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2015年9月 8日 (火)

踏切

 玄関のドアを開けると、高3の三女が立っていて、「大変大変」と云った。聞いてほしいことがあるときの癖で、両手をひらひら振っている。
「きょう、Yちゃんとふたりで合唱祭の打ち上げの場所に向かってたとき、S鉄道の踏切の前に出たの。警報機がカンカン鳴ってるし、遮断機も下りてた。そこへ……」
「そこへ……?」
「もうすっかり降りている遮断機をかき分けて、若い男のひとのバイクが踏切内に入って。見たら、電車が、もうすぐそこまで来てるの。で、バイクがすべったんだよね。ああ、倒れる!? ぶつかる!? 電車がバイクをはねるー!と思ったから、たまらなくなってYちゃんもアタシも両手で目を覆ったの」
「え」
「バイクは、危機一髪通過して、そのまま行っちゃったのよー」
「まあまあ、そりゃ、大変だったね」
「踏切前で待ってたおばさんが、『あなたたち、ダイジョウブ? 怖かったねー』って背中をさすってくれたの」
「ぶつからなくってよかったけど、そこにいたあなたたちも、電車の運転士さんも、怖かったね。寿命ちぢまったねー。バイクのひとも懲りたでしょうよ
「どうかな、そうでもないかもしれない。あの男(ひと)は、いつもあんなふうに遮断機を乱暴にかき分けて、踏切渡ってるんだよ。そんな感じがした」

 そんなことがあってから2週間ほどたったころのことだ。
 こんどはわたしが出先の町の踏切前で、電車の通過を待っていた。近年、最寄りの中央線の高架化がすすんで踏切が縁遠くなった。かつては、どこでも線路を渡るときには、踏切前で電車の通過を待つのが常であった。朝夕の通勤時には「開かずの踏切」に困らされたものである。池袋駅と目白駅のなかほどに住んで、子どもたちの保育園への送り迎えで、なかなか開かない(というより、開こうとしないように思われた)山手線の踏切をあきらめて、交通量の多い池袋の通称「びっくりガード」を自転車で下って上ったのは若い日のことだ。自転車の前に二女を、うしろに長女を乗せて走り抜けた時代をふり返ると、曲芸のように思える。その光景は、おそらく、まわりをずいぶんと怖がらせていたのにちがいない。
 さて、久しぶりの踏切前で昔を思っていると、男の声が耳に飛びこんできた。
「昔のことは云うな!」
 自分に云われたのでないことはわかっていたが、どきりとした。それでつい、ふり返る。
 声の主は、うしろで電車の通過を待っている、50歳代後半ビジネスマンとおぼしき男だった。グレーのスーツに、渋いネクタイをしめている。わたしは、横にずれて、そのまま、ちょっとうしろに下がった。
「そんなこと云ったって、あなたがあんまり勝手なのがいけないのよ。コノヤロウ!と思ったら、許せない昔のことがつぎからつぎへと湧き上がってくるの!」
 そう云ったのは、男の隣りに佇(たたず)む女性で、男の妻なのだろう。グレーのワンピースに黒いカーディガン、胸には大きなペンダントが下がっている。その姿からは、余裕のある暮らしぶりと落ち着きが感じられた。
「昔のことはもう云うな! さっきのことは、わるかった」
「ちっちゃなうそを、あなたはこれまでも、いっぱいついてきたものね。わたしは、細く長く裏切られつづけているんだわ」
「だから、昔のことは……」
 そのとき、目の前の遮断機が上がった。
 この踏切前の見知らぬ男女のやりとり、わたしにちょっとした恐怖をもたらした。
 見知らぬ一組の男女のあいだに置かれているものが、自分にも思いあたって恐ろしいのである。「昔のことは云うな!」という見知らぬ男の声に、どきりとしたのが、その証拠。
 そうだ、わたしにも、このごろ、同じようなことが起こる。ある出来事が不意に昔のことをひっぱってくる。忘れかけていたあれやこれやがふと目の前に出現する。あわわわ。そのなかには、恨みにも似たものも混じっていて、恐ろしいったらない。
 いやだ、わたしったら、なんて執念深い……。
 自分を、比較的さっぱりとした性質だと思っていたのに、そうでない一面が、最近ちらつく。これは、一種の老化現象なのかもしれず、このままゆくと、ろくな婆さまにならないのじゃないかしら。
 忘れるべきは忘れ、水に流すべきは流して、坦坦と昔のことを思い返せる婆さまにわたしはなりたいが、こりゃむずかしいかもしれないなあ。

Photo

ステンレス製のふた付き容器ふたつ。
ずいぶん前に、築地市場の道具店でもとめたものです。
居場所は冷蔵庫内、飴ちゃんを入れていました。
が、このごろ飴ちゃんの出番が減りました。
これからは、別のことで働いてもらうとしましょう。
容器の大きさは、10,5×13,5/高さ6,0cm
さて、何を入れようかしら。

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「日記」カテゴリの記事

コメント


ふんちゃん皆様こんにちは。

まずは、お嬢様にケガなくて本当によかった。読んでいてお嬢様がケガしたんじゃないかとハラハラしました!


思いがけないところで、はっとすること
ありますよね。タイムリーなことがありました。

尊敬する先輩社員の方と話していたときのこと。
私をからかい、冗談の意味で
◯◯(私のこと)の心はコンクリートだからな、と言われました笑
からかわれたはずなのに
私の心は強いと言われたみたいでなんだか嬉しかったです。

好きな人に言われたからかも
知れませが笑

投稿: たまこ | 2015年9月 8日 (火) 12時30分

ふんちゃん、みなさま、こんにちは。


そういえば、いつの間にか踏切が単なる通過点になっていてほとんど意識しないようになっていましたが、あるときまではすごく意識する場所であったような気が、自分自身します。
時代性もあるのかなとおもったり。
踏切、というと、なんだかすこし古めかしいイメージが広がります。
昭和の風景、というような。
平成の御代にもあるわけですが。


忘れる、忘れてないで、柴田トヨさんの詩をふとおもいだしました。
忘れることの幸せ。
でもその忘れるとは、逃げるとか消すではないんだろうなとふとおもいました。忘れたいことはだれしもあるものですが、でも本当に忘れたらもったいないことかもしれません。
それを咀嚼し、消化し、血肉にできたとき、それはなくなったようになる。それが理想的な忘れるということなのかな、とか。

でもまた、いくら不快でも、いえ、不快だからこそ忘れてはならないことが確かにあります。
歴史は繰り返すといいますが、繰り返してはならないことがあります。
忘れる、忘れないの案配を決めるのも大切なのかもしれないなとおもいました。

投稿: 佐々木広治 | 2015年9月 8日 (火) 12時41分

ふみこさま みなさま こんばんは

また台風ですね。大雨だったり突風だったり。。。実りの秋を目前に心配になります。

踏切は車で通ることの多い街に暮らしています。
踏切待ちにあってしまうと。。。速く通り過ぎてよ。。。って思ってしまう私。

ある時、目の前で遮断機が下り、電車が前を通り過ぎていきました。
最寄りの駅を出て、都会へと向かう電車でした。
通過した後ろ姿を見ながら、あの電車にはどんな人が乗っているんだろう。。。なんていうことを思ったら、あら???なぜか涙がにじんできました。
逆方向の都会から帰ってくる人を乗せた電車にはそんなことはなく「お帰り!」って思ってしまうのに。

踏切待ちをしながら、そんなことなども考えたりしています。
久しぶりに電車に乗りたくなりました。

投稿: かえるのしっぽ | 2015年9月 8日 (火) 18時34分

ふみこ様

ええっ!というような場面に時々出くわします。
そしてああこれもメッセージだなと思うことが多いです。

いつまでも昔のことを根に持っていたり
くどくどと持ち出したり・・・
わたしにもあるなあ・・・
ブクブクっと泡のように現れます。
また出て来ちゃた、
わかったからさようならとその泡に手をふります。
人の中のメモリーからは削除しきれないものがある、
それが機械と違うところなんでしょうね。
そういううっとうしい自分も経験さ、
と思うと人にも寛大に、
少しですが寛大になれたように思います。

投稿: ゆるりんりん | 2015年9月 8日 (火) 19時07分

ふみこさま、みなさま

ありますあります。その男女のようなやりとり。
でも、脳科学の著者の黒川さんによれば、

「過去の関連記憶を一気に展開する才能」こそ女性脳のなせる技
とあり、なんだかすごいぞという気もします

ぐちぐち文句を展開するのではなく、いい方向に展開できるよう
心がけております

でも、この方の分析がおもしろくて
男と女の脳はちがうからこそ楽しまなくっちゃ。
腹立たしいこともありですが、その先にあるのは
おかしさであり、いとおしさでもありますね

セミを少年のように追いかけて外へ出してあげた満足そうな主人
をみたもので。。。

投稿: 真砂 | 2015年9月 8日 (火) 19時44分

たまこ さん

ことばは、
できるだけ「ことばどおりに」受けとろう。
と、思っています。

好きなひとなら、なおさらね。

投稿: ふみ虫 | 2015年9月 8日 (火) 23時18分

佐々木広治 さん

忘れると決めたら、
忘れる。

忘れないと決めたら、
忘れない。

決めながら生きていかないとね。


投稿: ふみ虫 | 2015年9月 8日 (火) 23時24分

かえるのしっぽ さん

日常の、めずらしくない場面に、
ふときらめきが降ってくる。

踏切の前で。
いつもの食卓で。
玄関の扉や濡れた歩道。
きょうは会ったひとたち。

みんな、きらめき……。


投稿: ふみ虫 | 2015年9月 8日 (火) 23時50分

ゆるりんりん さん

溜めたり、ふたをしてるだけじゃだめなんだな。
泡になって、ぽわんとあらわれて、
びっくりします。

忘れたふりはだめなんだな。


投稿: ふみ虫 | 2015年9月 9日 (水) 00時12分

真砂 さん

ときには……ぐちぐちを肴に
お酒を飲んでも、いいかな。

そんなときは、
ページがめくれたりしるかもしれない。
……なんてね。

投稿: ふみ虫 | 2015年9月 9日 (水) 00時16分

ふみこさま。

こんにちは。
踏切 待てない人っているんですねー。
でも、待たなければならないことってあるんですよね。
わたし、今年、絵本を出版して、踏切を渡ったような気がしています。
十年、待ちました。
そして、この土曜日。なんと、朗読会をひらきます。
自分でも、朗読会をしよう!と思ったことが意外で、びっくりしています。
朗読をされている心強い友達と、娘のくまこと一緒に、やってみます。

では、またぁ。

投稿: こぐま | 2015年9月 9日 (水) 15時31分

こぐま さん

ただ「踏切を待てない」んじゃ
ないですよね。
全部自分の調子で行けるって、
思ってるやり方だろうな、と。

どこかで気づいて、待てるし、譲れるし、
愛せるし愛されることも受け入れるし、
という道を行ってほしいです。ね。

朗読会、いい会になりますように。
きっとそうなります。


投稿: ふみ虫 | 2015年9月 9日 (水) 21時45分

ふみこさま
みなさま

おはようございます。
こぐまさんのお話に刺激を受け、
私がこれから渡ろうとする踏切の事を
お話させていただく事にしました。

来年の秋に、刺繍の展示会に参加します。
教えていただいている先生が、声を掛けて下さいました。
展示会への参加は今までもありましたが、
今回は今までとは違い、少し大きな作品に
チャレンジしてみようかな?と考えています。

橋を渡ったり、踏切を渡ったりするのは、
今までは苦手な事でしたけれど、
今回は“えいやぁ❗”と、やってみようと思います。
ワクワクしています。

投稿: みぃ。 | 2015年9月10日 (木) 06時15分

みぃ。さん

ふさわしいときに、
ふさわしい橋がかかるんだな。
と、しみじみ感激しています。

そうです、しみじみ感激。

みぃ。さんもこぐまさんも、皆皆さまも、
どうかたのしく橋を渡ってくださいね。
あ、足元にも気をつけて。
(これは、健康の意味)。

投稿: ふみ虫 | 2015年9月10日 (木) 20時06分

ふんちゃん

 踏切の場面は、私もドキドキして読ませていただきました。
 大丈夫だったのかなぁ…って。
 でも、そのあとにね、背中をさすってくれた人がいたというところを読んで、あ~、いいな~、そういうのって。って思いました。
 誰かが驚かせるようなことをして、そしてまた別の誰かが大丈夫?としてくれる…。なんだかほっとします。
 自分が、どこかで何かをしでかしてたとしても、誰かがどこかで穴埋めのようなことをしてくれるって考えたら安心するような…。
 世の中、凸と凹があって、そういったものがちょうどよく組み合わさって、まあるくなっていくといいなぁということを想像しました。

 そういえばね…、こないだ家族で東京に行った時、地下鉄を待っているホームでね、目の見えない方が杖を使って、すたすたと(本当に早いスピードで)階段を上がっていたのを見て、私たち家族全員見とれていたんです。家族6人、「うわ~、すごいねぇ」という末息子のことばのほかは、一言も発さず、ぽかんと口を開けて見ていたと思います。
 そしたらね、そこに通りかかったおばあさんが、「本当に上手よねぇ。私なんて見えててもあんなにすたすたいけないわ~。いつも感心しちゃうのよねぇ」って声をかけてくださったんです。
 東京って街を好きになる場面でした。東京って、なんだか怖いイメージが先行してしまっていて、本当にじんわり温かくなった私たちでした。(「東京さん」ごめんなさい。誤解していました…という感じです(^^;))
 
 私も、どこかで背中をさすったり、気持ちを共感するようなことが、そこここで自然にできるようになりたいなぁと思いました。

投稿: もも(^-^) | 2015年9月12日 (土) 06時47分

もも(^-^)さん

おはようございます。

そうです!
東京さんもわるくありません。
親切なひと、カッコイイひと、
たのしいひとがいっぱいいます。

さびしいひと、うろたえるひと、
怒りのひともいます。

どこも「個」「個」で構成されているんだね。
ひとも、いろんなもので構成されているんだね。

投稿: ふみ虫 | 2015年9月12日 (土) 07時35分

ふみ虫さま

踏切でのこと
事故じゃなくてよかった(^^)

すごい話をキャッチ!
そのご夫婦
奥さまが言いたいことを
言えるようになったんですね、きっと。

昔のことは言うな だけで
おわらせたら あかんわ(^^)


以前
忘れることは許すこと
とここへおきました。

そこに続くのは
許すことは愛すること

最近、気がつきました。おそいな(*^^*)

投稿: 寧楽 | 2015年9月12日 (土) 13時54分

寧楽 さん

夫人が云いたいことを云えるようになった
ということもあるでしょうけれども、
飽和状態から、溢れだしたのかもしれませんね。

我慢がよくても、
辛抱強くても、
やっぱりときどきガス抜きしないと。
と、思ったりするきょうこのごろ。

うふふ。
ガス抜きとか云って、
愛のはなしにたどり着けなくて
ごめんなさい。

投稿: ふみ虫 | 2015年9月12日 (土) 23時06分

ふみこ様 おはようございます。

今朝は雨です。
窓を開けているのですが
涼しすぎる風が入って来て足先がひんやりします。
最高気温は20℃だそうです。ひと雨ごとに・・・の季節です。

ふみこさん ホラーですね。
私も あるあると深く頷きます。
忘れていると思っていたあれやこれが
鮮やかに思い出されて 「それで ああで こうで」と
正確に思いだそうとまでしている・・・。

ある方のエッセイに 
「全力で忘れて、普通に生活する」という一行がありました。
う~~ん そうしたい!!


追伸・・・・ふみこさん 小田急線の登戸から向ヶ丘遊園に向かう
線路。一か所 開かずの踏切があったのを思い出しました。
こういうことは ふっと 思い出すと 嬉しいです。

投稿: えぞももんが | 2015年9月13日 (日) 06時26分

ふみこさま、みぃさん。

こんにちは。
昨日、無事、朗読会が終わりました。
とても楽しいひとときを過ごすことができました。

朗読の友だちと、娘のくまこと三人で、「また、やりたいね。」
と言っています。

みぃさんも、たのしんでくださいね。

では、またぁ。

投稿: こぐま | 2015年9月13日 (日) 15時07分

えぞももんが さん

「忘れる」と決め、
その努力もし、実現できていても……。
それを裏切るかのように、
顔を出す記憶。
そういうときに、まったく別の方法で
対峙しないと、元の木阿弥。

「忘れた」自分の肩をもちつつ、
山に登るとか、
うんと(みずからを)甘やかすとか。

おかしなこと、書いてますね。
ごめんなさい。


投稿: ふみ虫 | 2015年9月14日 (月) 09時22分

こぐま さん

ありがとうありがとう。

お知らせくださって。
どうかまた、開いてください。

朗読会、とってもいいわ……。


投稿: ふみ虫 | 2015年9月14日 (月) 09時23分

ふみこさま
こぐまさん

こんにちは。
こぐまさん、朗読会を楽しく終えられた事、
おめでとうございます。
おはなしを聞きに来られたお子さん達、
喜ばれたことでしょうね。

新しい事にチャレンジするのが苦手でした。
けれど、今回は“やってみよう!”と思えました。
こぐまさんが書いて下さったように、
楽しみたいと思います。
ありがとうございました。

ふみこさん

私は忘れては困る事は
ひょっこり忘れてしまうのに、
忘れた方が良い事は、
なかなか忘れる事ができません。
ただ、忘れたフリをする事は、
ちょっと得意になりました。

胸がチクチクする思いも、
悲しくて悔しい思いも、
全部、今の私を作っている一部なのだと、
そんな風に思います。

そして、転んでもタダでは起きない!

いろんな経験も思いも、自分の肥やしにして、
刺繍にいきてくれば良いのになぁと、
願うのであります。
あっ、ちょっと格好つけちゃいました?

制作を、楽しみたいと思います。

投稿: みぃ。 | 2015年9月14日 (月) 14時11分

みぃ。 さん

時がくるのを、「それ」は静かに待っている。

そんなこともあるなあと、
このごろ思うんです。

きたな、と思ったなら、
「それ」とともに、動きださないと、と。

投稿: ふみ虫 | 2015年9月14日 (月) 18時49分

ふみさま、みなさまこんばんは~~

ようやっとたどりつけました・・。
ここのところ本当にちょっといろいろ大変です。

でもここに来るとホッとします。
ホットコーヒーを淹れてホッと一息ついています。

踏切をかっ飛ばしていってしまたバイクの方は
ギョッとコーヒーしか飲めないひとですね。

ギョッとはいやだなあ・・・ホッとがいい。


ましてや、
背後で
「むかしのことはいうな!」
なんて声が聞こえたら、

ギョッとコーヒー通り越してコーヒーをブッって吹き出しちゃうかも
(ブッとコーヒー)


先週、私の大好きな叔父がなくなりました
94歳の大往生でしたが、でもやはり寂しい・・・。

私にたくさんの「ホッと」をくださいました。

私の長女が部活の活動の一環で部活動のホームページのブログにコメントをいれていかなくてはいけないのですがその叔父の葬儀に一緒に参列した翌日が長女の書き込み順番だったらしく

~~~
「あなたが生まれたとき、あなたは泣いて周りの人達は微笑んでいました。だから、あなたが死ぬときは、あなたが微笑んで、周りの人達が泣く。そういう人生を送りなさい。」

という言葉があります。
すごく共感しました。
~~~
ちょっくらのぞき見しちゃったら
そんな文をのせていました。叔父の穏やかな姿に娘はその言葉を思いだしたのでしょうね。
私もその場で共感させていただきました。なんて素敵な言葉・・・。


私も知らぬあいだに
たくさんのギョッとコーヒー、時にはブッとコーヒー飲ませちゃってるかもしれません。

踏切を待つ時間に
青い空や、子供の笑い声、おいしい肉まんの事なんか考えちゃお。
そんな感じでばあさまになっていくのならおいしいホッとコーヒー淹れられるかな?(笑)

投稿: おきょうさん | 2015年9月15日 (火) 00時32分

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