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2019年6月11日 (火)

練習

 その昔、わたしが子どもだったころのはなし。
 
 夕方。
 どこからともなく豆腐屋さんのラッパの音が聞こえてくる。
 プープー。プープー。
 豆腐屋さんが自転車の荷台に大きな木箱をのせて、やってきたのだ。
 母が立ち上がって、台所からボウル(小鍋だったかもしれない)を持ってきてわたしに向かって差しだし、「絹ごし1丁、油揚げ1枚お願い」と云う。これは、日によって変わる。母は絹ごし贔屓(びいき)だったから、木綿豆腐を頼まれたことはなかったが、がんもどき、厚揚げ、と告げられることもある。
「はーい」
 わたしは受けとったボウルを抱えて、おもてに飛びだす。
 豆腐屋のおじさんは、路地の少し向こうに自転車を停めて、商いをしている。荷台の木箱のなかには水が張ってあり、なかに豆腐が浸かっている。それを素手ですくいとって、器に入れるのだ。お客は割烹着をつけたおばあさんや、エプロン姿のおばさん、それにわたしのような子どもだ。
「きぬごし、いっちょう。それから、あぶらげいちまい、ください」
 こんなことを、昔の子どもは日常的にしていたが、それは「おてつだい」という括りではなかった。むしろ「遊び」の延長であったような気がする。
「おてつだい」であろうと、「遊び」であろうと、ともかく子どもが「する」のだった。 

 子どものわたしは豆腐屋のおじさんから母に頼まれたものを、頼まれた数だけ受けとって、お金を払い、ときには釣銭ももらって帰ればよかった。しかし、それだけではなかった。
 豆腐屋のおじさんとやりとりしたり。自分が先に買っていいか、顔を合わせたおばさんを先にして自分はあとから買うほうがいいか、を考えたり。近所のひとからかけられるコトバに返事をしたり。することはたくさんあったのだ。

 豆腐を買うほかにも、いろいろなことが待ち受けていた。
 回覧板をまわす。おすそ分けを届けて、そのうちのひとに口上を述べる。銭湯に行って、おばさんやお姉さんのあいだでからだを洗い、湯船につかる。
 最近とみに、それやこれやを、場面とともに思いだすようになっている。
 豆腐屋さんから豆腐を買うことのように好きだったこともあるし、あまり好きでないこともあった。口上をおぼえて伝えるなんていうのは、あまり好きでなかった。「ほっかいどうのしんせきから、あすぱらがとどきました」なんていう短いコトバだって、まちがえないように云うのに、苦心が要った。

 あのとき……。
 と、わたしは考えている。
 あのとき、わたしは、家族でもない、友だちともちがったひとたち、それに、年のちがうひとたちとつきあっていた。大人たちは、あたりまえのこととして、子どもにそんな機会をつくってくれていたのだ。
 このごろは、そういうことがめっきり少なくなっている。
 だいいち豆腐屋さんが自転車でやってこない。誰とも口を聞かずに豆腐は買える。豆腐でないモノだって、たいてい無言で買えるのだ。近所づきあいの機会も減っているし、切実に銭湯に通うこともなくなった。そんな場面につきものだった挨拶や作法、心づかいのようなものも、一緒に消えてしまった。

 練習不足。

 家族でもなく、友だちともちがったひとたちと、まじわる練習。
 年のちがう相手と、一緒に何かする練習。
 こんなことがいま、決定的に不足している。

 練習不足を突きつけられるのは、ひとが極度に孤立し、それがために起こる(それだけではないにしても)事件に接するときだ。ひとづきあいの練習ができていたなら、他人(ひと)や世間に対して不審の念を抱いたり、怖がる必要のないことが実感できるのではないか。それどころか、ときには、助けを求めることもできるのではないか。

 練習の機会。

 これを、さりげなくつくれるおばさんになりたいと思うが、さて。

Yuri
近所の友だちが、ピンク色の百合の花を
持ってきてくれました。
庭で咲いたのだそうです。
「あなたが白い百合を好きなのは知ってるけど、
ピンクも可愛いでしょ」
……ええ、とっても。

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コメント

ふみこさま。こんにちは。

豆腐屋さんのラッパの音なつかしいですー。
今聴かないですね。

先週両国に用事があり北斎の生業大図鑑
(200年前のお仕事大集合!)みてきたのですが
実に人々がいきいきえがかれていていいなぁと思っていたところです。

便利になりすぎてどんどん人と人の触れ合いが減ってしまうのは
なんとかしなくちゃいけないですよね。
だから私もこの間も大学生の男の子たちにも
大学オケもいいけど私たちみたいにいろいろなひとびとを
受け入れて音楽を楽しむ場もあるから
良かったら足りない時手伝ってほしいとよびかけてみました。
あっさりそういう参加もいいんでしょうかと
喜んでもらえるならという感じでうれしくなりました。

まずはお試しでという感じでお互いを尊重しあって
何かを作っていく場を大切にしたいです。
(男の子たちかっこいいし。。ふふ。うれし)

ふみこさんピンクの百合もいいですね。
いい香りがしますよね。うちの朝顔たちもつるをどんどののばし
はじめました。近くに立てかけた棒じゃなくて違う方にからみついたり
おもしろいです。

投稿: 真砂 | 2019年6月11日 (火) 14時36分

ふみこさま

友だちの庭に咲くピンクの色の百合の花を
わが家で飾るのって、嬉しいですよね。

わが家もただいま、実家の庭に咲いていた紫陽花を飾ってます。
水換えも楽しくて、毎日毎日飽きずに写真撮ってます。

投稿: マドレーヌ | 2019年6月11日 (火) 16時51分

山本先生、ご無沙汰してます。
エッセイ講座に通っていた者です。
近頃はすっかり課題も出さず、他の友からも遠くなってしまいました。(すみません)

先生のブログはずっと読ませて頂いてます。
今日の記事は考えるところがありました。

私のブログでも紹介していいでしょうか?

面と向かわないと簡単な挨拶もしないくらいに疎遠な世の中になっています。

近頃はそれに違和感も覚えなく当たり前になってきた私です。
いつの間にかこの状態に慣れてしまったのでしょうね。
反省しました。確かに日々言い慣れてないととっさに挨拶はできないと思います。

投稿: ゆうこ | 2019年6月11日 (火) 18時47分


ふんちゃん皆様こんにちは。

うちの周りには
おすそ分けの習慣があるので
まだまだ貴重なお付き合いは続いています。


さて、最近。不思議なことがありました。

坊やが私の本棚の近くに来て
必ず握りしめる本があるのです。

その本、ふんちゃんの「家のしごと」でした。
作り話でもなんでもないです。

ママとおんなじ本が好きなんだね
わかるんだね、と嬉しくなりました

投稿: たまこ | 2019年6月11日 (火) 23時01分

ふみこさま

練習不足
ということばに、
ああ、そういうことなんだ、とすごく合点がいきました。
まず初めに思ったのは、自分のこと…。
実は4月から職場がガラリと変わり、慣れないことばかりで、モタモタして、遅いと注意を受けることもあり、悔しいような、悲しいような気分でいました。
練習不足なんだ、練習すればいいだけなんだ、と何だか気持ちが軽くなりました!ありがとうございます。

そして、わたしの子どものころ。母や叔母が、練習の機会をくれていたことを思い出し、感謝。

そして、わたしが子どもたちの元気が出るやり方で、練習のお手伝いができたらいいな、という願い。

子どもだけでなく、周りの方がほっとする言い方、やり方で、練習のお手伝いができるようになりたいな、と新しい願いも生まれました。

今日もありがとうございました。

投稿: 田中 | 2019年6月11日 (火) 23時18分

ふみこ様

今週もブログをありがとうございます。

自分を振り返ってみると、年齢と共に人との関わりを面倒に思う事が多くなってきたような、でも反面、小さな交流に大きな喜びを感じたりしています。
私も練習を重ねなければ、と思います。猛練習になるかもしれません。

先日のふみこさんと内田さんの対談におじゃまし、終了後にお声をかけさせて頂きました。もっとスマートにお話しできたらよかったのですが、なかなか難しく、失礼しました。

今後もふみこさんのお書きになるものを楽しみにしています。

投稿: かおり | 2019年6月13日 (木) 08時41分

ふみこさん、みなさまこんにちは。今日は昨日からの雨もやみ、美しい青空が広がっています。清々しい気持ちになります。
そうそう、お豆腐屋さん!私が子供のころ、夏休みのラジオ体操の帰りに買って帰っていた記憶があります。
実は今も毎朝、お豆腐屋さんの車がぴーぽーと(私にはこんな風に聞こえます(笑))音を響かせなが、やってきます。
豆腐、厚揚げ、薄揚げ、おからなど。
私が小さい頃からずーっと来ているお豆腐屋さん。
子供たちが小さい頃は一緒に買いに行っていました。子供たちは小銭を大事そうに握りしめて、もう一方の手は私の手を握りしめて。
今は小学生の子供たちの方がお豆腐屋さんよりも早くに出かけてしまうので無理ですが(笑)
過疎化が進んでいる私たちの地域では、ご高齢の方々も多いため、近くまで来てくれるお豆腐屋さんはありがたい存在かもしれませんし、ご近所さんとの朝の挨拶をする場となっているのかもしれないなあと思います。
田舎畑ちょっと人と人との距離感が近すぎて、時々とまどう時もありますが、ほどよい距離と繋がりは大事だなあと思っています。
ちなみに今朝もお豆腐屋さんがやってきましたよ!

投稿: みゅー | 2019年6月13日 (木) 11時28分

真砂 さん

そうなんですよね。

いまは、ひとひとりのまわりにも、
家のまわりにも、
囲いが高くって。

垣根はあっていいけど、
低めにね、と思います。
わたしが「わが家」ということばを
使いたくないのは、そのことばで
囲いをつくっちゃいそうだからです。

(あ、これは自分の約束であって、
そのことばを使っても囲いなんかつくらないひとは
たくさん存在します)。

投稿: ふみ虫。 | 2019年6月13日 (木) 23時20分

マドレーヌ さん

白百合を生けつづけて
10年になります。
いまの家は玄関に。
で、ピンクの百合が新鮮でした。

居間に飾ったところ、
友だちみたいな感じになって、
話しかけたりしています。

友だちの家からやってきたおかげかな。

投稿: ふみ虫。 | 2019年6月13日 (木) 23時23分

ゆうこ さん

おばんです。

どうぞ、ブログでつなげてくださいね。
どうもありがとうございます。

またお目にかかりましょう。
待っています。


投稿: ふみ虫。 | 2019年6月13日 (木) 23時24分

たまこ さん

なんてうれしい。
坊やちゃん、どうもありがとうございます。

本棚があって、
本と触れあう環境って、
大事ですね。

あたりまえだと思っていたけれど、
その環境も危うくなっていることを
知りました。

投稿: ふみ虫。 | 2019年6月13日 (木) 23時26分

田中 さん

ほんとうですね。
子どもも大人も、
練習です。

田中さんも練習。
わたしも練習。

やさしい気持ちで、
「ありがとう」を唱えながら、練習。

投稿: ふみ虫。 | 2019年6月13日 (木) 23時29分

かおり さん

6月1日は、どうもありがとうございました。
また、お目にかかりましょう。
そうして、またおはなしできたなら、
うれしいです。

練習仲間としても。

投稿: ふみ虫。 | 2019年6月13日 (木) 23時33分

みゅー さん

いいなあ、お豆腐屋さん。
わたしのまわりでは、
上のふたりの保育園時代が
(えーと25年くらい前?)さいごの
プー プーでした。

豆腐店そのものも、減ってきていて、
焦ります。
大事にします。

投稿: ふみ虫。 | 2019年6月13日 (木) 23時36分

ふみこさま。みなさま。
思いで深いお豆腐屋さんが登場して、うれしくここで少しお豆腐屋さんのことを聞いてほしくなりました。
横浜、ランドマークタワーが見える近くで親戚が80年余、豆腐屋を続けてます。
初代は関内あたりまで豆腐を天秤棒に担いで引き売りしていたと聞きます。
夫婦二人で力を合わせ、豆腐を作り、今でも油揚げは手揚げを守り,
お馴染みさんやわざわざ買いにきてくれた客に油揚げをおまけしてくれたり
店先での会話が聞け嬉しい商いをしています。
現在二人は60歳。体力が続く限り店は閉めないよと話してくれました。

こんな時、人はどうすべきなのか?
東京に行きました、八重洲口から丸の内の改札に向かう人ごみの通路の脇で
若き女性がかがみこんでいました。
具合がわるそう。しかし、これだけ人が歩いているのに誰一人として近づく人がいない。
このまま、波に乗り知らんぷりできないなと思っていたらスーツ姿の男性が振り向いたものの行ってしまいました。
大丈夫ですか?と声をかけ、トイレまで連れていき、高崎まで行くのに具合がわるくなったと。落ち着いてきて大丈夫ですと聞けたので別れました。
この日、東京は怖いと思いました。
私の中にも、面倒なことは関わりたくないと思うことも正直あります。
ことばを出す、ことばをかけるということは時には勇気がいることです。
声を出そうと思います。自分の身近な人とのかかわりを大切に。
笑顔でおはようございます。
こんにちは!と気持ちよくかかわれる練習。大事にしょう。

投稿: ユリの木の花子  | 2019年6月15日 (土) 14時31分

こんにちわ
私は鳥取と岡山の県境にある小さな村で育ちました。
幼稚園はなく小学校になると片道4キロの砂利道を歩いて通っていました。往復8キロです。今なら考えられませんよね。もちろん冬は大雪です。
でも 不思議と苦しかった思い出はないのです。雪がとけて春になったらスカートをはけるのがうれしくて そして重たい長くつをはかなくていいのです。
急に雨が降ってきて大きな木の下に雨宿りしたり 雷が鳴れば傘に電気が伝うといってほっといて濡れて帰ったり、、、、誰に教わるでもなく子供同士でたくましかったです。親ものんきなものです。
生きる練習をしていたように思います。
今でも歩くことは平気で足も丈夫です。何もなかったけどいい時代だったと思います。

投稿: ann | 2019年6月15日 (土) 15時50分

ふんちゃん

 本当に! 
 とっても、とっても感じます。 
 練習不足。
 歳の違った、友だちとは違う人たちとのやりとり。
 すごく大事だなぁと思うのです。
 優しい人もいたり、怖い人もいたり、
 時には、理不尽なことをいう人もいたり…。
 そういう中で、いろんなことを感じ、考えていたよなぁと…。
 札幌は、札幌でもかなり田舎な感じのところに住んでいるので、
 少しはそういった光景が見られます。 
 が、それでも少ない!と思います。
 うちの1番目ちゃんは、それを積極的に求めていた人だったようで、
 近所中うろついて、井戸端会議に参加していたようなのです。
 わたしよりも、ず〜っと知り合いの多い子でした(^^)
 そういうの…いいなぁ〜って思っていました。
 そういうのは、どんどん少なくなっていく…。
 2番目ちゃんは、そういうことを全然求めない方なので、
 練習不足…。
 もっともっと、練習してほしいなぁと思っちゃいます。
 わたしは、わたしで、ふんちゃんのおかげもあり、
 近所の子どもたちの友だちになりたいなぁと思うようになり、
 あいさつをしたり、「元気なの〜?」とやったりしています。
 うちの子どもたちには、ママ〜ちょっと恥ずかしいよ〜と
 いわれることもありましたが、
 本当にたのしい時間です。

 さて、今週の「大冒険」頼りです。
 主人公である娘と、同行者であるわたしがはぐれてから、
 約1週間。
 再び、出会い、共に歩んでいます。
 やぱりこの時間は、とてもいい時間であったなぁと思い、
 その「くそばば〜事件」以来、距離を保つように
 気をつけています。
 娘は…、どうやら…、
 自立しなければならない…けれど、こわい。
 この間を行き来して、苦しんでいるようにも見えます。
 主治医の先生との面談があり、それも確認しました。
 大きな意味での自立を促していくこと、
 「こわい」があっても、生活していけること、
 いずれは「こわい」を向き合うこと
 あたりが、大きな流れになりそうですね…と
 まとめてもらって、すっきりしました。

 本人は、本当に大波乱。
 思春期、反抗期まっただ中で、
 看護師さんたちにも悪態をついています(^^;)
 家族以外に、「いい子」じゃないところを見せることが
 ほとんどなかった娘なので、
 変化の予感。
 どんな変化であれ、娘は、きっと自立?脱皮?変態?
 していこうとしているのだなぁと感じる毎日です。 
 娘は、ここで「練習」しているのかもしれないですね(^^)
 迷惑をおかけしておりますが、
 みなさんの胸をかりて、ただいま絶賛反抗中です。

投稿: もも(^_^) | 2019年6月15日 (土) 17時39分

ふみこ姐さま

こんにちはー!
楽しみにしていた対談でしたが、1日は義父をあの世へ送る儀式の日でした。
どんなに万端手はずを整えても思い通りにいかないものですね。
「まったくもー、おじいちゃんはー」と言われることが多い人でしたけど(笑)

次回はお目にかかれますように。
どうかどうか・・・

そして豆腐やさん。
あのラッパ、私には「とーっぷー」と聞こえてたっけ!と、懐かしい記憶の引出しが開きました。
今思えば、生きていくための練習だったのに、私はそれが嫌いだったことも思い出しました。
お豆腐を買うのも、おすそわけに行くのも、回覧板回すのも、必ず3つ下の妹を連れて「ごめんくださーい」ってちゃんと言うんだよ!な~んてお姉ちゃんぶりながら実は妹を子ぶんか手した扱いしてました。
だからまだまだ練習不足なんだなー。
年を重ねても未熟者です。

投稿: 範子 | 2019年6月15日 (土) 19時00分

ふみこ様 こんにちは

本当にそう・・・そう思います。

一日、声を出さなくても
生活が 成り立ってしまう 
それが一番 便利なこととしてしまうと
大人になっても 練習不足になってしまいますね

怒ること
泣くこと
笑うこと
あやまること
許すこと

一場面 一場面 ケースが違うから
マニュアルは通用しない

だから 自分で声に出して 「そうか」と
実感しなければと 思います。
ふみこさん 今週もありがとう。

追伸・・・いつも歩いている森は
熊がいないと言われていたのですが
一頭の熊が迷い込みました。
大騒ぎです。
 

 

投稿: えぞももんが | 2019年6月16日 (日) 10時57分

ユリの木の花子 さん

いつか、横浜にお豆腐と油揚げを
買いに行きたい。

あのね、ユリの木の花子さん、
そんなとき、声をかけられないでいるひとたち、
気づきもしないひとたちのことで、
もやもやすることはないです。
ただ、自分のしたいようにすれば。

こんなとき、どうすればいいか。
こんなふうにするのも、ひとつの「手」ではないでしょうか、
というくらいの存在でありたいと思うんです。


投稿: ふみ虫。 | 2019年6月16日 (日) 16時18分

ann さん

なんといういいおはなしを
聞かせていただいたことでしょう。

生きる練習の機会は、
いまのこの世にだって、たくさん!
大人のわたしが、学びはじめたいです。

どうもありがとうございました。

投稿: ふみ虫。 | 2019年6月16日 (日) 16時23分

もも(^_^) さん

ももちゃんが主人公で、
お嬢さんが「同行者」という
見方もできますよね。
おそらくこの広場の皆さんは、
その視点でももちゃんを応援しているのではないかしら。

主人公のももちゃんは、
もう少し勝手に、
もっとのびのびと、冒険活劇をお願いします。

投稿: ふみ虫。 | 2019年6月16日 (日) 16時27分

範子 さん

このあいだ、長女がおもしろいことを
云ってくれました。
「お母さんは、いいなあ。
おばさんって、自由だなあ」って。

ほんとうにそう。
おばさんは、いろんなことがしやすいです。
知らないひとに声をかけるも、
平気だし(むしろ好き)。

生きる練習の杖みたいなものです、おばさん力。

投稿: ふみ虫。 | 2019年6月16日 (日) 16時30分

えぞももんが さん

熊さんのはなしも、
聞けたならいいのに。

いろんなこと語りたいはず。
「お腹すい」、も伝えたいはず。

「人間は、そんなにえらいの?」
と、云いたいかもしれない。

投稿: ふみ虫。 | 2019年6月16日 (日) 16時31分

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