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2020年6月の投稿

2020年6月30日 (火)

 昼下がり、通りから声が聞こえる。
「こおりー、こおりー」
 その声は歌うように、響く。
 わたしは台所で小さなボウルを取りだし、急ぎ足で廊下を抜けて玄関の扉をあける。
「氷屋さん、くださいな」
 くださいな、と云ってしまってから、「くださいな」は古臭かったな、と思う。
「氷屋さん、おねがいします」

 氷屋は驚くほど若い男だった。
 ミニバンの運転席から、会釈しながら降りてきた。
「どうも」
「暑いですね。きょうはご繁盛でしょう」
「いや、なかなか厳しいです。いまはどこの家にも氷はありますから……。えっと、削りでいいですか? おひとつ分で?」
「削りはひとつ分。あと、かち割り氷を3kgください」
「ありがとうございます」
 男はミニバンのうしろに積んだかき氷機で氷を削り、わたしが手渡したボウルにそれを溜めてゆく。
「おまけしときました」

***
 深夜小豆を煮た。
 氷を浮かべた器に白玉を入れ、明日(あす)になったらその上からこの小豆をとろりとかけて……と考えていたのに、わたしときたら、ついこんなことをつぶやいていた。
「ほんとはかき氷が食べたいな。宇治金時が食べたいな」
 そのせいだろう、蒲団の国で氷屋の夢をみた。
 いまは滅多なことでは氷を売りには来ないし、ましてや、ひとつ(1人)分の氷を削ってもらうなんてことは、ない。
 それでも夢のなかのわたしは、若い氷屋相手に慣れたようにものを云い、氷を受けとった。
 60歳を迎えるまで大酒飲みだった。
 何より好きなのがウィスキーで、ストレートで飲んだ。
 水割りがおいしいのは、本物の氷を持っている店だけで、家で水割りをつくると、たちまち氷が溶けて、ウィスキーの香りが曖昧になってゆく。それで薄めずに飲んだのだ。
 70歳になったら少しは飲むことに決めているが、ただいま断酒ちゅう。
 飲めなくてもさびしくはないが、ときどき、何かの拍子にウィスキーの色をふり返る。70歳になったら、ウィスキーを飲もう、本物の氷で水割りも、と思う。
 何のお話をしていたのだったか、そうだ、氷。氷の夢を見たのはウィスキーへの郷愁かもしれなかったが、宇治金時へのあこがれでもある。
 目覚めた日の午後、小豆はその日家にやってきたひととすっかり食べてしまった。氷を浮かべた器に白玉を入れ、煮た小豆をとろりとしたのを「あずき白玉」というのだろうか。
 ともかくそれは、ひんやりとして美味しかった。
 が、それでもわたしは密かに思っている。
「ほんとはかき氷が食べたいな。宇治金時が食べたいな」

 ことしは、夏ならではのおかずや菓子をつくり、涼やかな食べ方を工夫しよう。

Photo_20200630051801
「抹茶氷 あずき」というカップアイスを
みつけて買ってきました。
氷宇治金時にバニラアイスクリームがのっています。
こんなにして、ひとりおやつ。
えへへー。

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2020年6月23日 (火)

生きもの同士

 小鳥のえさ台が錆びて、えさの皿をのせるところがうなだれるように折れてしまった。
 修理らしきことをしてみた結果、えさの皿はのるようになったが、ここに小鳥がとまるとなると、どうにも不安定で、うまくない。小鳥たちがびっくりしたり、食べにくかったりするのは困るから、えさ台は別につくってもらうことにした。
 うなだれた鉄製(アイアン)のえさ台を眺めていたら、ひらめいた。
 ひらめきは、過去の記憶が運んだもので、朝顔の記憶だった。

 あのころ、朝顔を育てるのに適した庭のある家に住んでいた。
 南側のフェンス一面に朝顔を這わせてようと、5月のはじめになると、朝顔の種を埋めるのだ。わたしの娘たちだけでなく、2階3階の家の子どもたちが、朝になるとベランダから顔を突きだして、咲いた朝顔を数えた。
 朝顔とのもっとも濃密な夏が10年つづいた。

 それから朝顔は少し遠くなった。
 あるとき友だちが種を送ってくれて、育てたのをさいごに、無沙汰の歳月が流れたのだった。
 ことし、うなだれた小鳥のえさ台を見て、朝顔、とひらめいた。
 えさ台の鉄製の脚に、朝顔のつるを巻きつかせたい……。
 1本だけ、白花の朝顔と決めたのはいいが、時すでに6月である。種から育てるのはあきらめて、苗を園芸店に買いに出かけた。
 マスクをして、てくてく、てくてく歩いていると、一歩一歩朝顔の世界に近づくようだ。小さな生きもの、小さな自然を求める気持ちで歩きはじめたが、だんだんに、生きものといえば自分のからだも……、自然といえば自分のからだも……、と気づくのだ。
 そしてこのからだは、ことし、コロナウィルスと出合った。
 このたびわたしのからだはウィルスの感染からまぬがれている(たぶん)が、まだしばらく生きて、いつかはどうしたって死を迎える。

 園芸店で朝顔の苗を1本だけ買う。
 同じ生きものでも朝顔は、自分の都合や計画・予定なんてことは考えていない。わたしに連れ帰られて庭に植えられ、どんなことになっても文句も云わず、ため息もつかず、おびえたりもしないで生きられるだけ生きるのだ。
 そんなことを確かめ確かめ、小さな生きもの同士、自然を生きるお互いとして、ともにてくてくと帰ってきた。

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この朝顔さんと、夏をともに
生きてゆきます。

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2020年6月16日 (火)

凝り屋

 近年、郵便の量がふえた。
 受けとる量もふえたが、出すのもふえたな、と思ってこのひと月、出す分を記録してみたら、1日平均4通出している勘定だった。
 たった4通か。
 と思うひともあるだろうけれど、休みなく毎日4通出すというのは、わたしにしてみたら、なかなかの数である。
 ぼんやりしていると、切手が欠乏するから、気をつけてたびたび買いに出かける。主に記念切手。幸いなことに近所には本局があるし、ほかに馴染みの郵便局が3つある。
 先月は家人が、「ドラえもんの記念切手が出ていたよ」と云って、買ってきてくれた。
 コミック連載50周年を迎えた「ドラえもん」の初期作品(19701971年)のカットがデザインされた切手。ドラえもんが幾分太っちょなのがおもしろく、うれしく使っている。
 しかし、使いつづけていると、あれ、この切手、このあいだ同じ◯◯さんへの封書に貼ったな、とはっとする。同じドラえもんの切手で送ったところで困るわけではないけれど、できれば、ちがったデザインの切手を貼りたい。わたしの手元には記念切手のストックはなく、同じ記念切手をくり返し貼ることになるのだが、いただく手紙のなかに、めずらしい切手が貼ってあるのをみつけると、あこがれのあまりほおっとため息が漏れる(*)。
 それで最近、少しずつ記念切手を貯めはじめている。

 郵便のことでは、ほかにも書いておきたいことがある。
 ときどき郵便物とともに「料金不足のお知らせ」というハガキが届けられる。
「このたび、お届けしました郵便物等は【料金が△△円不足】しておりますが、郵便物等を迅速・簡便にお受け取りいただけるよう、ひとまずお届けすることといたしました。この郵便物等の受け取りにつきましては、裏面1、2のいずれかの方法をご選択ください」
 とあり、裏面を返すと、
1.郵便物等をこのままお受け取りになる場合
2.郵便物等をお受け取りになりたくない場合
 と印刷されている。
 1を選択したら、表面記載の不足分の切手を「切手ちょう付欄」に貼って投函し、2を選択したら、「この郵便物等は、料金が不足しているので、受け取れません」の欄に捺印かサインをして郵便物に貼りつけて投函する。
 わたしは決まって1を選択し、不足分の切手を貼って、ポストに入れる。
 この「料金不足のお知らせ」のハガキを受けとるたび、わたしもこれをやって戦法に迷惑をかけているかもしれないなあ、と思うからでもある。
 封書にときどき紅茶のティーバッグやらちっちゃなお菓子やらをオマケとして同封するのはいいとしても、半世紀使いつづけている、封書をはさんで計測する「郵便量り」とわたしの視力が怪しくなっている。切手を貼りちがえていることもあるだろうなあ、と自信がなくなってゆくのだ。
 せめて計測を正しく、と、あたらしいスケールを求めよう考えるのだが、あまりにも長くともにやってきたものだから、買い替えの決心がつかない……。

 年年郵便にこころを寄せるようになり、密かに自らを「郵便凝り屋」と呼んでいる。
 ついこのあいだのことだ。
 投函しようという封書をいくつか抱え、「凝り屋凝り屋」とつぶやきながら歩いて、中華料理店の前を通りかかる。
 店先に「冷やし中華はじめました」という貼り紙。
 ああ、わたしは「冷やし中華凝り屋」でもある。そう心づいたら、郵便と冷やし中華のあいだを揺れはじめ、投函を忘れてポストの前を行き過ぎてしまった。

*いただいた郵便物に貼ってある使用済み切手は、余白を1cmとって切り、貯めておきます。年に3回ほど、JOCS(公益社団法人 日本キリスト教海外医療協力会)に送るのです。使用済み切手は個人切手収集家によって換金され、たとえば5,000枚がタンザニアの看護学校の1か月分の教科書代になります。ただし5月1日現在、新型コロナウィルス感染症拡大防止のため、切手の整理にあたるボランティアの活動を休止しています。

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これが半世紀来の相棒です。

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2020年6月 9日 (火)

大昔のパン

 ある朝、起きて台所に行くと、棚の上に瓶が置いてあった。
 それは、ポツンとただ置かれていたのだが、触ることもためらわれ、わたしは手をうしろに組んで腰をかがめ、覗きこんでいる。
 瓶のなかには何種類かの葉っぱが見え、それが液体にくるまれて……。
 ことばを……、発しているように……、見える。
 液体のなかにプクプクと泡のようなものが揺れているのだもの、云いたいことがあるのにちがいない。
「ね、あなたは誰?」

 この家のなかに仕事場を持っている長女の梓が、連れてきた瓶だとわかったのは、それから2時間あとのことで、その間(かん)わたしは、何度も覗きに行き、「あなたは誰?」「このままでいいの?」「何か食べる?」と声をかけた。
 ちっちゃなちっちゃなゲンゴロウの仲間でもいるのじゃないかと疑って、虫めがねをあてて調べたが、みつからない。

「これは、テンネンコウボ」
 とは、梓の種明かし。
「テンネンコウボって天然酵母? ってことは、パンを焼くの?」
「そ。で、パンも焼いて持ってきましたー」
 目の前にまんまるのパンが5つならんだ。
 この春手に入れたばかりのピースオーブン(ガス台にのせるだけの小さな天火)で、あれこれ焼いているらしいことは知っていたのだが、テンネンコウボのパンとは! うらやましいこと。
「これはレーズンでつくった天然酵母で焼いたパン。で、瓶のほうは、うちの庭のミントとローズマリーで天然酵母を育てている途中なの」
 密閉できる瓶に葉っぱと水と砂糖を入れ、天然酵母(酵母液種)をつくるということのようだ。
「おかあぴーもやってみたいでしょ」
「それはやってみたいです」

 それから1週間、わたしは朝晩、瓶を揺すったり、フタをとって、なかみに向かっていいことばをかけたりして過ごした。

「ありがとう」「珈琲と豆大福」「ひかり」「昼寝」「大好き」「またね」

 初めて会ったとき感じたとおりに、瓶のなかではことばにも似たものが生まれていたのだ。……プクプクの泡は、瓶のフタをとった途端、シュワシュワーと饒舌になる。

「マッテテネ」「モウスグダヨ」「タノシミデショ」「ボクモヒルネ」「マタネ」

「サワー・ドウ」を思いだした。
 この魔法のことばをわたしは「大草原の小さな家」のシリーズ(ワイルダー作/岩波書店/福音館書店)の本で知った。小麦粉とぬるま湯だけでつくるすっぱいパン種が登場し、「イーストやミルクがなければ、おいしいパンがつくれないなんてことはありませんよ」とかあさんが云う。

「コロナ感染症対策」のもと、比較的いつもどおりに過ごしていると思っていたわたしだが、ハーブやレーズンを原料として酵母液を育てることに支えてもらっていたようだ。

 ところで、こうして酵母液ができあがったら、強力粉を混ぜてよくこね、10時間ほど発酵させて焼く。素朴なパンだが、食べながら、大昔のひともこんなふうにパンみたいなものをつくって、食べたかもしれないなあという想像が湧いた。
 あれがなければだめ、これがないからできない、ということは何ひとつないのかもしれない。

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素朴なパンができました。
これは初期ので、いまは少しばかり、
進化しています(ポッ)。

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2020年6月 2日 (火)

5月のえへへ

 ゴマアブラ
 近所のスーパーマーケットに出かける。
 店内の様子を思い浮かべながら、果物→ 野菜→ 豆腐→ さかな→ 肉 →卵の順番であらかじめ書いておいた買いものメモを片手に、進む。
(いちど通ったところは通っちゃいけないことにしよう)
 と自分でルールをつくって歩いていたら、肉とさかなのあいだのあたりで、マスクの男の子とぶつかりそうになった。
 小学4年生くらいかな。
 困ってへの字になった眉毛を、すがるようにこちらに向けた。
「あの、ゴマアブラって何ですか?」
「ごま油はこっち。ほらここ」
「ありがとうございます」
「ね、白いごま油と黒いごま油があるんだけどね」
「……」
「じゃ、これにしなさいね」
 と、お馴染みの黒いごま油を紹介する。
「おすすめですか?」
「うん、まあね」

『世界で一番好きな店』
 大きな荷物がどさっと4口(くち)届く。
 長女が仲間と3人でつくった本だ。
 これこれこういう本をつくっている、というはなしは少し聞いていたけれども、できたのだな。
(何にも手伝わせてもらえないうちに……できたな)
 仕事場の大家さんだからね、と云って、1冊渡される。
 文庫本サイズのうつくしい本。
『世界で一番好きな店』(ふもと出版)
 30人の老若男女による飲食店のはなしが集まっている。
 読みながら、旅するような気持ちを味わう。
 いまこのとき、本というものの持てる限りの可能性を、受けとめた。
 ふもと出版さん、ありがとう、ありがとう。

親戚
「午後、ムークンが、アタシが頼んだ草刈り鎌をここに届けにくるよ」
 と、長女の梓が云う。
 梓はわたしの家の2階に仕事場を持っているから、ここで受けとる約束をしたらしい。
 あらま。
 約束の時間が近くなり、家から飛びだすと、ムークンが不思議なバイクにまたがって、きょろきょろしているのが見えた。
「おもしろいバイクだねえ」
 前輪がふたつ、後輪がひとつの三輪バイクだ。
「これの試乗で、やってきたんだなー」
「あはは」
 ハーブティーとバナナケーキでお茶をしながら近況を聞く。
 ふと、梓とわたしの顔を代わる代わる見て、ムークンが云う。
「ね、ぼくたち親戚だよね、そうだよね」
「そ、そうよ、親戚よ」
 とあわてて答える。
「そうか、そんなことがあったの。そりゃ、いい経験だったね」
 と云いながら、しみじみうれしい心持ちになる。
 夕方帰ってきた夫に、ムークンがきたことを告げる。
「会いたかったな。でもいま会ってもゆっくりできないからな。落ち着いたら、飲みにきてもらおう」
 書き損なっていたけれども、ムークンはわたしの元夫である。
 そして、大事な親戚でもある。

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『世界で一番好きな店』
赤いカヴァは初回限定、
黒いのは通常盤
(だ、そうです)。

『世界で一番好きな店』という本の内容は
ふもと出版のHPでご覧ください。
https://fumoto.club

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