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2018年10月の投稿

2018年10月30日 (火)

時間を贈られました

 予定が変更になり、ぽっかり時間が生まれた。
 こういうとき、わたしはどうしたって家にいたい質(たち)である。
 ばんざーいと叫んで、家のなかで仕事をしながら、台所で何かしながら、片づけしながら……という、何が主体なのだかわからないような過ごし方をする。
 とつぜん贈られた時間だから、もうもうでたらめだ。

 この日はこんなふうだった。

仕事の資料を見る。
名刺整理。
昆布巻きをつくる。
散歩。


仕事の資料を見る
 雑誌連載「だから好きな先輩」来年1月号を、オードリー・ヘップバーンに定め、数日前に図書館で写真集を含め3冊の本を借りてきた。
 ときをつくってはページをめくる。読みこんだり、眺めたり、感じたりしているうちに、「さ、書こう」という気持ちになるのを待つ。
 オードリーの生涯、とくに少女時代には第二次世界大戦が大きく横たわっているので、時世を注意深く読みとらなければならない。出生地はベルギーだが、戦時中の大半を過ごしたオランダのアルンヘムの街にドイツ軍が侵攻してきた日の恐怖を、オードリーは生涯忘れなかった。晩年ユニセフの親善大使として、アフリカの荒廃した地を訪れ、子どもたちのための活動をつづけた動機はなんだろう。戦争体験もあるが、それだけではないかもしれない……。と、考えながら机を離れ、台所へ。

布巻きをつくる
 友人からもらった昆布をうれしく乾物の抽斗(ひきだし)にしまって、時が経ってしまった。手にしたとき、昆布巻きをつくろうと決めたのに。
 余裕がなかったからだが、それを認めたくなくて、「かんぴょうがない!」とか「牛肉を買い忘れた」とか、おかしないいわけをしていた。
 わたしの昆布巻きには、牛肉が登場する。
昆布を水につけて戻しておく。
かんぴょうは塩でもんで洗い、布巾で拭く。
牛もも肉を昆布で巻き、かんぴょうを4cm間隔で結ぶ。
鍋に③をならべ(重ならないように)、昆布の戻し汁と酢(少し)をたっぷり注いで煮はじめる。煮立ったら鍋ぶたをし、弱火にして50分ほどことことと(アクをとりながら)。
酒と砂糖を加えてまた30分煮る。
さいごにしょうゆを加えて、煮汁が少なくなるまで煮る。
結んだかんぴょうのあいだを、切り分ける。

名刺整理

 机の上の小箱がいっぱいになった。出先でいただいた名刺を、ことしの春の終わりごろからこの小箱に放りこんで整理していない。1枚1枚見ながら、分類。「ああ、ありがたい出会いだった」と思う人名あり、「こりゃ、誰じゃ?」と記憶に残っていない人名ありだ。
 わたしの名刺の分類法は、こんなふうである。
ING(仕事)
友人
武蔵野市
小中学校/研究発表会の講師
東京都市町村教育委員会連合会関係

大事に思っています

散歩

 昆布巻きを仕上げていたら、夫が熊谷の実家から戻ってきた。
「朝から何も食べてない」と云うのに対し、「だめだねえ」と笑ったが、考えたらこちらも朝からろくなものを食べていないことに気がついた。
「だめな者同士、散歩がてら早夕ごはんを食べに行きましょう」
「蕎麦屋で一杯やろうか」
「いやだ、蕎麦でいっぱい!」
 喉もこころも日本酒と蕎麦に向かって動きだす。

2018_w

散歩先は大好きな場所。
三鷹電車庫跨線橋です。
ここから中央線の線路を見下ろし、
電車に手を振ります。
2018_w_2

この日、電車が短い汽笛を鳴らして
通過しました。
……うれしい!

 〈お知らせ〉
池袋コミュニティ・カレッジ
対談 : 元気なこころのつくり方
医師・診療内科医・歌手 海原純子
随筆家 山本ふみこ

2018
1215日(土)13:00—14:30

受講料:
3,348
(池袋コミュニティ・カレッジ会員は2,808円)

お申しこみ・お問い合わせ

ホームページ <池袋コミカレ>で検索。
でんわ 03-5949-5481

池袋コミュニティ・カレッジ

171-8569東京都豊島区南池袋1-28-1
西武池袋本店 別館8・9階

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2018年10月23日 (火)

ヒロシマ

 やっと広島の地を踏むことができた。

 滋賀県大津市での仕事を終えて、琵琶湖線に飛び乗り、京都へ。博多行きの新幹線で広島に向かった。
 午後3時過ぎ、広島電鉄(路面電車)中電前停留所近くのホテルに入る。
 荷物を置くなり、街へ出る。青空。白い雲が光を孕(はら)んでぽかりぽかりと浮かんでいる。

 原爆ドーム。
 1915年(大正4年)「広島県立商品陳列所」として開館し、その後「広島県産業奨励館」と改称して建っていた煉瓦造り(一部鉄骨)のモダンな建物は、1945年(昭和20年)8月6日午前815 分その一瞬で、現在の姿になった。
 まさか自らが「原爆ドーム」という名で呼ばれるようになり、傷ついた姿をさらしつづけることになるとは、建物は考えていなかったにちがいない。傷ついて破壊されてはいるが、なんともうつくしい……。
 ことばも浮かばず、思考さえ停止させられたようになって、わたしは、元安川をはさんで対岸の「原爆ドーム」を眺めつづける。
 当時、広島に生きたひとたちも誰ひとりとして、このような瞬間を経験するとは夢にも思わなかったのだ。そのことは知っていたつもりだったが、「原爆ドーム」が悲しみを超えた悲しみの声を、かすかにわたしの耳に注いだ。苦悩を超えた苦悩の有り様(よう)を、静かにわたしの胸に突きつけた。

 やっとのことで動けるようになり、ゆっくりゆっくり「国立広島原爆死没者追悼平和祈念館へ。「広島平和祈念資料館」の見学は翌日朝からとする。

 原子爆弾投下のつくった悲しみも、苦悩も、いまなお消えずにつづいているという事実を目の当たりにした。世界で初めての被曝がこの先何を齎(もたら)すものか、誰にもまだ、わからない。
 その厳しい現実のなかにあって、わたしにできることは何か。
 できることは、あるはず。

「ヒロシマさん、また来ます」

G_dome  

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2018年10月16日 (火)

遊び

「あー、くたびれた」

 帰宅するなり、すぐと台所へ。

 ご飯を炊いたり、秋刀魚を焼いたり、「おい、そこの君、大根おろしをたのむ」なんてことを云いながら働くうち、くたくたの「くた」がひとつ消えているのに気づくのだ。
「くたくた」は困るが、「くた」くらいは何ということもない。

 近年、仕事の種類がふえ、量もふえ、責任の有り様(よう)も変化している。

 どうしてこんなことになったのだろう……、と頭を抱えることもなくはないのだが、この巡りあわせが面白くもあり、自分に必要な経験であることが信じられる。
 そうして、なんとひとからはたのしそうに見えるのだとか。

「なんだかたのしそうですね」

「……え、あの」

「お好きなんですね、このお役目」

「……う、その」

 ……え、それから、……う、の先に、自分の苦心を云い募りたい気持ちだってあるのだが、云われてみればそうにちがいない。

 たのしく働いているし、どの仕事も好きなんである。
 で、ついこのあいだ、気がついてしまった。

 わたしは仕事を遊んでいる。


 批難の声が飛んでくるかもしれないのだが、そんなことはかまわない。

 わたしはいつもいつも仕事を遊ぶ。

2018w

このたびは気に入りの道具をご紹介します。
シューズフィッターです。
これにはめておくと、靴が、
のびます。
買った靴がちょっときつめだった、とか、
もう少し幅が広かったならいいのに、とか、
そんなとき、これにはめてしばらくおくのです。
2018w_2

ネジ部分で木型をのばすと、
その分靴はのびてゆくというわけです。
靴幅をのばす「ダボ」は各2個あって、
これは取り外すこともできます。

シューフィッター、活躍しています。

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受講料:
3,348
(池袋コミュニティ・カレッジ会員は2,808円)

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2018年10月 9日 (火)

原発と、アウンサンスーチーと

 夫の、実家(埼玉県熊谷市)での生活は1年半になる。
 はは(85歳)は家の近くの施設で暮らすようになり、ちち(87歳)は実家で農作業をしながら、ゆっくりしたペースで過ごしている。夫は両親を支えながら熊谷の実家で農業をし、家事をこなし、そうして映像作家としての仕事に向き合っている。
 終日はこんなふうに熊谷の家に暮らし、週末になると2日か3日、帰ってくる。
 ところが。
 週末わたしに仕事があると、結局顔を合わさぬままになることも少なくはない。
 夫にあれこれ相談したり、何でもかんでも報告したり、はなしを聞いてもらってきたわたしとしたら、かなりの変化であり、つい先日も「アナタはたくましくなったね」
 と、こんなふう夫から云われて、どぎまぎした。
 たしかにそうなのだ。
 相談相手が遠くに在るため、自分で決めたり、ことを進めたり、ひとりで動いたり、が日常になっている。こう見えて、仕事人間でもあるから、ひとりでだって、たいていのことはできるつもりなのだが、これまでは夫に打ち明けておくことで安心感を得ていた。「こういうことを初めてするのよ」「わたしにできるかしらね」と告げて、受けとめてもらっているだけで、自分にもできそうな気になれるのだった。
 いまは、自分の仕事のことなどは一切はなさないし、安心を得るための相談などはしないでいる。そこを「たくましくなった」と云われることがうれしいのか、さびしいのか……、わからない。
 きっと、たくましく自分を鍛える時期がめぐってきているのだろうな、と思うことには、している。

 最近、夫が帰るたび、けんかになる。

 数週間前は原子力発電所(以下、原発)をめぐってけんか。
 今週はミャンマーのアウンサンスーチー氏をめぐって、けんか、である。
 基本的な考え方にたいした違いはないのだが、はじまると、延延とそれぞれの持つ論理を展開させてゆき、最終的には重箱の隅をつつくような阿呆らしいやりとりとなる。けんかのタネとしては高尚、と評価される向きもあるけれど、じつは、卑近なことでけんかができないもどかしさがそこにはある。

 卑近なことはかなり重要な事ごとであり、それをタネにけんかをはじめると、いま夫とわたしが各各受け持つ生活の、各各ではあってもふたりの根元のところを締めている要がはずれてしまいそうで怖い。原発の問題と、ミャンマーの政情より、自分たちの日常が大事、というのではないけれど、ここが揺らぐと、わたしはたちまち生き辛くなる。

 日常への愛着を失ったわたしは、おそらく一気に弱ってゆくだろう。
 そして日常愛(このことばは、2015年に亡くなった詩人の長田弘が、主題としていたもの。遺してもらった、と感じた)こそを「平和」と位置づけるわたしとしては、自分たちの日常愛を守るために原発の問題を論じ、ミャンマーの「いま」に目を凝らすのだ。

 また、けんかはガス抜きのような一面も持っていて、タネなんかなんでもよく、けんかすることにひたすら意味を求めてもいる。

2018w

のらぼう菜のタネを友だちにもらいました。
この菜っぱ(東京都の西方原産)を
大好きで、無人野菜直売所でみかけると、
これから会議に出る、というときでも、
つい求めてしまいます。
タネが手に入れられるなど、
思ってもみませんでした。
夫に向かって、
「どのくらいのらぼう菜が好きかというとさ……」と、
くどくどやってあきれられました。
タネを蒔いたのち、ときどき報告いたします。

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2018年10月 2日 (火)

結び目

 この項に書いた先週の原稿を、〈来週につづく〉と締めくくったのは、このままでは「律儀」「義侠(心)」「真面目」を軽んじているようで、気が引けてならなかったからだ。

 誰がなんと云おうと、あなたたちは大事です。


 芯にはきっと居てもらいながら、つよい縛りになり過ぎぬようにしたい、窮屈にならぬように、ということをあらためて書いておきたかった。

 先週同様、窮屈をひもに例えるとして……、このひもがつよい縛りになり過ぎぬように、というのは、他者に対してもだし、自らに対しても、である。縛りがきつくなれば窮屈を通り越して追いつめ、苦しめ、終いには萎(しお)れる。
 つまりひもを結ぶ必要はあるが、ぎゅうううっとやらずに、きゅっとゆこうではないか……ということになるだろうか。ほどよい結び目、ほどこうとすればほどけるほどの結び目をつくる感覚で。

 先週あれを書いて、いまこれを書き上げようというあいだに、わたしは長野県北安曇郡白馬村に旅をした。

 東京都武蔵野市の小中学校で20年以上つづけてきたセカンドスクールの活動を見学する目的だ。セカンドスクールは、日常の学校生活をファーストスクールと位置付けての名称であり、児童生徒は小学校セカンドスクール(6泊7日〜7泊8日/小学5年)、中学校セカンドスクール(4泊5日/中学1年)、小学校プレセカンドスクール(2泊3日/小学4年)を経験する。
 行く先は学校ごとに異なるが、セカンドスクールでは新潟県魚沼市、新潟県南魚沼市、新潟県十日町市、富山県南砺市利賀村、群馬県利根郡片品村、長野県飯山市に行き、民宿や農家で分宿して農業体験、山歩き、現地の歴史や風習を学びながら生活する。
 プレセカンドスクールは、セカンドスクールのいわば練習だ。山梨県南都留郡、東京都西多摩郡の民宿やホテルで過ごしながらの生活となる。
 このたびわたしが第一中学校のセカンドスクール後半に、1泊の予定で白馬村に出かけた。
 白馬村でのことは、またいずれどこかに書くとして……。
 東京に帰ろうとして向かった白馬駅で「台風24号の影響であずさ号、中央線、電車はすべて止まりました」と告げられたときのはなしだ。当時白馬村には雨は降っていなかったから、驚いた。同時に東京で待っている仕事や、締切ほかの予定が、ぱしゃっと音をたてて崩れた。だというのに、わたしときたら、こころのなかで「やったね」と小さく叫ぶのだ。
 この瞬間、「これだ!」と思った。
「これだ!」とは、窮屈のひもを縛りすぎない手立てについて。
 そうよ、不慮の出来事(accident)に遭遇したとき、にやりとするくらいの余裕を持とうではないか。これで結び目はかなり具合よくゆるまるはずだ。
 わくわくしながらわたしは白馬駅であずさ26号の払い戻しの手続きをし、スーパーマーケットで連泊用にモスグリーンのTシャツ(300円)1枚と下着を買い、来た道を戻った。一中生のセカンドスクールをさいごまで見届けることができたのは、不意に贈られた幸運としか云い様がない。
 そうしてバスに乗せてもらい、わいわい東京は武蔵野市に帰ってきたのだった。

Photo_2

セカンドスクール最後の日の朝、
白馬の山山の頂に大きな虹がかかりました。
……なんてうれしい。

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