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2018年8月の投稿

2018年8月28日 (火)

8月の雲〈4〉

8月※日
 熊谷市の実家で両親を支えながら暮らしている夫が、韓国へ撮影旅行に出る日。この旅の準備を、夫は密かに着着と進めていたらしい。気配でわかった。
 こういうときは口を出さないのに限る。
 これ、と云って、夫はファイルにはさんだA4サイズの用紙2枚を差し出した。
 1枚は「父・留守番予定」なるもの。
 1枚は「父宛て」「ヘルパーさん宛て」「お手伝いの皆さん宛て」「弟宛て」のメッセージが3〜5行ずつ書かれたもの。
 ははは入所施設で、ちちはヘルパーさんの助けを得ながら、かわるがわる訪れる弟一家や孫たちと、それぞれ8泊9日を過ごすことになる。わたしは緊急連絡先のひとりである。
「母屋の裏の蔵周辺で生活しているタローも支えてください」
 というくだりをみつける。タローは20歳の猫(オス)。

8月※日

「スベリヒユ、とってきたよー」
 長女がとり出して見せた草は、たくましい雑草のようだ。見たことのある、なつかしい草。ほら、畑にも庭にも、どっさり生えているのじゃなかったろうか。
「うちの庭にいっぱい生えてたの。調べてみたら、おいしいし、栄養がある草だとわかった。高血圧にも効くらしいよ」
 なるほど。数日前、久しぶりに血圧を測り、「おお、ちょっと高め」とわたしがつぶやいたのを聞いていたのだな。
 スベリヒユという草が、大変よろしい草だとわかったが、採ってきたキノコがじつは毒キノコであったとか、ニラと水仙の葉をまちがえて食べてお腹が痛くなったとか、そういうはなしもあるからね。
 ふたりしてかぼちゃとスベリヒユのおみおつけをつくったあと……。
「梓と母はスベリヒユという草を食べました。あとを頼む」
 というメモをそっと書いて、食器棚の皿の上にぺらりとのせる。

8月※日

 今朝、お腹も痛くなく、元気でいる。
 長女が持ってきたのはほんとうにスベリヒユであったのだ。ありがとうありがとう。メモは捨てました。

8月※日

 NHK杯将棋トーナメント2回戦・第4局「羽生善治×高野智史」をテレビで観る。
 日曜日の至福。
 羽生善治竜王を見られるだけでなく、解説が野月浩貴八段(B級1組)であったので、跳び上がる。野月八段はわたしを将棋の世界に導いてくれた恩人だ(数年前のNHKの将棋講座での指南——「野月浩貴のイチ押し初級アカデミー」はわかりやすく愉快、すっかりこころをつかまれた)。
 さて本日は羽生竜王と、デビューから3年の高野四段(C級2組)との対局だったが、じつに手に汗握る1時間半であった。投了後、勝った羽生竜王が苦い表情で頭を抱えたところにも、むつかしい内容が思われる。感想戦で、初手から打ってゆくときの高野四段のうれしそうな顔が印象に残った。なんという奥深い世界だろう。
 窓を開けると、雲ひとつない青空。
 駒の並ばぬ将棋盤のようで、頼りない。

2018

スベリヒユです。
味噌汁のほか、胡麻和えにもして
食べました。

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2018年8月21日 (火)

8月の雲〈3〉

8月△日
 終戦の日の翌日、新聞をひらく。
 政府主催の全国戦没者追悼式(日本武道館)での天皇陛下のおことばの全文を、この目で見たいと思った。
 戦後70年にあたる2015年から「おことば」に加えられた「深い反省」は、もっともわたしたちが確認しなければならないことのように思う。
「ここに過去を顧み、深い反省とともに、今後、戦争の戦禍が再び繰り返されぬことを切に願い、」という一節だ。
 ときとしてひとは「反省」を口にするけれども、戦争への反省なしに、どんな反省も意味を為さないような気がしている。

8月△日

 自分の家から仕事をしにやってきた長女の梓(2階の仕事部屋に自分の机を持っている)が、「ねえねえ」と云う。
「白いワンピースと、ブルーのインナーワンピースを貸してくれる?」
「ああ、あれね。どうぞ着て」
 オープンカラー(開襟)、半袖、木綿にレーヨンが混ざるてろんとした生地。なかにブルーの木綿のワンピース(襟なし袖なし、丈は長め)を着るようにしている。重ね着だが、ゆるみがあって、風通しがよく、暑い日にもってこいのワンピースだ。
「何時に出かけるの?」
「いや、きょうは出かけません」
「……だって、ワンピース着るんじゃないの?」
「なんかね、ワンピースを着て、気分を上げたくなったのよね」
「ふーん」
 梓はワンピースに着替えると、そのまま机に向かって仕事をはじめた。
 わたしにはわからない。
 家でわざわざ外出着を身につけて仕事をしようという気分など。しかし、おもしろくは、ある。
 本日のわたしのスタイルは、ランニングに縞模様のステテコである。

8月△日

 夜の散歩。
 涼しい風に誘われて、散歩。
 袖なしシャツにひざ下丈のデニム(さすがにステテコで外は歩かない)では、寒いくらいだ。寒い寒い、と云いながら歩く。こんなにひやっとした風を受けるのは久しぶりのことで、ついうかれて、寒い寒い、を連発。
 頭の上の黒い空に、白い雲がぽくんぽくんと置かれている。大きな絵が天上にひろがって、包まれそうな覆われそうな夜なのだ。子どものころは、これが恐ろしかった。
 不気味なうつくしさ、怖いほどのうつくしさ、この世のものでない……。そんな表現を持たない、子どものわたし。ことば、表現は、対象に向かって橋を架ける。
 逆の場合もあるかもしれないけれど。

8月△日

 朝からブルーベリージャムづくりだ。
 ジャムというと、わたしは安房直子の「あるジャム屋の話」を思いだす。書きだしなんか、こうだ。

 若いころから、人づきあいのへたな私でした。


 すごいなあ。

 書きだしで、読者をつかんでいる。わたしはつかまれた。書架から『春の窓』(講談社X文庫/安房直子ファンタジスタ)を出してきて、そっと開く。ああ、またあの森の、ジャムづくりの小屋を訪ねるんだ、わたしは。主な登場人物は、青年である「私」と雌鹿である。
 読み終え、透明な嗚咽を飲みこむ気持ちになり、台所へ。
「若いころから、いい加減なわたしでした」
 という書きだしをつくってから、ブルーベリーの入ったカゴを持ち上げる。
 熊谷の実家の畑から先週摘んできたブルーベリーだ。太った実を選別して出荷した残りだから、中粒。秤にのせたら、全部で15kgあった。
 3回に分けて煮る。
 煮上がったのは夜だったが、途中、べつの仕事もしていたから、ジャム屋だったり物書きだったり、教育委員だったり、かあちゃんだったりのきょう。
 そうそう、安房直子の「あるジャム屋の話」のおしまいはこうだ。

 さ、このブルーベリーのジャム、おみやげにひとびん、さしあげましょう。

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ブルーベリージャム屋でございます。
瓶に詰めて、ささやかに出荷予定(熊谷)。

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2018年8月14日 (火)

8月の雲〈2〉

8月⬜︎日
 自家用車を、ははが車椅子のまま乗車できるくるまに換えることにし、厚木の中古車取扱店(介護車とキャンピングカーの専門店)に出かけるという夫に向かって、提案した。
「わたしも行く。旅しよう」  
 このひととなら共に旅ができる!というのが、夫と一緒になる決め手だった。いい男はほかにもいっぱいいたのだけれども……(嘘です。ごめんなさい)、旅ができる相手というのは、わたしにとって理想を超えた存在であった。
 そしてそれは当たっていたのだけれども、夫とふたりきりの旅の機会はそうは巡らず、そんなことを企ててもいい時宜なのではないかと思ったから云った。
「旅しよう」
 厚木七沢の鄙(ひな)びた宿である。
 朝方鳴いていた蜩(ひぐらし)がみんみん蝉に演奏を譲る瞬間。せせらぎの音(この川も、台風がやってくれば狂ったようになるそうだが)。露天風呂の何とも云えぬ風情。野趣あふれる馳走。
 出立の朝、内庭から数種類のミントを摘み、女将が「香りましょうから、どうぞ、おくるまに」と手渡してくれたのは止(とど)めであった。芳(かぐわ)しきものに送られ、帰宅。

8
月⬜︎日
 久しぶりの入道雲。
 昔ながらの……。
「やあ、久しぶり」
 空の雲の変化も、わたしたちに何か伝えたいのかもしれない。

8
月⬜︎日
 2011年の東日本大震災のあとだった。
 わたしはあのとき、いろんな「便利」を手放した。食器洗い乾燥機。たとえば掃除ロボット。たとえばフードプロセッサー。たとえば……。
 3・11以来、自分が置かれた状況をあらわすとしたら、「はずかしめを受けた」と云うほかにはなかった。どのような政治・権力のもとで暮らしているかということも然り。どのような……と考えずに甘んじて生きていた自分自身の責任も然り。
 しかもその「はずかしめ」がじつはずっとつづいてきたという事実を突きつけられて、わたしは何かしないではいられなかった。いっそ電気など使わない暮らしをしたら、と思った。自分自身の無責任が招いた「はずかしめ」の分は自分で何とかしたい、という感覚に包まれて。
 が、そうはできなかった。ロウソクを灯して食事をしたりする一方で冷蔵庫の世話になっていたし、箒とちりとりをとり出す一方で洗濯機を頼みにしていた。
 そんなちぐはぐとも呼べる生活のなかにあって、かつてできていた手仕事に揺るぎが生まれていることに気がついた。マッチを擦って火を点けるとか、缶詰を(缶切りで)開けるとか、洗濯板で衣類を洗うとか、そんなような事ごとである。
 ふと引き出しのなかの、古い缶切りを思い出した。缶の縁にローラー状のブレードをひっかけて挟み、ハンドルをまわすことにより回転刃で蓋を切るスタイリッシュな缶切りをひとから贈られて以来、出番がなかった。
 それでも持ちつづけてきたのは、この缶切りを使ってその昔、「支点」「作用点」「力点」=てこの原理をおそわった記憶が、刻まれていたからだ。古くから使われてきた道具のおもしろさ・奥深さを知った大事な記憶なのだ。
(缶のプルトップも、てこの原理では、ある)。
 3・11以来この古い缶切りを使うようになった。
 遊びにやってくる若い友人に「缶を開けて」と頼むと、たいていこの古い缶切りを使いこなせない。ためになる講話なんかはひとつもできないわたしだが、缶切りの使い方をおしえることはできる。

2018

古い古い缶切りです。
いま、うちでは「フルーツポンチ」が
はやっていまして、みかん缶を開けるのに
大活躍です。

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2018年8月 7日 (火)

8月の雲〈1〉

8月◯日
 朝の歯磨き。
 ん? 口中に疑問符が生まれ、いきなり増殖をはじめる。
 ? ? ? ? ? ? ? が押し合いへし合い。
 やってしまったようだ。歯磨きチューブのかわりに洗顔フォームのチューブをつかみ、歯ブラシの上ににゅうとひねり出した。それをそのまま口のなかへ。
 歯磨きはおいしくできているのだなあ。
 いや、食べたことはないから「口中にあってよろし」と記すべきかもしれない。洗顔フォームはまずい。もたっとして、清涼感がない。
「ワタクシニハ コウチュウデ ハタラクジュンビハ アリマセン。カオノウエデハ ヨク ハタラキマス」
 はい、そのとおりです。

8月◯日

 7月の終わりに小玉西瓜をいただいた。
「京たんご姫」。
 京都丹後の砂地で丹精の小玉とのこと。
 箱におさまり、なかを見ると、球体の西瓜が動かぬ仕掛けまで施してあった。西瓜のヘタは紙で包まれ、細い紐で結んである。高級。その佇まいに打たれてしまう。冷蔵庫で半日冷やす。
(冷蔵庫を何度も開けては、うししうししと、手で触る)。 
 美味なあまり、今夏西瓜育てに余念のない夫の分をとっておくことすら忘れて、すっかり食べてしまった。
 さて本日。
 反省して、皮で漬けものをつくる。皮と云ってもそれは薄く、緑の硬いところを削ぐようにして剥くと、まな板の上にはかすかな山ができるだけだ。
 拍子切りにし、ごま油で炒めたのち、にんにく、酒、豆板醤、しょうゆ、七味唐辛子を使っておそるおそる味をつける。キムチ風、というイメージ。
 おお、いける。
「モスコシ ジョウヒンナアジツケニシテモ ヨカッタ」
 へ? 聞こえないふりを決めこみます。

8月◯日

 8月がはじまった日、「やっと8月」と思った。
 酷暑がつづいて、7月はじめから8月気分で過ごしていたからである。「あっという間に1年の半分が終わってしまった」と考えていたのだったが、夏になってたちまち「あっという間」が消えたのだ。
 こうなったら、夏らしい8月らしい生き方をしようではないか。
 子供の時分から、夏休みが「あっという間に」半分になり、「あっという間に」あと10日ということになり、宿題も終わっていないのにあと3日になってしまった!なんて情けない夏をくり返してきたわたしに、挽回のチャンスがめぐってきた。
 よし、とばかりにまずわたしがしたのは、窓辺に寝転び、空の雲を眺めることだった。夏の雲のうつくしさ不思議さは、どうだろう。
「子供の頃から、むやみに雲が好きだった。雲なら、どんな雲でもよかった。青空に浮かぶ白い雲が一番いいが、曇り日の、空を厚く覆う灰色の雲も、決して嫌いではない」(「白い雲の流れる日々/辻邦生」)
 と辻邦生も書いている。
 エッセイ「白い雲の流れる日々」のなかには、「雲が好きな人は、どちらかというとロマン的な気質の人が多く、」という一節があり、うふふ、と肩をすくめてみたりしている。
「クモサエミエレバ……、ソンナイキカタモ デキルカモシレナイネ」
 ええ、ええ。雲を見上げ、8月、たのしくやってゆきます。

W

小玉西瓜の漬けものです。
夏休みの自由研究気分で
こしらえました。

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