虹
数日前の、むっと蒸し暑い夕方だった。
買いものに出た帰り道、ああ、とため息をついて、首をわたしはうしろに倒す。
ため息の理由は、きょうもよく働いた……であったか、きょうはあんまり捗(はかど)らなかった……であったか。いまとなってはわからなくなっているけれど、ふと口をついたため息だったのだと思う。
ただし、首を後ろに倒す恰好がおのずとわたしに空を見上げさせることとなったのは、分かれ道であった。もしも、同じように、ああ、とため息をつきながら首を前に倒していたなら……。前に倒してうなだれていたなら、あれを見ることはなかっただろう。
「あー」
見上げた空に大きな虹が弧を描いていた。
しかも、虹はひとつではなく、二重である。ふたつの虹を見たとき、ぞっと鳥肌が立った。昔からそうだった。友だちと遊んでいた野原からの帰り道巨大な虹に追いかけられていることを知った日も、わたしの役目だった門の閂(かんぬき)かけをするため玄関から踏みだしたおもてで星空を見上げた日も、夜空の雲に見下ろされていることに気づいた日も、わたしの胸に広がるのは恐怖であった。
怖いほどうつくしい、という感覚を知ったのは、だから、じつにじつに幼い日のことだった。
その感覚も久しぶりのものであったし、そも、空にかかる虹を見るのも久しぶり。わたしはすっかり浮き足立った。恐怖とよろこびとが混ざり合ったこころと買いものの荷を抱えながら、キョロキョロす。あたりの皆さんが虹にこころづいているかどうか、気が揉めている。
うん、だいじょうぶ。見えていますね、皆さん。
だいじょうぶではあるのだが、だいじょうぶとも云いきれぬのは、虹を感知するなり、板きれのようなアレをとり出して虹をつかまえようとするひとの多いことだ。それでいいような気もするが、それではだめなような気がして、わたしはまた、あらためて浮き足立ったり気が揉めたり。
そんなことより!
そうだ、早く帰って、近所のノゾミさんに知らせよう。
ノゾミさんにも知らせたかったが、ノゾミさんの96歳のお母上に虹を見てほしくて、走った。
残像を胸のなかで追いかけながら、虹を、二重の虹を見た幸いを思う。
幸い。それを受けとめた感じを持つたび、かすかにうろたえる。幸いばっかりじゃあ、いけない……というふうな考えが刷りこまれている。〈こまれている〉というと、誰かが意図的にそうしたという趣だが、こればかりは、自分でがしがし刷りこんだみたいなのだ。
何だか知らないけれども、いつのころからか、ちっちゃな不幸を混ぜ混ぜ人生をやってゆきたいと思ってしまい、それをがしがしやったのだ。
たとえば、虹を、それも二重の虹を見てしまったわたしは家に帰って、20年ものあいだ大事にしていた提げ袋をなくしたことに気がついた。
それでいい。
このくらいの不幸はあったほうがいい。
ちょっとおもしろくなってきたので、次回も不幸自慢を。 つづく
| 固定リンク
コメント
ふんちゃんへ
こんにちは。
一緒に虹を見たかったです。
この夏、私の住む宮城は夏が無いまま秋になりそうです。
毎日、曇り、霧雨、雨ばかり・・・。もう少し晴れなきゃ、農家の皆さん大変だろうなと思ってます。
先週 誕生日をむかえて年をひとつ重ねました。「誕生日の前後の一ヶ月」をワクワクした気持ちで過ごせるだろうと思っていたら。何だか妙なテンションでして、なかなか気持ちが上がってこないのです。特に理由もなく、なので尚更 おかしいと言うか・・・。下がり気味の毎日です。やっぱり、お天道様が必要なのかも!
義母の新盆の用意を夫が単身赴任中の為、息子(22歳)としました。
娘(三女さんと同じ年です)は藤沢に住んでいますが、先日友人たちと東北旅行し誕生日にランチできました。
夫は週末カナダから帰国します。そして大阪に夫婦で行き、義母の納骨をします。
私のミスで墓石に義母の名前をいれるのが後日になりました。向こうで「しっかりして!」と義母はさぞご立腹かと思います。最後まで気に要らん嫁でごめんね、おばあちゃん。
ここのみなさんのお話でほっこりしたり、なるほどと思ったり、ずっと私の「よりどころ」です。
音楽・・・ 自分で奏でられたら どんなに楽しいことか~と思います。
小学校の音楽の時間、笛のテストとかあっても緊張して絶対に間違ってた私です。
9月には仙台でジャズフェスがあります!街が色々な音楽に包まれる二日間です。
ふんちゃん、みなさん是非いらして下さい!
追伸:思いつくまま打ってまとまりのないお手紙になりました。
投稿: ハチミツ | 2017年8月15日 (火) 11時14分
ふんちゃん皆様こんにちは。
お盆はいかがお過ごしですか?
私は入社したときに言われた
いいお盆を過ごしね、とふんちゃんの
言葉を胸にずっと過ごしてきました。
今年は旦那さんの親戚の方と過ごす時間があり
自分では知り得ない話をなるほどーっと
聞く機会がありました。
決して興味ない、というより興味をもったことの
ない話でも
そんな考えもあるのか、と興味を持って楽しく
聞く術をどこかで身につけたようです。
実家にも帰りみんなで花火をしたり
お墓を参ったり
そんな当たり前のことに涙が出そうになりました
投稿: たまこ | 2017年8月15日 (火) 11時41分
ハチミツ さん
おやさしいおたよりに、
こころがしん、としました。
どうもありがとうございました。
お義母さんは、ハチミツさんに
「ありがとう」やら「かわいいお嫁ちゃん」
やらということばが伝えきれなかったなあ、
もっと伝えたかったなあと思っておられると
思いますよ。
ここに、こんなおたよりをくださる
ハチミツさんに、わたしがかわりに
伝えたくなりました。
ありがとう、かわいいハチミツちゃん。
余計なことを。
お気をつけて、行ってらっしゃい!
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2017年8月15日 (火) 12時10分
たまこ さん
なんと豊かなお盆を
お過ごしでしょう。
よかったね、ほんとうによかった。
わたしは夫の実家で、
親戚を5件まわりました。
盆棚って、きれいだなあと感心しています。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2017年8月15日 (火) 12時12分
ふみ虫さま
「このくらいの不幸が
あったほうがいい」
そんな風に思えるほどに
美しい虹だったんですね。
大きな大きな空に架かった虹の橋
いつだったか
スーパーから買い物を終えて
外へ出たとき
ふと、空を見上げ
虹を見つけて
うわぁ〜と声をあげたら
隣で雨宿りをしていた
おじいちゃんが
「ほんまに、なぁ〜。得した気分や」
と話したことがあります。
共有したいですよね。
しあわせのかけら(*^^*)
投稿: 寧楽 | 2017年8月15日 (火) 12時59分
ふみこさま みなさま こんにちは
不安定なお天気の今年の夏。いいお盆休みを過ごせているといいですね。
空を見上げて美しいと感じた最初の記憶は、小学校の頃。夏休みの朝、ラジオ体操からの帰り道に見上げた空。言いようのない複雑な色の西の空。たぶん、夏休みも後半の頃だと思います。
ずっと前に亡くなった祖母から西方は特別な方角(お浄土の方向)だと教えられていたことや、こどもの頃「孫悟空」の「觔斗雲」にあこがれていたこともあり、雲の彼方から美しい雲に乗って今はもう会えない人たちがやって来るという気がしていました。そんな気がするのは、空が、雲が特別美しい時だけ。
大人になって、空の狭い街に暮らすようになって、そういうことも思わなりました。
でも、同じ気持ちになったのは飛行機に乗った時。窓から見える一面の白い雲。その彼方から懐かしい人たちが歩いてくるような。。。
お盆も送り火の頃になりました。
いつもは思い出すこともないことを思い出すことができてよかった。
いいお盆です。
投稿: かえるのしっぽ | 2017年8月15日 (火) 13時19分
寧楽 さん
共有したい、です。
あのとき(虹を見たとき)、
共有も考えたけど、
花咲か爺さん気分でもありました。
自分の手柄でもないのに。
虹を振り撒くような、気分。
阿呆なわたし。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2017年8月15日 (火) 16時50分
かえるのしっぽ さん
うつくしい空の西方から、
なつかしいひとたちが筋斗雲にのって
やってくる。
そんな感じを想像して、
あわわ、となりました。
うれしいけれど、あわててるんです。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2017年8月15日 (火) 16時53分
ふみこさま。みなさま。
虹。気づかなかったですー。
ダブルの虹をみたのは北海道の美瑛で。。
義父の大好きだった美瑛についた時主人と娘とわたしで
「あー。」「ほんとだー」「あー。。」
って言ってただただその場所に呆然としてたっていたこと。
えーあの時娘小学生だから。。ひゃー10年ちかくまえです。
今日もけなげな朝顔くん15日だから15こさいてます。
今日は涼しいからまだひらいてます。
それから。こぐまさんーん。(ふみこさんおかりしますね)
うれしいです。わたしもね。オカリナ3つもってます。
息のコントロールがむずかしく「へっ!」っていう音がでたり
面白いですよね。ピアノだったら「ド」は「ド」だけど
音を作る楽器はね。。今日もね。初めて来た方が夢だったんです。
こういうところで合わせて弾くことが。。っといってくださって
嬉しかったー。音は受け止めてくれる人がいてくれると
うれしいから。こぐまさんも小さな方たちといいですね。
音楽もふみこさんのお話も心を開放してくれるから
大好きです。お話会で合わせられる日とこぐまさんのばらずし
たのしみ。。ふふ。たのしみ。読んでくださりありがとうございました。
投稿: 真砂 | 2017年8月15日 (火) 17時58分
ふみこさま。
こんばんは。
虹、素敵ですね。
私は、幼稚園の時に、空を見上げて、「雲がうごいてる!」と、びっくりして友だちに声をかけたことを覚えています。
なんだか、すごいびっくりしたんですよね~。
おきょうさんさん、ありがとうございます。
真砂さんも、うれしいお便り、ありがとうございます。
そうなんですよ。「へっ」っていう音、でます!
それと、息がつづかない!!
でも、たのしいです。
では、またぁ。
投稿: こぐま | 2017年8月15日 (火) 22時16分
ふみこさま。おはようございます。
心を開放してくれる。。のつづきですー。
昨日参加者が少なかったのでふといろいろな話になったとき
ジャズお好きな方が「賢治さんの文学の底にあるのって。。音楽
に近いきがする。。」ってそこからあふれる私たちの話。。ふふ。
あらゆるものに耳を澄ませて、その一つの存在の音を聴き、
そこにあるものを大切にしようとした。だから自分の言葉を
国語の枠から解放して音楽に近い形にして農民にも楽しんで
もらおうとした。心から楽しんでいい。自由なんだよね。。て。
(限りなくつづきそうなのでこのくらいに。。)
だから。。
今までセッションを楽しんだことがない人にも
参加してもらって音楽の枠を壊したいのとなんか
似てるねっていっぱい笑った8月15日の昼休み。
どうしてそういう話に展開したのか不思議な感じがして
しょうがなかった。。
それでその感じはふみこさんのこの広場にはじめてきたときとか
お話会で感じた時と一緒だって改めて思い
伝えたくなりました。ふみこさーん。ありがとうございます。
投稿: 真砂 | 2017年8月16日 (水) 11時34分
ふみこさま、みなさま
虹といえば、2つの想い出があります。
ひとつは、まだバリバリ仕事をしていた20代。
同僚と仕事を終えて疲れ果てて車で会社へ戻る途中で、人生最大の虹を見ました!
虹のトンネルを車でくぐっているみたいな感じで、
二人で興奮して、「虹の根本が見れるかも」って子どもみたいにはしゃいで虹の根本付近へ車を走らせたら、そこにあったのは古い喫茶店。
なんと店名が「七色の虹」だったんですよ!!(笑)
二人で大笑いして、疲れが吹き飛んだのを覚えています。
もうひとつは、家を建てるための土地探しをしていた頃。
どれを見てもピンとは来ず、難航していました。
ここは絶対に違うねってちゃんと見ずに一度は断った土地を、近くを通ったので、ふらりと立ち寄ったんです。
どんよーり曇って空は灰色。小雨も降っていました。
その土地に立った時、ふと「意外といいかも」って思ったんです。
その時、急に雲の切れ間から光が射して、
灰色の空に虹が2つも!
よく考えたら、家族全員で見た虹は、これが初めてだったと思います。
なんか神のお告げのような気がして(笑)
家族みんなが、「なんかいいかもしれないね」って気持ちになったのを覚えています。
その後、結局、その時の土地を購入し、今もそこに住んでいます。
虹ってぱっと出て、すぐ消えてしまうけど、
この2つの虹は、見たときゾワゾワ~って鳥肌が立って、今でも忘れられません。
虹に励まされるってありますね。
ほかにも、花だったり夕日だったり新芽だったり。
自然のものに励まされて、人はまた頑張れるのかもしれませんね。
投稿: さゆ | 2017年8月17日 (木) 10時28分
ふんちゃんへ
お返事ありがとうございました。
読んでいて涙が出そうになりました。
ふんちゃんからいただいたお手紙、嫁として、私なりに頑張った24年間のご褒美です。優しいおことば、こころに染みました。本当にありがとうございました。
明後日から気温差10℃の大阪です。
実は7年前の義父の納骨の時にお骨を忘れて墓地に行き、片道一時間以上掛けて取りに戻る...というかなり凄い忘れ物をしました(苦笑)今回はしっかり持って行きますね!
投稿: ハチミツ | 2017年8月17日 (木) 13時40分
真砂 さん
虹の思い出。
誰もが持ってますよね。
胸に虹が棲んでて、ときどき、
そこにも架かるんだわ。
……ね。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2017年8月17日 (木) 16時05分
こぐま さん
雲も、蜘蛛も、
大好き……。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2017年8月17日 (木) 16時06分
真砂 さん
真砂さんのおかげで、
音楽がうんと近くなったような気がします。
自分も奏でてるんじゃないかな。
と、思うこともあって(照れ)。
仕事部屋では鳩時計が、
啼いて時を知らせてくれます。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2017年8月17日 (木) 16時08分
さゆ さん
ほんとうですね。
夕焼けを褒美のように受けとめたり。ね。
あ、おもてで黒いものが動くと、
かつて17年間ひとつ屋根の下で暮らした
黒猫の〈いちご〉からのメッセージを
受けとったような気持ちになります。
……いち。
ありがとう。って。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2017年8月17日 (木) 16時16分
ハチミツ さん
すべてのことに〈意味〉があるんだとすると……。
お義父さまは、ちょっといたずらしたのかもしれません。
いえ、もすこし ハチミツさんのもとにいたかった
のかもしれませんね。
なんだか、胸が熱くなりました。
素敵な思い出話をありがとうございます。
ここから、大阪に向かって、
手を合わせます。
ともかく。
ハチミツさんが無事に行って、
無事に戻ってくださいますように。
(そうして、たのしんできてくださいね)。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2017年8月17日 (木) 16時20分
ふみこさま。おはようございます。
「胸に虹が。。。」のおたよりありがとうございます。
あー。本当です。「テレパシー」って書いて下さったときも
もうなんだか大江山への虹がかかって一緒にわたった気分でした。
それで調子に乗って次の日シンパシーとかソラシーとかね。
それから。。ソラソドはソラ(空)からド(地球)にあるシは
幸せのシですー。くるくる幸せが下りてくる感じの音ですー。
見えないけど。。響いているんです。
死といっぱい向かい合った時あっけらかんとして
「シーは幸せよーさあうたいましょおー♪♪」っとドレミのうたを
海(sea)で笑いながら娘がうたってくれたからですー。ふふ。
だからふみこさーん。いつもソラソドソラソドです。心から。
あ。もう一つのおたよりも。そらそどですー。
投稿: 真砂 | 2017年8月18日 (金) 09時02分
真砂 さん
〈シ〉も〈詩〉も〈死〉も、
〈市〉、〈紙〉、〈誌〉、〈師〉も、
みんな大事。
わたしには〈死〉も慕わしい……。
ソラソド。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2017年8月18日 (金) 10時29分