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2016年3月 8日 (火)

大切な日

 311日がめぐってくる。
 あの衝撃も、その後の不安も、いろいろの変化も、忘れてはいない。が、張りつめていたものは、ずいぶんとゆるんだ。
 ゆるみの正体は、ほとんど油断かもしれない。

 2011
年当時、自分が書いたものを読み返すと、「目が覚めた」「生まれ変わった」とある。

 あのころも、いまと同じように身近なことを書いていたのでしたが、どこかで、こんなことばかり書きつづけていていいのだろうかというような思いをもっていました。日日の連なりを、いまほど切実に考えていなかった証拠です。

 いまは……、日日の連なりより大事なことはあるまい、というほどの考えをもつまでになっています。どうもそうらしいと気づきはじめたわたしの横っ面を、東日本大震災が叩(はた)いたのです。目が覚めました。
 これからますます、身近なこと、日日の事ごとを記すことによろこびを抱くわたしになってゆくでしょう。その意味で、生まれ変わったと云っても過言ではありません。
  『そなえることは、へらすこと。』(メディアファクトリー)まえがき


 あらためてこれを読んで、びくっとした。

 日の連なりが何より大事だと訴えるわたし自身に、触発されている。
 東日本大震災のあとしばらく、ろうそくの火のもとで料理をしたり食事をしたりしていたのだったなあ。闇のなかに灯る、小さな炎がみずからの内面を照らしてでもいるような、日日だったなあ。
 胸のなかに、震災をわがこととして受けとめたいという希いが生まれ、それが支えになっていた。当時は不謹慎だろうと思って書けなかったのだけれど、この試練のなかに生まれる何かに期待したいとも考えていた。東日本大震災で何もかも失った人びとを思うとき、いまなお悲しみと苦しみのなかにある人びとを思うとき、何かを期待せずにはいられなかったのである。

 しかし、大局的には期待は裏切られつづけた。
 ことに、福島の原発事故の痛みを抱えるなか、原発を海外に売る、輸出するというはなしには絶望した。そんな恐ろしくも恥ずべきことまでして経済的に豊かになるなんてこと、わたしたちは望んでいるのだろうか。決して望んではいない。けれど、それが現実なら、わたしが、わたしたち国民が望んだことになってしまう……。
 個人個人の選択にはまだまだ、期待している。
 便利な方向へ流されてなるものかと思っている。電気を使い過ぎていることを自覚して、不自由を耐える覚悟も……、できているつもりだ。
 電気を節約して使えば、原発なしで暮らしてゆけるという方針や道筋が示されたなら、いいのだけれど。

 3
11日は大切な日。
 このことばが不謹慎に聞こえないように希いながら、やはりどうしてもこう書きたい。
 大切な節目の日になったと、云えるだけの生き方がしたいからだ。

Photo

5年のあいだ、あまりモノは買いませんでした。
古いモノをひっぱり出してきて着たり、使ったり、
その方面に気持ちが向いていたのです。
ことしの初め、この小鍋を求めました。
じつに小さな鍋なのです(直径14cm/容量800cc)。
この小鍋のおかげで、残りものが生き返り、
ひとりの食卓がたのしくなりました。
ちょっと贅沢をしました。

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「日記」カテゴリの記事

コメント

ふみこさま、みなさま

あれから5年なのですね
水をあかりを。。の日々の中いろいろなことを自粛する形
になり行事やコンサートも中止になったこと思い出しました。

ああそうだった
あの時娘はカプースチンの曲をひこうとしていたのだった
だから去年その曲をひくというのは
いろいろな思いがあったんだろうなあと
いまさら気づく。。
いろいろな悲しみ、怒り。恐怖が次々とおそいかかって
来るような音。その音はきいているのがつらくなるくらいだった
でもそれを突き進む。歩いて行く。
命の音。自由な感じ。喜びを表現したいと言っていた。
作曲した本人の意図はわからないけれど。。

ふと、「セロひきのゴーシュ」を思い出した
妹さんをなくしてチェロをならいはじめてかいたお話
いろいろこめられたものがあるだろうけれど、
感情をぶつけることで自分の命の音をとりもどした
ように私には思える。タヌキがトントン一緒にたたく
所とか好き。。
なにげない毎日のなかに隠れている大切な瞬間
「おいしい」「うれしい」「楽しい」。。も好き。

ふみこさんのおかげで大切な事に気がつきました
ありがとうございます。

投稿: 真砂 | 2016年3月 8日 (火) 13時01分

ふんちゃん皆様こんにちは。

たしかにハッとしました。
記録の内容にもそうですが
タイトルの
そなえることは、へらすことにも。
過去のふんちゃんが今のふんちゃんを
皆様を励ましてくれましたね。


さて、私は後輩もできることですし
今までの仕事のまとめメモを毎日作っています。それがもう楽しくて楽しくて。

知識が整理されていくことが嬉しい。
未だに同期より不器用なことは多いけど
自分に合うやり方さえ見つければ確実に
できるようになるのだな、と実感。

今私の好きな歌手の方が歌っておられました。
ただ地獄を進むものが悲しい記憶に勝つ

なりたいと願えば地獄の底から
次の僕が這い上がるぜ、と。


後輩にもやり続けることの大切さ
伝えられたらと思います

投稿: たまこ | 2016年3月 8日 (火) 19時40分

真砂 さん

あの日から、
「音」や「声」も、
「ことば」や「かたち」の
意味合いが自分のなかで変化したように
思うんです。

つまり、音とかたち。
そして、そのなかに息づく精神(こころ)も。

11日には、静かに音楽を聴いたり、
何かに目を凝らす時間が持てたら、と希っています。

投稿: ふみ虫。 | 2016年3月 9日 (水) 04時11分

たまこ さん

まとめをされているなんて、
気を引き締められる思いがしました。

わたしも、わたしなりに、
今年度のまとめをしたい。
卒業式のほか、いろいろの行事により、
ひとつひとつ修めるシーズンに入りました。
それを「まとめ」として、大事に受けとめたいと
思いました。

たまこさん、ありがとうございます。

投稿: ふみ虫。 | 2016年3月 9日 (水) 04時16分

ふみこさま みなさま おはようございます。

今日は曇り空。週末にかけて寒さが戻ってくるようです。
5年前は雪が舞っていました。まだまだ、寒さは続きます。

さもないことを積み重ねる日々の中で起こったあの日。
ふとした時に、いろいろなことが糸を手繰るように思い出されてきます。

そしてあの日から積み重ねてきた日々の上にある今日。

この時期になると5年前のことをTVなどでたくさん話題になったり特集が組まれたり。。。いつの頃からか、「地震や津波の映像が流れます」という予告のテロップが流れなくなりました。急に映し出される映像に、私は毎回ドキドキとザワザワとしてしまいます。直接被災したわけでもないのに。

3月11日。
私はいつもの、あくまでも私の変わらないいつもの一日を過ごそうと思っています。
「いつもの一日」を愛しんで。

投稿: かえるのしっぽ | 2016年3月 9日 (水) 08時50分

かえるのしっぽ さん

「いつもの一日」を過ごせる奇跡を
感謝しつつ……ですね。

賛成!

投稿: ふみ虫。 | 2016年3月 9日 (水) 09時29分

ふみこさま、みなさま、こんにちは。ご無沙汰しております。お元気でいらっしゃいますか?
ここ一ヶ月はザワザワとした心持ちで過ごしておりました。
一ヶ月ほど前から主人のお祖母様の容態が悪くなり、いつも電話がなる度に、ハッとしていました。
そして先週、天へ旅立たれたお祖母様をお見送りに行って参りました。
もう少しで、3月11日ですね。
お祖母様をお見送りしながら、静かに人が生きてゆくことを考えました。日々のささやかな暮らしを大切に大切に…人が人を想う気持ちの計り知れないことを感じました。
ふみこさん、私も明後日を静かに過ごして、そしてそれからも、日々を大切に生きたい…そして電気を決して無駄にせず、少しの不自由の中でも暮らしてゆきたいと思います。

投稿: みゅー | 2016年3月 9日 (水) 09時55分

みゅー さん

お見送りをなさって、
どんなにこころを遣われたことかと、
想像しています。

こころが深く耕されたことと、
想像しています。

わたしね、だんだんに
死の尊さに近づけてゆけたら、と思うんです。
そうして自分も、向こう側に。
これが理想。


投稿: ふみ虫。 | 2016年3月 9日 (水) 10時09分

ふんちゃん、みなさま、こんにちは。


他人ごとにしない、それがはたしてどれだけできてきたのだろうか、と他人ではなく、自分を省みておもわせられました。
被災の地に帰ってきて、より身近になり、遠くあった自分に気づかされてもいます。距離だけではなく、こころもちも。

身近といえば、ふんちゃんのはりつめ方に、心配していました。
はりつめから、ゆきちがいがおこったり。
でもその方も今おもうに、はりつめていたのでしょうね。
ゆるやかに、ながく、おもいゆきたくおもいました。

投稿: 佐々木広治 | 2016年3月 9日 (水) 13時24分

ふみこさま。みなさま。

あれから五年が、たつんですね。
あの日、この広場で、ふみこさんに朗読してください、と頼まれ、金子みすずさんや、やなせたかしさんの詩を朗読させてもらったことを思い出しました。今日、そのテープがでてきて、聞いてみました。
早口で、あんまり上手な朗読ではないけれど、あの日、いろんな思いをもって読ませてもらったことを思い出しました。

11日は、ひとり しずかに、朗読したいなぁ・・・、と思っています。

では、またぁ。

投稿: こぐま | 2016年3月 9日 (水) 13時39分

ふみこ様

3月11日も大切な日。
でも、ごめんなさい。
わたしにとっては1月17日がもっと大切な日。
まだ被災者という言葉を知らず、
自分が難民になったと思った日。

災害は大切なこと、尊いことを教えてくれるけれど、
それがあった日にとどまっていては生きていけないんです。
わたしは生き残った負い目や
少しずつ何かを忘れていく自分をとことん責めて
内臓を痛め入院し、手術をして、
たくさんのまわりの人を
自分の不幸のままでいるべきなんじゃないかという
思いこみに巻きこみました。
忘れていくということは残酷のようでもありますが、
少しずつ薄まっていくことを
自分に許しました。
薄まっていくことでしか先への一歩をふみ出せない、
そういうことってあるんだと、
自分の中の残酷さも含めて現実を受け入れました。
それは20年たった今でも痛い。
だけど、この経験はわたしにとって灯台となりました。
大事なのは何かをパッと照らしてくれます。
同じように被災したのに笑顔の人がいました。
被災者ではないけれど
他の災害や、事故、事件で大切な人を傷つけられた人、
病気で色んなことと向き合っている人の中にも
優しいまなざしの人がいます。
被災して5年めあたりでわたし気がついたんです。
乗り越えるには
幸せって感じる感度を上げるしかないと。
自分の外が自分の納得のいくように整うのを待つのではなく、
今ここにある幸せに敏感になろうと。
わたしは被災してやっとそのことに気がつきましたが、
ふみこさんの書かれている本のなかには
それがいっぱいあります。
丁寧に暮らすことが
自分やまわりの人を幸せにすることが。
だからふみこさん、
自分を縛るのはもういいんじゃないでしょうか。
もう充分に悼まれたのではないでしょうか。
どうかもっと買い物をしてください^^

投稿: ゆるりんりん | 2016年3月 9日 (水) 15時45分

佐々木広治 さん

広治さんに心配していただいてしまったのが
何であったか……。
ともかく、いつもご心配やら、
ひやひややら、ごめんなさい。
そしてありがとうございます。

わたしは、ものすごく呑気でもあるので、
安心してね。
(逃げ足も速いです)。

ゆるやかに、長く。ね。

投稿: ふみ虫。 | 2016年3月 9日 (水) 18時37分

こぐま さん

ほんとにありがとうございました。

朗読していただいたこと、
忘れません。

ことしは、わたしも読んでみようと
思います。

投稿: ふみ虫。 | 2016年3月 9日 (水) 18時39分

ゆるりんりん さん

ほんとうに。
3月11日だけでなく、
毎日毎日、365日(ことしなんかは366日)、
ほんとは大切な日ですね。

1月17日も、大切な日。

「幸せって感じる感度を上げる」
これはすごい!
お守りのような……ことばだわ!

ありがとうございます。


投稿: ふみ虫。 | 2016年3月 9日 (水) 18時44分

ふみこさま、おはようございます

今朝の読売新聞にちょうど5年前にケセン語に聖書を
訳された山浦はるつぐさんの記事があり、

「一番大切なのはお茶を飲んで、いろいろと話を
できるような場所.。「お茶っこ飲み」ができれば
輪がうまれる。。ユーモア。。」

とありやっぱりふみこさんがこの広場をつくって
くださって下さるのはそういうことなんだな
ってうれしくなり書きました

そして、もうひとつうれしいことが。。
昨日「スラヴァ」と言われ「「さらば」と聴こえ
「エー、娘よどこへ行くー。。」
と思ったら、ラフマニノフの「スラヴァ」でした。
「光栄」という意味で今ここにこうしていることに
感謝を。すべての人へ感謝を。とありなんだか
かんどうしました。ロシアに古くからある民謡です。
素敵なコンサートになりました。

だからふみこさんへも「スラヴァ」たくさんのありがとうとともにです。

投稿: 真砂 | 2016年3月10日 (木) 08時35分

真砂 さん

「お茶っこ飲み」にやってきました。

と、いう気持ちでいつも、
ここへきていたなあと思います。

サラバ!じゃなくて、
おやすみなさい。


投稿: ふみ虫。 | 2016年3月10日 (木) 23時27分

ふみこ様 おはようございます。

朝 起きて 携帯ラジオをつけると
NHKのラジオ深夜便のしっぽの方を
聞くことができます。

今朝の放送は 仙台放送局からでした
番組の最後で アナウンサーの方が話されていた言葉
「私は 5年前 仙台放送局のマイクの前にいました。
 時間が止まってしまったのではないかと思うほど
 朝が遠かった。
 今回ばかりは 神様はやり過ぎだろうと思いました。
 そして 思ったことは どうやらこの国は震災を
 避けては通れないらしい。そして人々は 被災した人と
 まだ被災していない人だと言うこと。まだ 被災していない人は
 どうか 自分を守ることをしっかり考えてほしい」
 そのような内容でした。

5年前、同じタイミングで 転機を迎えていた我が家でした。
手を合わせる時 東北のことも お願いする
習慣がつきました。

投稿: えぞももんが | 2016年3月11日 (金) 05時37分

ふんちゃん、みなさま、こんにちは。


先にかいたゆきちがいについて。
それを説明するに不自由をかんじていました。
どちらの気持ちもわかる、でもそれをことばにすることができないでいました。
ゆるりんりんさんのお便りでようやくできました。
忘れたいということ、忘れまいとすること。
それはどうしても対立してしまいますが、でも立場がちがうだけなんですよね。
立ち位置を理解しようとする。簡単なようでいて難しいことですね。
対立するようでいて本当は、中身はおんなじなような気がされます。

投稿: 佐々木広治 | 2016年3月11日 (金) 10時25分

ふんちゃん

 当時、闘病中だったお父さんの病状が思わしくなく、
 最期の時が近くなってきていると感じた頃、落ち着かなくて、落ち着かなくて、ふんちゃんの場所に初めてお邪魔しました。
 そして、お父さんが逝ってしまったあと、葬儀のすべてが終わってひと段落。その時に、震災が起こりました。
 お父さんの節目と同じ年。
 どうやって受け取ったらいいのかわからなくて、右往左往していたのを覚えています。
 ふんちゃんが、この場所(正確には前の場所…?)に毎日更新でことばを残すということを決めたと知り、私もそこに必ずお邪魔するのだと決意したりもしていました。
 ふんちゃんの決意に、私も自分に何かを課したくて、ひっぱってもらおうと思ったのです。
 そこからここへお邪魔することが私の日課のようになりました。

 もう5年経つんですよね…。
 毎朝、台所に立って聞いているラジオで、決まった時間に震災後の東北の方たちのインタビューが流れます。涙が出たり、励まされたりしています。何もできないでいるけれど、どうやって過ごしていらっしゃるのか、知ることは大事だと心に決めて、復興のこと、原発のこと、回りにある情報に敏感になろうと過ごしてきました。
 腹ただしく思うこと、憤りなども感じながら…。
 家には祈る場所があるので、祈ることはできるかなぁと朝晩祈っています。やわらかくまあるい世の中になることを…。

 震災ではありませんが、私も最近、忘れてはいけないということと、それでも時は流れて薄れていくということについて考えることがありました。
 ゆるりんりんさんのお話をうかがって、涙しながらも、硬くなりそうになった心が柔らかくなっていくのを感じました。
 そうやって時は流れていくものなのですね…。

 毎日、少しずつ夜明けが早くなってきて、時が流れていくということをより感じるようになりました。
 どうやって過ごしていても、同じように時は過ぎていくんですね。
 よく耳にしますが、改めて実感したりしました。
 心が落ち着かないからこそ、おいしいお味噌汁を丁寧に作りました。
 こういったことの積み重ねであるんだなぁと自分に知らせたくって…。

 ここへきて、いつも思い出させてもらえます。
 ふんちゃん、みなさまありがとうございます。

投稿: もも(^-^) | 2016年3月11日 (金) 13時23分

えぞももんが さん

わたしも、そうです。
うちの居間にある、
「こころを寄せる場所」
(熊谷守一の「仏壇」の絵はがきと灯明があります)の前に
立つとき、東北のことを祈る習慣がつきました。
いろいろの事件や、世界各地の災害について、
思いがつよくなりました。

覚悟にもつながっているかな。
……と思います。

えぞももんがさんのこの5年間は、
ことさらに、こころ耕される日日だったのですね。

投稿: ふみ虫。 | 2016年3月12日 (土) 09時28分

佐々木広治 さん

広治さんのおたよりから、
ずれてしまうかもしれませんが、
わたしが考えていることを聞いて
いただこうと思います。

わたしには、
対立対象、ゆきちがい対象、批判対象の価値を
思う気持ちがあります。
価値。
ほんとうの対話のはじまりへの期待です。

それが近年、
対象を封じることを「対立」、「ゆきちがい」、
「批判」と考えるようになってきている。
対話のチャンスを思わずに。ね。

立ち位置を理解しようとする。
という広治さんの考えに、つながっているでしょうか?

投稿: ふみ虫。 | 2016年3月12日 (土) 09時37分

もも(^-^)さん

おたよりありがとうございます。
そうだったのか、と、
ももさんとの縁のはじまりを思い、
感謝しました。

ありがとうございます。

味噌汁をていねいにつくる。
ああ、こんなところに希望がある。
こころからそう思いました。

投稿: ふみ虫。 | 2016年3月12日 (土) 09時40分

ふみこさまみなさま

おたよりありがとうございました。
あたたかいもの届けにそっときました。

山浦はるつぐさんの気仙沼の方言に訳された本
読んでいたらおかしくて温かくて書きます

相手の心に寄り添ったかたちにしてつたえなくては
との思いから聖書をすべて気仙沼の方言に書き換えた
その強い思い、愛情にくらくらしました。

「わがんねえ」
「いらねえ」
そういわれるかもしれない
でもまず相手の受け取りやすい形のものにして
相手と向き合おうとするその熱意
そのあたたかさ。。。

それは温かいふみこさんのスープやことば
次女さんの紅茶や「ラーラララー」と声を合わせようとすること
と重なるものがあるように思います。
それで初めて、情理を尽くして対話ができるのではないかと。。

この方はお医者さんなので、方言で話す時の脳の
働きとかも分析してみたそうです。
方言とか各国の民謡とか今ひかれます。

そう言えば。。不思議な国のアリスに終わらないお茶会
ありましたよね。今日夢の中でこの広場のみなさんと
ゆっくりはなしてみたいな。。

ふみこさんいつもありがとうございます。

投稿: 真砂 | 2016年3月12日 (土) 12時53分

ふみ虫さま

阪神淡路大震災のときは
娘が生まれた翌年で
阪神高速が倒れているのに
驚き
主人の親友宅が被災してしまい
連絡が取れた日から
お水や日持ちのする食糧品を
おくりました。
いつ、届くかわかりませんと
言われましたが

東日本大震災のときは
その被害の大きさに
心が塞がりましたが
そのときの自分にできることと

私はここで、いつもと変わらず
生活をし
祈りながら笑顔で過ごそうと
思いました。

それは今もかわらずにいること、
たったそれだけのことですが

投稿: 寧楽 | 2016年3月13日 (日) 10時02分

ふみこさま、みなさま。

5年経ちました。私は被災地の都市部に住んでいるので、風景は地震の前とさほど変わりなく、毎日がいそがしく過ぎていきます。
先日、沿岸部に車で行く機会がありました。
風景が、記憶にある、地震の前のものと、全く違うので。
もちろん、流されてきた多くのものはすべて撤去されていて、冬枯れたセイタカアワダチソウがところどころに立っています。
何かを作る作業でトラックが結構な速さで走っています。その道路は前からそういう大型の車が走る道路ではあったけれど、
前はもう少しスピードは緩かったです。
知った土地で何度も行ったところなのですが、どこだかわからない。風景が違うので。

私、復興、だんだんと進めるはずだと考えていたのです。
進んでもいるんだとわかります。
一方で、進めなくなっているひとたちも、いること、
自分の人生をもぎとられ、人任せにしなくてはならなくなって、じゃあ全部やってくれよと思ってしまうひとたちの心も、私は知っていかねばと。
行動していくのがいいと思っているんですが、動けなくなった人もいて。

5年経って、2年目や3年目とも違う重さを感じました。

投稿: おまき | 2016年3月13日 (日) 10時05分

真砂 さん

山浦玄嗣(はるつぐ)さん。
わたしも先日、見ました。
(読む、ところまではいかなかったので、見る)。

聖書の
「はじめに言葉ありき」
の意味がどうしてもよくわからないでいたのが、
山浦さんのケセン語訳で
「はじめに神の思いがあった」
とあるのを見て、胸にすーっとおさまった。

その思いを受けとるということなら、
わたしにもできそうな気がしたんです。

また、ゆっくり読みたいです。

投稿: ふみ虫。 | 2016年3月13日 (日) 10時36分

寧楽 さん

「いつもと変わらず」は、
何と云うか、「悲願」ですね。

わたしは、ころころころがっているようで、
心もとないなあと思ったりします。
(ころころも、いつもと変わらずか、と
思おうかな……)。

ありがたがるこころは、
持っていたいと思います。
こちらも、ときどき感謝知らずになりますが。

投稿: ふみ虫。 | 2016年3月13日 (日) 10時40分

おまき さん

おたより、ありがとうございます。

そこです。
「進めないひと」「動けないひと」の存在!

進めなくなったひと、
動けなくなったひとというのが
存在するのは当然のことだし、
わたしだって、いつそうなるかわからない。

ただね、そのことを知って(知ろうとする)
いるのといないのとでは、ちがうはず。
と、そこにすがっている感じです。

進もうと、進めなくなろうと、
動こうと、動けなくなろうと、
みんな精一杯だったのだと思った、
2016年3月11日。

投稿: ふみ虫。 | 2016年3月13日 (日) 10時48分

ふみこ様、皆様
毎日、しんどいなあ、、
何となく嫌な気持ちでいました。
生きたくても生きれなかった人、大切な人の存在を失ってしまった人、
たくさんの悲しみ、涙がとまらない。

私は今生きている。
今に感謝して生きることが、今に感謝できる自分でいることが、一番の幸せなんじゃないかと思います。
笑っていること、私ができることは、笑うこと。
幸せな笑顔は、きっと、どこかの誰かにも届くと思います。
そうやって、笑顔がつながって、みんなが幸せな気持ちで過ごせるといいな。

投稿: ゆきたん | 2016年3月13日 (日) 12時26分

ふみさまみささまこんばんは。

わたし、3月10日がお誕生日なんです。
5年前も家族に、まあるいケーキを用意してもらって
ろうそくをフ~~ってさせてもらって、写真に撮って、
たくさんの幸せをかみしめていました。

翌11日に、旦那さんも勤め先の公共ホールから帰宅できず、避難されてくる方の対応に、いつ戻れるかも未定との連絡がようやく深夜になっ入り、
私は2人の娘と、かめのヤエタと、いまは亡きウサギのアンジュールを守るため、まくらもとに、リュック2つとバケツとペットキャリーケースを置いてその日は眠れず、眠らず、過ごしていました。1日前の気持ちとは天国と地獄。まったくの別の世界・・・。

それからというもの、毎年お誕生日を迎え、そして節目の日を翌日に迎える。
これはずっと続くことになりました。

毎年毎年新しい自分がその日を迎えることで生まれ変わっていくような気がします。

『そこからの1年を大切に。大切に過ごしていこう。悔のない1年にしていこう。』と思うのです。

それは決して、「毎日がむしゃらに充実させよう」、時間を無駄にせず突っ走らなくては」、ということでなくて、卵をそっと手で大切につつむ感じ。
人間の命も卵のようにうすい殻でおおわれているだけのような気がするから
大切に扱わないとね。私なんかいつもお玉にのせて卵レースしちゃうような生活っぷりですから。(笑)

春に向かってぐんと動くとき。
明日はストウブの鍋であさりの酒蒸しを作ります。大切に作ります。

投稿: おきょうさん | 2016年3月14日 (月) 00時39分

ゆきたん さん

笑顔。
何気ないように思える笑顔も、
ほんとうは大きなエネルギーを秘めている。

そんな気がするきょうこのごろです。

感謝の気持ちをそっとあつめて
(感謝知らずに陥りがちのわたしは、
ともかく、そっとあつめて……)、
笑顔になる。
そこから日をはじめたいと希っています。

笑顔を、というメッセージ、
とてもうれしかったです。

ありがとうございます。


投稿: ふみ虫。 | 2016年3月14日 (月) 21時37分

おきょうさん さん

おきょうさんさんのおたよりには、
いろんなことが置かれていました。

お嬢さん2人と、かめのヤエタと、
いまは亡きウサギのアンジュール。

ひとの命も卵のようにうすい殻でおおわれている。

卵レース。

そして、そしてお誕生日おめでとうございます。
毎年生まれ変わる。
……そうかあ、そうだなあ。

わたしに見えるのは「明日」くらいまでだけど、
明日も、生まれ変わっているかもしれない!

もう一度。

お誕生日、おめでとうございます。


投稿: ふみ虫。 | 2016年3月14日 (月) 21時43分

ふみこさま みなさま

阪神淡路大震災の3年後に神戸へ行った時。
東日本大震災の3年後に宮城県へ行った時。
それぞれいろいろたくさん思うことがありましたが...
復興って一言に言うけど、もどかしいくらいなかなか進まないんだなと思いました。そしてここ最近のニュースで「は??」と思ったのは被災地で建材が高騰しているとの事...なんだそれ...
またまたたくさんの思いや考えが頭を駆け抜けましたが、今自分にできること。それを粛々と。
当地も西方沖地震から11年。持ち出しリュックのチェックし直さないと!
先日も震度3!気を抜くなよと言われたような気がします。

投稿: かおる(ヌケちゃん) | 2016年3月15日 (火) 13時52分

かおる(ヌケちゃん)さん

感じながら(自分の立っている場所と
重ね合わせながら)、暮らしているということが
大事なんでしょうね。

災害はひとつではないし、
日日、何かが起こるけれども、
感じながら。

ふと、お、これなら、わたしにも
できそうだと思う瞬間も、あります。ね。

投稿: ふみ虫。 | 2016年3月20日 (日) 17時54分

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