8月の日暦(ひごよみ)その4
8月*日
通りを歩いていた。
小さい通りだが、自転車もくるまも走る道である。
「ふみこさーん」
とご近所さんに声をかけられ、わたしは左右も見ずに、こちら側からあちら側に向かおうとした。
「あぶなーい」
自転車の叫び声だ。
いや、自転車を漕ぐ若いお母さんの声だった。活きのいい声。自転車の前にはちっちゃな男の子も乗っていた。
あわや正面衝突!
を、まぬがれたのは、活きのいいお母さんの運転技術のおかげだ。シュルッと、飛びだしたわたしの脇をすり抜けて、走り去った。
「ごめんなさーい。許してねー」
「こちらこそー。スピード出し過ぎてました、ごめんなさーい」
ことなきを得たわたしは、ふと、ずいぶん前に聞いた友人のコトバを思いだしていた。
「危ない目に遭ったときには要注意。それは予告かもしれないの。はっと思うことに遭ったら、もっと大きな事故に遭うかもしれないからねー」
8月**日
この夏はうんと仕事をした。
4年に一度の小学校の教科書採択の年にあたっていたため、仕事量がぷううっとふくらんだのである。夏の前半は、市役所に通い、一室にこもって教科書を読みに読んだ。
国語。書写。社会。地図。算数。理科。生活。音楽。図画工作。家庭。保険。外国語(英語)。(特別の教科)道徳。
あとから計算したら、13科目6学年分×各数「者」を40時間かけて読んだことがわかった。そのあいだは、なんと云うか脳みそが腫れたようになっていて、家でおかしなことを口走って笑われたりした。
しかしその一方で、〈夏休みの自由研究〉にも取り組んだ。
ことしのわたしの自由研究は、「見えないところを整理する」だ。
仕事場のひきだしというひきだしを見直し、それから文具を整頓した。まずモノをすっかり出して、空っぽになったひきだしを小ぼうきで掃き、固く絞った雑巾で拭く。
「なんだこりゃ?」とつぶやいたり、「こんなところにあったのか」と嘆息したりしながら、せっせと片づけた。けっこうな時間をかけて片づけを終えると……、表面上は何も変わって見えない。そりゃそうなのだ。テーマは「見えないところを整理する」であったのだから。
何も変わっていないようでいて、じつはたいそう変わっていることがわかる本人であるよろこび。これはこの夏の大きな褒美だろうか。
8月***日
友だちが熱海旅行のあれこれを綴った(戸田幸四郎美術館を訪れたそうだ)手紙とともに、旅先でみつけたというかわいい布巾を送ってくれた。
ちっちゃなかぼちゃがいっぱいプリントされた布巾。ワッフル織りダブルガーゼ生地は、吸水性にも期待できそうだ。
台所に置いてみる。
すると、台所から歓声があがる。
一テンポ遅れて、わたしも歓声をあげる。
旅館でもらうタオルを半分に切って縫い、「旅の思い出、旅の思い出」と云い云いし、使ってきたのをごそっと雑巾とする。
ワッフル織りダブルガーゼの布巾を5枚買い足して、現在、有頂天厨(うちょうてんくりや)祭り開催中。
旅先から戻った長女が、
「これ、長いことありがとう」
と云って、帽子を返してよこしました。
なんでも旅先であたらしい帽子を買ったのだとか。
気に入りの帽子を、たしか5年くらい前に
長女にとられた(ごめんあそばせ)のだったなあ。
「お帰りなさい」
だいぶくたっとなっているけれども、
しばらく一緒に歩こうと思います。
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