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2021年6月の投稿

2021年6月29日 (火)

くまがや日記⑧

6月∈日
 洗濯ものを干そうと、干場に行くと、いつもせっせと蜘蛛が巣を張っている。ははが逝き、ちちがグループホームに入居してから数か月のあいだ使わないでいただけで、ここを蜘蛛は棲家と決めたのだろう。それはわかるが、こちらにしたって遠慮ばかりもしていられない。
「ここは、ふたたび干し場となります」
 そう宣言して、竿を拭き、洗濯ものを干しにかかる。
 こんな挨拶を、相手がヒトでなくてもしたいと考えているわたしは、あちらでもこちらでも、口上である。

 庭の隅に置いたコンポストに、野菜くずやら卵の殻、珈琲かすを入れようとするときも、そうだ。
「ごめんください」
 とまず声をかける。
 ……誰に向かって?
 コンポストのなかで働いている微生物や、身を寄せている虫たちへの挨拶のつもりだ。いきなりふたをあけるのは、ノックもせずに、呼び鈴も鳴らさずに玄関の扉をあけるのと同じではないだろうか。
「ごめんください。あけますよ」
 と、わたしは云う。
 ところでこのコンポストは、昨年暮れまで東京都調布市の古い家(平屋と呼んでいた)に住んでいた長女・梓が使っていたものだ。このひとが素焼きのうつくしいコンポストを手に入れたとき、うらやましくてたまらなかった。
 こういうものを求めるのはえらい! とも思った。
 自治体に申請すれば、コンポストの費用の一部を負担してもらえる、というところまで調べておいて、そうしなかったところはえらくなかったが、それでも3年ほど上手につきあっていたのだった。
 梓が平屋から、都心の「11階」の住民になったとき、熊谷の家にもらい受けた。

 さてさて、洗濯ものの干場にもどって、はなしのつづきをしなければならない。
 蜘蛛との鬩(せめ)ぎ合いを静かにつづけているというはなしである。
 洗濯ものを干すなかで、どうしたってわたしは蜘蛛の巣を壊すことになる。
「ごめんね、ごめんね、ごめんね」
 と云っておいて干すのに必要な場をつくるため、巣を壊すのだけれども、蜘蛛を傷つけないように気をつけている。
 蜘蛛たちは、たちまち場所を変えて巣をつくりにかかる。
 今朝も、ああ、こんなところにもうあたらしい家を……と感心させられた。

6月∈日
 朝起きて、顔を洗い、身支度を整えたら、門を開ける。
 たいてい夫がギギギ、とやるのだが、わたしがやる日もある。

 ギギギギギ。
 何代か前のご先祖に和算家があって、埼玉県北の測量と地図づくりに貢献。そのときに武蔵国埼玉郡忍(埼玉県行田市)の忍城(おしじょう)から賜ったのが、この門だ(と言い伝えられている)。
 門の扉口の両側に部屋が連なる長屋門である。
 門に向かって右側に居住スペース(ちちとははは、新婚時代をここで過ごしたそうだ)、左側に厩(うまや/農家だから馬ではなく、牛が住んでいた)と納屋があり、ちょうど長屋の中央部分に門がついている風情。
 この門をあけるのと同時に、家の1日がはじまる。

 ギギギギギ。
 ちちもははも元気だったころ、母屋の座敷でくつろいでいると、通り土間にひとが立っている。
「ごめんください」
 はじめはいちいち度肝を抜かれたが、ちちもははも夫も平気なのだった。ずっとそんなふうに外からのひとを迎え入れてきたからだ。
 いまは門にも、母屋の玄関にもインターフォンがついている。
 それでも門が開いているかぎりは、「どうぞお入りください」ということとなり、配達のひとも近所のひとも呼び鈴を鳴らしはするものの、門のところで待ってなどおらずに庭を通って、玄関に向かうのだ。
 移住を決めてとき、このこと、つまり門のことが気がかりだった。
 門のほかにもうひとつ柵のようなものがつけたらどうか、とか、開門時には木製のバリケード(うま)を置いただどうか、とひとりで思案していた。
 ところが住んでみれば、どうということもない。
 門というのはなかなかいいものだ。これを開けたり閉めたりすることで、自らの「その日」を開け閉めできる。などと思うようになっている。

6月∈日
 台所がついた。
 ステンレスの業務用みたいなものを望んでいて、そのとおりになったのがうれしい。ここで、これから、できるだけの働きをしたい。床は、先代が考えた末に貼ったコンクリートを生かした、土間風。水も、土も受け容れてくれる。
 東京ではつくりつけの食器棚を使っていたので、さてどうしたものか。
 書棚として使っていたチェストふたつを使うこととするが、それだけでは収納が足りないようなのだ。
「これはどう?」
 夫が納屋で呼ぶので、行ってみると、背丈90センチくらい、幅も同じほど、奥行き30センチの木の棚の前で笑っている。
「うん、とってもとってもいい。これはなあに?」
「おばあちゃんが嫁入りのときに持ってきた、下駄箱」
 なるほど、上部の引き戸、下部にひきだしがついているが、あいだは持ち上げて開け閉(た)てできる扉だ。
 ごしごし洗って、台所へ。
「あなたは、きょうから食器棚です。大変身ですが、どうかよろしくお願いします」

6月∈日
 わたしひとりきりの日曜日だ。
 台所がついたうれしさから、夜更けまで働いたため、きょうは休養。
 門を開けずに、昼までごろごろする。

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これが「おばあちゃんの下駄箱」
あらため「食器棚」です。

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こちらはははが嫁入りのとき
持ってきたという柿の木の茶箪笥。
ゴシゴシ洗って柿渋を塗りました。

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2021年6月22日 (火)

くまがや日記 ⑦

6月◆日
「何やってるの?」
洗面所に見えた夫の背中に声をかける。
「何って、顔を洗ってるんだ」
「ええっ?」
 びっくりした。
 洗面所が使えるようになって4日たっていたというのに、わたしは、洗面所を使わないでいたのだった。そういう自分に、びっくりしている。
 裏口を出た先にある、1本水道を頼りに洗面も、食器洗いもしてきたものだから、それにすっかり慣れていた。
 おそるおそる真新しい洗面台に向かってみたが、わたしはきっと、外の1本水道を使うだろう。馴染みになっただけでなく、そこは、母方の祖父母の家を思いださせる。
 祖父母の家には台所の勝手口を出た先に流しがあり、木彫りの箱型の鏡がついていた。鏡は扉になっていて、そこをあけると歯ブラシや石鹸がある。
 指先に水をつけ、それを顔にちょんちょんとやって洗顔とするような子どもだったわたしだが、ここではざぶざぶと顔を洗った。水が飛び散ってもへっちゃらだったし、おもてで顔を洗うというそのことに満足していた。
 大人になってからも、ときどき「おもてで顔を洗う」を夢見ていたのが、知らないうちにかなっていたのだ。引っ越してきたときには、ほんとうにほんとうの1本水道だったが、その後このたびの工事の設計者であり現場責任者であるコイドさんが、水道屋さんと相談して、流しをつけてくれた。
 そうしてわたしは、今朝もここで顔を洗う。

6月◆日
 きょうは大工さんがお休み。
 なんだか頼りない日だなあと思っていたところへ、コイドさんが自分で漬けた梅干しと庭で実った琵琶を届けてくれる。
 梅干しは、塩5%と蜂蜜と酢で漬けた実験的梅干しだ。前の週、せっせと梅しごとをしていたとき、「塩は何%にするん?」とコイドさんは云い、「9%かな」とわたしは答えた。
「5%まで塩を減らそうと、やってみたんだよ」
 と、そのとき云っていたのを持ってきてくれたのだ。
「しょっぱい梅干しが好きなんだけどな」
 と減らず口をたたいたが、ひと口食べて驚く。
 驚くほどまろやかで、いくらでも食べられそうな梅干し。これはまったくのところ……。
 琵琶はことし、ハクビシンにやられたそうである。それをこんなにもらったのでは、ことしの琵琶はハクビシンと、ふみこにやられたということになりはしないか。

6月◆日
 2泊3日で札幌へ。
 仕事、仕事らきしことの合間、そっと友だちに会うことができた。
 帰りの飛行機。
「5分後当機は着陸態勢に入ります」
 のアナウンスのあと、初めて飛行機に乗った子どもみたいに窓の下を眺める。
 山の多いこと、そこに流れる川、いっぱいの緑に胸がいっぱいになる。高度が下がるにつれて、山のなかに立つ送電線と鉄塔が見えてくる。琴柱のようだな、と思う。やや、あれは福島第一原発。
 東京が近づくと、眼下に初めて見る光景がひろがる。これが都心上空を通過する羽田空港の新飛行ルート(2020年3月開始)だ。都庁の真上を飛んでいる。

6月◆日
 瓦職人のヤマダさん登場。
「重要文化財の山門の瓦の葺き替えをしてきたんだが……」
 と、名調子。
「瓦を下ろすと、屋根から下はまったく頼りないように見えるんだよね。しかし、そこに瓦を乗せると、ぐっと足を踏ん張ってしっかり立つんだよなあ」
 はなしを聞きながら、伝統に根ざした瓦屋根がなぜよいのかを、学ばなくてはいけないなあと思わされる。
 がんばってお金を貯め、長屋門や蔵の瓦を葺き替えるぞ、と誓う。
 このたびヤマダさんは、母屋の瓦屋根の点検修理をしてくれることになっている。高い屋根の上にそびえる長身の山田さんだが、家のなかにいても、屋根の上は静かだ。瓦屋根の上を忍びのごとく移動しているのだ。
 朝早く屋根に上がり、夕方暗くなって下りてきた。
「しばらくは、これで大丈夫」 
 ときっぱり宣言して、帰ってゆく。

6月◆日
 台所ができるという日、わたしは東京で仕事。
「帰ったら、できてるよ」
 とコイドさんに送りだされたが、帰宅すると、ガス台にも流しにもシートがかかっている。なんでも、重要な部品が足りなかったそうで、台所の開設は1週間ほどのびそうだ。
 咄嗟に気持ちを切り換える。
 ええと、ええと。
 順風からは物語が生まれにくく、一方、不便や乱調は、どっさり物語のタネを懐に隠し持っている。
 それにわたしには、おもての1本水道とカセットコンロがある。

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コイドさんの梅干し。

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2021年6月15日 (火)

くまがや日記⑥

6月◇日
「引っ越し後、そろそろ落ちつかれた頃でしょうか」
 という親身なおたよりをいただくたび、無事にはやっているけれども……、と考える。ほんとうの引っ越しはこれからなのではないか、という思いを持ちながら、わたしは暮らしている。
 家の工事の只中に飛びこむように移ってはきたが、いまだ、運んできた荷物の3分の1はそのまま長屋門のひと部屋に積んである。台所も、それぞれの部屋も完成していないため、段ボール箱をあけても納め先がないのである。
 ときどき段ボール箱のならぶ部屋に行って、ささやくのだ。
「忘れているわけではないからね。もうすぐきっと出したげます」
 手元に本も持っていない。
 本たちに囲まれている安心感というのは、相当のものであったことを思い知っている。
 夕方、マジックインキで「ふみこ向かって左側の本棚」と書いてある箱に近づいて、ガムテープをはがし、いちばん上にのっている本をつかんできた。
『ドリトル先生アフリカゆき』(ヒュー・ロフティング作 井伏鱒二訳/岩波少年文庫)。
 そうきたか、とわたしは思い、ころがってそれを開く。
 これは、云わずと知れたドリドル先生物語のシリーズ第1作。久しぶりの読書だ。

6月◇日
 時間ができるところがって『ドリトル先生アフリカゆき』を読んでいる。
 本を持ってころがるのでなければ休養を忘れるので、がんばってころがっている(← 怪しい)。
 井伏鱒二の翻訳(石井桃子が下訳をしているという贅沢)はおもしろく、およそ80年は過ぎている邦訳の古風なる魅力に、ころがっている上にわたしは足をばたつかせる。
 疫病に苦しむサルたちを助けるためアフリカに向かう一行。危機に陥るや犬のジップが叫ぶ。

「南無三!」

 物語の後半で、食いしん坊の豚のガブガブがジップに喧嘩をふっかける場面だって、こんなふうだ。

「きみのよた(よたに傍点)を、さらけ出したね」

「よた」ということば、久しぶりに見たよ、ガブガブ。
「よた」は「与太」であり、役に立たない者を指し、ことばにつけて云うときは、でたらめ、とか、ふざけた、くだらないという意味になる。

 ドリトル先生は数数の苦難(こんなにも貧乏に苦しんでいたことも、あたらめて思いだした)に遭いながら、いつもひょうひょうとして、そうして慈悲のこころに満ちている。

6月◇日
 植えてから何年もたつ梅の木に、ことし初めて実がついた。
 この家の工事の設計者であり現場責任者のコイドさんに、それを告げると、
「ミツバチの働きかなあ」
 と首をひねっている。
 実は、大きいのと、小梅と。週末にやってきた長女の梓がせっせと、小梅をとって梅干し用に漬けていったあとを受けて、わたしも梅干し、梅シロップ、梅酒をどっさり仕込む。
 大きな青梅は40kgあまりも採れたので、友だちにも助けてもらった。
 なかには生まれて初めて梅しごとだと云って受けとめてくれた友だちもあったが、「たのしかった」と伝えてくれたのに感激する。

6月◇日
 朝、スマホに触れると、反応しない。
 画面が「スワイプ」しない。タッチパネルでの操作ができないのだ。
 スマホなしでも平気だと強がりながらも、東京にいる娘たち、韓国にいる子との連絡が途切れるのは困るな……と思い直し、群馬県の高崎にあるアップル正規サービスプロバイダまで夫にくるまで連れていってもらう。でも、スタッフにアップルIDとパスワードを尋ねられ、答えられない。
「ありとあらゆるID、パスワードを書いた紅い帖面を忘れてきました」
 出直し、となる。
 はい、わたしは与太者(よたもの)でございます。

6月◇日
 夫がひとりで、スマホ修理の「出直し」に出かける。
 与太者は留守番。
 台所横にできた納戸にモノを納める。こういう作業はほんとうにたのしい、と、思いながら、壊れたスマホのことを考える。
 5月の終わりにぬかるみで転んだときも思ったことだが、小さな不幸は混ざっていたほうがいい。これまでのしくじりや、ひとを傷つけた行いなんかを、こうして少しずつ償ってゆけばいいのだ、としおらしく考える。
 しかし、わたしはたいして不幸じゃないことに気がつく。わたしは修理出直しを招いた「よた」であっただけで、何度も何度も出かけて行った夫こそ、不幸だ。
 午前9時半にくるまで家を出た夫は、午後3時を過ぎても戻らない。
 こんどはべつの不幸を想像したりして、ときどき門のところまで出て、キョロキョロする。
(たとえ、この家にわたしひとりきりになっても、なんとかやってゆこう)
 と覚悟を決めてから半時、夫は帰ってきた。
「タッチパネルの修理だけではすまなくて、結局本体交換になったよ。故障の原因は……」
「原因は?」
「わかりません、って云われたよ。珍しいケースだそうだよ」
 南無三! スマホを「板きれ」なんて呼んで、軽んじていたわたしがいけなかったのだ……。

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2021年6月 8日 (火)

くまがや日記⑤

 週末2回長女の梓が泊まりにやってきてくれた。
 夫の監督作品「きみが死んだあとで」が週末ごとに各地で封切りされ、そのために監督が舞台挨拶やトークイベントに出かける。そのため、わたしがひとりきりになるのを気にしてやってきてくれたものらしい。
 ひとりきりになるチャンスは逃したものの、梓がやってくると、べつのスイッチが入る。どんなスイッチが入ったかというと……。
 町探検。店めぐり。梅しごと。昼寝。

6月☆日
 埼玉県比企郡小川町(おがわまち)に拠点を築いている友人から、熊谷情報を得ていた梓とともに、自転車で筑波町(つくばちょう)のハンバーガー店と古着店を探す。

 1階のハンバーガー店へ。
 ハンバーガーにアボカドとチーズをトッピングする。
 ……唸る。
(熊谷にやってきたハンバーガー好きは、ひとり残らず案内しよう……)

 2階の古着店へ。
 ……唸る。
(まずい。ものすごく好きな感じ)
 メンズ中心で、なかにコットンのレディースナイトウエア(100年はたっていないからアンティークとは云えないが、そうとう古いフランス製。外出着としてたのしんで着られるだろう)、小物のコーナーあり。
 薄目をつくって、端から端まで見てまわる。
 端から端まで見るのでは、薄目になったって無駄なのだが、発見し過ぎないでおこうという決心のあらわれだ。2点がまんして、大判のバンダナ、Tシャツ2枚(Apple Store 2013Tシャツで、赤とピンクのシマヘビがくるくるっと巻いた先にマウスの顔がついている!/ダメージありのReebokTシャツ)を手に入れる。
(ああ、買わなかった2点も、ほんとはわたしの!なんだけれどもね)
 と負け惜しみみたいなため息をつく。

 帰りに百貨店・八木橋の大好きな漬物コーナーで、ザーサイと姫竹の漬物、水茄子の漬物を買う。ここでもなんとなく薄目。
「お母(かあ)ピー、漬物コーナーでも薄目」
(そうですとも。発見し過ぎないように、買い過ぎないように) 

6月☆日
 浴室ができた!
 ああ、これで銭湯とスーパー銭湯めぐりが終わるのだと思うと、さびしい。夕方、大工さんが引き揚げるや、銭湯に向かうのというのは、1日のうちの大事なイベントだった。
 毎日のようにサウナに入っていたのが、いまとなっては夢のように思える。サウナ室でめぐり逢うお互いには、親密が生まれる。お互い全裸である上、同じ大画面のテレビのほうを向いて、ちょっと笑ったり、「え?」と叫びそうになったり。東京のスーパー銭湯のサウナ室で見かける「ストイックさん」にはお目にかからなかった。ストイックさんたちは等しく痩せて筋肉質、サウナの女王みたいな存在だ。
 ストイックさん同士は、すれ違いざま、こんな会話をしていたな。
「ここの改装工事ちゅう、どちらへ?」
「☆屋の□店かしらね」
「そうなりますね。じゃ」

 リゾート銭湯の露天風呂が、まるで庭園のように広びろしていて、気持ちがよかったな。いつかひとりで自転車に乗って行き、この庭園のなかの「源泉かけ流し寝湯」に寝転んで昼寝しよう。

 完成したばかりの浴室がぶつぶつ云っている。
「アタクシについての感想は、ないんですか」
「たいへんけっこうでございます。いろんなひとに入ってもらおうね。末長くよろしくお願いします」

6月☆日
 洗濯機も使えるようになる。
「川に洗濯」も、終わりだ。
 コインランドリーに行ってみる→ 慣れるというのなんか、何でもないことかもしれないが、この種のことにいちいち尻込みするのが、わたしだ。
 初めてのときは、おどおどの連続だった。
 そうして、一度慣れると愛着が育ちはじめ、ぐんぐん繁る。繁り過ぎるくらいに。やっかいなヒト!
 洗濯機に働いてもらいながら、うたを歌う。
「お久しぶりね。うれしいような、さびしいような、やっぱりうれしいわたしですー」

6月☆日
 仕事をしていると、すぐに「お10時」と「お3時」の支度の時間がやってくる。大工さんの休憩に、お茶とおやつを供するのだ。これはいまのわたしの一大事であり、もっともたのしい役目である。
 わたしにとっていかに一大事であり、たのしみであっても、邪魔にならないことが大事。大工さんにとっては大切な30分間の「休憩」だからだ。大工さんが集まったら、すぐとお茶が飲めるように、すっと菓子類に手がのばせるようにしておかなくてはいけない。
 だんだん、大工さんひとりひとりの好みもわかってくる。
 ついさっきも、ほんのり甘いせんべいを買ってきた夫に、ぴしゃりとやったところだ。
「甘いせんべいはいりません。せんべいはしょっぱく、お菓子は甘い。きっぱりゆかないとね」
 大工さんたちはアイスも好き。
 大工さんたちは珈琲も好き(砂糖とミルクは忘れずに)。
 大工さんたちは……。

 お昼は、何もしない。
 大工さんたちはお弁当持ちだし、お茶も持っているからだ。昼休み1時間の配分はそれぞれであり、親方は必ず30分間眠る。
 だから皆さん、どうかお静かに。

 このような生活のなか、あたりまえだが、わたしは仕事もする。
 設計者であり現場責任者のコイドさんがやってくるし、職人さんたちから打ち合わせに呼ばれる。
 時間が、どんどん細かく刻まれてゆく。
 でもね……、これまで気を散らし散らし仕事をしてきた自分の「つよみ」が生かされている。
 大工さん、職人さんたちの作業の音に「とても怠けてられないな」と、思いながら、わたしも仕事。そんな毎日です。

Photo_20210608113001
柿の樹が4本あります。
ことし、いっぱいいっぱい
実がついています。
秋がたのしみです。
熊谷は暑くなりはじめましたが、
ここには土の上を渡る風があります。
家のなかは、不思議に涼しいです。
木陰に暮らす感覚でしょうか。

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2021年6月 1日 (火)

くまがや日記④

5月△日
 東京から埼玉県熊谷市に引っ越してきて3週間が過ぎた。
 改築計画のうち完成しているのはトイレだけ。家の裏手にある水道1本での家しごと、カセッロコンロでの調理、コインランドリーでの洗濯(「川へ洗濯」と呼んでいる)、市内の銭湯とスーパー銭湯をめぐっての入浴は、相変わらずつづいている。
「せめて台所と浴室が完成してから引っ越す、と考えなかったのはなぜですか?」
 この問いは、周囲から発せられたものではなく、わたしからわたしへのものである。
「ひとつには、大工さんの作業の近くで暮らしたかったから。ひとつには、不便を味わいたかったから。ひとつには、できるだけ早く熊谷の家に移り住みたい、そうするのがいいと感じたから、です」
 これが問いの答えとして成立しているかどうかはともかくとして、半分キャンプ生活を3週間つづけてきたいま、これでよかった、という感覚に包まれている。よく考えてかからないと炊事の火口が足りなくなり、家しごとに時間がとられて仕事をする時間がなくなり……、あわてる。あわてながらも、この混乱に救われている、と思うのだ。
 東京を離れたさびしさや、あたらしい生活環境への不安など、胸のなかでこねている遑(いとま)がないからだ。

5月△日
 東京に散髪へ。
 もとの家からは、玄関で息を止め、息を止めたまま楽に到着するほど近かった理髪店だったが……。
家からバス停留所まで/徒歩3分。
停留所から熊谷駅まで/バスで10 15分。
熊谷駅から新宿駅まで/湘南新宿ライン(高崎線)で55分。
新宿駅から三鷹駅まで/中央線(快速)で15分。
三鷹駅から理髪店まで/徒歩13分。
 これを単純に合算すると101分。あいだの移動や待ち時間を加えると2時間近くになる。
「いいじゃないか、2時間」
 この店をひとりで営んでいるカンジサンの持つ技術も人柄もとびきりのものであるが、それだけではない。この店の意匠と雰囲気のなかにひと月に一度身を置くことが大事なのである。

 散髪のあと、もとご近所のノゾミサンの家に行く。
 今月100歳のお誕生日を迎えたノゾミサンの母上にも迎えられる。
「お茶をいかが?」
 と云って、母上が紅茶を淹れてくださる。
 100歳のうつくしい先輩が淹れた紅茶を飲むというこの日を、忘れないでいよう。「うっとり」」をひとまず畳んでバッグにしまって立ち上がり、ベルジアン・シェパード・ドッグのサンと、ノゾミサンとさん2時間散歩。

 吉祥寺で大好きな古着屋で白シャツと、この1年探しつづけていたレースのスカートをみつける。うれし。

 帰りにも湘南新宿ラインの乗客となる。
 この列車に乗るときはグリーン車(1,000円奮発)、と決めている。快適。グリーン車の上の階? 下の階(ここではホームで、歩くひとの靴が見られる)?
 はたまた中間スペース? と迷うたのしみもある。この日は下の階。

 熊谷駅前の桜湯に寄って帰る。

5月△日
 この家に引っ越してきた日の夕方のことだった。
 夫に連れてゆかれた近所の自転車店の前に、真っ赤な自転車がいた。
「これ、アナタに」
「へ?」
「車の運転をしないからさ、これで市内を自由に走ってよ。平坦な熊谷だけど、これ、電動アシスト自転車。つぎに自転車を買うとしたら赤がいいって云ってたから、赤い自転車に、黒いカゴをつけてもらいました」
「へえーこれ、わたしのー?」
 と思っていたら、店のなかから店主が出てくる。
 夫が子どもの自分からお世話になっているという店主のイシカワサン、御歳88歳。うれしくなっちゃうなあ、昔馴染みのイシカワサンの店で買ってもらえて。
「弁護士になるつもりで勉強しとったんよ。ところが、自転車店やっとった親父が亡くなって、ここを継ぐことになってね。この道も、もうじき70年だ」
 このはなしを聞いて、ああ、このひとのところには自転車店(店主)という仕事がやってきたんだなあ。弁護士でもよかったかもしれないけれど、弁護士だったらおそらくすでに引退しているであろう。少なくとも、88歳のいま、こんなふうに生き生きと仕事をしていなかったのではないか。
 この春も、自転車店に担任のせんせいに引率された小学1年生がやってきて、自転車について学んでいったそうだ。
 店内の見学コースの表示が残っていて、それを見ると、日本語とわかりやすい英語で説明が書かれている。
(中学生も来たらいいんじゃないかしらね)。
 やはり仕事や役目というものは、ひとをめがけてやってくるものだなあ。このことを実感する。
 
 さて週末、赤い自転車に乗って、探検。
 熊谷駅にも、八木橋(百貨店)にも、市役所、郵便局(本局)にも自転車でゆけるようになる。バンザイ。

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田んぼの草退治の耕運ちゅう。
田畑の今後のことは、これからゆっくり
考えます。
仲間や友人知人に助けてもらいながら。

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