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2022年3月の投稿

2022年3月29日 (火)

日記(2022年3月)

3月□日
 読書。
 分厚い本をめくって、真ん中あたりに至ったとき、自分の名前が目に飛びこんできた。
 どきっ。

 読んでいるうちに「そうね、そうよ、そうそう……」と私自身が書いているような気分になっているから、不思議だ。

 そう書いてある。
 とつぜん目がかゆくなり、指でごしごしこする。
 書き手として、読み手に自分が書いているような気分になってもらえるというのは……、うれしい。うれしさを超えて、夢心地。


3月□日
 東京都の公立小学校の卒業式。
 この日、長く教職にあった友人が校長として、学校でのつとめを終える。やわらかい光に包まれた「せんせい」だった。
 やわらかいその光を、学校でひとめ見ることができたなら。いや、見ることはかなわぬかもしれない。それでも、こっそり出かけよう。学校の門に手を触れるだけでも、光を感じられるかもしれない。
 
 卒業式も、教職員の皆さんとの会も終えた、午後、学校に到着。
 玄関に友人はいて、こちらを見ている。
 そうだ、この目。いつも落ち着いているが、おもしろがりの目をしている。
「来ました」
「……」

 小学校には「無事」な1日なんかない。
 連絡をとるたび、事件のはなしを聞くことになるが、そんなとき、いつもゆったりとかまえて、ひとと力を合わせて解決してゆく。
 ある年、屋上に溜まった雨水が一気に校内に流れこんだことがあった。このときも、児童に1枚ずつ雑巾を手渡して、「みんなで拭いたのよー。地域の皆さんが毎年くださる雑巾が大活躍」と友人はたのしげに笑ったっけな。
 こんなことの連続なのだ。
 その上、この数年はコロナ感染症に、どれほど苦しめられたことだろう。しかし、幾度水を向けても、そのたび「みんなで気をつけて、みんなで消毒して、みんなで……」と云うのである。

 3月のさいごの日まで、友人は学校の校長だ。
 4月になったら、未来のはなしをするとしよう。


3月□日
 長女の梓とアウトドアの店に出かける。
「ね、登山靴を買おう。あなたのとわたしのと」
 店ではやさしく親身なアドバイザーを得て、それぞれトレッキングシューズを決める。店内のうそっこマウンテンを登ったり、下りたりしてフィット感をたしかめる。
4月、群馬県の山に登ろう」
「うんうん。これ履いて、まずは足慣らししようね」
 トレッキングシューズは、3月終わりに誕生日を迎える梓への贈りもの。ふさわしい贈りものができた。


3月□日
 この春もあたらしい仕事がはじまる。
 たいてい入れ替わりがあるものだが、ことし、終わる仕事はなかった。
 初回の〆切時には、妙な緊張感が生まれる。うまくやろうという色気が出てきて、ぎくしゃくするのである。で、初回の仕事をあとから見ると、かたくなっているのがわかる。あたらしい仕事とのあいだでくんくんと匂いを嗅ぎあって、自分の居場所を探す。……という感じだろうか。
 2回目の〆切時には、こういうのは均されて消えている。
 歯がゆくも、「新」をまとうありがたき春である。

Kunel
「ku:nel」(クウネル)5月号
「私の引越しストーリー」に熊谷の家の暮らしが
紹介されました。
「築150年の古民家に移って、
見つけた新しい暮らし」

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2022年3月22日 (火)

100字随想 3月

カナダ留学から戻る予定の日、三女のコロナ陽性が判明。隔離場所は? 療養は? 心配で胸がばくばくするも、してやれることはない。こちらは締切。ばくばく。締切。ばくばく。締切。わたしは自分の役割を果たそう。(99字)


しとしとと雨が降る。春という季節のなか、はりきっていた植物たちが、雨のなかしみじみしている。仲間に加わったばかりのヤマモモと朝倉山椒も静かに濡れて立つ。鳥もこない。わたしも窓越しに庭をそっと覗き見。(99字)


『畑の中の野うさぎの滑走 一匹のトカゲが焼けた石の上を過った』が届く。笠井久子さんの新刊。昭和、平成、令和を笠井叡とともに生きながら綴った文章を「手入れをしていない雑草だらけの庭」と自評。この庭にいたい。(100字)


おみおつけを上手につくりたい。上手というのは、ちがうかもしれない。心身に滲み透るやさしいおみおつけをつくれるひとに、わたしはなりたい。それがかなったら、台所のことはひとまず「満足」ということとする。(99)


三女帰る。このたびは4か月ぶりの再会。匂いを嗅ぎあうような感覚。きっかり2時間、ならんでてくてく歩く。「オンマ(わたしだ)、髪のびたね」「何が食べたい?」夕食は、めかじきと水菜とねぎの柚子こしょう煮。(100字)

Photo_20220322110401
『畑の中の野うさぎの滑走 一匹のトカゲが焼けた石の上を過ぎった
ーー昭和・平成・令和を、笠井叡と共に生きる』
(はたけのなかののうさぎのかっそう いっぴきのとかげがやけたいしのうえをよぎった)
笠井久子(合同会社 蛤 刊)

裏表紙の「そで」にこう印刷されているのを発見。
「未来から 記憶の風がふいてくる」 

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2022年3月15日 (火)

雨を降らせる

 東京で過ごし、3日目の昼頃帰宅。
「ただいま」
 庭に足を踏み入れると、さわさわと声がする。
「乾いてるの」
「雨がほしい」
「水」
 と口口に云うのは、庭に植えつけられた花や葉もの(コリアンダー、クレソン、ベビーリーフなど)、山野草たち、若い樹木たちだ。蒔いたタネから、ようよう発芽した草花たちも。
 乾いた地面の上でうろたえている植物の小さな訴えである。
 持っていた荷物を芝の上に放り出し、エナメルの靴を履いたまま、リールからホースを引っぱって、散水をはじめる。すると、さわさわと訴えかける声が、歌に変わった。
 歌いながら、植物ははずむ。
 小さい芽も見逃さぬように気をつけながら、静かにやわらかく水を撒く。雨を降らしているような心持ちになり、わたしもはずむ。
 
 東京では、行く先々でひとと会い、語り合った。
 聞くことに傾こうとすると、相手の「気」のようなものが流れこんでくる。それを坦坦と受けとめようとしているつもりでも、時として重さを感じ、ひっかかりをおぼえる。無理もないことだ。相手もわたしも生きているのだから。
 語り手の重さを軽くすることも、ひっかかりをほどくことも、わたしにできはしないのだが、はなしを聞くだけでもひとという生物の環境の循環がかなってゆく。と、わたしは信じている。
 語り、聞くことで、またわたしという生物の環境が整ってゆく。
 雑談であっても、仕事の打ち合わせであっても、同じだ。

 庭で植物たちの歌を聞いていると、植物の「気」が流れこんでくるのがわかる。ひととの語らいとはずいぶん異なるものがある。
 水を扱いながら、涙を思う。
 雨を降らしているようでもあるが、泣かせてもらっているようでもある。
 もっとも水をほしがっていたアネモネたちが、「たすかりました。たすかりました」と云いながら、からだをくねらせはじめた。

 見れば、「暖地桜」と名札をつけたさくらんぼの苗木に、いっぱい花がついている。
 やや、敷き藁のかげに、赤いいちごが隠れている。

 シジュウカラが、巣作りの下見にやってきた。
 そっと、わたしは退場する。

Sakura
これが暖地桜です。
ちっちゃなさくらんぼが、無数に実るそうです。
「つくる」神さまのササキさんによる庭づくり。
植物の「気」が流れこんできます。
(ササキさんのはなしは、またいつか)。
Img_1285
http://anchor.fm/untatta-radio
うんたったラジオ第3回放送開始!

★文筆家・山本ふみこと編集者・山本梓による
母娘のとりとめもないお話。今回は、恋愛について。
いろんな考え方があるけれど、
応援できるひとでありたいよね、と。

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2022年3月 8日 (火)

旅立ち

 3月2日深夜、ちちが旅立った。
 夫には予感があったものか、その夜はワインを飲もうとせず、こころとからだを空けているように見えた。

 知らせを受けて夫は大急ぎでちちが入院している病院に向かったが、結局、息をひきとるその瞬間には、間に合わなかった。しかし、肉体から魂が抜けだしたあと、自由になったひとの魂は、行きたいところへ飛んでゆくのだとすれば、どこに居てもこの世での別れをすることはできる。と、わたしは信じている。
 ちちは家に帰ってきてくれるはずだから、わたしは家で留守番をした。お茶を淹れて、おまんじゅうを一緒に、と待ちかまえていたのである。

 翌朝、夫は、父の旅立ちを知らせるカードをつくる。

                *

 熊谷市代の地で昭和6年(1931年)1月14日に生を受け、妻となった故三子とともに、この地を愛し、耕し、尽くしてきた父・久輝が旅立ちました。直接の死因は肝門部胆管がんを原因とする肝機能不全。
 91歳の生涯を、穏やかな表情で閉じることができました。息子から見ても、とても誠実なひとでした。
(後略)

                *

 これを読んで、昨年12月に受けとった1枚の年賀欠礼のはがきを思っていた。それはわたしの元夫の父・中父(ちゅうとう)さんの旅立ちを知らせる挨拶状だ。
 ここに、元夫のむーくんが、こう書いている。

                *

(前略)
 ひとことで「よく生きた」人でした。
 ともに歩んだ日々を胸に抱き、心持ちあらたに新年を迎えたいと思います。
(後略)

                *

 息子に、誠実を讃えられ、よく生きたと明言されるちちたちが、わたしにはまぶしい。
 ひととして、これ以上の評価があるだろうか。

 さて、ちちの葬儀を前に、いろいろの準備を運びながら、わたしはしきりにもの思わされている。長く魂の容れものの役割を果たした肉体に対してのなつかしさ、感謝、別れがたさが胸のなかでぐるんぐるんとまわっているのである。
 夫とふたりで納棺の儀に立ち合ったとき、ちちのてのひらに触れた。
 大きな大きな手。
 よく働くひとの、力強くもやさしい手。
 その手に触れても、握り返されることはないのだが、この手の力強さとやさしさを受け継ぎたい、とこころから希う。つべこべ云っていわずに、つよく、やさしく。
 
 お父ちゃん、どうもありがとうございました。
 熊谷での暮らしを、見ていてね。
 そうしてわたしが行ったとき、あの世の入り口まで迎えにきてください。

Hisateru_moe
この絵は、大江萌(夫の前の結婚で生まれた二女/
わたしたちの5人娘の3番目です)描くちちの絵です。
ちちを、よおくとらえた似顔絵だと思います。
萌はイラストレーターとして活動しています。

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2022年3月 1日 (火)

隠れている

「奇跡だ」
 が、わたしの口癖だ。
「奇跡だ」はちょっと怪しいものを醸すことがあるから、口には出さず胸のなかでつぶやくようにしている。
 そうは云っても、「無意識」の領域が広いせいか、ときどき口から漏れることもあるらしい。
「出たね(奇跡)!」
 と合いの手を入れられる。

「待っていた荷物が、いっぺんにきた。(奇跡だ)」

「撮影の仕事、完了。(奇跡だ)」

「桜島大根が届いた。(奇跡だ)」

 奇跡と云ったって、わたしのはこんな感じだが、それぞれ本気で信じている。
 今朝目が覚めたとき、ふと、思ったのである。

(たしかに「奇跡だ」がわたしの口癖だけど……、気がつかない「奇跡」はまだまだいっぱいあるんだろうな。数知れない「奇跡」が隠れているんだな)

 そう思うと、見えない「奇跡」を探しあてよう、掘りだそうという、ゲームみたいな感覚が生まれてくる。
 ロシアによるウクライナ侵攻はじめ、わたしの頭のなかには、いま、いくつかの黒い雲が浮かんでいる。
 戦闘開始から5日目に入ったロシアとウクライナ。日本にいるわたしは、いまのところ気を揉んだり、祈ったりするだけだ。だが、ここにも「奇跡」が存在し、育まれていると信じることもできる。
 道は曲がりくねっているから、「奇跡」の実態はここからは見えないだけで、それは、ある。

Photo_20220301091901
鹿児島の順ちゃんから、
桜島大根が届きました。
この大根の存在そのものが、
奇跡みたいです。

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