蓑虫は足がはやい
皆さんは、ことしの5月、わたしがうちの垣根の蔦を刈りに刈って、つんつるてんにしたはなしをおぼえていてくださるだろうか。
どうしてこうなるのだろう、わたしは……、と恥じ入ろうとしているうちに、蔦(アイビーの一種だと思う)は葉をのばし、茎ものばし、たちまちつんつるてんを脱却した。
そうして9月には、繁った蔦をまた刈りたくなった。
剪定バサミ、刈り込みバサミのほかにのこぎりまで持ちだして、わたしは刈ろうとする。同じ過ちをくり返す才能には恵まれているが、このたびは才能全部を発動しなかった。BS放送の傑作サスペンスドラマ(10年前の製作)を観ながら、刈ったからだ。
ドラマはたしかに傑作だったけれども、BS放送の癖で、コマーシャルが長い。これにつきあっていると、顔のシミや、白髪、ふくよかさを増してきたお腹のことを気にしたくなったり、血圧や血糖値や視力について悩みたくなったりして、困る。いまのところ、気にしなくてはいけないこと、悩まなければいけないことは、ほかにあるのだもの。
それで、コマーシャルがはじまると、「失礼ごめんなさい」とお辞儀して、玄関に走る。三和土(たたき)に置いたハサミを持っておもてへ。ちょきちょき、かちゃかちゃハサミをふるい、刈った枝を袋につめてゆく。制限時間内のしごとなので、刈り過ぎたくてもそうできないし、つんつるてんにも届かない。
「そろそろだな」
ころあいを見計らって、玄関から居間のテレビの前に向かい、サスペンスドラマのつづきを観る。
ドラマのなかの事件の謎が解かれ、終わりを迎えるのと同時に、刈りこんだ枝葉入り大袋が2つできていた。これを、翌日のゴミ出しまで玄関の三和土に置くこととす。乾燥させるため、袋の口は縛らないでおく。
さあて、本題はここからなのだ。
深夜、薄暗い玄関の天井に、小さなふたつ影を見た。
何だろうと、灯りを点けてよく見ると……、それは蓑虫であった。
「コンバンハ」
思わずわたしはそう云って、しばしその場にとどまった。
それというのも、蓑虫とわたしとは縁(えにし)深きお互いであるからだ。子どものころから蓑虫を好きだった。ただ好き、ということでは片づけられない何かがある……と感じるほどに。記憶があるわけではないのだけれど、いつしかわたしは前世の自分は蓑虫であった、と考えるようになった。
生物の起源をたどると、生命あるあらゆる存在の元はひとつ、ということになるのだそうだ。その説を初めて聞かされたとき、「と、いうことであるのにもかかわらず」と思わずにはいられなかった。
と、いうことであるのにもかかわらず、どうしてヒトばかりが自分たちの都合を主張するのだろう。すべてをヒト中心の考え方でもってはなしを進めてゆき、そのために他(た)の生物の存在を踏みにじる。そうは考えたくないけれども、わたしだって、そうとう踏みにじってきた。
ここで、自分の前世というものがあるとしたなら、それがヒトではない生物ということにしたいと考えるに至ったわけだった。
(ワタシハミノムシ)
前世が蓑虫だと考えると、今生の傍若無人ぶりを客観的にみつめられるような気がする。それから、もうひとつは、蓑虫の生まれ変わりたるヒトとしての人生を生きる自分への同情。慣れないながら、まずまず何とか生きられていられるのは、奇跡である、と自分に云ってやりたいような思いである。
はなしは長くなったが、そういうわけで、玄関の天井に下がるふたりの蓑虫を見たとき、何とも云えない気持ちになった。ある意味、自分自身を下から見上げる感覚だ。
刈り取った蔦の枝葉のあいだから這いでてきたものと思われるけれども、そんな経緯はともかく、蓑虫との対面はわたしに物思いをさせている。家人たちにも紹介したいと思い、その日は、そのままにして寝床に入った。
翌朝いちばんに、玄関の天井を見上げると、蓑虫の姿が消えている。さがしてみると、ひとりは5メートルほど天井を移動しており、もうひとりは……、みつからない。
午後になって、2階の仕事部屋の棚にぶら下がっているのを発見。驚いたのなんのって。縁深きとか、自分自身を見る思いという蓑虫への親しみが、カラカラッと音を立てて砕け散った。
蓑虫のこと、何にも知らなかったー。
こんなに移動するものなのか、蓑虫は。
その日から1週間が過ぎようとしているいまも、わたしは蓑虫と追いかけっこをつづけている。そろそろおもてに出してやらなけりゃ、と思っているのだが。
不思議なことは、毎日起こる。
それを見過ごしてはならない。
ヒトとしては決して見過してはならない。
友人から「マッシュルームの生ハム詰め」を
おそわりました。
どうしてこれをつくる気になったか……。
チェロ奏者の友人が、でっかくて重たい
楽器を抱えているのにも関わらず、
マッシュルームのタイムセールに遭遇し、
3パック買った!というはなしを聞いたからです。
友人にしたらチェロを抱えて歩くなど日常的なことですが、
わたしには、こんなふうに思えました。
重荷を抱えても発見があり、
たのしみがあり、創作がある。
マッシュルームの軸をくりぬき、
みじん切りにします。
ほかに、にんにくと生ハムもみじん切りに。
それらを合わせて、マッシュルームの傘のなかに
詰め、フライパンで焼きます。
味つけ(風味づけ)は塩こしょうと白ワイン(酒でも)。
最近のコメント