よんぴる 〈最終回〉
(ぼくはいま、とくべつの勉強をしているのかもしれない)
とツカサは思いました。
「シンさん」
シンが人形用だという小さなコップでヤクルトを飲んでいるのを眺めていたおばあちゃんが、口を開いた。
「シンさん、うんと若いころ、わたしはカカリサマに会ったことがあるの」
「え!」
思わず声を上げたのは、ぼくだ。
おばあちゃんはぼくのほうを向いてうなずき、はなしをつづけた。
「あれは仕事からの帰り、夕方、いつもの道を歩いていたの。5月、だったわね。
道端にブロック塀がくずれた空き家があって、そのあたりは、なんとなく好きになれなくてね、急ぎ足になった。こわれたブロック塀の上に、薄汚れたコートをはおった怖い顔をしたおじさんがすわっているのが見えたの。
にらむように通りを行くひとをながめていた。そこにね、大きなお腹を抱えるようにしている若いお母さんが通りかかった。もう間もなく赤ちゃんが生まれようという、お母さんね。
するとおじさんが立ち上がり、若いお母さんに近づこうとしたの。
いやな予感がして、思わず立ち止まって若いお母さんを見たら、どうもおじさんの姿が見えてないらしかった……。
そのとき、わたしのうしろから声がしたの。『ならぬ』って」
「カカリサマの声だね」
シンが云った。
「『ならぬ』という声を発したのは、白い上着に黒っぽいズボン姿の若いひとだった。その姿が見えて、声が聞こえたのは、怖い顔のおじさんとわたしだけだった。若いお母さんは少しも気がつかず通りを進んで行こうとしたし、近くで遊びながら帰っているらしい子どもも、こちらを見なかった。
おじさんは、びくっとして、行ってしまおうとからだの向きを変えたけど、若い男のひとはおじさんの肩に手を置いて、こう云ったの。
『ソナタ、もうすぐ生まれようという赤ん坊にとり憑(つ)こうとしたな。二度と、こんな真似をしてはいけない。一度あの世にもどり、また生まれ、つぎこそたのしい人生を生きるのだ』」
おばあちゃんは、ほおっと息を吐いた。
ぼくも、ほおっと息を吐く。
「そしておじさんは、消えたの。それを見て若い男のひとは『これでよし』とつぶやいて……、わたしを見た。
『あなたは見てしまったのだな』
『はい、見てしまいました』
『わたしはカカリ。さきほどのように死んでもいない、生きてもいない存在にはなしをつける係なのです。あちらの世では、先輩たちはわたしをカカリと呼び、後輩はカカリサマと呼びます』
『カカリサマ、わたしはいま見たことをひとに告ぐべきではないのでしょうね。……告げません。告げませんわ』
『すまぬ。しかし、あなたに見えたということは、それなりの意味もあろうから、わたしはずっとあなたを守りましょう。佳い人生を生きてください。この世をつくった、大きな大きな存在は、ヒトがこの世でたのしい人生を生ききることを、もっともよろこんでくださる』」
そう云ったまま、おばあちゃんはだまってしまった。
「それで、終わり? そのあと、カカリサマと会うことはあったの?」
大人のはなしを聞くとき、なるべく口をはさまないようにしてきたけど、たまらなくなって、ぼくは云ったんだ。
「あったとも云えるし、なかったとも云えるかな。……あ、でも、気配は感じていたわね。守られていると、思うことにしたからね。何か決めようとしたり、大仕事を引き受けるようなときにも、『カカリサマ、たすけて』と念じましたよ。きょう、シンさんと会って、久しぶりにカカリサマのお名前を聞けて、ほんとになつかしいこと」
「さあ、ぼくは帰ります。うたさん、あちらの世にいるソユンさん、カカリサマに、あなたのことを伝えます。ソユンさんには手紙もわたします。ツカサ、カカリサマにたのんで、またいつか会いにくるよ。そのときには、また、よんぴるでとびらを描いてもらうから」
「うんうん」
ぼくには、これしか云えなかった。
シンは、長いしっぽをひと振りすると、ぼくの目をのぞきこんだ。
「ツカサ、ありがとう。さよなら。あのさ、地球もこの世も、カカリサマが云う『大きな大きな存在』がつくったんだからさ、ダイジョウブなんだよ」
そうして空中に向かって走るようなかっこうをすると、そのまま消えてしまった。とびらの絵がなくても帰れるんだな、と思ったときにはおそかった。
さよならも、ありがとうも云えなかった、ぼくは。
だけど、また会おう。
たとえ会えなくても、いつもキミを思ってるよ。
ツカサはしばらく動けませんでした。
おばあちゃんが熱いミルク紅茶をいれてくれ、それをすすると、やっと動けるようになりました。
「ねえツカサ、『地球もこの世もダイジョウブなんだよ』。ちびの鬼のシンさんはいいこと云うわねえ」
〈おわり〉
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コメント
ふみこさま
おはようございます。
大きな大きな存在のような。。ゆりかごのなかで子守歌をきくような
ふみこさんのやさしさにつつまれて。。なんだか
ぼっーと読み終えました。
8回ものあいだ不思議な世界を一緒に旅する気分で
心の中にある宝物にふれたり今まで出会った扉をあけるきっかけを作って
くださったすべての人へ感謝する中で。。この不安な期間を
心豊かに過ごせたことに感謝の気持ちでいっぱいです。
ふみこさ~ん。ちょうど明日が父の命日なので
いま部屋中大掃除。。ふふ。せっかちだから
今日あたりあそびにくるんんじゃないかとおもって。。
きのうのうちに花たくさんかってきてかざりました。
そのあとにやってくる甥っ子の子供の1歳の誕生日も
かねて集まるのは延期ですが。。いまプレゼントとおたよりかいたら
こころがふわっとしたところです。
ベランダの朝顔ことしはフウセンカズラよりも早くひょこひょこ顔
だしてかわいいです。ふふ。ではふみこさんみなさんもいいいちにちおすごしくださいね。
投稿: 真砂 | 2020年5月12日 (火) 10時48分
ふみ虫さま
いろんな、思いもよらないことが
起こるけれど
人が解決していかないと
いけないことばかりですね。
「よんぴる」
あの世とこの世の架け橋の
心に寄り添う物語を
ありがとうございました。
ふみこさんの
紡ぐ言葉、ほっとします。
もう以前からですけど(*^^*)
こんなときなので
あらためて思っています。
投稿: 寧楽 | 2020年5月12日 (火) 11時03分
ふんちゃん皆様こんにちは。
よんぴる最終回おめでとうございます。
楽しい物語に毎度人とのつながりが見えました。
あと一ヶ月ほど実家にいます。
自宅でも子供以外にも家族の面倒を見る練習をしています。
体力的には問題ないですが
精神的には主人に支えてもらいます笑笑
実家にいる間、長男くんがストレートに
ママを求めて嬉しいです。
ひとりでの子育ての方にとっては
贅沢なことを言ってるかもしれませんが
自宅に帰れば、おばちゃんと言ったりして
気が休まらず、さみしいので今が束の間です。
子供との触れ合いがより嬉しく感じるのは
いまの環境のおかげ様です
投稿: たまこ | 2020年5月12日 (火) 11時09分
真砂 さん
明日は大事な日。
「その日」だけが大事なわけではないけれど、
ひとつの手がかり、架け橋に磨きがかかる日ですね。
うつくしい季節です……。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年5月12日 (火) 12時20分
寧楽 さん
ほんとうに。
「解決」を思うとき、
それがひとの幸いにつながるように、
と希わずにはいられません。
いまは、ひとがひとを
責め立てることも少なくなく、
どういう「解決」を設定しているのか。
と疑いたくなったりします。
寧楽さんのやさしいまなざしを、
わたしはいつも感じています。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年5月12日 (火) 12時23分
たまこ さん
たまこさんのお便りを読んで、
ああ、ヒトっていいなあ、と
思わずにはいられません。
そうして、ヒトって、
この世って、思いのほかシンプルだわ、と。
赤ちゃんとちっちゃな王子さまに、
やさしい未来を祈りたいです。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年5月12日 (火) 12時25分
こんにちは
よんぴる 〈最終回〉に思わずえぇぇ~と子どもと声をあげました((+_+))
でも、読み聞かせをしている時間の幸せなこと♪
ありがとうございました( *´艸`)
だいじょうぶ、だいじょうぶ。
「こんとあき」を思いました
わたしのおまじないの言葉、心の安定剤なのです
先日のスズメの話をしてもよいですか?
わが家に来てちょうど1週間目
水浴びでも、と子どもが庭に連れて行ったら飛び立ちました
はねを痛めていたのか、あまり上手にはとべませんでしたが
庭の木やお隣の植木にとまって元気に過ごしています
お米をくだいてお皿に乗せて置いていたら、毎日食べに来ています
薪棚の屋根の下に小さなブドウの木のつるを誘引しています
たぶんそこに住んでくれているみたいで、1日に何度も会えるんです♪
あまり怖がらずに話を聞いてくれます(笑)
なんとも幸せな毎日を過ごしています
投稿: みえ | 2020年5月12日 (火) 15時42分
みえ さん
いつも、おやさしい感想をいただき、
支えていただきました。
どうもありがとうございます。
さて、それから。
スズメさんの保護がむずかしいなか、
苦心の末旅立たせて……、
ほんとうによかった。
王子さまは「とくべつの勉強」を
なさいましたね。
みえさんも、ね。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年5月12日 (火) 17時08分
ふみこさま
「ダイジョウブなんだよ。」
という言葉にわたしはとても安心しました。
胸がぽっと暖かくなるような。一番聞きたかった言葉かもしれません。
今のこの状況に不安が少しずつたまっていたようです。
ダイジョウブと言いながら、日常が戻るのを待ちたいです。
ありがとうございました。
投稿: ハクセキレイ | 2020年5月12日 (火) 21時17分
ハクセキレイ さん
あたたかいおたよりに、
じーんとしています。
ありがとう……ございます。
何があっても、ともかく
生き抜きましょう。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年5月12日 (火) 22時49分
こぐま さん
はるくんとカレーの物語が、
また生まれそうですね。
こぐまさんの物語は、
最近、とってもとても
おいしそうでもあります。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年5月14日 (木) 23時00分
ふみこさま。
ありがとうございます😃
ところで、はるくん昨日、縄跳びが22回跳べました❗️今まで6回ほどがやっとだったのに。毎日練習するって大事なんだなぁと思いました🎵
投稿: こぐま | 2020年5月15日 (金) 08時35分
はじめまして
雷雨の朝です
犬のふくが怯えるので(外飼い)玄関の中に避難させて今は落ち着いています。
カミナリも豪雨も子どものころはさほどおそれもなく、浮かれ気分でさえあったことを思います。
長い道のりをきたのかなぁと、時おり立ち止まってしまいそうになりながら、まだ、とぼとぼと歩いています。今日は下の子がデイサービス、私は何か予定してたのに忘れてるので思い出そうとしながらの朝です
投稿: こんぺいとう | 2020年5月16日 (土) 06時19分
ふんちゃん
ああ…終わってしまった…。
とても、温かいきもちになりました。
ありがとうございます。
ふんちゃんのおかげで、
そこに…、「よんぴる」の世界が広がっているような、
そんな気がして、うれしくなります。
目に見えないけれど、そこここに、
いろんな世界が広がっている…かもしれない。
そう思うと、とてもたのしく、勇気づけられ、
元気になれる気がします。
札幌は、桜が満開!のところもあれば、
薄いピンクのツツジが満開!のところも…、
チューリップも、
小さな梨の実がなる木も…、
いろんな木が、うわ〜っと咲いてくれています。
あんなにたくさんのお花を咲かせて、
木が倒れちゃうんじゃないだろうか…と思うほどです。
すごいですね。
今朝は、ゆがいたほうれん草の水切りをしていて、
根っこの赤いところと、その上の緑が、
とってもとってもキレイで、
写真を撮りました。
おお〜っ、こんなに身近にステキな色ってあるんだなぁ〜
の発見でした。
ここのところ、お弁当つくりもお休みだったのですが、
そうすると、2番目ちゃんが、野菜を食べなくなるので、
病院の先生とも相談して、家にいるけどお弁当を作ることにしました。
やっぱり…お弁当つくりは、たのしい(^^)
子どものときの工作と同じまんぞく感です。
また…、今週も無事に過ぎました。
これからも、毎日、たのしいを探して過ごそうと思います(^^)。
投稿: もも(^_^) | 2020年5月16日 (土) 11時32分
こぐま さん
練習って、「力」。
わたしだって、まだまだ練習だ!
と、勇気づけられました。
はるくん、ありがとうね。
22回も跳べるひとは、
100回跳べるひとになるし、
2重まわしだってできるね。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年5月16日 (土) 12時08分
もも(^_^)ちゃん
札幌に、色とりどりの季節がやってきているんですね。
こちらはみどりみどりの季節です。
ほうれんそうのはなしだけど、
いまんほうれんそう、根元の赤くない種類が
少なくないと思いませんか?
「赤いところは栄養がある」
と、ほうれんそうを扱うたび
祖母が云っていたのを思いだしました。
「大皿に盛りつけて
みんなで食べる」
は避けようと云われるようになってから、
「ちょこちょこ盛り」を
たのしんでいます。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年5月16日 (土) 13時43分
ふんちゃん
本当でした!!
ほうれん草!
赤いのって、あまりないです!
今まで、わたしが気づけなかったんだなぁ…
この赤…。
と思っていたけれど、
そもそも赤いのが珍しい。
今日、買ってきたほうれん草は緑でした。
わたしが気づけてなかったのではなくて、
珍しいかったんだ〜。
発見。
うれしくなりました!
ありがとございます!!
そしてね…、
ふんちゃん。
わたしの前に
「こんぺいとうさん」がここへいらしてくださっていて、
ふんちゃんからのコメントがこぼれ落ちてしまっているようです…。
今日は、朝から小豆を煮ました。
あまり甘くないヤツをめざして、
少しの砂糖と、レーズンを入れてみました。
おいし〜!!!! (どや顔)
投稿: もも(^_^) | 2020年5月17日 (日) 11時44分
ふみこさま みなさま こんにちは
「よんぴる」読み終わって、思わず
「ふーっ」とあたたかな息がもれました。
とても素敵なお話を贈ってくださって
ありがとうございました。
『地球もこの世もダイジョウブなんだよ』
わたしもとても安心しました。
そして、見えなくてもいろんなものとつながっているんだわ
と、しずかにうれしくなりました。
そういえば、我が家にもよんぴるみたいな
ぺったんこの色鉛筆があります。
12色の色鉛筆です。なんだか特別な感じがしてきました。
あなたたちも、もしかして…?なぁんて。
そして、子どもたちが学校にもどってきました!
短時間ですが、分散登校ですが、うれしいです。
なんだかみんなちょっとだけ緊張しています。
それも、なんだかいいかんじです。
もも(^_^)さんのおたよりを読んで。
ほうれんそうの赤いところ、わたしも大好きです。
色も…ですが、とてもあまいんです。
ゆでて、赤い部分を切り落とすと、自分の口へ…
台所に立っている人だけの特権です。
(お行儀の悪いくいしんぼです;;)
投稿: さのまる | 2020年5月17日 (日) 16時27分
こんぺいとう さん
ごめんなさい。
おたより、たしかに読ませていただき、
こころのなかで、会話するようなひとときを
過ごしていましたのに。
実際のお返事はしていなかったなんて!
おたよりありがとうございました。
しみじみとした、うつくしいおたよりでした。
やさしい毎日を、どうか。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年5月18日 (月) 00時29分
もも(^_^)ちゃん
こんぺいとうさんのおたよりへの
お返事のこと、ありがとう!ございます。
感謝感謝。
わたしが大好きな小豆とレーズンがいっしょに?
……それ、どういうこと?
と興奮。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年5月18日 (月) 00時37分
さのまる さん
おたよりありがとうございます。
子どもたちとの毎日。
どうかどうか、守られて、支えられて、
抱かれて……紡がれますように。
さのまるせんせいに、
ちからを!
えいっ。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年5月18日 (月) 00時40分
ふみこ様 こんにちは
「よんぴる」最終回を読み終えて
「地球もこの世もダイジョウブなんだよ」の言葉に
子供のように ほっとしました
そして
「ヒトがこの世でたのしい人生を生ききることを、
もっともよろこんでくださる」に
しっかり 楽しんで 生ききらねばと
思いました。
今の状況に ついつい 後ろ向きなことを
考える癖がついてしまったのですが
ガスも電気も水道も使えて
毎日の ご飯もちゃんと作れています
ダイジョウブ。
ふみこさん、
人と人の距離をとり
マスクをつけて
子供たちは 過ごしているのですが
日に日に 折り紙の腕を上げています
それに 紙飛行機
工夫して 高く長く遠くまで
飛ばせる飛行機を 作っています
凄いですね
いいこともありますね
追伸・・・・ぬか漬けを 始めました。
投稿: えぞももんが | 2020年5月18日 (月) 14時20分
ふみこさま。みなさま。
最終回、ジーンとしました。
大切なことをあらためて胸に語りました。よき人生を送ろう。物語の中のおばちゃんのようになりたい。今日、高く高く伸びたユリの木に花が沢山咲いているを眺めました。ここにつながりを持てたことありがたいです。ほんとうに。
投稿: ユリの木の花子 | 2020年5月18日 (月) 21時50分
えぞももんが さん
紙飛行機や折り紙のはなしに、
泣きそうになりました。
それ、すごいよ!
すばらしいよ!
と讃えたいです。
大きな声で、讃えたい。ね。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年5月19日 (火) 16時36分
ユリの木の花子 さん
高い高いユリの木に、
花が咲いている……。
おおお。
ご褒美?
ユリの木の花子さんへの、ご褒美。
ふ
投稿: ふみ虫。 | 2020年5月19日 (火) 16時39分