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2021年4月の投稿

2021年4月27日 (火)

笑いがとまらなくなりました

 若い友人が云うのである。
「電動アシスト自転車を買ったら、これがなかなかいいんですよ。ふみこさんも、どうですか?」
 友人は40歳男性。お嬢さんが1歳になったのを機に、子どもの座席付きの電動アシスト自転車を求めたのだという。スポーツマンの友人が、電動の自転車を……?という考えが生まれたが、大急ぎで胸についているスイッチをポン、と押す。
「あなたがそう云うなら、きっとそれだけのことがあるのでしょうね」のスイッチだ。この初動には効き目があり、このスイッチのおかげで、ところどころ頑固を抱えるわたしに、他者の考えが受け容れやすくなる。
 スイッチを押したあと、よくよくはなしを聞くと、同じ電動でも、電動自転車と電動アシスト自転車とは異なることがわかった。
 前者はペダルを〈漕がなくても〉動き、ということはつまり、原付バイクに近い(実際、電動自転車で公道を走るときは普通運転免許あるいは原付免許が必要になる場合がある)自転車。
 後者は時速24kmまで〈漕ぐ〉を助けてくれる自転車。

 時速24km以上の速度を出そうとすると、自転車のとき以上に〈漕ぐ〉力が必要になるのだそうだ。これいいな、と思う。これはわたしの実感なのだけれども、近年自転車のスピードが上がってきているようなのだもの。
 それはあれだな……、とわたしは思う。
 この自転車にまたがれば、坂道を上る際、鬼のような形相になって立ち漕ぎするなんてことはないのだな。

 いまのところ自転車を買う予定はないけれども、おぼえておこう。
 こうしてわたしの頭には「電動アシスト」という単語が植え付けられたのだ。

 はなしは変わるけれども、いま、わたしの机の上に書類が置いてあり、こちらをみつめている。
 依頼書なのだ。わたしに、不得手なことをあれこれさせようとして、じとっと気配を向けている。
 想像するにデジタル処理へ移行するために、面倒を求められているのだと思う。
「……」
 黙ったまま、昨日から書類とにらめっこしているのである。

 机の前を通りかかった夫に声をかけて頼む。
「なんだかむずかしい書類がきたのよ。人動(じんどう)アシストしてくれない?」
「人動アシスト」という造語が口をついたのがおかしくて、笑う。
 電動アシスト。デジタル化が複雑にした作業。便利のやっかいな一面を思ってこんがらかりながらも、笑いがとまらなくなる。
 ひとつだけはっきりしているのは、笑うっていいなあということ。

Fumiko014
いま、わたしが愛用している古い自転車です。
その名も「コンチキ号」。
ふたりで歯を食い縛るようにして走っています。

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2021年4月20日 (火)

同級生

 4月、自分が卒業した自由学園のクラス委員になる。
 自由学園はちっちゃいけれどもとびきり個性的な学校で、どこかいびつなところのあるわたしを小学校から短期大学までの14年間守ったり鍛えたり、揺さぶったりしてくれた学校。
 他を知らないが、卒業生会の活動もおそらく個性的だろうと思う。毎年、クラス委員が出て役割を果たす。
 中学から短期大学までのあいだの8年間を自由学園で学んだ卒業生が、同会の一員となる。
 級友は75人くらい。
 くらい、というのは、委員だというのにまだしっかり名簿を確認していないからなのだが、たぶん、そのくらいだ。
 これまでクラス会に出席したこともなければ、学校そのものを訪れたこともない。現在と未来に夢中になっていて、過去に目を向ける気持ちが湧かなかったからだろうか。
 そうしてわたしは、大事な友だちも、学生時代の思い出も、やわらかい布に包んで桐の箱に納め、ひきだしにしまったままにした。

 クラス委員の当番がまわってきたとき、ふと思ったのである。
 こういう役割を、あまりむずかしく考えずにさくっと果たせるといいなあ、と。そうすれば、きっとおもしろいこともあるだろう。そんな気がした。
 遠くフランス在住の級友ふたりにメールをして、「さくっと一緒にクラス委員やろうよ」と誘ってみた。
 ふたりは「え!」と絶句していたが(フランスにいながらにして、委員になる、なんて考えてもいなかっただろう)、おもしろみも感じたのか、「フンがそう云うなら……」と引き受けてくれた。

 委員になった途端、前年度の委員だった級友と電話で話したりして、浮かれる。たぶん30年は会っていないというのに、昨日教室のすみっこで、ぺちゃくちゃやったときみたいに、話している。
 同級生って、きょうだいみたいな存在なんだなあ。
 ことにこのたび電話で話したふたりは、小学校のときから14年間同じ道を歩いた深い仲だ。
 そういうふたりと電話で話せただけでも、じゅうぶんにおもしろく……、しあわせ。

Fumiko17
「なつかしさ」を大事に守りながら、
役目にあたるつもりでいます。
めんどうなことにならないように、
慎重に、そっと、控えめに。

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2021年4月13日 (火)

玉ねぎと卵のおみおつけ

「ね、気分転換の時間におみおつけ、つくらせたげるよ。3人分頼みます」
 夕方、階上に駆け上がって夫の仕事場をノックし、伝える。
「お、おお」
 という返事。
 無理からぬことだ。映像の編集作業(たぶん)をして、こんがらかっている(たぶん)ときに、おみおつけと云われて、「よしきた」なんてはきはきした返事はできはしないだろう。こちらも、期待していない。
 実現するかどうかはわからないが、伝達できたからよしとする。
 ちょっと考えて、玉ねぎ1個と卵1個を竹のかごに入れ、シンクの上に置く。

 仕事を一時中断して夕方5時、台所に行ってみるとどうだろう。
 小ぶりの鍋のなかに、玉ねぎと卵のおみおつけができている。

 夫もわたしもそれぞれ仕事場を自宅に持ち、それを28年つづけてきた。
「ふたりのうちどちらが忙しいか」などという論争はしないように気をつかってきた。比較そのものが無意味であるし、そんなことをすれば「この忙しい時期にまで、どうして家事を一切合切わたしがしなければならないわけ?」というようなことを云いだしかねないわたしである。
 さてじつのところ、わたしには忙しくない時期も、家事を一切合切ということも、ない。忙しくても何でもわたしは家のしごとが好きだし、家のしごとの差配は自分がしたかった。
 こう書くと、えらそうにしていたいだけのようで照れくさいけれど、それも事実。

 家では、えらそうにしていたい!です。

 えらそうついでに書いてしまうけれども、年月をかけて、わたしは夫に家のしごとを叩きこんだ。親子丼づくりからはじめたのだったなあ。
 洗濯の干し方については、一悶着あった……。
「これもブラ◯◯、これも〇〇ジャー」
 といちいち口に出しながら干す夫に向かって、決めつける。
「黙って干しな」
 黙って干せるようになったばかりなく、いまや夫は、すまし顔で吊りさげ式の洗濯干しのバランスをとったり、下着の目隠しカヴァをつけたりしている。
 そんな道のりを、このたびのおみおつけをすすりながら思いだしたのだった。

「玉ねぎと卵のおみおつけ、さいこうに美味しい。ありがとう」
(讃えること、感謝を伝えることは差配人の大事な役目であります)。

_b5_
夫・代島治彦(ダイシマハルヒコ)の
監督作品「きみが死んだあとで」が
今週末から劇場公開となります。
昭和史のなかに打ちこまれるように
存在する「学生運動」とその後の時の
流れをたどる記録映画です。

関心のある方は映画公式HPへどうぞ。
http://kimiga-sinda-atode.com/

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2021年4月 6日 (火)

きゅうり、はじめました。

 春の気配に気がつくか気がつかないかという、まだ肌寒い季節になると、胸のあたりにあれが、くる。
 あれというのは、ぞわぞわする、何かが動きだす感じ。動きだしたらそれは止まらず、ぞわぞわを抱えたまま、しばらくのあいだ日を送ることになる。
 これはおそらく、ヒトたるわたしの萌芽(ほうが)なのである。
 見た目には芽も出さぬし、花もつけないが、ヒトにも春に向かう蠢(うごめ)きがある。

 ずいぶん前のことになるが、医療関係の仕事をする友人が、ヒトの萌芽について、わたしに話した。
3月になったわね。そろそろ、わけのわからないことを云ったり、不思議な行動をするヒトが出てくるわよ。そう云うわたしも、そうなるのだけれども」
「どういうこと?」
「ヒトも、芽生えの季節を迎えるということ」
「へええ」
「それを、ちょっと意識してたほうがいいと思うの。わけのわからないことを云うヒトのこと、不思議な行動をするヒトのことを、大袈裟にとらえないで、『あ、春だな』っていうくらいに見てたらいいのよ」
「思い当たることがある……、これまで。自分のことでも」
「そうそう、自分のこともね、やけに眠かったり、落ち着きを失っていつもしないようなことをしちゃっていても、大袈裟に悩まないこと」
「春ですねえ。わたしも芽生えています」
「うんうん、その調子」

 ことしの春はいつになくせっかちで、急ぎ足でやってきた。
 わたしはといえば、2月の半ばごろにはもう、ぞわぞわしてきて、そうして眠たがりになった。
 あの日友人の話を聞いてからというもの、わたしは、何事も大袈裟にとらえ過ぎたり、勢いこんで悩みの路線に向かったりしないように気をつけるようになった。
 悩みの引き込み線はあちらこちらに待ちかまえているけれど、そう簡単に誘いに乗らない。

 ところできょう、ことし初めてきゅうりを食べた。
 例年に比べると、2週間ほど早いようだ。
 きゅうりを大好きだが、秋から冬にかけて、食べたくなくなる。そうして、年が明けて春がきて、胸のあたりのぞわぞわがおさまるころ、きゅうりと再会する。

 きゅうり、はじめました。
 わたしのことしのぞわぞわは、終わりました。

Fumiko18
きゅうり、大好き!

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