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2022年2月の投稿

2022年2月22日 (火)

蟄虫啓戸(すごもりむしとをひらく)

 この10日あまり、胸のなかで虫があばれている。
 どうしてそうなったのかわからないけれども、虫はしきりにジジジ、と鳴き、くねくねと動く。わたしは落ち着きを失い(日頃から落ち着きがないのだが、いっそう)、1日をむやみに切り刻んで、予定やら約束やら、たのしみさえも台無しにするといった有様(ありさま)だ。
 ちと忙しかったのが発端だが、そんなのは慣れっこなのだ。仕事を端から片付けてゆけばいい。……わけなのに、どうしたことか、端からはじめると途中でつまずく。ほら、ピアノの練習をしているとき、同じところでまちがえて先に進めなくなる感じ。
 ほら、縫いものをしているとき、分厚いところでミシンが空回りする感じ。

 どうやら、仕事のなかに、恐ろしく苦手なことが混ざっていたらしいのだ。
 毎日「そこ」でつまずいて調子をくずし、へんてこな虫が棲みつくまでになった。

 10日もそんな具合で過ごし、はっと気がつく。
「キミ、焦らせ虫だね」
 名を云い当てられて虫はギクリとしたのか、ちょっと動きがにぶくなる。
「前にもきた、キミだよね」
 こう決めつけたら、虫はジジジ、と鳴こうとしたが、鳴きだしに失敗し、「ズ」と発声したまま黙った。

 いまだ、と思った。
 焦らせ虫が動きを止めたこの瞬間に、苦手なところを越えてしまおう。

 やってみたら、たいしたこともなく、するすると片付いた。
 わたしのところにやってきて10日あまり滞在した焦らせ虫は、どこかへ旅立った。

 2週間もすれば二十四節気の啓蟄(けいちつ)がめぐってくる。
「啓蟄」の「啓」はひらく、「蟄」は巣ごもりの意味である。
 この季節、冬眠していた虫たちが動きだし、地上に出てくる。そんな虫たちの動きに乗じて、焦らせ虫もやってきたのかもしれない。
 あなたのところにもしもやってきたなら、声に出してこう告げるといい。
「ふんちゃんのところにいた、焦らせ虫ね。ここは間に合っています。おゆきなさい」

焦らせ虫に棲みつかれていた日日、
さすがに少し苦しかったのです。
そんななか、救いだったのが、
《Coming back》
自由学園の同級生立川素子が
送ってくれました。
素子に許しを得て、
皆さんにも贈ります。
*音楽
アラン・ミオンはフランスのジャズピアニスト、
作曲家、アレンジャー、シンガー。
1974年に伝説的なジャズファンクグループCortexを結成、
1982年に「アラン・ミオン」の名前でソロ活動をスタート
させる。
《Coming back》はアルバム「Alain Mion in New York」に
収録されています。
*VIDEO
立川素子
1979年渡仏。
国立美術学校を卒業ののち、
絵画、アーティストブック、インスタレーション(ほか)を制作、
ヨーロッパを中心に発表する。
「VIDEO制作は2020年にはじめました。
生活のなかで出合った風景の写真を撮る、
自分の生きた時間がひとつひとつの映像に記憶されています。
それが、友人のつくったミュージックと出逢ったとき、
VIDEOが出来上がります」
《Coming back》には昨年パリと郊外を往復していた
go between生活のなかで撮った映像が収められています。
「《Coming back》のスウィングとサックスのメロディが列車の揺れに
重なります。夜遅くにみる景色、早朝の車窓からの眺め。しっとりとした
アランのピアノをおたのしみください」

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2022年2月15日 (火)

甘やかすぞー

 先週から、庭づくりがはじまった。
 長い年月のなか、日本庭園風に変化した庭を、ハーブや野菜を育てたり、いろいろの作業のしやすい場にしたいと、ガーデンデザイナーのササキさんに相談したら、おもしろい提案をしてくれた。
 ササキさんと初めて会ったとき、すぐにわかった。
「ササキさんは、ものづくりの神さまだ」
 これまで、あらゆるものをつくってきたが、だんだん植物や生きものに引き寄せられて今日に至ったという。
 とてもヒトのようではなく、話しているだけで、こちらのこころがじんわりする。笑い方だって、楽器みたいだ。「ははは」と真似して声を出してみても、そんな音にはならない……。

 ササキさんは助手のヤマちゃんとともに、朝7時半に東京からやってくる。
 ふたりは家を出発する6時、わたしはまだむにゃむにゃしながら、半分夢を見ている。ともかく着替えと洗顔をすませて、7時半に「おはようございまーす」と挨拶する。

 10時と15時(お3時)のお茶とおやつの支度、昼ごはんづくり、つまり食堂仕事がわたしの役目となる。
 原稿を書いたり、エッセイ講座の皆さんの作品を読んだり、わたしの24時間はぎゅう詰めだ。ここに食堂仕事を入れられるのかというと、入れられるのである。
「おお、またしても訓練が与えられたな」
 と思って、ぎゅう詰めのところへ、ぎゅうと押しこむ。
 そうだ、このたびはお昼ごはんをつくる訓練。はじめの日は少しばかりおたおたした。うまくゆくかなあ、おいしく食べてもらえるかなあ、という色気が邪魔をする。
 そのうち、色気なんかは自然と消えて、からだが勝手に動くようになる。なにしろ訓練だからね。だんだん板についてきた(と、思う)。

 1日目 スープカレーとサラダ。ヨーグルト。
 2日目 石狩鍋とおむすび(おむすびのなかみは昆布と梅干し)
 3日目 パエリアとサラダ。煮りんごとヨーグルト。
 4日目 ちゃんちゃん焼とすまし汁。ご飯。
 5日目 豚ヒレ肉のハヤシライスとサラダ。ヨーグルト。
 6日目 パン。クリームシチュウとサラダ。

 5日目のハヤシライスの日は、夫に訓練を譲った。
「あのさ、このハヤシライスは財産になるよ。つくらせてあげます」
「そうか? じゃやってみるかな」

 このたびの食堂仕事に、わたしは訓練のほかに、もうひとつめあてを持っている。
 ササキさんの助手をつとめる若いヤマちゃんが昨年末心身の調子をくずし、復帰後最初の現場だと聞かされたのだ。
「ヤマちゃんを甘やかすぞー」
 これがもうひとつのめあてだ。

「ヤマちゃん、おやつですよー」
「ヤマちゃん、おかわりしてくださーい」
 と云って、甘やかす。
 
 ひとを甘やかすのが、わたしは好きなのである。
 誰かを甘やかしながら、自分のことも甘やかしているみたいです。

Photo_20220215085201
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うんたったラジオ第2回放送開始!
ぜひ聴いてみてください。

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2022年2月 8日 (火)

ひとりのわたし

 久しぶりの九州だった。
 四国や、山陰山陽へでかけても、九州までは届かない。
 若いころ沖縄に仕事で通った時期も、「ああ、また九州を飛び越えた」と機上でため息をついたものだ。
 縁(えにし)というものは等しく不思議なものだが、土地との縁はことさら不思議で、行きたいと希うだけではだめなのではないか。呼ばれないと出かけてゆけないのではないか。
 九州への縁の紡げない自分。
 九州に呼ばれないわたし。

 ことしのはじめに大分県に呼ばれた。
 わたしにはめずらしい、取材の旅である。
 1月さいごの日、ひとりで大分空港に降り立つ。

 大分駅周辺、日豊線の牧、高城(たかじょう)、鶴崎のあたりを歩くことになった。福岡県、大分県での仕事を持っている長女にも、街の歩き方をおそわってきたけれども、「ひとり」の頼りなさが、なぜかうれしくてたまらなかった。
 それはここまでの行路のなか、「日常も非日常も、ある部分はひとりで生き抜く」ということをつよく意識するようになっていたからだ。
「ひとり」の頼りなさからはじまり、そこからと立ちのぼるゆらりとした経験の積み重ねが、わたしをおもしろがらせ、鍛えてもくれる。

 誰かと連れ立って歩くと、油断体質のわたしは、どうしてもひと頼みになる。ひと頼みでゆこう、と定めるわけではないけれど、つい、そうなる。知らぬ間に目的地に到着し、用事をこなし、歩きまわる。
 旅先でわたしは「ひとり」の時間をつくるようにしている。
 誰かとの旅は、旅というより「相手とわたし」だからね。
 大分市内でも、ある場面ではひとに尋ねながら、ときにスマートフォンに相談しながら、ひとりを味わった。
 コロナ感染症再再再再(幾度目かはわからなくなった)拡大の最中であったから、休業を決めた飲食店も少なくなかった。
 2日めの夜、長女からおそわっていた大分駅から徒(かち)にて10分ほどの磯焼きの店にたどり着いたときには、ほっとした。どうしても大分の郷土料理「とり天」と「りゅうきゅう」を食べたかったからだ。
「お母ぴー、この店のとり天は、飲みものだよ。そしてりゅうきゅうは……ふふふ」
 と謎めいた案内を受けたわたしは、カウンターに坐る。
 とり天。
 さくっとした衣も、なかみ(ここのはむね肉)も、口のなかでほろっと溶ける。この感覚は曰く云い難いが、「飲みもの」という表現は遠からず。
 りゅうきゅう。
 ……まいりました。

 Photo_20220208101901  
これが「りゅうきゅう」です。
地元でとれる新鮮なサカナを、
しょうゆベース(生姜、ごまは必須と思われます)のタレで
和える……。
りゅうきゅう丼もあります。
ご飯にも合うだろうことは、食べてすぐわかりました。
丼、これは自分で再現してみようと思います。が、さて。

Img_1206  

うんたったラジオ
https://anchor.fm/untatta-radio/episodes/01-e1d6l07

「うんたったラジオ」はじめました。
長女・梓とゆるいおしゃべり。
第一回は「近所のお店に行ってみた」です。
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2022年2月 1日 (火)

100字随想 vol.3

福井県に住むクミコちゃんからメール。「雪がつづいたので、土のなかのフキノトウになった気分です。ここで春を待っています」フキノトウさん、からっ風に向かって自転車を漕ぎながら、わたしも春を待っています。(99字)


娘の家で昆布の佃煮をごちそうになる。「おいしい!」「だしをとったあとの昆布で煮たんだよ。お母ぴーがしていたから」ええっ、いまわたしはそんなことしていない……。あわてて、だしをとったあとの昆布をためる。(100字)


下駄履きの日日。土間にある仕事場、台所、食堂で、カランコロンと音を立てる。ひとりでいるときも、この音がわたしに語りかけるのだ。「こら、ウィスキー飲み過ぎ!」「いい加減、早く寝なさい」「戸締りはしたの?」(100字)


インスタントコーヒーを1瓶もらう。おお、珈琲好きの母、家ではこれを飲んでいたなあ。ていねいに淹れて、友だちに供する。「どお?」「うん、いい香り」「……インスタントだよ」「わたしはいつもインスタント」(99字)


忙しい日は、焦りからじたばた。気がつくと「もう1日あればいいなあ」とつぶやいている。わかっているのに、つい。あと1日あってもなくても、なんとかなる。足りないのは時間じゃなくて自らを信じる気持ち。(97字)

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梅の芽が……。
春はほんとにほんとうに近づいてきています。

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