日記(2022年3月)
3月□日
読書。
分厚い本をめくって、真ん中あたりに至ったとき、自分の名前が目に飛びこんできた。
どきっ。
読んでいるうちに「そうね、そうよ、そうそう……」と私自身が書いているような気分になっているから、不思議だ。
そう書いてある。
とつぜん目がかゆくなり、指でごしごしこする。
書き手として、読み手に自分が書いているような気分になってもらえるというのは……、うれしい。うれしさを超えて、夢心地。
3月□日
東京都の公立小学校の卒業式。
この日、長く教職にあった友人が校長として、学校でのつとめを終える。やわらかい光に包まれた「せんせい」だった。
やわらかいその光を、学校でひとめ見ることができたなら。いや、見ることはかなわぬかもしれない。それでも、こっそり出かけよう。学校の門に手を触れるだけでも、光を感じられるかもしれない。
卒業式も、教職員の皆さんとの会も終えた、午後、学校に到着。
玄関に友人はいて、こちらを見ている。
そうだ、この目。いつも落ち着いているが、おもしろがりの目をしている。
「来ました」
「……」
小学校には「無事」な1日なんかない。
連絡をとるたび、事件のはなしを聞くことになるが、そんなとき、いつもゆったりとかまえて、ひとと力を合わせて解決してゆく。
ある年、屋上に溜まった雨水が一気に校内に流れこんだことがあった。このときも、児童に1枚ずつ雑巾を手渡して、「みんなで拭いたのよー。地域の皆さんが毎年くださる雑巾が大活躍」と友人はたのしげに笑ったっけな。
こんなことの連続なのだ。
その上、この数年はコロナ感染症に、どれほど苦しめられたことだろう。しかし、幾度水を向けても、そのたび「みんなで気をつけて、みんなで消毒して、みんなで……」と云うのである。
3月のさいごの日まで、友人は学校の校長だ。
4月になったら、未来のはなしをするとしよう。
3月□日
長女の梓とアウトドアの店に出かける。
「ね、登山靴を買おう。あなたのとわたしのと」
店ではやさしく親身なアドバイザーを得て、それぞれトレッキングシューズを決める。店内のうそっこマウンテンを登ったり、下りたりしてフィット感をたしかめる。
「4月、群馬県の山に登ろう」
「うんうん。これ履いて、まずは足慣らししようね」
トレッキングシューズは、3月終わりに誕生日を迎える梓への贈りもの。ふさわしい贈りものができた。
3月□日
この春もあたらしい仕事がはじまる。
たいてい入れ替わりがあるものだが、ことし、終わる仕事はなかった。
初回の〆切時には、妙な緊張感が生まれる。うまくやろうという色気が出てきて、ぎくしゃくするのである。で、初回の仕事をあとから見ると、かたくなっているのがわかる。あたらしい仕事とのあいだでくんくんと匂いを嗅ぎあって、自分の居場所を探す。……という感じだろうか。
2回目の〆切時には、こういうのは均されて消えている。
歯がゆくも、「新」をまとうありがたき春である。
「ku:nel」(クウネル)5月号
「私の引越しストーリー」に熊谷の家の暮らしが
紹介されました。
「築150年の古民家に移って、
見つけた新しい暮らし」
〈公式HP〉
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〈公式ブログ〉
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