いま、わたしはどこに立っているか
朝いちばん、カラスに会った。
道の上、向こうとこちらで、なんだろうかねえ、見つめあうかたち。云ってみたいことを、お互い持ってはいたのだが、まずまずきょうのところは……という心境になっていた。少なくともわたしのほうは、そうだった。
ただ、はっきりしていたのは、カラスは人間(ひと)ではなく、わたしはカラスでないということ。云ってみたいことを云わずにすませたのは、カラスがわたしになり、わたしがカラスになったなら、という思いが湧いてきたからだった。
若い男とすれちがう。
細い路地の向こうから、手にした板きれを持って歩いてきた。板きれ(スマートフォンというもの)から視線をはずさないまま、行ってしまった。
すれちがったのがわたしでなく、アナタの運命のひとであっても。
すれちがったのがわたしでなく、はっとするほどの美女であっても。
アナタは知らずに行くんだね。
若いアナタはわたしではなく、わたしは若いアナタではない。アナタはわたしにはなってみようとしないだろうが、わたしはちょっとアナタになってみようかと思ったのだけれど。
目の前で、夫が柚子茶を飲んでいる。
こちらも同じものを飲んでいる。
わたしたちのあいだに、かきもちと「冬の旅」がある。
前の日、ふたりで観てきた笠井叡の舞踏(初めてのセルフコレオグラフィー)「冬の旅」について、ぽつりぽつり話している。
あまりにエネルギッシュな動きがあり、あまりに浄(きよ)らな空間が実現していた。客席から絶望をみつめていたはずなのに、さいごにはかすかな光をみつめていた。
F・シューベルトの「冬の旅」(ヴィルヘルム・ミュラー ——詩/D・フィッシャー=ディースカウ ——バリトン/A・ブレンデル ——ピアノ)に包まれて1時間20分の舞台に目を凝らしたのだ。
「そんなときはいつも、『冬の旅』がこころのなかに響いている、と笠井叡さんが云ってたね。そんなときは、ってね」
とつぶやくわたしは夫ではなく、
「欲望にからめとられたり、何かにつよくとらわれて絶望したり、そんなことはばからしいね。大事なのは生きてる実感」
とつぶやく夫はわたしではない。
が、入れ替わることもたやすくできそうな午後だ。
会議がはじまった。
M氏のことば。
Y氏の質問。
W氏の指摘。
T氏の意見。
わたしの感想。
それぞれ、異なる立ち位置からことばを発している。
いま、わたしはどこに立っているか。
いま、そのことばはどこに立って発せられたのか。
異なる立ち位置からのことばが交わるこの感じ、成り立ち具合と云ってもいいかなと思うけれども、すごく大事。
自分とは異なる意見や感じ方と、向き合う。それが人間としての醍醐味で、成熟の道じゃないかしら。
ことし、どっさりどっさり柚子茶をつくりました。
柚子の皮を刻みに刻んで。
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コメント
ふみ虫さま
ふみこさん、
ふみこさんは大地に
立っているのです。
口元に微笑みをたたえ
心に優しさと強さを持ちながら
ひとを認める気持ちと一緒に。
その大地は私たちとも
繋がっています。
投稿: 寧楽 | 2016年2月16日 (火) 10時09分
ふみこさま、みなさま
どこに立っているかいるかといえば、
大阪万博の太陽の塔をおもいうかべました。
1970年、10歳の私は外からしかみなかった。
塔内から生命の樹をみてみたい。
ミニチュアサイズの樹をみただけでも
生命の進化の迫力に生きている事のキセキとありがたさを
感じる。
そして、地下の部屋に入ってみたい。
命と人といのりの世界をみてみたい。
塔内に壮大なメッセージを秘めていたのですね。
塔内展示を去年再開の予定となっていたけれど
延期されたらしいです。
近くの生田緑地内に岡本太郎美術館があるので。。
ときどき行ってはこの方のエネルギーや
物の見方にパワーをもらってます。
楽しいし、不協和音もいいかな。。なんて。
成熟?してないなあ私。
投稿: 真砂 | 2016年2月16日 (火) 12時21分
ふんちゃん、皆様こんにちは。
異なる意見と向き合う
まさに醍醐味であり私は楽しいです!
この頃思い切って
同じ仕事を色々な方から教えてもらうことを提案して実現させてもらってます。
別の言い回しなのでより一層
理解が深まって楽しいなぁと。
そしてまたもっとこうしたい
こうさせてくださいと提案したところ
以前とは違う前向きな反応をして頂き
少しは私も成長したのかな、と
嬉しくなりました。
周りの人にご迷惑おかけするのは
心苦しいですが
次はこうしてみようと思案するのは
すごく楽しいです!
投稿: たまこ | 2016年2月16日 (火) 12時44分
ふんちゃん、みなさま、こんにちは。
他人の意見、考え、おもいをその他人の立場になってとらえる、とらえようとする。
大切なことだとだれもが知っていて、だれもがなかなかできないことを、まわりを世界を、それ以前に自身を省みて気のつくところです。
ぼくは、わからなくていいのではないかとおもっています。わからなくて当たり前と知ること、その上でわかろうとすること。
みんないろいろで、いろいろだからいいんだと、自然なことを自然に認められたらいいのだろうな、そんなシンプルなことをなにが難しくさせているのかおもいを馳せました。
投稿: 佐々木広治 | 2016年2月16日 (火) 13時29分
ふみこさま。みなさま。
こんにちは。
どこに立っているのか・・・。
わたし、考えてみたけど、いろんな立ち位置がありすぎて、
よくわからないです。
母であり、ばあばであり、妻であり、作家(?)でありたいなぁ・・・なんて思っていると、毎日いろいろ忙しくて・・・。
でも、自分らしさは見失わないようにしたいって思っています。
今日は、はるくんが風邪でおやすみ。
お昼寝をあんまりしてくれないので、おんぶして、私もしたいことをしています。パソコンに向かっていると、背中で、はるくんが画面をみて、うれしそう。
では、またぁ。
投稿: こぐま | 2016年2月16日 (火) 14時55分
ふみこさま みなさま こんばんは。
今日はまた雪になったので、いつもより更に静かな夜です。
今週も心臓がドキンとしました。
「いま、わたしはどこに立っているか」って、ここ数日、ぼんやりと(いや!しっかりと)考えていたからです。
齢を重ねるということは、いくつもの立ち位置を持つということなのかもしれません。
いくつもの自分を使い分けるほどの器用さは持ち合わせていないのは重々承知。だからこそ、置かれたものを大切に受け取るように過ごしているつもりでいます。
そんな日々の中、自分の立ち位置をそっと確認したくなるのもまた事実。
まぁ~しょうがないどれもリアルな私なんだし。
余談ですが~朝ドラの主題歌の「365日の紙飛行機」の歌詞に突っ込みを入れるのが日課(?)。
今日は「そうか!自分の紙飛行機は毎日毎朝自分で飛ばしてるんだ!だから、明日ガンバロウって思っていいんだ!」と勝手に解釈。
さて、今日の紙飛行機はどんな風に乗って飛ぶのでしょう?
投稿: かえるのしっぽ | 2016年2月17日 (水) 00時18分
ふみこ様
ふみこさんなら聞かれたことがあると思うのですが、
轟悠(とどろきゆう)さんの「リンカーン」を
梅田芸術劇場まで観に行ってきました。
お名前は存じ上げていたのですが
初めてステージを拝見しました。
いつもの宝塚歌劇と何か違っていました。
何というオーラ!・・・
ここは日本で、大阪で、梅田で、
演じておられるのは女性のはずなのですが、
アメリカにいるようで
それも昔々のアメリカで、
男の中の男がいるようで・・・
自分の立っている所がぐらぐらと崩れました。
わたしは心が固くなったり
思い込みが激しくなったと感じた時に
こうやって別世界に飛び込み、
頑固さをたたきつぶしてもらいます。
今回も目的達成。
白紙の気持ちになって
暮らしを再スタートです^^
投稿: ゆるりんりん | 2016年2月17日 (水) 19時37分
寧楽 さん
わたしたちの大地がつながっていると、
あらためて云っていただいたこと、
ありがたくてなりません。
それぞれ職業も異なるし、
好みも異なる(かもしれない)し、
考えや感じ方だって……。
でも、そんなことはどうでもいいことで、
というか、あたりまえのことなんだなあと
思いました。
異なることにそっとこころを寄せてゆく
やり方を忘れたくないです。
ほんとに、感謝。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年2月18日 (木) 09時23分
真砂 さん
ときどきに
自分が「いま、どこに立っているか」を
たしかめ、
相手が「いま、どこに立っているか」を
考え(察し)……。
できればそこに共通項をみつけたいという感覚でしょうか。
そう、不協和音もまたよきかな。です。ね。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年2月18日 (木) 09時26分
たまこ さん
たまこさんは、おもしろがりです。
真面目に一所けん命に仕事をされているのに、
「おもしろがり」なんて……と思われたなら、
許してね。
機嫌よく(これは大事)、謙虚に(これは大事)、
前向きに(これは大事)すすまれてゆく様子に
励まされています。
つぎはこうしてみようと!なんて、
ほんとうに素敵。
そこに「おもしろがり」と名前をつけて呼んでみた、
というわけです。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年2月18日 (木) 09時36分
佐々木広治 さん
わからなくていいし、
それはあたりまえだとわたしも思うんです。
その上で。
わからなさの前にどう立つか、
どんな顔をするか、
どういうことばを持つか。
これが重要になってきますね。
何がむずかしくしているかというと、
そんなところも関わっているのではないかしら。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年2月18日 (木) 09時41分
こぐま さん
わたしたちは、皆、
いくつも顔を持っています。ね。
ひとと話すとき、
ひとにことばをかけるとき、
じっと見守るとき、
書くとき、
うたうとき、
いちいち立ち位置を確認しておくことが必要だと
感じているんです。
何を話し、何を伝え(たとえばどう励まし)、
どう見守り、どう書き、どううたうか。
自分の思想はどこにあるか、をね。
そして、ここから、そのひとらしさが生まれるのかしら……。
そこにひととしての責任があるから、
ときどきくたびれます。ね。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年2月18日 (木) 09時49分
かえるのしっぽ さん
そうですね。
よくわかります、「だからこそ」という思い、
共感します。
少しはなしがずれるかもしれないのですが、
このこと(目の前に置かれたもの)に対して
自分がどう考え、どう感じるかを確かめながらすすむ。
これは訓練系統のことでもあるな、と思うけれど、
どうかな。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年2月18日 (木) 09時56分
ゆるりんりん さん
まあ、それはすばらしい!
「轟悠」は、ほんとうにすごいです。
いつだったか、後水尾天皇(ごみなのお)を演じた
舞台を観ました。
宝塚歌劇から少しはなれた舞台でしたが、
自分のなかに、どっと流れ込んでくるものがありました。
浄らに、つよく、やさしく。
あのとき受けとったものは、ときどきわたしをしゃんとさせて
くれます。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年2月18日 (木) 10時02分
ふみこさま
まさに、「人としての責任があるからくたびれますね」
母親としての自分に声をかけてもらった思いです
この子を音楽仲間の友人と思えば何も悩みはないのに、
昨年秋「成人式の準備はお済でしょうか?」と
何回も何回も電話できかれているうちに。。
「やっぱり音楽より、大人になる前にもっと
渡すべきもの。。何だろ、なんだろ。。」
なんて真剣に考え出しだらおかしくなりました。
その前の受験の年も12月、手探りで進む娘をみて
「塾とかに任せた方がよかったんじゃないの。。」
と急に親としての立場から苦しくなりここへ来ました
必要なサポートかどうかがむずかしいんですよね。でも。。
うーんと思う事が生きている実感なのかもって
岡本太郎さんなら言うかも「人生迷宮なり」って。
いつもふみこさんのサポートうれしいです。
これからもよろしくお願いします
投稿: 真砂 | 2016年2月18日 (木) 15時20分
真砂 さん
目の前で真砂さんが
生きている、というだけで、
そうとうに伝わりますとも。
お母さまに「音楽仲間」として
認めておもらいになって、
お嬢さんはしあわせです。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年2月19日 (金) 08時48分
ふみこさま みなさま
ちょうど今その事で壁にぶち当たっています。
「自分とは異なる意見や感じ方と、向き合う。それが人間としての醍醐味で、成熟の道じゃないかしら。」
30代までは今思えばえらく強がって流れに逆らおうとしていた感じ。
ギシギシ・ガチガチ・ゴリゴリ...心の音はこんな感じでした。
今は自分の事は「なるようになるさ、ケセラセラ」と思ってはいるのですが...百人百色なので大変な時もあります。後に笑えればいいかな??
我が家には「すだち」の木があります。すだち茶って作れるかな?
今年やってみようかな。柚子茶とてもおいしそう!
写真でほっこりさせていただきました!
投稿: かおる(ヌケちゃん) | 2016年2月19日 (金) 12時00分
ふみこさま みなさま こんばんは。
今日は雨水。
すごいカミナリは春へのレースの号砲でしょうか?
ふみこさんの「どうかな」への返事になるかしら。。。
齢を重ねるということは、いくつもの立ち位置をもつだけでなく、経験値を重ねるということではないかと思うのです。
訓練系統と言えばそうかもしれません。
私のことを考えると、大学という学びの場で、その延長としての仕事の場で、繰り返し繰り返ししてきたことのように思うのです。
ふみこさんに教えてもらった言葉を借りると、置かれたものを受け取るときも同じようにその一連の過程をなぞってるような気がします。
でも、自分が今立っているのはどの立ち位置なのか?と確認しないと、気がつけば違う方向から置かれたものを受け取っているのではないか?という不安な気持ちにもなるのです。
でも、どの立ち位置であれ、リアルな私というところに落ち着いてしまうのは仕方ないことなのかと。。。考えてしまう早春の宵。
投稿: かえるのしっぽ | 2016年2月19日 (金) 21時21分
かおる(ヌケちゃん)さん
責任ある立場での、
意見の違いや、感じ方のずれは、
ひとを消耗させることと、お察しします。
が、やはり、そこであきらめないことが
大事かなあと、ときどき気弱になりつつも、感じています。
あきらめない方法について「工夫」できるのじゃないか。
これが、現在のところ、わたしの希望の灯になっています。
いいなあ、すだち。
すだちは、お酒にもなるし、
実のまま冷凍することもできるはず。
わたしは、どしどし使ってしまうので、
冷凍には至っていませんが。
徳島の生産者からおそわりました。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年2月20日 (土) 10時27分
かえるのしっぽ さん
おたよりを読んで、はっとしました。
ひとはおそらく死ぬまで
「完成形」ではないのだなあ、と。
ふらふらしたり。
ぴょんぴょん跳んだり。
ぐらっときたり。
(口を真一文字に結んで)突き進んだり。
ばたっと倒れたり。
他者のなかでそんなことをくり返しつつ、
学びもし、影響もされて、自分をつくってゆくんだなあ、と。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年2月20日 (土) 10時33分
ふみこさま
うれしいおたよりありがとうございました。
そうですよね、つたわってますよね。
なのに、母になるとね、ムキになってましたけど。。
「そっとつたえる」
これはふみこさんのお話や若松氏に言われて
やっと自分の娘への伝え方に気付いたことです
夢中になってるときはべつとして。。
ほんとうにありがとうございました。
先週も神保町で内村鑑三のお話会に参加したら
「後世への最大遺物」は読んだ?と聞かれたので
今日これから読むところです
若松氏も高校生の時に読んだそうです
40年近く遅れてようやく。。です。
大切なことの連鎖、優しさの連鎖ここでいつも
感じています。
投稿: 真砂 | 2016年2月20日 (土) 12時13分
ふんちゃん
立ち位置…。
仕事をしている時、仕事で相手の話を聞いている時、
ものすごく考えます。
全身で感じて、自分の立ち位置を見誤らないように…と緊張したりもします…。
ここで、ふんちゃんのおことばを読んだり、
みなさんとのやり取りを読ませていただいたりしているうちに、
緊張はほどけてくるように思えました。
大地に立っていて、それはみなつながっている…という
寧楽さんのおことば…私にも響きました。
大きな深呼吸をして、またゆっくりといこうと思えました。
優しくて柔らかい、そして温かい強さを感じました…。
そうなりたいなぁ~
投稿: もも(^-^) | 2016年2月20日 (土) 15時10分
真砂 さん
ムキになっている先輩。
『後世への最大遺物』を読むお母さま。
それが、そっと伝える、という意味かも
しれません。ね。ね。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年2月20日 (土) 23時35分
もも(^-^)さん
見誤り、
読みちがえ、
そんなことをくり返しながら、
胸のなかに愛情を育んでゆくのかもしれませんね、
わたしたちは。
怖いのは、
まちがうことではなくて、
わかろうとしないことですね。
わかろうとしても、
わかろうとしても、
わかりきれない痛みを持つのが
ひとの宿命かもしれない……。
そこに働くのが「情」ではないかと、
感じています。
ももちゃん!
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年2月20日 (土) 23時42分
ふみこさま
みなさま
こんにちは。
どんな立ち位置にあっても、
素直な気持ちと心の余白は持ち合わせた方が、
その方が良いのかな?と思いました。
余白が無いと、他の考えをひとまず受け止める場所が無くなってしまいますものね。
それを、どう受け止めるかは、
人それぞれだとしても。
長男がバイトに行き始めました。
お昼用のおむすび、またはおかずの一品を、
自分でこしらえる事を決まりとしました。
文句も云わずに、黙々とこしらえる姿。
なかなか良いものです。
いずれは自立してゆく人。
その時に、この経験は、
少しは役に立つ事でしょう。
投稿: みぃ。 | 2016年2月21日 (日) 16時41分
ふみこ様 おはようございます
人は(自分は) ついつい 無意識のうちに
自分と同じ考えの人を探し 安心し
それと反対の言葉を発する人を
否定してしまう所がありますね。
ふみこさんの 言葉を
心の奥に受け止めて
今週過ごしてみようと思います
「自分とは異なる意見や感じ方と、向き合う。
それが人間としての醍醐味で、成熟の道」
追伸・・・・さっき ラジオから キャロル・キングの
「You've Got a Friend」が流れていました。
しみじみ やっぱりいい曲と思ったので 報告。すいません。
投稿: えぞももんが | 2016年2月22日 (月) 05時41分
ふみこさま
ありがとうございます!なるようになる。と思いながら一つお腹のあたりにどっしりとしたものを据えておこうと...人には悟られないように...
すだちの実、冷凍できるんですね!初耳です!そして全く考えもしませんでした。今年は実を冷凍&すだち茶にチャレンジしてみます。
ふみこさまとご近所さんだったら届けに行きたいのにな...と楽しい妄想をしています。
投稿: かおる(ヌケちゃん) | 2016年2月22日 (月) 10時01分
みぃ。さん
余白のおはなし、どうもありがとうございます。
どうしたら、こころに余白を持てるのか。
それはやはり……余白を持ちたいと
希うことがはじめの一歩でしょうか。
お弁当のおかず一品づくり!
生きる力ですね。
あまりにも素敵です。
どんなおかずをつくられるのか。
こんど、こっそりおしえてくださいね。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年2月23日 (火) 09時31分
えぞももんが さん
わたしもそうです。
同じ考え、感じ方をするひとのあいだで、
ぬくぬくしたい……と。
そうして、同じ人物のなかに、
ちがう考え、感じ方をみつけるようなとき、
あわてたりするんです。
そうかと思えば、
意見Aに感心し、それとはちがう意見Bにも感心し、
はたまた意見Cにも大きくうなずく。
そんなこともあります。
キャロル・キング。
ああ、なつかしい。
キャロル・キングと一緒に暮らしていた日日!
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年2月23日 (火) 09時35分
かおる(ヌケちゃん)さん
ご近所だったら……と
云っていただくだけで、ぽわーんとなります。
ありがとう!ございます。
お茶は、どんなふうに?
でき上がったら、お知らせくださいね。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年2月23日 (火) 09時37分