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2020年4月の投稿

2020年4月28日 (火)

よんぴる 〈6〉

 おばあちゃんの家からもどったツカサは、ママの机に向かいました。
 よんぴるを持ち上げ、おばあちゃんがしたように両手でそれを包みこみ、しばらくじっとしていました。ツカサにはわからないこともありましたが、わかることもありました。わからないことはきっといつか、わかるようになるでしょう。
「じゃ、またあした」
 よんぴるに向かってそう云い、ママの机の3番めのひきだしにそおっとしまいました。


 翌日、ツカサは午前中に公園に出かけた。
 そこにはリュウイチがいた。
 学校のない土曜日や日曜日には、こんな時間に公園でリュウイチと会って遊んだり、ちょっと話したりする。
「ツカサ」
「リュウイチ」
 と思わず名前を呼びあったら、カーッとはずかしいような気持ちが湧き上がった。これじゃ、恋人同士みたいじゃないか。
「リュウイチ、かっこいいスニーカーだな。ほしがってたやつ」
「大ママに、えと、大ママってお母さんのほうのばあちゃんな。大ママに『ウィルスがひろまって大変だから、大ママはできるだけおとなしく家にいてください』って手紙を書いたんだ」
「おまえが、手紙!」
「うん、初めて手紙もらったって大ママがよろこんで、このス二ーカーを送ってくれたの」
「すごいなあ、いいなあ」
「来月には、これはいてサッカーやったり、トレッキングもできるよな」
「だといいな」
 リュウイチと、マンガとゲームのはなし、宿題のドリルのことを話して、「また会えるといいな」「うん、ばったり会おう」と云って別れた。
 家に帰っても、何となくこころがはずんでいた。友だちと会って話すって、やっぱりうれしいものだ。短い時間だったし、たいしたはなしはできなかったけれども、リュウイチから流れてくるものと自分が発しているものが空中で混ざり合う感覚があった。
 これがポン、ポン、とはじけるのが学校の空気なんだよな。
 そんなことを考えていたら、ふと、ちびの鬼の顔が浮かんだ。
(あいつはぼくが描いたリュウイチだったな。ちびの小鬼みたいになっちゃったけど……)
 ちびの小鬼は「いつか、また、くるよ」ということばを残して帰って行った。
(そうだ、またきてもらおう)
 ところで、あれはどこにしまったのだったっけ。
 とびらの絵。
 ぼくの部屋の本立ての、教科書と教科書のあいだに、それはあった。描き上げたとびらの絵を持ち上げた途端、絵のとってをつかむと、グッと引いてとびらを開き、行ってしまったあいつ。
 その存在の不思議さと、あっけなく行ってしまったむなしさをどう受けとめていいかわからなくて、ぼくは、とびらの絵を乱暴に本立てに押しこんだのだ。紙の端っこがよれたのを、てのひらでのばして、机の上に立てかけて置いた。
 眺めていると、とびらはかたくしまっている。
「そうだ!」
 ぼくはとびらの絵を持ってママの机に走ってゆき、3番めのひきだしからよんぴるをとり出した。絵のなかのとびらが開いているような感じに……、すきまを描いた。
「これでよし」

 それから、ママのひきだしから紙を1枚もらって、よんぴるで四角を描いた。
「なんだと思う?」
 ぼくは、誰に聞くともなくそう云って、自分で答える。
「手紙の絵だよ」
 よんぴるをしまって部屋にもどり、レポート用紙に「おばあちゃんへ」と書いた。
 
 おばあちゃんへ
 このあいだは、たまごサンドをごちそうさまでした。
 あの日おばあちゃんから聞いたはなし、ぐるぐる、ぐるぐるずっと考えています。
 おとなりの韓国のこともこれから勉強します。そしていつかきっとぼくは、韓国のひとと友だちになるだろうと思います。
 おばあちゃん、よんぴるで絵を描いたよ。
 なんだと思う?
 これは手紙の絵だよ。
 おばあちゃんの家のどこかに置いといてみてください。
 ウィルスがひろまって大変だから、おばあちゃんはできるだけおとなしく家にいてください。
 ところでぼくの足のサイズは22cmです。
                                     司より

 この手紙のさいごの部分はリュウイチの真似だ。
 足のサイズを書くのはどうかと思ったけど、もしかしたらぼくのところにもかっこいいスニーカーがくるかもしれないから、書いておいたんだ。
 封筒がどこにあるかわからなかったから、手紙と手紙の絵をたたんでレポート用紙で包み、表に「おばあちゃんへ 司より」と書いた。
 静かに家を出ておばあちゃんの家に歩いて行き、1階の郵便受けにレポート用紙の封筒をかさりと、入れた。

 いつになく素早い行動力を発揮したツカサでした。
 ツカサがよんぴるで描いたとびらの絵、手紙の絵は、何かを起こすでしょうか。ツカサは、自分が思いつくかぎりのことをしたのです。何かが起きたらうれしいけれど、起きなくたってかまわないや、と思いました。
 その日はたくさんごはんを食べ、何も考えずにふとんにもぐりこみました。
                                     〈7につづく〉

Photo_20200428093601
家の西側のフェンスのハゴロモジャスミンが、
満開です。
1階から3階までびっしり。
ちょっと広がり過ぎたので、
花が終わったら整えなければ……。
しかし、植物の力強さには励まされます。
ありがとう花たち。
ありがとう虫たち。
ありがとう鳥たち。
ありがとう……。

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2020年4月21日 (火)

よんぴる 〈5〉

 ポットをゆっくり持ち上げ、紅茶茶碗に紅茶を注ぎながらおばあちゃんは、もう一度ふーっと息を吐きました。赤い紅茶は、いつの間にか、薄茶色に変わっていました。おばあちゃんがツカサのために、茶碗にあらかじめ牛乳を入れていたからです。

「女の子のオモニは……。オモニって、そうよ、韓国語でお母さん。彼女は背が高くて、すばらしくきれいなひとだった。わたしたちも、目と目を合わせた瞬間、あ、仲よくなれそう、って思ったのよ」
「うんうん」
「娘たちを公園で遊ばせながら、よくふたりで話したの」
「日本語は、わかるの?」
「うん。上手だったよ。女の子、女の子の名前は思いだせないけど、お母さんの名前はおぼえてる。ソユン。……ソユン」
 おばあちゃんは目の前の友だちに呼びかけるように、云った。やさしくやさしく、ソユンって。
「一度うちでお茶に招いたこともあるのよ。目の前がうちだっていうのに、遠慮していて、なかなかきてくれなかったんだけど、きてくれたとき、韓国の海苔巻きを持ってきてくれたんだった。キンパっていうんだって。ごま油の香りと、たくあんのぱりぱりっとした食感が……。あれ、美味しかったな。彼女のオモニがつくって持たせてくれたの」
「オモニのオモニだね」
「そしてつぎには、サチ(ぼくのママだよ)とアタシをソユンが家に招(よ)んでくれたの」
 おばあちゃんは、自分の前に置いた紅茶茶碗のなかをのぞきこむようにして、黙った。紅茶茶碗のなかに何か見えるのかと思って、こっそり、ぼくものぞいてみた。半分くらいに減った紅茶があるだけで、ほかには何も見えない。

「ソユンの家は、びっくりするほどうちから近くて、ソユンのオモニ、ソユンのきょうだいの家族も住んでた。めずらしい韓国のお茶や、お菓子をごちそうになったあと、ソユンのオモニが、こう云ったの。『うたさん(おばあちゃんの名前)、娘と孫にやさしく、親切にしてくださってありがとうございます。だけど、これ以上のおつきあいはできないのです。わかってください』」
「え」
 ぼくはびっくりして、もうひとつ食べちゃおうと手をのばしてとったタマゴサンドをテーブルの上に落としてしまった。
「アタシもびっくりしたのよ。何が何だかわからなかった。ソユンは悲しそうな顔をするだけで、何も云わなかったわね。それから、一度だけ公園でソユンがわたしに近づいてきてね。『ごめんなさい。オモニには従わないといけないの。うたさん、うたさん、たのしかった。ありがとう』って、そう云ったのよ。そのとき、平べったくて長い木の棒みたいなえんぴつをわたしてくれたの」
「よんぴる?」
「うん。『友情の思い出に』と云って、ソユンははなれて行ってしまいました」

 おばあちゃんは、ものがたりを終わらせるような調子で、ことばを切った。ぼくは、「それからどうなったの?」「女の子とママはさよならをしたの?」と聞きたかったけど、がまんした。
 おばあちゃんの家の居間の窓から、光が差しこんできた。なにしろ林みたいな中庭だから、光はチロチロと複雑に散りながらゆれている。
「おばあちゃん、ぼく、よんぴる、持ってきたんだ」
「見てもいい?」
 ぼくは、持ってきた布のカバンからよんぴるを出して、テーブルの上に置いた。
 それをじーっと見ていたおばあちゃんは、「お湯を沸かさなくちゃ」と云って立ち上がると、ぼくに背中を向けて行ってしまった。
 しばらくしてもどってきたおばあちゃんは、「でね、」と、明るい調子ではじめた。
「でね、そのあと、何度かはふたり、ええと女の子とソユンを見かけたけど、それきり会うことはなくなったの。お国に帰ったのじゃないかなあ、と思うことにした。ちょっとさびしくて、うんといい思い出。ソユンやわたしのお母さんの年代には、韓国と日本のあいだにむずかしいことがたくさんあったのよ。ソユンのオモニの云ったことは、あのころのわたしにはわからなかったけどね、わからなくても、受けとめずにはいられない何かを感じていたの。そう、これがあのときのよんぴるなのね。サチは、大事に持っててくれたのね。」
「うん。おばあちゃんに、仕事のお守りにもらったって」

 おばあちゃんはなつかしそうに、よんぴるを持ち上げると、両手で包みこむようにしました。ツカサは、遠い昔のはなしを聞きながら、よんぴるは「友情の思い出」なんだな、と思いました。
 会ったことのないママの友だちだった韓国人の女の子と女の子のママのことを想像しました。
                                     〈6につづく〉

Photo_20200421040201
仕事やしごとの合間に、ちっちゃな手仕事を
いっぱいしています。
これは本日お手仕事です。
昔むかし、二女が小学校低学年のころ、
小遣いをためて
プレゼントしてくれた天然石の指輪を、
本の栞につくり換えました。

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2020年4月14日 (火)

よんぴる 〈4〉

 思い返せば、ほんの短いひとときでした。
 そうです、数分間ことばを交わしただけでしたが、ちびの鬼をとびらの向こうに見送ってから、ツカサはしばらくぼんやりしていました。
「また、きたらいい」と声をかけたものの、もう少し確かな約束をすればよかった、と思いながら。
 そんなとき、あるひとのことを思いだしました。

「ママ、おばあちゃんに何か、届けるものはないの? ぼく、おばあちゃんに聞きたいことがあるんだよ」
「おばあちゃんに? 宿題か何か?」
「う、うん。そういうこと。あした行こうと思う」
「じゃ、ママレードと黒豆をびんに詰めるから、それ、持って行って」
 よく日。昼前にぼくはひとりでおばあちゃんの家に行った。
 ぼくの家から30分くらい歩いたところにあるマンションで、おばあちゃんはひとり暮らしをしている。マンションの庭には木がしげっていて、林のように見える。おばあちゃんらしい場所だ。
 おばあちゃんが「さいごはちっちゃな箱の家に、ひとりで住む」と云いだして、このマンションをみつけてきたとき、ひとり暮らしには反対だったママもパパも、「こんな家みつけちゃったら、反対しても無駄だね」と思ったんだそうだ。
 エレベータを使わず、かいだんで5階まで上がり、手をのばせば木の枝に届きそうな廊下を歩いて、いちばん奥の部屋の前に立つ。ノック。ピンポンもついているけど、おばあちゃんはノックがいい、と云う。
「ノックは4回するのがいいよ、ツカサ。2回だとトイレのノックになるし、3回だと……」
「なんだよ、3回は」
「死んだひとがドアをあける。じいちゃんとか」
 おばあちゃんは、いつもこんな調子だ。
(うそばっかり)
 と思いながらも、ぼくは4回ノックする。
 コンコンコンコン。
「お、きたね。こんにちは」
「こんにちは」
 おばあちゃんは、黒いセーターと水玉もようのパンツをはいて立っていた。
「ツカサ、また背がのびてる」
「ええと、きょうはママからのママレードと豆を。はい、どうぞ」
「これで3つだね」
 ぼくがおばあちゃんを訪ねるとき、玄関で3つおみやげをわたすのが約束になっているんだ。ひとりで歩いてこられるようになったときから、ずっとこの約束はつづいている。

 その日の3つ。
 みっつめは黒豆。ふたつめはママレード。ひとつめは、ぼくからおばあちゃんへの「こんにちは」。
 初めてひとりできた日、小学1年生になったばかかりだったが、何も持ってこなかったぼくは、「こんにちは」をわたしたあと、あのころあつめていたポケモンカード1枚をわたし、あとは必死で学校の校歌をうたったんだ。
 まだよくおぼえてなかったから、途中からデタラメをうたった。……たぶんばれてたと思う。

 こずえのかなた くもながれ
 みどりのかぜは まどたたく
 われここにていきるなり
 ふしぎの ふしぎの小学校

 ふしぎのふしぎの小学校って、どう考えたっておかしい。
 だけどあの日、おばあちゃんは、なんだか知らないけどやけに感心してくれて、「いいね、ツカサ、そりゃいいね」と云ったんだ。

「おばあちゃん。聞きたいことがあるんだ、よんぴるのこと。えんぴつのよんぴるだよ」
 思いきって、ぼくはことばを切らずに、聞いた。おばあちゃんは、たまごサンドと、きゃべつのスープを目の前に置きながら、「よ・ん・ぴ・る」と、つぶやいた。
 よんぴるを勝手にひっぱり出して絵を描いたこと。友だちを描いたのに、ちびの鬼みたいな絵になったこと。絵からちび鬼が抜けだしてしっぽだけが残ったこと。ちび鬼がしっぽをとりもどしにきたことをはなした。
「で、ちび鬼はどうなったの?」
 おばあちゃんは、かすれ声で聞く。
「ぼくがよんぴるで描いたとびらをあけて、帰った」
「……帰った。韓国に帰ったのかしら」
「なに、カンコクって韓国のこと? どうして韓国なんだよ」
 おばあちゃんは、紅茶のポットに手をかぶせるようにして、何かを思いだそうとしている。遠い遠い昔のこと? 

「ツカサのママが、いまのツカサよりもっと小さかったころ……」
 やっとおばあちゃんははなしはじめる。
「ママが、いまのぼくよりも小さかったころ」
 ぼくはゆっくりくり返す。
「ママは保育園の年長の、さくら組さん。家の前に公園があってね、その向こう側が保育園だったんだけど、そこへは入れなくて、家から自転車で15分くらいもかかる保育園に通ってたの。0歳組に入所して、結局6年間通っちゃったのよ。ちょっと遠かったけど」
「うんうん」
 こういうときは、あいづちが大事だ。
 ほんとは息を飲んでるけど、息を飲んでだまってると、語るひとは相手が聞いてないんじゃないかと思って(おばあちゃんなんかは、そうだ)、はなしをやめちゃうことがあるから。
「うんうん、おばあちゃんが送り迎えをしたんだね。それで?」
「じいちゃんもしてくれた。送りはじいちゃん、迎えはばあちゃん。ってさ、そのころ、じいちゃんはお父さんで、アタシはお母さんよ。わかる?」
「わかる」
「夕方家の前でママを、サチ(ぼくのママはサチだ)遊ばせていると、家の前の公園に、公園向こうの保育園の子どもたちと会うのよね。すごく元気な女の子がいてね、いつの間にかサチと仲よくなったの。女の子はサチの帰りを待ってたし、サチのほうでも公園で女の子をさがしたりね。ある日、女の子のオモニと会ったの」
 おばあちゃんは、そう云うとふーっと息を吐いた。

 オモニって……、そうかお母さんのことだな、とツカサは思いました。
 ひとのはなしを聞くときあいづちが大事なこと、大人のはなしを聞くとき、なるべく口をはさまないほうがいいってことを、ツカサは知っていたました。矢継ぎ早の質問なんか、ダメなのです。
 
                                      〈5へつづく〉

Photo_20200414032901
刺繍作家の友だちが数年前に
つくって送ってくれたポーチ。
これまでずっとガラス戸棚のなかに
飾っておいたのです。
でも、4月14日から、バッグのなかに入れて
持ち歩くことにしました。
なかには……、おいしいものを納めますの。
まずはアーモンドとピスタチオ、ココナッツ、
クランベリーのおこしです。
たのしまなくちゃ、ちゃ、ちゃ。

〈お知らせ〉
本日からHPを開きます。
山本ふみこ公式HP

https://www.fumimushi.com/

ブログも、いろいろのお知らせも、
ここを入口にご案内します。
これからHPも育てててまいりますので、
よろしくお願い申し上げます。

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2020年4月 7日 (火)

よんぴる 〈3〉

「しっぽを返しておくれよ」
 たしかにそう聞こえました。
 ツカサはそうして、「よんぴる」という名前の平べったいえんぴつで友だちのリュウイチを描いたこと、描いたはずなのに絵がなくなっていたことを思いだしました。絵のリュウイチにはしっぽをつけたのです。
 そういえば、さいごに見たとき紙には……、しっぽだけが残っていました。

 絵のことを思いだしたその瞬間、ぼくの目の前を、横ぎるかげがあった。ひゅん、とかすかな音をたてて、それは飛んだ。
「しっぽを返しておくれってば」
 また声がした。ちっちゃな声だが、はっきり聞こえた。
「しっぽって、しっぽ?」
 宙(ちゅう)に向かって、おそるおそる聞いてみた。
「しっぽっていったら、しっぽに決まってら」
 ママの机の上に広げた本の文字の上に立って、こちらを見上げているのは、小さな男の子だった。
「キミは、ぼくが描いたキミなのかな」
 心臓がドクンドクンと鳴っている。
 男の子は5cmか6cmくらいの身長で、黒い長袖のシャツに青いズボンをはいている。先っぽが少しとがっている耳。ちぢれた髪。その上目がつり上がってて、ちびの鬼みたいだ。
 ぼくのほうに青いズボンのお尻を向けて、ちびの鬼は「しっぽ!」と叫んだ。
 絵を描いたあの紙をどうしたんだったかな。そういえば、居間のソファのクッションの下につっこんだのだ。
「待ってて」
 ソファの上からでっかいクッションをどけると……、あったあった、くるくるまるめた紙。そこにはしっぽだけが浮かんでいた。
「キミのしっぽ?」
「そうだよー」
 机の上に紙をひろげると、ちびの鬼はちょっとおこったような顔をして、紙の上からしっぽを拾って、ひょいっと自分のおしりにくっつけた。
「これで帰れる」
 と、ちびの鬼はつぶやいた。
「どこへ?」
「家に帰る。ずっとしっぽをさがしてたんだ」
(そっか。ヤクルト飲んだのも、チョコレートやバナナをかじったのも、キミだったんだな)
「帰るから、あれを描いてよ」
「あれって?」
 ちびの鬼は腕をふり上げるようにして、四角いかたちを宙に描いて見せた。つづけて、こぶしをにぎって、ひっぱる仕草をする。
「とびら?」
「そ。描いて」
 何が何だかわからなかったけど、「よんぴる」で描かなくちゃだめだってことだけは、わかった。ママの机の3番めのひきだしをひっぱり出して、平べったくて、細い板みたいなえんぴつをつかんだ。
「よんぴるだねー」
 ちびの鬼は初めて、うれしそうな声で云った。
「これで描けばいいんだよね。大きさは?」
「ボクが通れるくらいのを」
 2番めのひきだしからうら紙をとり、机の上に置いてよんぴるをあてる。四角いかたちを描きながら、「どこから、きたの?」とゆっくり云う。
「とびらの、向こうから」
 ちびの鬼も、ゆっくり答えた。
「近いの?」
「近くはないよ。だけど、ときどき近くなる。よんぴるによばれると、なんだかすごく近くなる」
 よんぴるを、紙の上でわざとのろのろ動かして、聞きたいことは何だろうと、ぼくは考える。
「また、きてくれる?」
「……」
「また、きてほしいな」
「いつか、また、くるよ」
 いくらのろのろ手を動かしたって、四角いだけのとびらと、まるいとって(ノブというあれ)はたちまち描けちゃった。
「できたよ」
「ありがとう。ヒトと会ってはいけないことになってるからさ、こわかったんだ。だけど、いまはちっともこわくない。いっしょに遊びたかったよ」
「また、きたらいい」
 ちびの鬼は、それには答えず、ぼくが描いたまるいとってをつかむと、グッと引いて、するりととびらの向こうへ行ってしまった。筆のようにふさふさのしっぽの先っぽが、とびらのなかでしばらくゆれて動くのが見えた。

 あっけないな、と思ってツカサはため息をつきました。
 せっかくみつけたちびの鬼を、もうなくしてしまったのですから、がっかりせずにはいられませんでした。
 このときはまだ、このはなしにつづきがあることを、知らずにいたツカサです。
                                      〈4につづく〉

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庭のチューリップが咲きはじめました。
球根(2年め)を15個埋めたのです。
赤いのばかり。
蕾はいきなりふくらみ、
ふくらみながら「おめでとう」「おめでとう」
と云うのです。
そうですともさ、「おめでとう」の春です。

〈お知らせ〉
4月7日(火)よりメルマガエッセイ
「20時のおつかれさま」の連載がスタートします。
毎週火曜日、20時配信/全12話
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