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2016年12月の投稿

2016年12月27日 (火)

チャンス!

 クリスマスイブの朝だというのに、え?と耳を疑う出来事があった。
 すぐには胸におさめられず、「落ちつけ、ふみこ」と自分に云い聞かせる。
 サンタクロースからプレゼントをもらわなくなって久しいけれど、これはきっと、わたしへのクリスマスプレゼントなのだ。
(サンタさん、ちょっといぢわる!?)

 その昔、クリスマスイブに弟とわたしのもとにやってきたのは、風変わりなサンタクロースだっだ。風変わりだということは、すぐに気づいた。

 なぜって、サンタクロースによって届けられたクリスマスプレゼントについては、翌日が終業式だろうと、たとえ冬休みだろうと、たちまち子どもの世界の〈知るところ〉となるのだもの。同級生たちは目をキラキラ光らせて語る、語る。
「前からほしかったバービー人形が朝、枕元に置いてあったの」
「オレね、サッカーのスパイクもらった。サイズもぴったりでびっくり!」
「サンタさんってさ、なんでアタシの欲しいものわかるんだろ」
(ちょ、ちょっと待って)
 と、わたしは思った。
 え、うちにやってくるサンタクロースは、そんなんじゃない。なんかね、教育的な志向のサンタクロースだった。プレゼントはいつも、図鑑だったんである。弟のところには電車の図鑑と動物の図鑑、わたしのところには植物の図鑑とさかなの図鑑、というふうに2冊ずつ届けられた。小学生のあいだ、ずっとその計画が変わらなかったため年子の弟とわたしのもとには、7年かけてある出版社の図鑑のシリーズがずらりとそろっていた。
 これでわたしにもわかった。
 サンタクロースはひとりではなく、複数存在し、そのひとりひとりには個性がある、ということが、だ。子どもごころに、そりゃそうだよなー、と思った。安心もした。なぜといって、ひとりきりのサンタクロースが全世界の子どもたちのプレゼントを差配するなど、あり得ないものね。
 それで、うちの担当サンタクロースには教育的な志向があり、その傾向はずっと変わらぬままだったのだと知れた。
 ある年のクリスマスの朝、目覚めるといつものように枕元に図鑑の包みがあった。
「ね、うちのサンタクロースって、どうかしてるね」
 と弟が云う。
「……」
「ぼくだって、HOゲージ(鉄道模型)の車両やストラクチャーがほしいよ。どうして図鑑ばっかり?」
「模型はお父ちゃまとお母ちゃまが買ってくれるんだし、アタシも大人になったら買ったげるよ。なんかさー、ねがいがかない過ぎるのは……だめなのかもしれないよ」
「そうだね。ふんちゃん、ことしの図鑑、何?」
「わたしのは、食べもの。それから星。そっちは?」
「鳥。地形」
「メリークリスマス!」
「メリークリスマス!」
 子供部屋の二段ベッドの下(弟)と上(姉)のあいだで交わされた、忘れられない会話だ。

 さいごにサンタクロースから図鑑のクリスマスプレゼントをもらったときから46年たったことし、プレゼントとしては妙ちくりんなものが振りかかった。

(それは、わたしが耐えたり、我慢することで解かれることなんだろうか)
 という、苦い思いが湧く。
(でも……、そうしたほうがよさそうだね。だったら、耐える)
 決心した瞬間、哀しみ、情けなさ、ちょっぴり怒りも湧いたのだ。 しかし、これもクリスマスプレゼントなんだろうな、とわたしは思った。受けとめなければ知り得ないチャンスを感じたからでもある。

                *


 このはなしはおそらく2017年のはじめに、つづきます。

 クリスマスに届けられたほろ苦いチャンスの結末を、自分でもたのしみにしています。
 さて皆さま、本年もこの広場に集ってくださり、ありがとうございました。
 こころから感謝申し上げます。佳い年をお迎えくださいましね。

01

前回、わたしの子ども時代の
おやつのお皿を見ていただきました。
これは……、わたしの娘たちの

おやつのお皿。
01_2

2017年酉年の、ひよこでした。
ぴよ、ぴよぴよ。
あたらしく生まれるような気持ちで、
年越しを。ぴよ。

〈ふみ虫舎番頭より〉
山本ふみこの新刊『家のしごと』(ミシマ社)
引きつづき、ふみ虫舎で注文を受け付けております。
サイン本に山本ふみこ画〈切り株シリーズ①〉の
グリーティングカード(二つ折り/封筒付き)を添えてお送りします。
ご希望の方は、下記メールアドレスにお申し込みください。
yfumimushi@gmail.com(注文専用)
お名前、ご住所(郵便番号も)、電話番号、希望冊数を
明記してください。代金は、本の到着後、同封の用紙にある
指定の口座までお振りこみをお願いします。
 

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2016年12月20日 (火)

出た出た!

「お久しぶりでございます」
 玄関で挨拶したマサコせんせいのお顔には、15年ほど前、ある機関で食育の仕事をご一緒していたときと同じやさしい笑顔があった。幾分ほっそりされたか。思い深いまなざしには変わりがないけれど、目ぢからが強くなっている。その目にみつめられたら、云われたことを何でもやってしまいそうだ。
 お目にかからないでいた15年のあいだには、お互いいろいろのことがあった。ないはずが、ない。マサコせんせいには夫君の急逝という一大事が起こり、そのほかにもきっと、きっと無数の経験を経ているのだ。
 それでもこうして再会がかなった。
 おそらくそれは〈奇跡〉と呼んでよいほどのことなのだ、と思いながら、わたしはマサコせんせいのお宅の和室でコートを脱ぎ、マフラーをとって、かわりにエプロンをつけて頭にバンダナを巻く。

 この日、10 年つづいているという薬膳の勉強会のお仲間に加えていただくことになっている。

「お招きありがとうございます」
 身仕度のあと、念入りに手を洗い、台所へ。
 ひとりお休み(子どもさんの通う学校がインフルエンザの学級閉鎖とのこと。残念)で、4人のお仲間、エリイさん、キャサリン、マナミン、ミホリンに挨拶する。
 食卓を囲んでマサコせんせいから講義を受ける。甘酒となつめ茶をいただきながら。飛び入りのわたしのために、復習を兼ね、まずは「五行」「医食同源」「気」について、おそわる。 
 中国で起こった薬膳。日本とのちがいのひとつに四季のとらえ方がある。春夏秋冬のほかに、長夏(夏と秋のあいだに在る)が加わって五季となる。  
 五季       /五臓 /五色 

夏(2月の立春〜) /肝 /緑
春(5月の立夏〜) /心 /赤
長夏(7月〜)       /脾 /黄
秋(8月の立秋〜)  /肺 /白
冬(11月の立冬〜) /腎 /黒

 季節とからだ、食材の関係が上記であり、五色というのはその季節に意識して食べるようにしたい色の食材である。ごく簡単に記すなら、こういうことになる。
 春には〈肝〉=肝臓に負担がかかるので、それを助けるため緑色の食材を摂るようにする。夏には〈心〉=心臓に負担がかかるので赤いものを、長夏には黄色いもので〈脾〉=脾臓を、秋には白いもので〈肺〉を、冬には黒いもので〈腎〉=腎臓を助ける。
 そうしてこの日の勉強会の主題は、冬の薬膳。
 あれ?冬に摂りたい黒い食材って何だろうか。黒ごま、黒豆しか浮かばないなあ。マサコせんせいによれば、黒というばかりでなく、薬膳対策にはさまざまな要素があり。それを組み合わせて献立をたてることになるらしい。


 温熱性の食材。

 くるみ、羊肉、海老、鮭、まぐろ、栗、にら、からし菜、ピーマン、生姜、にんにく、ねぎ、紅茶、黒砂糖、杜仲、肉桂、らっきょう、など。
 血液(血管)のための色の濃い食材。
 ほうれんそう、にんじん、黒木耳、松の実、落花生、羊肉、レバー、いか(これ、ちょっと不思議。だけどいか好きのわたしにはうれしい!)、豚肉、鶏卵、うなぎ、黒ごま、黒豆、なつめ、木の実、など。
「陰」の極みである冬の滋養。
 小松菜、くこの実、アスパラガス、ゆり根、ごま、豆乳、白木耳、卵、豚肉、魚介類、など。
「気」を補う食材。
 米、はと麦、大麦、あわ、山芋、芋類、にんじん、いんげん、しいたけ、鶏肉、豚肉、青魚、栗、蜂蜜、アボカド、など。
〈腎〉を助ける食材。
 黒豆、小麦、八つ頭、カシュウナッツ、えごま、枝豆、カリフラワー、ブロッコリー、きゃべつ、ごぼう、桑の実、プルーン、ぶどう、ブルーベリー、うなぎ、海老、貝柱、すずき、すっぽん、鯛、まな鰹、鶏肉、豚肉、牛乳、レバーなど。
 このほかにも、〈腎陰〉〈腎陽〉の考え方があるけれど、そこまで理解が追いつかなかった。
 そうして、ここから仲間たちと〈きょうの薬膳〉=料理にとりかかることになるのだが……、その献立のすばらしいことと云ったら! 並びを見ただけで、元気になってしまうような献立だ。
 からだを温め、〈気〉と〈血〉のめぐり、〈腎〉の働きをよくする作用のある食材を使う。

 くこの実とうなぎの黒米巻き寿司

 海鮮松前生し
 山芋入り参鶏湯(サムゲタン)風
 里芋とかぼちゃのくるみ和え
 にんじんステーキ
 甘酒と紅麹の豆乳ムース
 冬のピクルス

 わたしの担当は、「くこの実とうなぎの黒米巻き寿司」(キャサリンと2人で)。

 思えば、誰かと一緒に料理をするなんて、久しぶりのことだ。学生時代は自分たちで昼ごはん(600人分)をつくる学校に通っていたので馴れっこだったが、その後は……、そうだ、子どもが通う学童クラブのキャンプでご飯を炊いたり、汁ものをつくったりしたのがさいごだ。それからは、ひたすらに我流とインチキで生き抜いてきた。
 この日、めちゃくちゃ失敗した。
 担当した「くこの実とうなぎの黒米巻き寿司」は飾り太巻きで、ほうれんそう、うなぎ、くこの実、梅干しを巻いてクリスマスツリーの模様に仕上がる(つくったあとにわかったことなのだが)ところを、巻き手順をまちがえる、2回に分けて置くご飯のあとの1回を忘れる、という失敗をくり返した。
 くるみ和えのくるみをすり鉢であたりながら、その様子を見ていたマナミンに云わせれば、ヤマモトは「失敗しても、平気の平左で海苔をはがしてやりなおしてた」そうで、「出た出た月が」ならぬ「出た出たわたし」。 

 おお恥ずかしい。
 巻き寿司のうち、キャサリンが巻いた3本はクリスマスツリーの模様だったが、わたしの3本はかたつむりが昼寝しているような模様に巻けた。
 それでもとってもしあわせな、仲間との料理だった。失敗など怖れるに足らぬ雰囲気のなか、堂堂と失敗するしあわせ!
 それぞれの持ち味が混ざり合った、不思議に愉快な時間だったのである。

 ああ、マサコせんせいは、おめにかからないでいた15年のあいだに、薬膳とつよく結びついておられたのだなあ……。

 そうしてわたしは、この日、薬膳と出合ってしまいましたとさ。

Photo_2

子ども時代、わたしが使っていたおやつの皿です。

Photo_3

ここに、「薬膳の勉強会」で、
お仲間からいただいた、エナジーバーをのせました。
エナジーバー。
ナッツ類(くこの実、松の実、かぼちゃの種)、
ドライ果実(プルーン、いちじく、なつめ)、
黒豆、オートミール、蜂蜜でつくったここぞというときの
食べ物。
ものすごくおいしくて、滋養にあふれたバーです。
薬膳の奥の深さを思わずにいられない、おやつ。

〈ふみ虫舎番頭より〉
山本ふみこの新刊『家のしごと』(ミシマ社)
引きつづき、ふみ虫舎で注文を受け付けております。
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2016年12月13日 (火)

ペンを握りしめて

 机の上のペン立てに、ペンはひっそり刺さっていた。
 ああ、これは……。
 2013年1月31日、ふたりで東京スカイツリーにのぼった日、遊びごころで買ったペンなのだ。
 出かける3日前、父が電話をかけてきた。
「オマエサンのまわりで、東京スカイツリーに行きたいひとはいないかな」
「そりゃまた、どうして?」
「じつはな、国会議事堂、東京スカイツリー、東京駅の駅舎を見学するバスツアーを申し込んだんだ。そうしたら、一緒に行くはずの靖子(わたしの母)が風邪をひいて、やめておくと云いだして」
「あらそう。わたし、行けます」
「……」
(え、沈黙?)
「行ってくれるのか。……ほんとうか?」
「その日、ぽっかりあいてます」
 思えば、あれがさいごの親孝行だった。ごくごくたまーにしかできなかった数少ない親孝行だった。
 東京スカイツリーは前の年(2012年5月)に開業したばかり。わたしはちょっと浮かれて、「ね、おそろいでペン買おうよ。これ」と云って、売店で東京スカイツリーと、富士山の写真がプリントされたペンを2本求めた。
 地上350mの展望デッキにのぼったあと、見学者の多くがさらに上(地上450m)の展望回廊をめざすのに、父とわたしは「ここまででじゅうぶんだね」とこころで話して、眼下をならんで見下ろした。
「隅田川だな」
「隅田川ね」
 そうして、展望回廊を見学しているひとたちを待ちながら、広場のような食堂で、中華まんじゅうをかじった。89歳の父は89歳なのだろうけれど、昔とそれほど変わっているような気もしなくて、それになんだか、鏡の前に立っているような気持ちにさせられた。
 机のペン立てにそのときのペンをみつけて、わたしはそれでせっせとはがきを書いたり、帖面をつけたりしている。すると連なる文字のつづきのように、父とのことがつぎからつぎへと思われて、だんだん、目を開けていられなくなった。瞼(まぶた)の裏に、滴(したた)りそうなものが溜まってきて、目を開ければ、何かが破けてそこらが濡れてしまいそうだ。東京スカイツリーにともにのぼった翌年の春、90歳で身罷(みまか)った父と、わたしは何とはなしに交信をつづけている。本を通して、映画を通して、父が遺した絵を通して。感傷的にならず、坦坦(たんたん)と受けとめ、こちらからも同じ調子で投げかける約束であるから、不用意に目から滴らせてはならぬのだ。
 そう、このたびふと思いだした父の台詞に、こんな一言がある。
「働くなら、オマエ、保育園に預けなさい」
 いまから32年前、長女を出産後出版社の仕事にもどろうという決心と、そんなことが自分にできるだろうかという迷いのあいだで、わたしが揺れに揺れていた時期だった。
 出版社の編集部には保育園に子どもを預けて働くお母さんも存在していたけれど、よすがと云えばそれだけだった。0歳の赤ん坊を預けて働く決心が芯のところでつきかねており、母や夫の母に協力してもらってまずは凌(しの)いでみようかという、折衷(せっちゅう)案まで浮上した。わたしのふたりの母たちは、子を預けることを迷ってはいても、母となっても職業を持ちつづけたいというわたしの意志を汲みとろうとしてくれた。
 が、そこに父の一言が置かれた。
「働くなら、オマエ、保育園に預けなさい」
 その一言がどう作用したものか、わたしはその道を決めて、歩きはじめた。大きくなったお腹を抱え、区の(当時は東京と豊島区に住んでいた)福祉事務所を何度も訪ねて、「何とか保育園に入れてください」と訴えたり、手紙を書いたりした。
 あのとき父は何を考えていたのだろう。
 ただただ、大事な妻を、娘の人生に巻きこんでなるものかという、決意表明であったかもしれない。そうだったとしても、「その道を行くのなら、腹をくくれ」という暗示でもあったのだと、わたしは信じている。女性の就労にも、保育園にもほとんど知識のなかった父のことばは、やってみる価値はある、というニュアンスを帯びていたのだ。
 彼(か)のヒトは、ときどきそうやって核心を衝(つ)くのだった。

 父とそろいで求めたペンを握りしめながら、わたしはこれからの道を思ってみている。

01

東京スカイツリーのペンと、
このペンで書いた、皆さんへのお礼です。
そしてわたしは、注文におこたえするべく
『家のしごと』を追加して仕入れました。
1冊1冊、荷造りしているなかで、
思いだしたこと、わからせてもらったことがたくさん……。
ひきつづき、一所けん命お送りします。

〈ふみ虫舎番頭より〉
山本ふみこの新刊『家のしごと』(ミシマ社)への
たくさんのご注文ありがとうございます。
再々入荷しました。在庫あります。
サイン本に山本ふみこ画〈切り株シリーズ①〉の
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2016年12月 6日 (火)

ぽろぽろ

 またか?と思った。
 一度でわからないのなら、二度でも三度でもくり返すことによって、わからせてやりますよ、という脅迫めいたメッセージに思えたほどだ。
 これを書きはじめる直前まで、わたしは傘の柄の、無惨にもはがれた皮と格闘していた。はがれはじめたのはモスグリーンの皮で、そうなる前は、色も手触りも気に入りだった。傘の生地を束ねるバンド(ネーム布)に、Fumiko.Yと刺繍してある、とくべつな傘なのだ。生地は焦げ茶、柄はモスグリーン、バンドの文字はモスグリーン。
 何もかも気に入りであったこの傘が、4年目にして、もの云いた気に弱みを見せた。
 はがれはじめた柄の皮を、仕方がないのでわたしはせっせと指ではがす。短い爪ではあるけれど、はがれた皮が爪のなかにめり込んで、少しばかり痛くもあるし、何だか気持ちがわるい。電車を待つ駅のホームのベンチで……、闊歩する道の上で……、観るともなく観ているテレビの前で……、けん命にはがしているさなか、数か月前に同じことをした記憶がよみがえった。
 あのときは、バッグの持ち手だった。

 家から出て、最初の角をまがるとき、黒い滓(かす)が腕についているのに気がついた。なんだ、こりゃ。

 歩きながら探ると、バッグの持ち手の部分(合成皮革)がはがれている。夏のことゆえ、はがれた滓はむき出しの腕に点点と怪しくひろがってゆく。買ったばかりのバッグだった。はがれはじめたものをもとに戻すことはできない、と悟ったわたしは、歩きながらどんどんはがしてゆく。歩くわたしのうしろには、黒い滓のかすかな流れができているにちがいなかったが、恐ろしくてふり返れない。
 じつはこのバッグ、同じ合成皮革が持ち手ばかりでなく、ポケットのファスナー、飾り釦(ぼたん)のまわりにもついているので、爪が不快を訴えるのをなだめなだめて、すっかりはがすに至るまでには、かなりの時間を要した。はがした後は何か巻きつけようと考えていたものの、すっかりはがしたら、それはそれで潔く、わるくない体裁であったため、いまに至るまで平気でそのままにしている。

 こんなことが1年のうちに二度も起こるなんてね、と。

 ぽろぽろ、ぽろぽろ、はがしながら、わたしは思っていたのだった。
 もうだめだ、と思いかけていたものが、こうしてよみがえってゆく。わたしだって、わたしだって、うまくないことがあっても、やらかしてしまっても、そこのところだけぽろぽろ、ぽろぽろはがしちまってさ、また元気を出してやってゆけるにちがいないわ!

Photo_2

皮をはがしたら、白い布地があらわれました。
オレンジの染色ペンというのを買ってきて、
塗りました。
まだしっくりしませんが、使ううち、
馴染んでくると思われます。

よみがえって……よかった。

〈ふみ虫舎より〉
『家のしごと』(ミシマ社)への

たくさんのご注文、どうもありがとうございます。
調子づいて、本の数をふやしました。
発送作業がおもしろくなってしまったのです。
ご注文お待ちしています。

ご注文・お問合せアドレス
yfumimushi@gmail.com

なお、不明のことは、

すぐにお問い合わせください。
原因を調べて、対処いたします。

 

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