よんぴる 〈6〉
おばあちゃんの家からもどったツカサは、ママの机に向かいました。
よんぴるを持ち上げ、おばあちゃんがしたように両手でそれを包みこみ、しばらくじっとしていました。ツカサにはわからないこともありましたが、わかることもありました。わからないことはきっといつか、わかるようになるでしょう。
「じゃ、またあした」
よんぴるに向かってそう云い、ママの机の3番めのひきだしにそおっとしまいました。
翌日、ツカサは午前中に公園に出かけた。
そこにはリュウイチがいた。
学校のない土曜日や日曜日には、こんな時間に公園でリュウイチと会って遊んだり、ちょっと話したりする。
「ツカサ」
「リュウイチ」
と思わず名前を呼びあったら、カーッとはずかしいような気持ちが湧き上がった。これじゃ、恋人同士みたいじゃないか。
「リュウイチ、かっこいいスニーカーだな。ほしがってたやつ」
「大ママに、えと、大ママってお母さんのほうのばあちゃんな。大ママに『ウィルスがひろまって大変だから、大ママはできるだけおとなしく家にいてください』って手紙を書いたんだ」
「おまえが、手紙!」
「うん、初めて手紙もらったって大ママがよろこんで、このス二ーカーを送ってくれたの」
「すごいなあ、いいなあ」
「来月には、これはいてサッカーやったり、トレッキングもできるよな」
「だといいな」
リュウイチと、マンガとゲームのはなし、宿題のドリルのことを話して、「また会えるといいな」「うん、ばったり会おう」と云って別れた。
家に帰っても、何となくこころがはずんでいた。友だちと会って話すって、やっぱりうれしいものだ。短い時間だったし、たいしたはなしはできなかったけれども、リュウイチから流れてくるものと自分が発しているものが空中で混ざり合う感覚があった。
これがポン、ポン、とはじけるのが学校の空気なんだよな。
そんなことを考えていたら、ふと、ちびの鬼の顔が浮かんだ。
(あいつはぼくが描いたリュウイチだったな。ちびの小鬼みたいになっちゃったけど……)
ちびの小鬼は「いつか、また、くるよ」ということばを残して帰って行った。
(そうだ、またきてもらおう)
ところで、あれはどこにしまったのだったっけ。
とびらの絵。
ぼくの部屋の本立ての、教科書と教科書のあいだに、それはあった。描き上げたとびらの絵を持ち上げた途端、絵のとってをつかむと、グッと引いてとびらを開き、行ってしまったあいつ。
その存在の不思議さと、あっけなく行ってしまったむなしさをどう受けとめていいかわからなくて、ぼくは、とびらの絵を乱暴に本立てに押しこんだのだ。紙の端っこがよれたのを、てのひらでのばして、机の上に立てかけて置いた。
眺めていると、とびらはかたくしまっている。
「そうだ!」
ぼくはとびらの絵を持ってママの机に走ってゆき、3番めのひきだしからよんぴるをとり出した。絵のなかのとびらが開いているような感じに……、すきまを描いた。
「これでよし」
それから、ママのひきだしから紙を1枚もらって、よんぴるで四角を描いた。
「なんだと思う?」
ぼくは、誰に聞くともなくそう云って、自分で答える。
「手紙の絵だよ」
よんぴるをしまって部屋にもどり、レポート用紙に「おばあちゃんへ」と書いた。
おばあちゃんへ
このあいだは、たまごサンドをごちそうさまでした。
あの日おばあちゃんから聞いたはなし、ぐるぐる、ぐるぐるずっと考えています。
おとなりの韓国のこともこれから勉強します。そしていつかきっとぼくは、韓国のひとと友だちになるだろうと思います。
おばあちゃん、よんぴるで絵を描いたよ。
なんだと思う?
これは手紙の絵だよ。
おばあちゃんの家のどこかに置いといてみてください。
ウィルスがひろまって大変だから、おばあちゃんはできるだけおとなしく家にいてください。
ところでぼくの足のサイズは22cmです。
司より
この手紙のさいごの部分はリュウイチの真似だ。
足のサイズを書くのはどうかと思ったけど、もしかしたらぼくのところにもかっこいいスニーカーがくるかもしれないから、書いておいたんだ。
封筒がどこにあるかわからなかったから、手紙と手紙の絵をたたんでレポート用紙で包み、表に「おばあちゃんへ 司より」と書いた。
静かに家を出ておばあちゃんの家に歩いて行き、1階の郵便受けにレポート用紙の封筒をかさりと、入れた。
いつになく素早い行動力を発揮したツカサでした。
ツカサがよんぴるで描いたとびらの絵、手紙の絵は、何かを起こすでしょうか。ツカサは、自分が思いつくかぎりのことをしたのです。何かが起きたらうれしいけれど、起きなくたってかまわないや、と思いました。
その日はたくさんごはんを食べ、何も考えずにふとんにもぐりこみました。
〈7につづく〉
家の西側のフェンスのハゴロモジャスミンが、
満開です。
1階から3階までびっしり。
ちょっと広がり過ぎたので、
花が終わったら整えなければ……。
しかし、植物の力強さには励まされます。
ありがとう花たち。
ありがとう虫たち。
ありがとう鳥たち。
ありがとう……。
最近のコメント