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2016年4月の投稿

2016年4月26日 (火)

一心

 先週、大風の日に、友人のヒサコサンを駅前の食堂で待っているところまではなしを聞いていただいた。
 ヒサコサンは、若い日の大病がもとで不自由な身体となり、その上ほっそり痩せているので、大風のなかを23歩すすもうとするだけで、飛ばされてしまうだろう。しかし……、風に運ばれているヒサコサンを想像すると、ときめく。風に逆らったりせず、うまく身を合わせてそこに乗り、ふわりと目的地に到着してしまいそうだ。いつも変わらぬ自然な佇まいと、愛らしいと云いたいような魅力が、そんな想像をさせるのであるが、それは夢物語である。あしからず。
 携帯電話が鳴った。
 ヒサコサンだった。三鷹駅に向かうクルマのなかから。
「あと10分ほどで、到着すると思います」
「それでは、わたしがクルマのところまで迎えに行きますから、わたしがみつけるまで、車中にとどまってください。約束ですよ」
 ふたたび雨の舞う大風のなかに出ると、あたりは、不気味な気配に塗りつぶされていた。風はいっそうつよくなり、その上、捨て身になっており(わたしはかねがね、ひとでも風でも、捨て身になると怖いな、と考えている)、そこらのものを蹴飛ばす。それも大きな音をたてて。
 ヒサコサンを乗せたクルマを探して、わたしはもうもう必死だった。大袈裟なようだけれども、大自然の大きな力と対峙していた。

 そうして15分後、到着したクルマ(タクシー)から、ヒサコサンをひっぱり出して、肩を抱いてふたたび食堂に向かって歩きながら、つくづくと思ったことがある。

 大風に翻弄されたり、食堂で時間をつぶしたり、ヒサコサンを乗せたクルマを探したり。それはすべてヒサコさんに会いたい一心であった。それがわかっているから、そのために注ぎこんだ時間も労力も、何ともない。目の前のことに一心になっていれば、わたしたちは愚痴なこころからも、厭世からも解放されるのだ。

ふみこ「どこから聞いていただこうかな。そうだ! 柳宗悦(やなぎ・むねよし)についての講義を聞いていたらね、若松英輔さんが、『思考するだけではたどりつけない世界がある』と云われたの。これ、いつもヒサコサンが云っていることですよね」

ヒサコ「そうね。頭で考えることって、世界を拡げもするけれど、時に狭めますよね」
ふみこ「ことばが思考から生まれるとすると、わたしは……、できるだけうつくしいことばを生みだしたいです。云い争ったりせず、ことばを静かに交わしたいです」
 ほおっとため息をつき、窓の外を眺めたら、雨は止み、陽が射していた。風は幾分つよめに吹いていたけれど、もう誰のことも飛ばすことかなわぬほどのチカラだった。吹き飛ばされた布の切れ端が、歩道に打ち上げられている。

02

一昨年前に植えつけたジャスミンが、
123階の壁をのぼり、満開の縦型天の川です。
2階の二女の部屋は、その香りでいっぱい! 

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2016年4月19日 (火)

飛びたがり

 ヒサコサンと三鷹駅の改札口で待合せをした。
 朝、テレビの天気予報が雨を伝えていたから、傘、傘。折りたたみの傘を持って出ようとしたら、三女が、「きょうはそれではだめ。長いのを持ったほうがいい」と云う。
「風がつよいから」
「そうなの? 風が? 南風?」
「そう、南風」
 外に出てみて驚いたことには、すでに雨模様で、それも、空(くう)を縦横に飛ぶように降っている。三女の云うとおり、大風が吹いている。傘が風に持ってゆかれそうだ。ひさしぶりに〈飛ぶ〉感覚を思いだした。
 わたしは〈飛びたがり〉で、子どものころには風のなかで、よく飛ぶ真似をした。結果的に真似の範疇におさまるのが常であったが、本心は飛ぼうとしていた。子どものわたしは、つよめの風と傘があれば、かなりいい線ゆくことを知り、ともかくまずは風を待った。風がきたとなったら、傘を持って外に飛びだす。そんな日、つまり風のつよい日、よい子もいじめっ子も外で遊ばないことになっているらしく、公園にも原っぱにも、子どもの姿はない。飛びたい子だけがチャンスを狙っている。
 町内で唯一の飛びたい子たるわたしは、狂ったように走ったり、じっといい風を待ったりする。だが、傘を持ってすいーっと飛ぶところまでいったためしはなかった。
 すいーっとは飛べなかったけれども、〈飛ぶ〉感覚はじゅうぶんに味わっていた。その感覚の不思議さおもしろさにとりつかれたようになったからこそ、つよめの風がやってくるたび、家を抜け出したのだ。

 どうしてわたしは、書いているときのまで、こんな寄り道をするのだろう。

 こういうところにも〈飛びたがり〉の癖が顔を出すのかもしれない。ひとつところにじっとしていられない性(さが)をわたしは持っているのかもしれない。
 さあ、もどりますよ。
 ヒサコサンと待合せの駅まで歩こうとしている。〈飛ぶ〉感覚をなつかしみながら。風はびっくりするほどつよく、右手に持つ傘を吹き上げようとする。両手で傘の柄(え)を握りしめ、足を踏ん張っていないといまこそほんとうに飛んでしまいそうだ。つまらないことにわたしは大人になってしまい、こんなところですいーっと飛んだりできない。いまの世であれば、誰かがスマートフォンとかいうものでわたしが飛ぶ様子を動画として写しとり、自分のサイトにアップして、騒ぎになるのではないだろうか。わたしはたしかにいまでも〈飛びたがり〉ではあるが、飛んだことで騒ぎを巻き起こすことは望んではおらず、飛ぶならできるだけひそっと飛びたいのだ。
 そんなことをつらつら考えながら、傘を握りしめ、足を踏ん張っている。それにしても飛ぶによさそうな風だ。途中、あまりに風がつよまったので、傘を閉じた。雨は弱かったし、それに、風に翻弄(ほんろう)されているものだから傘で防げるような降り方でもなかった。
 駅に着くと、どうしたことだろう、改札口の前の広場にひとがあふれている。この群衆のなか、ヒサコサンを探すのは骨が折れそうだ。と、思ったところで携帯電話が鳴った。
「もしもし、お母さん?」
 三女だった。
「ヒサコサンから電話がかかって、中央線が大風のために運休してるんですって。国分寺から車に乗って向かうそうです」
「運休してるからか。三鷹駅がひとであふれてるの」
「一度家に帰ってくる?」
「いや、駅前のKINOKUNIYA食堂で待ってることにする。電話ありがとう」
「お母さん、携帯電話を持って出たことはえらかったよ」
 携帯電話をよくよく見ると、ヒサコサンから何度も電話がかかった履歴が表示されていた。飛ぶ飛ばないとこころのなかでせめぎ合いをしているあいだに、電話は鳴っていたのだろう。
 KINOKUNIYA食堂で珈琲を頼んで、柳宗悦(やなぎむねよし)の『南無阿弥陀仏』をとり出して読む。昨晩、新宿の朝日カルチャーセンターで、思想家(批評家)・若松英輔氏の講座「柳宗悦と日本仏教」をとった。わたしにとって柳宗悦はこだわらずにはいられない大切な存在だが、昨晩の講座では、若松英輔というひとが生きて動いている様子を見てみたいという願望が先立った。
 若松氏が語った「『それ故自己の道を固く守ることにおいては正しいが、それがほかの道を否むことになるなら誤りに落ちよう』というようなところ、柳宗悦はいいですね」という箇所、220頁を読んでいる。ここは宗教に関して書かれているけれども、あらゆることに通じると思われる。たとえばひとは自分の感覚を信じていい(大切にしていい)と思うが、それを絶対と考えることは慎まないといけない。ほかのひとの感覚を否むこと、妨げることはしてはいけない。
 このはなしや、昨晩から考えてきたことを、ヒサコサンに会ったら聞いてもらいたい。                    〈来週につづく〉

Photo
夕方には雨も風もやみました。
翌朝、傘を干しました。
ああ、飛びたかった…… 

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2016年4月12日 (火)

あの気持ち

 朝起きて予定表を見ると、本日のマス目が空欄になっている。
 とくべつの予定なし。締切もなし。
 前の晩床につくときには、「明日は午前中会議。午後打合せ。締切1本」と思いこんでいて、忙(せわ)しない未来を胸におさめてようよう眠った。
 起きてみたらどうだろう。日を1日分飛ばして忙(いそが)しがっていたのだった、わたしは。

 朝のしごとを終えるや、帽子をかぶり、運動靴を履いて出かける。

 晴天のもと歩いていると汗ばんできたので、はおってきたパーカーを脱いで腰に結びつける。桜花は地面にもひろがっているけれど、見上げればまだまだ咲きひろがっている。そして木木の新芽。みどりの斉唱(せいしょう)。わたしを泣かせようというのか、若葉たちは。こんなにも、季節はすすんでいたのだった。
 向かう先は園芸店。赤花のゼラニウムを2株買うのです。
 塀際のゼラニウムの行列のうち冬のあいだにやつれたひと株と、風が攫(さら)っていった2階のテラスのひと株を買い足そうという算段だ。
 赤花のゼラニウムを2株と青じその苗ひとつ。それを提げて来た道をもどりながら、しあわせを噛みしめる。
 帰宅するなり、ゼラニウムしごとにとりかかる。のびた枝茎を剪定し、草むしりをし、思いがけない手際に「アタシ、天才?」とこっそりつぶやく。通りに面した塀際のゼラニウムの赤花の行列を、はなれてうれしく眺めていたら、車の通行を邪魔してしまった。
「すみません。すみません」あわてました。

 居間のテレビの前に、ぺたんと坐る。

 録画しておいたNHKドラマ「精霊の守り人」(NHK放送90年大河ファンタジー)シーズン1の最終回を観るために。
 上橋菜穂子の「守り人シリーズ」(*)を愛してやまない読者として、ドラマ化のうわさを耳にしたときは仰天した。仰天して「無理!」と小さく叫んだ。「精霊の守り人」に限って云えば、わたしたちの棲む世界とは何もかもが異なる新ヨゴ皇国が舞台であり、その上、ニュンガ・ロ・イム(水の守り手)の卵をからだのなかに産みつけられた皇子チャグムを守るのが主人公バルサの仕事だ。星の動きから天の神の声を読みとって、国家を運営してゆく新ヨゴ国。呪術、精霊の物語。このスケールを考えるだけで、映像化がどれほど困難であるか、わたしにだってわかろうというもの。
 原作の筋道とイメージからどのくらい離れることになるかと嘆息しつつ、ドラマ化は知らなかったことにして見逃してしまおうかとさえ思ったのだが、主人公の女用心棒バルサを綾瀬はるかが演じると聞いて、こころが動いた。あのひとは、命がけで演(や)るだろう。そうだ、わたしは綾瀬はるかがバルサをどうとらえるかが見たいと思ってしまっていた。
 初回はおそるおそる観た。そうして心底驚いた。
 ここまで描かれているとは、想像もしなかった。すばらしい出来映えだった。登場人物は、主演の綾瀬はるかをはじめ、誰も彼もこの壮大な物語の世界のなかで生きようとしている。映像のうつくしさもさることながら、何より、演者の本気に打たれたのだった。原作を忠実になぞっただけでは、ドラマにいのちが宿らないということを、わたしは知った。
 最終回。
 リアルタイムで観ているのだが、こうして、また録画で観ようとしている。テレビの前に坐りこんだわたしは、裁縫箱を傍(かたわら)に置き、膝の上に黒い上着をひろげる。この上着、数日前、夫が持ってきて見せたのだ。
「ここのところ、何とかならないかな」
 見れば、左肩部分擦り切れている。夫気に入りの上着で、たびたび身につける上、左肩に重たいカメラバックをかけて歩きまわるから、とうとう、そこが擦り切れた。分厚い黒のフェルトをデザインといてのアクセントよろしく縫いつけてみることにしたのである。手仕事をしながら観るなんてすまないなあと思いながら、ちくちくの手もとと、短槍(たんそう)使いのバルサの目の動きを……、新ヨゴ皇国の皇子チャグムの愛らしい台詞まわしを……、タンダの手の動きを……わたしは交互に観ている。
 2回つづけて最終回を観るあいだに、夫の上着は思い描いたとおりによみがえった。
「どうよ、これ。ちょっとはおってみて」
「おお、これはうれしい」
「もっと褒めて」
「アナタは天才だ!」

 なんということもない
1日だったが、わたしのなかには、〈あの気持ち〉がふつふつと湧いている。
〈あの気持ち〉。
 それは、家のしごとをするよろこびである。いつもの決まりきったしごとをほんの少しはみ出して、ゼラニウムの手入れや上着の修繕ができたのもうれしい。こんな事ごとは家のためにもなろうけれども、何よりわたしを支えている。そのことにあらためて気づけたきょうは、じつに……。

 あ。ゼラニウムと一緒にもとめてきた青じその苗を植え忘れた。いまからちょっと庭に出て、植えてきます(午後
1110分)。

「守り人シリーズ」

(上橋菜穂子/偕成社・単行本版と軽装版あり/新潮文庫)

『精霊の守り人』『闇の守り人』『夢の守り人』『虚空の旅人』『神の守りびと/上 来訪編・下 帰還編』『蒼路の旅人』『天と地の守り人/第1部 ロタ王国編』『天と地の守り人/第2部 カンバル王国編』『天と地の守り人/第3部 新ヨゴ皇国編』『流れ行く者/守り人短編集』

Photo

庭の梅。
花はぼんやりしていて、褒めそびれましたが、
葉をながめては、一所けん命褒めています。
6月には梅シロップと梅酒と、梅干しをつくろう!

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2016年4月 5日 (火)

孤独の研究

 子どものころからわたしは、嫌われものが好きだった。
 いじめっ子や暴れん坊に興味があったし、近所の怒りっぽくて意地悪なおじさんの観察をつづけたりした。
 いじめっ子にはいじめっ子たる根拠があり、暴れん坊たる理由があることはすぐにわかった。そうしてだんだん(小学校高学年のころだ)意地悪のなかに潜む弱気、哀しみがちらちらと見えてきたのだった。勉強には少しも身が入らなかったが、一方で人知れず大発見をしていたのだった。あはは、これこそは我田引水。
 中学生になってからは、ことば。
 嫌われものの「孤独」、「異端」といったことばの肩を持つようになってゆく。「死」ということばも、早い時期にその仲間入りをした。最初は「死」を連想するものを端から怖がって、墓場や寺院にさえ近づきたくないほどだったのだが、あるとき、誰にも等しく訪れる「死」が悪者になっていることに疑問が湧いた。気がつくと、何とかしてそこに明るいもの、もっと云えば輝かしいものをみつけたいと躍起になっていた。
 思うに、みずからのいびつな性質が、世の嫌われものに感応していたものだろう。

 感応と云えば……。

 ときどき、わたしは感じ過ぎる。
 はなしをしているうちに、相手の思いに感応してつい悩んだり、相手の経験を自分のもののように受けとめて憂鬱になったりする。
 この春はそれがひどかった。
 庭の梅花を褒めそこなうほどに。
 通りの桜花の咲きはじめを見逃すほどに。
 欅(けやき)の芽吹きに気づかぬほどに。
 わたしときたら、視線低くうつむいて考えこんでいたものらしい。
 この春、ひとと会う機会が少なからずあり、勝手に憂鬱になったりしたのは、ここでもやはり、みずからの何かが感応していたのだと思う。

 わかりたいと思う気持ちが、わたしを深い淵に運ぶのか。

 たとえばこんなこともあった。
 電車に乗り、吊り革につかまると、隣の吊り革青年がつぶやいたのだ。
「俺、もうだめだ」
 盗み見れば、好青年。吊り革につかまる手指がまず、がっしりとしている。がっしりとしているが、清潔感があり……。いやだわ。手入れを怠ってばかりいるこちらの爪が気になって、手を吊り革からはなして、からだのうしろに隠そうとしたくらいだ。健やかに見える若者が、なぜ、暗い目をして「もうだめだ」と己(おのれ)を見限るのようなひとりごとを? 見限ってはだめ。あたらしい自分をみつけて、みつけて、みつけて。

「ああ、さびしい」 

 ある朝、おはよう、と云う替わりに「ああ、さびしい」が口から飛びだした。電車のなかで見かけた吊り革青年ではないが、ふと漏れたつぶやきだった。
「何が、さびしい?」
 と自問自答するが、すぐには答えがみつからなかった。だが、それは口癖になった。鍋をかき混ぜながら「ああ、さびしい」とつぶやき、郵便受けを覗きながら「ああ、さびしい」とつぶやき、湯船に沈みながら「ああ、さびしい」とやった。
「ああ、さびしい」が、ガス抜きのような効果を生んだのか、気が軽くなってゆく。そのうちに、これは、この世を生きるひととしての誰もが抱くさびしさだろうということに気がついた。
 この世に生を受け、還(かえ)るべき世界に還るまで、今生のわたしたちには、孤独は宿命だ。簡単には還ることかなわぬさびしさ、生ききらねばならぬ道の上の孤独、それは年年この身に迫ってくるようだ。父を見送り、大切なひとたちを見送り、好きなあのひとたちに置いてけぼりにされて、孤独は募るばかりだ。
 しかしね、好きなことばは……?と訊かれて、「孤独」と答えるわたしですよ。その孤独を厭いはしない。
 20歳代の終わりに、「おそらくわたしの人生を支えるのは、『孤独』と『手仕事』だろう」と、書いたのだった。そのときから30年近くが過ぎたわけだが、それ、当たっているのではないかな。「孤独」と「手仕事」の意味、価値をそれぞれに研究し、ふたつのつながりも探りってゆくことに、ちょっと身を入れてもいいなと思う、きょうこのごろ。

 ああ、さびしい。

Photo

今朝、こんな贈りものを受けとりました。
雨上がりの物干に、水滴。
知らないでいる、気づかないでいる佳きものは
この世にたくさんあります。ね。

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