右目左目
本から目を上げたとき、右目が濡れていた。
江戸の暮らしについて書かれた本だった。勉強不足で、わからない語句を辞書にあたりながらの読書だったが、あっという間に読み上げた。ところどころで揺さぶられ、余韻のなか、思わず本を胸に押しあてる。
が、時計を見ると大変。出かける時間だ。しみじみしたがる自分を引っぱるようにしてマントをはおり、靴を履いて家を出る。風が冷たい。
広い道路に出て信号の変わるのを待っているとき、まだ右目が濡れているのに気がついた。
「あら、いやだ」
バッグからハンカチーフをとり出して、右目にあてる。
片目で泣けるようになったのは近年のことで、それより以前であったなら、このときわたしはべしょべしょに泣いていたはずだ。両目で。
子どものころから、涙腺がゆるかった。
うれしがっては泣き、すぐ感激して泣き、うそ泣きなんかもした記憶がある。
小学校時代、うそ泣きをする級友がいて、「勉強もできるし、運動もできるこの子が、なぜうそ泣きをするんだろう。うそ泣きはおもしろいのかなあ」と思った。それでわたしはこの……ヌンチャン(仮名)を観察した。
ヌンチャンは、何だか知らないけど、とつぜん泣く。泣きだすところをじっと見ていると、教室内でけんかが起きたり、校庭で誰かがせんせいに叱られたりするような場面だ。
「どうしたの?」
とそばにいる子が聞くと、
「ちょっと膝を痛くしたの」
とか云って黙ってうつむき、両手の指先をそろえて両目にあてる。泣き声はたてず、肩も震わせず、ただ黙ってそうしている。しばらくして、その場の空気がもとにもどると顔を上げ、けろっとしてどこかへいなくなる。
わたしが観察をはじめてからしばらくたったころ、うそ泣きが級友にとがめられ、ヌンチャンは一時(いっとき)女の子たちのあいだで仲間はずれになった。そのとき、ヌンチャンが今度こそほんとうに泣いたのだったかどうかはおぼえていないが、仲間はずれのただなかで、こっそりわたしがうそ泣きをしたのである。
へたくそだったのか、気づくひとも少なく、気づいた友だちからも、
「何してんの」
と取り合ってもらえなかった。
うそ泣きをしながら、心のなかで〈ヌンチャン、うそ泣きはあんまり効果がないよ。別の方法を考えたほうがいいよ〉とつぶやいていた。
大人になって知ったことだが、胸が張り裂けるように悲しいとき、苦悩に直面したときには、泣けないのだ。身を以(もっ)て学んだ。
それまで流したわたしの涙は、しあわせの涙だったのだわ。そう思った。
母が亡くなってからも、右目だけが濡れる状態がつづいている。この胸は感謝で満ちているのだが、どうしたって、それだけではない。たとえば気持ちを濾(こ)したなら、いちばんには感謝が残る。しかし、濾されたもののなかには、寂しさと、もっとこうすればよかったという痛みがある。この寂しさと痛みが、わたしの右目を涙で濡らすのだ。
2週間右目で泣きながら、胸にあたらしく宿った思いがある。
「おかあちゃま、これからも仲よくしよう」
じっとあたりをみつめていた左目がみつけたものかもしれなかった。
ところで、文中のヌンチャンの名は、ハングル(韓国語)の涙、「ヌンムル」から一部貸してもらった。ヌンムル。隣国の「涙」は可憐な響きを持っている。鈴のような音を伝える。
庭の梅が咲きはじめました。
開花が遅めで、花の色がピンクなので、
毎年ひな祭りに彩りを添えてくれます。
このような有り様(よう)を、
親しい死者たちは漂いながら
見ていてくれているのだろうか……。
そんなことを思わずにいられない、春です。
《ふみ虫舎番頭より》
ミシマ社から仕入れた『家のしごと』在庫、
おまけのグリーティングカードの在庫がなくなりました。
これにて、ふみ虫舎での注文受付を終了します。
ほんとうに多くの方にご注文いただき、ありがとうございました。
本屋さんでは、まだまだ絶賛発売中です!
(ミシマ社手作りのかわいいポップが目印)
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