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2018年11月の投稿

2018年11月27日 (火)

あたらしい一年

「ここは、どこだろう」
 目覚めたとき、一瞬わからなくなったが、昨日という時間はすぐよみがえった。
 山梨県下部温泉。
 ここでわたしは60歳の誕生日を迎えた。

 前の日、甲府駅から身延線の各駅停車に乗り、ひと駅ひと駅停まるばかりでなく、基本的に単線であるから、反対方向から来る電車と行き違うため、幾度か駅で待ちながら、ゆっくりゆっくり下部温泉駅にまでたどり着いた。

 このときすでに、わたしのネジは少し緩みはじめていたかもしれない。
 というか、緩めたいと希うようになっていたかもしれない。

 継ぐ日は身延山久遠寺の三門から本堂までを結ぶ梯(=かいだん)をこれまた一段一段のぼった。
287段をのぼりきれば涅槃(ねはん)に達するという意味を持つ梯で、「南無阿弥陀仏」の7字になぞらえ、7区分に分かれている。
 手すりにつかまりながら、ゆっくりゆっくり。

 どうやら、わたしのあたらしい1年のめあては、これであるらしい。


 一歩一歩。

 一段一段。
 一日一日。
 一瞬一瞬。

 過程(=プロセス)を大切に進むことを促されているようでもある。

 梯をのぼることは、生きるよろこびにつながっていると信じて、それを証明してみたい思いがふつふつと湧くのである。
 そう云えば、この日、わたしより年齢の高いひとたちが、久遠寺の梯をのぼってゆくのを見た。疑うことなく、一段一段のぼってゆく普段着の背中は、どのくらい行けば本堂までたどり着くかを知っている背中だった。こうしてのぼってゆけば、上にまで行けることを信じる背中。

 本堂に到達しようというときのことだ。

 ホトトギスが鳴いた。
 子どものころ「トウキョウトッキョ キョカキョク」と鳴くのはホトトギス、とおしえられたとおりのはっきりとした声だ。
 こんなところにも生きるよろこびは隠されている。
 うつくしい五重塔を見上げながら、さらに先へと歩を進める。明治8年の大火による消失より134年ぶりによみがえったそうだ(2009年)。400年前に建てられたときの設計と工法を用いての復元・再建が実現している。

「ロープウェイで身延山頂に着いたら、お団子を」

 と、ひとりの青年に声をかけられた。
 キャップをかぶって、小さな背負い袋をつけている。
「お団子がおいしいの、ね?」
「おいしいおいしい。食べるといいです」
 団子屋の回し者などではなく、この地を愛して時間の許されるかぎり訪れているといった佇まいである。
「きっと食べます。ありがとう」

 わたしのあたらしい一年は、ひとの云うことに耳を傾けるべし、という意味もあるのかもしれない。ホトトギスの声をよろこぶわたし。知らない青年の勧めを受けとるわたし。

01

身延山久遠寺の梯です。
写真ではなだらかに見えますが、
蹴上(けあげ)の高い、急勾配。
02

身延山頂上近くの展望台より
富士山をのぞむ。

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2018年11月20日 (火)

杖を差し出される

 この秋、密かに目標にしていた一連の役目の最終日、「……さあ、帰ろう」と靴を履こうとした瞬間。目眩(めまい)がして、身体が傾いた。そっと自分を立て直し、家に帰りついた。

 ちょっと無理したかなあ。


 帰宅してお茶を飲んだり、洗濯物を取り込んだりしているうちに目眩はおさまったが……、このまま崩れ落ちてしまおうか、という気にもなっていた。


 蒲団の国へ行こおうかな。


 そうつぶやきながら、つい、パソコンのメールボックスを開く。


「おねがいあり」


 という件名のメールを発見。

 友人からのものだった。
「姐さん」と呼んでいる、先輩格の友人だ。
 短いメールは緊急性を帯びて、こちらを凝視している。受けとめなければ。いや、ちがう……、受けとめたい。
 メールには何が起きたのかは綴られていなかったが、そこには、ふだん、多くのひとの相談にのる仕事をしているプロフェッショナルの素顔があり、痛みがひしひしと伝わる。

 やわらかい、純粋な「気」を求めているのだな。


 返信。

 ひとまずこれでよし。
 しかし、なんとなく、姐さんに向かって、できるだけいい「気」を送りつづけたくなった。
 蒲団の国へ行くのはやめて、起きていて、姐さんを支えたかった。想うことしかできないにしても。
「姐さん」と呼びかけたり、「眠れるなら眠って」と声に出して云ったりしているうち、自分自身はしゃんとしてきた。崩れ落ちてしまおうか、というところに、思いがけず姐さんからのSOSがきて、それは杖となってわたしを支えるのだ。

 新米を炊き、野菜のおみおつけをつくり(椀に湯葉を入れておく)、ほっけの開きを焼く。そう云えば、ほっけは「魚へんに花」と書くのだったな。

 花を贈られた気持ち。
 ベーコンときゃべつ、もやしを炒める(にんにくも加えて身体を励ます)。

 日本酒をちょっと飲む。

 杖を差し出してくれた姐さんを想いながら、枕に頭をつけよう。

 本日、早めに休みます。

2018w

ナッツを求めてきて、瓶に詰め、
はちみつを注ぎました。
このまま食べても美味しいし、
ヨーグルトに混ぜても……
これはわたしのクスリです。

 

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2018年11月13日 (火)

夢のような日常

 ある日、仕事で講演会に出かけたときのこと。
 椅子に腰を下ろすや、1匹のハエがやってきて、わたしにまとわりついた。虫がきらいでないわたしは、ハエにまとわりつかれることもわずらわしくはないのだが、100人くらいのひとがおとなしく坐っているなかでは、そうもいかない。

「あとで遊んだげるからさ」


 と、身をよじる。

 その気持ちが通じたのだか、ハエはわたしのグレーのパンツの上に自分も腰掛ける風情でとまると、それきり動かなくなった。しかし「これからの教育課題への対応について」というはなしは、ハエには退屈だったらしく、たちまち集中力を切らして、もぞもぞ動きまわりはじめた。

「いま聞いている『人材育成』のおはなしの、『人』のところをハエに置き換えて聞いていなさいよ」


 ハエはふんとばかりに、わたしのもとを離れ、飛んだ。

 見れば、講師が操作しているパワーポイントの画面に、くっきりとその飛行のシルエットが映し出されている。そうしてふたたびわたしのもとに戻って、とうとう部屋を退出するまで、それはつづいたのである。

「きょうはハエにずーっとまとわりつかれていてさ……」


 帰宅し、仕事をしていた長女に報告する。


「それ吉兆よ」


 思いがけないことばだ。

 ハエに好かれるのは、不潔だからじゃないかとからかわれるのにちがいないと思っていたから、おおいにうれしくもある。
 なんでも、ハエは「これからいいことがありますよ。変化のときが迫っていますよ」と伝えにきているというのだ。こういうとき、わたしは「何故か」とは訊かない。訊いても詮無い類(たぐい)のはなしだし、こんなときには、単純にうれしがるにとどめるのがいいからだ。

 そう云えば、ハエの前はカエルだった。

 うちの庭にずっと棲みついているガマガエルに久しぶりに逢ったのだ。夕方庭に出たところ、カエルがこちらをふり返り、わたしを見上げた。

「久しぶり。よかった。引越ししたかと思った……」

「ココニ スンドル」

 引越しと云ったのはほんとうではなく、いつだったか近所の塀の上を走り去るハクビシンを目撃し、うちのカエルをどうかしなければいいが、と咄嗟(とっさ)に考えた。走り去ってゆきながら、ハクビシンがにっと歯を剝いて歯を剥(む)いたものだから、そんなことが浮かんだ。


 つい昨日のことだ。

 やたらと登場人物の多い、忙しない夢を見た。大勢で洪水から街を守る、というスペクタクルな夢。友人知人が一堂に会するなんてことはまずないし、知った顔がゴチャ混ぜになって働くなんてことは、もっと考えにくいから、目覚めたときには、ちょっとくたびれていた。
 夢のなかではこのひとにあのひとを紹介し、AさんにBさんは会わせないでおこうなどという手管はいらないにしても、だ。
 夢ってのは夢だなあ、とつくづく感じ入りながら、ふと、日常も夢の一部であるように思えてきた。不思議なことがたくさん起こり、気がつかないだけでそれはたぶん、もっともっと起きている。
 気がつかないという意味においては、気がつかないうちにどんどん恐ろしい事態が進行しているようでもある。ヒトが我が物顔でのさばってきたために進行する自然破壊や、権利を主張し過ぎたために生じる争いの火種も、そのうちだ。
 たとえばこのところわたしの前にあらわれたハエやガマガエル(ハクビシンも)は、欲望を満たそうとしてばかりいると、日常が夢と消える、と告げたかったのかもしれない。不足を感じるや、すぐとそれを満たそうとするこころを、戒められているのではなかったか。
 火点し頃、そんなことを考えながら、買いものに出る。
 また誰か、動物や虫に逢いわしないだろうかと期待しつつ、裏道をてくてくゆくと、何か落ちているのをみつけた。
 小銭入れ。
 拾ってみるとずっしりと重く、なかは見ないが、うつくしいかたち。革製。茶色。これを失った誰かさんは、嘆いていることだろう。
 急いで交番に届ける。
 交番は無人の時間帯だったらしく電話機が留守を守っていた。受話器を持ち上げると、駅前の交番に通じており、「いまから10分ほどで、そこへ向かいますから、待っていてください」とのこと。待っていると、5分後、おまわりさんがやってきて、こちらに敬礼。
 子犬のような目をしたやさしいおまわりさんだった。

Photo

友だちが分けてくれたのらぼう菜。
芽が出て、こんなです。
間引きながら育てます。
夢のような日常。

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2018年11月 6日 (火)

セドリックとの再会

 図書館にゆき、必要な資料を探し求めて目的を果たしたあと、自然に足は児童書とY A(ヤングアダルト)の書棚へ向かう……。
 かつては、幼子を連れて読み聞かせる本を選んでまわったり、子ども自身に選ばせたりしていたものだ。紙芝居の棚も、馴染みのコーナーだった。
 子どもが皆、中学生になってからは、しばらく児童書に無沙汰をしたが、あれはいつ頃のことだったろうか。図書館に行っても、書店でも、気がつくとふらふらと児童書コーナーに引き寄せられるようになった。
 なつかしさから……? それもある。
 それもあるけれど、そればかりではない。読んでいるうち、わくわくしてきて、たまらないような気持ちになる。こころのなかの芯が、ぴん、と立つ。とでも云ったらいいのか。張りのようなものが生まれる。
 子どもだった自分が読んだ本、娘たちに選んだ本、読み損なっていた名作、新作など、いろいろだが、読み方はどんどん変化してゆく。
 若いころは、主人公、ことに子どもに感情移入して読んでいたが、だんだん脇役の大人の存在に気持ちを向けるようになっている。

「ああ、アナタはこんなところで、主人公を支えていたのですね」


 さてこの日も、仕事で使う資料を5冊探し当てて抱えながら、児童書をまわる。欲張ると、仕事そっちのけで読みふけったりするので、2冊までと決めている。うれしさから、借りて帰った途端、立ったまま読んでしまうこともあるからだ。立ったまま……、というのは自分への云いわけで、ちょっと見ているだけ、という体裁だ。

 ん? 『小公子』?
 云わずと知れたバーネットの名作だが、この物語をダイジェスト場でしか読んでいないことを思いだして、手に取る。同じフランシス・ホジソン・バーネットの作品である『小公女』(1905年)、『秘密の花園』(1911年)は読んでいるのに、どうしたわけか『小公子』(1886年)だけはおおまかな読書になってしまった。

「セドリック、ごめんなさいね。きょうはアナタをお連れしましょう」


 驚いたことに、イギリスの物語だとばかり思っていた『小公子』が、アメリカのニューヨークを舞台としてはじまる。のちにイギリスで小公子フォントルロイとなる少年が、生き生きと暮らし、風変わりな友人たち(食料品店のホップスさんや、靴磨きのディック)との交流! なんと愛らしいセドリックだろう。

 わたしはまた、帰宅するなり立ったまま(!)本を開いたのだ。
 こんなとき、昔なら母に云われるのに決まっていた。

「ふみこ、するべきことをしてから、読みなさいね」


 そう云ってくれる母はもう、この世にはいないのだが、なんだか、最近、あの世から声をかけてくるようで、困る。


「また、立ったまま読んだりして! 仕事はダイジョウブなの? そろそろ洗濯物をとりこみなさいな」


 仕方がないので、セドリックがイギリスに渡る前に本を閉じ、その日の深夜に続きを読んだのだった。

 アメリカ時代の友だちのホップスさんが、イギリスにやってきて、セドリックの屋敷のある村に店をかまえて住み着いたところでは、仰天した。なんでも、若い親友と離れることに耐えられなかったそうだ。

Photo

昨日、長女の家に行きました。
庭に、うらやましいものをみつけました。
さてこれは何でしょう、か。

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