行きますとも!
「静岡のブックフェスに参加するけど、お母ぴーも行きませんか?」
長女梓に誘われたとき、なぜだろう、わたしは「行きますとも!」と即答していた。それが4月22日(土)と23日(日)であり、静岡県三島市で開催されることのほか、ほとんど何もわかっておらず、そも、ブックフェスがどんなものなのかさえ知らなかったけれど、何かがわたしを待っているような気がした。
梓が集めてためていた文庫本(古書)と、わたしの本棚からの20冊ばかりの本と、昔むかしの拙著数冊を段ボール2箱に詰めた。お互いに時間がつくれず、その作業をしたのは、当日の午前3時だった。
それぞれ1箱ずつキャリーカートに乗せて、朝出発。
昨年の春、勤めていた出版社を辞めて独立した梓は、いくつか柱を立てて活動している。フリーランスの編集者、ライター、イベントの企画運営が中心だが、そのほかに「アズアズ書房」としての活動がある。
いつだったか布製の三角形の旗がいくつもつながっているチベットの旗に、筆で「ア」「ズ」「ア」「ズ」「書」「房」と書いてくれと頼まれたとき、その名を知った。
「この書房は何をする書房なの?」
「古書店の小商い」
「本が好きだから?」
「好きと云えるほどには読書していないから、好きになりたいというのはあるかな。第一には古書の小商い、本を通して、ひととはなしをしたいということなの」
「ふーん」
と云って看板の旗に文字を書いたが、そのときはおもしろいことを考えているんだなと思った。同時に、初めて耳にする「小商い」ということばと、小さくはじめる小さな商いという概念が、わたしのなかに刻まれていたものらしい。
そしてこのたびの三島での小商いは、梓の師匠とも云える人物からの誘いによって実現した。
新幹線の〈こだま〉に乗るのは久しぶりのことで、わくわくした。が、1時間もたたないうちにもう到着してしまい、三島が想像よりずっと近いことがわかってびっくりする。
三島駅から三嶋大社をめざして歩くこと12分、大きな大きな鳥居を背にして立つと、大通りをはさんだ向かい側に、「大社の杜(たいしゃのもり)」と書かれた大提灯が見えた。これが目的地だ。
「大社の杜」は集いの場であり、おいしいものあり、遊び(イベント)あり、何より誰にも居場所がつくれる空間だった。ハイカラなんだが、よそよそしいところがないのは、古くから東と西のひと、モノ、文化が交流してきた三島ならではの有り様(よう)でもあるだろう。
ひっきりなしにひとがやってくる。
家族連れあり、若いひとも歳の大きいひともあり、はたまたぶらりとひとりで訪ねてくるひともある。聞けば、ほとんど毎日やってくるおじいちゃんもあるのだとか。
「アズアズのお母さんですね。はじめまして、トミーです」
と師匠の富永浩通(とみなが・ひろゆき)さん。
師匠と云うから、年配の人物を想像していたが、若者。全国を旅してまわりながら、小商いを展開する一風変わったひとであるにはちがいないだろうけれども、感じがよく、相手に気後れとか違和感を感じさせないひとだ。この人柄だけでじゅうぶん生き抜ける、というのがわたしの第一印象だ。
2日間わたしはここで11時から17時まで「アズアズ書房」の店員として古書を売った。本も売れたんですよ。ほんとうですよ。
でも何より、わたしを待っていたのはひととの出会いだった。
トミーとの出会い。「大社の杜」のスタッフとの出会い。興味深気に本を見てくれるお客さんとの出会い。そうしてそうして、ここでわたしはあたらしい何かをふわっと受けとってしまった……。
あたらしいことをはじめるなんてことは考えたりせず、目の前にある事ごとをこなすのがわたしの道だという思いこみが、吹っ飛んだ。
帰ってきてみると、家が何とはなしに拗(す)ねていた。
台所の蛍光灯が切れかかってまばたきしているし、窓辺のタニちゃん(多肉植物)のうちの1鉢が落ちているし、米びつが空っぽになっていた。ああ、いじけたんだなとぴんときた。ひと晩家を空けたくらいで、いじけてもらっては困る。
困るが、もしかしたらそうさせたのは、わたし自身の変わり様(よう)かもしれなかった。家のしごとをしながら、土産話をぽつりぽつりとつぶやいているうち、家ももとにもどってきた。
機嫌よくゆきましょうよね。
機嫌よく、と云えば、2日間一緒に働いた仲間はじつに機嫌のいいひとたちだった。仲間の顔が浮かんでは消え、からだは疲れているのに、なかなか寝つけないでいる。
また、行きますとも!
これが、ブックフェスの様子です(一部)。
このたびのブックフェスへの参加は、4店でした。
かわいい木製屋台は、師匠トミーの手づくりです。
組み方次第で、いかようにも変化する魔法の屋台。
これを7台もクルマに積んで全国をまわっています。
クルマを見せてもらったら、寝台あり、助手席キッチンあり、
夢のような空間がひろがっていました。
トミーは、旅をテーマにした古書店「放浪書房」を営むほか、
1930〜70年代の企業広告、雑誌印刷物を使った、手づくり一点ものの
アンティークシール「アドコラージュシール」も扱っている。
旅の途中、クルマのなかで広告を切り抜き、
粘着シールを貼付ける作業をすることもあるのだとか。
わたしは、このシールにはまってしまい、
みずからの小商いの合間合間に、シールを選んでもとめました。
4000枚もあったのです。1時間2時間はあっという間に
過ぎてしまいます。
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