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2016年1月の投稿

2016年1月26日 (火)

ころぼう、しくじろう、はみだそう

 その日は、朝から出かけた。
 玄関から一歩踏みだすと、そこに凍りつきそうな大気が広がっており、思わず「おっ」と声が漏れる。あと何か1枚多く着こんだらよかったかもしれないけれど、もう間に合わない。
 それなら、あと1枚という分を、心構えで補うしかない。肩を張り、へその少し上あたりに力を入れる。

 駅までの道の上、子どもが転ぶのを見た。

 数日前に降り積もった雪が、凍りつき残る道の端(はた)に足をとられたらしい。
 ならんで歩いていた母さまらしきひとの顔を見上げてから、男の子はゆっくり泣きだした。「か行」で泣いている。凍りつきそうな大気を、かりかりと音をたてて削るような声。見事な泣き声である。
 母さまがいなかったなら、泣かずにすんだかもしれないが、泣けてよかった。
 泣くより以前に、転べたのがよかった。

 用事を終えた午後
3時半。
 ああ、パン粉を買うのだった……と思いだし、スーパーマーケットの客となる。
 散歩気分で、店内をぶらりぶらりと行く。結局、パン粉のほかにカレー粉の缶とかまぼこ、豆乳をかごに入れ、レジに並ぶ。
 すると、目の前の30歳代とおぼしき女(ひと)が「あら、やだ」と云いながら、からだをよじりはじめた。財布を探しているのだ。提げ袋のなかに顔をつっこまんばかりにしたかと思うと、スカイブルーのダッフルコートのポケットに手を差しこんでみている。
「あー、財布、忘れてきたようです。でも、別に千円持ってますので、千円分だけ買わせていただきます。……スミマセン」
「それでは、その分を選んでこちらのかごにお願いします」
 レジ係(こちらも若い女性)は事も無げに云う。こんなことはめずらしくないのだろう。めずらしくはないけれど、レジの前で財布のないのが発覚する気まずさはいかばかりかと思う(と、遠いことのように記しているが、かつてわたしも同じ経験を二度ばかりしています)。
 財布を忘れたひとは、山盛りの買いものなかから牛乳、卵、豆腐2パック、キムチを選んで買いものを終えた。そのひとは終始たおやかに堂堂としていて、いい風景を見た、という思いが湧く。

 帰宅すると、午後
4時半。
 とりかからなければ間に合わない仕事が待っていた。が、そこへ向かう神経も立ち上がっておらず、案も浮かんではいない。
 はみだそう。
 そう思って台所に立つ。
 じつは前の日に、白菜1株を塩漬けにした。キムチをつくる下準備である。思えばそれも、書こうとする案を練りながらの「はみだししごと」だった。
 それを本漬けしようというのが、本日の行程。朝のうちにおろしにんにく、おろし生姜、いかの塩辛、ナムプラー、砂糖、コチュジャン、一味唐辛子、水でつくったキムチだれで、にらとねぎを和える。いい香りだ。キムチらしさが部屋に漂って、何とも云えない気持ちになる。キムチ(のようなもの)をつくるのは初めてのことで、自分にその気を起こさせた友人にも感謝せずにはいられない。
「キムチつくってみたのよ」と云って白菜14株分のキムチを分けてくれ、あとからレシピも持ってきてくれた。それはキムチをつくる世界への誘(いざな)いでもあったけれども、どんなに忙(せわ)しないこころになっていても、こんなしごとをはさみはさみ、生きてゆきたいという指針をわたしに持たせた。
 予定や、ノルマなどからちょっとはみだしてやっちまえばできるものだ。それを「はみだししごと」と名づけて、年明けからいろんなしごとをしている。
 さて、一日塩漬けにした白菜を絞って、水けをきり、キムチだれを白菜の葉に塗りつけるようにしながら漬けてゆく。そんな作業を黙黙とすすめるあいだに、そうだ、はみだししごともいいが、わたしははみだし人間になろう、と思いついている。
「これはこうと決まってございます」とか、「めんどうな前例をつくらないが、よろし」とかいう常識からはみだそうというのである。

 ころんだ男の子、買いものをしくじった女(ひと)に勇気づけられ、キムチの本漬けに、あたらしい指針を授けられた、本日。

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こうして漬けたキムチを、
翌日から食べはじめています。
最初はサラダ感覚ですが、だんだん、深く漬かってゆく。
はみだししごと、バンザイ!

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2016年1月19日 (火)

雪が降りました

 ……静かだ。
 という感覚とともに目覚めた。

 窓から外を見ると、何もかもが白色で、ものの輪郭は無いのに等しかった。庭の樹樹も、草も、ゼラニウムもかくれんぼをしている。土や草木は雪を存在全体で受けとめるが、人工物はそうはゆかぬ。クルマなぞはかくれんぼが下手くそだ。屋根には分厚い白色をかぶっているが、側面はボデイそのままだから、ありゃ、真っ先にオニにみつかるな。

 いやちがう。
 真っ先にみつかるのはわたし、ひと、じゃないかな。
 ひとのかたちは、雪のなかでもそのままだもの。蓑笠(みのかさ)をつけていれば隠れられるだろうけれど。
 雪を眺めるわたしときたら……「あー、あー」としか声が出ない。
「あー」と歌っては昔を思い、「あー」と云っては昨日を思い、「あー」と唸ってはきょうこれからを思うのだ。限りなく雪に弱い東京に住んでいるから、気の揉めるのは習い症。地域の学校は通常の登校だろうか、交通はどうなっているか、いまのいまとて気にしている。
 だが、どこかできょうのわたしはこんなふうに感じている。

 雪を、困ると云いたくない。

 雪を、怖れたくない。 

 困ることが起こったなら、そのときただ、困ろう。

 怖れることが起こったなら、あたりまえにただ、怖れよう。

 こうして昼過ぎ、わたしは長靴を履いて、隣町まで出かけたのだ。

 ひとの足は、長靴7割、どこかしら雪対策のある履きもの1割、いつもどおりの靴2割、というのがわたしの観察。

 雪は……、天が降らせた雪なのだ。

 わたしの前に本日置かれた雪を、ただただ受けとめたい。
 あたりまえに受けとめたい。

 帰り道、家に近づくなか、わたしは路地を選んで歩いている。

 細長いパン、えのき茸、クレソン、根三つ葉、豆乳という持ちもの。それを揺らし揺らし歩きながら、自分が何かを探していることに心づく。
 見上げると夕焼け。
 夕焼けが雲の底部を染めている。
 天上から誰かが、贈ってくれた雪景色(ゆきげしき)。昨年旅立ったフジモトマサルくんだわ、きっと。
 それから。
 小学1年生くらいだろうか、おかっぱの女の子。家の前でひとり、かわいらしい雪だるまをつくっている。

 そうだ、わたしが探していたのはこれだった。

 天から友が手紙のように降らせる雪。
 地にあって、雪をよろこぶ子どものつくる雪だるま。

Photo

ことしはこの帖面に、1年を記録します。
昨年12月、友人の悦子さんが、
イタリア旅行のお土産にくれた帖面です。
1時間」をともに過ごすため出かけた羽田空港で
これを手渡されたとき、驚きました。
この10年使いつづけている帖面と、
まったく同じサイズだったからです。
友だちというのは、そういうものなのかもしれません。
どこかが、ぎゅっとつかまれている……

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2016年1月12日 (火)

ほお。

 つい先日、うちにひとが集まってごはんを食べるということがあった。
 鱈とじゃがいものグラタンやら、鶏の梅酒煮やら、千つき汁(大根と里芋のすまし汁)やら、豆腐サラダやらをつくる。お餅も焼いた。
 いつもながら大ご馳走というわけではなかったけれど、一所けん命こしらえて、ふっと吐息とともに皆に遅れて卓につく。
 卓では、わたしの友人が、三女に向かってこう尋ねているところだった。
「お母さんのごはんで、何がいちばん好き?」
「うーん、何だろう。ああそうだ、最近では、タンドリーチキンかな。あれはすごくおいしいの」
 ぎょ。
 わたしは娘の答えの思いがけなさに、心底驚くのだ。よりにもよってそれを選ぶかね、あなたは。「あれはすごくおいしいの」と、きたもんだ。
 ここでちょっと小声になるのだが、最近わたしが何度かつくったタンドリーチキンは、じつはムジルシせんせいの料理なのだ。ムジルシせんせいというのはあれです、無印良品。レトルトの袋からにゅっと絞りだしたるスパイス(ヨーグルトまで入っていて、それだけあればよい)に鶏肉を漬けこんで、オーブンかフライパンで焼くだけで、なかなかにおいしいタンドリーチキンができ上がる。インスタントラーメン(焼きそばも)を持っているほか、その類いのものでわたしが持っているのはそれだけというくらいなのだが。
 それがいちばんか。……ほお。
 やれ、可笑しいこと。

 そんなことがあって数日後、また台所で。

 後片づけを終えたのち、ふと何かしたくなった。そうだ、にんじんサラダをつくっておこう。せん切りにしたにんじんを干しぶどうとともにドレッシングに漬けこむ。

 せん切りをしたい夜です〜。

 それはどんな夜のこころでしょうか〜。
 干しぶどうも入ります〜。
 にんじんさんは、ちょっとはにかんでいます〜。

 てな歌をうたったりしているうちに、にんじんサラダは完成だ。

 さ、残った干しぶどうを……。あれ、ないよ、干しぶどう。
 台所のカウンターの向こうで、夫が読書しながらワインを飲んでいる。その手もとに小さな器があり、干しぶどうが入っている。あらま。干しぶどうをつまみにワイン? ぶどうつながりである。
 チーズ切ろうか?と声をかけるが、「いや、いい。干しぶどうで」という返事。
「干しぶどう大好きだから」
 へ?
 知らなかった。夫が干しぶどうを大好きなんて。もともと食べものの好き嫌いのないひとだから、嫌いだとは思わなかったけれど……、大好き、なのね。
「子どものころから、大好き」
 ……ほお、そこまで云いますか。

Photo

昨年のクリスマスのころから、
ストレチア(極楽鳥花)があざやかに
存在してくれています。
八丈島からやってきてくれました。
島のシンボルの花なんだそうです。
眺めているだけで、うっとりと不思議な気持ちになります。
         *
さて、皆さん。
わたしを助けてくれるムジルシせんせいの
タンドリーチキンのたれのようなものを、
もし持っていて、お薦めがありましたら、
どうぞ「ひそっと」おしえてください。

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2016年1月 5日 (火)

年越しの日記(2015−2016)③

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   2016年が明けた。
 常よりもほんのちょっぴり気を入れて掃除した。ごく簡単なおせちが重箱に詰めてあり、屠蘇の仕度がある。居間の籠のなかに羽子板が見えている。
 わたしのする正月の拵(こしら)えなど、じつにさりげないものであるのに、どうしてどうしてあたらしい年はそれらしく明けたのだ。

「トイレ掃除はわたしがする。帰ってくるまでしないでよ」と云って大晦日に映画「スターウォーズ/フォースの覚醒」を観に出かける者あり。

「ガラス拭きね。はいはい」と独り言(ご)つ者あり。
「ね、味見お願い」通りかかる誰彼をつかまえては小皿を差しだす者あり。

 思えば暮れのこんなような情景が、
2016年の元旦の一部をつくったようでもある。
  2016年元旦の発見。
 自分がかまぼこ好きだということを、あらためて知った。奮発して求めた上等かまぼこが、気持ちを盛り上げる。

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 夫の両親とともに、妻沼聖天山(埼玉県熊谷市)へ初詣。ちちとははが「しょうでんさま」と呼ぶ(しょうてん/しょうでん)この地をわたしはとても好きだ。そして、長細いおいなりさんで有名な名物・聖天寿しが買えたらうれしい、などと密かに考える。
 しかし、2012年聖天堂(本殿)の国宝指定のあと、人気が高まったため、この日も大行列。参拝まで40分待つこととなる。聖天寿しの店の前にもたいそうな行列ができており、「きょうはあきらめようね」と話し合っていたところ、行列の前方からははに声がかかった。
「何人でいらしたの?」
「え? ええと1、2、3、4、5人!」
 ちちとははの親友Aさん夫妻がわたしたちの分の折り詰めまで求めてくださったのだった。
「はい、お年玉」
 どう考えても、これは奇跡だ。そうだ、ことしは、このようなことを見過さず、奇跡とわかって受けとめよう。
 聖天寿しは土産とし、聖天さまを訪れるときの約束でもある「実盛公うどん」(そばもあります)を食べる。聖天さまを建立(こんりゅう)した斎藤別当実盛公に因んだうどんで、大和芋のせん切りがのっている。うどんもいいが、店の佇まい、接客も寄らずにはいられない理由である。

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月4日
 ヤエバアと電話で話す。
 ヤエバアは元義母ということになるが、わたしにはいまも大切な大切な存在。しかしながら、直接はなしをするのは久しぶりだ。前の日に御招ばれした子どもたちに託してもらった土産のお礼をと思って受話器をにぎりしめたのだった。変わらないやりとりに、胸が熱くなる。
 と、とつぜん、わが口から思いがけないことばがするすると……。
「ヤエバアもわたしも向こうに行くのが怖くないものね。先に行って待っているひとのことを思いつづけているから。死ぬまで生きようね」
 わたしの元夫(現在は友人)の妹に当たるヤエバアの長女が22歳で他界し、その日から31年が過ぎた。その日からわたしの死生観が変わりはじめ、「死」が親しいものになった。親しくなり、慕わしくも思うようになったからと云って、死別の悲しみを知らぬわけではない。その悲しみを悲惨と位置づけたくない、うつくしさ愛しさとともにあることを忘れたくないという思いがずっと、わたしにはあって、「そんな死への思いが、ひととのあいだに云い様のない違和を生じさせることがあったの。だけど違和は支えにもなっていった。……ヤエバア、死ぬまで生きようね」と、わたしは話していた。
 ああ、もっともふさわしい相手に伝えるべきことを伝えた。

 年の瀬のゆるゆるとした働き。

 正月のかまぼこ。聖天寿し。実盛うどん。ヤエバアとのやりとり。家人たちとの会話。
 奇跡に満ちた年越しであった。

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昨年のおわり近く、
友人から申の飾りが届きました。
あまりにかわいらしく、クリスマスのリースをはずした
翌日、つまり1226日の朝、早早と玄関扉に飾りました。

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おさるさんのアップです。
12年後まで大事にするんだ。

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