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2022年8月の投稿

2022年8月30日 (火)

100字随想 8月

やっぱりきゅうりが好きなのだ。きゅうりを見るたびそう思う。ぼーっとしていると、つい輪切りにし、つい塩もみにする。ほんとはきょう、冷やし中華にのせるため、せん切りにするはずだった。まあ、これでいいか。(99字)


やっぱり冷やし中華が好きなのだ。6月になると、そわそわする。中華料理店のガラス戸に「冷やし中華はじめました」の貼り紙をみつけると毎年、「よし、ことし、10回は食べるぞ」と誓う。紅しょうがと辛子は必須。(100字)


冷蔵庫からポットをとり出し、そば猪口に注ぐ。「あ、これ珈琲じゃないか」そうめんを食べるためのめんつゆを珈琲とまちがえたのか。アイス珈琲をめんつゆとまちがえたのか。ま、そば猪口のアイス珈琲は味わい深い。(100字)


深夜の仕事場。風がかすかに吹いている。窓に吊り下げた小田原鋳物風鈴はぴくりともしない。「どうした、がんばれ」短冊の寸法が足りないように思われて、紙でつくりはじめる。こうして、どんどん気は散ってゆく。(99字)


ルーティンの上につぎつぎ用事が積まれるような日がつづく。思わず弱音を吐きそうになったそのときカナブンがあらわれて、羽根を動かし云ったのだ。「なんとかなるよ」ほんとにそうだ! おもしろい8月だった。(99字)

2022
8月29日の、うちの田んぼ。
稲穂が実ってきました。
わたしは少しも田んぼ仕事をしないけれども、
夫の肩越しに、この様子を見ています。
ありがたい風景……。

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2022年8月23日 (火)

ボンナイフ

「ね、ボンナイフ、貸して」
 夫に向かって、云ったのがはじまりだった。

「……ボンナイフ?」
「カッターということばをど忘れした。そしたら、ボンナイフがやってきたの。なつかしいね」

 いま、文房具店に出かけたとしても、かつてわたしが子どもだった時代に使ったボンナイフはみつからないのではないか。刃がむき出しのものと、二つ折りにして刃をしまえるものとがあったなあ。
 思わず「ボンナイフ、」と云ってしまってからというもの、いまは使わなくなったことばをわたしはひっぱり出すようになる。

「はい、ちり紙持って」(*ティッシュペーパー)
「がまぐち、がまぐち。あれ? どこにいったかな」(*財布)
「乳母車、運ぶのをお手伝いしましょうか」(*ベビーカー)
「ごふじょうの掃除をしなくっちゃ」(*お手洗い。はばかりという呼び方もある)

 いろいろの場面で、なつかしいことばを云ってみながら、ほんとにたくさんのことばが消えていったことを思わずにはいられなかった。ことばばかりでなく、実体や、それを使う所作も消えた。
 世はうつろってゆき、あれもこれも、気がつけばなくなっている。
 さよならを云う間もなく、いつの間にかどこかに置き去りにされるのである。
 そこに生まれる感傷とともに、ちょいと立ち止まってみたくなる日もある。
 母がよくつくってくれたドーナツやら、食パンの耳でつくるかりんとうみたいなお菓子(どちらも油で揚げるのだ)。
 祖母たちが食べさせてくれためざしやそばがき。
 祖父におそわったこままわし。
 子どものころやったゴム跳びやおはじき(男子はメンコをやっていた)。あやとりも日常的な遊びだったなあ。

 いつの間にか忘れていたものたちを、ふとこの手でよみがえらせてみたくなる。そういえば、わたしは糠床もどこかに置いてけ堀にした。

Takasimadaira  
長女の家に泊めてもらいました。
夜、11階のベランダから、サカナみたいな、竜みたいな雲が見えました。

空を眺めたり、雲を追いかけたりするようなことは、
忘れたくないなあ。

夜の雲、じつはわたし……怖いです。

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2022年8月16日 (火)

日記(2022年8月)

8月□日
 東京での仕事。
 あちらで講座を受け持ち、こちらでひとに会い、髪を切ったあと、武蔵境にある二女の家に泊めてもらう。
 このひとのちっちゃい家がわたしは好きだ。
 居心地がいい。
 ただし、ここでは何もしてはならない。床に落ちた髪を拾うくらいのことはしてもかまわないけれど、勝手にモノを移動させたり、洗濯しようとしたりすると叱られる。一度なんかは、片付け風のことをして、「出禁(出入り禁止)」になりかけた。

 つぎの日、二女とふたりで東京散歩。
 東京メトロ銀座線虎ノ門駅の、渋谷方面ホームにある、壁画を見たいと云うので、つきあう。
 12人の少女が虎の面を持ってならんで立っている壁画だという(設置は2020年)。
 虎ノ門→ 虎の面というのは、ダジャレなのか。そんな発想から、勝手にポップなものをイメージして出かけたのだが、実際に作品の前に立って、驚く。
 少女たちは薄青い水のような色の服をまとい、それぞれに白虎の面を手にして、さざめいている。透明感があり、訴えるちからを持つ。12人の姿(全身)と虎の面は凹んだくぼみに掘られている(凹型レリーフ)のに、見る位置を変えたり、スマートフォンのカメラ越しに眺めると、立体的に見えてくる。何より面の白虎の目とこちらの目がどこからでも合うように計算されていて、不思議なのだ。
「ずっとここに来たかったの……」
 そうつぶやく二女は、12人の少女の仲間なのかもしれない、とふと思う。

 この日東京駅で別れるとき確かめたら、それぞれ朝から15,000歩あるいていた。


8月□(日)
 8月に入って、朝6時過ぎから2日に一度、ブルーベリーの実を摘んでいる。3日前に長女がやってきたから、このところは2人摘みである。小さい実をひと粒ずつ摘んでゆくのだが、太った実が「ここだよ、ここだよ」と呼ぶのが聞こえるようになると、作業はずんずんすすむ。
 ふたりで1時間摘むと、15−20ケース分摘める。
 この作業のときだけは水筒を持たず、ときどき、実を口に入れるのだ。

 わたしの夏は、こんなだ。
 2日に一度ブルーベリーを摘んでいる。
 毎日仕事ばかりしている。
 毎日遊んでばかりいる。
 毎日家のしごとばかりしている。
 ときどき昼寝する。


 8月□日
 ブルーベリーを摘んで、親しくしている「お花屋さん」(総菜店)に卸したその足で、長女と深谷シネマへ。
 この日映画「人生フルーツ」の最終日。
 公開直後からずっと観たいと思っていたのに、満員で観られなかったり、タイミングが合わなかったりして、「やっと」と云って長女はうれしそうにしている。わたしは二度目。
 一度目も深谷シネマで観た。
 この映画館が好きで、月に一度か二度はここの座席に坐りたくなる。入り口でシートを借りて背もたれに置き、寄りかかる姿勢も楽で、いい。
「深谷シネマで(人生フルーツ)をいまのいま、観られたことは運命的だわ」と、長女が云う。
 そうでしょうとも。

 来週は、ここで「ツユクサ」を観る予定。本日帰りにみつけてランチを食べた洋食店「風車」にまた寄って、ミックスフライを食べたい。


8月□日
 迎え盆。
 きゅうりとナスで精霊馬(しょうりょううま)をつくろうとしたところ、畑のきゅうりが終わっていたのに気がついた。
 精霊馬はあの世とこの世の行き来のための乗りもので、きゅうりは馬を、ナスは牛をあらわす。馬に乗って早くいらしてください、牛に乗って(お土産を持って)ゆっくりお帰りくださいという意味を持っている。
 畑を見ると、大きくなり過ぎたオクラがあるではないか。
 ことしは、これを馬にしよう。
 家に帰ろうとして、オクラの馬が待っているのを見たご先祖さま方は、どう思われただろう。
「ふみこがまた、おかしなことをして」
 と云っているだろうか。


8月□日
 お盆のころになると、秋の気配が足早に近づいてくる。
 田んぼの上をトンボが飛んでいる。
 夜間は秋の虫が鳴き、午前4時半ごろになると、蝉が鳴きだす。

「秋だ、秋だ」
 と夫が云う。

 ことしはツクツクボウシが鳴いていたな。
 ヒグラシの歌うのも聞いた。

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「白い虎が見ている」(タイトル)
中谷ミチコ・作
(タテ約2,0m  ヨコ約9,0m)

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お待たせしました。
販売開始します。

『プンニャラペン』(山本梓/ふみ虫舎)
*文庫サイズ/背幅180mm

2017年から2022年5月26日まで
つづけたYamamoto Azusa’s Blog(by g.o.a.t)
194篇から約60篇を選び、まとめました。
8年間暮らした築60年の平屋(文化住宅)のこと、
友人や家族のこと、食や旅のこと、働いていた
スナックのこと。
ページを開いて合間合間にたのしんでいただけたなら……
幸いです。(山本梓)

ふみ虫市場よりお買い求めいただけます。
https://fumimushi.thebase.in

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「うんたったラジオ08」
https://anchor.fm/untatta-radio/episodes/08-e1mg981

迎え盆をした熊谷にて。
深谷シネマで観た映画の話。
山本梓の著書『プンニャラペン』の行商の話。
ブルーベリーを摘んで出荷した話、 など。

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2022年8月 9日 (火)

ナス寿司

 畑の野菜に追いかけられる。

 こんなふうに、書くと、ちょっと愉快じゃあないか。
 もう一度、書いてしまおう。

 畑の野菜に追いかけられる。

 ことしの2月のはじめから、田んぼのこと、畑のこと、庭のことがはじまった。あいだははしょるが、2反ほどの畑から野菜が採れはじめると、それはたちどころに「つぎからつぎへ」になっていった。
 畑の経験も勉強も足らなかったから、困ったことも起きた。思うように成長せず、結局収穫に至らなかった野菜(ソラマメやスナップエンドウ)もあったし、小動物やらカラスやらに持ってゆかれる作物もあった。畑から目を離すと、一瞬のうちに(一瞬なんてことはないのだけれど、そんな気分なのであった)、作物は収穫時期を逃して、巨大化する。巨大ズッキーニ、巨大オクラ、巨大ナス、巨大キュウリ……。このなかで、巨大になっても食べられるのはズッキーニとキュウリだ。ズッキーニは大きくても案外そのままいける。キュウリは、キュウちゃん漬けにした。
 オクラは大きくなり過ぎると筋張っていけない。叩いて刻み、いかと和えて食べるといい、とおそわったけれども、1日じゅうオクラを叩いているわけにもいかず、そっと土に帰ってもらうのだった。

 熊谷に越してきてから初めてできた友人経営の「おはなやさん」という屋号の総菜店に届けて売ってもらったり、わずかに農協の直売所に出すほかは、ほとんど友人知人に助けてもらった。東京の友人たちに送ると、みなうまいこと調理して食べてくれる。
 ジャガイモ(△)。トウモロコシ(◯)。ニンジン。ハツカダイコン。ヒャクニチダイコン(◯)。カボチャ(◯)。スイカ(◯)。メロン(△)。ヒメウリ(◯)。トマト(△)。
( )のなかの◯は、まあまあなんとか食べられた野菜、△はかたちがわるかったり、収穫量が極端に少なかったもの。

 わたしたちにとっては、畑騒動である。

 わたしたち、とつい書いてしまったが、畑仕事はササキシンイチさんと夫が中心となって進み、わたしは主として採れた作物の引き受け手だった。
 騒動によって追い詰められた気持ちにならなかったのは、この2年ばかり空っぽだった畑がにぎわったことがうれしかったからだ。畑から、毎日ピーヒャラピーヒャラと祭囃子が聞こえてくるような気がしている。失敗も、なんだか可笑しかった……なんて云うと、お百姓の皆さんにあきれられ、叱られるかもしれない。
 が、土を相手にし、生きものを相手にすることが、初めからうまくゆくものではない、と身に叩きこまれた満足感がある。土をおぼえて、生きものと親しくなってゆけたなら、どんなにいいだろうか。

 ある日、野菜を引き受けてくれた東京の友人から、こんなハガキが届いた。「ナス料理で困ったら、ナス寿司にします。農家の方からおそわったのです。ナスを厚さ7ミリくらいの斜め切りにし、焼きます。ちっちゃな〈にぎり〉にのせ、お醤油をたらして食べるのです」

「早速、ナス寿司つくりました。なんと美味しい! ちょっぴりデブの〈にぎり〉になっちゃいました。ナスとすし飯が合いますね。わさび、つけました」

「コツはすし飯を小さく小さく握ることらいいのです」

「わたしの好きなナス料理は、ナスのとんかつ風です。皮が破裂しないように、(皮に)竹串を刺して穴をあけておきます。大きさは好みで。子どもが小さかった頃は、まるのまんまでゆきました。小麦粉、卵、パン粉をつけて揚げます。ソースと辛子で」

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これは、この夏3回目のナス寿司です。

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2022年8月 2日 (火)

100字随想 7月

ブルーベリーが色づいて太り、摘みとりの朝がつづく。ちっちゃい実を1粒1粒摘む作業は、わたし向き。「よく育ってくれたねえ」「あなたは明日摘みます」「昨夜の雨粒、痛くなかった?」饒舌の合間に、実を口に。(99字)


海原純子のライブへ。O Conto das Nuvens——雲が雨となり、地上に落ちてまた空に帰って雲になる物語を自らつくってポルトガル語で歌う——に心洗われる。コロナ禍のなか、鍛錬を積んだひとをみつけた!(100字)


本日は雑用の日。いそいそ紙、ペン、テープたちとたわむれている。わたしのしごと(家)、わたしの仕事(職業)を支える雑用という名の作業を、愛している。そういえば、同じ「雑」のつく雑談も人生の大事の大事。(99字)


昨夜も雷。今夜も雷。漆黒の空を稲妻が走り、時空を打つたび、「どうか少しでも雨を」と希う。庭の植物、畑の作物が水をほしがっているから。夜なべ仕事をするわたしにも、涼がほしいから。だけど、雨はないのです。(100字)


まないたを新調する。ヤエばあ(元夫の母)愛用のepicurean。いつか……、と思って数年が過ぎた。抱きしめて、挨拶。「これから、よろしくお願いします」 運命の相棒は薄くて軽く、スタリッシュで、つよい。(100字)

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epicureanのまな板いた。
仲よくやっています。

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