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2016年2月 9日 (火)

手のこと

 何を刻んでいたときだったか、まな板の上、右手に握った包丁によって、左手薬指の先端に切り傷をつくった。
 ……ああ、やってしまった。
 この季節は傷の治りがおそくなるという思いと、何かがわたしの手を鈍らせてこんなことになったという思いが湧いた。
 ……ああ、やってしまった。

 手の指を切ってしまうようなとき、古傷を連想する。

 甘美であるにはちがいないけれど、煎じ詰めればただ辛くただ恥ずかしかった昔の恋。そうしたくはなかったのに傷つけてしまった誰かさん。なぜだか去っていった友。孝行したかったのにそうできなかった人たち。誤解されたままのあのひとたち(こちらが誤解したままの存在もあることだろう)。
 指先の血を舐め舐め、わたしは襲いかかる記憶の波のなかでアップアップする。痛みというのは、協調する性質を持っているのか。こころが弱っているときなどは、ひとたまりもない。記憶の波というものはまことに始末のわるいものである。すでに整理がついているつもりで油断していると、決してそうではないらしかったり……。片づけの済んだものと思っていたところ、そうでききれぬあれやこれやが、なんとはなしにわが純情を責めたてる……。
 救急絆創膏を指に巻きつけながら、泣きべそ? そんなのは真っ平御免でござんす。

 ああ、もしかしたら。

 末娘が挑戦している大学受験に、わたしは柄にもなく気を揉んでいるのかもしれない。
 そんなはずはない……と、思いたい。わたしが受験するのでもあるまいし。わたしにできるのは弁当をつくるのと、「いっていらっしゃい」と、朝、送りだしてやることくらいだと、知っている。その範囲をはみ出さぬようにと戒めてもいる。
 わが子の夢の実現のため徒(いたずら)に気を揉んだり、血道を上げたりすること許すまじ。という境地こそを立ち位置としたいと、もうもうすっかり意地になっている。
 だが、朝こしらえて持たせた弁当が何かの拍子に破裂して大騒ぎになるというような、ベタな夢に飛び起きたりするのを見ても、わたしは……。
「娘が志望大学に入学できますように」と祈ったりするのは、祈りではなく「囚われ」であるように思われて(決まった先を縁と思いたいし、決まらなかったならそれもまた縁と)、わたしはますます意地を張る。
 指先の絆創膏と睨めっこ。

 継ぐ日、大学の試験会場に出かけようとする末娘が、「握手して」と右手を差しだした。あわててその手を両手で包んだときだ。

 わたしは、自分が試験に向かってつづけてきた、このひとのがんばりに打たれているのを知った。そういう自分を認めれば、手を鈍らせて指先を切ったり、おかしな夢を見るような心境から解放されるだろう。そうだ、わたしは打たれている。
 こういうところは、われながら、ため息つきたくなるほど面倒なのだが、このあたりに自分の「大事」も潜んでいるからないがしろにできないのだ。

 その日の夕方、絆創膏をはずしてみると、傷は指のてっぺんで赤い目印のようになっていた。

 この手でわたしはひとの手を握ることもできる。
 肩を抱くこともできる。
 熱いお茶を淹れたり、ちょっとおいしいものをつくることも。
 これを、やさしい手にすることができる。

Photo

さいごの帰宅者にそれと知らせ、
玄関のドアチェーンをかけてもらったり、
電気をすっかり消してもらったり、
そのほかいろいろしてもらいたいことがあります。
知らせ方は、こんなふうです。

皆さんのお宅ではどうしていますか?

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「日記」カテゴリの記事

コメント

ふんちゃん、みなさま、こんにちは。

三寒四温という感じの日和です。
指先、ほんと痛いですよね。足の小指をぶつけたりとか。
そういえば、ふんちゃんはついこの間、二段式ベッドに頭をぶつけたんですよね。
お忙しかったりして、意識がそこから離れていたのかもしれませんね。
案外、人は今をみていないもののようです。自分もですが、悩むことは、今のことではなく、過去や未来のことなんですよね。今することをするしかないわけですが。
心配するのではなく、考えることは必要なのかもしれないとおもいました。

投稿: 佐々木広治 | 2016年2月 9日 (火) 10時49分

ふみこさま、みなさま

あともう少しですね。受験。
昨年ここにおじゃまする事で何とか心のバランス
とってた私でしたー。

1月末に主人インフルエンザにかかり、
その後合格より当日まで熱が出ませんように。。
と目標小さくなったので、あとはなんでも来いみたいな感じになり
「本番をたのしむ」なんて書いたのでした。

そうそう、ふみこさんの風邪退治なべばっかりたべてたような。。
こころのささえでした。
ありがとうございました。

追記:ルーマニア民族舞曲のバルトークさん
戦時中の中にあっても「地球上の各民族が仲良くできるという
理想のために自分のできる限りのことー音楽を作るーが自分
の使命」のような事書いてます。独特の民謡の和声ひかれます。

投稿: 真砂 | 2016年2月 9日 (火) 12時22分


ふんちゃん皆様こんにちは。
なんと末のお嬢様もう大学受験ですか!

小さい頃からエッセイで様子を
拝見させてもらってましたが
可愛いらしいイメージから最近は
たくましいイメージに変わって
素敵に感じます。


さて、私の部署で今年2人が退職されます。それも私の師匠のような方が。
安心して退職できるように
がんばらなきゃ!と思って行動しています。
今更なんでうまくいかないんだって
事も出てきますが
必ずできるようになる、という
経験が前向きに行動させてくれます。

投稿: たまこ | 2016年2月 9日 (火) 12時40分

ふみこさん、みなさん

こんにちは。

ふみこさんと、受験生のおかあさんという共通点があったこと、嬉しくなりました。

中学受験は、私にとっては、本人の意思と親の意向との割合が時々見えなくなる迷い道でした。親に気をつかうひとだから、やめたいと言えないでいるのか、他にやりたいことがあったんじゃないかと、ずっと考えていた時期がありました。友だちと過ごす時間や、睡眠時間が減る様子も見ていてハラハラでした。

一段落して。
お誕生日に父から携帯音楽プレイヤーをもらい、イヤホンでラジオを聴くようになった娘を見ていて、茶の間にいるけど、そこだけぽっかり一人、卵のからにでも入っているような、あの、ひとりきりのよさを思い出しました。

自分の時間を過ごしたい。自分で決めて、試したい。失敗しても自分で何とかしたい。心配されたくない。

うんうん、おぼえがあるよ、おかあさんも。
というようなことを、口に出さず、ちょっとずつ後ずさりしているような気分です。


投稿: cohata | 2016年2月 9日 (火) 13時14分

佐々木広治 さん

ああ、ああ、ほんとうですね。
ひとは「いま」でなく、
「過去」や「未来」を悩んでいますね。

「いま」することをするしかない。
そして、「考える」ことは必要……。

ものすごく、すごく励ましていただきました。
ありがとう、広治さん。

投稿: ふみ虫。 | 2016年2月 9日 (火) 22時21分

真砂 さん

かなってもかなわなくても、と思いながら、
禁じたいのは、ただ、おのれの「欲望」。
「愛情」を道標(みちしるべ)にすすみたいのに。

ルーマニアのバルトークさん。
その志が慕わしい、慕わしいです。

投稿: ふみ虫。 | 2016年2月 9日 (火) 22時25分

たまこ さん

心せつない、
心愛しい、
心やるせないこの季節。

別れであっても、そうではない。
受け継ぐ者の志の問われる、季節。

投稿: ふみ虫。 | 2016年2月 9日 (火) 22時27分

cohata さん

「口に出さず」というところが、
あまりにも素敵。
「ちょっとずつ後ずさり」というところにも、
つくづくと、つくづくとおしえられておりまする。

ありがとうございます。

投稿: ふみ虫。 | 2016年2月 9日 (火) 22時31分

ふみこさま、おはようございます

今朝5時半位に目が覚めたので夜空をみたら
星がすごくきれいでした。
星に願いを。。受験生のみなさまの健康をいのりました。

星好きの友人から、5つの惑星が肉眼でみえるのは
10年ぶりのことで、2月20日までみえるそうです。

あともう少しです。あともう少しです。いのり。いのり。ひかりです。

追記です
バルトークさんはハンガリー人なんです。
ハンガリーはルーマニア軍に侵入されても、
東欧近隣の民謡を残したのです。せつないけど、力強い旋律です。
大変な時にたびたびしつれいしました。

投稿: 真砂 | 2016年2月10日 (水) 08時41分

ふみこさま
みなさま

こんにちは。

”過ぎ去ったことは悔やまず、これからのことも不安にならず、目の前のことに向き合うことです。自分にできることに心をこめる。
大丈夫。結果や成果は後からついてくるものです。“

わたしが尊敬している
松浦弥太郎さんの言葉です。

広治さんのお便りを読んで、
ノートに書き留めたこの言葉を思い出しました。
広治さんのお便りにも、
弥太郎さんの言葉にも、
同じようなあたたかさを感じました。

そして、暮らしにおいても、仕事においても、
人との関わりにおいても、
あてはまる事だなぁと。

お嬢さんの頑張りに打たれている、
そんなふみこさんが、大好きなんです。
私は。

投稿: みぃ。 | 2016年2月10日 (水) 10時47分

ふみこさま。みなさま。

こんにちは。
受験ですか~。そっと見守ることしかできないと思っていても、
心でいろいろ思ってしまいますよね。
私は、息子の大学受験と娘の高校受験が重なって、合格発表が終わってから、二・三日寝込みました。
ふみこさんも、お疲れをだされないように・・・。

最後に帰ってきた人へのメッセージ、すてきですね。
我が家は、わたしが、寝る前に戸締りしています。

ふみこさんの字が、すきです。

では、またぁ。

投稿: こぐま | 2016年2月10日 (水) 16時51分

山本さん
大野です

ご無沙汰しています
そうでした。栞さんと夏都は 同い年でしたね

夏都は ふみこさんのお家の近くの学校を目指しています。25日 本場です!

高校三年生 まぶしいですね

投稿: 大野 | 2016年2月10日 (水) 18時07分

本番ですf^_^;)

投稿: 大野 | 2016年2月10日 (水) 18時08分

真砂 さん

真砂さんの、魂のこもった祈りが、
じわじわと沁みました。

星のちから。
伝えるちから。

バルトークをこれまで、
近しいと思っていたけれど(好き、という意味で)、
何も知ってはいなかったと思いました。
少しずつ知ってゆく時期がめぐってきたのかな。


投稿: ふみ虫。 | 2016年2月10日 (水) 18時24分

みぃ。さん

ほんとうに。
弥太郎さんも、広治さんも素敵です。

広治さんは、わたしたちの広治さんでもありますしね。

わたしは、ともかく、
さりげなく美味しい弁当をつくるだけです。

あ、きょう、末娘に足湯をしてやりました。
そうしたら、眠くなったと云って、
2時間眠ったんです。

ま、いいか。

投稿: ふみ虫。 | 2016年2月10日 (水) 18時27分

ふみこさま みなさま こんばんは。

今夜は寒そうですが(給湯器に雪だるまマーク)、明日は暖かい一日になりそうです。春はそこまで♪ですね!

ふみこさんやみなさんのお便りを読み終えて、自分の手をしみじみと眺めました。
そうですね。これまでいろいろなことをしてきたのですよね。
そして、これからも。
できるなら、たくさんじゃなくてもいいので、置かれたものに誠実に丁寧に向かい合いたいと思います。

菜を茹でました。
母の育てた菜です。何度も何度も茹でた菜です。
いつか茹でることができなくなるだろう菜です。
それはふいにやってくるかもしれない。。。と思う浅い春です。

投稿: かえるのしっぽ | 2016年2月10日 (水) 19時13分

こぐま さん

こぐまさんは、毎日さいごに
お休みになるんですね。
皆さんの帰宅を待って。

わたしはすぐに寝てしまうので、
こういうことになります。

投稿: ふみ虫。 | 2016年2月11日 (木) 11時17分

大野 さん

そうでしたか。
なんだか、うれしい。
(武蔵野市の大学でしょうか。
でしたら、どこもとっても近いです)。

夏都さんには、上京+宿泊が加わり、
ほんとうにえらいと思います。
無事にこちらに着いて、無事に当日を迎えられますように。
ともかく、そこをまず、応援したいです。

まぶしいひとたちの、健康と。


投稿: ふみ虫。 | 2016年2月11日 (木) 11時25分

かえるのしっぽ さん

どういうかたちになるかわからないにしても、
受け継ぐことのできる、菜っ葉さんたちです。

と、思わず書いてしまいましたが。
わたしも、いつもそう考えています。
ありがたい野菜たちと格闘しながら。

投稿: ふみ虫。 | 2016年2月11日 (木) 11時27分

ふみこさま みなさま こんにちは。

暖かい一日になりましたね。

何かを茹でる、何かを切る、洗い物をする。。。今まで数えきれないほど、それが日常であることをしている時に、はねた湯でやけどをしてしまう、指先を切ってしまう、お皿をぶつけて欠けさせてしまったりする。。。そういうことがあります。
そんな時は、ふと思い出すこと、思い当たることがあるのです。
気持ちの奥底にしまいこんでいるものや気がつかないようにしようと思っているようなこと。
自分で自分を見透かすような瞬間です。

ちょっと怖くもありがたくもある瞬間です。

投稿: かえるのしっぽ | 2016年2月11日 (木) 15時46分

かえるのしっぽ さん

ほんとうですね。

思い当たる。

思い当たっても、知らん顔する。

思い当たったのが何であるか、考える。

そんなことのくり返しみたい。
きょうは、ガラスの器を1個落として割りました(白状)。

投稿: ふみ虫。 | 2016年2月11日 (木) 17時35分

ふみこ様 皆様
私は風邪のため、お仕事休んで寝ています。
こんなときのお供は、ふみこさんの本です。
そうですか、、、エッセイで赤ちゃんだった栞ちゃんが受験生。
自分が受験のことで覚えているのは、いつも通り私の好きな卵焼きや煮物がお弁当に入っていたこと。朝起きたら、朝ごはんがあったし、帰ってきたら夕飯があった。当たり前のことを当たり前にしてもらったことに感謝しています。

当たり前のことを当たり前にしてもらったということは、本当にありがたいことだと思います

受験が無事に終わるといいですね
無事に終わりますように。

投稿: ゆきたん | 2016年2月12日 (金) 21時07分

ふみ虫さま

娘さんが自分で選んだ道に
すすんでいけますように。

親のしてやれることは
本当にほんの少ししかありませんね!

娘さんが差し出した
「握手して」という言葉、気持ちに
打たれています。

そこにある安心感、信頼感。

風邪ひかないように
お気をつけくださいね。

投稿: 寧楽 | 2016年2月13日 (土) 11時30分

ふんちゃん

 「握手して」ということばにじ〜んときました。
 その握手で力をもらえるような、安心するような、背中を押してもらえるような…、
 いろいろな手になるんだなぁ…。

 私も、そんな素敵な手になっていきたいなぁと思います。
 その手は、今日明日できることではなく、赤ちゃんの頃から、出会えた時から、
 毎日、少しずつのことばにならないことも積み重なって、あったかいお母さんの手になっていくんだよなぁと思いました。
 
 その手を頼りに大きくなっていく子どもたちは、とても幸せだなぁと思います。
 自分のところへやってきてくれた子だけじゃなくて、出会った子(きっと大人も…?)に対しても、
 あったかい手でありたいなぁと思いました。

 エビを床に…事件の娘さんですもの。きっと素敵な結果が待っていると思います(*^。^*)

投稿: もも(^_^) | 2016年2月13日 (土) 13時47分

ゆきたん さん

わたしも、そう思うんです。
このあいだ生まれた末っ子が、
大学をめざすなんて。
何かのまちがいじゃないか、と。

受験日の弁当は、
ちょっぴりにしてほしいというだったので、
小さな紙製の箱を使っています。
掛け紙にメッセージを書いたりして……。

お大事になさってください。
ゆっくり怠けてね。

投稿: ふみ虫。 | 2016年2月14日 (日) 08時51分

寧楽 さん

握手と云えば……。
末娘の中学の卒業式、高校の入学式、
教育委員の公務(卒業式の告辞と入学式の祝辞)と
重なって連なれなかったのです。
両日とも朝、玄関で握手して、
右と左に別れて歩き出しました。

「いってらっしゃい」
「お母さんもがんばって」

忘れられない握手です。

投稿: ふみ虫。 | 2016年2月14日 (日) 08時57分

もも(^_^)さん

そうです、そうです。
えびの事件の娘です。

あの事件、いまでも、好きだなあと思い返します。
子どものおもしろさであり、
大人(保育士)の包容力の記憶として。

投稿: ふみ虫。 | 2016年2月14日 (日) 09時00分

ふみこさま、みなさま、こんにちは。
受験の季節ですね。
ふみこさんのお弁当、暖かな握手…こんなお母さん、いいなあ…!!
きっと娘さんにお母さんの気持ちとパワーが伝わりましたね!
握手をして欲しいという娘さんの気持ち、すごく素敵な親と子の繋がりなんだなあと思いました。
母の手の温もりほど、大きな支えはありません…私、断言できます、私もそうでしたから(笑)
私の受験の時、母か手描きのイラストをシールに描いて貼ったおにぎりを持たせてくれました。どれだけの勇気をもらったことでしょう。
今でもそのシールは手帳に貼ってあります。
私も将来、息子や娘から、握手してと言われるような母親でありたいなと思いました。
まだまだ寒さが戻りそうな二月、どうぞお身体気をつけてくださいね。

投稿: みゅー | 2016年2月14日 (日) 20時42分

ふみこ様 おはようございます。

お話を聞きながら ああ・・もう 受験の季節なのだと
改めて感じました。
あの気を揉んだ日々の事を
今は 懐かしく思い出せていることが、
不思議で ありがたくて これが生きると言うことなのだな・・と
少し 大げさな感じで思い出します。
(いろんなことが 重なった 長男、次男の受験だったので)

ふみこさん 昨日は雪解けの頃のような陽気
今朝は 冬に戻った朝
でも 間違いなく 季節は春に向かっています。
娘さんの挑戦が いい結果に結びついていること
北海道から 応援しています。

追伸・・・・・「最後に帰っていた人だれ!!ちゃんと鍵かけて!!」と
毎回 毎回 大声で言っていることを、ふみこさんの“おかえりなさい”のメッセージを見て 反省。

投稿: えぞももんが | 2016年2月15日 (月) 05時19分

ふみこさま、おはようございます。

先日の「星に願いを」で思いだしたんです。

サラっと書いたけど。。
このタイトル庄野潤三さんの本のタイトルでもありました。
生田高校のふーちゃん、向ケ丘遊園の地名にひかれて
初めて読んだのも2007年のあのときでした。

不思議な感じがします。
大変なことのあとには、いつも大切な本や人にあっている。
助けてもらっているなあと。。

昨日は嵐のような風の音ききながら
庄野さんの「星に願いを」よみました。
いい一日でした。

投稿: 真砂 | 2016年2月15日 (月) 08時26分

みゅー さん

イラストメッセージ付きのおむすび。

いいなあ。

それを手帖に貼ってある。

いいなあ。

投稿: ふみ虫。 | 2016年2月15日 (月) 10時38分

えぞももんが さん

子どもの受験。
たしかにわたしが受験するわけじゃないですが、
いろいろ重なったとき……、
「平気平気」って顔するところが大変かもしれません。

えぞももんがさん、
わたし、受験の結果はどうでもいいんだ。
どうでもいい、は乱暴かもしれないけれど、
この経験を生きる力にしてくれたらと、
それはつよく希っているんです。


投稿: ふみ虫。 | 2016年2月15日 (月) 10時43分

真砂 さん

庄野潤三の作品群は、
わたしの道標だなあと思います。

つづけて、ずーっと読んでいたいなあと
思います。
自分がこの先入院することになったとして
(なんて思うのは、不謹慎かもしれないけれど)、
もし、本を読む力があったなら、
「庄野潤三」を片端からすっかり読みたいです。

投稿: ふみ虫。 | 2016年2月15日 (月) 10時46分

ふみこさま みなさま

誰かの何かしらの結果を祈ったりするけど、祈りではなく 囚われ?
こうなって欲しいという私の欲なのかな..なんだか脳天チョップ!
そう決まったならそれが縁!何でもなるようになる!それが縁!と柳のようにしなやかに生きていきたいものです...柳のしなやかさは私の憧れ...

指、大丈夫ですか?私は書類の束に手を突っ込んで指をサクッと切ったりすると無性に悔しくなります。あんなにペラペラしているのに...どうしてこんなにサックリ切れるの??という思いからか「ちっ、切れやがった...」と悪態ついています。

投稿: かおる(ヌケちゃん) | 2016年2月15日 (月) 17時34分

ふみこさま。

わたしも…
ふみこさんと握手したいなぁ。なんて。
栞さんのあんな話こんな話が頭に浮かびます。(娘の名前にも同じ漢字が入っているんですよ)

先月9歳の誕生日をむかえた娘が、まだ幼稚園に入る前『こどもと一緒に家のこと』に出逢いました。
こんなお母さんで居たいな!と一番の育児書(?)として、何度も何度も読み返している本です。

やさしい手。手しごと。手。

ふみこさんから伝えていただいている毎日の暮らしは、やっぱり、手からはじまっているんだなぁと、しみじみおもいました。

その娘が入学以来あまり学校を好きになれず、いよいよ学校に行かない道を歩きはじめました。
どんな道を歩こうと、縁があってその道に来たのだとおもって歩いていこう!
そして、なんにでもなれる手を持っているんだよ、も、伝えてあげられたらな!

今夜はそんな気持ちで、湯たんぽをそっと、娘の布団にしのばせました。


投稿: 花野 | 2016年2月15日 (月) 22時35分

かおる(ヌケちゃん)さん

云い過ぎかもしれないけれど、
わたしは、自分が考える「こうあれかし」を
まったくあてにしていない……。
ふり返っても、わたしの「これがこうなり、あれがああなりますように」は、
たいしたもんじゃなかったです。

投稿: ふみ虫。 | 2016年2月16日 (火) 09時57分

花野 さん

どうしても学校を好きになれないという気持ち、
わたしにはよくわかるんです。
その気持ちを、大事にしたいです。ね。

好きな道は一種類ではないし、
学び方、ひととの関わりもまた……ね。

投稿: ふみ虫。 | 2016年2月16日 (火) 09時59分

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