臨時休業
気に入りのパン店に立ち寄ろうとして、足が止まる。
店のガラス扉の内側にカーテンが引かれ、そこに、「臨時休業いたします」の札がかかっていた。
食パン1斤欲しかった。
この店のはどれも、米、米麹の天然酵母を使って焼いたパンだ。
「おじさん、風邪だろうか」
朝から午後4時ごろまでは、店には店員がいて、対応してくれる。4時から先、パンが売り切れるまでのあいだは店員がいないので、奥の厨房に向かって声をかける。すると、パン職人のおじさんが出てきて、対応してくれる。
パン職人のおじさんは若く見えるがじつは高齢で、ひとりでパンを焼いている。調理パンにも種類がいっぱいあり、どれも美味しい。
ことしのクリスマスには、おじさんのシュトーレンをいっぱい買って、友だちに送ろうか、と考えていたところだった。
「おじさん風邪だろうか」
あれはちょうど、一昨年のいまごろのことだ。
近所の蕎麦屋の天丼がどうしても食べたくなり、夕方家にいた夫と、二女と連れ立って出かけた。店に着いた途端、「やっぱり蕎麦」ということにならないように、「てんどん、てんどん」と歌うように自分に云い聞かせながら、てくてくと。
夫もつられて、天ぷらでちょっぴり日本酒を飲もうと算段している模様。
二女は、「じゃ、わたし、かつ丼を食べちゃう」と決心を述べる。
そうだ、この日、めずらしくわたしたちは揚げものの気分になっていた。
店に到着して、腰をおろすなり、女の店員が近づいてきて、「申しわけありません、きょう、揚げもの担当の職人がおりません」と云う。
「ええっ?」
というわたしの声が切羽詰まっていたろうか、女の店員は「いえね、じつは体調を崩して、今しがた帰らせていただいたんです」とことばを重ねた。
二女は月見蕎麦を、わたしはおかめ蕎麦を頼む。
夫は板わさとレバーの煮たのを頼み、静かに日本酒を飲みはじめている。子どものころ、「おかめ蕎麦」というのを発見して、気に入りにして以来、大人になってもときどき「おかめ、ありますか?」とわたしは、やる。
そんな「おかめ蕎麦」にもその日は弾まず、3人で静かに蕎麦をすすり、蕎麦湯も飲んで、また静かに帰った。
それから1週間もたたずに蕎麦店は「臨時休業」となり、その後店は閉まった。
「臨時休業」の札を見るたび、どきりとする。
蕎麦屋のあと、居酒屋が1件、定食屋が2件、臨時休業し、それから閉店した。いずれも、長年のご愛顧に感謝するという挨拶とともに、閉店に至った理由が貼りだされた。店主が病を得たり、亡くなったり、仕事をやめて故郷に帰ったり、という理由には「無理が祟(たた)って」という冠がのるような気がしてならない。歳月のうつろいにはちがいないにしても。
どの店も家から歩いて10分圏内の店であり、わたしは店の味とともに、自分の居場所と、町の風景の一部を失ったのだった。
パン店の「臨時休業」に気が揉める。
同じこころで、わたしは思う。店を毎日毎日あけなくたっていい。たとえ1週間に一度だって、店がありさえすればいい。過去のものとなった蕎麦屋、居酒屋、定食屋の経営人(びと)も、そうだ。毎日毎日働き詰めに働いて……、そうして店は閉まった。
店には、開けている時間以外に仕込みがあるのだもの。
「遅くも午前3時からパン作りをはじめる」と、パン店を営む友だちからおしえてもらったことがある。仕込みのため、店の休みの日もまるまる休んでなどいないことになるわけだ。
もう少しゆるゆると働いたら、どうだろうか、と云ったところで、勤勉な皆さんは、「そうは云っても」と笑うだろう。
が、やはり、過ぎてはいけない。
過ぎないでください。
大事だから。
翌朝、駅までの道の上で、おそるおそるパン店のほうを見る。
すると、店のなかにわたしの好きなジャーマンブレッド、胚芽食パン、惣菜パンたちがいっぱいならんでいるのが見えた。
ことしも熊谷の家(夫の実家)の柿を
たんとたのしみました。
ほら、これは木守り(きまもり)です。
木のてっぺんに柿の実を1つ残すのは、
翌年の実りを願ってのこと、
野の鳥たちの冬の食べものを思ってのこと。
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