よんぴる 〈1〉
平べったくて長い、木の棒。
一見積み木のようでも、チョコバーのようでもあるそれは、えんぴつでした。
いつからこの家にあるのでしょう。それはわからないけれど、お母さんの机のひきだしの奥深く、たくさんのえんぴつに混ざって横たわっていました。
9歳のツカサ少年は、もうすぐこの平べったいえんぴつと出合います。
ママもパパも仕事に出かけて、ぼくは退屈している。
時計を見ると午後3時だ。
ママとの約束の地図パズル遊びを2回して、昼ごはんを食べ、パパとの約束の宿題ドリルを合計8パージして、公園に行こう、と思って運動靴をはいたら、雨が降ってきたんだ。
得体の知れないウィルスがひろまって、3月のはじめ学校はいきなり休みになった。宿題がいっぱい出ている上、友だちとも会えなくなって、たよりない毎日。こんな日がもう3週間つづいている。
きょうこそ遊ぼうと思って、運動靴をはいたのに、雨が降った。公園で会えそうな友だちの顔も、たぶんすることになる「ドロケイ」も雨に流れて、消えていった。
「ちぇっ」
と云ってしまってから、肩をすくめ、もっと悪いことばをつづけるかわりに、ちょっぴり悪っぽいことをしてやろうと決めた。すごく悪いことだと、あとが大変だから、ちょっぴり。
「うーんと」
ぼくは居間のなかをぐるりと見わたした。
居間の奥には、ママの机のコーナーがあり、ぼくはここが大好きだ。もっとうんと小さいころから、ママが仕事をする足元で、遊んだり、ときには眠ったりした。絵を描く仕事をしているママの机のあたりには、不思議な道具がひしめいている。
前に学校で博物館に見学に行ったとき、展示というものは、ママの机に似ているなと思った。インクのつぼがたくさん、ペンがたくさん、紙もたくさん、ならんでいる。さわったってしかられはしないが、さわったことはすぐばれてしまう。
「ツカサ、このペン使ったの? これはキミの手には負えないよ。こっちがおすすめ」
なんて云われる。
「どうしてわかるの? ただ持ってみて、もどしたんだよ」
こういうとき、ママはふふふと笑う。
きょうだって、何かさわったらばれるだろう。
そう思いながら、机のひきだしの、上から3番めをそーっとひっぱり出してみた。1番めと2番めには、あたりまえの文房具がおさまっていて、そこのはぼくも使っていいことになっている。
「3番めから下は、さわってはだめ。ここの道具はへんくつだから、噛みつかれちゃうよ」
ママは自分が噛みつかれたことを思いだすように、右手を軽くふってみせたっけ。
だけどだけど。ちょっぴり悪いことをしようと決めているぼくは、3番めのひきだしをひっぱり出して……、そうして、じーっとなかを見た。
噛みつかれそうなものなんかは見当たらない。
大工道具に近いようなもの、目打ちというのだったか、尖(とが)ったものや、小刀や、あとは長方形の皿の上に、風変わりなペン類がならんでいる。太ったペン、筆のようなペン、それから黄色い棒みたいなものが目に入った。
「これなんだ?」
持ちあげてみたら、えんぴつみたいだ。
平べったくて、細い板みたいなえんぴつ。
これを使ってみることがどのくらい悪いことかわからないけど、使うよ、ぼくは。
机の2番めのひきだしのうら紙の束から1枚もらって、ぼくはこの、へんてこなえんぴつで、絵を描いた。
ええとと、考えて、きょういっしょに遊びそこなったリュウイチを、耳から描きはじめた。リュウイチの耳は先っぽが少しとがっていて、髪はちぢれている。リュウイチを思いだし思いだし描いていると、なんだか、ちびの鬼みたいな男の子ができあがった。
鬼というより、絵本に出てくる子どもの悪魔みたいだ。
そういうことならしっぽを描いてやろう。
ぼくは、半ズボンのお尻から、長いしっぽを描く。先を筆のようにふさふささせて、と。くつもはかせてやろう。先のとがったかたち。笑った口のなかに、歯をならべて描きこんだ。
「ただいま。早いだろう。美術館はきょうも早じまい。ママはまだだな。ツカサ、男ふたりで何かつくろう。パスタとかパスタとか……、パスタなんかを」
「なんだよ、全部パスタじゃないか。ぼく、ひき肉とねぎのがいい」
「塩味か?」
パパとツカサ少年が台所へと行ってしまったあと、紙が机の上からひらりと落ちました。それは、まるで絵のなかのちびの鬼が、机から飛び降りたみたいでした。ちびの鬼を描いた平べったいえんぴつは、どこへいったんでしょう。
台所からは、ふたりの笑う声と、にんにくを炒めるいいにおいがしています。
〈つづく〉
学校がお休みになった子どもたちへ、という
気持ちで、おはなしを書いてみました。
自分でも、愉快な気持ちになりたかったからかも
しれません。
どうぞ、声に出して読んでみてください。
つづきもまた、書きます。
愉快なことと思って、
デコポン・ジャムと、デコポン・ピールを
つくりました。
夫の実家の畑にあるデコポン。
あまり甘くなかったので、
ジャムとピールに。
こういうしごとは、機嫌づくりに役立ちます。
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コメント
ふんちゃん皆様こんにちは。
まだまだ先が見えない巣篭もりの毎日ですね。
私は当初の目標のパン作りとリフ編みマスターと坊やとの濃厚な時間を達成中です。
そして来週には出産することになりました。
出産して自宅へ帰るともう1人同居人が増えます。
主人が味方なのが一番の薬で
心身を整え、寮母のような気持ちでいようと思います
投稿: たまこ | 2020年3月24日 (火) 10時12分
ふみこさま
おはようございます。
お話わくわくの扉があちこちあきそうですね。。
そういえば。。中庭でもこどもたちのあそびちょっと
変わってきた感じがします。
あちこちに石が面白い形に並べてあったり
女の子たちが木登りにめざめたり。。テントらしきものを
持ち出して何やらお昼寝中とか。。
わくわくの扉ここにもあちこちみかけます。ふふ。
そうそう私もまねして集会室をかりてあったので
そこでちょっとバイオリン弾いてみたら部屋の前の噴水の
ところでこどもたちがシャボン玉をしているのが窓から
みえてシャボン玉と私の出した音がなんだか
一瞬とけあったようにかんじてふわっとしました。ふふ。
何でもないちょっとしたこういう瞬間っていいですね。
ちょっときょうは空気が冷たいですがふみこさんのお話をよんで
心が温かくなりました。ではふみこさんみなさんもいいいちにちおすごしくださいね。
投稿: 真砂 | 2020年3月24日 (火) 10時26分
ふみ虫さま
明るい方へ
進むようにと祈る日々です。
おはなしの続きを
楽しみにしています。
こちらはもうすぐ桜が
咲きます。
投稿: 寧楽 | 2020年3月24日 (火) 12時18分
たまこさん
とうとうですね。
来週。
わたしも同じころに出産したことがあります。
……へんな云い方ですが。
祈っております。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年3月24日 (火) 17時16分
真砂 さん
注意深くあると、
いえ……、
機嫌よく注意深くあると、
思いがけないもの同士が響きあうのを
発見できるんだなあ。
シャボン玉とヴァイオリンと。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年3月24日 (火) 17時18分
寧楽 さん
こちらは、もう桜がすっかり咲いています。
桜は上方から、
「落ち着いて、ゆっくりね」
「ゆっくり気づいてね」
と声をかけてくれます。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年3月24日 (火) 17時20分
ふみさまみなさま、おしさしぶりでございます~~
3月に入り2娘の卒業だ(保護者の列席はかなわなかったけど)、あたたかくなり虫さんたちがお出ましになるまえに、空き家実家の父の部屋と廊下縁側の床の張り替えを完了したくて週末はそちらに泊まり込んだり、世間のもやもやをふっとばすかのように家族で西伊豆に旅行に行っちゃったり、生徒さんも3分の1の方ぐらいがお休みされている中、残りの通ってきてくださる生徒さんとは、いつにも増して大きな声で歌ったり、弾いたり、世間話したり、して張り切ってお仕事させていただいて夜には疲れ切ってバタンキュだったり、高校時代の親友がちょっと手術で入院するので、壮行会を開いてお昼をたっぷり作ってもてなしたり、10日がお誕生日だったため焼肉食べ放題やっちゃてあまりに呑んで食べすぎてしまって動けなくなっちゃたり(笑)・・・・。
もっと籠らなくてはいけないのかもしれないけど、(実際籠り気味の生活ではあったのですが(;'∀'))すこぶるかわりなく季節のかわりめを楽しくパタパタしておったので、みなさんのあったかいお話は板切れで楽しませていただきながら私も参加させてもらいたいな~とおもいながらもあっという間に3週間たってしまっておりました。
大丈夫。『コ』にはかかっておりませんよー。
『コ』なんてふっとばせ~~というか、無視無視。
のおきょうさんです。
桜も咲いたし、上を見て歩かなくちゃですね!
ふみさまのお話~~超ワクワクなんですけど~~!!
なんていうか、お話を読んでもらったことなんて何十年ぶりだろう・・・。
自分で声に出して読んだのですが、なんだかどなたかにお話の読み聞かせをしていただいたかのような気持ちになりました。
うれしい。来週は続きを聴けるのかな?
パソコンの前に温かい甘めのココアと、おいしいクッキーを用意してクリックしよっと!
ありがとうございます。
みなさんにもあたたかいお茶を一杯、お配りしたい気持ち。
頑張りすぎずにほっこりで。
そしてたまこさんは頑張ってきてください!!
投稿: おきょうさん | 2020年3月24日 (火) 18時17分
ふみこさま。
こんばんは。
今、はるくんに読んでみました😃
「続きが気になるー❗️ 明日書いてほしい
」
って言ってました🎵
一緒に聞いていたくまこも、続きが気になる~って言ってましたよ。
楽しみに待ってますね~☺️
投稿: こぐま | 2020年3月24日 (火) 21時01分
おきょうさん さん
うわあ、爛漫( おきょうさんさんのことです)。
と、叫びました。
西伊豆は鉄道のない場所だから、
船やバスで行くのですよね。
(自家用車も)。
不思議な、夢の国。
また行きたいなあ。
大活躍の春の日日、
もう少しこころを開いて過ごそう。
と、おたよりを読んで思いました。
ありがとう、ありがとうございます。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年3月25日 (水) 10時04分
こぐま さん
……いやあ、
「おはなし」のせんせいに
励ましていただき、
ありがとうございます。
こけないようにがんばります。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年3月25日 (水) 10時05分
ふみこさま、みなさま、こんにちは。
お話、心がほっこりしました。
今、心がつかれているようです。
モヤモヤしたりさみしく思ったり。
自分でブレーキをかけすぎなのかもしれないですね。
もっと友人と会ったり、実家にも帰りたいなって思うけれど。
相手に迷惑かなって思うと気軽に声をかけたり誘うことを躊躇してしまって。何の予定もなく真っ白な3月です。
息子の中学校もずっと休校です。
春休みになり、部活ができるようになると連絡がきたのでほっとしていたら、
息子が所属する部活は、結局春休み中も1日もできないそうで。。。(部によって対応が違うようです)
なんだかガッカリしてしまって。
しょうがないと思いつつ、悪い方にばかり考えがいってしまっているようです。
でも、家が大好きな息子はいたって平和そうで。
不安もあまりないようで。
ゲームとYouTube三昧です。
母はその姿を見て、不安なんですがね・・・笑
勉強も一応していますし、家の手伝いや筋トレもちょっぴりはしていますが、そのほかの自由な時間は、まさに自由。
今の興味は、ゲームとYouTubeの2択のようで。
本読んだり、絵描いたり、料理したり、散歩したり、何か別のこともしてみようと誘うのですが、まったく興味がないそうです。
このままでいいのかな、大丈夫なのかな、と思ってしまうのです。
ゲームもYouTubeもすべてが悪いと思いませんし、存分に楽しんでいいと思うのですが、
何週間もこんな生活を過ごしていると、
最近はなんだか不安ばかり、心配ばかりになってしまって。
つい色々と言いすぎて、息子とバトルになったり。
あぁ~、すみません。
ただ、ただ、自分の不安を綴ってしまいました。
世界のことを考え出したら、
私の不安も愚痴もどうでもいいようなしょうもないことなんですが。
だから、どこにも発せないまま
少しずつモヤモヤが溜まってしまって
知らずうちに心のつかれになってしまったのかもしれないです。
ふみこさん、長々とどうでもいい愚痴を書いてしまい、すみませんでした。
でも書いているうちに少し心が軽くなったような。
ここで吐き出せたからかもしれないです。
みなさん、この状況でも、あたたかく穏やかなコメントばかりで、
いつもほっとします。
ふみこさんのお話の続きも楽しみにしています。
投稿: さゆ | 2020年3月25日 (水) 13時10分
さゆ さん
そうですそうです、
吐きださなくては。
そうでないと、
出してはいけないところで、
ちゅるちゅる、ちゅるちゅると
愚痴やため息が口から……。
わたしもちょっと愚痴と、白状を。
仕事をする気が起こりにくく、
韓国ドラマを鼻先にぶら下げて、
家のしごとを鼻先にぶら下げて、
友だちから借りたマンガを鼻先にぶら下げて、
机に向かう日日。
(ただなまけているだけかも)。
だけど、さゆさんのお宅の
王子さまは、うまく過ごしていますねえ。
様子を見ていてごらんください、
驚くほど、力をつけているはず。
たのしむ工夫をして、それを実現させているはず。
見習いましょう、さゆさんもわたしも。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年3月25日 (水) 22時55分
ふみこさん
ありがとうございます。
ありがとうございます。
あたたかく優しいお返事に、朝から救われた想いでした。
投稿: さゆ | 2020年3月26日 (木) 10時30分
さゆ さん
こちらこそありがとうございます。
王子さまのおかげで、
あたらしい世界観をわかろうとする、
見守ろうとする、
おもしろがるこころの大切さを
たしかめることができました。
いまこそ。
と、思いました、とさ。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年3月27日 (金) 10時23分
ふみこさま みなさま こんばんは
やっぱり私も続きが気になる…。
続きを楽しみにしています。
レオ・レオニさんの『フレデリック』を思い出しました。
大好きな絵本です。
こんな時は、言葉の力ですね。
投稿: さのまる | 2020年3月27日 (金) 19時57分
ふみこさんこんにちは。
今の世界に、こんなにステキなお話をありがとうございます!さっそく子供に読ませていただきました。子供より私がワクワクしてきました!
平べったい木の棒…どんな感じの鉛筆なんだろう…!ツカサ君のお母さんの机のインクが並んでいる光景が目に浮かびました…。
インク瓶が並んでいるなんて…素敵すぎます。
私だったら、、きっとツカサ君以上にわくわくが止まらないでしょう!
今の時代、テレビやメディアがたくさん溢れていますが、
こうやって、お話を聞いて、自分の世界で物語を想像すること…なんて楽しいのでしょう!
たくさんの子供たちにその楽しさを感じてほしいな…と思います。
ふみこさん、楽しい時間をありがとうございます。
投稿: みゅー | 2020年3月28日 (土) 11時44分
お話 次回楽しみです。今自分なりに続きを頭の中で展開させていますが とんでもない方向に行きそうです。
うちにも9歳の男の子の孫が2人いますが ツカサ君のようにちょっぴり悪いことで収まりそうにないです。1人でお留守番できるかな?
4月から小学校入学の孫がおり 今 手提げやら靴入れやら等々作るのに追われています。ほとんど毎年この時期には苦手なミシンと格闘しています。
でも今年は私の気持ちの中で何か違います。どうか これを持って無事に入学式が迎えられますように!!!元気にお友達と会えますように!!!大勢の方々にーおめでとうーと言ってもらえますように!!!本当に心から祈りながら 1つ1つ作ってます。外出のできないこの時期に夢中になってこすることがあって 孫に感謝です。
投稿: ann | 2020年3月28日 (土) 16時38分
さのまる さん
ことばの力が、
磨かれ、鍛えられてゆく時代に
なってゆくと信じています。
この国のことばは
深くて深くて、魂がこもっているから……。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年3月30日 (月) 12時13分
みゅー さん
みゅーさんは、
ものがたりから、絵の世界をふくらませて
みてくださいね。
合奏ね。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年3月30日 (月) 12時14分
ann さん
ann さん、
「こめる」季節を
生きておられる……。
あやかりたいです。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年3月30日 (月) 12時16分
ふみこ様 こんにちは
学校の休校から 引き続いて 春休みに入り
子供たちは 一か月近く 家で過ごしているのですね
ふみこさんのお話を読みながら
チビの鬼の リュウイチがこれから
紙から飛び出して どんなことをしでかすのか
いろいろ想像してみたくなりました
お母さんがお話を書き
留守番の子供が その続きを担当・・
それを 一日 半ページでも一ページでも
続けていく
そんな遊びも いいかもしれないですね
日ごとに 春らしくなり
福寿草も咲き始めました
こうしていると
いつもと変わらない 春です
投稿: えぞももんが | 2020年3月30日 (月) 14時25分
えぞももんが さん
そうですね。
みんなでおはなしをつくれたらいいなあと、
夢のようなことを、わたしも空想しています。
何かをとり戻す機会になるといいなあ、と。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年3月31日 (火) 01時44分