« 2019年12月 | トップページ | 2020年2月 »

2020年1月の投稿

2020年1月28日 (火)

いちごとブロッコリ

「いちごとブロッコリ、どちらが好き?」

 1月半ば、ある雑誌の公開講演会で、海原純子さんと対談したときのことだ。
 医師で、歌手でもある海原純子さんとは、数年前ともに取り組んだ仕事を通して、親しくなった。軽いおしゃべりもするが、軽くないはなしもできる。
 この日、純子せんせいと二度目の対談興行。
100年時代をわたしらしく生き抜くために」という演題のついた対談で、会場のお客さまは約140人。
 皆さんに挨拶をして、はなしがはじまるや、純子せんせいが云ったのである。
「いちごとブロッコリ、どちらが好き?」
 とね。
「……」
 あら、答えられない。
「困るでしょう、そう訊かれたって。無理もないのよね。いちごとブロッコリって全然別のものだもの」
 純子せんせいのこのはなしは、ひとはひとりひとり異なる存在だというところにつながってゆく。
 ひとりひとりちがうというのに、ひとと自分を比べたり、ひとをうらやんだりする。ほんとうは、これもいちごとブロッコリを比べるみたいなことなのだが、ついね。
 けれどここで「比べないようにしよう」とか「うらやましがるのはやめよう」と思い詰めたって、だめだ。つい比べたり、うらやんだりして辛くなったら、どうするか。

・比較しない、比較されない生き方、つまり、ひととちがう生き方をする。
・「いまの自分をここちよくするために何をしよう」と考える。

 という方向性が示された。
 気持ちのいい展開である。

 ところでこの日、純子せんせいと話すなかで、わたしは自分を発見した。
「わたしは……、ひとに甘く、自分にも甘い」
 なんだかだらしがないような気もするが、これがわたしのクセだとして、このクセは自分を救ってきたのではないか。そんなふうに思えて、こっそりこの発見にときめいてしまった。
 ひとと自分を比べたことはない。
 ひとをうらやましく思うことはあるが、ただうらやましいだけで、悔しくなんかはならない。わたしはわたし。ちょいとなまけ者で、いい加減なところはあるけれど、ま、この調子でおもしろがって生きていこう、と思っている。
 甘いかもしれないが。
 いちごはいちごであり、ブロッコリはブロッコリである。
 これはわかりやすい。
 が、ひととなると……、自分自身にもひとにも気を遣わないと、わたしはわたし、が実現しにくいし、あなたはあなた、も実現しにくいと思う。

 ひとは、いまよりもう少し気楽に生きてもいいのじゃないかなあ、と思いながら帰途につく。
 家の近所のスーパーマーケットに寄って、いちごとブロッコリを買う。

Photo_20200128082701

| | コメント (26)

2020年1月21日 (火)

おしる湖(おしるこ)

 ことしも中学生とともに「ナイトハイク」に参加し、武蔵野市西久保のコミュニティセンターから多摩湖まで往復約26kmを歩いた。
 土曜日の深夜12時に出発し、日曜日の朝に戻る。厳寒の深夜歩くのは、寒くて眠くて……生半ではない、参加者それぞれが自分と向き合って一歩一歩を刻むのだ。
 行程のうちの10km以上(片道)を「多摩湖自動車道」なる散歩道が占める。車の通らない、自転車と、ひとのためのこの遊歩道は、武蔵野市・西東京市・小平市・東村山市・東大和市をひっそり貫いている。

 その日、部活の試合の参加や、インフルエンザの流行によって、中学生の参加は例年に比べて少なかった。しかし、参加の人数など、どうでもいいことのように思える。この「ナイトハイク」がこの地域に根付いてつづいていること、地域で活動する皆さんと、中学生の保護者の皆さんが協力して準備を進め、最新の注意をはらって当日のハイクを支えていることが、まぶしい。
 43年目の「ナイトハイク」は、昼間降っていた霙(みぞれ)が止み、風もなく冷えこみもさほどでないコンディションを与えられた。

 気がつけばわたしも7回めを踏みだしている。毎年、異なる風景が見え、胸に宿る感慨も少しずつちがっているのがおもしろい。さあ、ことしはわたし自身何を学ばせてもらえるのだろうか。そう思いながら、靴紐をきゅっと結んだ。

 ことし、もっとも印象に残ったのは、同じ班で歩いた中学2年生の男子生徒Mくん。
 彼は「ナイトハイク」初めての参加であったが、黙黙と歩いている。同級生とならんでいるが、その口数は少なく、しかし、どこか楽しげな表情だ。往路の半分を過ぎたあたりで、彼に、かすかだが足を引きずる様子が見えはじめた。
 サイズが合っていないのか、靴のなかで足が遊んでいるらしい、靴紐をきつめに締めてできる限り足を靴のなかに固定し、なんとか目的地に到着。
 どうするか。
 復路はリタイヤし、クルマ部隊に引きとってもらってはどうか、というムードが生まれかけた。
 復路を歩ききったのだから、それでじゅうぶんだ、とわたしも考えていた。ところが、まわりの大人、とくに行動隊の男性陣が、小さく首を振ってわたしに合図を送ってくる。
「自分で決めさせよう」
 という合図。
 そうか。そうね。
「クルマに乗ることを考えたらどうか」というコトバを、わたしは飲みこみ、Mくんを見守る。看護師が足の指に包帯を巻き、靴のなかにクッションをつくる手当てをしても、足は相当に痛そうだ。
「もう少しがんばれるか?」
 と、行動隊の班長が聞くと、
「がんばれます」
 という答え。
 このときのMくんの顔を見て、驚く。出発間もないころの楽しげな表情がそのままひろがっているのである。

 結局、Mくんは、全行程の26kmの約4kmを残す地点で、クルマに乗ることを自分で決めた。「自分で決める」ことが大事なんだ。と、わからせてもらった。
 そのことの値打ちをわかっているつもりでも、わたしはつい、先走って「クルマに乗るという選択肢もある」とすすめてしまいがちだ。
 踏ん張って、待たなければね。子どものまわりにはいろんな大人が必要なのだ。

 ことしもまた、「ナイトハイク」はわたしに学びと気づきをもたらして、終わった。参加者が皆元気でゴールできたことは、決してあたりまえではない。たくさんのひとの準備と支えが、無事を祈っていた人びとの存在が、運んだゴールだった。一緒に歩いてくれた武蔵野市にある亜細亜大学(主に野球部)の皆さん、ありがとう。目的地の多摩湖に大テントを張って、熱熱のおしるこを用意してくださった皆さん、ありがとうございました。ゴールの西久保コミュニティセンターで朝ごはん(豚汁と炊きこみご飯)をつくって待っていてくださった保護者の皆さん、ありがとうございました。行動隊の皆さん、見送りをしてくださった市長や教育長はじめ、たくさんの大人の皆さんも、ありがとうございます。
 そうそう、目的地は多摩湖なのだが、誰もがおしるこ目指して歩くので、いつしか、わたしの頭のなかで「多摩湖」が「おしる湖」という地名にすり替わっていたことを白状しよう。

Photo_20200121101301
目的地のおしる湖(いえ、多摩湖です)で、
写真を撮りました。
湖のむこうのほうに、白く、ぼんやり、
西武球場(ドーム)が浮かんで見えたのですが……。

〈お知らせ〉
「クラシコム」(北欧、暮らしの道具店)
URL:https://youtu.be/3UEUqfJEo-c
で、わたしにはめずらしい動画

「モーニングルーティーン」が公開中。
どうか、笑ってくださいまし。

| | コメント (26)

2020年1月14日 (火)

足湯

「ストッキングを買って帰らなくちゃ」
 共通の友だちであるイラストレーター氏の個展を見た帰り、ユビコさん(仮名)が云うので、ついて行く。
 ユビコさんはときどき立ち寄るという靴下専門店に入って、真面目な顔つきで、ストッキングを選んでいる。
 デニールという単位でストッキングの厚さが決まっており、ユビコさん曰く、2030デニールのものはストッキングで、それ以上になるとタイツの領域になるような気がする、のだとか。
「ふんちゃんも買う?」
「ううん。わたしは、5年くらい前にグレー系、肌色系、ブラックを10足ずつ買ったのが、まだあるから、いい」
「なにそれ。そんなんで足りるの?」
 足りる足りる。
 ストッキングというものが好きでなく、足を出すスカートで出かけるとき以外は履かない。帰宅すると、すぐ脱いで洗って、干して、くるくる巻いてひきだしにしまう。そうなのだ、伝染、という事態に陥るほど長時間履かないから、わたしのもとではストッキングが長持ちする。
「そういえば、タイツもあんまり履かないの。どうしてかというとね」
 と云うと、ユビコさんが、おもしろがって「どうしてかというとね、何何?」とわたしの顔を覗きこんだ。
「どうしてかというとね……、足湯にすぐ入れるようにさ、履かないでいるの」
「何それ!」

***
「足湯」と書かれた看板が目に入った。
 こんな街中で、と驚きながら、看板の下の引き戸を開ける。すると、これも番台と呼ぶのだろうか、目の前におねえさんが坐っている。
「足湯1000円になります。タオルがお入り用ならお貸しします」
 千円札を一枚出して、おねえさんの前に置く。
「ロッカーはあちらですが……」
 と云っておねえさんが手で示すほうに目をやると、男ロッカー、女ロッカーと染め抜かれたのれんが見える。公衆電話ボックスふたつ分くらいのロッカー室があるらしい。
「いえ、ロッカーはいりません。タオルもいりません」
 わたしは、そそくさと番台の脇をすり抜けて、ちっちゃな川のみたいな流れのほとりにすわって、靴下を脱ぐ。足を洗う場所で、お湯をかけてごしごしやってから流れに足をつける。
「はああ」
 とため息。
 さっきのおねえさんが、飲み物の注文をとりにくる。料金の1000円にはドリンクの代金も含まれているらしい。
「それでは珈琲をお願いします。ミルクも砂糖もいりません。ええ、ブラックで」
 わたしはつくづく思うのだ。
 ストッキングもタイツも履かないのは、こんなときのためなのよね、と。ただ足先のソックスをひっぱって脱げば、足湯の流れに足を浸せる。
 足湯、足湯……。
***

 足湯とストッキングのはなしはわたしの妄想である。
 このはなしをユビコさんに聞かせたら、あきれられた。
「妄想と云いながら、ふんちゃんは半ば本気だからなあ。足湯を思って、ストッキングやタイツを履かないのね。それにちがいないわ」

 足湯と云えば、母の最晩年、足湯をたのしんでもらったなあ。専用のバケツを買ってきて、お湯を張り、母の足をそっと沈めた。細くなった母の足が湯のなかで、植物のように見えたなあ。青白くて頼りないが、この世につながっている、それはまさしくひとの足だった。
 湯が冷めぬように、ときどき熱い湯を注ぎ足しながら、母の足に触れながら、いろんなはなしをした。足湯は幾度もできなかったが、母の足の感触はわたしのどこかに残っている。

Photo_20200114090901
こんな足湯バケツを買ったのに、
納戸にしまっていました。
使ってみようと思います。

 

| | コメント (16)

2020年1月 7日 (火)

女はつらいよ

 1月1日 元旦
 昼下がりから睡魔に包まれ、それを振りほどこうともせずにわたしは、蒲団の国へと出発した。ぬるい湯のなかに浸るようにとっぷりと眠った。
 そのため深大寺に初詣に行こうね、という約束も果たせぬまま、夜を迎えた。
 お正月の夜はたのしい。食卓を正月風につくってゆきながら、誰もかれもがはずんでいる。夫は実家を守りながら年越しをするためそこにいなかったが、娘3人はそろってさざめいている。女のさざめきは動物的で、口も動くが手も休みなく動いている。
 重箱のふたをとる。歓声。一応歓声。松風焼きがうまくできて、重箱のなかでふふん、と得意そうにしている。フライパンでつくる、驚くほど簡単にできる松風焼きなんだけれども。

 1月2日
 長女とふたり、調布の映画館を目指す。
 調布までの時間を読みまちがえたせいで、三鷹駅からタクシーに乗る。森に住んでいる妖精みたいなおじさんの運転手氏。妖精がひとの世で実験的に働いてみているのにちがいなく、その証拠をつかもうと、わたしはじっと目を凝らす。
 みつけた。
「そのハンドルにかけてある、ふわふわしたものは何ですか?」
「こ、これ、ですか?」
 妖精の運転手氏、びくっと肩を震わせる。
「これは、ハンドルカヴァです。このクルマを何人かの運転手で使いますので、ほかの皆さんに不快な思いをさせないようにね、これをかけてます。手垢手汗がつかないように。使ってみると、ふわふわして、なかなかいいのです」
 じつに妖精的。
 見ると、ギアも白い布製の何かでくるまれている。
「ギアカヴァはみつけられず、こうして、布をかけています。ゴムでとめています」
 ふーん、じつに妖精的。
「100円ショップに、ドアのノブカヴァが売っているのじゃないかと思いますよ。探してご覧になったら……」
 100円ショップをわかるだろうか、と思ったが、人の世でクルマの運転ができるくらいだから、わかるだろう。
 調布駅に到着。お釣りを受けとらず、ギアカヴァの費用に当ててもらうようにお願いし、クルマを降りる。

 さて、これから観ようとしている映画は、「男はつらいよ お帰り 寅さん」である。長女が映画館の少しくぼんだいちばん後ろの席を予約しておいてくれ、そこにはまりこんで、観る。
 年配のお客が多い。
 高齢のお母さん、お父さんに寄り添っている娘息子世代の姿も、たくさん。だけど、だけど若いひとの姿もあって、うれしくなっちゃう。
 1969年「男はつらいよ」第1作が劇場公開された。以来シリーズ48作がつづき、主演の渥美清の死により、49作の特別編をもって終わりとなる。

 88歳になった山田洋次監督がパンフレットにこんなふうに書いている。
「そして今、先行き不透明で重く停滞した気分のこの国に生きるぼくたちは、もう一度あの寅さんに会いたい、あの野放図な発想の軽やかさ、はた迷惑を顧みぬ自由奔放な行動を想起して元気になりたい、寅さんの台詞にあるように「生まれて来てよかったと思うことがそのうちあるさ」と切実に願って第50作を製作することを決意した」

 期待をはるかに超えた映画だった。
 ときどき、「寅さーん」と叫びたくなる気持ちを抑えて、いや、ほんとは抑えきれずに小さく叫び叫び、わたしは、いた。それが許される劇場環境でもあったのだ。誰もかれもが自由にあははと笑い、そろって嘆息し、ハンカチやら手ぬぐい、手袋やらで目を抑えた。
 暗闇の茶の間みたいな空間が生まれていた。
 亀有の映画館ですでに一度鑑賞している長女に云わせると、「亀有と調布じゃ、また、ちがった感じなのよ。どちらもあったかい茶の間ではあるんだけど」だそうだ。え、じゃ、吉祥寺や銀座でも観てみようかしらん。
「困ったことがあったらな、風に向かって俺の名前を呼べ。おじさん、どっからでも飛んできてやるから」
 だってさ。
 ありがとうね。

 バスに乗って深大寺へ。
 深大寺門前の「鬼太郎茶屋」で二女と待ち合わせて、お参り。
 おみくじ「凶」を引く。
 これから運が上向きになってゆくって、ことでござんしょ?
 熱熱そば饅頭を食べ、蕎麦を食べ、てくてく歩いて帰る。

 映画「男はつらいよ お帰り 寅さん」。
 映画館で観て、よかった。
 女もつらいのよ、寅さん。
 女はつらいよ。だけどね……。
 だけどね、の先に、ひとそれぞれの感じ方、思い方、考え方、生き方があるんだと、わたしは思うのよ、寅さん。 ……寅さん。

Photo_20200107103101

| | コメント (18)