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2018年10月 9日 (火)

原発と、アウンサンスーチーと

 夫の、実家(埼玉県熊谷市)での生活は1年半になる。
 はは(85歳)は家の近くの施設で暮らすようになり、ちち(87歳)は実家で農作業をしながら、ゆっくりしたペースで過ごしている。夫は両親を支えながら熊谷の実家で農業をし、家事をこなし、そうして映像作家としての仕事に向き合っている。
 終日はこんなふうに熊谷の家に暮らし、週末になると2日か3日、帰ってくる。
 ところが。
 週末わたしに仕事があると、結局顔を合わさぬままになることも少なくはない。
 夫にあれこれ相談したり、何でもかんでも報告したり、はなしを聞いてもらってきたわたしとしたら、かなりの変化であり、つい先日も「アナタはたくましくなったね」
 と、こんなふう夫から云われて、どぎまぎした。
 たしかにそうなのだ。
 相談相手が遠くに在るため、自分で決めたり、ことを進めたり、ひとりで動いたり、が日常になっている。こう見えて、仕事人間でもあるから、ひとりでだって、たいていのことはできるつもりなのだが、これまでは夫に打ち明けておくことで安心感を得ていた。「こういうことを初めてするのよ」「わたしにできるかしらね」と告げて、受けとめてもらっているだけで、自分にもできそうな気になれるのだった。
 いまは、自分の仕事のことなどは一切はなさないし、安心を得るための相談などはしないでいる。そこを「たくましくなった」と云われることがうれしいのか、さびしいのか……、わからない。
 きっと、たくましく自分を鍛える時期がめぐってきているのだろうな、と思うことには、している。

 最近、夫が帰るたび、けんかになる。

 数週間前は原子力発電所(以下、原発)をめぐってけんか。
 今週はミャンマーのアウンサンスーチー氏をめぐって、けんか、である。
 基本的な考え方にたいした違いはないのだが、はじまると、延延とそれぞれの持つ論理を展開させてゆき、最終的には重箱の隅をつつくような阿呆らしいやりとりとなる。けんかのタネとしては高尚、と評価される向きもあるけれど、じつは、卑近なことでけんかができないもどかしさがそこにはある。

 卑近なことはかなり重要な事ごとであり、それをタネにけんかをはじめると、いま夫とわたしが各各受け持つ生活の、各各ではあってもふたりの根元のところを締めている要がはずれてしまいそうで怖い。原発の問題と、ミャンマーの政情より、自分たちの日常が大事、というのではないけれど、ここが揺らぐと、わたしはたちまち生き辛くなる。

 日常への愛着を失ったわたしは、おそらく一気に弱ってゆくだろう。
 そして日常愛(このことばは、2015年に亡くなった詩人の長田弘が、主題としていたもの。遺してもらった、と感じた)こそを「平和」と位置づけるわたしとしては、自分たちの日常愛を守るために原発の問題を論じ、ミャンマーの「いま」に目を凝らすのだ。

 また、けんかはガス抜きのような一面も持っていて、タネなんかなんでもよく、けんかすることにひたすら意味を求めてもいる。

2018w

のらぼう菜のタネを友だちにもらいました。
この菜っぱ(東京都の西方原産)を
大好きで、無人野菜直売所でみかけると、
これから会議に出る、というときでも、
つい求めてしまいます。
タネが手に入れられるなど、
思ってもみませんでした。
夫に向かって、
「どのくらいのらぼう菜が好きかというとさ……」と、
くどくどやってあきれられました。
タネを蒔いたのち、ときどき報告いたします。

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「日記」カテゴリの記事

コメント

ふみこさま。おはようございます。

「どのくらいすきかというとさ。。」と
くどくど言える相手が生活の中に存在する幸せ。。

本当にそうだなあーと。。けっこうしつこく自分の好みを
わかってもらいたくて何回もいってしまう自分をなぐさめて
もらえてうれしいですー。

先日の換気扇もなんであんなにショックだったか
くどくど話してたなあー。音が気になるからいろいろな
メーカーのショールームでいろいろ確認して設置した
ヤマハの「サイクロン」くん。なんと台風の風でやられるなんて
びっくりで。。でも同時にその先週前の東南アジアでの地震被害
の大きさにも心をいためていたし。。使い方が悪いんじゃないですー
みたいな気持をねしっかりはきだせてすっきりですー。

きのうの練習でも発散しようとしたのか「すごい集中力じゃない。。」
なんてほめられちゃいました。また第九はじまりましたー。
迷いはなく走り抜けますー。大好きな家。大好きな仲間たち。
大好きなふみこさんのこの広場に支えられて。。
「どれくらいこの広場がすきかというとね。。」ありがとう。ふみこさん。

投稿: 真砂 | 2018年10月 9日 (火) 11時33分

ふんちゃん皆様こんにちは。
ふんちゃんは旦那様の存在をとっても大事にしているのですね。なんとかなく寂しそうに感じました。

ケンカでも会話をしているだけで
コミュニケーションとっているような気がします。


先週ふんちゃんにはばれてましたが笑
実は大風邪を引いています。(まだ完治してませんが)

家族みんなが家事はしないで寝ること、と命令を出してくれました。
そして坊や。あれだけミルク?哺乳瓶嫌いだったのに
かーちゃんの危機を察してすんなり飲むわ飲むわ笑

ストローもすんなり使いとっても良い子の坊やなのでした。
そして笛も吹けるようになり
かーちゃんを喜ばせましたとさ。

投稿: たまこ | 2018年10月 9日 (火) 12時55分

わたしの夫も北海道の実家の町へ移動してしまった。事情は同じではないけれど、相談相手そして相槌打ち合う仲だったことに気づき、今更のように不在が堪えております。
うちの場合は半年経つ間に一度しか帰ってきていない。そこで、こちらから押しかけるのです。もうすぐ、二度目を実行予定。結局ささいなことでけんかする羽目になるのは見えているのですがね。共白髪への道は平坦ではないようです。

投稿: Liu | 2018年10月 9日 (火) 22時00分

真砂 さん

第九。
はじまりますね。
ひとつの旅が、またはじまりますね。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月10日 (水) 10時30分

たまこ さん

お風邪、大事にしてください。
坊やちゃんの笛や笑い声を
聞きながら、うとうとうとうとしてくださいね。

きょうまでよくがんばったもの。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月10日 (水) 10時32分

Liu さん

わかります。
どうということでない場面での
共感や相槌がないのが、
堪えますよね。

仕事上の決定など、
意外と重大なこともさくさく決めて
進めたいるのに、不思議です。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月10日 (水) 10時33分

ふみこ様

うちも何でこんなことで喧嘩しちゃったんだろう・・・
ということが続いた時期がありました。
何が正しいとか
どちらが正しいのかに決着をつけたい気持ちの底にあるもの。
はっ! 大切に思ってくれてると感じたかった。
わたしの方が正しいと認めさせることで
大切にされてると感じたかった。
これはわたしの場合だけかもしれないのですが。

それからは自分ことを自分で大切にして
パートナーのことも意見が違ってるけど
それでも大切な存在だと思っていることを口で言ったり、
態度で伝えるようにしました。
かなり照れくさい^^
言っていることや思っていることがバラバラでも
苦痛なく一緒の空間におさまる二人になりました。

もっとうんと若かった時は喧嘩もどこかおもしろかった。
今は消耗してドーンと疲れるようになったので
意見が違うことが決定的なことにならなくなりました。
わたし・・・年とりました。
でも、それもいい感じです。

投稿: ゆるりんりん | 2018年10月10日 (水) 19時16分

ゆるりんりん さん

けんかのなかみ、動機は、
年代にもより、
そのときどきの事情にもより……。

それにうっかり、
気分的に走りだすけんかもありますよね。
気分的、というのは手に負えない。
ガス抜きにはなるけれど、
ふり返ると、でたらめな展開に
顔が赤くなります。

ゆるりんりんさん、
わたしも年をとりました(笑)。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月11日 (木) 09時37分

ふみこさま。

「ひとつの旅。。。」とかいてくださって。。

長田弘さんのグレングールドの9分32秒という作品
思い出しました。ワーグナーのマイスタージンガーの前奏曲の時間。

すごく好きな曲ですが。グールドさんのピアノ編になると
また違った魅力が浮かび上がってくる感じがします。
分秒という流れでなく。。日常のあらゆる瞬間にある
美しいものをすくい取れる作者のこころにはなにがうかびあがったのでしょうか。。
そんな事言っていたら。。あらあら不思議です。
この曲を2018年年越しに演奏することになりそうですー。
ふみこさんもこの曲すきですか?

日常にある大切なものといえば。。
ふみこさーん。写真の種くんたち。ころころころがしたらいい音
きかせてくれそうですね。。ふふ。昨日鎌倉の波の音楽しんできました。
これもすごく大切なもの。充電完了でーす。
(だって第九は1時間以上長いですー。。)

投稿: 真砂 | 2018年10月11日 (木) 13時25分

ふみ虫さま。

喜びと悲しみは姉妹である。
真の喜びを知ったとき、真の悲しみを知り、真の悲しみを知ったとき、ひとは真の喜びを知る。

なんだか偉いひとの警句みたいなかんじで、もしかしたらそういう警句が実際あるかもしれませんね。
神話にも似たようなはなしがあったような。

それはともかく、なにごとも表裏一体だな、と今回のふみ虫さまのものを読み、おもい。
『100万回生きたねこ』も連想されますが。

おふたりの関係性に。

築き上げられたものなんですよね。

喧嘩の火花が、まぶしい。


投稿: 佐々木広治 | 2018年10月11日 (木) 17時05分

ふみこさま。

日常愛っていい言葉ですね。
わたしも、読み聞かせをしたり、オカリナを吹いたり、
ヴェノーヴァを練習したりの毎日がたのしいです。
日常って大事ですよね。

今日は、プレママさんに読み聞かせをさせてもらいました。
オカリナで「ゆりかごの歌」を吹いたり、楽しいひとときでした。

主人とは、けんかもしなくなりました。
なんとなくごきげんな二人でいたいと思っています。

では、またぁ。

投稿: こぐま | 2018年10月12日 (金) 13時01分

真砂 さん

♩♫ ソラソド。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月13日 (土) 15時54分

佐々木広治 さん

よろこびと悲しみは、
関係性も深いなあ、と思います。

よろこびのなかには悲しみが含まれており……、
悲しみのなかにはよろこびが潜んでいる……。

そうか姉妹ね。
ときどきけんかもするのかしら。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月13日 (土) 15時57分

こぐま さん

ごきげんなおふたりさん。

素敵な道標。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月13日 (土) 15時58分

ふみこ様 おはようございます

ラジオの天気予報で 
今週 山間部では雪が積もるところがある
と言っていました。初雪になるかもしれません。


震源地に近かった町では いまでも避難生活が続いており
札幌でも 液状化で 家に住めなくなってしまった方がいて
これから 冬に向かっての生活 不安材料は多いです。

札幌でも一日に何度か 揺れを感じる毎日です。
私は 地震の後 いまでは 何事もなかったように
何時の暮らしができていて
余震がある度に 「忘れてはいけない」と 
念を押されていると感じています。

「日常愛」 いい言葉です

ずいぶん前になるのですが
かなり大きめの 夫婦喧嘩をしたことがありました
それは 原発や、アウンサンスーチーさんのことではなかったので
かなり 長引いて・・辛かったなぁ・・の記憶だけが残っています
けんかは やっぱり むずかしい(笑) 

投稿: えぞももんが | 2018年10月14日 (日) 06時33分

えぞももんが さん

けんかは……、
お互いのあいだに必然的に
起こる場合もあります。

油断から起こる場合もあります。

わたしは後者ばかり。
気を許した夫とのあいだにしか起こりません。
この油断を、いまは許してもらっていますが、
戒めたい思いを持っています。

エネルギーを使うからです。
このエネルギーを、他に向けたい。
大それたことでなくても、
日常に向け、そこに愛着が生まれる、
というふうにゆきたいな、と。


投稿: ふみ虫。 | 2018年10月14日 (日) 09時36分

ふんちゃん

 私も…、 
 最近、夫に頼れてない気がしていました。
 
 私は、ものごとをことばで伝えたり、
 整理することがうまくできない。
 と感じていて、
 いざという時には、ことばで整理したがり、
 文章に書いてようやく落ち着くということをしている気がするのですが、
 夫に自分の考えや感じを伝えるとなるとうまくできない。
 それでけんかにもなる。
 ということをしてきていた気がします。
 
 ただ、今回の娘のことに関しては、
 夫が頼りなく感じました。
 リクツではない。
 リクツでは通じない。
 リクツをこねると、見えなくなる。
 ということを、娘に教えられている気がしていて…。
 夫は、なんとかしようとして、
 ことばにしようとしてくれていました。
 私のことも、ことばで励ましたり…。
 嬉しかったし、それを頼りにもしていました。
 が、娘と向き合う時、それはかえって邪魔になる
 という体験をしました。

 このことをきっかけに、
 ああ、私は自立しなければならないんだなぁと思ったりもしたのです。
 私は、ふだん、きっと何かを感じたりしているのです。
 あとで考えてみたら、あの感じが、
 かけらのような感じが、私に何かを伝えてきていたではないか…と
 思うことが度々ありました。
 けれど、それがあまりにも曖昧で、不確かで、
 私自身、自分の意識にのぼらせることもできないで過ぎていました。
 この感覚を、ちゃんと信じよう。
 つかみとろう。
 そうすることで、私は、私に自信がもてる気がしたのです。
 なので、これが私の自立への一歩。
 娘のことだけでなく、ずっと昔からこの感覚はありました。
 ああ、あの時…。っていう感じ。
 しっかりと受け止められるような私になりたいなぁと思います。
 そのためには、しっかりと、ゆっくりと、
 毎日を味わわなければならない気がしてもいます。
 何気ないことをだいじに、だいじに…。

 ふんちゃん。
 学ばせてもらってる というステキなことばをありがとうございました。
 とても、励まされています。
 毎日、娘から学んでいる感じです。

 今まで、仕事で出逢ってきた人たちのことを分かっていたつもりだったけれど、
 全然違ったな…と思わされる毎日です。
 
 地震。
 私も、えぞももんがさんと一緒です。
 揺れるたびに、「忘れてはいけない」と思います。
 これも、だいじに感じたいと思って過ごしています。

 揺れること、娘のこと。
 宝物になりました。

投稿: もも(^_^) | 2018年10月14日 (日) 15時04分

ふみさまみなさまこんばんは。

同じ曜日の同じ時間なのに、もうすっかり『こんばんは』のごいさつがちょうどよい日の短さになってきてしまいました。少し寒い。風邪をひいては大変と、冷え取り靴下重ね履きしちゃいました。ふみさまは裸足にお草履でしょうか?

さまざまに、
本当にみなさまさまざまに
大きな身の回り変化や、自分の心持ちや、人とのかかわり方や、時間の経ち方などなどとしっかり向き合っていらっしゃるんだなあ思います。


それは今のわたしの力になったり、道標となったり、はげましになったり、目標にになったり、しております。そしてこんな私ですが、全力でみなさんを応援していたいとも。

弟がお墓に入り、ひとつけじめをつけられても、今年はなんなんだろう・・というくらい私のまわりも問題が山積でございます。


今度は主人の90歳になる父が大きな手術を終え退院することになり、今年の初めに腰を圧迫骨折した母との、バリアフリーとは180度違う築48年の一軒家での2人暮らしは完全に不可能になってしまい、今は主人お姉さんがふみさまのご主人さまのように、家族のもとをはなれ、自分の生活の場を実家に移して、つききりで一緒に暮らしてくださってはいるのですが、その綱渡りもいつまで出来るのか・・・。

今までは施設で暮らす私の母の支え方が私にとっての一番の考えるべきことであったのに
びゅ~~~ンとさまざまな問題が彼女を飛び越え私に降ってきている状態になっております。週に何度か訪ねる母のところで、一緒にお茶をいただいたり、施設での出来事などを小さな声で話してくれたりしているのを聞いている時間が今は私の癒しにさえなっているくらいになりました。

ふとね。
逃げたくなっちゃう。
与論島とか・・・

なんも考えたくな~~~い。ってね。((笑)

でも、みなさんとともに、今の人生を全力で駆け抜けていく今こそが、後から思えばなんとも幸せだったと思える日もきますよね。絶対。
なんてったって全力だせる事ができるなんてあとどれくらいできるかしら?なのだし、大人になってからはとサボること、楽することばかり考えてたからなあ。


けんか、上等。
心でクサクサしたことをぶつけるって、パワーがいります。
あきらめて適当に流しちゃうよりずっとよい。パワーがあるからこそ戦える!負けるなふみさま(笑)
花火のパチパチも外から見れば美しい火花。
→花火を持っている人はちょっとドキドキ。でも、また次の花火をやってみたくなる。今度はどんな火花かな?

怒ったり、悩んだり、笑ったり、悲しんだり、一人そっと胸にしまったり、そんな心の変化も、
自分でしっかり100%『自分の気持ち』として正しく認知ができる、感じることが出来る今なんだもの、この『時』が本当に愛おしい気持ちです。

これも、90歳の父を見舞ったときに、父から教えてもらった事なのですね。

投稿: おきょうさん | 2018年10月15日 (月) 18時04分

もも(^_^)ちゃん

「一大事」に取り組むときの
方法は、ひとつじゃないんですよね。

パートナーとの取り組みのちがい。
本人との取り組みの温度差。
相談者との取り組みの方向性のちがい。
自分自身との取り組みのアンバランス。

読もうとしても読めない。
……読もうとしてはいけないのかもしれない。

わたしはわたしにできることをします。
あなたも、あなたにできることをお願いします。
とか云いながら(思いながら)、
それぞれの「できること」がまるきりそろっていないことに
苛立ったりする。

ももちゃん、でも、わたしたちは守られている。
それさえ信じられれば、ちっちゃな「ちがい」なんか、
あったほうがいいくらいだ。
……と、わたしは考えます。

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月15日 (月) 19時51分

おきょうさん さん

いつか与論島に、
いっしょに逃げよう……。

それをたのしみに、
いまのあれやこれやに、向き合おう。

向き合わないと、
与論島には行けそうにないからです。

お金で切符は変えても……、
名物はみつけられても……、
なんとなく浜で寝そべることはできても……、

ほんとうには「行けない」からです。
守られながら努めよう。


投稿: ふみ虫。 | 2018年10月15日 (月) 20時02分

山本ふみこさま

こんばんはー!
ふみこさま、そして皆さまも、いろんなものを抱えながらもしっかり踏みしめて生きていらっしゃる力が伝わってきます。

私も、夫 娘 父 母 義父 義母 それぞれに使わなくてはいけない時間配分がうまくできなくて頭の中が沈殿しています。
だからといって、24時間自分のことだけ考えて自分にだけ使えていたあの頃が幸せだったかというと、振り返るとそうでもなくて、今も不幸せではないのです。
わかっているのに、あがいたりもがいたり。

皆さまの踏ん張りを真似して、私も踏ん張ろう!と思いました。
いつもありがとうございます。

投稿: 原範子 | 2018年10月15日 (月) 23時20分

山本ふみこさま

すみません
また名前を間違えて送信してしまいました(笑)
慣れなくてごめんなさい

原範子×
のりこ○

投稿: のりこ | 2018年10月15日 (月) 23時24分

原範子 さん

おばんです。

なんだかしみじみうれしいおたよりを
いただいたな、と思います。
どうもありがとうございます。

……わかるなあ。

いまも不幸せではない。

という気持ち。
でも、ちょっとガス抜きは必要で。

ここに愚痴みたいなことをおい置きにきて
くださっても……、どうか。
わたしも、皆さんに打ち明けて、
勇気を得ているんだわ、と気づいた次第。

ありがとう!ございます 原範子さん!

投稿: ふみ虫。 | 2018年10月15日 (月) 23時40分

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