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2017年1月の投稿

2017年1月31日 (火)

しきりなおし

 気がつくと、萎(しお)れていた。
夜中に何度も目が覚める。
朝布団から出たくない。

 眠ってもその状態が解消しないところを見ると、これはどうやら〈気〉の疲労であるようだ。こんな状態はたまにめぐってくるから、どうということもないのだが、それでも分析せずにはいられない。
わけもなく焦っている。
・〈予定〉がすべてわずらわしく思える。
するべきことがどんどんたまってゆく。

 あたらしい年2017年がはじまったばかりだというのに。
 なんだかわからないが、消耗しやすい状態になっているのだ。よくよく思い返せば、この状態はことしの最初からはじまっていた。いつもなら、何ということもなく、しかもたのしみながらできてしまうことが、そうならない。気が重い。鉛(なまり)を胸に抱えているみたいに。
 しばらく、くよくよ、しょんぼり考えこんでいたのだが、やっぱりこれを天からの指令として受けとめるしかなさそうだ。

 与えられた事ごとをこなす。焦りながらでも、萎れながらでも、これをこなすことができたなら、オマエサンはきっと成長する。

 そう思ってみると、あいかわらず萎れてはいるのだが、こころが幾分晴れてきていた。萎れの状態を味わいながら、約束を果たし、たまったもののなかから片づけられそうなことに淡淡と向きあってみている。
 仕事や雑務にあたっていると、いつもよりしくじりが多く、つまりそれは集中力が落ちているかららしいのだが、そんなふうに見事に萎れた自分が、ちょっとおもしろく思えてきた。
 萎れていると、周囲のひとの〈気〉を必要以上に受けてしまうらしいことも、わかった。ひとの抱える悩み、友だちの哀しみ、家人の行動に過敏になる。それがますますわたしを萎らせ、焦らせるのだ。

 こんなときは、ことさらに笑顔を大事に。
 そうだ、笑いながら、何かしよう。しきりなおしだ。
 と思って手にしたのが、さつまいも。
 昼下がりの、静かな台所でひとり、さつまいもの皮を剥き、細長く切ってゆく。これを素揚げにしようというのだ。子どものころ、これが大好きで、母がさつまいもを揚げはじめると、まとわりついて、揚げたてをもらった。こんな情景をつくれるほどには、わたし自身はさつまいもの素揚げをしてこなかったけれども、揚げはじめると、在宅の家人らがなんとはなしに寄ってきた。あっはっはっ。

 萎れても焦っても、さつまいもにしきりなおしを頼めるなんて、ちょっといいじゃないか。と、思っている。

B

〈ふみ虫舎番頭より〉
まだまだ多くの方からお問い合わせがあり、
山本ふみこの新刊『家のしごと』(ミシマ社)の
ご注文をふみ虫舎で受け付けることにしました。
サイン本に山本ふみこ画〈切り株シリーズ①〉の
グリーティングカード(二つ折り/封筒付き)を添えてお送りします。
ご希望の方は、下記メールアドレスにお申し込みください。
yfumimushi@gmail.com(注文専用)
お名前、ご住所(郵便番号も)、電話番号、希望冊数を
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指定の口座までお振りこみをお願いします。
 

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2017年1月24日 (火)

インタビュー〈家のしごと〉 夫・代島治彦

1)はじめは分担は意識はなかった
ふみこ  ちょっとお邪魔します。じつは、家のしごとについて、ちょっとおはなしを聞きたいと思っているんです。ええと、一緒に暮らしはじめたのっていつでしっけ。アタシ、ほら、何年に何があったとか、数字でおぼえられないものだから。
治彦   1994年。ことしで23年めだよ。
ふみこ  へー、20年以上一緒にいるんだー。それはびっくり。一緒に暮らしはじめたときのこと、おぼえてる? あのころ、家事の分担とかって、考えていましたか?
治彦   分担の意識はなかったね。
ふみこ  どうしてだろう。
治彦   結婚式を擧げて、さあふたりではじめましょうというスタートじゃなかったでしょ。ボクがアナタの家にころがりこんだ。そのとき、アナタの暮らし、暮らし方は確立していたし。
ふみこ  そっか。そう云えばそうだね。様子を見てた感じ?
治彦   うーん、様子を見てたってことはなかったな。アナタはがんばってた。ボクにしてくれようという気持ちが強かったよね。〜してよっていうようなことは少なかった。で、ボクは子育てにも関わっていたけども、はじめは、まだ、梓と梢に対してアナタの子どもっていう意識があったのかもしれない。一緒になって3年たった1997年に栞が生まれて、一から子育てがはじまったとき、いろんなことが変わったんじゃないかな。朝はボクが保育園に送ってゆき、アナタが夕方迎えにゆくという分担もできたし。

2)仕事場を外に
持っていた時代
ふみこ  でも、その当時も、アタシはなんとなく、ひとり主婦という感覚でいたような気がするのよね。もちろん、暮らしはじめたころよりは、アナタに〜してよっていう要求はふえたと思うけど。分担というほどの分担じゃなかったな。
治彦   あのころは家から自転車で15分くらいの場所に、ボクは仕事場を持ってたでしょ。朝、お弁当を持って通ってた。
ふみこ  そうだったね。忘れてた。仕事の内容も、テレビの番組や依頼された映像をつくったり、いまとはだいぶちがったよね。
治彦   そうです。何しろ大学生の子どもを4人抱えていた(代島の長女二女と、わたしの長女二女)から、制作費の保証された仕事をしてましたから。何本もつくったよなあ。テレビ番組の製作は、編集作業もテレビ局でしてたから、家にいる時間は少なかった。
ふみこ  ふんふん、そうでした。
治彦   2005年に引っ越して、家のなかに仕事場をつくりました。そのあたりから、少し、家のしごとを引き受けるようになったと思うんだけど。どうかな。
ふみこ  ちょっとね。でも、そうか、2005年からの11年のあいだに変わったのね。何があった?
治彦   2011年に東日本大震災があった。

3)
日常を組み立ててゆく
治彦   東日本大震災が起こった日、ボクはひとりで家にいたんだ。アナタも出かけていたし、梓と梢はそれぞれ仕事、栞は中学にいた。家の仕事場で、映画の編集をしていたボクは、大きな揺れに驚いて……。でも、いまはそのはなしじゃないんだよね。ええと、そのころから、自主製作のドキュメンタリー映画に取り組みはじめ、今日に至るわけです。2014年には、「三里塚に生きる」を撮りはじめて、なかなかうまくゆかなくて、3か月間現地にウィークリーマンションを借りて、住み込むことにしたでしょ? カメラマンの大津幸四郎さんとの2人暮らしで、家のしごとはボクが担当した。当時大津さんは78歳で、病気を抱えていてね、食べられないものがいっぱいあったから、一所けん命料理したんだよ。そういうことができる自分にも驚いたし、それはたぶん、アナタのしていることを身近に見ていたからでもあると思うんだけれどもね。
ふみこ  アタシも、そのときは感心しました。このひとには、家のしごとの才能がある!と思った。
治彦   ドキュメンタリー映画製作っていうのは、編集段階でそこに写っている現実の被写体を役者に見立ててシナリオを書いてゆくようなつくり方だから、編集に時間がかかり、ボクはそれを自宅の仕事場でするようになった。つまり家にいる時間がふえたわけ。編集の合間に、だんだん家のしごとをするようになっていったんじゃないかな。
ふみこ  反対にアタシは、2012年からカルチャーセンター(エッセイを書いてみよう)の講師を引き受けたり、同年武蔵野市の教育委員に就任して外に出る機会がぐんとふえた。あのころね、毎日通勤するひとの苦労はいかばかりかと思い知るようになりましたよ。アタシは忙しいと云っても、それまではほとんど家で仕事していたし、子どもが学校から帰ってくるのを家で出迎えてたからね。自分が甘かった……というんじゃないの、無理解だったと自分を恥じたの。
治彦   子どもたちも大きくなって、この4年は、アナタもかつてのように必死でがんばらなくてすむようになったんじゃないのかな。
ふみこ  そうね。たとえば、夜出かけなければならないようなとき、ごはんのことも何もかも、きっちり用意して出かけることはなくなった。いまなんか、みんな、適当におねがいね!ってまかせられるようになったのは大きいわあ。出かける前の準備の緊迫感は、アタシには重荷だったのよ。
治彦   いまはボクも、家のしごとのたのしさも知ってるよ。編集作業の気晴らしのような感覚ではじめたけど、お、日常を組み立てていくのって、クリエイティビティにあふれてるなあと思うようになったんだ。それでも、ひとつの映画作品のようには日常は完成しない、と考えてたんだけど、いまは、毎日毎日完成してるんだなあっていう実感も持つようになった。あ、かっこよ過ぎる? ボクの家のしごとには、リスキーな映画製作を許してもらってる罪滅ぼしの意味もある。うん、それはたしかにありますよ。

Photo_2

こでまりが大好きです。
枝物だから、ガラスの花瓶はどうかな、と
思いましたが、ちょっといいかも……と思いました。


だんだん、咲いてきました。

Photo_3

だんだん咲いてゆくのが、
たのしみです。
 

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2017年1月17日 (火)

この道は……

 年明けから、暇をみつけては、今野敏の「隠蔽(いんぺい)捜査」シリーズ(新潮文庫)を読んでいる。昨年、友人でもある大先輩O氏に紹介されて「任侠」シリーズ(中公文庫)を読んだのがはじまりで、今野敏の世界にはまりこんでしまった。
『任侠書房』『任侠学園』『任侠病院』とたてつづけに読んでいたときは、ヤクザ(今時めずらしい任侠道をわきまえたヤクザである)の、現在は警察庁および警視庁第二方面大森署の、〈仕事世界〉に引きこまれている。
 5年前までは、自由業一本で生きていたわたしが、武蔵野市の教育委員を任命されてから、役所がどういうところであるかが、少しわかってきた。役所では形式が整っていなければほとんど何事も認められないから、とんでもない手間と待ち時間とがわたしにも課せられる。そんなところから、かつてよりも組織の〈仕事世界〉がぐっと近くに感じられるようになったことも、いまの読書につながっているのかもしれない。
 それに、今野敏の「隠蔽捜査」シリーズは、〈仕事世界〉にとどまらず、家族の有り様(よう)を描ききっている。シリーズ第一作『隠蔽捜査』の解説にも、「実に新鮮な警察小説でありながら、同時に感動的な家族小説でもあるのだ。たっぷりと堪能されたい」(北上次郎)とある。……そのとおりだ、と思う。
 主人公竜崎伸也は、組織の論理と闘い、人間関係に揺れながら、決然として守るべきものを守る人物である。どんなに危うい局面にさらされても、それは変わらないのだ。そんな男の妻は、家のことは自分に任されているのだという立場を貫いて、夫に向かって「国のために働きなさい」と云ったりする。
 
 ことしの正月、明けてすぐにわたしは仕事をすることになった。

 暦の具合もあって、そういうめぐり合わせになったのだが、ばたばた動きまわったり、頭を抱えたりしているうちに1週間が過ぎていた。
 1月7日の朝だった。
 朝の仕度をと思って階下に行くと、鍋のなかに大根と青菜のおみおつけができていた。
 夫が、
「きょう七草だから、つくってみたんだ」
 と云う。
 ……七草、忘れてた。
 粗忽者のわたしに、そんなことはめずらしくないのだが、鍋に七草おみおつけができていたこと、それをつくったのが夫であったとことに驚く。
 このひとといっしょになった頃は、わたしも「隠蔽捜査」シリーズの竜崎の妻のようだった。夫はときどき掃除をしたり、日曜大工をしてくれはしたが、台所にはほとんど入らなかった。撮影の旅に出たり、海外の映画祭に出かけるときには、荷物の仕度はすっかりわたしがしたものだった。
「鞄のなかに、石ころが詰まっているかもしれないわよ」
 というようなことを云いながら旅行鞄を手渡し、家から送りだしていたのである。
 それが、いまはどうだ。
 その日が七草にあたることをおぼえていて、大根と青菜で七草風のおみおつけをつくることを思いついて、つくってしまうのが夫だなんて。
 少しばかり申しわけなく思いながら、ゆっくり歩いてきた道をふり返っている。これほど(家に)居たがりのわたしが二足のワラジを履くようになり、外での仕事もふえたため、だんだんに夫とのあいだに家事の分担ができたのだ。そんな道のりの途中、夫が料理の腕を上げたこと、段取りをつけて家事全般をこなすようになったことに気がついてはいた。旅や出張のときも、わたしは仕度に手出しも口出しもしなくなって久しい。
 家のことを昔ほどにはできなくなった焦りも、さびしさを感じずにすんだのは、夫とふたりでゆっくり歩いてきたからだ。
 この道はどこへつづいてゆくのだろうか。
 そんなことはわからない。
 わからないが、人生の分担がかなったことには……感謝しなければならないだろう。

W_2

1月11
鏡開きの日、夫が餅を食べやすい

大きさに切りました。
W_3

そしてわたしが、それを汁粉に……と
書きたいところですが、
夫のははが、小豆を煮て届けてくれました。
いつも「好きな甘さにしてね」と云って
無糖のものをくれるので、味つけだけは
わたしがしました。

〈ふみ虫舎番頭より〉
真冬らしい寒さになりましたね。
まだまだ山本ふみこの新刊『家のしごと』(ミシマ社)
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2017年1月10日 (火)

義理・人情、信と取り分

 昨年の暮れ方、娘に云われてある人物のことを思いだした。
 峰不二子。
 漫画「ルパン三世」(モンキー・パンチ原作)の登場人物、ルパン一味の紅一点という役どころだ。

 あれは出版社を辞めて、独立したときのことだ。

 辞めたはいいが、ほんとうはちょっぴり心細かった。離婚と退職を同時に実行したので、ふたりの娘たちを食べさせてゆけるだろうか、食べるだけでなくて、愉快で阿呆らしいことに誘ったりするだけのゆとりを持てるだろうか、と考えて、ふと頼りなくなった。どんなときにもおもしろがっていたい、という気持ちだけははっきりしていたのだが……。
 こりゃ、自分を励まさないといけないなあと思ったそのとき、脳裏に不敵な笑みを浮かべる峰不二子の姿が浮かんだ。うん、このイメージだ、こんな感じでゆこうとわたしは思った。
 わたしのとらえる峰不二子は、自らの欲望に忠実で、不思議に愛情深い女性。わたしの欲望は、ふたりの娘を食べさせてゆくこと、毎月家賃を払うこと、愉快で阿呆らしいことをしてみんなで笑うことだった。この欲望に忠実であるためには、時にはったりをかますくらいの勢いが必要だ。

 ま、胸のぺっちゃんこな峰不二子ってことで(と、当時の手帖にも書いてある)。


 フリーランスの身分となった職業についても、めあてがぱっと浮かんだ。これも、峰不二子のおかげである。彼女の真似をして腕組みをし、「めあて? そんなの決まってるじゃない」ってな調子で口を衝いて出た。

 もうもう、はっきりとしたもので、〈義理・人情、信と取り分〉という標語として浮かんだのだった。

 義理・人情を大切にしよう。

 信頼関係をつくろう。
 どんな場合も取り分はきっちりもらおう。

 この取り分、報酬ということになるが、お金に換算できないこともある。お金をいただけるときはいただくが、どう考えてもいただけない場合でも、するとなったらする、と決めたわけだ。だが、取り分のなかみは常にはっきりさせるというのがわたしの考えだった。

 たとえば——

 このたびの取り分は、人間関係の構築。

 このたびの取り分は、ちょっと人助け(そうしてそんな場合のスキルを身につける)。
 このたびの取り分は、自分の学習(学習は資産だ)などなど。

 その都度、曖昧にせずに前もって取り分のなかみを確認するようにした。

 前もって確認していた以上の取り分を得る結果となることが少なくなかったのは、職業人としてのわたしの幸運だろうと思う。
 お金とあんまり親しくなく、親しくないばかりか怖れてもいるらしく、すぐと手放してしまう癖は、なおさないといけない。これが今後の課題。
「義理・人情、信と取り分」という標語をあらためて思いだすことができたことは、2016年暮れのボーナス。ことし、これをうまく運用したい。

01

2016年の暮れに、友人からおもしろい
プレゼントが届きました。
デンマークのお土産の、モビールです。
アンデルセンの短い物語がモチーフになっていますが……、
皆さん、わかりますか?
02

吊るしてみました。
そうです、
「えんどう豆の上に寝たお姫さま」の物語。
ある国の王子さまのおはなしです。
王子さまは訪ねてきたお姫さまのため、
ベッドにひと粒のえんどう豆を置き、
その上に20枚の布団、20枚の羽根布団を敷かせます。
ここに寝たお姫さまはさて、どうなったでしょう。
大好きな物語なのです。
モビールに添えられた、友人の
「ちがいのわかる女、山本さんに」
というメッセージに、恥じ入りました。
これもまた、ことしのめあてに加えるとしましょう。

〈ふみ虫舎番頭より〉
今年も引きつづき、
山本ふみこの新刊『家のしごと』(ミシマ社)
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2017年1月 3日 (火)

チャンス、チャンス、チャンス!

 年が明けました。
 コケコッコーと明けました。
 ことしもよろしくお願い申し上げます。

               *


 2017
年最初の「ふみ虫、泣き虫、本の虫」、広場の集いです。

 2016年クリスマスイブの〈こんがらかり〉のつづきをお届けします。

               *


 昨年のクリスマスイブの朝だった。

 電話がかかり、かつて母から託されたモノが見えなくなったことを知った。1年ほど前から頼りなく思いはじめ、ついには失われるかもしれないとの予感が生まれていたのが……、現実になった。
「え?」
 と発しながら、怒りと哀しみが臍(へそ)よりもさらに下のほうからじわじわと湧き上がってくるのがわかった。ふだん、気をつけてふだん、自ら〈おとぼけチャンネル〉に合わせているため、簡単には怒ったり哀しんだりしない腹具合だ。が、このときは、何だかじわじわときた。
「え?」と云うのはうそで、「このやろう」と云いたかったのがほんとうのところだ。
 しかし、しかし。
 この日はほかでもないクリスマスイブであり、わたしはクリスチャンではないけれども、小学校に上がった年から短大を卒業するまでの14年間、毎日礼拝に列して讃美歌をうたい、聖書を読み、祈りを捧げる学校に通っていたため、クリスマス生まれのお方とは馴染みが深い。……そう思いこんで今日に至っている。それが証拠に、はたきや箒(ほうき)を振ったりしているとき、洗った食器を拭き上げているとき、ふと鼻歌で讃美歌が出てくる。

「いつくしみ深き 友なるイエスは、

 われらの弱気を 知りて憐(あわ)れむ〜♪」

 そういうわけで、この日はいつくしみ深き友のため、何とか怒りと哀しみを鎮(しず)めたかった。

 そも、大事なモノの管理を怠ったのはわたし自身であったかもしれないのだし……、いかに大事であってもモノは所詮モノなのだし……。いろいろの思い方を試みたのだった。が、怒りと哀しみを鎮めたいと希う一方、からだのなかは黒い煙のようなもので満ちてくる。

 その2日後。

 ひとり暮らしをしている長女梓が、やってきた。昨年独立して仕事をするようになってから、共有するようになった仕事場に出勤(?)してきたのだ。
「お忙しいところすまないのですが、ちょ、ちょっと聞いてもらいたいことがあります」
 梓の腕をわたしはつかみ、カクカクシカジカ、とやる。
「……というわけで、大事なモノを受け継ぎ損ないそうなのよ」

「それが大事なわけは……?」

 と梓。
「うーん。……3人の娘たちに、使わせたかったんです」
「あきらめるの、早くない? アナタ、ミネフジコでしょ?」
「ミネフジコ(あ、峰不二子ね)」
「きっとお母ぴーは探しだすと思うよ。それに……、たとえそうならなくても、わたしたち姉妹は平気。それがなくても困りもしないし、哀しくもないよ」

 このやりとりのさなか、からだのなかにくすぶっていた黒い煙のようなものは、晴れていた。すっかり。

・娘たちを思ってのこととはいえ、わたしにも物欲があったのだ!
わたしは、そうだ、(胸のぺっちゃんこな)峰不二子だった! 
娘たちは、わたしを知っている!

 自分に、野心や物欲が薄いということを恥じながらも、それを自分の特質として噛みしめてきた。自らのシバリになっていたその思いこみがほどけて、楽になった。

 わたしは欲しがりでもあり、そして……、阿呆だ。そう思った。
 このささやかな転換こそ、チャンス。そう思えた。
 チャンス、チャンス、チャンス!
 自らのあれやこれやを自ら認めれば、変えられることもある。チャンス。

                *


 ミネフジコのはなしは、次週につづきます。

2017_01_01_01m

元旦の夕方。
散歩の途中、家の近所で見上げた空です。
新月と金星……

2017_01_02m

1月2日。
地球照(月の欠けの部分が、地球に照らされ、
うっすら見える)をともなった月と、金星が大接近。
うちのベランダから、撮影。
ひゅう。

〈ふみ虫舎番頭より〉
山本ふみこの新刊『家のしごと』(ミシマ社)
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