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2018年10月23日 (火)

ヒロシマ

 やっと広島の地を踏むことができた。

 滋賀県大津市での仕事を終えて、琵琶湖線に飛び乗り、京都へ。博多行きの新幹線で広島に向かった。
 午後3時過ぎ、広島電鉄(路面電車)中電前停留所近くのホテルに入る。
 荷物を置くなり、街へ出る。青空。白い雲が光を孕(はら)んでぽかりぽかりと浮かんでいる。

 原爆ドーム。
 1915年(大正4年)「広島県立商品陳列所」として開館し、その後「広島県産業奨励館」と改称して建っていた煉瓦造り(一部鉄骨)のモダンな建物は、1945年(昭和20年)8月6日午前815 分その一瞬で、現在の姿になった。
 まさか自らが「原爆ドーム」という名で呼ばれるようになり、傷ついた姿をさらしつづけることになるとは、建物は考えていなかったにちがいない。傷ついて破壊されてはいるが、なんともうつくしい……。
 ことばも浮かばず、思考さえ停止させられたようになって、わたしは、元安川をはさんで対岸の「原爆ドーム」を眺めつづける。
 当時、広島に生きたひとたちも誰ひとりとして、このような瞬間を経験するとは夢にも思わなかったのだ。そのことは知っていたつもりだったが、「原爆ドーム」が悲しみを超えた悲しみの声を、かすかにわたしの耳に注いだ。苦悩を超えた苦悩の有り様(よう)を、静かにわたしの胸に突きつけた。

 やっとのことで動けるようになり、ゆっくりゆっくり「国立広島原爆死没者追悼平和祈念館へ。「広島平和祈念資料館」の見学は翌日朝からとする。

 原子爆弾投下のつくった悲しみも、苦悩も、いまなお消えずにつづいているという事実を目の当たりにした。世界で初めての被曝がこの先何を齎(もたら)すものか、誰にもまだ、わからない。
 その厳しい現実のなかにあって、わたしにできることは何か。
 できることは、あるはず。

「ヒロシマさん、また来ます」

G_dome  

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「日記」カテゴリの記事

コメント

ふみこさま。おはようございます。

お仕事おつかれさまでした。
そこにある空気をもう一度味わいたくて私も
もうすぐまた宮津にいきます。

多分最終日は大津に抜けて帰る予定です。
米原から船にのって大津へ。そして。。京都へ
という入り方がどうもこころのなかにあって。。
何がそこにあるのかわからないけれど大切なものは
大切にしたいから。

えっ。。また台風が接近?
霧の中の水墨画のような天橋立にあえるかも。。
いるかくんたちまたきてくれるだろうか。。
ではふみこさんみなさんいいいちにをおすごしくださいね。
(こぐまさーん。お誕生日おめでとうございまーす。)

投稿: 真砂 | 2018年10月23日 (火) 09時06分

真砂 さん

おはようございます。

旅というのは、
その機会を許されて……、
その機会を与えられて……、
何かを受けとるように申し送りをされて……
実現するもののように思います。

真砂さんも、そう思って、
背中を押されるように旅しているのでは。ね。

佳い旅を。


投稿: ふみ虫。 | 2018年10月23日 (火) 10時20分

ふみこさま。

こんにちは。
ヒロシマ。
近すぎて行けていません。
いつでも行けるって思うからかなぁ。
原爆についても、考えてみなくちゃいけないなぁと思います。
はるくんが大きくなった世界が平和でありますように。
私は、ちっちゃなことしかできませんが……。

今日は、ヴェノーヴァのレッスンに行ってきました。
保育園の子どもたちに向けてふきたいので、
「おばけなんてないさ」「ぞうさん」「おつかいありさん」
などなど吹いてみました。
むずかしいけどたのしいです。

真砂さん。
ありがとうございまーす。
たのしいこといっぱいの誕生日です!!

投稿: こぐま | 2018年10月23日 (火) 15時59分

ふんちゃん皆様こんにちは。

厳しい現実の中にも、何かできることはあるはず。
なんだか原爆ドーム以外にも通用しそうな言葉ですね。

先週、仕事に速さがついてきたと言いましたが
それでもその日のうちになるべく処理しなきゃいけないことは
残さざるおえない時間になり帰宅する毎日。

フルタイムの人がやっていた仕事を引き継いだといえは
忙しいのはみんな一緒と指導者に言われてしまいました。

もっと理解力のあるスピードも早くつく
戦力になれますように

投稿: たまこ | 2018年10月23日 (火) 21時28分

こぐま さん

こぐまさん、
ぜひ広島へ。
きっと創作にも影響を与えられることと
思います。

旅の意味は、
行った先であたらしい宿題を
あたえられることだと感じています。

ことしは旅が多く、
出かけるたび、人生が変わったな、
と深く思わされました。

こぐまさんは、ことし、
東京にいらしてくださいましたよね。
あの機会だって、
娘として、
お母さまとして、
おばあさまとして、
作家として大きなものだったのでは?


投稿: ふみ虫。 | 2018年10月24日 (水) 10時02分

たまこ さん

速度を考えるとき、
ときどき、こんなコトバを唱えています。

「ゆっくり急ごう」

急ぐだけでもだめだし、
ゆっくりだけでもだめなんですもの。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月24日 (水) 10時03分

こんにちは。
ヒロシマを読ませていただいた後、遠い時間と自分に会いました。
それは高校の修学旅行が広島、原爆ドームがコースに入っていました。
初めて見た、言葉では上手く表現できない衝撃だつたのです。
頭で知っていたつもりが本当のことは何も知らなかった、心が揺れたこと。私はゆっくりしすぎたのかバスの集合時間に遅れて皆を待たせてしまったのです。「すみません」と詫びると担任は「そうか」と優しい言葉でした。
数年前にむぎわら帽子をかぶって「この子たちの夏」の朗読に参加の声がかかりました。成し遂げるだけのエネルギーがなくお断りしましたが今の自分なら挑戦してみたい。「ヒロシマ」は私に普通に暮らすことの大切さを教える。

投稿: ユリの木の花子 | 2018年10月24日 (水) 10時22分

ユリの木の花子 さん

そうでしたか。
やさしいせんせいは、
ユリの木の花子さんの〈なか〉で起きたことを
察してくださったのですね。

わたしが訪れた日も、
若い学生さんがたくさんいました。
「もう、帰りたい」
と呟いた少女にも会いました。
その気持ちが大事、恐ろしさを
噛み締められてよかった……と、
思ったことでした。

また訪ねたいです。


投稿: ふみ虫。 | 2018年10月24日 (水) 14時05分

ふんちゃん

ヒロシマ。
いつか行ってみたい場所です。

お父さんが亡くなる前…
これが最後かもしれないね…と、沖縄へ家族旅行に行きました。
その時、ひめゆりの塔へ。
そこで、あの穴の近くに行ったとき、私の足はすくみ、息が詰まり、涙が流れ出ました。
ことばは、何も浮かばない状態で、ただただ何かが、私に何かがふってきたようでした。
あの感覚は、今でも覚えています。
そして、忘れてはならないと思いました。

最近、ラジオで、札幌にも、小さな原爆ドームがあることを知りました。一軒家を原爆ドームにかたどった形に作り変えた建物らしく、中には、被曝したモノたちが展示されているらしいのです。
子どもたちと一緒に行きたいなぁ…と思っている場所です。
私にできることは、子どもたちに伝えることだなぁと、思ったりして…。

そしてね…
ふんちゃん。私にも、旅の機会が降ってきました。
明日から、娘と2人。
新幹線に乗って奈良へ行くことになりました。
行き帰りと、東京に泊まります。
ふんちゃんと同じ空が見られるかなぁと、
それも愉しみです(^^)

投稿: もも(^-^) | 2018年10月25日 (木) 16時06分

もも(^-^)ちゃん

お嬢さんとの旅。

わたしも切望していたのが、それ!です。
よく機会をつくられました。

東京を通過することにも、
大きなよろこびを感じますが、
ももちゃん母娘の旅をまぶしくみつめつつ、
こころのなかでそっと応援しちゃおうっと。

ちっちゃな奇跡が、
訪れますように。
おいしいものと出合ったり。
うつくしいものをみつけたり。
やさしい何かに触れることができたり。

そうして無事に帰るのです。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月25日 (木) 22時39分

ふみこさま、みなさま

私も息子達も小学校の修学旅行先が広島でした。

息子達は旅行に行くだけでなく、その前後に、ヒロシマの原爆投下について学習し、沈潜する時間をたっぷりと与えていただいていました。

いつの日か、それぞれの「栞」になることを願います。

今年の5月、仕事でアメリカ人ご夫婦の京都観光にお伴しました。お二人とも80代、ご主人は健脚だったのですが、奥様は腰痛や関節痛のため、寺社仏閣も門の前でお一人ちょこんと座って私たち二人が出てくるのを待っておられました。ですので観光は早送りして、そのあと甘味処で抹茶と和菓子をいただきくつろいでいたとき、お二人は戦争のことを話されました。

「日本に来たのはHIROSHIMAにどうしても行きたかったからだよ」。
「HIROSHIMAにはほんとうに申し訳ないことをしたわ」と。。。

70年以上時を経ても過去にはならない事がある。
痛む体を押しても、見届けたい強い気持ちがある。

私ももう一度、広島に行ってみようと思っています。


投稿: 円 | 2018年10月26日 (金) 23時20分

ふみこさん
もも(^-^)さん

私も この週末 東京です!
実は先週末も 東京でした。
次男が 再び 元気がないのです。

もも(^-^)さん お互い踏ん張りましょうね。

ふみこさん わたし 踏ん張りますね。

投稿: 大野 | 2018年10月26日 (金) 23時46分

ふみこ様 おはようございます

施設でお世話になっている父は 昭和7年生まれです。
施設で過ごすようになってから
今まで聞いたことがなかった話を
たくさん聞く機会があります

旅行好きだった両親は いろんなところを旅しましたが
沖縄 広島 長崎はどうしても行けなかったと言います
すっかり おばあさんになってしまうかもしれないけれど
いつか 広島に行きたいと思います。

ここにきて 皆さんのお話を聞いて
「どうか みんなの背負っているものが
 軽くなるように・・・」と思い
私もと、深呼吸して帰ります

ふみこさん 朝夕の空気が ピーンとなってきましたよ。

投稿: えぞももんが | 2018年10月28日 (日) 05時59分

おはようございます。
毎日、朝に晩に空を眺めます。
しんどいとき、人はね、1つ背負っているものがあるだけで十分という言葉を支えに。今日は大野さんのことを思いながら空に向かってエールを贈りました。

投稿: ユリの木の花子 | 2018年10月28日 (日) 06時38分

ふんちゃんへ

宮城の前に広島県の隣り山口県岩国市に住んでました。
ヒロシマへ行く機会も多かったです。
でも、原爆ドームへは一度だけしか行けませんでした。
引っ越してから沖縄へ家族で夏休み旅行したとき あまりの空気の重さに驚きました。
私が勝手にそう思ってるだけかもしれませんが......。
長崎にもきちんと訪れてみたいと考えてます。

色々な事がありますが、ここに集うみなさんが楽しく過ごせること祈ります。
最近気持ち良く晴れて夜にきれいなお月さまが見られて幸せです。

投稿: ハチミツ | 2018年10月28日 (日) 08時00分

ふみこさま。おはようございます。

おかげさまで台風くんに接近されずに無事もどってきましたー。

日向ぼっこの自然の音に耳を澄ますの真似してのんびりしてきました。
ふみこさんが書いて下さったようにたくさんの贈り物いただいて。。

10月なのにさすが日本海からの冷たい空気がはいるせいか
2階の部屋の木々の先端の葉が紅葉していていたり
お墓参りをしたあとにたくさんのとんぼにかこまれたり。。
郷土資料館ではちょうどその日から丹後がなぜ自由民権運動がさかん
だったかの展示がおこなわれていたり。。

最終日に訪れた河井寛次郎記念館では日曜日なのにすいていて
河井さんさくの手作りの椅子が「ようこそ。。」と語りかけてくれるようで
した。五条坂のひとびとをつねにあたたかくむかえいれるのが
好きだったという寛次郎さんのその温かな心がどの作品からも
あふれていて畳にいた猫さんもおひるね中でした。
私も目の前にいる人、モノ、自然。。もっともっと大切にむかいあいたい
とおもいます。ゆらゆらボーっとしたモードの文章失礼しました。
ふみこさん。皆さん。いい一日をおすごしくださいね。

投稿: 真砂 | 2018年10月29日 (月) 08時52分

円 さん

すばらしいお仕事をお持ちですね。
アメリカ人ご夫妻のおはなし、
しみじみありがたく受けとりました。

わたしは、そんなふうに云えるだろうか。
戦争のときには申しわけないことをしました、と。

いまだって、相当申しわけないことをしていると
思うのですが、それは血虚奥自分のせいでも
あるのだと、思うんです。
そのことを知って、声も上げないし、
そのことを知って、何もしないからです。

いいおはなしを聞かせてくださり、
ありがとうございました。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月29日 (月) 10時11分

大野 さん

わたし、思うんです。
誰しも、
元気のない状態に陥る権利がある。
傷つく権利もある。

そうして、ひとはだんだん成長してゆくんだと。

心配はし過ぎないで、
王子さまを甘やかしてさしあげてほしい……です。

どんな週末だっただろう。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月29日 (月) 10時13分

えぞももんが さん

わたしは、両親に戦時中のはなしを
断片的にしか聞けなかったなあ。
いまさら、そんなこと云っても
遅いのですけれども、
先輩たちのおはなしを聞いてまわろうと
思います。

そう云えば、両親も、
沖縄に旅したとき、
「ひめゆりの塔」に行けなかった、と
話してくれました。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月29日 (月) 10時18分

ユリの木の花子 さん

どうもありがとうございます。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月29日 (月) 10時19分

ハチミツ さん

岩国。
行ってみたいです。

来年、山口県に行く仕事が決まっているので、
行けそうな気がしています。

さて、 ハチミツさん、
いろいろなことがあっても、
この広場に集う人びとがたのしく……と
書いてくださってありがとうございます。

ほんとうにそうですね。
重ねて……。
どんなときにも明るい気持ちを忘れないで
いられますように。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月29日 (月) 10時22分

真砂 さん

旅の記憶を置いてくださり、
どうもありがとうございます。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月29日 (月) 10時23分

山本ふみこさま

こんにちはー!
人災も天災も、それとは比べものにならないほどの小さな災いであっても受けた身にはつらいもので、自分事も他人事も、叶わないのに1秒でも前に戻れれば・・・と思ってしまいます。

どんな過去も消せないし、過ぎた時間ももとには戻らないけれど、時は止まることなく進んでいくのですよね。
前を向いて上を向いて踏ん張っていればどうにかなるかな~。
いつもありがとうございます。

投稿: のりこ | 2018年10月29日 (月) 14時47分

ふみさまみなさまこんばんは。

なんだかあっという間に10月が終わっていきますね。
毎年発表会は10月だったけど、今年は9月末に終えることができたから、
さぞかし、ゆっくり秋を満喫できるかな・・とちょこっと思っていたのですが、結局バタバタしている間に11月がやってきちゃいます。

なんと、今度は実家の井戸水のポンプが壊れました。
実家は井戸水しかひいてないので、手をあらうことすら、お手洗いをすますことすらできなくなってしまいました・・・。
茫然・・・・。

今年は本当にいろいろ降ってきております。

でも、
お水、大事なので、誰も住んでいないおうちとはいえ、お水がでないと誰も訪ねることもできないおうちになっていってしまうので、
がんばって調べて、なおしますよ!!なんのこれしき!!

昨日は井戸ポンプのまわりの茂りに茂ってしまっていた草刈りを蚊に刺されまくりながら行いました。その間、台風によって倒れてしまった木をだんなさんと友人のだんなさんがチェンソーで切って安全を確保したりしてくださいました。本当にありがたい。秋深しのこの時期に3人で汗だくだくでした((笑)

もう、私しか、この実家を守れる者がおりませんので、さまざまに考えて不安になることも多々あるのですがね。でもまずはお水確保です。来週ポンプやさんが状態を見にきてくれるてはずを整えました。どうか、お水が出るようになりますように。

ヒロシマが大変なことになってしまった時、私は生まれていなかったけど、
私の父母らはすでに生きていた時なのですよね・・・。
まだ、ほんのちょっとしか経っていないのに、時代はどんどん記憶を薄くしていってしまいます。
忘れないように。そして私たちが繰り返すようなことにならないように導かなくてはいけませんね。
自分のまわりのたった一人がいなくなっただけでもこんなにさまざまに心が痛いのに、何十万が一度に一瞬で亡くなってしまうなんて・・・。想像ができません。しかも避けられない天災ではないのですから・・・。

この世とあの世にかかる橋の、こちら側にいる私たちはさまざまなものや、人を守りながら、強く生き抜いていきたいし、迷い不安な方々を共に支えて行きたいと思わずにはいられません。ちいいさなちいさな力しか持っていなくても。

この空はみなさんと繋がっているんだなあ・・・と綺麗なお月さまをみながら、思いそして祈ってます。

投稿: おきょうさん | 2018年10月29日 (月) 18時07分

のりこ さん

ほんとうにね。
一瞬の重みに押しつぶされそうになる。
時計を反対方向に、と思うことも
しばしばです。

でも、「死」に向かって
すすむヒトとしての宿命を受け容れて
よりよく生きようとする。
そういうふうにありたいと、
自分に云い聞かせて……います。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月29日 (月) 18時52分

おきょうさん さん

井戸!

そりゃ大変!と思いながら、
なんとうらやましい!と叫んでおりまする。

なおりますとも。
おきょうさん さんが受け継ぐ井戸ですもの。
きっとダイジョウブ。

何が起きても、
起きたことがどんなものであっても、
いつもいい面をみつけようとする、
学ぼうとするおきょうさんに、
どれほど勇気をもらったことか。

……ありがとうね。

井戸のことは、わたしも祈っています。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月29日 (月) 18時57分

ふみこさま。

調子の悪いパソコンくんと格闘しながら、
コメント書かせてもらっています。

土曜・日曜とお祭りでした。
ばら寿司、作りました!
1升5合。
多かったかなと思ったけど、きれいになくなりました。
はるくん、大喜びの祭りでした。

来月、ヒロシマに行ってきます。

投稿: こぐま | 2018年10月29日 (月) 19時26分

こぐま さん

ばら寿司!

広島!

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月29日 (月) 21時51分

ふみこさま 

夜遅くに こんばんは

昔、長崎に旅しました。
原爆資料館、永井博士の如己堂(と、うちらの本箱)…ずっと昔でしたが、心に残る旅でした。
ヒロシマはまだ行ったことがないのですが、こうの史代さんの『夕凪の街 桜の国』(何度かドラマ化もされていますが)この夏も読みました。
いつか行きたいです。

今からでも少しでも できることありますよね。

投稿: あすちるべ | 2018年10月30日 (火) 00時17分

あすちるべ さん

できることはある。
と、信じたこころにだけ、
「道」が見えてくるのかもしれませんね。

長崎を訪ねたのは中学3年の夏でした。
わたしは、つぎ、長崎をめざそう……。
あすちるべ さんは、広島ね。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月30日 (火) 09時07分

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