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2022年7月の投稿

2022年7月26日 (火)

 午前3時

 これを書いているいま、午前3時23分。
 午後11時ごろ眠り、午前3時に起きたのだ。
「おはよう」

 前の晩は午前3時まで仕事をして、眠った。
「おやすみなさい」

 このところ仕事が少しふえたのと、畑で採れる野菜であれこれつくるしごともあって、早起きしたり、夜更かししたり。そのため、午前3時に起きていることがふえたのだ(いつもじゃありません、あしからず)。

 午前3時のいいのは、突然誰かが訪ねてきたり、電話がかかったりしないところだ。ときどき、ちちやははにお線香をあげたい、という方があったりするが、午前3時にはそういう訪問も決してない。
 たったひとり、裏のバイパスの車の走る音——夜間はトラックが張り切って走っている——を聞きながら仕事をするのは、わるくない。
 それから、カナダに暮らす末娘に、ちょっと連絡したり、テレビ電話で話したりするのに具合のいい時間帯だ。
 カナダと日本は時差が17時間(現在サマータイムで、16時間)もあって、時間を合わせるのがむずかしい。カナダのひとたちは日本人の17時間前を生きていることになる。
 先に穴を掘りながらすすんでゆき、「あとから、穴をお通りなさい」という気分になったりするけれど、それは妄想。

「バンクーバーは23度です」
 と娘が伝えてきた。
「こちらはきょうも猛暑になりそう。いいなあ、23度」
「あ、またこんな時間まで起きてる。もう少し眠って」
「いや、起きたのよ。きょうは早起き」

 午前4時20分。
 7時までもうひと眠り、しようかな。

 午前4時26分、セミが鳴きはじめた。

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ふみ虫舎から『プンニャラペン』
(山本梓)を刊行しました。
ブログで書きためたもののなかから
厳選し、編んだ日常録です。
近く購入方法をお知らせします(1,500円)。

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https://anchor.fm/untatta-radio/episodes/07-e1lga0l
「うんたったラジオ」07収録しました!

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2022年7月19日 (火)

日記(2022年7月)

7月☆日
 立教大学へ。
 5号館の5階の窓から、下を眺めると、有名な正門と2本のもみの木、蔦(つた)のからまるレンガの校舎が広がっている。
 うつくしく、どこかなつかしい風景。

「2種類の蔦があるのですけれど、ひとつは自由学園から送られたものなのです」
 自由学園は、わたしの母校である。


7月☆日
 ことしも春先、家の前の畑をどうしてゆくかを話し合い、いろいろの計画が生まれては消えていった。何もしないで「空けておく」のはもったいないからと、作物を植え付けることとする。
 スナップえんどう、そら豆——これらは失敗(種まきも時期がおそかったのかもしれない)。
 じゃがいも。なす。トマト。オクラ。とうもろこし。にんじん。辛味大根。ズッキーニ。きゅうり。
 かぼちゃ、すいか、メロン——これらの収穫は、これから(ドキドキ)。
 さつまいもは、まだ先の収穫。

 作物はどんどん大きくなり、たとえば気がつかなかったことにしたり、「タンマ!」と叫んだりしても、「どんどん」はとまらない。ズッキーニの何本かは、両手で抱えてやっと持ち上げられるほどまで育っていた。
 ズッキーニはこれほどまでに育ち過ぎても、おいしい。中央部のタネはふくらむものの、拡張を気にせずに食べられる。
 野菜に追いかけられるわたしは、とまどいながらも、走りつづける。何も考えずになすをグリルに放りこんで焼いたり(しぎ焼き)、トマトを湯むきしたり(ピクルスや蜂蜜漬け)、育ち過ぎたきゅうりを刻みに刻んだり(きゅうちゃん漬け)する。深夜、あれこれつくりはじめると止まらなくなり、あわてることもある。


7月☆日
 群馬県嬬恋の友人の友人営むきゃべつ農家へ。
 40歳代前半の美大出身のカーリさん(仮名)が中心となり、広大な畑と貸しログハウス(宿泊施設)とを運営している。きゃべつ畑にも興味があるけれど、この女(ひと)に会いたかった。
 収穫がはじまると、午前3時から10時まで畑で働くというから、「手伝いたい、午前2時半に到着します」と勢いこむが、この日は休日。市場がお休みなのだった。午前7時半に到着する。
 カーリさんは長身でカッコよく、存在そのものが絵のようだ。
 しかし、カーリさんの現実生活は豊かだが……、きびしい。

「じゃ、畑に行きましょうか」
 やさしい声。
 きゃべつは、この声を聞いているんだな。
「外葉をぐっと押して、ここ(芯の底部)に包丁を入れるんです。こんなふうに」

 どこまでもひろがるきゃべつ畑。ことばの通じない海外の技能実習生(ことしはミャンマーからの技能実習生を受け入れている)。家族との生活。
 この土地のすべてを受け入れて暮らしている。

 帰り道、気がつくと目が濡れていた。
 わたしは、わたしは、自分の人生を受け入れよう。カーリさんのやさしい声を真似しよう。


7月☆日
 出かけた帰り道、チャンスだと思った。
「回転寿司に行ってみたい」
「え? 回転寿司?」

 少し前に、若いひとたちが話しているのを聞いたのだ。会計のときにしか店のひとに会わないはなし、まわっている寿司の皿のカバーのはなし、5皿に一度オマケが当たるかもしれないはなし。

 カバーを開ける開け方(皿のとり方)がわからず、冷や汗をかく。
 すべてが遊園地気分。

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カーリさんから、
地域の方がつくるという
手提げカゴをいただきました。
野菜を入れるのにぴったりです。
……宝ものがまた、できました。

「カーリ」はフィンランド語で
きゃべつの意味です。 

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2022年7月12日 (火)

愛情/愛情/愛情

「愛情不足だなあ……」
 思わずわが唇からこぼれたつぶやきだ。

 自分で云っておいて、ちょっと驚く。
「愛情」ということばをふだんあまり使わない。感情、感慨、思考の一切を団子のようにまるめて、分析しようともせず「愛情」に集約して、それでいいことにするという曖昧さを嫌ってのことだ。
 子どもを育てていたときでさえ、そのことばよりも、「食べる・着る・遊ぶ・眠る」を考えていたような気がする。

 そのとき、わたしは庭を眺めていた。
 この庭を大きくふたつに分けると、東側は和風、西側は洋風である。洋風のほうにはキッチンガーデンを擁していて、ベビーリーフ、ロメインレタス、コリアンダー、アーティチョーク、コールラビ、フェンネル、スイスチャード(フダンソウ)などが植えられている。
 庭をデザインするササキシンイチさんが考え考え植えてくれたから、頼りなく、わたしはこんなふうに訊く。

「ササキさん、この真っ赤な茎のは何? どうやって食べるの?」
「ああ、それはスイスチャード。スープに加えると、抜群においしい!」

「ササキさん、これはフェンネル? 茎が太ってきたけど、食べられる?」
「茎はどんなふうにも食べられる。サラダにもスープにも、味噌汁にも」

 いま、わたしを悩ませるのは、草とりと散水である。
 命ある相手に対して、時間がつくれない、なんていう云いわけなどできはしない。
 草ボーボーで、スズランが見えなくなったエリアに目をやりながら……、乾いた土を踏みながら……、力なく「愛情不足だなあ……」とわたしはつぶやいていたのだった。
 土への愛情。植物たちへの愛情。実りに対する愛情。季節とともに去りゆくものへの愛情。あたらしい命への愛情。虫たちとの、鳥たちとの抜き差しならぬかけひきへの愛情。
 すべてが、足りない。

 庭ばかりではない。
 原稿書き。メールや書状への返信。書類の処理。エッセイ講座のあれやこれや。それに家のしごと——すべてに、同じことが云えるような気がしてきて、一瞬背筋が寒くなる。
 ひとのすることには才能系統のこともある。努力系統のこともある。遊び系統も、休息系統も。
 だが、それらはすべて「愛情」あって初めてはじまることなんじゃないだろうか。おそらくは我慢のようなことも、「愛情」とつながって、実現するところのものだろう。

 さてところで。
 机仕事をはじめる前の、朝1時間に草とり。
 ホースに器具をつなげるスプリンクラーでの散水。
 これで、なんとか愛情問題を乗り越えようとしています。

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畑の入口に、
春、タネを蒔いた 
ひまわりが……、咲きました。

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2022年7月 5日 (火)

慈雨

 忙しがってはいけない。

 いつもそう思っていて、ひとから「忙しいでしょう」と聞かれるようなときには、「へ?」とか云ってごまかしてきた。
 弱音を吐くのがいやだというのではない。
 わたしごときが「忙しい」なんてちゃんちゃらおかしい、という気持ちだ。ほら、あなたのまわりにもいるでしょう?
 尋ねたわけでもないのに、「こんなことにとり組んでいる」「仕事はこれとこれと……」「家にとりこみがあって、そのあとが大変で」と事細かに申告するタイプのひとが。
 これに対しては、さすがに「へ?」では間に合わず「それはそれは」なんて具合に応じることになるが、同時に「ぐだぐだ云っているこのあいだに、端から片づけたらいいですよ」というセリフが口から飛びださないように気をつけている。

 忙しがってると、遊んでもらえないよ。

 これがいちばん「忙しさ」に対するわたしの気持ちに近いかもしれない。
 わたしのなかの「遊ぶ」は、子どもの時分の「缶蹴り」やら「遊星仮面ごっこ」(「遊星仮面」を覚えていないひとは、調べてください——わたしは風呂敷をひっぱり出して首に巻きつけて走りまわっていた)やら「自転車冒険」やらのである。
 まだ宿題をやってない、とか家の用事があるというと、遊べないという、あの感覚だ。

 中村哲さんは忙しがっていい。

 これも、わたしのなかにある。
 201912月4日、アフガンの作業現場に車で向かう途中襲撃され、中村医師とドライバー1名、ガード4名が死亡。このニュースがもたらされたあとも、わたしの胸のなかには「中村哲さんは忙しがっていい」つまるところ忙しがっていいのは、中村哲さんのような働きをするひとだけだ、という考えは変わらない。
 自分の食い扶持を稼ぎ、ひとのためになることなど小指の先ほどしかしていないわたしが「忙しい」だなんてちゃんちゃらおかしい、という気持ちはここからきている。

***

 久しぶりに雨模様だ。
 しとしと降っている雨を眺めながら、ああ、と声が漏れた。
「ああ、仕損なった事ごと、とまったままのやりとりも、こんなふうにどこかにしみこんで、やがて何かに育つだろう」
 焦らないでゆこう。
 これこそ慈雨のおしえではないのか。

 もうちょっと量を降らせてほしいけれども、幾分気温が下がっているのがありがたい。おそらく、本日、夕方あたりからいっぱい降ってくるだろう、雨。

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ラベンダーが花盛り。
ちっちゃな蜂もでっかい蜂もやってきて、
蜜をあつめています。
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