一本道
何でも自分でしてしまおうとする質(たち)だった。
しごと(わたしが平仮名で「しごと」と書くとき、それはたいてい家のしごとのことである)や作業をひとに割り振ったり、「助けて」とか「手伝って」と云ったりするのが、若いころは不得手で、ときどき人知れず隅っこでこんがらかってきた。
割り振ることをおぼえたのは、30歳代も後半のこと。
夫に対して、おずおずと助けを求めたのがはじまりだ。というわけで、しばらくのあいだは夫が、しごとや作業を割り振ることができるこの世でただひとりの対象だった。いまは割り振るというよりも、平然としてどしどし押しつけているのだが。
これを云うと、ひとからびっくりされるのだけれど、たとえば、日常的な買いもの。
買いものを10とすると、そのうちの8までを、うちでは夫がする。
「ああ、すると、10のうちの2をあなたがするのですね」
買いもののはなしになって、わたしが10とか8とか云いだすと、ひとはこちらを探るような目をして、こう訊く。わたしは「いいえ」と正直に答える。
「残りの2のうちの半分は二女がするから、わたしはせいぜい1か0,5です」
一緒になったころは、夫にいいところを見せたかったので、「わりに何でも自分でしてしまおう」としていた。もてなし気分だった。
あるとき、あんまり忙しくてヒスが起きそうになり、「いつまでもお客気分でいるんじゃないわよ」と思った! しかしこんな場面でヒス起こしたって、ガミガミ云ったってだめだ。できればやわらかくもきっぱりとした口調でしごとを割り振らなけりゃ、と気がついた。
ともかくわたしはがんばりました。
「もてなしたいのよ、ほんとうは」という気持ちを奥歯で噛んで、我慢もしてがんばってがんばって夫にあれを振り分け、それを振り分け、ついにはこんなことまでも振り分けるに至る。夫は自分のなかに眠っていた料理の才能、片づけの才能、買いものの才能、掃除の才能を徐徐に開花させていった。
「いまの方、どなた?」
ふたりでならんで歩いているとき、夫が見知らぬ女性に会釈するので尋ねると、
「ああ、いまのはクリーニング店の受付さんだよ」。
こんなことはめずらしくない。
あれはたしかにわたしの架橋の精神の芽生えだった。
初めて夫に助けを求めたことは、何もかも自分でしてしまおうとするこころを打ち破った。自分ひとりでしようとするなんていうのは、じつは小さくまとまることに他ならず、危険な一本道であった。自分を閉ざしてしまうという意味で。
わたしの一本道は分かれはじめた。
「助けて」「手伝って」と振り分けることをおぼえてからというもの、自分の人生の垣根が低くなってきたのである。
そうそう、買いものことだが、買いものメモを店ごとに分けて書くのはわたしで、それを手に夫や二女が出かけてゆく。
それはわたしの買いもののやり方なんじゃないだろうか。
来週につづく
買いものメモに「しいたけ」と書いたら、
夫が馴染みの八百屋でこんないいしいたけを買ってきました。
細切りにしてもやしと和えるつもりだったけれども、
あんまり立派なのでステーキにしました。
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コメント
ふんちゃん皆様こんにちは。
私も頼るのが苦手です。
とくに私なんか人に頼ってはいけないと
思ってしまいます。
でも、少しずつ自分に優しく
人に頼る練習をしています。
まぁ、偶然!私も先週
キノコをステーキにして食べました。
私の大切な人は季節と仲良しなので
嬉しいです。
投稿: たまこ | 2015年11月10日 (火) 12時21分
ふみこさま、みなさま
私も甘え下手です。
私の場合、なんでも自分でできる、と自分の力をかいかぶっている傲慢なところがあるのかもしれません。
最近、そこにほころびが生じてきたのか、日々の「しごと」(ふみこさんの真似をさせてください)に支障が出てきています。
うまく助けを求められない私を見かねて夫が手助け(食事の後の食器洗い)をしてくれるようになり、なんとか日々が回っているところです。
できない私、足りない私、、。
それを認めて、自分の力を過信せず、謙虚に、謙虚に、、、。
投稿: きゅうちゃん | 2015年11月10日 (火) 23時20分
ふみこさま こんばんは
私、いろいろ抱え込んでしまいます。頼ったり割り振れたら楽なんだろうなと思うのですが、なかなかできません。で、後で辛くなって落ち込んだりして…。頼ったり割り振れることは人を信頼することですものね。私も練習しないと…。
先週、おいしそうなスープのお話だったのに、ウチのパソコンさんが、突然、外国の方になられて、入力がアルファベットのみになってしまいました。夫から入力ができないといわれて、これも一人で抱え込んでしまって、あれこれ手の空いた時に調べたりしたのですが、結局、再起動したらすっと戻ってきました。あぁ、よかった です。
そうして、その間、スープの出番が多くなりました。
かぼちゃは無かったので、人参のスープ(コンソメ風とポタージュと)、大盛りのマッシュルームが売られていたので、半分をスープに残りは冷凍しました。後は、ジャガイモ人参玉ねぎの普通のポタージュも。
今日の夕食は、おきょうさんのコーンスープを半量で(クリーム缶しかなかったので)作りました。手軽にできておいしかったです。ありがとうございます。
スープは、作るときも食べるときもほっと無心になれるからよいですね。
つづきも楽しみにしています。
投稿: あすちるべ | 2015年11月10日 (火) 23時25分
ふみこさま、みなさま
おはようございます
だんな様の才能をあたたかく開花させたふみこ様
素敵過ぎます
シンプルにリクエストする大人力
察してもらうのではなくていねいにお願いする力
コーチングの友人とつい最近話したばかりでした
お話会の時にも感じました
ふみこさんがそこにいる人を大切に思って語ってくださっている感じ。。
今でもはっきり思い出せます
ちゃんと相手の心に届くように話すこと、伝えること。。
そこで感じたやさしさはなんとなく家族にも伝わるようで
いい感じです。ちょうどきれるところでした
ありがとうございます。
投稿: 真砂 | 2015年11月11日 (水) 08時14分
ふんちゃん、みなさま、こんにちは。
今回の文章でもいろいろおもわされました。
柴田トヨさんの詩に、「素直に甘えることも勇気だとわかったわ」とあるのをおもいだしました。
また、一本道にしないというのは、本人だけでなく、まわりの人たちのことのことにでもあるんですよね。本人がしてあげたい、とおもうように、まわりの人たちもその人にしてあげたいとおもうし、してあげることがうれしかったりしますよね。面倒でも、というか面倒だから楽しかったり。頼むことは、そのうれしさや楽しさをわけてあげることでもあるかもしれませんね。
久しぶりに宮崎駿の『魔女の宅急便』を観て、また泣いてしまいました。13歳の女の子がほんとよくがんばってますよね。
キキはキキなりに助け、そしてまわりから助けられ、人はそういうものなんでしょうね。
投稿: 佐々木広治 | 2015年11月12日 (木) 18時53分
ふみこさん、みなさん
おはようございます。
今、私はお稽古中です。
娘に口出しをしないお稽古です。
先日、民話の先生である小澤俊夫さんの「『三年寝太郎』はずっと寝ていたのではなく、目覚めて知恵を働かせたのです。子どもはみんな、いつか自ら目覚めます」というお話を聞きました。
いつまでも朝の支度の遅い娘は、私が口出しするせいで「目覚められない」でいるのかも、と思ったのでした。
今朝も、喉のここのところまでわき上がって来るいろんな言葉を、お腹の下の方で引き止め、引き止めていることにも知らんぷりをするお稽古をしました。一言でも「早くしなさい!」と言ったらまた最初からやり直し。
今まで動かしたことのなかった筋肉を使っています。
投稿: cohata | 2015年11月13日 (金) 07時57分
たまこ さん
ひとを頼る練習、いいですね。
ひとを少しも頼れないと、
結局ひとから頼ってもらえないという気もしています。
だから、練習ね。
頼るのと使い立てはちがいますもの。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2015年11月13日 (金) 10時05分
きゅうちゃん さん
気づきの季節がめぐってきたというわけですね。
気づいた瞬間から、
あたらしい道がどんどん拓けてゆきますね。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2015年11月13日 (金) 10時06分
あすちるべ さん
スープをっこしらえる。
ス—プを誰かに食べてもらう。
スープを自分にプレゼントする。
こういうのも、「頼る」道に
つながっています。
ああ、自分はこんなかたちで
家人たちに、まわりのひとたちに、
頼っているんだなと気づくことも
最近多くなってきました。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2015年11月13日 (金) 10時09分
真砂 さん
そこにいるひとが「すべて」という状態
(こんな表現で伝わりますか?)
になってしまうんです。
買いものに出かけてお店のひとと
向きあうだけで、その相手が
そのときの自分の「すべて」になってしまう。
不器用なのにもほどがあります。
が、そこは自分のちょっといいところかもしれないと
思うことにしています。
買いものを頼む理由のひとつは、
そこでエネルギーを使い過ぎるからなんです。
書いてて、恥ずかしくなってきました。
ポッ(赤面)。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2015年11月13日 (金) 10時14分
佐々木広治 さん
「魔女の宅急便」を観て泣いちゃう
佐々木広治さんを思って、
泣いちゃうわー、わたしは。
うちにも「魔女の宅急便」のDVDは
あるので、近く観ようと思います。
観ながら、泣こう。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2015年11月13日 (金) 10時17分
cohata さん
可笑しいはなし、聞いていただいても
かまわないでしょうか。
先日、受験生(高3)の末娘に、
「模擬試験の結果はどうなの?」
と尋ねました。
ちょっとは受験について知った風なことを
云ってみたくなってのことです。
「へええ、ママンヌ(このひとは最近、わたしをこう呼びます)が
模擬試験の結果を聞くなんて。どうしたー?」
たしかにそうなんです。
いつもはこちらからは何も聞かないのに、
ついね。
あとから思いましたとも。
模擬試験の結果がよければ、
聞かなくたって教えるでしょう、と。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2015年11月13日 (金) 10時23分
ふみこさま、おはようございます
わかります
今昨晩受講した若松英輔さんから受け取ったことが「すべて」
になってしまってぼーっとしております
エネルギーを使いすぎました
「美しいものを生むのは人間の本能。。」
「わからないところは、絵をながめるようによめばいい」
「わからないことを前提にして向き合えば、向こうから近寄ってくる」
ああその読み方でよかったのかと嬉しくて。。
たびたび失礼しました
投稿: 真砂 | 2015年11月13日 (金) 10時50分
ふみこさま。
こんにちは。わたしは、まわりに助けてもらってばかりです。
朝ごはんは、いつの間にか、主人が作ってくれるようになりました。
むすこは、私のストレスがたまると、ドライブにつれて行ってくれます。
むすめは、休みの日に、夕飯を作ってくれます。
はるくんは、わたしに元気をくれます。
ほんとうに、感謝感謝の毎日です。
では、またぁ。
投稿: こぐま | 2015年11月13日 (金) 13時48分
ふみ虫さま
架橋の精神
わたしには少ないなぁと思いました。
たくすことが時に成長を
促すこともわかったつもりで
わかってないのかも。
買いもののモノごとに
お店を書くというのが
なんだかいいなぁ。
スーパーでいっぺんにではなく
行きつけがあるというのが
嬉しい!
投稿: 寧楽 | 2015年11月14日 (土) 10時48分
真砂 さん
真砂さんを通して、
若松英輔に会ってしまった思いがします。
ひゃー!
「わからないところは、絵をながめるようによめばいい」
「わからないことを前提にして向き合えば、向こうから近寄ってくる」
これは、読書についてもそうですが、
わたしの……、
わたしの子どもとの向き合い方の指針です。
口幅ったいですが。
ありがとう!ございます、真砂さん!
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2015年11月14日 (土) 21時05分
こぐま さん
こぐまさんは、
こぐまさんのために何かしたいと思うひとに
囲まれているということです。
そういう気持ちを生じさせるこぐまさんは、
ほんとうにすごいです。
わたしは、つい自分でしようとするので、
まわりに思いを抱かせる暇(いとま)も、
手助けしようとするきっかけも、
生じさせられないのです。
こぐまさんを見習わなくては。
佇まいがちがうんだろうな。
と、思います。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2015年11月14日 (土) 21時34分
寧楽 さん
架橋。
と聞いて、真っ先に浮かぶのが
寧楽さん!というくらいです。
いろんなものと、もののあいだに寧楽さん、
橋かけてるでしょう。
パンとご飯。
友だちと友だち。
誰かの心配事と自分(寧楽さん)。
おいしいものとひと。
哲学と暮らし。
思想と学問。
辛いことと台所。
涙と笑い。
子どもと大人。
毛虫と毛虫嫌い。
あの世とこの世。
おやすみなさい。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2015年11月14日 (土) 22時29分
ふみこさま みなさま こんばんは
雨の週末になりました。雨も静かでいいわ~なんて思っていたら、ビオラの苗を頂きました。早く晴れないかしら!なんて、都合の良いことを考えてしまいました。
日々の暮らしというものは、ひとりひとりの道が交わったり、離れたりしてるのかもしれないなぁ。。。なんて、思いました。
今日はサツマイモを4本、焼き芋にしました(オーブンですけど)。
その焼き芋と頂き物のおすそ分けをお友達のところに届けました。
甘えることも勇気だという言葉、とてもわかります。そして、甘えてもらうことも、また、勇気なのかもしれません。
そういう意味では、今日の焼き芋はいい仕事をしてくれました。
お友達からのありがとうのメールがしみじみとうれしい夜です。
投稿: かえるのしっぽ | 2015年11月14日 (土) 23時02分
ふみこ様 おはようございます
少し暖かい雨の日曜日です。
“まかせる”これは ほんとうに苦手でした。
じつは 今も 少なからず苦手です。
たとえば 主人がお風呂を洗ってくれた後・・
排水口のゴミもとってほしかったなぁとか
鏡も サッと洗ってほしかったなぁなどと
ついつい 小さいことを 思ってしまいます
人にまかせる時は 多少のことは目をつぶって
大きな心で受け入れなければならないと!
と、自分に言って聞かせます(笑)
ふみこさん 「しいたけ」と書いて
この椎茸を買ってくるって スバラシイです。
追伸・・・・ちょっと 休憩したくなった時
Smile, Charlie Chaplin , Modern Times, 1936 - YouTube
と 検索してみてください
とってもいい 一本道が出てきます。おせっかい・・・すみません。
投稿: えぞももんが | 2015年11月15日 (日) 06時16分
ふんちゃん
月曜日に旅立ち、金曜日に帰ってきました~(^^)
日常を離れた時間に、すっかりひたってしまい、元に戻るのに時間を要している感じです。
もともと、スピードが遅い私なのに、余計に、遅くなって、どうしようもありません(~~;)
思っていることが、なかなか進まず…です。
しごとを家族に割り振ること。
私も、ふんちゃんに教わってから、どうやったら気持ち良く伝えられ、やってもらえるだろうか?と試してみたりしてきました。
なかなか長続きせず、ふんちゃんちみたいに、定着することも少ないのです…。
が、少なからず、一人でやってしまおうとして、イライラ~、もやもや~となることは減ってくれている気がしています。
今まで、どうしてこうなるんだ~?と一人、イライラしていたのですが、これは、頼むのが下手なんだな、割り振りができてないんだな…と思えるようになって…。
日頃から、私が何を大事に思っていて、何がどうあっててくれると心地よいと思っているのかということを、家族に伝えることをしなければならないんだなぁ。わかってるよねぇ?は通用しないんだなぁ。と学びました。
その成果もあるのか…、
今回、私が帰ってきたら、家が思っていたよりも片付いていました(^^)
ふふふふ。なんとうれしかったことか(*^^*)
これからも、家族に割り振りする術を探し求めてみようと、改めて思いました。
これがなかなか、うまくいかないのですけれど…(^^;)
あわてない、あわてない、ゆっくり、ゆっくり…
一休さんを思い出しました(^^)
もともととろくさいのに、これ以上!?と家族には言われそうです(^^;)
投稿: もも(^-^) | 2015年11月15日 (日) 06時41分
おはようございます
昨晩うれしいおたよりありがとうございます
若松さんからの大切なコトバの追加です
今思いだしたもので。。
「なんとなく自分でつかんだものが本物。。」
「思いこまないで感じ続けることが大切」
私の方こそふみこさんのおかげです
音、コトバの奥にあるものをずっとずっとさぐりたかった
あの本のおかげで扉が開いて、若松さんにもお会いできて
まだ心がふるえています
せまってくることばが、魂から生まれた音が
極限状況で書かれた北條さんの「吹雪の産声」も
カプースチンのあの曲も、今の紅葉の美しさも
私の中ではつながるのです
「違う、違う、全然ちがう。。」なんていわれるかもしれないけれど。。
ふみこさんありがとう
朝会にまた参加してみました。
投稿: 真砂 | 2015年11月15日 (日) 08時02分
ふみ虫さま
嬉しいお便り
ありがとうございます。
読んでたら
泣けてきました…感謝。
投稿: 寧楽 | 2015年11月15日 (日) 09時29分
ふみこさま みなさま こんにちは。
休日の今日、ゆっくり、ふみこさんの言葉と
みなさまのコメントを読み返して
あったかーい気持ちになりました。
このところのわたしは随分かたくなっていたなぁ、と
緩んでみて気がつきました。
人に頼むこと、頼ること。頼られること。
ここのところでも、随分かたくなっているのかも。
こころも身体もあたためて、ゆるくやわらかくいきたいです。
大根のポトフ。
鰹のだしとコンソメ、お酒としょうゆで。
縦に4~6に切った大根と人参。玉ねぎ、しめじ。
そして、鶏の手羽元です。時に、黒胡椒ををふりかけて。
縦に切った大根と人参、しめじ。大好きなんです。
これがポトフ?と思うけど、
作ったわたしがポトフ、というのだからポトフということで。
投稿: さのまる | 2015年11月15日 (日) 13時16分
かえるのしっぽ さん
わたしも云わせてもらってかまわないでしょうか。
かえるのしっぽさん、
いつも、ほんとうに、
どうもありがとうございます。
明日か明後日、
わたしも焼き芋を。
できるなら、焼き芋を。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2015年11月15日 (日) 22時24分
えぞももんが さん
とってもいい一本道でした。
酔いしれました。
旭川へ向かう一本道も、
うつくしかったなあ。
日本の田園風景が好きです。
ひとに任せるはなしですけど、
もしも、自分がもうひとりいたとして
(それを「ふん2」と呼ぶことにします)、
ふん2のすることにも文句を云っちゃいそうな気がします。
「そのやり方、ちょっと変だよ」
なんてね。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2015年11月16日 (月) 10時42分
もも(^-^)さん
ときどき自分に云い聞かせるのですが、
家人、共同生活者、仲間は、
母ちゃんを、パートナーを、仲間を手伝いたい、
助けたい(援けたい)と思っているのです。
助けられる(援けられる)ひとが、
かっかしてたり、
イライラしてると、助けたくても(援けたくても)
そうできない。
気持ちを汲んで、これを手伝ってほしい、
担ってほしいと「具体的に」云わないと、と。
そこは分担システムをつくる元になるんじゃないかなと
わかってはいるんです。
そしてそして、
ひとはもうちょっとのんびり、
ぼんやりしててもいいんじゃないかと
思うきょうこのごろです。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2015年11月16日 (月) 11時19分
真砂さん
お土産、またまたありがとう!ございます。
大事に味わいますね。
そしてその「つながり」、素敵だー。
真砂さんを軸にしてつながっているんですね。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2015年11月16日 (月) 11時24分
寧楽 さん
えー!?
寧楽さんをスケッチするように書いたら、
架橋のことばが、行列で出てきたんです。
それだけのことです。
ここへの橋かけも、
ほんとうにありがとうございます。
あらためて。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2015年11月16日 (月) 11時26分
さのまる さん
やさしいポトフだー!
真似して今週のうちにこしらえてみます。
ね、わたしたちはもっとのんびりしていいと
思いません?
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2015年11月16日 (月) 11時30分
ふみこさま
うれしいお返事ありがとうございました。
ポトフ。(おせっかいな追記です。)
手羽元をフライパンで焼き目をつけてから入れると
おいしいです。
緑が欲しくていんげん(冷凍でしたが)も入れました。
今日、スーパーに行ったら、県内産ブロッコリが
98円!で売られていて、いんげんには失礼だけど、
あなたをポトフに入れたかったなぁと
思ったのでした。
のんびりぼんやりしていると、
もうちょっとひろいこころになれそうですね。
寛容、というか。いろんなことを受け入れられそうな。
いろんなほよんっとした言葉が浮かんできました。
投稿: さのまる | 2015年11月16日 (月) 21時22分