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2021年5月の投稿

2021年5月25日 (火)

くまがや日記③

5月□日
 このたびの移住(東京都武蔵野市から、埼玉県熊谷市へ)が、具体的に動きはじめたのは、昨年の12月だった。
 夫が埼玉県北唯一のミニシアター「深谷シネマ」へ映画を観に行って、地元の建設会社の社長に会って、その人物がこころやさしい「面白がり」だったことを思いだしたのがはじまりだ。その人物、ナカジマさんの名刺を探しだして連絡する。
 ナカジマさんは、夫と出会った日のことを、酔っていておぼえていなかったのは可笑しかった。おぼえていなかったけれども、出会い直しをして、ことはゆるく、大急ぎで動きだした。
 ゆるく、とはお互いのあいだの考えや感情の間(ま)について。
 大急ぎ、とはこちらの希望の図面化や、工事の手配について。
 こんななか、わたしのなかに芽生えて、育ったものがある。このたびの移住のテーマと云ってもよいかと思う。

「何事も大げさにとらえ過ぎない」

 これはこの時点から、大きくわたしを支え、時にわたしを引きとめてくれることとなる。
 まわりに移住を打ち明けたはじめたのは、引っ越しまでひと月を切ったころのだったが、伝えた友人知人からは、「引っ越しを軽く考えないほうがいいですよ」ということばを少なからず受けとった。親身なアドバイスである。
 これをありがたく受けとめながら、ゆったりかまえ、失敗もまた、よしとしようと、考えることとした。するべきことのいくつかが抜け落ちたって、追いかければたいてい間に合うのではないか。失敗にしても……、これはあとから笑い話にしてたのしめるはず。

 きょうもきょうとて、設計者であり現場責任者のコイドさんが、困った顔で近づいてきた。
「キッチンの設備が68日にはそろうんだけれども、それを取りつける技術者の手配がつかねえらしいの」
「そうですか」
(キャンプはまだつづく……)と思って、わたしのなかの何かがはずんでいる。
「了解しました」

5月□日
 近所の家家、近くに住む親戚に、転居のあいさつにまわる。
 ちち(夫の父)の末の妹にあたる叔母から、やさしく声をかけられる。
「こちらに慣れるのは大変だと思うけれども、どうかよろしくお願いします」
 これまた親身なことばなのだが、咄嗟にわたしが思ったのは……。
(わたしにまわりが慣れるほうが、大変かもしれないなあ)
 それにわたしは、このあたりにもう慣れている、とも思え、一方で、いつまでもいつまでも慣れないでいたい、とも思うのだった。

5月□日
 朝7時半にコイドさん登場。
 前の日に「朝8時半から前に、作業するんじゃない、と決めてるのにさ。浴室の業者がどうしても7時半に来たいと云うんだけど、いいですか?」と云われていた。
 ところが、浴室業者さんはあらわれない。
 自分のために淹れたばかりの珈琲を湯呑み茶碗ふたつに半分ずつ注ぎ分け、ひとつをコイドさんに渡す。
「来ねえなあ」
「来ませんね」
 珈琲をのみながら、門の前のイチジクの実について、おそわる。実がなって熟しはじめたら、「実の口のところにテープを貼るといいよ。そのままにしておくと、甘い香りに誘われてアブラムシが集まってさ、なかに入っちゃうのよ」
 コイドさんは不思議なひとで、植物とも親しいし、踊りもする。踊りに使う浴衣も自分で布を買ってきて縫ってしまうようなひと。もしかしたらヒトじゃないのかもしれないなあと、思ったりして観察している。

5月□日
 家のなかに水がない。
 トイレはついているので、そこには水があり、手を洗うことはできる。が、そこでは炊事らしきこと、洗面歯磨きもできないから、ほとんどの水仕事は家の裏手の水道1本がたよりだ。
 夜は真っ暗で、大型懐中電灯なしには作業ができない。これが、いまの生活のなかの、もっともキャンプ的な部分ということになるだろう。
 この日、スーパー銭湯(2種類のスーパー銭湯と、昔ながらの「さくら湯」で入浴している)に行き、帰宅してから使ったコップや器を洗おうと、桶をかかえて裏口を出た。土間に、作業用の電灯をつけると、おもてもほんのり明るむ。これでゆけるような気がして、大型懐中電灯なしで、器類を洗い上げる。
(そうだ、マスクも洗っちゃおう)
 家の裏手にある蔵の階段に置いた洗剤をとりに行こうと……。

 バタッ。
 ペチャッ。

 ブロックに足を引っ掛けて転んだのです、わたしは。
 ぬかるみのなかに倒れこみながら、笑いそうになる。
(お風呂に行ってきたばかりなんだけどね)
 カラダのいろんなところが痛いけれど、それが打ち身なのか切り傷なのか、暗くてわからない。いつまでもぬかるみに抱(いだ)かれていたくはないけれども、痛くてからだが動かせない。
 なんとか起き上がって、どろどろのままトボトボ土間に入り、夫に報告。
「転びましたー」
「えええっ。夜の水道まわりには気をつけて!と、あれほど云っていたのに。だから、食器洗いも朝を待ってするほうがいいと……」
「転びましたー」

 土間で泥だらけのデニム、くつした、パーカーを脱ぐと、左の脛(すね)と右の肘から血が出ている。
(痛いよー)
 右の腰骨あたりを打っているらしく、そこには別口の感覚が生じている。
(痛いよー)

「台所の工事も遅れるみたいだから、水道まわりを整えたほうがいいなあ」とつぶやいて、コイドさんが簡単な流し台を発注してくれていたことを思いだした。
「わたしが転んだこと内緒ね。約束ね!」
「うん、それにしても、明日の朝、その右の腰骨のところが腫れていたら、病院だからね」
 と、夫が心配と、呆れが混ざった表情で宣言する。

5月□日
 朝起きると、からだのあちらこちらが痛かったけれど、どこも腫れてもなく、すたすた歩けてほっとする。
 日曜日だ。
 この日ばかりは大工さんもお休み。
 車で松本の映画上映会(「きみが死んだあとで」の上映と、トークショーがある)に出かける夫に、ついてゆくことにしていた。
 引っ越してからちょうど2週間、「半分キャンプ生活」をちょっと休んでもいいような気がしたからだ。
 ところが出かける前夜にひどい転び方をしたものだから、朝がはじまるまで、「ほんとうに行けるのか」という暗雲が天井あたりにたちこめていたのだった。
 行けることを証明するため、スキップして見せる。

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松本の上映会のあいだ、わたしはひとり
「ちきりや」で買いものをしたり、
四柱(よはしら)神社を詣ったり、
松本城周辺を散策したり、
お茶しながら手紙を書いたり。
軽井沢「小瀬温泉ホテル」にて1泊。
帰り道、くるまで碓氷峠(碓氷バイパス)で184つのカーブを
体験しつつ、途中で「めがね橋」に寄りました。

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2021年5月18日 (火)

くまがや日記②

5月◯日
 気がつくと、口からぽんぽんと飛びだしている。
「あり?」
 家のなかで蟻(あり)と遭遇したわけでも、「あり」という名前の猫と暮らしはじめたわけでもないのである。
「あれあれ」というあれ、だ。
 驚いたとき、不審に思うときに発する、あれ。
 それが口からは「あり?」となって飛びだすのは、「あれ?」とやると、まわりが「どうしたどうした」と心配するから、変化球となったものかもしれない。
 とくにいまは大工さんたちも近くにいて、「あれ?」なんて云おうものなら、みんなが「なんだ、どうした」という顔を向けるだろう。

 引っ越してきてからの夫とわたしの居住スペースは、8畳間4つの「田の字」の座敷と、そのまわりを囲む廊下と、奥の納戸の部屋。そう書くとそう狭いことはない、ということになるけれども、そこには先代、もっと云えばご先祖さまたちの荷物が残っている。
 先代たちの荷物と、わたしたちの家具を詰めこむと、異界のような空間が生まれる。
 なだらかに云い換えるなら、バトンタッチワールドということになろうか。引っ越しの段ボールの半分近くは物置に置いてある上、居住スペースの家具も仮置きだ。ということもあって、朝から晩まで……、あるときは夢のなかでまで「あり?」「ありあり?」を連発しながら、わたしは過ごしている。
 夫とわたしは、まず、先代の荷物と家具の片づけをはじめた。お互いに約束の仕事を抱えながらの片づけは、ちょっとしたゲームのようだ。
「はい、ここまでー。わたしは原稿を書きまーす」
「新橋に打ち合わせに行ってきまーす」

5月◯日
 熊谷市内の家庭ゴミを持ちこめる衛生センター(燃えるゴミ)と一般廃棄物最終処分場(燃やせないゴミ)があり、そこに軽トラックで捨てるものを運ぶのに、それぞれ3往復。
「捨てる」「処分する」が胸をチクチクさせるが、そんなことは云っていられない。「これから先は、『捨てません』」と誰に向かってなのか誓いつつ、軽トラックの助手席にわたしは坐っている。
「お父ちゃん、お母ちゃん、残したものはずっとずっと大事にします」

5月◯日
 大工さんたちは午前8寺半にやってくる。
 家でいつもひとり仕事をしているわたしは、突如として仕事仲間を得たようで、そわそわする。なんだか、うれしいのだ。
「おはようございまーす」
 とつい、叫ぶように云う。
 工事は家の3分の1を占める土間と、外まわりで行われている。
 ここに浴室、台所、そしてそしてわたしの仕事場ができる。
 設計者であり現場責任者でもあるコイドさん(70歳代前半)に、わたしは頼む。
「押入れのなかに洋服を吊るすポールをつけてほしいです」
「それと、その上に棚も」
「あ、ここにもポールをお願いします」
 おねだり婆である。
 おねだり婆のねがいは、コイドさんから大工の親方(棟梁)のナカジマさんに伝えられ、そうして実現する。
 仕事仲間を得たようだなんかと云っているわたしは、ねだるばかりで、大工さんの邪魔にならないように気をつけるばかりである。
 邪魔……。
 そういえば子どもの時分から、わたしは大工さんが大好きだった。一家で移り住んだ1960年代の東京郊外といえば、そこにもここにも家が建つ、という時代。よその家の建築現場をまわって遊んでいたっけ。あの頃も、子どもごころに大工さんの邪魔をしないように、と気をつけていたが、きっと邪魔にはなっていた。しかし邪魔にされることはなかった。危ない目に遭わないように気を遣ってもらってはいたけれども。
 お昼休みに、大工さんたちがお弁当をつかった(弁当をつかうという表現と、とんとご無沙汰している)あと、弁当箱のふたにやかんのお茶を注いで飲むのを見て、こっそり真似したことがある。

 みかん箱くらいの大きさの衣装ケースふたつに、おやつを詰めておくのが、いま、おねだり婆にできる唯一のことである。

5月◯日
 自転車で川に洗濯へ。
 洗濯機も使えないので、川ならぬコインランドリーに行く。自転車に乗っていたら、たのしくなってきて、わたしは歌う。
「おばあさんはー、川にー、洗濯へいくのですー」
 でたらめなうたを歌っているうち笑いがこみ上げてきた。ゲラゲラッと笑うが、こういうときマスクは便利だ。ひとりでゲラゲラやっている女なんていうのは、恐ろしい存在であろうところを隠してくれる。
 それに、ここには知ったひとがまだあまりいないから、気も楽だ。
 もといたところには知り合いが多く、「さてきょうは、誰にも知ったひとに会わずに駅まで行けるでしょうか」という遊びみたいなことをしていたけれど。
 ここにもだんだん知り合いがふえるだろうか。

5月◯日
 日曜日。
 大工さんはお休み。つまらないなあ、と思いながら仕事をしたり、片づけをしていると、門のほうで声がする。
「ふんちゃーん」
 誰だろうか。
 見ると、東京の友だちのシュウチャン一家がならんで立っているではないか。群馬県に出かけた帰りに寄ってくれたという。
 うれしくてちょっと泣きそうになる。
 そうでなくてもシュウチャンは、わたしたちのキャンプのせんせいで、ここへ来てからの「半分キャンプ生活」のなか、何度おそわったことを思いだしていたかしれない。

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アルバムを整理しながら見ていたら、
こんな写真を発見。
夫にも、いつの時代の誰の写真かわからないというけれど、
この、子どもたちの表情と云ったら!
みんなうれしそうに、にこにこ笑っている。
小学校の入学式の記念撮影だろうか。

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2021年5月11日 (火)

くまがや日記 ①

5月8日
 55年間暮らした東京から、埼玉県熊谷市への移住の日。
 移住先は夫の実家だが、ははが他界し、ちちがグループホームで暮らすようになった半年前、住むひとのない家になった。
 築年数150年超えの農家を、わたしはずっと好きだったし、この家があるおかげで、どこに暮らしていても土を思い、水を考え、風をおぼえることができたのだ。しかし、いつかはこの家に自分たちも住もうとは、露ほども考えていなかった。

 あれは、20201128日土曜日の夕方。
 数日前に三女を韓国留学に送り出しほっとひと息ついて、わたしは家にいた。本にたとえれば、ひとつの物語が区切りをつけたあとの静けさのようなものがあった。云い換えれば、あたらしい物語がはじまる前の静けさだ。
 テレビを観ていた。
 緑深い新潟県上越市の山奥の集落。ドイツ人の建築家カール・ベンクスとその妻ティーナさん。古い家再生。「古民家村」。和洋折衷のうつくしいインテリア。
 情報は切れ切れに、ゆっくりと流れこんでくるのだった。
 まずは老舗旅館を事務所に、古民家を自邸として再生。ここに移り住んだベンクスさんは、その後買い手を見つける前に集落の古民家の再生を手がけつづけた。大都会から移り住むひとあり、しばらくは別邸として暮らしはじめるひとあり、とさまざまだが、山奥の集落は息を吹き返した。
 番組はそんなベングスさんと活動と、夫婦の暮らしぶり、集落の様子を静かに映してゆく。

「古民家は宝石の原石。磨けば光り、輝きます」
 と、ベンクスさんが語った。
 この瞬間だ、わたしの頭のてっぺんあたりで、カチッと音がしたのは。
 1時間半の番組を観終えるや、2階で仕事をしている夫のもとへ駆け上がり、告げる。
「ねえねえ、わたし、熊谷の家に住むことにする。あなた、東京にいたいならいていいけど、わたしは移住する」
 そう云ってしまってから、熊谷の家は夫の実家なのにね……と、思ってひとりであはは、あははと笑う。

 それから5か月たった本日、ほんとうにわたしたちは越してきている。

 夫もわたしも、自分の仕事場をつくる必要があったり、古くなった水回りをすっかりつくり変えることにしたため、工事のただなかへの引っ越しである。
 トイレだけはついているが、台所と浴室がつくのは20日先という状況は……、ええと、半分キャンプ生活だ。

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2021年5月 4日 (火)

散歩の神様

「これを、全部刈ってしまわれるのですか?」

 腰をかがめ、玄関先のアイビーの刈り込みをしていたわたしは、腰を伸ばして、声の主を探す。
 声の主はすぐみつかった。
 通りに立ち、アイビーの生垣を見ているのは、白髪をひっつめにした小柄な女(ひと)だった。うつくしいひと。

「いいえ、過ぎないように気をつけようと思いながら刈っていたところです。つい夢中になり、刈って刈って、刈ってしまうので」
「ふふふ」
「これは、何?」
 白髪のひとは、アイビー塀の下のレンガの花壇を手で示している。
「ユーフォ……なんちゃらという植物です。……とにかく、それは花なのです」
「まあ、花なのですね。黄緑色の花、素敵だわ」
「そう、花のように見えないけれど、花なのです」
「あなたさま、ご苦労さまでございます。では」

 白髪のうつくしきひとの後ろ姿を見送りながら、しばらく動けないでいた。

 動けるようになったのは、数分のちのことだった。
 そのとき、わたしははっきりと悟っていた。
「ああ、いまのお方は散歩途中の神様だったのだ。神様は、わたしに伝えることがあったのだ……」

 アイビーを刈り過ぎないように……。
 名前を半分しか覚えていない相手のことも、愛しこころを尽くすように……。

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ユーフォルビアが、
この春、わたしを励ましてくれています。

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