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2018年9月25日 (火)

窮屈のひも

 朝、2回洗濯機に働いてもらい、洗い上がりを自分でを干し終え、ふうっと息をついた。するとどうだろう。晴れた空から雨のようなものが落ちてきた。

 やれやれ、どうしたものだろう。

 よし、気がつかなかったことにしよう。

 雨と云ってもそうたいした粒ではなく、雲の上から誰かが涙をこぼしたくらいのものだった。朝こしらえたスープがあんまり美味しくできて、うれしさから泣いてしまった、というくらいの涙。泣くほどのことではなかったが、ついね、という涙。

 これがまた、大泣き雨粒の連なりになったとしたら、そのときやっと気がついたことにしよう。

 あら、雨。


 という具合に。


 わたしにはこういうところがある。

 律儀も義侠心も、真面目も大事だが過ぎることを禁じている。そんな書き方をするとよくよく考えた末に自分のものにした「掟」のようだが、じつはじつは窮屈がきらいだというだけのこと。
 窮屈という観念。それは自分のなかに生まれることと、目の前の場面に生まれることの両方であるけれども、それらしきものと出合うと、腑のあたりから抗うものがぐーっとあがってきて、反射的におちゃらけるようにできている、わたしは。

 律儀も過ぎると、窮屈を生む。

 義侠心も過ぎると、窮屈を生む。
 真面目も過ぎると、窮屈を生む。

 たとえば義務教育時代をふり返ってみるとき、信じられないような悪さ、孤独、しょんぼりが浮かんできて、ああ、わたしはそういうものに支えられて育ってきたんだなあ、とつくづく思わされる。

 それから、あれだ。ずる休み。
 あれはよかった。学校に行きたくない、となると、それは一所けん命準備して、休んだものだ。体温計を湯たんぽに押し当てて375分くらいまで上げたり、からだをまるめてお腹の痛いふりをする。つまり一所けん命になるのは、うそをつくことだ。
 おそらく子どものわたしに窮屈が溜まって、ひもをほどいたのである。ひもは、窮屈のひも、と呼んでいいと思うが、窮屈のひもは誰かにきつく結ばれることもあったし、自分自身できゅうっとやることもあったように思う。
 縛ったのが誰であっても、同じだ。ともかく、ほどかないといけない。
 ときどきおちゃらけながら、窮屈のひもをほどきほどき、生きてきた。

 そうそう、わたしの娘たちの小学校時代にも、ときどきずる休みを誘ったのだった。

 元気がないなあ、笑いが少ないなあ、表情が薄いなあ、と思ったときに、そっと誘うのだ。
「ね、学校休もう」
 3回に1回は、誘いにのってもらえなかったことを思い返すと、娘たちの窮屈のひもは日頃から「緩め」であったのかもしれない。

 さて。

 窓越しに外を見ると、雨はやっぱりいっときのものであったらしく、気づかなかったことにしたのは当たりだ。          〈来週につづく〉

 2018w
むかご。
これを友だちが福岡県糸島の市場から
送ってくれ、久しぶりにからりと揚げて、
甘辛く煮ました。
2018w_2

こちらも、九州から届いたイチジクです。
あ、ポポーもあります。

この皆さんは、

窮屈からは遠い、遠い皆さんです。

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「日記」カテゴリの記事

コメント

おきょうさん さん

お疲れさまでした。

この広場にピアノの音が
聴こえていたような気がします。

涙に近い場所で
いままた、あたらしい活動がはじまっているのですね。

ね、案外、
「泣く」っていうのはよさそうじゃ
ありませんか?

久しぶりに、
えーん、って泣いちゃおうかしら。

おきょうさん、立派です。
「みゅーじっくふぇすてぃばる」
どんなに素敵だったでしょうね。

おめでとう……。
そうだ、
おめでとうございます。
ですね。


投稿: ふみ虫。 | 2018年10月 2日 (火) 01時58分

えぞももんが さん

「ちょうどいい加減」

またまた、気づきをいただいて
感激しています。

むかご飯。
そりゃおいしそうです。
わたしも、むかごを探して
つくってみます。

ありがとうございます、 えぞももんがさん。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月 2日 (火) 01時52分

さのまる さん

台風で家に帰れず、
出先に留まっていましたが、
そのことに恩寵を感じました。
あたらしい自分をみつけたような気さえして。

予定はぐしゃぐしゃになってしまいましたが、
それもゆっくり取り戻そう……と
思います。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月 2日 (火) 01時48分

円 さん

締めたりゆるめたりの
くりかえし。
試行錯誤。

ほんとうにそうですね。
振り子のように揺れながら、
学んでいるのかもしれません。

ときどき、自分の学習能力の
低さに、情けなくなります。
いつも同じところで揺れているような
気がするのですもの。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月 2日 (火) 01時46分

真砂 さん

どうもありがとうございます。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月 2日 (火) 01時42分

もも(^_^)さん

わかります。

窮屈に支えられる感じ。
ひとは勤勉を学ぶけれど、
努力も学び、
まじめを学び、
健全を学ぶけれど……、

ゆるめることはあらためて
学んだりしない。
どこかでひもの結び目は
きつくなり過ぎるのじゃないでしょうか。

おちゃらけふみこでもそうなのだから、
真に勤勉なひとは、
そうとうに結び目がきつくなります。

もっともっとゆるみたい、
ゆるませたい、
ゆるみ合いたい、です。

ももちゃん、ゆっくりゆきましょうね。
ももちゃんも2番目ちゃんも、わたしも。

約束。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月 2日 (火) 01時41分

真砂 さん

ソラソド。

おやすみなさい。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月 2日 (火) 01時32分

あすちるべ さん

出張先の長野県より台風24号の
影響で戻れず。
お返事がこんなにもおそくなりました。
ごめんなさい。

なつかしい1日のおはなし、
なんだかこころに染みました。
わたしもその日、あすちるべさんの
となりにいたような。

そう云えば、
広隆寺は、
わたしにもなつかしい場所です。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月 2日 (火) 01時31分

ペルー さん

お返事遅くなりました。
お許しくださいね。

ほんとうに追い詰めてしまうお母さんが
あったとして……、
それは反省も、思いめぐらしもない
ひとなのかもしれない、と、
ペルーさんにおしえていただいたような
気がします。

元気に飛びまわる
ペルーさんのもとで育つみなさんには、
お母さんの慈愛がたっぷり染みているにちがいないです。

懲りずにお便りを
お願いします。


投稿: ふみ虫。 | 2018年10月 1日 (月) 19時36分

佐々木広治 さま

お返事おそくなりました。

ご同輩!
とつぶやきつつ、
これを書いています。

広治さんは、
やさしいからそうではないけれど、
ときどきわたしは、
ひとを固まらせていたかもしれません。

おちゃらけながら(罪は深い)。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月 1日 (月) 19時21分

ふみさまみなさまこんばんは~~
そしてただいま~~~

はあ~~~~やっとこちらに帰ってこれました。
おかげさまでなんとか、ほんとにやっとこギリギリで
今年もみゅーじっくふぇすてぃばるを完了してまいりました。

さすがにきつかった~~最後の5日間なんて本当に集中力の塊で動いておりました。
まさに日頃人生をおさぼりしまくっている私にとっては窮屈のひもガンガンむすんじゃってたこ結び(この言い回しわかるかしら?)しちゃっておりました。

今年はそれでも終わった翌日の昨日はに弟の四十九日の打ち合わせが朝からあったり、今日は疲れてお熱でちゃったお嫁ちゃんにおじやを作って届けたり、出張所で印鑑証明とったり、お寺様へのお供物を買いに和菓子屋さんをめぐったり・・・
それでもかえがけに本屋にたちより、ふみさまの載っている天然生活を求めてホクホク帰ってまいりました。

ゆっくり珈琲を淹れて、少したこむすびをゆるめて蝶々むすびにしたところです。まだ大好きな裸足になれないのは、明日、90歳になるだんなさんの父様が大きな手術を受けるので朝から中野の病院に出向くので。

この広場みなさまがそれぞれにさまざまにいろいろと窮屈のひもを抱えていらっしゃるけれど、でもなぜだか、そのひもも、こちらにくると結びなおしができる感じですね。
ちょこっとゆるめて、ゆっくりおいしいお茶をいただき、ついでにおいしい甘いお菓子や、大好きなヨーグルトとかにおいしいブルーベリーソースかけていただいちゃう感じで。そしてしかたなくまたキュッともうしばらく結びなおして出かけます。

まだちょっと油断すると涙がホロリ。

気が抜けるとね。やはりしみじみかなしみがね・・・。

でもそれも今の私には必要なことなのかもしれません。ここまでしみじみしてる時間がなさすぎたので。


今週末に『避暑地なにそれ?』の長女が友人と音楽コンサートをバイトしてるカフェで開きます。今週は毎日お友達(保育士さんをしています)がお仕事後に練習しに我が家に。
これからさんまを焼いてなめこ汁。お夕飯作ります。
なんだかこれまた結びなおしたちょうちょ結びをやっぱりほどいてやわらかいスリッパに履き替えちゃおっかな~~~くらいの元気が出そうな家事仕事です。


投稿: おきょうさん | 2018年10月 1日 (月) 18時38分

ふみこ様

むかご
もう むかごの季節なんですね
探し方が下手なのか こちらで むかごは
なかなか 売っていなくて 知っている限りでは
一か所だけ、そのお店を 覗いてみます。
そして むかごご飯 炊こうと思います

真面目も過ぎると、窮屈を生む。

残念ながら 私はまじめすぎるかもしれません
子どもの頃は よく 「まじめのま」と言われ
その意味が分からず 首をかしげたものです
20代の頃 それを卒業しようと 
頑張った時もあったのですが
かえって へとへとで 居心地が悪く・・・。
でも 心配することないですね
今は ちょうどいい加減の
まじめさに落ち着いたかなと思います

でも 時折 サラサラと過ごしている人を見ては
いまだに 少しうらやましくなります

ふみこさん 今日から10月ですね
いろんなことが あった9月を越して
いつもより 秋を有難がっています

投稿: えぞももんが | 2018年10月 1日 (月) 15時28分

ふみこさま みなさま こんにちは

ずる休み~
覚えているだけで、3回。
ほんとはもっとあったのかもしれません。
(いや、きっとあった。)

社会人で2回。
…あれは、自分を守るためのずる休みだったように思います。
1日休んで、それからはまた、まじめに、まじめに。
(窮屈のひもを、ほどよく締め直して?)ちゃんとして。
ずる休みをする自分。
そんな自分を許せるって、たいせつな力のような気がします。
(なぁんて、自分に甘すぎ?)

また、テレビで「不用不急の外出は…」と繰り返しています。
自然の脅威には、できる対策をして、
あとは過ぎ去るのを待つしかないんだなと、何度も思う今年です。
どうぞ大きな被害が出ませんように。
ふみこさん、みなさま、どうぞご安全に。

投稿: さのまる | 2018年9月30日 (日) 15時17分

ふみこさま、皆さま

ふだんはニュートラルで力まず、ここぞというときには集中力、瞬発力を発揮できるしなやかな人・・・あこがれます。

靴の紐、ゆるすぎても不安定で歩けないし、きつすぎると痛くなってしまいますね。
私の毎日は「もう少し締めなくちゃ・・・」と「もう少しゆるく・・・」の繰り返しのような気がします。
さじ加減て難しい、でもそんな試行錯誤はちょっと楽しくもあります。

あすちるべさん、真砂さん、嵐電沿線はノスタルジックで私も大好きです。

その嵐電からもつながっている市営地下鉄に乗って東へ向かい「蹴上」で下車すると、旧山縣有朋邸、「無鄰庵(むりんあん)」があります。琵琶湖疎水の流れを引き込んだ小川が流れ、東山が奥に広がっていて、すてきなお庭です。個体数を調節しながらも、自生の雑草を丁寧に育てておられて、時間がゆっくり流れていきます。

ももさん、

先週、いただいたメッセージを読んでこちらも「笑顔」に・・・。
どうもありがとうございました。


投稿: 円 | 2018年9月30日 (日) 14時16分

ふみこさま。


すみません。あのー。今月末じゃなくて来月末なので。。
台風の中行くのおーなんて心配しないでくださいね。ふふ。
(もう自分の中では10月モードになってた私です。。)

あのー。それで。。ふみこさーん。
ペルーさんと広治さんのお便りもちょっと前にありますですー。
失礼しましたー。ぺこりぺこり。

投稿: 真砂 | 2018年9月29日 (土) 18時45分

ふんちゃん

 キュウクツ…
 娘は、本当にこんな風に見えていました。
 そのひもをほどいてやりたいなぁ〜と声をかけては、
 はねのけられている感じですが、
 今は、そのひもに支えられて立ってる感じにも見えます。

 緊張と不安がやってくるので、
 自分をキュウクツにすることで、
 なんとか自分を保とうとしているようにも見えたり…。

 少しずつ回復してきていて笑顔を見せることも増えてきました。
 時としてやってくる緊張と不安は、
 一緒にそれはそれとして受け止めよう。
 そんな風に思って過ごしています。

 いつか、
 「ああ、キュウクツだなぁ…」と、 
 安心してひもをゆるめられるようになっていってくれたらなぁと
 思いながら眺めています。
 そしてね…、一足先を歩くつもりで、
 私から…、
 たくさん寄り道をして、道をはずれはずれ、
 ゆるゆると暮らしていこうと思います。
 (これは、小さな、けれど確かな決意でもあります(^^))

 娘のおかげで、
 私もずいぶんキュウクツにしていて、
 毎日振り回されてきていたんじゃないか…と
 振り返ることもできました。
 こんなにのんびり過ごしてもなんともないんだなぁ…。
 改めて感じる毎日です。

 ふんちゃん、みなさま、
 たくさんの励ましのお手紙をありがとうございます。
 先週のところに、お礼を置いてきました。
 
 また大きな台風がきているのですね。
 どうか被害がでませんように…。
 今日も気持ちのいい秋晴れの札幌より。
 

投稿: もも(^_^) | 2018年9月29日 (土) 14時08分

ふみこさま。

すごいですー。
お仕事を散歩感覚で。。。

あっでも。。ずる休みじゃなくて
まだ土曜日も仕事だったころ、自己研修日として
スキーとかたびしてたから。。さんぽ感覚の素質は
もっていたかもしれないです。。ふふ。
自分を充電させた方がいい仕事ができるとの判断は
自然での中での散歩が教えてくれたような気がします。
(何人もの架空の友人の結婚式という理由だったかな。。)

あすちるべさんの京都のおはなし。。
今月末の宮津への旅の最後の日新幹線に乗るまで半日京都市内で
どこ行こうかなーと考えていたのでちょっといってみたくなりました。
嵐電から京阪電車にのっていると大津にもいけちゃうんですね。
それも面白そうだけど。。おかげで紙上旅行も楽し。感謝です。

では皆様いい一日をおすごしくださいね。

投稿: 真砂 | 2018年9月29日 (土) 13時56分

ふみこさま こんばんは

今日は秋晴れの気持ちいい一日でした。
台風が心配ではありますが…どうか、何事もなく過ぎ去っていきますように。

生真面目すぎて窮屈になってます。その割には抜けてるし…。思い込みも多いし…。それで余計に窮屈なのかもしれません。
最近は、いい加減は好い加減と思いながらゆるゆるとしているつもりですが、気が付いたら肩がガチガチだったりします。まだまだです。

ずる休み、社会人の時、一度だけしてしまいました。
(有休が有って無いような、勤務時間も自分の仕事が終わっても帰れなかったりの小さな会社でした)
忙しくない日を選んで、京都の広隆寺で弥勒菩薩さんにお会いしてきました。あ、その時も嵐電に乗れば駅前すぐだったのに、かたくなにJRの駅からひたすら歩きましたっけ。これも窮屈な性格故ですね。次の日からは仕事頑張りました。
あの一日はよかったなぁと、その時買った絵葉書を見て思い出すことがあります。

『天然生活』のふみこさん、たくさんのヒントありがとうございます。

ひゃ~、日付が変わってしまいました…。
おやすみなさい。

投稿: あすちるべ | 2018年9月29日 (土) 00時01分

こぐま さん

そうでしたか。
ずる休みを考えたこと、
なかったのかー。

いまでも、わたしは、
よく考えるけどなー。

投稿: ふみ虫。 | 2018年9月28日 (金) 20時42分

ふみこさま。

こんにちは。
私、子供の頃の方が、窮屈だった気がします。
ずる休みなんて考えたこともなかったです。
習い事でさえ、きっちり行ってました!
大人になって、今、だいぶゆるんできました。
なんかその方が生きやすいですね。

今度、ボランティアをさせてもらっている保育園で、
プレママさんに、読み聞かせとオカリナを吹くことになりました。
心をゆるーく(ゆったり)できたらいいなぁと思っています。

なんか楽しみです。

投稿: こぐま | 2018年9月28日 (金) 14時56分

のりこ さん

わー、わかります。

団子になったペンダントの鎖を
いつまでもいつまでもほどいていた。
子どものころにも、そんなことがありました。

困るんだけど、ちょっとたのしくもあり。
たのしくても二度とごめんだと思ったり。

窮屈って不思議ですね。

投稿: ふみ虫。 | 2018年9月28日 (金) 11時26分

真砂 さん

仕事を、
たのしみとしてこなす。
というのが、目下のわたしの
散歩です。
(ちょっと、緊張の散歩ですけれども)。

投稿: ふみ虫。 | 2018年9月28日 (金) 11時22分

たまこ さん

そうですそうです。

自分より、ひとのほうが
わかって(くれて)いることが
少なくない!と、
思わされます。

たまこさん、
ことばで褒めてもらえて……
よかったですね。

投稿: ふみ虫。 | 2018年9月28日 (金) 11時20分

真砂 さん

天からのほうび。

毎日が、天からのほうび。
という立場で庄野潤三は
書いて生きて、暮らして書いた作家
でしたね。

投稿: ふみ虫。 | 2018年9月28日 (金) 11時18分

ただ今、三人の娘(6才双子、2才)の子育て真っ最中。私の真面目すぎる性格がゆえに、子供達に窮屈な思いをさせているかも、ゆったりやろう…と時々反省しつつも、また繰り返してしまったりの毎日。むしろ私の方が子供に育ててもらっている気がします。
しかし、そんなことはお構い無しというように、元気に飛び回る三人。もっともっと羽を伸ばして私の窮屈なんて蹴飛ばしてくれ〜!とまた子供に頼ってしまいました…母業難し、楽しです!
肩の力を抜いて楽しみなさいと、心地良く教えてくれるふみこさんの文章にいつも助けられています(^.^)

投稿: ペルー | 2018年9月28日 (金) 09時41分

ふみ虫さま。

四角四面な、窮屈なひとだったな、とふりかえりおもいます。
しかもそう大きくふりかえらずに。
もしくはふりかえらずにも、か。
すこしずつ、すこしずつゆるめ、ゆるめられしてきたような。
で、ありながら、すぽんと肝心なところがぬけていたり。

なんとも、片方だけおもいアンバランスなやじろべえみたいな。

すぎず適度に、はぼくの課題のようです。

投稿: 佐々木広治 | 2018年9月27日 (木) 13時19分

山本ふみこさま

こんにちはー!
窮屈なんて好きじゃないのに、簡単にほどけないこんがらがったひもに縛られている自分に気づかされました。

ネックレスをつけようとしたらチェーンが団子状態になってる、ああいう感じ。

この頃、ひもの緩め方とかほどき方がとても下手くそになってしまったようです。

過ぎたるは及ばざるがごとし。
気づかせてくださってありがとうございます。

投稿: のりこ | 2018年9月26日 (水) 21時35分

ふみこさま。

つづきです。。すみません。フワフワした散歩の話。丘の上の家。
庄野さんのおなまえも記名せず失礼しました。ぺこり。

その後の散歩も裏の入口まで。。って。。
そんな目的もないような一瞬「ここはどこなの?」状態
ってからだの中の窮屈の紐をほどいてくれる感じがして
すきなんです。

家の中の居心地の良い場所でホッとするのも大事ですが
その場所をはなれていったん解決をあきらめるような
そんなのんきな心の状態を作ることもわたしにとっては
大事だからそんな散歩好きなんです。

「そんな寄り道ばかりしてないでサー今日はここへいくんじゃー
なかったの。。もー」なんて言ってた主人も「へー浄水場から太郎美術館までのこの上がったり下がったりの道みつけるのってすごいねー。母の塔を
上から見るのって新鮮。。」なんて感じでした。

ふみこさんにもこのよりみちさんぽお届けしたくて
朝から失礼しましたー。
(すぐにお礼のおてがみを書く庄野さん家族を思い出して私も昨日
山の上の家へはがきを書きましたー)

投稿: 真砂 | 2018年9月26日 (水) 09時13分

ふんちゃん皆様こんにちは。
はっはっはっ!まるで私のことを言われているようです!
真面目すぎるゆえの窮屈、です。
でも、自分が思ってるほど緩めも上手にできているのかもしれません。

今日仕事でまだまだだな、というようなことが
別の方に見てもらったら、できるじゃん!と褒めてもらいました。
思っているより、私だけでなくて
みんなできていることって。いっぱいあるはずです!

投稿: たまこ | 2018年9月25日 (火) 20時54分

ふみこさま。おはようございます。

わたしもわたしも。。ふふ。
心が窮屈に感じた時はこころがからっぽになるような
場所にいきたくなります。
近くでは丘散歩とかたまがわまでふらりうごきだします。

それでね。。秋分の日。丘の上の家に。。なぜか
主人も丘散歩すきなのでついてきました。。。
今回は迷わずとことこのぼります。もうすぐというところで
もう一回気合いを入れ急坂をのぼります。ここからのながめは
こころをいつもひろびろさせてくれたのではと。。想像します。

たくさんの方がいらしたので。。ゆずりあいながら
見学している感じが温かくて。。さらに帰りぎわ
「みせていただいてうれしくて。。」とひとことつげたら。。
その方はけいこさんのおかあさまで。。初めて会うわたしに
お父様やお母様のこと。。けいこちゃんはおかあさんになって
お母様によろこんでもらえたこと。。さいごまで台所仕事をなさろうと
していて感動したことなど。。そのような時間をあたえられたことが不思議で
天からのほうびみたいでした。ふみこさーん。ここに書かせてもらったから
かもしれないなーなんて思ってます。

ゆっくりとした気分になれて。。二人で生田緑地の太郎美術館のうらのいりぐちまで。。20分くらいでした。
では皆様いい一日をおすごしくださいね。

投稿: 真砂 | 2018年9月25日 (火) 08時58分

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