ジルベールとセリア
ひと眠りして時計を見ると午前2時22分。
いいね、いいね、わたしを励ますゾロ目である。こうなったら、と蒲団を抜けだして、階下へ。歯磨きと洗顔をする。これで〈本日〉の幕開けだ。
ミルクティーを淹れて、カップを持って机の前に坐る。美白美容液の試供品の小袋が、何かの合図のように置いてある。昨日、届いた基礎化粧品の広告から剥がしたおいた小袋で、近年こういうものは溜めこまずに、すぐ使うことにしている。旅先で使おうと思って溜めていたこともあるが、めったに旅に出ないくせに、基礎化粧品やシャンプーの試供品が山となっているのにあきれて、そうするようになった。
よく見ないで封を切り、どうもおかしいと思ったらパックだったというようなこともめずらしくなく、そんなときは、膝小僧に塗りたくったりする。シャンプーやコンディショナー、ヘアパックなんかもいきなり開けかねないから、その類(たぐい)は洗面所の引出しにしまっている。
美白美容液を顔と首にすり込んで、わたしはこうしてこれを書きはじめた。
何を書くか。それがはっきりしていると早いのだが、はっきりしないまま、坐っているのも、じつは愉しい。午前3時ともなればなおさらで、静けさのなか、ミルクティーをすすりながら、至福に近い境地に運ばれている。
と、そこへちっちゃな黒い影があらわれた。
蜘蛛。きゃっと叫んだりはしない。この家に住んでいる馴染みの蜘蛛で、名前も持っている。
「ねえ、おかあぴー、見て。きょうはジルベール、机の上で仕事してる」
「あ、ほんとだ。こちら、ジルベール? じゃ、さっき台所で遇ったのはセリアかしら。蜘蛛としたら、ふたりのあいだの距離は相当にあるね。1万歩どころじゃないかもしれない」
「でも、このひとたちはぴょんと跳ぶからね」
「そうか、そうだった。アナタの家にも蜘蛛はいるの?」
「もちろん、います」
これは昨日、この家に仕事をしにやってきた長女梓との会話だ。昨年末に独立して、フリーランスで仕事をするようになった梓は、ときどきここへやってきて仕事をするので、机を半分こして使っている。細長い机の領地が半分になってからというもの、机上が整頓されるようになった。これは、共有者への配慮というちょっとした緊張が生まれたためだと思われる。
その梓が蜘蛛をジルベールと呼んでいる。
そこでわたしも、台所で見かけたのをセリアと咄嗟に名づけてみたわけだった。家蜘蛛は巣を張らず、家のなかをちょろちょろ探索している。1cmにも満たない小ささながら、虫を食べる。これはひとから見てのはなしだが、ハエやらアレ(想像してください)やらを食べてくれる益虫なのだ。
こんな時間にまた机の上にやってきて、ジルベールは何をしているのだろう。パソコンのキーボードの上で動く指に反応して、ぴょんと跳んだ。キーボードに乗り、遊んでいる。
「おはよう、ジルベール。早起きじゃない?」
「……」
「あのさ、いま、アナタのことを書いてるの。アナタとセリアのことを。書いてもかまわない?」
「カマワナイケド、カッコヨクカイテオクレネ」
2杯目の紅茶を淹れて戻ってくると、ジルベールはいなくなっており、わたしはまた、ひとりきりになった。
〈ジルベールとセリア〉の原稿を書き終えたのち、
りんごの山を、砂糖で煮ました。
かごの手前に見えているのは、誰かですって?
ヤマネのチートです。
札幌の友人からの贈りもので、フックで留めると、
まるまります。
果物かごが、チートの仕事場。
りんごやみかん類、バナナ、ぶどうの番人をしてくれています。
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コメント
ふみ虫さま、みなさま、こんにちは。
ふみ虫さまとおなじく、虫も大好きなのでうれしくなりました。
蜘蛛、かわいらしいですよね。
無防備ですし。
大きい蜘蛛もかわいらしくおもいます。
ぼくはゴキブリも好きなんですよね。
ちなみにゴキブリを食する蜘蛛は、あしたか蜘蛛。
大きい蜘蛛で、食しているところをみたこともありますよ。
食することを残酷などと眉をひそめるひともいますが、なんにせよ生き物であれば食することをしなければ生きていられませんしね。なんだか変なこというなぁとおもいます。
虫が怖いというのも変だなぁとおもいますし。
今回のふみ虫さまの文章を読み、尾崎一雄の『虫のいろいろ』を思い出しました。
ふみ虫の文章につうじるなとおもいます。
日常を簡潔に、ユーモアを込めて書きながら、深く高くひろがってゆくところが。
ふみ虫さまが虫好きになった経緯はわかりませんが、尾崎一雄は病があるのでしょうね。
ぼくは孤独かなぁ。
病とか孤独とか、嫌われがちなことにも、じつはすごく美しい面もあって。
虫もたいてい嫌われものですが、じつはすごく美しい面もあって、かわいらしく、いとおしい存在ですね。
投稿: 佐々木広治 | 2016年5月10日 (火) 10時10分
ふみこ様
どこかに消えていた蜘蛛が家の中にいます。
ゴミが動いているのかと思ったら
ちいちゃなちいちゃな蜘蛛。
わたしはくもさんと呼んでお話ししています。
毎年冬の始まる前まで見えるところにいて
どこかに姿を隠し、
葉桜の頃に再会します。
きっとこのくもさんのご先祖様と
ずっと一緒に暮らしているのだと思うと
なんだか嫌いになれません。
めずらしく雨が二日ほど続いています。
そのせいか会っていません、
どこへ行ったんだろう・・・
投稿: ゆるりんりん | 2016年5月10日 (火) 11時00分
ふんちゃん皆様こんにちは。
なんだか物語の主人公みたいで
可愛いらしいですね。
ふんちゃんは動物を慈しむ描写が多くて
自分も物語の中に入った気分です。
最近なんだかアップアップで
自分の意見は少数意見だし
口に出さないほうがいいと留まっていました。
しかし、それ大事な個性なんですよね。
個性出していんだよ
尊敬する先輩から言われハッとしました。またしても助けられたなーと。
窮屈だった心を解きほぐしてもらったような。
ああ、私もハッと言わせたい!笑
投稿: たまこ | 2016年5月10日 (火) 12時16分
ふみこさま。
こんにちは。
わたしも、やっと、書斎らしきものができました。
娘が、小学生のときから使っている机を、使うことにしました。
イスと机を、部屋においたら、はるくんが、占領しています。
なんだか、机が大すきみたい。
それから、庭の砂場で遊ばせたら、すっごく気に入って、何度も外に行きたがります。砂場で、アリをみつけて、キャーキャー言ってました。
「地球の上に、いっしょに、すんでいる、お友だちなんだよ」
って、教えてあげました。
昨日、思い立って、手相をみてもらったら、
「がんばっている人の手ですね。」
って、言われ、なんだか、すごく、うれしかったです。
いろいろ聞いて、心がすーっとしました。
当たっても、当たらなくても、いいやって思えました。
では、またぁ。
投稿: こぐま | 2016年5月10日 (火) 12時51分
佐々木広治 さん
アシタカクモって、
脚の長い蜘蛛ですね。
その子もうちに棲んでくれたらうれしいなあ。
わたしは、虫とか爬虫類を好きでない(怖い)と
思いこんでいたんです。
でも、大人になって、そんな存在を
親しく見ている自分に気づきました。
思いこみの怖い一面をおしえてくれたのは、
蜘蛛や蛇かもしれません。
ひとも、そう。
評判のよくないひと、
いろいろ云われるひとに、興味が湧きます。
というか、風評なんかは耳にはしても、
聞いちゃいないんだと思います。
わたしがどう見ているか。
それだけです。
たいてい、風評は当たっていません。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年5月10日 (火) 14時34分
ふみ虫さま
ふみこさんと梓さんの
距離感と
感じかたの柔らかさと
いいなぁと思って読みました。
時々、かえってみえて
机を半分こ(^^)
微笑ましい!
投稿: 寧楽 | 2016年5月10日 (火) 14時49分
ゆるりんりん さん
そんなふうに、
見えたり見えなかったりする相手というのも、
なかなかいいもんですね。
そういう存在はあるのがあたりまえで、
撲滅しようとすると、やっぱり、
どこかが狂ってくると思うんです。
くもさんに、よろしく伝えてくださいね。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年5月10日 (火) 15時13分
たまこ さん
それにね、たまこさん、
たまこさんの個性は、隠しても隠しても
にじみ出ていると思いますよ。
やさしく、じわっと。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年5月10日 (火) 15時14分
こぐま さん
こぐまさんは、はるくんと、
机半分こですね。
手相とか、占い。
云われてうれしかったことばだけ
憶えていればいいですよね。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年5月10日 (火) 15時17分
寧楽 さん
何も云わずに通勤(?)してきて、
つまり、出先から帰ってくると、
すまして仕事していたりします。
子どもって、
おもしろい存在になってゆきます。ね。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年5月10日 (火) 15時19分
ふみこさま、みなさま
机を仲良くはんぶんこ。
いいですね。
自分のつくえはあるのに
リビングのテーブルで相変わらず勉強する娘
何か言われるのがいやなら自分の部屋ですればいいのに
へんなの。へんなの。おかしい。。
この木の木目がいいんだよねとか。。
私の机はベランダの前においているので
背中合わせの関係
この距離間が危険のもとだとは
わかってるのにね
でもなんだか楽しい。。
「これすごくいいよねー」すまして言ってみる。
追記・くらやみまつり、昔は神輿の渡御が暗闇の遅い時間から
行われていたからそういうそうです。
「神様をみると目がつぶれる」といわれたそうです。
次の日の神輿還御を「おかえり」と呼ぶのもすきだなあ。
投稿: 真砂 | 2016年5月10日 (火) 16時44分
真砂 さん
いまも、となりにそのひとは、
います。
ちょっと面倒くさいけれども、
わたしは、知らん顔して仕事しています。
おとなりさんは、口では云わないですが、
緊急の仕事をしているらしいです。
で、つられて、わたしのほうの仕事も
緊急性を帯びはじめています。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年5月13日 (金) 14時28分
ふみこ様 おはようございます
札幌も クモやアリやいろんな昆虫に会える
季節になりました。
昨日 森で 今年初のアオダイショウのトリステスに会いました。
新緑も日一日と広がって
緑の濃淡がとてもきれいです。
ふみこさんに 見せてあげたい。
でも そちらの 新緑もやっぱり瑞々しくて
きれいですね。
ふみこさん 娘さんが名付けた ジルベール・・・
それは・・もしや 竹宮惠子さんの漫画に出てきた
ジルベール・・・いや 違いますね。
今 「大島弓子にあこがれて」と言う本を読んでいて
高校時代の読んでいた 漫画に 何でも結び付けてしまいます(汗;)
投稿: えぞももんが | 2016年5月15日 (日) 06時53分
えぞももんが さん
アオダイショウのトリステス。
なんて素敵なんだろう。
へびに遇えた日は、吉兆と思います。
そのへびがトリステスという名なら、とくべつです。
ジルベール、さて、どこから出てきたものか。
少し前には、何だったか、ダレカサンに
ジェロニモという名をつけていました。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年5月15日 (日) 09時29分
ふみこさま。おはようございます。
緊急性のないお知らせとなります。。
ちよっとびっくりです。
昨日8階のベランダで洗濯物をほしていたら
かすかに植木鉢が動く気がした。。
なかをのぞいてみたら
5センチくらいのやもりくん
目をきょろきょろさせてかわいいの
隣のルッコラみてるらちゃんと命名。
どこからきたんだろうねえ
こういう時はすぐにとんできて
ずっと眺める娘
ここにはかたつむりもきたし
ヒヨドリの空ちゃんとしーちゃんなどとも
娘はお話楽しんでいるようだ
夕方娘が出かけけた後植木鉢をながめたら
あれ、るらちゃんもおでかけ。。
生きている小さな生き物しか食べないらしい。
たくましいなあ。またこないかなあ。
きたらね「お帰りー」って。
お忙しいお仕事中失礼しました・・
投稿: 真砂 | 2016年5月16日 (月) 09時02分
ふんちゃん
あっという間に一週間が過ぎてしまっています…。
せっかくの時間を慌てて過ごさないように…と気をつけ、気をつけ過ごしている感じです。
外での仕事を辞めて、家のしごとにあれこれ出回っていて、
毎日何らかの用事があって、一日家にいる日はないのですが、
子どもたちと会話する時間は増えたように思います。
仕事のことで頭がいっぱいになっている時は、子どもたちの言っていること、しぐさに対応してあげることができなかったなぁと思い起こしたりしていました。
今年度もこわ〜い担任の先生が代わらずもちあがり、時々、“学校行きたくない病”になる3番目ちゃんも、昨年度よりは強くなったようで、「お腹痛い」「吐きそう」とはならず、
「先生、ひどいんだ!」とか「めちゃくちゃ学校に行きたくない!って思う時があるんだよね〜」とことばにすることができるようになってきました。
怒りをことばにすることがヘタクソな3番目ちゃんなので、このように言う時には、全身に力がこもって何を言っているのか分からないことも多々あるのですが、面白く見ています(^。^)
ことばにするまで時間がかかる3番目ちゃんなので、散歩行ったり、一緒にお風呂に入ったりする時間を作らないと、なかなかそういったことばに出合えません。
というので、最近、ゴミ捨てに行く他、家の近くを散歩することも増えました。
昨日は、フキを取りに3番目ちゃん、4番目ちゃんと行きました。
そしたら、虫たちがいっぱい!二人とも慣れたもので、いろんな虫を私に紹介してくれるのですが、私は虫さんがめっぽう苦手です(^^;)
なので、そっか〜、名前をつけたらもう少し親しくなれるかなぁ…と考えたりしていました。
きっと5番目ちゃんが来たら、虫さんとも一緒に遊んでもらわなくてはならないだろうに…。
けれど…、想像して、やっぱり…ドキドキしています(^。^;)
5番目ちゃんとは、お昼ご飯を食べさせて、お昼寝をさせるくらいまで、仲良くなってきました。毎回、最初はちょっと警戒しちゃう二人だけど、少しずつ家族になっていけたらなぁ…です(^^)
早朝のミルクティーと静けさ…。想像するだけでうっとりです。
ふんちゃんみたいに、フト、目が覚める朝を愉しみにしていよ〜っと(^^)
投稿: もも(^_^) | 2016年5月16日 (月) 10時39分
真砂 さん
おはようございます。
やもりには、ご無沙汰しています。
以前は、一緒に暮らしていたんだけどなあ。
8階のベランダに棲んでいる〈るら〉ちゃん
(勝手に縮めました。ごめんなさい)のはなし、
とてもうらやましいです。
選ばれている…真砂さんご一家。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年5月17日 (火) 07時59分
もも(^_^)さん
3番目ちゃんのおはなし、
うれしく読ませていただきました。
すでに自分のなかに生まれていることばを
そとに出そうとするとき発動する慎重さに
打たれています。
ことば以上のことばを、さがしながら
生きてるひと。
ひとよりもことばの通じる虫たち。
お母さんとぎゅっと一緒にいながら、
ことばを発する3番目ちゃん。
佳い1日を。
きょうも、明日も明後日も。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2016年5月17日 (火) 08時03分