 おはようございます

ふみこさんのお話 皆さんのそれぞれの「ことば」への思いを
じっくり きいた 朝です。
あ・あ・・聞くことができて良かった。
私もやっぱり 日々 言葉に左右され 
落ち込んだり 元気が出たり 反省したり
そう言う風に暮らしているので。
みんなも そうなのだと思うと また 頑張ろう
そう静かに思います。

昔から 語彙が少なく 表現力に乏しい私は
「ああ言えば良かった」「今度はこう言おう」「ちゃんと伝わっただろうか」
の繰り返しのような気がします(笑)

この歳になって 決めていることは
何か 相手に 負の事を言いたいことがあったら
一人で言いに行こう。その時は 目を見て話そう。

ふみこさんが オオカミになって走っていくみたいに。

 

投稿: えぞももんが | 2015年7月 5日 (日) 07時06分

ふみこさま

研修のお仕事をしているので、受講生にアンケートを書いていただくのですが、
書いてくださった言葉に、ありがたくうれしく思う日もあり、
自分の意図が伝わらなかったことに落ち込む日々もあり…の毎日です。
でも、最近は自分の精一杯を伝えればいいんだと思えるようになりました。

「愛を積むひと」観るのが楽しみです。
映画に出てくる手紙と言えば・・・
今年の春、チャンイーモウ監督の「妻への家路」がよかったです。
長年夫の帰りを待ち望んでいた妻。やっと夫が帰ってきたときには、
記憶障害で夫の顔が思い出せないのですが、そんな妻に寄り添いながら
自分が妻に宛てた手紙をゆっくりゆっくりかみしめながら読む姿が
印象に残りました。

言葉については私も考えさせられます。
大切に使って、でも、あまり振り回されないように…していきたいです。

投稿: 焼き海苔の の | 2015年7月 5日 (日) 16時57分

寧楽 さん

肝に銘じても、
銘じても、つい、うっかりして
失敗したり。
取り返しがつかない自体に陥ったり。

でも、許し許されるということが、
ひと同士のあいだのもっとも大切な約束かなあ……と
感じています。
(「許されている」側ばかりなのが、
気がかりなことですが)。

そういうことの伝わる友だちに、
寧楽さん、感謝を捧げたいです。


投稿: ふみ虫 | 2015年7月 5日 (日) 17時18分

おきょうさん さん

おきょうさんさんのおたよりのなかの、
「そんなときは空にむかって一礼」、
「汲みとっていただけてる」
ということば、胸に染みこみました。

どちらのことばも、
忙しなくわさわさしていたり、
結果を急いでいるときには、
実現もしないし気づき得ないこころのはたらきです。ね。

それから、わたしも「クロ」聴いたんです。
びっくりしました。
やさしいねーと、感謝しました。
おきょうさんさんにもね。

投稿: ふみ虫 | 2015年7月 5日 (日) 17時37分

まり さん

わたしも、「ありがとう」。
風邪、お大事にね。

わたしのまわりにも、いま、
風邪ひきさんがたくさんいて、
休んじゃえ休んじゃえ、と唆すように
誘ってます。

まりさんも、たまには、ちゃんと休まないと。

投稿: ふみ虫 | 2015年7月 5日 (日) 17時39分

みぃ。さん(球児の母ちゃん)

大事なときがめぐってきましたね。
厳かな気持ちになりました。

ことばのむずかしさを超えるもの。
それが、経験の深さと、
魂のきよらかさだと思えるんです。

球児たちのことば。
聞きたかったなあ。
聞いたら、号泣しちゃいそうだなあ。

投稿: ふみ虫 | 2015年7月 5日 (日) 17時43分

みぃ。さん(刺繍作家の……)

7羽も?
小鳥たち、ことば以上のことばを
運んでゆきましたね。

小鳥たち……。

投稿: ふみ虫 | 2015年7月 5日 (日) 17時45分

えぞももんが さん

ほんとう、ほんとう。

わたしも、一緒に誓わせてください。

ひとりで云いにゆこう。
相手の目を見て話そう。

聞くことの大切さも、
そこにはありますね。
わかりたいという思いを胸に灯しながら、
聞くという……。


投稿: ふみ虫 | 2015年7月 5日 (日) 17時48分

焼き海苔の の さん

意図する以上のことが伝わることもあります。
でもそれが、ずっと先に伝わったり。ね。

自分の気に入るように伝わらず、
かりかりすることもなくはないのですが、
そんなときは、
「どんなふうに伝わっても、
伝わってくれて、ありがとう」
とことばに出して唱えます。
自分に云い聞かせているんです。

それにね、
の、さんの存在はたしかに伝わっていますよ。
落ち着いた佇まいとか、
瞳の輝きとか、やさしい声とか。
それも大事じゃない……?


投稿: ふみ虫 | 2015年7月 5日 (日) 17時52分

ふみこさま みなさま こんばんは

先日刈り込んだラベンダーが新芽を伸ばしてきました。
若々しい緑の逞しさに元気をもらいます♪

今週再々投稿です。

昨日観たドキュメンタリー映画のHPにあった「この映画をご覧いただいた皆様へ」という監督スタッフのみなさんからのメッセージが、今週のふみこさんの文章やみなさんのコメントに通じるものを感じたのでコメントさせていただきます。
昨日観た映画は「うまれる ずっと、いっしょ」です。

それから報告~~昨日はいつものご飯でいつもの穏やかな夕飯のひとときでした。こういう時間が次の誕生日まで何度も何度も繰り返されることを願いながら!

投稿: かえるのしっぽ | 2015年7月 5日 (日) 19時11分

かえるのしっぽ さん

おたよりへのお返事が、
1回分抜けていました。
お許しくださいね。

ご家族のお誕生日、おめでとう!
ございます。
自分が誕生日で、静かに祝っていただいたような
気分に浸っています。
なぜか。

それは、「こういう時間が次の誕生日まで何度も何度も
繰り返されることを願いながら!」
という、かえるのしっぽ さんのメッセージを
贈りもののように感じたからだと思います。

映画のこともおしえてくださって、
どうもありがとうございます。

お誕生日のご家族も、かえるのしっぽ さんも、
どうか佳い1年を。
清清しい1年を。

投稿: ふみ虫 | 2015年7月 5日 (日) 21時47分

ふんちゃん

 今週は、再投稿が多いですね…。
 ふんちゃんを忙しくさせてしまうなぁと思いながらも、私も…(^^;)

 おきょうさんのコメントを読ませていただいて、ハッとしました。
 母と私の元を去って行った父でしたが、一緒に過ごせたからっていいわけじゃないって。
 一緒に過ごしていても、うまく通じ合えない場合もあるということを、今更ながら知りました。

 自分のしたいことをただしていただけの父だったんだと思います。
 いつも穏やかで優しい父だったと思います。私のやりたいと言ったことに、何かを言ってきたことなんてありません。
 それを私は、自分が好きなことをしてきたから言えないんだと思って過ごしてきたように思います。
 けれど…、想像するに…、一緒に暮らしていたとしても、
 きっと父は、むやみに私に立ちはだかるようなことはしなかった…と、思います。
 
 ふんちゃん…、「家族に対する責任感がもちたくて、そうできなかった」父。
 そうか〜って思えてきました。
 私の前にいる父は、いつも私の気分が悪くならないように気を遣っていたと思います。
 音信不通になった後、父の居場所が分かって会いに行った時、
 私が起きたら、コーヒーが入れてあって、カップにお湯がはられていました。
 朝起きて、自分の分と私の分のコーヒーを入れて、私のカップを温め、仕事へ行った父のことを思い出しました。
 母と私は、「人の顔色を見てやる優しさは優しさじゃない」なんて話したりしてきましたが、
 今は、その優しさを素直に受け取れるような気がします。

 ああ、少し優しくしなければ…ね。骨に向かって話しかけてきました。
 おきょうさん、ありがとうございます。
 ふんちゃんのお父様、おきょうさんのお父様、そして私の父…。どこかで会ってると想像すると、愉しいですね。

 

投稿: もも(^_^) | 2015年7月 6日 (月) 06時21分

もも(^_^)さん

「人の顔色を見てやる優しさは優しさじゃない」

そう云ってみたくもあるけれど、
わたしには、顔色が大事です。

自分自身の顔色も、すごく気になる。

ちょっと乱暴な書き方をしました。
許してね。
自分がやさしいという立場に立つと……。
と、いうところまででなくても、
ごくあたりまえの存在だということにすると……。
ひとのやさしさや、ひとの悲しみを見誤ることが
あります。ね。ね。

やさしくなりたいけど、きょうはそうなれなかった。
あたりまえだと思ってたけど、それは自分の尺度ではかった
場合のはなし……。
くらいに思っていると、相手のことが見えてくる。

あ、これ、ごく最近の経験だったんです。
だいぶずれちゃいましたねー。

ももちゃん、ちょっとは休んでね。
お父さまと珈琲飲んで。

投稿: ふみ虫 | 2015年7月 6日 (月) 22時00分

ふみこさま

傷つく前に  というタイトルに 目を奪われました。


ごくんと唾を飲み込み いっきに読みました。


言葉。難しいんですよねー。

使い方次第で、うれしくもかなしくもさせるもの。

私はまだまだ語彙不足で、伝えたいことを瞬時に 想いとおりに伝えることが苦手です。

だからこそ、自分の気持ちに近い人の本を読んで救われたり、音楽や絵で
救われること 多いです。

心に留めている詩や 漢文にすくわれたりもします。

最近 ちょっと?いや けっこう(^^ゞ傷ついた出来事があって、今 それで人生の転機を迎えようとしている所です。
忘れっぽい私なので、数日前のそんな出来事も ・・・だったっけ?という感じ。恨みつらみを持たずに チャンスかも と とらえて自分の為にも一歩歩きだそうとしているのですが、大人のふみこさんだったら どういうふうに答えてくださるのだろう~???と尋ねてみたくなりました。

いやー公のネット上なので、詳しい事情書けないから 答えようないですね(^^ゞ

とにかく自分が使う時は 丁寧に心を込めて
そして 人のありがたい言葉には感謝して、傷つく言葉はそっと手放して
のびのび楽しく生きたいな~。

これからも 素敵な言葉を たくさん学んでいきたいなー(*^_^*)

投稿: leleleのレ | 2015年7月12日 (日) 13時39分

ふみこさま

傷つく前に  というタイトルに 目を奪われました。


ごくんと唾を飲み込み いっきに読みました。


言葉。難しいんですよねー。

使い方次第で、うれしくもかなしくもさせるもの。

私はまだまだ語彙不足で、伝えたいことを瞬時に 想いとおりに伝えることが苦手です。

だからこそ、自分の気持ちに近い人の本を読んで救われたり、音楽や絵で
救われること 多いです。

心に留めている詩や 漢文にすくわれたりもします。

最近 ちょっと?いや けっこう(^^ゞ傷ついた出来事があって、今 それで人生の転機を迎えようとしている所です。
忘れっぽい私なので、数日前のそんな出来事も ・・・だったっけ?という感じ。恨みつらみを持たずに チャンスかも と とらえて自分の為にも一歩歩きだそうとしているのですが、大人のふみこさんだったら どういうふうに答えてくださるのだろう~???と尋ねてみたくなりました。

いやー公のネット上なので、詳しい事情書けないから 答えようないですね(^^ゞ

とにかく自分が使う時は 丁寧に心を込めて
そして 人のありがたい言葉には感謝して、傷つく言葉はそっと手放して
のびのび楽しく生きたいな~。

これからも 素敵な言葉を たくさん学んでいきたいなー(*^_^*)

投稿: leleleのレ | 2015年7月12日 (日) 13時42分

leleleのレさん

お返事、大変おそくなりました。

leleleのレさんの、
「恨みつらみを持たないで」
という心がまえは、とても大事だと思います。

それから。
ことばとの向き合い方が
いまよりもう少し慎重になったり、
いまよりもゆっくりになったりすることを
わたしは希っています。
ひとことひとことをゆっくり落ち着いて
紡ぐひとの、ことばの聞き方(受けとり方)は
変わると信じています。

投稿: ふみ虫 | 2015年8月 5日 (水) 17時28分

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