おいしく、送り出しました
Hさんがこの春、東京から大阪に転勤することになった。
彼女は、仕事も一緒にした上に友人でもある大事なひとだ。
本人の希望がかなってのことだから喜ばないといけないが、やはりさびしい。いや、お互い東京にいるからと云って、そうたびたび会っていたわけではない。
けれど東京の、竹橋の、大きなビルディングのあのあたりに……というイメージがわたしのなかに棲みついていて、イメージの書き換えが必要になる。
どんな別れも、こうした書き換えの手間がさびしさをひき連れて胸に迫ってくるような気がする。
4月になり……5月になり、6月がくるころには、書き換えの作業がすすんで、「Hさん、大阪で会いましょう。あれも食べてこれも食べて。それからそれも一緒に食べようね」なんかと云っているのにちがいないのに。
書き換えをすすめるための儀式。
これをわたしの家ですることとする。Hさんと共通の友人であるOさん夫妻、夫とわたしの5人のごはんの会だ。
外向きの用事がつづいていたため、準備にとりかかったのは当日の朝9時だった。そうしてそのときになって献立も決めたのだ。Oさんが肉料理を担当する、と云ってくれたので……。
手まり寿司
餃子のすまし汁
サラダ
だし巻き卵
ほうれんそうのごま和え
たたききゅうり
これを紙に書いて、台所の壁に貼る。
手まり寿司をつくるのは初めてだったが、Hさんを想いながら初めてのことをどぎまきしながらしたかった。まぐろと大葉のせん切り、スモークサーモンといくら、ローストビーフとチーズ、小肌とレモンの4種類をつくる。それぞれ酢飯とネタを合わせて30gの大きさとして、ラップフィルムを使ってころりんころりんとわっぱの漆塗りの盆の上に置いてゆく。手まり寿司がくすくすくすくす笑っているようだ。これでいい。本日はこんなふうにくすくす笑って過ごそう。
餃子のすまし汁には、近所のラーメン店の大型餃子を使う。夫が買ってきた餃子を半分に切って椀に置き、上からすまし汁を注ぐのだ(小ねぎを散らす)。このすまし汁は、最近のわたしのブームで、誰彼なしに「ねえ、これ、ちょっと食べてみて」とやっている。
サラダはレタスに小ねぎの混ぜ、トマトを添えただけのもので、Oさんが運んできてくれる肉料理をのせようという魂胆。ごまドレッシングをつくってピッチャーに入れておく。
卵焼きは、だしをほどほどに入れた甘いわたし風。
ほうれんそうのごま和えは、夫作。この半年、実家で両親のための料理をしている夫に腕を見せてもらおうという算段だ。
たたききゅうりは、4本分。わたし自身の約束としてはきゅうりを食べていいのは4月からなのだが、いいじゃないか、壮行会なんだから!という思いですりこぎでうれしくぶっ叩く。
午後3時。
Oさん夫妻がすき焼きの準備をしてやってきた。夫婦のリュックサックからは長ねぎが誇らし気にのびている。すき焼きとは思わなかったが、ちっともかまわない。サラダには韓国海苔をちぎってのせることとする。
30分後Hさん登場。
どぶろく、富山県南砥市利賀村のどぶろく(まごたりん)、スパークリングワイン、日本酒いろいろを飲みながら、順序よく食べてゆく。5人でよく食べよく飲んだなあ。
すき焼きはわりしたなしで、砂糖としょうゆを振りながら味の変化をたのしむ。Oさんおすすめの食べ方。ごぼうのささがきが効いている。今後もう、わたしはすき焼きのわりしたはつくらないと思う。とても簡単で、いい具合に薄味で、肉の味が生きているのだもの。
おいしい食卓からHさんを送りだすことができて幸いだ。
Hさん曰く。
「いつどこで会っても、おいしいものがあり、お酒があり。おんなじようなことを話すでしょうね。映画のはなし。本のはなし。男と女のはなし。旅のはなし」
うんうん、そうだね。
Hさん、また大阪でも東京でも会って、おいしい食卓を囲みましょう。
翌日のことです。
残った酢飯で、ケチャップライスを
こしらえました。
これ、大好きなんです。
材料は、卵、ねぎ、トマト、
ケチャップ、鶏がらスープの素(顆粒)。
酸っぱさをたのしみたくて、
ちょっと酢を足したくらいです。
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